緋弾のアリア-Kana the Pain Ammo-   作:くりむぞー

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長らくお待たせしました。
よろしくお願いします。


錯綜

 

 

 ……親友であった不知火亮に対して生まれた疑念。

 単なる一時の杞憂であったのならばよかったが、残念なことにカナの中には切り捨てることが出来ない思い当たる節が存在していた。

 ――それは遡ること数ヶ月前、彼女がまだ『キンジ』であった頃の高校一年の一学期の時に発生した都銀支店派出所への強盗事件での出来事である。

 

 当時、入学して間もなかった『彼』は、ほぼ初陣となる状態で強行突入班へに命じられ、3年の先輩のサポートを受けながらコンビを組まされていた不知火と突入するタイミングを窺っていた。

 HSSであったのならばタイミングなど図らずとも制圧は完了し、即座に事件を解決することは出来たのだろうが、生憎その時のキンジは通常状態であり完全なるルーキーと同然。よって、通常状態で発揮可能な実力に全てを賭ける所存で臨むほかなかった。

 しかし、そんな中……相棒たる不知火はというと、彼の事を気にせず平然とした面持ちで身構えていたと思えば、突入の号令を待たずして単騎突入を敢行。さも通い慣れた場所へ訪れるように現場に無理矢理入り込むと、U.S.AS12――フルオート式の散弾銃を装備した銀行強盗犯を視認するなり、躊躇もせず相手の両膝を撃って瞬く間に無力化したのであった。

 その後、撃った相手が主犯……犯人グループのリーダーであった事が判明し、共犯者達の連携に乱れが生じ始めると、欠かさず遅れて突入を行ったキンジが威嚇射撃を自棄糞気味に繰り返し全員を捕縛。事件は無事解決する運びとなったが、それと同時に今に引き摺る形となる疑問が彼……いや、彼女の中には残った。

 

(まるで彼は、現場のプロのように……立ち回り過ぎていた)

 

 付属中学上がりであるならばやや強引に事前に場数を踏むことがあったのだと納得することが出来たが、不知火はそもそも付属上がりではなく一般中学からの上がりであるようだった。即ち、才能あっての青田買い――インターンと呼ばれる手段で武偵高に来たわけではないということである。

 となれば、特殊な環境下に家庭が置かれていたなどが考えられるが、銃の撃ち合いが定期的に行われる環境など数は限られているものの、探そうと思えば世界中に幾らでも存在している。そこから絞り込んで特定することは難しいだろう。

 少なくとも武偵校に入り、犯罪者の逮捕という社会的貢献をこなしている様子を見ていた限りでは、反社会的組織のような場所に身を置いていたわけではないのだと推測されるが、気になるのは普段の学校生活では見せないような振る舞いでキンジのことを何処かへ報告していたことである。

 時期が時期だけに金一の死と関わり合いがあるのではないかと疑わざるを得ないが、そう決めつけるだけの証拠は何処にもない。将来的な武偵関係の組織への勧誘を目的とした報告であった可能性も十分有り得るため、100%黒であるとは今は言い難かった。

 

「――不知火殿に関する情報は、巧妙に情報封鎖されていると見ていいでござる」

 

「成程、迂闊に詮索し過ぎない方が賢明ということね」

 

 少なくともただの一般人……もとい、ただの武偵でないことは確かのようだと風魔の報告を聞いたカナは確信をした。

 その上で、警戒を強めるとともに一定の距離感を保つことを念頭に入れると、話の内容は不知火からカナ自身の話へと移り変わる。

 

「ところで師匠――転入してその後はどうでござるか」

 

「――うん? そうね……可もなく不可もなしってところかしら」

 

 逆さ吊りに近い状態で定位置へと収まっている風魔の質問に、カナはベランダの柵に腕を乗せながら曖昧な感じで答える。

 

「それなりに歓迎はしてくれたけれど、友好的な視線以外を幾つか感じたわね」

 

「具体的にはどんな?」

 

「警戒されているというか、舌なめずりをされているかのような視線よ。……誰が発したものかは特定できなかったけれどもね」

 

 つまり、キンジまたはカナに手を出そうとしている輩が既にクラス内に存在していたということである。

 その内の一人は恐らく不知火であろうが、複数いるとなれば不知火一人に警戒心を抱いている場合ではない。その人間に対する注意に脳内のリソースを割く必要があるだろう。

 

