緋弾のアリア-Kana the Pain Ammo-   作:くりむぞー

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長らくお待たせしました。
軽くプロット作成に手間取っていましたので、その関係で更新が遅れました。


再動

 ――悪夢がそこには、あった。

 

 ……場所は何処ともわからぬ荒れ地の中。

 急に電流のように痛みが走ったかと思えば、視界が頻繁に曇り暗転の素振りを見せ始める。

 耐えようと奥歯を噛みしめようとするが思うように力が入らない。それどころか、逆に吐き気を催すような激痛が頭部を襲い、集中しようとする行動が尽く中断させられる。

 加えて、血反吐に飽きたらず鼻血がたらりと垂れ下がり、体中の至る所で絶えなく血液が零れ落ちている感覚が少女の……カナの意識を貪り尽くすように蝕んでいった。

 

「ぐっ……かはっ!」

 

 ……もはや何度目の吐血となるのかもわからないほどに、口の中は鉄の味がしていた。

 口を押さえようが出血箇所をどうしようが痛みは消え失せず、全身はただ悲鳴を上げるばかりである。

 まるで早く倒れろと、楽になってしまえと囁きかけるかのごとく症状は一向に収まりを見せず、追い打ち気味に今度は世界から殆どの色を消失させてきた。

 

「ううっ……私は――キンジぃ……」

 

 一面が白と黒だけになり、途端に味気なくなったのを前にして、カナは己の存在を見失いそうになりかける。

 だが、寸前のところで懸命に堪えることが出来ると、彼女は残された意識を……思考を使って何が起きているのかを矢継ぎ早に把握しようと試みた。

 

(直前までの記憶がない……なら、これはただの悪い夢? 幻覚なの?)

 

 恐らく正解だと思われるが、彼女はその答えが正しいと言える確証を持つことが出来なかった。

 ――何故ならば、感じている痛みは正しく本物であったからだ。そんなわけがないと必死に思おうにも、こびり付いた感触は実際現実と瓜二つであり、今も継続して身体から離れようとしていない。

 ならば、仮にこれが現実であるとして、一体誰がこのような仕打ちを自らに押し付けているのだろう? ……弱りきったカナは何者かによる拷問の可能性を指摘し、される心当たりがないかどうかを自問してみせる。

 すると、何処からともなく誰かの声が遠くから聞こえ、自らに代わって勝手に問いに対する答えを透き通った声色で述べた。

 

 

『答えはYES。――貴女の存在はあってはならないのだから』

 

「――ッ!?」

 

 

 ……何処と無く聞き覚えのある声だと思ったのも束の間、脇腹に突き刺さるような衝撃が加わった。続けて更に左腕や頬にも同様の痛みが走り、とうとうカナは両膝を曲げて思わず力なく座り込んでしまった。

 

「あっ…くぅ……」

 

 どれだけ無防備を晒しているのだという指摘はこの際どうでもよい。避けようが避けまいが、今当たるか後で当たるかの些細な違いであったことだろう。

 ――それよりも重要なのは自分以外の誰かがいるということであり、その誰かによって現在負傷させられているのだという揺るぎようがない事実だ。

 カナは今行うべきはその誰かの正体を視界に収めることだとして、立ち上がり直すことよりも顔を上げることを優先し、瞳を大きく見開くことに残された力を注ぎ入れるべく集中をする。

 閉じかけていた瞼は徐々に開かれて行き、最初に相手の足元を見て段々と下半身から上半身、そして顔と範囲を広げて、やがて全身を映し出すまでになった。

 

「――えっ?」

 

 ……そこで彼女は驚愕する。

 それもそのはず、今の今までダメージを与え続けてきていたのは、何と同じ顔を持ち同じ姿をした『少女』であったのだ。

 『少女』はカナと視線を交錯させた後、背筋の凍るような冷笑をたたえて彼女の顔横を通らせるようにして、弾丸を構えたコルトSAAから脈絡もなく2発放った。

 

『消えなさい――今すぐキンジの中から』

 

「何を、言って……」

 

『……消えるのよ、早く』

 

 言葉を返すも、『少女』は一方的なことを述べるばかりだった。……即ち、話し合いによってこの場を凌ぐことは不可能だというわけだ。

 となれば、応戦するほか無いのであるが、満身創痍のカナにそれを求めることは酷であり至難の業であると言えよう。……やれるのは精々、身体を傾けて致命傷を負わせようとする攻撃を避けるぐらいで、勝機を掴み取るチャンスが到来する気配は皆無だった。

