緋弾のアリア-Kana the Pain Ammo-   作:くりむぞー

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大分遅れましたが、更新です。
最近は寝るので精一杯だったので、かなり執筆が疎かになっていました。
しかし、最近気になっていたガルパン映画を意を決して見てきたのでモチベも少しは取り戻せました。

何気に昨日、立川の爆音上映にも行ってきたのでテンション高いです。(ガルパンはいいぞ

まあ、それは置いておいて、今回はあかりとカナの同盟話です。どうぞ


結託

 

 ――激戦が繰り広げられた日の翌朝。

 ジャムを塗ったパンを口に咥え出発する……といった習慣が出来上がりつつあった間宮あかりは、まだのんびりしていても何ら問題のない時間であるのにもかかわらず、今日に限って通学路である道を急ぎ足で歩いていた。

 ペース的に言えば、朝練を行う予定の部活動に余裕で参加ができるぐらいであるのだが、別に彼女は朝早くからの鍛錬が必要な部活動に属しているわけではなかった。……というか、そもそもの話として彼女はまだ運動部か文化部のどちらを選ぶかの選択肢に悩まされている状態にあるわけであり、特別用事がなければこんな朝早くから家を飛び出す必要はないのだった。

 ――結局のところ、その滅多にないことが間宮あかりの身に起きているわけであるのだが、今回のケースは巻き込まれていると言える受動的なものではなく、自ら進んで行動を決めた能動的なものであった。

 なお、そう言い切れる根拠となるのが彼女が抱えた紙袋の中に隠されており、彼女はある人物にそれを届けようと試みている最中だった。

 

「……すぐに会って渡せればいいんだけれど、カナ先輩見つけられるかなぁ」

 

 袋の中には黒の布地の衣服が入っているが、これは昨日カナがあかりに目掛けて落としたコートであった。

 本人は故意に落とされたとも知らず、商店街を駆け抜けると、普段より使用している近道を通って最寄りのバス停へと行き着く。

 急ぎ時刻表を見たところ、バスが到着するまでにはあと45分とやや間隔があり、あかりは早く家を出たにも関わらず待ちぼうけを食らう羽目になると早々に気づかされる。歩いて次のバス停を目指そうにも残念ながら距離が大きくあるため、今の場所で待っていた方が懸命だと言えた。

 

「せっかく早起きしたのに、これじゃいつもと殆ど変わらないよ……」

 

 彼女は肩を落とし、自らの行いが無計画過ぎたことを深く反省する。しかし、悔やんだところでどうにもならないのが現実である。

 

「……はぁ」

 

 仕方なしに、寒さに堪えながらいずれ来るであろうバスを待ち侘びる事を選んだ彼女は、バス停のベンチで一人身体を震わせて手袋をしていても冷たく感じるかじかむ手を頻りに擦り合わせた。

 自動販売機でもあれば温かい飲み物で多少は暖を取れるのだが、近場にあったモノは好みでないモノばかりが残っていて飲みたいと思うモノが総じて全滅していた。

 コンビニで買うという手もなくはないが、この時間帯では込み合っていて、並んでいる合間に今度はバス停に列が出来てしまうと思われた。

 

「うぅ……それにしても寒いなぁ……」

 

 時期が時期なだけに肌寒さは防寒具越しにも伝わって来ており、襲ってくる冷たい風は刃物のように鋭く、何度も突き立てるかのような痛みを彼女に覚えさせた。

 また、心なしか周りに誰もいない孤独感がそれに追い打ちをかけているようで、近頃の寒さ以上の痛みが彼女の身体を走る。我慢が出来るかはあかりの体力次第だが、高い確率で耐え切れないと言えるだろう。

 

 ……ドドドドドドドッ!!

 

 ――そんな時折、車の往来が殆どない中で、地鳴りのようなバイクの音が遠くから聞こえて来る。

 恐らくは通勤者かバイク持ちの通学者かと思われるが、その辺はどうでもよいことだった。……一つ気にするならば、その件のバイクの主があかりが目指すべき方向へと向かおうとしている事だが、爆音を鳴らしてそのままバス停を通り過ぎるかと思いきや、突如として急停止を少し通過した場所で行った。

 

「………?」

 

 良く観察をしてみればバイクに乗っていたのは武偵校の制服を来た女子生徒であった。

 顔に関してはヘルメットで覆われているので除き見ることが出来ないが、髪型からある程度は連想することは容易だった。……何故ならば、あかりの記憶の中には三つ編みをした長身の女性はただ一人しか存在していなかったからである。