「……現時点で言えるのは、学内は決して安全とは言い切れないということね。まあ、わかりきっていたことではあるけれど」

 

「こちらもうかうかしてはいられないでござるな……近頃の事件のことも考えると、何か大きく事が起こるのも時間の問題でござろう」

 

 風魔の危惧する通り、武偵を狙った事件は不自然にもここ最近多発しており、プロと称される遥かに人生経験の多い武偵も被害を受けているという話である。

 幸いにも金一を除いて命に別条はないようだが、それはベテランの人間だからこそ済んだ話であるかもしれない。ならば、まだ未熟な学生の身分である武偵ではどうだろうかと考えれば言わずともわかるはずだ。

 

「これから何かが起ころうとしているのは間違いない……でも、こちらの準備はまだ万全じゃないわ」

 

「武藤殿を引き入れたとはいえ、主戦力は師匠一人。拙者と白雪殿はどちらかと言えばバックアップがお似合いでござるからな……」

 

「より一層地盤固めが急務になったということね……どうしたものかしら」

 

 カナは爪を噛むような仕草をして考え込んだ。

 ……サッカーで例えるなら、フォワードが一人に対してミッドフィルダーとディフェンダーがやけに多いという状態に彼女達は置かれているわけであり、これから勧誘する予定の人材のことを含めても改善される余地は今のところないと言えた。

 そして、この状況での被害を考えた場合、カナの動きが封じられれば後がなくなってしまい、彼女は最終的に全ての支えを失う羽目になり、やがて単独で我武者羅に突き進むしかなくなるだろう。

 ――その果てにあるものは、本来の目的を置き去りにした『復讐』という二文字のみ。やはり、サポート役を揃えることに固執気味になっていては足元をすくわれてしまいかねないと言えた。

 

「不知火に疑惑がなければ少しは変わったのだろうけど、贅沢は言っていられないか……」

 

 一応は優秀なパートナーであり、息を合わせやすい相手ではあった不知火を起用できないことに応えているようで、カナはやや落ち込んだ様子を見せる。

 だが、件の彼の身の潔白を証明しないことには叶えられない願いであり、今はその為に費やす時間が惜しかった。

 すると、それを察知してか押し黙っていた風魔が、ふと何かを思い出したかのように手をポンと叩くと、カナから見て下向きに手を伸ばして見せて徐に口を開いた。

 

「――師匠、言い忘れていたでござるが吉報が一つだけあったでござる」

 

「何……?」

 

「関係者かどうかは確定が出来なかったでござるが、間宮一族と思われる人物をようやく発見したでござる」

 

「……何ですって!?」

 

 その待ち侘びていたともいうべき報告に、カナは風魔に詰め寄らずにはいられなかった。

 距離にして僅か数センチ。鼻先があと少しで触れ合うところまで接近をした両者は示し合わせたように手を交差させ、二枚の写真と惣菜パンとを取引した。

 受け取ってすぐに確認すると写真にはそれぞれに別々の少女が映り込んでおり、一人は一般中学の制服を……もう一人は武偵中学の制服を着込んでいた。また、心なしか顔立ちも似ているような気がしないでもない。

 

「……もしかして、姉妹?」

 

「左様。その二人は2つほど年の離れた姉妹でござる……ちなみに武偵校の制服を着た方が姉でござる」

 

 写真を裏返すとご丁寧にも名前がわかりやすいように記載されていた。

 

「名前は、間宮あかり……」

 

「……発見が遅れたのは、彼女もまた師匠のように今期に入ってから――正しくはつい数週間前からの登校であったからでござった」

 

 道理で間宮の里を訪れてすぐに捜索を行おうにも、なかなか見つからなかったわけである。

 予想ではカナが転入するよりも数ヶ月か、1年ほど前に武偵校へとやって来ていると踏んでいたわけだが、些か早計過ぎていたようだ。……が、まだ写真の少女が目的の相手であると決まったわけではない。

 ここで下手にドジを踏めば、これから様々な面でやりづらくなるのは明白だ。事は慎重に運ばなくてはならないだろう。

 

「現時点での彼女のランクは強襲科で最低ランクのE。普通に考えれば、赤の他人と考えるのが筋でござるが……」

 

「――能ある鷹ほど爪を隠している、かもしれないというわけね。……生活環境についてはどうなの?」

 

