緋弾のアリア-Kana the Pain Ammo- 作:くりむぞー
――組織を作る。
先の宣言によってカナは、金一が死亡した事件には犯人がいると暫定し、今後再び起きるかもしれない殺人事件を回避するために、独自の奪還を目的とした組織を設立することを白雪と風魔の二人へと告げた。
なお、主力部隊として組織へ入るには、大切なモノを奪われたという経験を持ち、必ず目的のモノを取り返すという覚悟を持ち合わせていなければならないといった厳しい条件を設定しており、生半可な気持ちで参加することは決して許されていない。
加えて、目標を達成するまで抱えることになる喪失感という痛みに耐え、尚且つそれを原動力とすることが求められている。……これは、彼女が現在進行形で行っていることであり、一度絶望を経験し強くなった鋼鉄の意志を携えてこそ実現可能としていた。
『――にして、手始めに誰を勧誘するでござるか?』
そして、平日を迎えたある日。
カナが耳元に構えた携帯電話からは、昼休み中であるという風魔の問いかけがなされ、組織の基盤作りについて話が取り交わされていた。
第一の課題としては、立場的に多忙を極めると思われる白雪達に代わるメンバーの勧誘がある。
「安心しなさい、既に目星は付けてあるわ……と言っても、上手く話に乗っかってくれるか、そもそも今から行く場所にいるかどうかは相手次第だけれど」
彼女には望み半ば薄いが心当たりがあった。
……曰く、金一の遺品整理を兼ねて実家に一時的に帰省したところ、先祖の所有品を見る機会があったようであり、そこから一族に縁のある人物に辿り着いたようである。
また、『キンジ』に受け継がれた技術の中には、ちょうどその人物が保有していた技術を真似たものが含まれており、詳しく調べてみるとその人物の血を受け継いだ一族は現在も存命しているらしいとの事だった。
そんなわけで、恐らく住処があるとされる茨城県山付近の一族の里へ単身カナは向かっていた。
「まあ、全く縁がない人間から勧誘するよりは、少しでも繋がりがある人間を囲い込むほうが安心よね」
『そうでござるな。――しかし、師匠お気をつけを』
「……何かしら?」
『依頼されていた例の件でござるが、師匠の言う通りに事が運んでいるかもしれないでござる』
風魔はカナに警告とばかりに、彼女が予想していたことに関して中間報告を述べる。
それは先日までの調査と同様に、金一が死が大きく関わっていることであった。もっと端的に述べると、彼の死因ではなく彼が何故狙われることになったかについてだ。
優秀な武偵はその実績に比例して敵も多く、恨まれることは日常茶飯事なのは百も承知な事実であるが、金一の場合たったそれだけの理由で狙われた挙句に命を落とすことになるとはどうも考えにくい。その前提で考えれば、彼が狙われたのには他に理由があるということになる。
その候補として挙げられるのは、遠山一族が代々受け継いできた戦闘技術かはたまたは『HSS』という稀有な能力だが、前者は会得するまでに時間を要するとしてタイミング的に除外が可能だ。だとすれば、『HSS』が候補筆頭となるが、何のためにという理由の点で引っ掛かりが生じる。遺伝子データ欲しさとなれば強引に納得がいくが、ここで下手に考えすぎたら視野が狭まってしまう。
なので一歩引き下がり、「悪人の手に渡っては困る技術を有した特定の人間」が狙われているのだと見定め、カナは風魔に既に狙われたかもしれない人物がいるかどうか確認するように要請していた。
『将来を有望視されていながら忽然と姿を消した武偵や、人質を取られて交換条件に技術を明け渡してしまった武偵は決して少なくはないでござる。……それと師匠。黙っていてすまないでござるが、かく言う拙者もまた―――』
「奪われたのね……ちなみに何を?」
『符丁毒……打たれた者は2年のうちに五感とその生命を失う代物でござる。厄介な事にその分子構造は暗号状になっているため解毒は……』
「使用した本人しか出来ないわけね。――で、誰に奪われたの。相手の名前はわかる?」
『猛毒使い、夾竹桃(きょうちくとう)でござる……重ね重ねご注意を。今の師匠の状態では対抗は難しいでござる』
「……わかったわ、肝に銘じておく」
実在するか否かが怪しかった『略奪者』は、確かに存在している。
風魔を襲った猛毒使いの目的が他者の毒に関する技術の入手にあるならば、彼女に限った話ではないことは凡そ見当がつく。いずれ邂逅しなければならない事も踏まえ、今後は現存する毒関連の技術を持った人間を重点的に監視していく必要があるだろう。
「まったく……」