 人違いである可能性も否めないが、もしそうであれば無反応を貫けばよいだけだった。

 

「……んっ」

 

 論よりも証拠で、バイクに乗った少女は力んだ声を出してヘルメットを頭から抜くと、素顔を晒しつつ髪を整えるべく首を左右に揺らした。……その顔は間違いなく昨日に見たばかりの顔であり、先輩にあたる遠山カナであることを告げていた。

 

「ふう……」

 

 彼女は一息つけた後、鍵を抜いてバイクをロックするとヘルメットを右腕に抱えつつ座席から降りた。そうしてカナは、辺りを軽く見回し異常がないことを確認してから、眼差しを周りからあかりへと移した。

 ……同時に、困惑顔の彼女に対して声をかけた。

 

「ねぇ……そこの貴女」

 

「――ふぇっ、私!?」

 

「間宮……あかりさんでいいわよね? ……話は風魔から聞いているわ。私のコートを預かってくれていたそうね」

 

「あっ………」

 

 風魔と聞いて、一瞬誰かと思うあかりだったが、カナと蘭豹の戦闘が終了した直後に接触をしてきた忍者を思わせる少女がいたことを慌てて思い出す。

 ……少女はただ一言だけ、「コートは本日中に預かることは出来ないので、明日持ち主に貴女の手から返してほしい」という内容を述べて頭を下げると、速やかにその場を後にした。

 側にいた火野ライカに詳しく素性を聞いたところ、元々は遠山キンジの戦徒(アミカ)であったらしく、本人が言うには金一の一件を機にカナに急遽乗り換えたとのことだ。

 別に見限ったということではないようだが、それ以上の事は結局語らずじまいで終わっていた。

 とにもかくにも、コートの持ち主たる本人がこの場にいるのだから、細かいことは気にする必要はない。あかりはそう思うと、忘れないうちに紙袋に入ったカナのコートを差し出して憂いを絶とうとした。

 

「――あ、あの……これ、汚れとか可能な限り落としておきました!」

 

「……そう固くならなくてもいいわ。元はといえば、こちらの不手際なのだし……わざわざクリーニングをしてくれてありがとうね」

 

「い、いえ、汚れたまま返すのはいけないと思ったので!」

 

 あかりは狼狽えながらも用を済まし、渡したものに何か問題がなかったかをカナの表情から窺おうとした。

 対するカナは、視線を受けて紙袋から己のコートを取り出すと、先の戦闘で汚れが付着したと記憶している箇所を念入りに眺め、特に問題がないことを確信すると返事としてにこやかな笑みをあかりに向けた。

 

「こんな朝早くから、届けようとしてくれて本当にありがとうね。……ああそうだ、お礼と言ったらなんだけれど、もし良かったら後ろに乗らないかしら?」

 

「えっ……それってつまり――」

 

「此処で寒い中、バスを待ち続けるのは酷でしょうから一緒に登校しましょう、ということよ。……まあ、流石にまだ学校に着くのは早過ぎると思うから、近辺の喫茶店の中で暫く時間を潰しましょうか」

 

 そう言って手際良くカナは、頭部だけを覆うタイプのヘルメットを収納スペースから引っ張りだし、あかりへ向けて放り投げてキャッチさせると、先に乗車してから背中に捕まるように促した。

 あかりは戸惑いつつも素直に従い、渡されたヘルメットを装着して振り落とされないように身体を固定すると、発車しても問題がないことをカナに合図した。

 

「さて、準備はいいかしら?」

 

「……はいっ、大丈夫です!」

 

「――それじゃあ、出発するわよ。しっかり掴まってなさい」

 

 静まり返った道路に再び爆音が鳴り響き、カナは大きく息を吸ってからハンドルを握る手に力を込める。

 そして二人は、武偵校への道程を共に駆けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数分後、武偵校校舎が近くから垣間見える距離にある、あまり人目につかなそうな時代を感じさせる雰囲気が漂う小さな喫茶店にて。

 カナとあかりは、少ないテーブル席の一角に腰を下ろして登校するのにちょうど良い時刻を見計らっていた。

 周りには他に客は一人しか見当たらず、カウンター席の前でせっせと作業をするマスターの姿が目立つように存在しているわけだが、整えられた髭と寡黙そうな顔を持つダンディなマスターと、店内に流れるレコードの曲が非常にマッチをしていて、何処となく優雅な時間を二人に自然と感じさせた。

 

「……此処の厚切りフレンチトーストは美味しいと評判でね、アイスと絡めて食べると絶品よ」

 