「もう1枚の写真に写っている……妹の間宮ののかとアパートで二人暮らしの様子でござった。両親の姿は一度足たりとも見ていないでござる」

 

「……そう」

 

 状況証拠は一通り揃っているなと、カナは思った。

 家庭環境や方針は人それぞれとはいえ、世間の一般常識からすれば子供だけで暮らさせるなど虐待以外の何物でもない。だがしかし、本当に虐待まがいの行為を親から受けているのであれば、普通は発覚に繋がりかねない武偵校など通わせはしないはずである。

 ――ということは、姉妹だけの二人暮らしは親からの強制ではなく、やむを得ない事態に追い込まれたからこその状況。さらに間宮あかりの武偵校への転入は誰かによる指示ではなく、自らの意思によるものだとすれば……辻褄が合う。

 

「勧誘するにしても間宮一族である確実な証拠が必要ね……もう少し観察を続けて頂戴。特に、身のこなしとかを重点的に」

 

「あい、わかったでござる」

 

 間宮一族は主に、体術を得意とする一族である。

 そこから考えてもし本物であるとするならば、些細なところで体に染み付いている培ってきた技術のその一端を使ってしまうこともあり得るだろう。

 勿論、秘匿を徹底してボロを出そうとしない可能性もあるので、その場合についての対策も考える必要があるのは言うまでもないが手がないわけではない。

 

「所属が強襲科……これはチャンスかもしれないわね」

 

 近日中に、強襲科の授業を受けるための……『歓迎』という名の試験のようなものが執り行われる予定であるわけだが、ある意味武偵校では名物イベントであるため見学を希望する者も多い。

 もっとも、変則的な開催であるので今回の見学者は時間の都合上ほぼ強襲科の面々に限定されることになるが、数が減るに越したことはない。

 そこがカナの狙い目であった。

 

「写真では見切れているけれど、一緒にいるのは彼女の友達で間違いないかしら?」

 

「……うむ、そうでござる。同じ強襲科に属していることも確認済みでござるよ」

 

 転校してきて早々に良好な交友関係を築き上げているのであれば、あかりの耳にカナの試験の事が入るのも時間の問題である。……恐らく十中八九、彼女は誘われる形で見学の場にやってくる事になるはずだろう。

 ――カナの狙いはただ一つ。あかりに偶然を装って接触が行いやすい環境を一度作りだし、より接近した次の機会を得ることであった。

 

「――行けそうでござるか?」

 

「大方、大丈夫よ。前とは勝手が違うけれどもう……慣れたわ」

 

 手を鳴らし、何かの感触を確かめながらカナは問いに答えると、静かに踵を返しベランダを後にする。

 風魔もそれに続く形で飛び退ると、夜の暗さに紛れて何処へと消えていった。

 ……そうして、今日もまた一日が終わり夜が更ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一週間後。

 学園島の敷地内に設けられた訓練用の廃墟にて、予定通りにカナの強化を履修するための試験が強襲科に属する生徒たちに見守られる中で執り行われていた。

 試験内容は入学試験とほぼ同じであり、所謂捕縛の仕合いであった。生徒からはこの日のために30名ほどの人間が選抜されており、更にそこに担当教諭である蘭豹が特別ゲストとして加わっていた。

 制限時間については特に指定されておらず、カナが全員を撃破するかもしくは彼女自身が撃破されるかで試験は終了する。また、その時の結果次第で強襲科内での見込みの推定ランクが決定される事になっており、参加生徒全員を撃破できればAランク以上の認定は確定的だとされていた。

 なお、蘭豹までもを撃破出来たのであればSランクへの認定も検討の余地があり、それがもし実現したのであればカナはキンジであった頃と同等の評価を教務科から受けることになる。……正直なところ、目立ち過ぎても危険であるとして生徒のみの撃破に踏み止まってAランク程度で妥協しておくべきかと迷うカナだったが、蘭豹以外を撃破した時点で十分警戒されることになるだろうと半ば諦めの思いを抱いていた。

 

「………」

 

 ――事実、今しがた30人目を撃破したところで、遠巻きに戦いぶりを眺めていた蘭豹がカナに休む余裕を与えることなく『象殺し』と称される巨大拳銃M500を発砲し近くの柱にぶち当てると、「そこで待っていろ」と戦闘狂特有の笑みを湛えて建物の内部へと意気揚々に乗り込む姿勢を取っていた。

