宇佐美とタイラントが遭遇する数分前、電車内。
それにしても、今日はやけに人が多いなぁ。
楓が電車に入り、最初に思ったのがこれだった。確かに都心はいつでも人が多いが、今日はなんだかやけに多いと感じたのだ。椅子にはおじいちゃんやおばあちゃん、まれに若いオタクみないな人が座っている。
「ウルトラマンねえ。悪いことしてんのにこのデザインは合ってないよなぁ」
「ああ、こないだだって人をたくさん殺したらしいじゃん? まったくふざけんなって話だよな」
若いオタクたちがそんな話をひそひそと話していた。しかし周りの人たちには注意する人はおろか、嫌な顔をする人すらいない。これが普通だから。
そもそも私はあまりウルトラマンに感心はないから特に気にならない。
その言葉とは裏腹に、楓はあの時のことを思い出す。
宇佐美がメビウスになったあの時だ。
あの人はいったい何者なんだろう。そもそも人間なのかな。そんな疑問が浮かんでくる。
「ウルトラマンは人殺し。ったく、自衛隊はなにやってんだかね。もう米軍に全部任せればいいのに。核でもぶっぱなせばいいじゃん」
「いやいや、核はあかんっしょ」
うるさい人たちだ。楓はつり革を握る力を強くした。宇佐美さんはそんな悪い人じゃない。見ず知らずの人を保護してくれるくらいはいい人だし。何も知らないくせに非難しないでほしい。
だが楓はその数秒後、急にしゅんとした表情になった。
よくよく考えたら、私自身も何も知らない。たった数日その人の家で過ごしただけだ。何を考えていてどんなことをしたいのか、それすらもわからない。笑った表情も見てないと思う。
「ま、ウルトラマンに比べてあのお方たちは優しいよな。25年前だっけ? ウルトラマンからこの星を護ってくれたし、今でもウルトラマンをぶっ殺すためにいろいろやってくれてるみたいだし。優しいってのを通り越して優しすぎる」
「それな。治安も昔に比べてよくなったみたいだし」
確かに教科書ではそう教えてるけど……お父さんはそんなのデタラメだって言ってた。家族の中で唯一、私が家を出る時に行くな。と目で言っていたお父さん。あの時はわからなかったけど、昔からあまり喋らない人だったから心の中ではいろいろ思っていたのかもしれない。兄にべったりのお母さん。私が家を出る時に強引に部屋に連れ込んで乱暴をしようとした兄。冷たい視線を浴びせ続けたおじいちゃん、おばあちゃん、友達。そんな人たちと比べればお父さんはまだマシな方だった。
忘れよう。あんなところにいた時を思い出しても苦しくなるだけだ。今は前だけを向いて行こう。
そう思った矢先だった。
――キィィィィィィ!!
嫌な音と共に電車が急停止する。その衝撃で電車に乗っていた数人がバランスを崩して倒れ、また、それをはじめとしてドミノのように人たちが倒れるが、楓は少し押された程度で、倒れるまでには至らなかった。
何が起こったの? そう考え始めた次の瞬間、電車がふわりと宙に浮いた感覚がした。そしてそのまま悲鳴をあげる間もなく何かに吸い込まれていく。
――グチャリ……グヂョリビュジャリ……。
嫌な音が耳に入ってくる。ふと窓を見ると、何か肉みたいなものに飲み込まれている……?
今、自分がどんな状況にあるのかがわかってしまい反射的に泣きそうになる。その場に座り込んで目をギュッと瞑り、耳を手で押さえる。しかしそれでもグチャリグヂョリという音が聞こえてくる。
怖い。どうか夢であって。
人の悲鳴を聞こえてくる。逃げ場がないにも関わらず後方の車両に逃げようと走る人たちに踏まれ、倒れる。体中を踏まれる。
楓はそれでもダンゴムシのような体勢をとって恐怖から逃げようとする。
怖い。怖いよ。誰か助けてよ。
日の光がどんどん消えていく。目を瞑っていてもわかる。私は今、食べられている。怪獣に。
嗚咽が出る。涙が出る。悲鳴が聞こえる。あの音が聞こえる。日光が遠くなっていく。体はぶるぶる震えている。食べられて死んじゃう。嫌だ。そんなの嫌だ。いやいやいや。
「誰か……助けて……」
そう言うのも精一杯であった。しかし、思いは届かず、電車はそのまま飲み込まれた。
その犯人は、タイラントだった。
絶対にこんな目にあいたくないなぁ。実際に自分がこんな目にあったらと思うと……トラウマ確定です。こうして考えると似たような体験をしたマリナさんの気持ちが少しわかった気がします。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。