「は、はぁ……でも本当にいいんですか? 送っていただいただけじゃなくて、ご馳走までしてもらうなんて――――」

 

「別に気にしなくとも良いわ。私がご馳走したいと思ったからしている訳だし、ちょうど朝食がまだだったのよ」

 

 一口サイズに切ったトーストをフォークへ乗せたカナは、冷めないうちに頬張り嬉しそうに顔を緩める。

 釣られてあかりも小さく切ったものを口に含み良く味わうと、フレンチトーストに目を見張った表情を向けた。

 

「……どうかしら、美味しいでしょう?」

 

「美味しい……ですっ! モチモチ感が絶妙ですねこれ……!!」

 

「気に入ってもらえて良かったわ。今度、お友達でも誘ってあげるといいわね。きっと……虜になると思うわよ?」

 

 価格は学生にも優しいリーズナブルな値段であり、それでいてボリュームがあった。これならば、一度頼めばこれだけで満腹になれるというものだ。

 確かに虜になってしまうのは頷けるとあかりは思い、もう一口堪能してみせる。

 

「うーん、おいひい!」

 

 ……やはり、口いっぱいに広がる濃厚な甘味とそれを支える食感は格別で、まるで天国にいるような心地がそこにはあった。

 一緒に出てきた特製珈琲もストレートで飲めるほど気分が良くなるのは未知の体験であった。

 気がつけば我を忘れて食べ続けていたようで、すっかり皿の中は空っぽである。見ればカナも同様に平らげ終わっており、満足気に口を拭いて笑っていた。

 

「味もしつこくはないし、それでいて大して胃に重くはないから本当にオススメよ」

 

「ありがとうございます……この辺のお店ってまだあまり詳しくはないので、教えていただいて何よりですっ!」

 

 周辺の土地勘が未熟であると自覚をしているあかりは、今回のような機会を経て一つ賢くなれたことを純粋に嬉しく思った。

 

「――ああ、そうか……貴女もついこの間武偵校へやってきたばかりなのよね」

 

「遠山先輩よりも少し前になりますけど……先輩の方はもうこの辺を知り尽くしているみたいですね。早いです」

 

「カナでいいわよ。……私はまあ、詳しい人に大体を聞いて適当に自分で開拓した訳だけれど、意外と此処一帯は名店揃いよ」

 

 武偵校付近に店を構えるなど正気ではないという心ない声もあるが、彼等とて銃を携帯していることを除けば普通の学生と変わらない若者である。

 だから、同じように娯楽を欲し、時に食べるという事を追求する。……それを理解しているからこそ、今いる喫茶店のような場所は存在し、武偵校へ通う若者達を快く受け入れているのであった。

 珈琲のおかわりを注文したカナは、しみじみとわかってくれている大人がいることに感謝し、落ち着きをあらわにする息をついた。

 またそうする一方で彼女は、ふと思い付いたかのような仕草をとると、目をやや細めてから問いかけを口にした。

 

「……そういえば、間宮さん。一つ聞きたいことがあるのだけれどいいかしら?」

 

「――はい、何ですか?」

 

 二杯目の珈琲に挑むのは無理だったのか、オレンジジュースを注文していたあかりはきょとんとした表情で首を傾げる。

 

「勘違いだったらごめんなさいね………間宮さんのご先祖の方に、『間宮林蔵』という人はいらっしゃるかしら」

 

「ふぇ……?」

 

 突然の奇妙な内容の質問にますます困惑した表情をみせるあかりに、カナは補足するように告げる。

 

「変な事を聞いているという自覚はあるわ。でもね、私にとっては重要なことなの」

 

 そうして語るは、遠山一族と間宮一族との古くからの繋がりについてであり、二人の今後の運命を左右するほどの重要な話だった。

 

「――ずばり言うと、私のご先祖様と探している一族のご先祖様の『間宮林蔵』は古い昔、上司と部下という関係だったらしいのよ。……間宮さん、『遠山の金さん』は知ってる?」

 

「えっと、時代劇で有名なアレですよね……? 直接は観たことはありませんけれど……」

 

「早い話が遠山の金さんのモデルになった人物の血を私は引いていて、その金さんの父親が『間宮林蔵』の上司だったわけ。……確か、体術に長けていたとか聞いているわ」

 

 その言葉にピクリと、あかりの肌が微弱な反応をする。

 もし見当違いであるならば、こんな反応をするはずもなくただ流せばいいはずであった。だが、そうでないとする素振りを見せている以上、更に畳み掛けるしかない。

 