 

『貴女が消えれば――キンジは救われる』

 

「ふざ、けないで……どの口がほざいて、いるのっ!」

 

『巫山戯ているのは――むしろ貴女よ』

 

 今のカナを『少女』は全否定すると、風を切る速さで彼女との間合いを詰めると共に手を槍のように突き出して伸ばし、躊躇することなくカナの首を押さえ付けにかかった。

 

「がっ……あああああっ!!!」

 

 長き爪が牙を思わせるが如く喰い込み、喉笛を掻き切らんとする勢いで振動する。

 呼吸はおろか、まともに言葉を発することも叶わない状況に追い込まれ、カナはただただ幼子のように泣き叫び血が混じった涙を浮かべるほかなかった。抜けだそうと藻掻こうにも逆効果となって、更に痛みは加速していく。

 

『奪い返すだけで止めてしまう貴女に価値はないの………本当にキンジに必要なのは、その先の事が出来る私』

 

「な、ひぃ、を……」

 

『……絶望を与えてきた人間には相応の絶望を与えなきゃ。報復こそ私の――全て』

 

 そう言って『少女』はカナを乱暴に仰向けになるように投げ飛ばし、飛び上がりつつ彼女の上に馬乗りになった。手にはいつの間にか銃ではなく血が滴っている大鎌が握られており、『少女』は快楽に染まった表情で使うための予備動作へと躊躇いもなく入った。

 刹那、言葉にならない悲鳴を上げるよりも先に彼女の意識と、皮肉にもカナを繋ぎ止めていた大量の『痛み』は刈り取られたかのように―――消失した。

 ――しかし、彼女は最後に目撃する。掠れゆく意識の合間に少女もまた傷付き、倒れていく様を。そして、それをやったのは在りし頃の―――だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――意識がコンピュータが再起動していくように様々なプロセスを踏んで、段々と回復を行っていく。

 

 気がつけばそこは見知らぬ荒れ地などではなく、記憶に薄い真新しい匂いが漂う一室であった。近くには箱詰めされた荷物が散乱をしており、箪笥にしまいかけの洋服が幾重にも積み重なっていたりもしている。

 重くぼんやりとする頭を上げたカナは、苦虫を噛み潰した表情を浮かべて自らの置かれている状況を確認すると、額に付着した大量の汗を着ていたジャージの袖で拭い去り、フラフラと横になっていたベッドから起き上がってそのまま座る姿勢をとった。

 

「……変な時間に寝た罰が当たったのかしらね、気持ち悪い」

 

 ……ふと、時計に目をやれば時刻は午後の3時。

 彼女は朝から引越し作業に勤しみ、あとは運び込んだ荷物を所定の場所に収納すればよい状態まで迫っていたのであるが、その作業の途中で急に眠たくなってしまい、既に設置済みであったベッドで仮眠を取っていた。

 だが、例の如く安眠とは言い難いものを夢として見てしまい、終いには全身が血だらけではなく汗塗れであった。当然ながら臭いが気になり、このままでは外出をするどころか室内を歩き廻ることも憚られる。

 仕方なしにカナはジャージから適当に選んだ私服へ着替えるついでにシャワーにかかると、温かい水流に打たれる中で鏡を見つめ、映った自分の手に手を合わせて呟いた。

 

「『キンジ』を真に守れるのは私だけ……その役目を誰にも譲るつもりはない」

 

 同じ顔をした憎しみに染まりきったあの『少女』に宣告するように、彼女は男としての面影を殆ど残していない身体を眺めながら、自らの課せられた役目と存在意義を再確認する。

 『カナ』はあくまで代理人格であり、『キンジ』が追い求めた理想を成すための仮初の器なのである。……故に、その器たる彼女が彼の意志を差し置いて憎しみのままに力を振るうのは間違いであり、一度でも行為に及べばその時点でカナは『キンジ』の代わりとしての役割を永久に失うことになるだろう。

 ――また、それは同時に『キンジ』の消滅を意味し、彼女は『カナ』の仮面を被った化物となることを現していた。

 

「私は……私の忠義を尽くす、それだけよ」

 

