ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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二十話 殺すの意味

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!!」

 少女は逃げていた。

 あの男たちから。

「待てごらああああ!!」

 男たちの、怒りに満ちた怒鳴り声が後ろから聞こえてくる。どんな顔をしているのかは確かめなくてもわかる。覚醒剤がきれて頭がイカれているような表情だ。絶対そうだから今確認してみればその証明になる。

 だが、振り返る訳にはいかない。

 少女は自宅までの道路をひたすらに走る。山に道路を作ってあるからずっと登り道だ。

 体力のない自分では、男たちに簡単に追い付かれることなど、始めからわかっていた。

 後ろから腕を掴まれ、そのまま引っ張られた。引っ張られたせいで、少女はバランスを崩し、仰向けに、アスファルトの道路に倒れた。後頭部を打ち、激痛が走った。

 少女は痛みで顔を歪ませた。

「やっと捕まえたぞ! さんざん手間をかけさせやがって!!」

 少女は男たちに見覚えがあった。昔自分を殴った大学生集団だ。あの時はおじいちゃんの友達のおじさんに助けてもらった。しかしあれからこういうことがたまにあったのだ。あの男たちに追われていると言ってお父さんたちを心配させるわけにもいかない。だからこのことを知っているのは少女一人だった。今までは運良く逃げ切れたが、今日は逃げ切れなかった。

 男たちは少女を逆恨みし、なんとしてもあんなことやこんなことをする。そう決めていたのだ。

 男たちの顔はとても怖かった。犯罪者の目。どうしようもないクズの目だ。

 男が一人、少女に馬乗りになる。少女の顔は恐怖でぼろぼろになった。

「誰かっ! 誰か助けて!!」

 泣きながら、叫ぶように助けを求めた。

「いい悲鳴出しやがって! 興奮しちまうだろぉ!!」

 誰も助けてくれるはずがない。少女にはわかっていた。ここは少女の家から遠く離れた場所。おじいちゃんもおばあちゃんも助けてくれない。こんなところに来る人なんていない。もしいても助けてくれるはずがない。例えそれが仲のいい大人でも。少女がそう思うのは経験からだった。少女が昔仲良くなった非番の警察官は、あのとき助けを求めた自分を見捨てた。

 この世界がそういう世界だということは少女にもわかっている。自分の身を守るには自分しかいない。だから武道を始めた。しかし、結局女の子では屈強な男には勝てないのだ。

 男が少女のワイシャツのボタンを外そうとする。

 少女は手足をバタバタさせるが、男の愚行は止まらない。獣のような息づかいが耳元に届く。男の汗が落ちてくる。

 少女は、それはもう泣きじゃくっている。しかし、それはドSの男たちを興奮させるだけである。

 その時だった。

――ふざけてんじゃねぇぞテメェら!!

 その声は少女がどこかで聞いたことのある声だった。

 

 

 宇佐美がそこに着いた時、まず男たちが見えた。

 しかし、宇佐美は直感的にその男たちの中に必ずあの悲鳴の女の子がいると感じていた。そして宇佐美の予想が当たっていればその女の子はあの子のはずだ。

「――!?」

 宇佐美はそこで男たちに見覚えがあることに気がついた。あの時あの電車であの子を連れ去ったあの大学生集団だったのだ。

 宇佐美はカッ、となるのを堪えて状況を確認する。

 男たちは女の子に夢中でこちらにはまったく気がついていない。

 こういうとき、方法は宇佐美の知る限り二つある。一つは冷静に、足音をたてずに近寄り、一気に制圧する。もう一つが、まず大声を出して相手がひびった隙に一気に制圧する。

 普通なら前者でいきたいが、今は時間がないから後者でいくしかない。

「――――!!」

 なんと叫んだのかは、よく覚えていない。それが本心だったからだ。

「なんだお前!?」「何様のつもりだ!!」

 男たちはそう言い、次々に襲いかかってくるが、警察学校で柔道をやっていた宇佐美の敵ではない。そして全員を倒し、女の子の上に馬乗りになっていた奴わ胸ぐらを掴みこう言う。