「まあ、その事はさておいて本題なのだけれど、過去の関係もあって年賀状を送る程度には親交があった間宮一族と連絡が途絶えているとの報告が最近耳に入ったのよ。――で、タイミングの悪いことに本家の人間が軒並み動けないトラブルに見舞われてるから、分家の私が代理で調査を請け負ったわけなのだけど……行った先が蛻の殻でね」

 

「………」

 

「――いえ、蛻の殻というのは間違いがあるわね。既に彼処は……人が住めるような場所ではなかった」

 

 そう言って鞄から彼女は、封筒を取りだし中身をそっと抜き出すと、互いに見やすい位置へ躊躇う事なく現地に赴いた際に撮影したとされるモノを数枚並べた。

 ――いずれの写真にも焼けた家屋が写っており、何とも無残な光景がそこにはあった。

 

「―――ッ!?」

 

 すると、あかりはそれを瞳に映した瞬間、見てはならざるモノを見たかのような……この世の終わりを現す表情をとった。

 同時に彼女の頭の中では、刻み付けられたトラウマがフラッシュバックし、断片的に当時の状況が酷く蘇った。

 

 

 

 

 

『……きひひひひひっ!!!』

 

 激しく飛んでいく火の粉に紛れ、響く狂気の笑い声。

 

『逃げても無駄ぢゃ、観念するのじゃの』

 

 超常現象を操り、破壊の限りを尽くす奇妙な容姿の存在。

 

『素直に従えば良かったのに……』

 

 そして、異常な執着心を持つ黒い悪魔が懐かしき故郷の思い出を焼却し、己と妹の命だけを置き去りにした。

 ……どうしてあんな仕打ちを受けなければならなかったのかと、あかりは今でも心の奥で何度も何度も叫んでいた。されど、理不尽な答えしか見つからず透明な傷跡が只々痛みを与え続け、闇の淵から生えるように黒い手を伸ばす。

 避けようと動くもその手は無数に増えていき、やがて彼女の首をがっちりと掴むに至った。

 

 

 

 

 

「ぃ…やぁ……」

 

 実際には誰にも掴まれていないにもかかわらず、思い込みが強いため過呼吸に近い状態に陥るあかり。

 そんな彼女の様子を流石に危険だと察したカナは、すくっと立ち上がり一大事になる前に素早く動いてみせ、有無を言わずにあかりを胸元に優しく抱き寄せた。

 泣きじゃくる子をあやすように背中をさすりつつ頭を撫でてやると、生まれたての小鹿の如く震えていたあかりは次第に大人しくなり、正常なリズムの呼吸を取り戻した。

 

「……ごめんなさいね、嫌なことを思い出させてしまったみたいで」

 

「いえ……もう、平…気ですっ……」

 

 溢れる涙を無理矢理袖で拭い、彼女はしゃっくりが混じった返事をした。

 

「――でも、これではっきりとしたわ。やはり貴女は……私の探していた間宮の人間ね?」

 

「そう、だと……思い…ますけど、これから私を……どうする、つもりですか?」

 

 事と次第によっては、新たに手にした日常を早くも捨て去らねばならないかもしれないのだと、あかりは覚悟し逃げる準備をカナの目の前で整える。

 ……が、予想に反して事態は悪い方向へは行かなかった。

 

「――安心なさい。捕って食うような真似なんて絶対しないわ。……私はただ、貴女が体験した事について詳しく知りたいだけ」

 

 若干警戒されているカナはテーブルの上で指を絡めて手を組むと、淡々とした口調でありのままの推理を静かに語った。

 そして、想定される犯人の人数が少なくとも3人以上であること、火災は一般的な原因とはわけが違う方法によって発生したこと、犯人の目的は間宮が保有していた『何か』にあるのではないかということなどが連続して述べられると、間を置いた後にはっとした表情であかりは彼女を見やって推理がほぼ正しい旨を告げた。

 

「記憶が多少ぼやけてますけど犯人は確か……5人いたと思います……いや、あれは――5人だったのかな……」

 

「……何か気になることでも?」

 

「いえ、あの……低い唸った声を出していた大男みたいのがいたと思うんですけど、なんか人の頭をしていなかった気が……します」

 

「……ふむ」

 

 その証言が正しいのであれば、乱暴に破壊されていたコンクリートブロックの引っ掻き傷にも一応は説明がつく。

 しかし、その一方で気になるのはその他の犯人についての手がかりだ。誰か一人は鋭利な刃物を所持していたとはわかるが、具体的に何を所持していたかやはり気になるというものだ。

 