 シャワーの栓を止めたカナはそんな事にはならないよう、幻視した報復心に囚われた存在を記憶から消去し、改めて鏡の中の自分と向き直る。

 そうして、バスルームから出ると念入りに髪を乾かし肌の手入れを怠らないようにしてから彼女は、用意をしていた黒のトレーナーとジーンズへと着替えを行い、気持ちを切り替えて散らかったままであるはずの居間へと戻った。

 

「……あっ、カナちゃん。おかえり~」

 

「はい、ただいま――って、あれ……白雪?」

 

 すると、袖を捲り上げ、いざ引越し作業を片付けようと意気込んでいた彼女の前には、気づかないうちに黒髪乙女の白雪の姿があった。……正確には、片付けようとしていた荷物をせっせと整頓し、設けた収納場所に勝手にしまい込んでいる彼女の姿があったわけであるが、なにゆえ平然と住まいに入ってきているのだろうかと彼女は真っ先に疑念を抱いた。

 素直にその事を問い詰めてみると、彼女はきょとんとした表情で何を言っているのかと返答する。

 

「……えっ、5時から一緒に外出しようって約束だったよね? だから、前もってくれた合鍵で入って待っていたの」

 

「約束はまあ確かにしたけれど……合鍵なんてあげたかしら?」

 

 カナの記憶が正しければ鍵は一つのみ作ったはずであり、誰の手に渡るはずがないものだったはずであった。なのに、保管しているものとは別に存在しているということはつまり――本当に自らが複製したものを渡したか、勝手に作られたかの二択しか可能性としてはありえないことになる。

 

「……いつ、渡されたか覚えてる?」

 

「ほら、新しく部屋を借りた時にだよ。カナちゃんがちょっとした持病を抱えているってことにして、心配だから何時でも様子を見に行けるようにって……」

 

「ああ、うん……そうだったわね」

 

 てっきり許可無く合鍵を作成して不法侵入でも行ったかと思えば、新たに寮の一室を借り受ける際に白雪が念の為にと妙にハッスルして、もう一つ同じ鍵を作ってもらったのだとカナは思い出す。

 しかし、それならそれで別に入ってきても良いのだが、せめて入室したらしたで一言掛けて欲しいものであると彼女は思った。

 

「あっ、ごめんね。シャワー浴びていたみたいだから邪魔をしちゃ悪いと思って――」

 

「いえ、こっちも合鍵を渡していたことを完全に忘れていたから……お互い様ね。次からはお互い気をつけましょ」

 

「うんっ!」

 

 双方のボタンの掛け違いが解消したということで彼女らは安堵すると、その流れで片付けられた荷物が何処へ収納されたのかを確認し合い、まだ残っているものを何処へしまうかを真剣に話し合った。

 またその途中、学業を再開――実質、始めるにあたってどの学科にカナが在籍するつもりなのかという話題となり、検討を重ねた結果……『探偵科(インケスタ)』に一先ずは身を置くことが彼女の口から白雪へ伝えられた。

 

「強襲科(アサルト)じゃないんだね?」

 

「……ええ、流石にあの『生き地獄』へ編入して早々、本格的に腰を据えたら目立つし怪しまれるでしょ。それに彼処は現場での機動力重視――私の目的は未解決事件に対する再捜査及び完全なる解決だから、方向性が違うのよ」

 

 かといって、全く関わらないつもりであるわけでもない。

 自由履修という、単位にこそ加えられないが他の分野の違う学科の授業を受けても良しとする制度を利用するのである。

 これにより、彼女は強襲科にこそ属さないものの属しているのとほぼ同様に授業を受けることができ、いざという時には探偵科と強襲科としての役目を兼任することが可能となる。

 

「――そうそう、今のうちに言っておくけれども、衛生科(メディカ)と……超能力捜査研究科 (SSR)にも顔を出す予定だから」

 

「えっ、SSRにも来るのカナちゃん!?」

 

「知識の幅を広げるためにもね。あとは例の首席候補さんに面識を持っておきたいし……」

 

「……あー、時任ジュリア先輩の事だね。意外とカナちゃんと波長が合いそうかも」

 

 時任ジュリアとは、白雪が属するSSRの先輩にあたる人物であり、次期主席との声が高い超能力者の一人である。情報によれば対象の脳波から思考を読み取ることが出来るようで、その思考が危ないものであったのならば喝という名のアドバイスが執行されるとのことだ。

