ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

38 / 99
 すみません、今回も遅いわりにあまり出来はよくないと思います。


三十四話

 ウルトラマンというものは、古来より人々の希望だった。

 どんなに苦しい時も……彼らが現れれば、人々は希望をもつことができた。子どもたちはニュースでウルトラマンの報道がある度に、その戦う姿を見て心を踊らせた。明日への希望を見つけることができた。

 しかし……今はどうなのだろうか。ウルトラマンは……人間は……なんなんだ。

 人であることをすっかり忘れた人間と、信じられる者たちに裏切られ続けているウルトラマン。

 なぜ双方とも……苦しくないのだろうか。一般市民だって大半の人間が気がついているはずだ。某県の田舎でウルトラマンが人を守り、そこに自衛隊が攻撃をしたこと。横浜でウルトラマンが怪獣を倒したこと。今の時代インターネットがあるのだから。

 きっとみんな……怖いのだ。

 不安なのだ。ウルトラマンを応援することによって伴うリスクを考えると、みんな何もできないのだ。あのお方たちは強大な悪だ。だからみんな手出しできない。

 モニターではウルトラマンメビウスとタイラントが戦っている姿が映っている。

 各省庁の幹部たちはそれを落ち着かない様子で見ている。防衛省のトップ、楠大樹はそれを見て思わずため息を吐いた。

 もしかしたら――この日本という国が動かなければならないのかもしれない。例えその結果が日本という国の消滅であったとしても。あの時、ウルトラマンを殺してしまった我々には、誰かが破滅の運命を背負わなければならないのかもしれない。

 我々政府は今まで何人の命を犠牲にしてきた? 救えるはずの命のいくつを殺した?

 わからない。そう。我々は何人の命を奪ったのかもわからない。

「総理……。我々には何もできないんですか?」

「……米中露。この三ヶ国に睨まれたら日本は終わってしまう」

「……今日、我々が動かなかっただけでいくつの命を見殺しにしましたか」

 総理は答えなかった。ただ難しい顔をしただけであった。

 今この瞬間、自衛官たちは何を考えているのだろうか。最前線に何度か立っていた彼らは今回のことも感づいているはずだ。彼らは何も、悪い人間ではない。こんな腐りきった時代に自衛官となったのは何か夢があったから。そのはずだ。彼らはきっともう分かっている。ウルトラマンは敵でないということに。真の敵は奴らだと気がついてるはずだ。

「総理……あなたはもしかしたら世界が隠していたことを公にするのが怖いのかもしれない。しかしね総理、我々の国防には国民は入らないのですか? 国民を守ることが我々の義務で、自衛隊はそのためにあるんでしょう? この状況で何もできない彼らはいったい何のために苦しい訓練を続けてきたんですか? 自衛隊最高指揮官として言ってください。防衛出動でも、治安維持出動でもいい。彼らに――」

 そこまで言って彼は迷った。この先にある言葉を、果たして自分は言ってしまってもいいのか。言ってしまったら今まで当たり前に生きていた日常も何も壊れてしまう気がする。

彼は、大きく深呼吸をする。そして落ち着いた口調で、

「彼らに、ウルトラマンの援護もしくは、住民の避難活動をさせてください」

 その言葉は、防衛省のトップという肩書きの上だけではなく、彼の人間としての言葉でもあった。

 総理はそれを聞いてどうやら覚悟したようだった。

「防衛出動命令を……航空自衛隊百里基地、それから小松基地に怪獣の攻撃。浜松基地と陸上自衛隊用賀駐屯地を住民の救助に向かわせてくれ。ただし怪獣を直接攻撃するな。アメリカから先ほど入った情報によれば怪獣は某国の有人宇宙船を食べていて、しかも宇宙飛行士は生きているらしい……。これは最優先事項だ。それから、この件に関わりたくない者はここから出ていけ。今からここにいる者の命の保証はできない」

 百里基地の305飛行隊は……。そんな言葉が喉辺りまで込み上げてくるが、それを再び飲み込んで、肺に押し戻した。そんな自分をよそに、数名の大臣と、省庁の幹部が部屋から出ていった。それを見て、総理はため息を吐いた。

 それにしてもなぜそんな情報をアメリカがもっているのかが気になるところである。あの国は超能力でももっているのだろうか。これは間違いない。背後にあのお方たちがいる。

「総理……あの、今まで黙っていたことがあるんですが……」

 国家公安委員長が言った。総理はなんだ? と返した。

「実は、都内を走行していた電車がタイラントに連れ去られています」

 その言葉が発せられた瞬間、部屋の中は凍ったようにみんなの動きが止まった。

 その言葉はまるで雪女から発せられる冷気のようで、聞いた者すべてを驚くよりもはやく動けなくするだけの力があった。

 今、戦後として今の今まで、平和ボケをしていた日本人たちは、その平和ボケをしていられるだけの余裕も、何もが消え去ろうとしていた。

 重苦しい、破壊の足音が、日本に近づいている。

 

 

 戦いをやめろ。そう言われた宇佐美はただ戸惑うことしかできなかった。

 やめろっていったって今はいいところだ。このままおしきれば勝てるかもしれない。それなのになぜ今戦いをやめる必要があるというんだ。それに人間がいる? 聞き間違いか?