「刃物、ですか……? すみません、ガトリングガンを持った犯人だったら居たのは確実なんですけど―――」

 

 何か棒のような者を担いでいた存在は居たというが、具体的な容姿は見ることができなかったそうである。

 

「そう……ちなみに、相手の容姿とかは覚えている?」

 

「背は小さかったと思います……変わった服も着ていたような―――ああ、そうだっ! 何か、エジプトって感じの女人も居ました」

 

「エジプト、ねぇ……」

 

 カナは、何とも犯罪者らしくない装いでよくもまあ間宮の里を襲撃したものだと思う反面、確認した内容から犯人グループは集団意識の高い相手ではなく個人主義の集まりなのかもしれないとの認識を強める。

 その上で彼女は、とりあえずの仮定としてエジプト風の女とやらが放火を起こした張本人とすると、残る一人についていよいよ核心へと迫る。

 

「で、貴女が目撃した襲撃犯の最後の一人なのだけれども、何か覚えていないかしら?」

 

 恐らく他の面子と同程度の情報ぐらいしか出てこないことを覚悟し、あかりに彼女は問うた。

 だが、あかりは思い出すことは辛いと感じながらも少しでも役立てればと思い、犯人達が間宮の里を去った直前のことに焦点を当てて深く考え込んでみせる。

 ……もう一度浮かび上がる絶望の光景は、正直狂ってしまいそうなほど気持ちの悪いものであると言えたが、それでも懸命に堪えて彼女は記憶の中から情報を手繰り寄せ、逃げ切れず一度捕まってしまった場面を思い出した。

 

 

 

 

 

『――間宮一族(おまえたち)は……に賛同せず、技術を秘した。……だから、奪われたのよ』

 

『でもまだ、隠していることがあるわよね……? だから、教えたくなるように種を植付けてあげる』

 

『あっ、ああっ………』

 

『ののかっ!?』

 

 突如、苦しみだす妹のののか。

 拘束が解けたことによりあかりは彼女に駆け寄るが、それを尻目に首を掴んでいたセーラー服の少女は冷たく笑うように言った。

 

『いずれ、花を摘みに来るわ……それまで覚悟をしておくことね』

 

『私の名前は――――』

 

 

 

 

 

 

「……名前」

 

「えっ?」

 

「私……犯人の一人の名前、知ってますっ!」

 

「何っ……!?」

 

 思わぬ手がかりが掴めることに驚きを隠せないカナは、一旦周りに気を配ってから安全を再確認し、テーブルに身を乗り出すと耳に手を当てて構える。

 勿論、このタイミングを狙って攻撃を受けることも想定して、空いている片方の手は太股付近にあった。

 

「名前はええと――きょう……」

 

「……きょう?」

 

「きょう……ちく――ああそうだっ! あいつの名前はきょうちくと……夾竹桃ですっ!!」

 

 ――その名前が出た瞬間、脳内に電流が走る。

 『夾竹桃』、それは確か……間宮の里に赴いた時に風魔との連絡で、警戒するように言われ名前が出た人物ではなかったであろうか。

 得意とするのは毒であり、それ目当てで風魔は襲われたとのことだったはずである。

 その時奪われた毒の効果は時間差で効果をあらわすもの……間宮の里襲撃前には既に手中に収められてしまっているとの事だが、もし早速間宮姉妹に対して使われていたのだとすれば大変まずい事になる。

 ……否、だとすればなんて甘い考えはもう捨てるべきだ。

 拘束して監禁してしまえば、いずれは目的のモノを奪えたかもしれないのに、見逃したということはつまりそういうことなのかもしれない。

 ――即ち、事態は最悪な展開へと至りつつあるという訳だった。

 

「――風魔」

 

「……お呼びでござるか」

 

「!?」

 

 あかりの驚きを余所に、いつの間にか背後の席で待機していた風魔を呼び出したカナは、即座に指示を飛ばして対応を促す。

 

「……聞いていた通りよ、彼女は私達で保護しなければならない対象だった。一先ず貴女は、今日のスケジュールを消化したらすぐに妹さんの警護に付いて」

 

「御意」

 

「それと、集合場所は追って伝えるわ。それまで周辺警戒を厳にね」

 

「では、失礼するでござる」

 

 依頼費としてお札が数枚入った茶封筒を渡された風魔は、それを使って会計を済ますと風を斬るように武偵校へと向かって行った。

 それを喫茶店の窓から見届けたカナは改めてあかりに向き直り、これから先の事をこれまでよりも眉間に皺を寄せた面持ちで伝えた。

 