 そのせいもあり、周りから避けられているとの声もあるが、白雪曰く根は良い人であるとのことである。彼女の言葉のほうを信じるならば、会っておいて損はない人間だろう。

 

「じゃあ、今度あったらカナちゃんの事を話しておくからね」

 

「よろしく頼むわね」

 

ちなみに衛生科(メディカ)にも手を出す理由は、もしも追っている事件に深入りして重症を負ってしまった際に、衛生科の武偵が不在でも己自身で対処できるようにするためである。

 例えば、脱臼をした場合の治し方などは何かと役立つとされ、是非とも知っておきたいと思う事柄でもあった。

 

「でも、あれね……強襲科に関わるってことはまたあの試験をやらないといけないのよね」

 

「あの試験……って何なの、カナちゃん?」

 

「――履修方法に関係なく、志願者に課せられる試験よ。所謂、実戦形式の捕縛合戦ね……前の、『キンジ』として受けた時は、参加者全員に加えて抜き打ちで潜んでいた追加の教官5人も相手をすることになったわ」

 

 溜息混じりに答えたカナは、参加資格を得るには似たような事をまた実行に移さねばならないとして、心底面倒臭そうな表情を珍しくとった。

 遠山の姓を名乗る以上、同じ期待を持たれるのは関連付けから仕方ないことだが、かつてと今とでは何もかもが違っている。体格は勿論精神も、心のあり方、技術力、そして『HSS』のあらゆる全てが――異なっているのだ。

 その事を自覚する度に、疼くようにして胸の内がキリキリと痛み、意識が遠退きそうに彼女はなった。……が、此処で痛みに耐えかねて倒れてしまえばこの後の予定に支障をきたすため、懸命に何事もないように震える手を後ろに隠し、白雪の前では気丈に振る舞ってみせる。

 しかし、不運にも白雪にはお見通しであったようで、隠した手は彼女に掴まれて引っ張られると、温かみのある両手で優しく包み込まれた。

 

「……白雪?」

 

「無理しないで……あんまり辛いことを抱え過ぎちゃ、めっだよ?」

 

「けれど、それでしか私は――」

 

 自分を表現できないのだと、言い掛けて……それを抱き寄せられることで阻まれる。

 拘束は強くはなくむしろ弱い。なのにもかかわらず、抜け出したいと思う気は自然と彼女の中で起きることはなかった。

 

「――落ち着いた?」

 

「うん……ありがとう」

 

 背中を擦られたカナは気持ち良さそうに目を細めると、心臓の鼓動が早まっていたのが緩やかになったの感じて、そっと白雪から離れた。

 ……暫くして、本調子を取り戻すまでになった彼女は、装いを新たに制服へと変化させて、武偵校の生徒らしく用意した銃を複数帯銃すると、時計を見やって白雪にアイコンタクトを飛ばし玄関へ向かった。

 

 

「さて、行きましょうか――」

 

 

 そして、彼女らが目指すは―――かつての己の住まいがあった男子寮の一室に住まう彼……武藤剛気(むとう ごうき)の下であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――憧れの存在からの、突然の訪問願い。

 

 本当ならば旅行を待ちきれない前日の子供のように興奮し、燥いでしまってもおかしくはないというのに、どういうわけか彼……武藤は、珍しくも今回そのような気持ちに素直になる事が出来ずにいた。

 ……何もそれは、白雪の話す態度が真剣そのものだったからや、下手に巫山戯られない状況だったからなどというわけではない。ただ、その事を自慢したいと思う相手が……残念ながら近くに不在だったのだ。

 

「キンジ……」

 

 全てが狂い始めたきっかけの日……キンジの兄である金一の死が報道された日の出来事は、今でも武藤の脳裏に残っていた。

 ――あの日、奇しくも彼はキンジと共に昼食を食べようと合流しており、何事もなければそのまま席について、いつものように他愛もないことを話しながら午後の授業までの時間をのんびりと過ごすはずだった。  

だが待ち受けていたのは突然の知らせであり、当たり前だった時間が儚くも終わりを告げる瞬間であった。大きな音に気がついて振り返った時には背後を付いて歩いてたはずのキンジが、トレイに載った昼食諸共倒れ伏しており、急いで助け起こしに覗き込んだ顔は……見ただけで絶望の思いが湧き上がってくる表情をしていた。

 

「クソッタレが……」

 