 要するに手遅れであり、こうなっては戦いは避けられない。カナの下に辿り着いた時にギブアップを今更宣言したところで、明らかに聞き入れてもらえる状況ではなかった。

 仕方なくカナは、倒れ伏す強襲科の生徒達に被害が及ぶことがないよう配慮し屋上への階段を駆け上がると、装備していたピースメーカーの装弾数を確認して、そっと溜息を付いた。

 

(思ったより弾の消費が多い……これだと、まともに相手するのは難しいか)

 

 コルト・シングル・アクション・アーミーの装弾数は6発。それを2つ構えていることから未使用状態では12発あること事になるわけだが、今計算してみると忍ばせていた予備の弾は既になくなっており、装填されている弾の数は2つ合わせても2発だけであった。

 ……これでは、短期決戦すらまともに行なうことが出来るかも怪しいものである。

 

(流石は選抜された精鋭、か……けれど、肩慣らしにはなった)

 

 だが、カナに追い詰められたという感覚はなかった。

 むしろ、こうなることを予期していたかのように胸を高鳴らせ、来るべき相手の到着を心から待ちわびていた。――その証拠に弾数が残り僅かなSAAはもう必要が無いとしてスカートの中のホルスターへしまい込まれ、戦闘のスタイルは銃を用いたモノから目に見えないカタチでまったく別のモノへと変質した。

 

 

 

「――オラァッ!! 見つけたぞォ、遠山ァ!!」

 

 

  

 ……直後、律儀に閉めたはずの屋上のドアが怒声とともに蹴破られ、そこからタックトップに派手な柄のジャケットを羽織った女性が躍り出る。

 戦闘前にやや血濡れているあたり、負傷を避けられなかった生徒の様子を先に窺ってから駆けつけて来たようである。

 

「やれやれ、血の気が盛んですね……蘭豹先生」

 

「――ハッ、あんだけの立ち回りを魅せつけたお前が言うなやこのバカタレが」

 

「……まあ、それもそうですね」

 

 カナは蘭豹に背を向けたまま肩を竦めてみせると、彼女の言葉を受け止めて我ながら手加減し足りなかったと反省をする。故意ではないとはいえ、勢い余って流血沙汰を起こしてしまったのは残念ながら隠しようがない事実であった。

 しかし、もはや変えることの出来ない過去となった事を悔やんでも意味のないことだとして逆に開き直り、着ていた黒い厚手のコートを屋外に脱ぎ捨てるとカナはゆっくりと顔を動かし、数メートル先にいる蘭豹を肉薄する。――刹那、カナの表情を目にした彼女は、思わず見張るような光景を目の当たりにすることとなった。

 

「――さて、いい加減寒いですし始めるとしましょうか。先生」

 

「いや、その前にお前……何やその面は―――」

 

 蘭豹が恐れるように驚くのも無理はなかった。

 何せカナの顔……細かく言うならば、両眼からは一筋の液体が滴るようにそれぞれ流れ出ており、頬を伝った後に地面へと痕跡を残していたのだ。

 その色は武偵であるならば日常的に目にするような色であり、何処までもドス黒い鉄の匂いを感じさせる色。即ち―――

 

「ああ、これですか。一種の副作用みたいなものですので気になさらないで下さい。……といっても、薬物を摂取してこうなっているわけじゃありませんよ?」

 

「……けっ、脅かすなや。つか、不気味だからさっさとそんなの拭いてまえ」

 

「……はいはい、わかりましたよ」

 

 血を拭っても目立たない濃い色のハンカチを取り出し、とりあえず上っ面だけでも何とか取り繕ったカナは、改めて対決の姿勢に移行し身構えてみせる。……腕を顔の目前でクロスさせるその様は、さながら正面からの攻撃から身を守るようであり、まだ戦闘行動をとってもいない蘭豹からすれば、早すぎる防御姿勢に思えてしょうがないものであると言えた。

 加えて、銃を手にしていないところが余計にその思いに拍車をかけ、自然と彼女にカナが弾切れかそれに近い状態にあるとの認識を抱かせた。

 ――そして、試合開始の合図を告げるが如くM500が火を噴き、かくして50口径のマグナム弾はカナへ向けて発射される。

 

 

「――くたばれやァ、遠山ァ!!!」

 

 