「――間宮あかり、今すぐに妹さんに連絡なさい」

 

「えっ?」

 

「妹さんも含めてに大事な話があるの。今は時間が押してるから言えないけど、今日の夜話すわ……だから、夕飯は作らなくていいと適当な理由をつけて送りなさい」

 

「あっ、はい!」

 

 言われるがままにメールを送り付けるが、当然ながらその理由を問う内容の返信が返って来た。

 なので、仲良くなった先輩に食事の誘いを受けたということにして取り繕ってみせると、数分した後に了解した旨を知らせる文面が届いた。

 

「……でも、集合場所って一体どうするんですか?」

 

「そうね、別に安全性に関して徹底をしている私の寮部屋でも構わないこともないのだけれど、一人の部屋に多人数が押しかけるのはもし部外者に見られたら不審に思われるわ。だから―――」

 

 知っている限りで確実に安全だと言い切れる場所を使うとカナは言葉を続け、携帯番号などを交換してから時計を見てそろそろタイムリミットと判断し立ち上がった。

 遅れてあかりも立ち上がりカナに追従して店を出ると、二人は登校を再開して目指すべき武偵校へと急ぎ、帰り際の待ち合わせの時刻までそれぞれが受けている授業を何事もなかったかのように誤魔化しながらこなした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 時間は流れ、空の色がすっかり暗い色へとなってしまった頃、あかり達姉妹はカナが言っていた絶対安全地帯に訪れ……もとい、招待をされていた。

 隠すまでもなく安全だとするところとは要するにカナの実家である住まいであり、あかりはカナに付き添われて、妹のののかは風魔の護衛の下で到着をし、合流した後に頼んで用意してもらっていた手巻き寿司をこたつに入りながら特に当たり障りの無い内容の談笑をしながら堪能した。

 程なくして、食べ終えて必要がなくなったお皿が退けられ始めると、お茶を入れた急須を持ったカナが台所から戻り、希望を聞いて湯呑みにおかわりを注ぐと向かい合うように間宮姉妹の正面に机を挟んで座り直した。

 そうして、一口自身のお茶を含んだ彼女は暫し瞳を閉じ、仲良くなった先輩という仮面を脱ぎ捨てると、本来の目的である話を重々しく切り出し始める。……何も知らないののかに対して詫びの言葉と説明を添えると共に。

 

「……ののかさん、ごめんなさい。これから貴女には大事な話があるの」

 

「えっ、はい、何ですか?」

 

 何も知らない無垢な表情の彼女の視線が痛いが、カナは何を言われても構わない覚悟で話を進めた。

 

「今回、貴女達姉妹を此処に招待したのは単純な先輩とのよしみで、というわけではないの。実は―――『それはあたしが話します』……いいの?」

 

 しかしその途中で、気丈に出来るだけ振る舞っていたあかりが割り込み、カナが言わんとしている事を自身が話すと宣言をした。

 

「構いません……元はといえば、あたし達の問題ですから」

 

「……どういう事なの、お姉ちゃん?」

 

 いつもと違う様子の姉に疑問符を頭の上に浮かべるののかだが、何時になく重い表情なのを見て、笑ってごまかせる類いの話ではないことを何となく察した。

 

「……あのね、ののか。今日此処に呼ばれたのは……2年前の事が関係してるの」

 

「2年前……? それって、まさか―――」

 

「……うん、間宮の里が襲われた日のこと。あの時についてカナ先輩が話したいことがあるんだって」

 

「そう、なんだ……」

 

 やはり彼女もまた襲撃を受けたことをトラウマに感じている様子で、途端に顔へ陰りを生じさせて俯いてしまった。

 ――が、だからと言って話を中断するわけにも行かず、カナは事の詳細を語るために大事なことを優先してののかに述べてみせた。

 

「予め言っておくけれど、私は――いいえ、遠山一族は貴女達を保護するために動いているわ。それと同時に、里の襲撃の犯人について今現在捜査を行っているの」

 

 保護は正真正銘、古くからの縁故に行おうとしているのだと付け加え、決して邪な目的があって接近をした訳ではないと明言すると、あかりから聞き出した情報についてもう一度再確認を行った。

 

「貴女にも確認するけど、襲って来た犯人は5人組で……殆どが女だった、それで間違いないわね?」

 

「……多分、間違いないと思います」

 

「――で、貴女達姉妹はそのうちの一人に一度捕らえられてしまった、これも事実でいいかしら?」

 

「はい……私はその後、気を失ってしまって……気がついた時にはお姉ちゃんにおんぶをされて里から離れている最中でした」

 