 人伝に聞いた話でこれまでキンジが背負って来たとされる境遇を知った彼は、そうとも知らずに絡んでいたことを思い返して、自らを恥じずにはいられなかった。

 何かの拍子で語ったことが知らずに彼を傷つけていたこともあっただろう……武藤はそう思うと、知らなかったでは済まされない己の罪が次々と浮き彫りになっていく気がして、胸が猛烈に絞め付けられるような気分になる。

 

「どうすりゃいいんだよ……ッ!」

 

 もどかしい気持ちは一向に晴れることなく、只々彼を不安へと駆り立てるばかりであった。

 状況の改善を模索しようにも、肝心のキンジが戻って来ないことには何も変わりようがなく、只々悪戯に時が過ぎていく。

 

「アイツの為に、してやれる事……何かねえのかよ……」

 

 武藤は座卓の上で頭を掻き毟るようにして悩むも、一般的な入院中の身を案じる行為は千羽鶴に、手紙などと既に一通りやってしまっている。旬な果物や花を送ることすらも勿論実行済み……これ以上にやれることなど他にあり得るのだろうか?

 ……もしあるならばそれはきっと、キンジを本当の意味で励ます――否、彼の抱えることになった痛みを少しでも和らげることだろう。即ち――方法は、武偵らしくあるならばたった一つしかあり得ない。

 

 

「――あの事故の再調査ってやつを……今からでもやってみるか?」

 

 

 バカげた考えであるとどやされるかもしれないが、それが武藤に出来る最大限のお節介であり精一杯であった。

 ……元より、件の海難事故には不審な点があると一部の武偵の間では噂となっており、本当は大勢を狙ったテロなどではなくて、最初から特定個人を狙った殺人事件だったのではという可能性もなきにしもあらずと囁かれていた。というのも、その節を有力たらしめている事件が実は他に存在していた。

 ――事件の名は、通称『武偵殺し』……文字通りの武偵を標的として狙った、犯人の一人とされる人間が捕まってもなお継続している、組織的な犯行の線が強い凶悪事件である。

 ちなみに、犯行目的については一切明かされていないため、個人の問題か見境なしの無差別攻撃であるのかまでははっきりとわかってはいない。

 

「冷静に考えろ俺……一番に確認しなきゃなんねえのは、キンジの兄貴が恨まれるような人間だったかってことだ」

 

 本人に会ったことがあるわけでもない彼は、聞き及んだ知識のみを頼りに一番最初の疑問を解決してみようと試みる。

 そもそも、キンジが誇らしげに話していた限りでは、金一は慈善活動家としての側面があったようである。例を挙げると、多額の報酬が依頼から得られた際には一銭も自らの懐に残すことなく全てを恵まれない子供達のために寄付したそうであった。また、海外で医師免許を取得していることから、戦うことは不慣れではないものの好まない性格であることが窺い知れ、事実敵味方関係なく負傷した際に率先して治療にあたっていたこともあるようだ。

 

「因縁があっての報復……って、可能性はこれだとやっぱ低いだろうな。そうなると、一方的な殺意か何かか?」

 

 関わっていなくとも難癖をつけて恨みを抱いてくる人間は、やはり世の中にはいるものだ。

 ……そう、人々に恐怖を与えようとする者にとって、真逆に位置する行為をする者の存在は目障りであり、邪魔でしかないのである。

 警察や軍隊を目の敵にする人間がいるように、武偵もまた彼らに同じように嫌われる立場にあるというわけだ。

 

「――何にせよ、本当に事故じゃなくて事件だったのなら、個人がやれるレベルの犯罪じゃねえ……悪い展開を見越して対策を立てるしかねぇな……」

 

 ……全ては絶望に堕ちた親友を救うため。

 武藤は誰かに依頼を受けたわけでもなく、事件の香りがする海難事故を追っていこうと決心を固めると、自身の頬を力強く叩いて白雪にその旨を話す覚悟を己に持たせた。

 ――すると、直後に来訪者がいること告げる呼び鈴が鳴り、彼は近くにあったデジタル時計へ瞬時に顔を向ける。時刻は約束をした時間帯を示しており、まさにジャストタイミングであった。

 

「……ふう」

 

 特に慌てる様子を見せず武藤は組んでいた胡座を崩して立ち上がると、そのまま無駄のない軽やかな動きで玄関へと直行をする。

 そして、待たせないよう手際よく部屋のロックを解除した後、慎重になりつつドアを外に開いていくとそこには……片思いをしている相手である白雪と―――

 