 遠目からでも十分視認できる爆発と衝撃波が、容赦なくカナに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、対決の場となった廃墟の外に設けられた仮設の見学会場では、中継カメラが仕掛けられていない屋上の様子を確認するべく、飛行ドローンを用意するなど慌ただしく準備が進められていた。

 また、その横では蘭豹の指示を受けて運び出された負傷した生徒の治療も行われており、如何に激しい戦闘であったかを否応なしに見学に徹していた生徒達に対して物語っていた。

 

「うへぇ……こりゃあ悲惨だねぇ」

 

 手伝いに駆り出されていた近々高校一年になる生徒の一人……火野ライカは、包帯を怪我人の腕に巻きつけてやりながら周りを見渡し、堪らず引き攣った感想を漏らす。

 何故なら目の前に映る光景は、まさに地獄絵図のようであり、傍から見れば当事者となって直接巻き込まれる事がなくて良かったといわしめるものであったのだ。

 しかもこれは、互いが傷付けあった結果などではなく、たった一人の人間によって引き起こされたものである。……その現実が余計に背筋を凍らせる感覚に拍車をかけると、彼女はカナがどのような人物であるのか逆に興味を持った。

 

「あっ、ライカ!」

 

 あらかた基本的な治療の処置を指示通りに施したところで、背後から突如として声がかかる。

 反射的に振り返ればそこには、彼女よりも背丈が低い小動物のような少女が立っており、トコトコと黒い何かを抱えてライカの下へと寄ってきた。

 

「あかりか……そっちは何か進展あったのか」

 

 ……近づいてきた少女――『あかり』と呼ばれた少女はライカとは違い、試験の記録係の方の手伝いを任されている立場にあった。なのに、持ち場を離れているということは何かがあったと受け取れる。

 

「もうすぐ確認できるみたいだけど、私の仕事は今は別かな」

 

「別って、どういうことだよ……」

 

「――ほら、これこれ」

 

 そう言って、あかりが指で示したのは大事そうに持っているコートであった。襟元にはわかりやすく持ち主の名前が『Kana』とだけ書かれている。

 

「これって、遠山先輩のモノかっ!? どうして此処に……」

 

「……さっき、風にのって落ちてきたんだ。それで、他の先輩にどうすればいいのか聞いたんだけれど、拾った私が一先ず持ってろってことになって」

 

「そのせいで他の仕事に手がつかないから、彷徨い歩いていた訳か……なるほどな」

 

 ちょうど担当していた仕事も全体的に落ち着き始めたようであり、これならライカも手を休めてしまってもよさそうだった。

 そうして、様子を見計らって散らかったもう不要な道具を救急セットのバックへ収納した彼女は、屈んだ状態から立ち上がり額の汗を袖で拭い、見えなくとも気になる屋上に視線を向ける。

 あかりもまた、彼女を模倣するように首を上に傾けると、何か判断しかねている表情で抱いていた疑問を声に出して述べた。

 

「ねぇ、ライカ……遠山先輩ってどんな人なんだろうね」

 

「……さあな。あたしもまだ、あの人をどう見ていいのか決めあぐねている最中だよ。でも、強いて言えることが一つだけある――」

 

「……?」

 

「遠山先輩……あの蘭豹までもをこのまま撃破しちまったら、これで二人目の快挙だぞ」

 

「えっ、二人目?」

 

 怪訝な表情で顔を傾げるあかりは、ライカに詳しく解説してほしいと懇願するように視線を飛ばす。

 何せ彼女はつい最近強襲科に属し始めたに等しく、入る前に起きたことなどまるで把握していないのだ。なので、急に二人目と言われてもピンとくるものが無い為に理解に苦しむ。

 ……ライカはその要請を受け止めて、その辺についての話を掻い摘んで話すことを明言すると、自らも完全に理解しているとは言い難いと断ってから、事のあらましについてを静かに語ってみせる。

 

「前にもっていうか、去年の事なんだけどさ……同じように一人だけで大勢を相手に立ち回って、挙げ句の果てに教務科の5人を続けて撃破したすげえ先輩が居たんだよ。名前はそう――『遠山キンジ』」

 

「あれ、遠山って……」

 

「そうだよ、今上で戦ってるカナ先輩の従弟だ。……一応、数少ないSランクの武偵で結構有名だったんだ」

 

 曰く、遠山キンジに本気を出させたのであれば、物理的に逮捕出来ない犯罪者などいないのではないかとされており、武偵校卒業後は飛躍的に活躍する見込みがあるとまで囁かれていた。