「なるほど、よくわかったわ……」

 

 記憶の齟齬はどうやらないようであり、二人が夾竹桃に首を掴まれたということは揺るぎようがない事実であるようだった。

 また、敢えて二人を解放しその場から姿を眩ませたというのも本当である様子から、カナの中の杞憂に終わって欲しいと願う仮説は想定通りに真実に変化し、結果的に当初から言おうとしていたことをそのまま口に出させた。

 

「最初に言っておくわ。『まだ、希望は残されている』……でも、状況は至って最悪よ」

 

「……何を、言って―――」

 

「よく聞きなさい、貴女達は――――

 

 

このままだと、どちらかが確実に死ぬことになる」

 

「――え」

 

 死の宣告を言い放たれたののかは魂の抜けた表情をして、嘘だと自らに言い聞かせるように首を横に小刻みに振った。

 それから、姉であるあかりを見て、ようやく気づく。

 

「………ッ」

 

 苦虫を噛み潰したかにも思える彼女の顔は、ののかがこれまで見たこともないモノだったのだ。

 しかも、カナはどちらかが死ぬことになると言っただけであるのに対して、あかりは始めから誰が死ぬことになるのか理解している様子だった。

 一見して自らの死に怯えているとも受け取れるが、最愛の家族の死に恐怖しているとも端から見れば感じられた。

 

「どちらかって、はっきりしていないんですか……?」

 

「……確率でなら、答えはもう出ているわ。それと、過去の手口から大体の裏付けも既に出来ている」

 

「だったら、教えてください。お姉ちゃんと私―――どちらが危ないんですか」

 

「………」

 

 面と向かって言うことはやはり憚られるのか、カナは深い溜息をついて直接名前を言う事無く、視線をただ真っ直ぐに対象となる人物へと注いだ。

 ――そして、視線の先にいた……間宮ののかは、唇から血が垂れんばかりに歯を噛みしめてから、その結論にカナが辿り着いた経緯を確かな覚悟を持って尋ねてみせた。

 

「強い子ね。――いいわ、その逃げない姿勢に敬意を評して説明してあげる。――まず根本的な話として、貴女が何故死ぬことになるかだけど……それは貴女がある特殊な毒を打たれた可能性が極めて高いからなの」

 

「「特殊な、毒……?」」

 

「それについては、拙者が説明をいたそう」

 

 姉妹揃って同じ反応をする中、家の中を巡回していた風魔がちょうど居間へと戻り会話に割り込んでくる。

 普通ならば、いきなりなんだと咎めるところだが、今回ばかりは複雑に関わっている彼女が説明するのが適任であった。

 

「間宮殿達に使用されたでござろう特殊な毒……『符丁毒』は、元は風魔の術でござった。だがしかし、ある理由から夾竹桃に奪われてしまったのでござる」

 

「――ある理由って?」

 

「人質でござるよ。夾竹桃は卑怯にも幼子に毒を打ち、助けたければ秘術である『符丁毒』を寄越せと要求を突きつけてきたのでござる。……やむを得ず取引に応じてしまったがために、今回のようなことが引き起こされてしまったと思うと、悔やんでも悔やみきれないでござるよ」

 

 責任を感じた風魔は丁寧な土下座を二人の前で行い、一族を代表して償いは必ずするという誓いを立てる。

 それに呼応しカナも頭を下げ、事態の解決に尽力することを宣言すると、説明をさらに続けた。

 

「『符丁毒』はさっきも言った通りちょっと特殊でね、普通の毒とは違うところがあるの。具体的には――」

 

「毒の効果が現れるのが打たれてから約2年後ということ、打たれてから2年の間隔を開けて五感と命を奪うということ。また、解毒方法が限られているでござる」

 

「……嫌らしい事に、打った本人にしか解毒出来ない暗号状の作りになってるそうよ。故に、助かるには夾竹桃から直接聞き出す以外方法はない」

 

「けど、肝心の夾竹桃の行方が掴めないことには無理なんじゃ……」

 

「その通りね。けれど、大丈夫……どうせ向こうからギリギリのタイミングで交渉を持ち掛けに来るだろうから」

 

 何時でも殺せるはずの相手に時限爆弾を設置した件と、風魔での人質の件を照らし合わせれば自ずと答えは出てくるというものだ。

 ほぼ確定で、夾竹桃はののかへ打った符丁毒の解毒方法と引き換えに、一族に対して襲撃前の行ったと思われる交渉を今度はあかりに持ち出すつもりなのだろう。……あるいは、風魔と全く同じで毒系の秘術を狙っているかだが、あかり曰くそんな大層な秘術は存在しないとのことである。