 

 

 ―――彼女並みに美しい容姿をした、三つ編みの見知らぬ『少女』が待っていた。

 

 

 

 

 

 

「えーと、つまりこの子はキンジの奴の……ご親戚?」

 

 寒い外で立ち話をしないよう、そそくさと少女達を部屋に招き入れて人数分の熱いお茶を出した武藤を待っていたのは、自身で聞き出すよりも先に話し始めた白雪からの……『傍らに正座している少女』についての説明であった。

 

「……うん。遠縁の親戚の子でね、ご両親と一緒に世界中を転々としていたみたいなんだけど、キンちゃんが倒れたこともあって日本に帰ってきたの」

 

 ……白雪が語る『少女』の素性について簡単に語り尽くすと、つまりはこういう事であった。

 『少女』の名は――『遠山カナ』。彼の部屋にいる人間全員と同い年であり、遠山の姓を持つものの血筋的には遠縁に当たる人間。両親が同じ場所に長居しない職業であることから、いわゆる帰国子女という立場に置かれているという。

 そんな彼女が何故、故郷である日本に留まっているかと言えば、先の金一の死によって引き起こされた武藤の親友たるキンジの入院が親族の間で本家の血筋断絶などの騒動を引き起こしているからであった。

 なお、遠山一族的にはキンジが死亡または廃人化してしまうことは是非とも避けたいと考えており、カナはそうした意向を受けて事態の収拾をはかるべく派遣されたというわけである。

 

「――それで、俺は全然見舞いに行けてないが……どんな感じなんだアイツの容態は」

 

「……まだ大丈夫じゃないかな。最近になって面会がようやく許されるようになったけれど、ものの数分でまた謝絶になっちゃうの」

 

「もしかして、錯乱して暴れていたり……?」

 

「ううん、そういう事は起きてないよ。何ていうか……会話が続かないだけだよ」

 

「……そうか」

 

 大体の状況は悟ることが出来たようで、武藤は成程と独り言のように呟き、キンジの復学は現状では事実上の不可能だということを理解した。

 ……イコール、今後回復の見込みが立ち復学できたとしても、同じ学年で過ごすことは難しいというわけであり、キンジはこの先もずっと辛い人生を強制的に歩むことになるだろうと思われた。

 

「……全く、ふざけんなって話だ」

 

「えっ?」

 

「アイツは――キンジの奴は、ただ自分が信じているモノを周りの奴を同じように、精一杯追いかけていただけなのにな……何で、何でこうなっちまったんだよ………」

 

「武藤君……」

 

 拳を机に叩きつけ、我慢できずに大粒の涙をこぼし始めた武藤に、白雪は掛ける言葉を見つけることが出来なかった。

 それは彼女また同じように後悔の念に駆られ、日常を壊される前に何か手を打つことが出来たのではなかったのかと、自問していたからに他ならなかったからであった。

 されど、いくら考えたところで全てはもう遅く、壊し尽くされてしまった元の日常は帰ってくること二度とない。今できるのは、過ぎた時間に区切りをつけることであり、新たな日常をこれから作っていこうとする意志を強く持つことだけなのである。

 ……そう、1が0になってしまったのであれば、また0から1を始めるしかないのだ。たとえ、起点となる存在である“ゼロ”が以前とは異なっていたのだとしても。

 

「――俺は、許さない」

 

「何を……」

 

「俺自身と、キンジを追い込んだ人間をだ……もう、全部偶然だとは思っていられねえ。俺の気が済むまでアイツの周りで起きていたことを洗う」

 

 意を決して武藤は、彼女達が来るよりも前に自らに誓ったことを述べ、不審な点が残っているとされる海難事故に危険であることを承知で関わることを告げた。

 ここまで来たら表情に一切の迷いはない。後に引けない事態になろうが構わないという表れが、彼から溢れ出ていた。

 

 

「………」

 

 

 ――それを見て、部屋に入ってから全てを白雪に任せ口を開いてすらいなかったカナが、此処に来てようやく反応を見せる。

 彼女はアイコンタクトにて横に座る白雪に合図を取ると、頷いたのを確認してから声を漏らす。

 

「――一つ、確認していいかしら」

 

「!? ――ああ、なんだ?」

 