 

「でも、そんなに強いのならどうして試験に関わっていないの? 普通に考えたらカナ先輩の相手に選ばれているんじゃ……」

 

 あかりの意見は最もであった。そもそも件のキンジだけと対決させていれば、わざわざ大勢を相手にさせる必要はないのである。

 しかし、その純粋な問いに対して現実は残酷的であり、容赦なく答えを突きつけた。

 

「それが……出来ないんだよ」

 

「じゃあ、まさか……」

 

 強襲科は学内において集合写真撮影の際に、正式な形で映り込むことが出来なくなる可能性が高い魔境。

 それ故に、この場にいない理由などもはやたかが知れているというものであった。

 

「――別に死んじゃあいないよ。かと言って、深手の外傷を負ったわけでもないんだ……ただ、聞いた話じゃ残された唯一の肉親を失ったとかで相当のショックを受けたらしくてな………」

 

「……そうなんだ」

 

 優秀な武偵であれど弱点がないわけではないのだ。つまり、世の中で無敵と称される人間にも少なからず、アキレスの踵に通じるものを持っているということだ。

 キンジの場合、それが偶々血を分けた兄弟であったというわけであり、このような事は誰の身で起きても不思議ではない。

 

「先輩達が噂をしていた限りじゃ、何処かの病院の精神病棟にいるって話だ。そんでもって、カナ先輩はわざわざ海外から看病を兼ねて此処に来たらしいが……まあ、それだけの理由じゃないだろうな」

 

「何か、心当たりがあるの?」

 

「……いーや、ただの勘さ。――それよりも、準備が出来たみたいだぞ」

 

 指差した方向を見れば、いつの間にか切られていたモニターに電源が入り、ぎこちなく揺れながら上へ上へと建物を映していた。ゆっくりとバランスを保ちながら上昇している様子から、早く試験の状況を映せという気持ちがどうしても先走ってしまうが、急かしたところでどうにかなるものではない。

 此処は我慢して見守っていると、映像よりも早く何かが動き回っているような音が先行して聞こえてくる。程なくして映像もようやく追いついたと思えば、そこには……待ちに待った光景が存在していた。

  

(カナ先輩の目、あれはやっぱり―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘭豹は、珍しく焦っていた。

 その原因は他でもない、現在戦っている相手である遠山カナにあった。

 

「――シャオラァ!」

 

「………」

 

 一つ一つが渾身の一撃である拳や蹴りがカナに炸裂しようとするが、当の彼女は表情一つ変えずにそれを捌き回避しきってみせた。更に、お返しだと言わんばかりに蹴りを――蘭豹の背後から行うと、完全回避などさせんと頬に掠り傷を付ける。

 蘭豹は距離を取り、目標を視認した後に再度飛び掛かってみせるが既にそこには彼女の姿形は跡形も無く消えていた。左右や背後を見回すが、何処にもいる気配は感じられない。

 ならば上かと判断したところで、今度は空中で何回転したかもわからぬ踵落としが目の前に迫る。これも寸前のところで何とか後ろにステップをとることで直撃は避けることが出来たが、代わりに受けた地面からの衝撃波が蘭豹を襲った。

 

「……んなっ!?」

 

 その威力は開幕で彼女自身が放ったマグナム弾よりも鋭く、広範囲に被害を別け隔てなくもたらした。

 凹んだ地面から飛び出たコンクリート片が散弾のように飛び散り、まるで機関銃で撃たれたかに思える衝撃が全身へと走る。

 苦しみに満ちた表情で奥歯を思いっきり噛みしめ、強がるように堪えてみせるが、その事に意識を傾けている余裕はなかった。隙だらけの体には追加の衝撃が走り、屋上の出入り口がある横の壁に気がつけば叩き付けられていた。

 

「……かはっ!」

 

 出すまいとしていた血反吐が口から噴き出され足元を無造作に汚し、意識が一瞬だけ消失しかける。

 されど、蘭豹は冷め切っていない闘争本能で意地でも意識を繋ぎ留まらせると、ダメージの影響で痺れている四肢を動かして姿勢を元へと戻す。

 ……正面に目を向ければ、冷たい風に吹かれ変わらぬ表情で佇むカナの姿があった。息切れを起こしている様子もなく、ただ乱れた髪を手で掻き整えていた。

 