 

「間宮の術は体術が殆ど……そこに狙われるような毒を使ったモノなんて、あるわけがないわよね」

 

「しかし師匠、相手が毒を使用するものだと勘違いをしている技がある可能性もなきにしもあらず」

 

「勿論、その線も一理あるけれど……もしそうだったら、夾竹桃は――とんだ間抜けということになるわ。会うのが逆に楽しみになるわね」

 

 滑稽だと笑いたいのを我慢し、カナはいずれにせよ向こうからやってくるのであればこちらにとってもチャンスだと言い、来るべき時に備えなければならないと間宮姉妹に注意を促す。

 

「ま、私が総じて言いたいのは、因縁を今度こそ断ち切りなさいということよ。これ以上夾竹桃を野放しにしておけば、また貴女達のような思いをする子達が増えることになる」

 

「……でも、あたしは――間宮の技を殆ど失ってます……封じちゃって、使える技は少ししか残ってません。こんなんじゃ夾竹桃には―――」

 

「勝てっこないと、そう言いたいの? ……じゃあ、今此処で貴女の妹を殺すと私が言ったら同じ言い訳をするのかしら」

 

「……ッ、それは―――」

 

 意地悪な問いへの回答が見つからず、あかりは押し黙る。

 本当に殺そうとはしないだろうが、カナが言ったように同じことを叫べば、それはつまりののかを見捨てると言うのと同意義であった。とてもそんなことは出来るはずもない。

 

「出来ないわよね。だったら、やることはわかっているはず……封じた技を戦いの時までに可能な限り取り戻しなさい。余裕があるなら新しいモノを自らの手で開拓するのも一つの手よ」

 

「………」

 

「助けたいんでしょ、妹さんを……私が肩代わりしたって構わないけれど、それなら何で武偵になったのかと貴女は悩み続けることになるでしょうね」

 

 他人に相談し、全て解決してくれるの待つというのも手段としては間違ってはいない。だが、失敗すればまた二の舞いが繰り返されるだけであるのだ。

 それを避けたいのであれば、不安と恐怖を乗り換えて自ら決着をつける以外にやり方は存在しない。あかりに決断の時がいよいよ迫った。

 

「別に、言いたいことだけ言って放置するなんてことはしないわ。無論、貴女が望むのであれば私は全力でサポートする」

 

「……先輩は、怖くないんですか?」

 

「何がかしら」

 

「夾竹桃のことです。風魔さんはともかく、先輩は直接被害を受けたわけじゃないのに……どうして悠然と立ち向かえるんですか」

 

「……そうねぇ」

 

 あかりの選択を左右することになるだろう答えを思案するカナであったが、そうするまでもなく始めから言いたい答えは彼女の中で先に出ていた。

 

「――私みたいに、何も出来ず大切なモノを失うしかなかったのをただ止めたいだけ……たったそれだけよ」

 

「えっ……?」

 

「気にしないでいいわ」

 

 独り言のように言い終えたカナは遠い目で何処かを見つめた後、気を取り直してあかりの返事を持った。

 そして、あかりは考えるに考えた挙句に、ののかの顔を見て決意を固めると共に最終的な決断を口にしてみせる。

 

 

 

「――わかりました。あたしも大切な家族を、妹を失うのは御免です……だからっ!」

 

「そう……なら、特訓ね。戦徒にできたら楽なのだけれど生憎風魔で席は埋まっちゃってるし……まあ、そこは追々どうにかしましょうか」

 

「あかり殿が戦姉を見つけて、師匠がその方と手を組むのが理想でござるが、今は力を取り戻すことに専念するのがベストでござるな」

 

 目指すべき方向性について話は纏まり、聞き手に徹していた鐵に協力関係を築く許可を正式に貰うと祖母のセツが用意をしていたと思われる冷たいみかんがお盆に載せられて運ばれてくる。

 それを手に取ったカナは消していたテレビを片手に持ったリモコンで付け、再び団欒の時を部屋に訪れさせた。

 

 

 ……願わくば、奪われた日常が取り戻される時がこのように来ることを祈りながら。




大分先のプロット練っていたら、カナの戦う本当の理由を考えたところでなんか泣いてしまったこの頃。そのせいでモチベが実は下がったのかもしれんと反省しております。

気を取り直して、次回はイ・ウー絶対許さねえガール爆誕回かも知れません。よろしくお願い致します

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