十八話 光の国の異変/the lowest
そこは、いつかの高架下。一人の男がいた。
「…………」
彼は考える。
この世界ほど残酷なものを、俺は他に知らない。
この残酷さの始まりは何も奴らが来たからではない。ずっと前からそうだった。終わらない紛争。宗教をめぐる対立。しまいには自分の子供を売って金にする人たち。国連がそれを解決しようと努力したことはあっても本当に、全力で止めようとしたことが今まであっただろうか。
所詮、人々は心のどこかで争いとかそういうのを好んでいるのだ。好んでいないのなら平和な世界などとっくの昔にできている。
人は、みんな違ってみんないい、と言う。しかし、よく考えてみればそれは犯罪者すらもいいといっているようなものだ。これが屁理屈だということはわかっている。しかしみんないい。そんなものは存在しないのだと、それだけは、今の大人たちは子供たちに、もっとはっきり伝えた方がよいのではないのだろうか。
今の大人はなんでもそうだ。無関心、意気地無し。大人はみんなそうだ。
昔、俺が乱暴されている女の子を助けた時もそうだった。一緒にいたあいつは何もしないでただ突っ立ってた。俺は乱暴していた男たちに体を刺され、病院に搬送され、なんとか一命をとりとめた。しかし、当時の署長は俺が存在していることになっていると迷惑だと考え、俺を死んだことにした。
それからは大変だった。家を引っ越し、ありとあらゆる親のつてを使ってこの公安部に入った。事件の後の俺に、あのときのバカみたいな正義感なんてなかったふりをしていたから、案外すぐに信用されるようになった。
しかし、そんな今でもあいつのことだけは許せない。
なぜか? そんなもん簡単だ。あいつがウルトラマンだったからだ。
あの時何もしなかった奴になぜ強大な力がついた。なぜ俺ではないんだ。運動神経とか、頭の良さとか考えても俺の方がふさわしいはずだ。
そんな時だった。やつが現れたのは。
やつが現れてから俺の心は満たされた。まだその力は使っていない。なぜならこの力を使う時は、あいつをぶちのめす時だと決めているからだ。あいつは生ぬるい。あんなやり方ではこの世界を変えることなどできない。
「……ここにいたのか」
その声が聞こえ、俺は振り向く。そこにいたのはかつてウルトラセブンと呼ばれた男、モロボシ・ダンがいた。
こいつは俺がやつと出会い、一体化してからは毎日のように現れ、説得をしてくる。
「君は騙されている。すぐにその力を手放すんだ」
「いやだね。モロボシダン。俺たちはもうお前の言うことなど聞かない」
「君がやろうとしていることは間違っている。今すぐやめるんだ」
「間違っている……? よくそんなことが言えるな」
そう言う男の表情は険しく、モロボシに憎しみをこめているようだ。
「なに?」
「この世界間違ったことだらけだろ。それを傍観という形で見捨ててきたお前に、今さら俺を間違っているなんて言える権利があるのか? それにあいつは気に入らないんだよ。あんな生ぬるいやり方で一体何が変わる? 変えられないんだよ。あいつのやり方じゃな」
「……確かに、僕に君を間違っていると言えるほどの権利はない。しかし――」
「――弟が死ぬのは見過ごせないってか?」
「ああ」
「仲のいい兄弟だことで」
そう言う俺の顔は、多分寂しそうなものになっていたんだと思う。だからこそモロボシは聞いてくる。
「……君にも兄弟がいるのか?」
「余計なおしゃべりはここまでだ。これ以上つきまとうな」
「待つんだ磯崎君!」
ついに名前を呼んできた。こいつはなにがなんでも俺を止めたいらしい。
「いざというとき、僕は君の味方はしないぞ」
勝手にしやがれ。そう思いながら俺はそこから立ち去った。
場所は変わり、光の国と呼ばれる場所。
そこの、いわば会議室のような場所で、ゾフィーはある人物に会っていた。
「なぜです大隊長! メビウスは今戦っているのです!! なのになぜヒカリにメビウス抹殺命令を出したのですかッ!!」
ゾフィーは荒々しくその人物に言う。どうやら相当怒ってるらしい。
「なぜ?」
大隊長……ウルトラの父は少しにやけた気がした。
そして続ける。
「メビウスは命令を背いて数々の違法行為をしている。我々ウルトラの一族は知能ある生き物だ。法を破った者にはそれ相応の罰を与えるべきだろう?」
その言葉は25年前のウルトラ父が言ったなら、ものすごく不自然だっただろう。しかし、今では別に驚くことではない。いつものことだ。25年前。ウルトラ警備隊が奴らと戦っている最中、ウルトラの父は温厚な性格から冷徹な悪魔へと変わった。
任務に失敗したウルトラ戦士は処刑。ウルトラの父自らの手でだ。
エースを牢屋に入れたのもウルトラの父だ。
ここが嫌になって、地球にいるウルトラセブンにこのことを報告しようと脱走したところ、何らかの方法で見つかり、そのまま牢屋に直行したのだ。だから、このことを地球にいるウルトラセブンたちは知らない。今地球にいてこのことを知っているのはメビウスとヒカリだけだ。
話は少し戻るが、ウルトラの父には誰も逆らえなかった。強すぎたのだ。
はっきりいえば最強。おそらく私が本気でかかっても瞬殺されるだろう、そう思うほどウルトラの父は強かった。
ウルトラの母は何も言わない。どうやら夫がどんなに変わってしまっても着いていくらしい。
「話が終わったなら持ち場に戻れ。そしてもう二度とその話をするな。わかったか?」
「…………」