「警察様だ。昔お前らに会ったことがあるバカな警官だボケッ!!」

 宇佐美は吐き捨てるようにそう言うと、胸ぐらをゴミを捨てるように離した。

 そして少女の方に向く。

 間違いない。髪型こそはポニーテールになっているが、その顔とない胸は宇佐美の記憶にしっかりと残っている。

 少女はまだ立てないのか、上半身だけを起き上がらせている。その表情はなんとも表現しにくいものだったが、ただ一つだけわかったのが、感謝すればいいのか、泣きついてもいいのか、それとも逃げればいいのかがわからない。というようなことが読み取れた。少女も宇佐美があの時の男だと気がついているのだ。

 しかし、それは宇佐美にはわからない。普通ならこの子を落ち着けるためにもそっと慰めればいいのだろうが、あの時少女を見捨てた自分にはその資格はないのだからそれはできない。

 宇佐美は男たちに視線を戻した。5人全員気絶している。致命傷になるようなすごい技はかけてないから今日の夜中位には目が覚めるはずだ。

――パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!!

 その乾いた音がいきなり鳴り響いた。

 男たちの頭からは血が吹き出す。

 何が起こったのか、宇佐美にはまったくもってわからなかった。

 しかし、次の瞬間わかる。

 パンッ!

 肩に激痛が走った。

 見ると、自分の肩から血がどくどくと流れ出ている。

 そして周りを見渡すと、無表情で銃を構えた男と思われる人が一人。慌てていたから顔は見えない。しかし自分は撃たれた。それだけは理解できた。

 このままだと殺される。

 相手が誰だかはわからないが逃げないと本当にヤバい。

 さすがウルトラマンが入ってる体ということだろう。激痛だが、動けないほどではない。

 ここで宇佐美は一つの選択をしなければならない。

 それは、少女をどうするか、だ。

 男が完璧に宇佐美を狙っているのなら、少女は狙われないため、わざわざ連れていっても危険にあう可能性が上がるだけだ。それにそっちだとわざわざ怪我をしている宇佐美の負担が減る。

 しかし、あの的確な射撃。男たちを最初に殺したことから、相手がそういう奴じゃないと予想できる。これは無差別殺人の可能性があるのだ。

「おいッ、逃げるぞッ!」

 宇佐美は少女にそう言い、立ち上がらせると、一緒に逃げる。

 道路から、ろくに整備されていない山道へ飛び出した。

 

 男たちを撃ち、今宇佐美たちを追いかけている人間。そいつは磯崎だった。あの公安の磯崎、宇佐美の同期の磯崎だ。

 彼の目は復讐の色に染まっており、そこから人を殺すのに一切の躊躇がないことがわかる。

 いつの時代の人間も同じである。どこかに自分のためだけに人を殺す人間がいて、それに殺される人間がいる。いくら法律が厳しくなってもそれは止められることができない。それが人間の殺意だ。

 本当に人を殺したくなった人間に、誰かが説得しても効果などないのだ。それが人間の欲望だ。

 平和主義の連中は、戦争反対戦争反対ばかり言っているが、少しは目の前にある現状に目を向けるべきだ。

 この国では年間何人もの人間が誰かによって殺されている。わかるだろうか。もしも自分が殺されると想像してみよう。今まで生きていたこと、買った物、できた思い出。そのすべてがなくなってしまうのだ。その人の生きてきた時代は消えてしまうのだ。

 人間とは、そういうことをわかった上で……いや、ろくに考えずに人を殺すことが多い。そういう奴らに限って人を殺すの本当の意味がわかっていない。殺すとは、その人のすべてを奪うということだ。言いきれないほどたくさんのことを。そして遺族たちの心にも、その人の記憶はそれ以上更新されない。

 殺すの意味がわかっていないからこそ、人を殺すのが少し簡単だ。

 しかし磯崎は違った。

 すべてわかった上でこうしている。殺すという意味もわかっている。

 それをわかった上で人を殺すのに躊躇のない彼は、悪魔と言えるだろう。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。

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