(拳の割には面積が大きかった……つーことは、今の頭突きか。同じ女の癖になんちゅー石頭しとんのや)

 

 口元にこびり付いた血を片腕で拭い、この期に及んでも冷静でいられる頭でカナについて分析する蘭豹。

 彼女は僅かに出来た余裕の中で、以前から教務科で忠告のように囁かれていたことを今になって思い出していた。その内容とは、『遠山に銃や刃物は通用しない』というもの。

 

(噂に違わず、揃いも揃って通用せんとは……遠山は、いや、遠山一族は化け物揃いかいな)

 

 忠告通りに初手で用いたM500は、一発も命中することなくその役目を終了していた。なんと、単純に避けられただけでなく、まだ残っていたとされる弾によって見事に迎撃されたのである。

 またそれは背中に携えていた刀にも言えることであり、こちらも大して成果を出すことなく終わり、挙句の果てには視認出来ない程のスピードでカナに奪い取られ、手の届かぬ場所へと転がされていた。

 だからこそ、徒手空拳に転じて戦ってきたわけであるのだが、それこそカナの思う壺だったようであった。現に、肉弾による白兵戦は圧倒的なまでに彼女を優位に立たせており、明らかに蘭豹を劣勢に追い込んでいる。

 

(コイツに正攻法は通用しない……でも、他に方法はないんや)

 

 拳を奮い立たせ、再度形勢を立てなおそうとするもこれといって対処方法を思いついたわけでもない。

 ならば、手段は一つだけであるというものだ。言葉にすることを憚られるその方法は―――

 

 

 ――特攻。

 

 

 別名、捨て身の攻撃とも称されるそれは、具体的には避けに徹しず直撃をありのまま受けて、その上で渾身の一撃を叩きこむというものである。まさしく肉を斬らせて骨を断つというべきか。

 勝機はあるのかと問われれば間違いなく無いと言い切れるその行為は、蘭豹に試験でありながらも死を予感させる。だが、自然と恐怖を抱くことはなく謎の高揚感だけがたまらず先行した。

 

(そうや……これが、自分が追い求めていたモンなんや……!!)

 

 各地の武偵校を追放されては練り歩き、東京武偵校へと辿り着いた彼女は、やっとのことで巡り会えた相手を前にして興奮を隠せなかった。

 一撃一撃がまさに死と隣り合わせとも思えるこの状況こそ、彼女の目的……願いが叶えられる絶好のチャンスなのである。

 そこに躊躇、いや手加減などは不要だった。必要なのは全身全霊を尽くすことのみ。己にも相手の期待にも恥じない行いを貫き通すだけでよかった。

 

「………」

 

 その意志が伝わったか、カナの身体もまた軋むような音を立てて躍動する。

 錯覚でなければ、彼女の身体からは迸るように電流が流れているようであった。もしかしなくともそれが力を引き出している動作だと蘭豹の目には映った。

 

「……停止、………限定的に……完了」

 

(――ッ来るか!)

 

 ――再度、彼女の瞳からは血が流れ、遠目でもわかるように変化が訪れる。

 そこで蘭豹はようやく理解した。……相手の引き出している力は、一般人には到底真似できない領域にあるシロモノであると。だからとて、もう引き返すことはしない。最初から最後まで真っ向勝負で挑むまでだった。

 両者は視線を交わし、一言も発せず地面を蹴って駆け出す。そのままぶつかれば衝突によるダメージは計り知れない中で行うは、小細工無しの振り絞った刹那の一撃。

 

 ……そして決着は、一瞬にして決まってしまった。

 

 

 

 

 

「……教えろ、遠山。お前がそうまでする理由は……何なんや」

 

「………」

 

「ウチごときには……答えられんか……」

 

 交錯した一撃によって朦朧とする意識で、蘭豹はカナに問う。お前が戦う理由は何であるのかを。

 ……そして、肝心のカナは、色のない二人だけの空間で囁いて答えてみせる。

 

「――失った痛みが、そうさせるんですよ」

 

「失った痛み……?」

 

「……何によって、引き起こされたのかを明らかにしろと――身体を疼かせるんです」

 

「お前は―――」

 

 蘭豹が大きく目を開き、納得したかのように瞳を閉じて身体から力を抜いた。

 それをカナは受け止めて支えとなってやると、自らもふらつきながら寄りかかれる場所まで歩き、腰を下ろして空を仰ぎ見た。

 