 初めて聞く声にたじろぐも、武藤はすぐに態勢を立て直した。

 

「もし、真実に辿り着いたとして、貴方は……その後どうするつもり?」

 

「キンジに報告しても問題ないようなら報告するさ……だが、言えないような内容なら黙ってアイツの回復だけに徹するつもりだ」

 

「……そう」

 

 ならいいわ、と瞳を閉じた彼女はバックから無言で携帯電話を取り出して、武藤に同じように携帯を差し出すように要請した。

 単なる連絡先の交換だと思った彼は、何も疑問に感じぬまま言われた通りに指定されたものを渡すと、作業が終わるのを腕を組んで待った。……数分後、やや時間を要したようであったものの連絡先の交換は完了し、互いのアドレス帳には新しい番号などが追加される。

 

「念の為に、送れるかどうかテストしておくか」

 

 稀に連絡が取れないように設定されていることもあるため、必要になった時にようやく気づくということを避けようと武藤は進み出た。――その時、彼は書いた覚えのない下書き状態のメールが新たに複数作られていることに気がつく。

 

「……あれ?」

 

 彼が記憶を蘇らせてみても覚えている限りでは、下書きメールは一つも存在していなかったはずであった。

 なのに、存在しているということは……ついさっき作られたとしか考えられなかった。しかも、それが出来るのは――ただ一人。

 ……そこまで考えついたところで、携帯のアラームが鳴り新たにメールが届いたことが伝えられた。送信元を見れば、今しがた思い浮かべていた人間の名前が書かれており、そこには末文にこう書かれていた。

 

 

『下書きファイルの内容は、確認後に直ちに削除しなさい』

 

 

 即座に指示通りに内容を確認した武藤は、カナの監視の目がある中でそれを出来る限りのスピードで速読し、読み終えた後に信じられないといった唖然とした表情を何度も彼女へと向けた。

 そして、対するカナは……口に人差し指を当てて悪戯っぽい微笑を向けて言う。

 

「明日から同じクラスだから、よろしく頼むわね(ごめんなさい、悪いけど力を貸してほしいの)」

 

 口の開き方と喋っている内容が異なることをアピールすると、彼はその意図を理解して頭を抱えてこう受け応えた。

 

「ああ、明日からよろしくな(……けっ、そういう事なら早く言えってんだ親友)」

 

「……ええ」

 

 そうして二人は表向きは『初対面』であることを感じさせない顔つきとなると、手を差し出し合って固く握手を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「――あっ、そうだ。お茶のおかわりはいるか?(ところで、この事は他の誰かに話したのか?)」

 

「……いえ、私は大丈夫よ(いいえ、白雪と戦妹にしかまだ話していないわ)」

 

「私も大丈夫かな、ありがとうね(武藤君が男子としては初めてだよ)」

 

「そうか。お茶請けに碌なのがなくてすまん(そうなのか、不知火の奴ぐらいには話してんじゃないかと思ったが……)」

 

「「………」」

 

 真意を知ってから無事打ち解け、読唇術にて本当のやり取りを行う三人。

 しかし、何故かキンジのもう一人の親友であった不知火亮(しらぬい りょう)の名前が出ると、カナと白雪は途端に顔を見合わせて言い辛そうな雰囲気となり、カナの方がコソコソと話すかのように声に出さず質問に答えた。

 

「(――その事なのだけれど、貴方からも話さないようにしてほしいの)」

 

「(どうしてだ? 何か不知火の奴がしたのかよ?)」

 

「(まあ、私自身聞かされたばかりだからまだ何とも言えないのだけれど、白雪が言うにはね――)」

 

 直接的な実害を被っているわけではないと前置きをした上で、彼女は眉間に皺を寄せながら伝える。

 その内容は……今までの関係に明らかに楔を打ち込むものであった。

 

 

「(私が入院している最中に、私――『遠山キンジ』の事で何処かと連絡を取り合ってたそうなの……普段見せないような表情で)」

 

 まるでそれは、獲物を確実に捕らえようとする獣のような鋭い目つきだったようで、礼儀正しく真面目であると知れ渡っているはずの不知火からは考えられないものであったという。

 

 

 ……一つの疑惑は、一体何をもたらすのか。この時はまだ誰にもわからなかった。




原作とアニメの、武藤の見せ場のシーンは最高にかっこいいと私は思ってます。

次回もお楽しみに。

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