翌日、東家、和室。
――カチッ…………カチッ。
宇佐美が正座している中、そのおじいさんは宇佐美に背を向けて、本を見ながらずっと将棋をうっていた。
外からはセミの鳴き声、そして鹿威しの音が聞こえる。
宇佐美がここに来てからすでに30分が経過している。宇佐美がここにいることを鈴夏は知らない。教える必要はないからだ。
この30分、宇佐美はずっと正座をし続けている。電車の時間もあるので、ここには後5分ほどいるのが限界だ。
宇佐美は考える。やはり相当怒っているんだな。と。
別に怒ってもらっていいのだ。無理に嘘をつかれ、バレバレな芝居をうたれるよりかは、宇佐美もこっちの方が気持ちが楽だ。なのに、このおじいさんは何も言うことなく、ただひたすらに将棋をうっている。これでは怒っているのかどうかがまだ曖昧なままだ。
宇佐美は膝の上に置いてある自分の拳を見つめ、ぐっ、と力をいれた。
力を入れた瞬間、左肩が少し痛んだが、激痛というほどでもなかった。これがウルトラマンの再生能力みたいだ。しかし、あのとき銃弾が肩を貫通していなかったら、結構ヤバかったかもしれない。
と、おじいさんが立ち上がった。宇佐美が驚いておじいさんの顔を見る。
そして、何かを目の前に差し出された。
宇佐美は訳もわからないままそれを受けとる。簡単に言えば、昭和に売ってそうなバッチだった。
「これは……」
おじいさんは何も答えずにまた将棋台の前に座ってしまった。
宇佐美が腕時計を見て、そろそろ時間だ。仕方ない。と思い、腰を上げた時、おじいさんは言った。
「それはお守りだ。いつかきっと君を助けてくれるだろう。だから決して諦めるな。ウルトラマンメビウス」
その言葉に宇佐美は仰天し、口を開きかけるが、
「それに言ったはずだ。ここは君の来るべきところではないと。今の君にみなが求めていることはこの世界を変えることだ。それにはもう一刻の猶予もない。謝りに来るなら変えた後に来い」
納得がいかなかったが、おじいさんの言っていることは正しい気がしたので、宇佐美は一礼すると東家から飛び出し、駅へと向かった。
家に一人残された東は、バッチに眠る友人が、彼を助けてくれますように。と祈るばかりであった。
「おじい、今誰か来てた?」
と、二階から部屋着の孫、鈴夏がおりてきて言った。今日はタガールのおかげで学校は休校だ。彼はそれを知らずに平日の今日なら孫が学校に行っていると思っていたのだろうが、まだつめがあまい。
「ああ。兄弟みたいな奴が来てただけだよ」
おじいさんは答えた。
「おじいの兄弟? そんな人いたっけ」
「いないよ。だから兄弟みたいな奴。なのさ」
「へぇ、その人どんな人?」
その言葉におじいさんは、しばらく考えた後に、こう言う。
「今の時代でみんなに希望をくれる。現代のサンタクロースさ」
おじいさんの言葉を鈴夏は理解できなかったが、ただ、おじいさん……いや、東光太郎が少し笑っていたから、仲がいい人なんだろうな。ということはわかった。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。