 暫くして、ドローンを通じてモニタリングしていたスタッフが到着し二人は、救護科の協力の下で校内の保健室まで運び込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、体調はどうなのでござるか」

 

 その後の夜中にて。

 軽傷と重傷の中間を彷徨う羽目になった蘭豹とは違い、見かけだけが悲惨で済んでいたカナは簡単な手当を受けた後、ベットに横たわることを強要され暇な時を過ごしていた。

 そこへ、カナの試験が終了したとの知らせを受けた風魔が来訪し、単刀直入に質問を投げ飛ばすと彼女は読んでいた週間雑誌を膝付近に置いて、乾いた欠伸と一緒にこう答える。

 

「……派手に動いた分、全身が悲鳴を今でも上げているわ」

 

「……まあ、そうでござろうなと思っていたでござるよ」

 

 呆れを含んだ苦笑で風魔は笑うと、懐から『特濃葛根湯』と書かれた小瓶と取り出し、彼女に放物線を描くように放り投げて渡した。

 ギリギリな感じでキャッチをしたカナは、ゆっくりと慎重に流れるようにしてそれを口に含むと、ある程度飲み干してから手を止めて呟く。

 

「――ままならないものね。昔みたいに振る舞おうとすると、それだけ苦痛に感じるなんて」

 

「師匠……」

 

「失って得たものもあるけれど、完璧に使いこなすにはまだまだ鍛錬がいるみたいね……」

 

 彼女の述べた失って得たものとは、ずばり切り込むと『HSS』だった。

 細かく説明を行えば、今の彼女は通常の異性への興奮による『HSS』……ノルマーレになることが出来ない身体となっているのであった。……原因は恐らく、ベルセを暴走状態で引き起こし肉体を変化させてしまったからに他ならないとされるが、カナの女性としての人格がどちらの性にも心を傾かせていないのが、至れない何よりの理由でもあるだろう。

 ……それはさておき、それよりも重要なのは失ってしまったモノよりも、新たに獲得したモノの方だ。これが非常に厄介なシロモノであり、彼女を蝕むとともにノルマーレなどに代わる新たな力を与えていた。

 

(――通常、ノルマーレは思考・判断・反射などを30倍に高めてくれるけれど、現在扱えているヒステリアモードは通常の50倍とも言われるベルセ以上の向上を見込める代わりに、トリガーとして感覚等を一時的に封印しなければならない……か)

 

 感覚の封印、と単に言えば少々語弊がある。

 正しくは、ある一つの感覚の為に割かれるエネルギーを一時的に本来対象とする場所へ流さず、任意の場所へ使い指定した感覚を高めると言った方が良いのであるが、此処は例を上げた方がわかりやすいだろう。

 煎じ詰めると、ゲームでいうパラメータ調整のようなものだ。ある能力を低くする代わりに特定の能力にありったけポイントを費やす……それを彼女は感覚等に当てはめて行えるのである。

 ――一応、ここまで聞いた限りでは実に魅力的な能力だとされるが、このような力……当然、デメリットもなしに使えるはずもなかった。

 

(厄介なのは一々、血涙を流してしまうことと………使用後のこの激痛ね。これは、筋肉痛以上に堪えるわ)

 

 ――喪失と痛み。

 この2つがセットとなった『HSS』は、検討した結果――『ヒステリア・ドゥエレ』と呼ぶことが決まった。

 ……恐らく、彼女だけが使える唯一無二の『HSS』ということになるのであろうが、これを完全に扱いこなすことが果たしてカナに何を与え、何を失わせるのか……それは「なって」みなければわからなかった。

 

「……まあいいわ。とりあえず、試験というイベントは乗り越えた。あとは……」

 

 芽吹いた種が無事開くことを祈ることだけである。

 意図的に間宮あかりが拾うように仕向けたコートは、無事にあかりの住居へと持ち帰られていた。つまり、カナとあかりが直接巡りあうことは、もはや必然ということになったのである。

 

 

 ――その出会いは、新たな波乱の幕開けとなるか否か……カナは楽しみで仕方がなかった。

 




AAのTVアニメも最終回を迎えますが、そろそろ本編のブラド戦以降の物語も放映されて欲しいと思っています。

なお、パチンコの方ではどういうわけかシャーロックとの対決あたりまでアニメが存在しているとかいないとか

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