ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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三十五話

 自分はいつしか、正義とか、自分のやるべきこととか、ウルトラマンがなんなのかとか、わからなくなっていた。多少頭がいいくらいのただの人間である自分では、そういうことが頭の中でごちゃごちゃに混ざって、いつしか考えるのを放棄するという答えを導き出した。

 考えることがなくなったから、人間というものを信じられなくなったのかもしれない。

 昔は人間についてしきりに考えていて、いつもその答えは『人間なんてどうせそんなものだ』というものだった。誰かに裏切られ、自分が回復できないほど落ち込んでしまうのが怖かったから、そう思うことで自分を保とうとした。しかし、ウルトラマンが降ってきたあの日から、自分は人間について考えるのをやめてしまった。だからいつしか『人間なんてどうせそんなもんだ』という思いもなくなってしまい、自分の心は外にさらされた。だが、まだ大丈夫だった。人間が自分のことを裏切り続けてくれたから。だからまだ『人間』という一つの生命体に対する感情が安定していた。

 だが、さっきは違った。人間は自分を助けた。それによって今までなんとかしてバランスを保っていた心が、一気に崩れた。人間を信じられなくなっていた自分に気がついた瞬間、自分が嫌いになった。大嫌いになった。その気持ちを紛らそうと暴れたくなった。それを俺の中の奴は許さなかった。

 俺にはもう何もわからない。本当だ。自分は正義のヒーローなどではない。表面上ではいい面をしていて、その心の中にはどす黒い気持ちをもったただの悪魔だ。もう誰にも関わってほしくない。願うならこのまま死にたい。

 本当に……もう嫌だ。自分が怖い。

 誰でもいい。誰でもいいから、俺をどうにかしてくれ。

 彼は、今目の前にある巨大な壁を前にして、進むべきか、そこにとどまるべきかを悩んでいる。それは彼にしか解決することのできない彼の問題だ。

 

 

『今日午前10時頃、東京に現れた怪獣、タイラントは現在その活動を休息させるかのように、地面に横たわっています』

 歩道を歩く人々はそれをじっと見つめたままだった。

 そこは電気屋の前。特別古いというわけでもなく、かといって最近建てられたばかりでもなく、ごくごく普通の電気屋だ。

 皆、それを食い入るようにして見ている。

 道路に走っているのは普段我々が見慣れている自家用車ではなく迷彩柄の自衛隊の車両や、サイレンをけたたましく鳴らす警察の車両。

 頭上にはタイラントの監視を続ける空自のF-15Jと、陸自のヘリ。

 それが今の状況が普通ではないということをしきりに伝えている。

 そしてテレビを見る人々の表情は『恐怖』だ。

『政府は今後、ミサイルによる攻撃をして、怪獣を撃退する模様です。また、その時にウルトラマンが出た場合も、怪獣を優先して倒すようです』

 磯崎はそんな政府の対応や、テレビを眺める人々の反応を見て鼻で笑ってやった。どうやら日本政府は頭が狂ったようだ。こんなことをやるということは全世界相手に宣戦布告したようなものだ。バカだ。大バカ者だ。奴らはまるでわかっていない。メビウスの気持ちも、何もかも。今回のことを世界は黙っていない。未だに核兵器を保有していない日本など格好の的だ。何せ反撃される心配がないのだから。

 磯崎はどこかの国がこの日本という国に核兵器をぶっぱなすところを想像して、思わず胸が痛くなった。そして、右腕を見てしまった。当然、こんなところでナイトブレスは出していない。しかし、見ずにはいられなかった。だが、見たことを後悔した。こんなことをしてしまっては、自分の感情をおさえられなくなってしまう。俺はメビウスと違ってあんな大胆に行動しちゃいけないんだ。あくまで冷静に、誰にもバレないようにひっそりとさらなければならない。そのためなら心を捨て、人間をやめなくてはならない。今さら後戻りなんてできないし、今さら人間を守るなんできれいごとは、この自分の汚れきった口からは出すことのできない。

 必要なのは憎しみだ。奴ら――そして人間を対するそれは必要なものだ。今までこの世界で生きてきて唯一わかったことだ。今の世界に必要なのは希望や優しさじゃない。怒りや憎悪だ。

 今まで生きてきて希望や優しさをもって相手に接した時はいつでも嫌な目にあった。逆に怒りや憎悪をもって最初から相手を殺すつもりでいった時はいつも楽だった。仲間数人を痛い目に合わせるだけで相手は自分にひれ伏した。

 ただ、それでも怒りはたまっていく。人は平気な顔して殺すくせに自分が殺されるのは嫌だ。そんな自分勝手なわがままをもつ奴を俺は許せない。殴られる痛みを知らない奴が、正当な理由がないにも関わらず誰かを殴るのは許せない。

 だが、人間の本性は殴るのが好きでも、殴られてもいい奴なんてのはよほど変わった人だけだ。弱い者を殴り、殴り、また殴る。人権がなくなり、25年も何の対策もうたないまま、ただ楽に生きるためだけに進んできた人間だ。そんな人間がたくさんいるからもっとたくさんの人が不幸になる。そんなんだからこんな世界になっちまったんだ。

 優しさは捨てろ。人間を捨てろ。俺はもう人間をやめたんだ。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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