「わかったか?」
「わかりました」
なぜか、その時一瞬、ウルトラの父の姿がウルトラの父でなくなったような気がしたが、おそらくただの気のせいだろう。角の色が金色になったような気がしたのだが……。
きっと疲れているんだ。ゾフィーはそう思い込むことにし、その場から立ち去った。
奴らの魔の手は、決して地球のみに及んでいたとは限らないということを、この時はまだ誰も気づいていなかった。
またまた場所は変わり、地球、警視庁。
宇佐美の扱いは、監禁されていると言われても仕方のないようなものだった。
朝昼晩と、ご飯は三食あり、部屋の隅っこの方には蛇口があってそこから飲料水が出てくるが、ここはまるで刑務所の中にあるような個室だった。
仕方のないことだ。
宇佐美は最近、それだけで物事をどうでもいいと思うようになってきた。おそらくあの時見た光景がショッキング過ぎたのだろう。いくら死体を見慣れていると言われている警察官でも、宇佐美は交番勤務だから刑事ほど死体を見ることはないし、それにまだ若い。そこであの光景は刺激が強すぎた。
「なぁヒビノ……」
宇佐美は自分の左腕に話しかける。しかし左腕は何も答えない。ずっとこんな感じなのだ。どうやら自分の回復で精一杯らしい。
それもそうだ。宇佐美の体にも、メビウスの時の疲労はたまるが、ヒビノにはその倍くらいの付加がかかるのだ。負けっぱなしの宇佐美と一心同体となったヒビノは自然に回復だけで手一杯になってしまうのだ。
それはわかっているけれど、ムカついてしまう。
何にムカついているのかはわからない。
ただ、ずっと一人なのだ。ずっと、ずっと、ずっと……。
誰とも会えない。誰とも話せない。どこにも行けない。誰の顔も、声も聞ける子とがない。
もしかしたら、この気持ちが社会に見捨てられた子供たちの気持ちなのかもしれない。
男に襲われた子供たちは、一人で。どこにも逃げられなくて。誰かに助けてもらいたい。誰か一人でいいから味方をしてほしい。ただ一言『お前らやめろよ』その一言がほしい。一人の警察官が自分を助けてくれて、その後自分を慰めようとにっこりと微笑む。そんな顔を見せてほしい。
自分が今まで、こんな悲しい気持ちになっていた子供たちを見捨ててきたと思うと、とても情けなく思った。自分がバカみたいだと思った。彼女たちは自分たちに助けてもらいたかったはずだ。それなのにその手を振り払ってきた自分は、ウルトラマンでもなんでもない。ただのバカのアホのクソ野郎だ。自分は今までどの口で地球人を守るとか言っていたのか。自分は今までどの口で世界を変えたいとか言っていたのか。口だけならどうとでも言える。俺は口先だけの最低最悪の男だ。
思い出されるのは、もはやいつだったのかわからない。高校生が男たちに性的な暴行を受け、職務中の俺を、泣いているその顔を向けて、助けて、と叫ぶ姿。俺の同僚のAは、その時スマホでその顔の写真をとっていたような気がする。そして俺はそれを止めようともせずに見てみぬふりをした。
そしていつだったか、電車内でも似たような光景を見た。
田舎で、人もあまりいなく、そんな電車の中には高校生のカップルが一組。主婦が一人。ウェイウェイ言ってる大学生が五人。それから……弓道部に入っているという女子中学生が一人いた。
なぜこんなにもその時の状況を覚えているのかと言われれば、その弓道部に入ってる少女が印象的だったのだ。髪は肩少し下まであって、胸がほんのりあり、少しボーイッシュな少女だった。学校でモテてるんだろうなぁ、とか思うほど可愛かった。
とにかく人なつっこい少女で、俺の隣に座ると、ずっとこちらに話しかけてきた。
――仕事はなにしてるんだ?
――お巡り。
――お巡りか。カッコいいな。
話している内にこちらも和んできて、普通に話していた。
とても楽しかった。たまには子供と打ち解けて、会話するのもいいものだと思った。思ったのだ。
だが、そんなとき大学生集団がこちらに寄ってきて、少女の腕を掴んだ。少女が悲鳴をあげる。
後で知ったことだったこと。それはその大学生集団が、人があまりいない田舎で、まだ誰にも襲われていない少女に性的暴行を行うという、とんでもないことを目標とした集団だった。
少女が悲鳴をあげて、周りの人たちが一瞬少女を見るが、すぐに可愛そうな人を見る目で見て、見てみぬふりをする。
大学生らは、そのまま誰もいない号車に向かって歩き出す。いくら弓道をやってるとはいえ、少女の力では男たちに勝てずに、そのまま連れていかれる。
その間、少女はこちらに助けを求めるような目でずっと見ていた。今にも泣きそうで、見ていると心が苦しくなるから自分は目を反らした。その時の少女の表情を今でも忘れはしない。絶望した表情だった。少女にとって俺は最後の望みだったのだ。
隣の号車から少女が泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
――助けて。誰か助けて。
――うるさい黙ってろ。
少女を殴ったような音も聞こえてきた。
俺は自分を恨んだ。
最低最悪だと思った。何もしない自分を呪った。
これが、俺だ。
その時、ガチャリという音が聞こえた。
宇佐美のいる部屋の扉が開かれた音だった。
「宇佐美巡査。休日だ。外出を許す」
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。
追記:電車内の少女の口調を変更しました。