 そうしている間にも、タイラントは立ち上がって、両手をぶんぶん振りながらこちらに突進してきた。

「ゼア――ッ!!」

 メビウスはそれを体全身で受け止める。しかしその力は、例えるのならラグビー選手とでも表現するべきだろうか。踏ん張るメビウスの足がどんどん地面にめり込んで、道路を盛り上がらせていく。

 押し返そうと力を入れる腕に疲労が溜まっていって、押し返す力が弱くなってしまう。タイラントのその押す力は今までとはまるで比べ物にならない。

 こいつ、今まで手加減してきたっていうのかッ。

 宇佐美はたまらずそう叫びたくなった。

 どんどん押されていく。今までは避難がほぼ終了した区域で戦っていたが、押されているせいで――このままではまだ避難が終わっていない場所まで戦地を拡大してしまう。

 生きている人間がいるって……クッソ、どういうことだ。それに戦いをやめろと言われてもこの状況で逃げられるわけがない。ますますどうすればいいのかがわからなくなる。

「――ッ!?」

 と、タイラントの押す力が一気に強まり、メビウスは遥か後方まで吹っ飛ばされてしまった。

 体が大きな円を描くかのように宙を飛び、そのままビルを上から押し潰した。ビルは粉々になり、メビウスはその瓦礫の上で呻く。立とうとしても腕と足に力が入らない。気がつくと胸のカラータイマーの色が青から赤に変わっていた。

 人々の叫び声がメビウスの耳を通して宇佐美の耳に入る。

 ヤバい。このまま立てなくて、その間にタイラントがここまで来てしまったらそれこそ最悪なことになってしまう。

 タイラントはその巨体を、大きな足音をたてながらこちらにゆっくりと近づく。腹に響くような音だ。

 どうすればいい。どうすればこの状況を打開できる? もう立てない。立とうとすると全身を針で刺されるような痛みが走る。光線をうつ? ダメだ。危険すぎる。他に……他になにかないのか?

 考えても何も浮かんでこない。一人ではこの状況をどうにもできない。

 タイラントがメビウスの前数百メートルで立ち止まり、口を開けた。その中には紅の炎がうっすらと見える。

――こいつ! まさかッ!!

 タイラントが息を吸い込んで、いわばチャージを完了させる。

 そして――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ドカーン!!

 耳に届いたのは無数の爆発音。

 その目に写ったのは紅蓮の炎に包まれた――

「キャアアアアア!!」

 タイラントの姿だった。

 何事が起きたのか、メビウスにはわからなかった。しかし、そこでメビウスの耳に戦闘機が空を飛ぶ音が聞こえた。慌てて空を見ると、機体に日の丸印があるF-15J八機がタイラントの足元めがけてミサイルをぶっぱなしているのが見えた。

 なぜ……? 自衛隊が? 奴らは敵じゃなかったのか?

 今まで何度か自衛隊に味方してもらったことはあった。しかし、それでも最初は自分を攻撃していて、それで途中から心変わりしたという感じだった。しかし、今はどうだろう。まるで最初からそれが目的だったかのようにタイラントを攻撃している。自分――みんなを守ってくれるように、戦っていてくれる。

――あり得ない。そんな気持ちが怒りと共に沸き上がる。

 と、町の一角に白い煙が現れ、それと共に一体の怪獣が現れる。

 敵か? そう思うメビウスに目をくれることもなくその怪獣はタイラントへと向かっていく。

 銀色を体をもったペンギンのような機械っぽい怪獣。

 なんなんだ。本当に一体何が起こっているんだ。なぜ自分を助ける。誰が俺なんかを助けようとするんだ。その目的は? 何が裏にある? どんな得がある?

 考えても、答えなんてものは見えてこない。出るはずがない。

 宇佐美は、目の前で起こった意味不明で、あり得るはずのないことに対して一種の恐怖を感じていた。

 奴らが何を考えているのかがわからない。誰かが自分を助けるはずがない。そう。これもきっと何か裏があるんだ。自分ははめられようとしているんだ。だってそうだろ? こんな奴ら、信用できない。

 答えがでないものに対して、宇佐美は強引に答えを出した。今まで彼を、本当の意味で助けようとしたものなどいなかった。そんなのがいないと思い始めた時だからこそ、何も信じられない。今までの彼にしてきたことが、彼の思考をぐちゃぐちゃにしていく。

 今、自分の胸にあるこの気持ちはなんなんだ。なぜだか、遠い昔にしか感じたことのないようなこの気持ちはなんなんだ。今の今まで忘れてしまっていたこの気持ちがどんなものなんか、どういうときに思うはずだったものなのかが、わからない。思い出せない。もう失われてしまったそれを取り戻せない。

――壊せ。

 そんな思いが心にできていた。

 わからないなら、いっそのことすべてを壊せ。自分以外のすべてを壊せ、殺せ。そうすれば少しは気持ちが楽になる。そう。すべてを壊してしまえばいい。自分はウルトラマン。悪い宇宙人。もうこれ以上何をしたってそれは変わりようがない事実だ。

 やばい。心が壊れてしまう。宇佐美はそのことを実感した。ガラスのような自分の心が音をたてて壊れるのが見えてしまう。ボロボロに壊れてしまっている。わかってしまう。自分がだんだん人間を信じられなくなってしまっているのが。それがわかってももう人間を信じることはできない。信じられないからだ。信じたいのに信じることのできなくなってしまった自分がいる。

――ドクンッ!

 急に心臓が跳ね上がるのが感じられた。

 それと共に視界がぼやけ始める。

 何故こうなったのか自分でも理解できない。しかし――これはまるで俺の中のメビウスが警告しているようだ。なぜ? わからない。もう何も……俺にはわからない。

 宇佐美の視界はブラックアウトし、すべての感覚が消え去る。

 彼の身も心も、もう限界だった。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。