嫌な事ばかり的中していくことに若干の苛立ちを覚えた彼女は、額に手を当てて溜息を漏らす。
この分では高確率でより厄介な事に事態が進んでいくことは免れず、全てが全て最悪な道へと誘導されていくことだろう。そうなれば引き返すことは本格的に無理となる。
だが、例えそうだとしてもカナは辿った道を戻ることは選ばない。元より彼女は己の退路はとっくに自ら封じきっていた。無意識に携帯を握っていた手に力が篭もる。
「………」
ふと携帯の画面を見れば、電池の残量を示す横長の棒は半分にまで落ち込んでいた。あまり多用し過ぎると、目的地へ到着する頃には半分以下となっていることだろう。
一時的に音信不通になることを予め風魔に伝え、カナは携帯の電源を潔く切る。そうして彼女は、実家で見つけ記憶した脳内の地図を頼りにただ只管に突き進んでいった。
※
……小一時間後。
杖にやや強めに体重を預けるぐらいに体力を使った彼女は、周りを多くの木々に守られる形で広がる山近くの小さな町へと何事もなく到着していた。……否、多少なりとも降り積もった雪に阻まれており、途中バランスを崩して顔から雪へダイブするなどみっともない姿を晒していたりしていた。
その為か、服には至る所に溶けかけている雪が付着し、既に溶けた雪はコートに濡れた痕跡を残している。
「なんて――無様」
都会には都会なりの脅威があることは言うまでもないが、田舎にも田舎なりの脅威がある。
久々にそれを味わうこととなった彼女は体を震わせることで雪を払うと、気持ちを切り替えて目的の里……というより、田舎町を睨み観察を実行に移した。……そこで、ある事に気付く。
「……人の気配が、感じられない?」
雪が積もっていることと気温のことを考慮すれば、外に出たがらない気持ちも理解できなくはない。
しかし、建ち並ぶ家々はまるで何かを怖がっているかのように窓やカーテンを閉じ、何故か閉塞感を醸し出している。
目に付いた一つの家に注目してみれば、不在なのか郵便受けに新聞や手紙がぎっしりと詰め込まれており、一向に回収される様子がなかった。
極めつけに新聞の日付は今年のものではなく2年近く前のものであり、以降は最新のものが届けられていない。そのような家がざっと確認したところで数十件は見つかった。
「何が……何があったというの?」
きな臭さは勢いを増し、異常なことが起きている……いや、既に起きたことを漂わせていた。
自然と移動速度も早まり、町の奥の方へ急速に近づいて行く。……途中、燃えた跡の残る住居を複数目撃したが、その一つ一つを今はいちいち気にしている余裕はなかった。
「――はっ!」
足止めとばかりに張られた立入禁止の柵を飛び越えると、そこはもう別世界と呼べる光景が広がっていた。
出迎えと皮肉るように折れ曲がり電球の割れた電灯が目につき、消火されずに燃えるに燃えきった黒焦げの建物が、時が経過してもなお顔を顰めさせる特有の煙たさを放っている。
被害の度合いは流し見した住宅とは比べ物にならないぐらい酷く、もし中に閉じ込められていた人間がいたとしたら間違いなく生きてはいないだろうと思われる。……試しに、中に侵入しても倒壊の危険性は薄いだろうと推測した一件の建物――町役場と思わしき場所に立ち入ってみると、無造作に転がっている消火器が見つかり、その近くには原型を留めていない車いすが倒されていた。あろうことにその車いすには見たくはなかった亡骸が残っており、苦しむ様を表した姿で最後を遂げていた。
骨の大きさからして凡そ老人であると思われ、状況的に逃げ遅れてもなお消火活動に当たろうとしたと考えられた。
「酷い……」
礼儀として両手を合わせ祈りを捧げた彼女は、一体誰が何のためにという思いを強め、内部をくまなく調べていく。
……が、いずれの部屋も燃焼が激しかったようで内部が全て丸焦げであり、火元を特定するどころか真相を明らかにするのに必要な手がかりすら発見することは無理であった。外を何周か回って見てみても無駄骨に終わり、彼女は先に進むことを余儀なくされる。
「この様子だとまさか―――」
瞳に焼き付いた惨状が、規模的に見ても偶然引き起こされたものだとは到底考えられない。
ならば、意図的に引き起こされたということであり、当たり前だが被害者と加害者がいるわけだ。……では、被害者とはここでは誰にあたるのか。
――それを一番に考えた時、カナは既に答え合わせの場所に立っていた。半壊した門にはその名を持つ人間が住んでいた事を指し示す表札が小さく埋め込まれており、煤をティッシュで拭ってやるとよりはっきりとした。
「『間宮』……」
今回はアポ無しの訪問であるため、在宅しているとしたら手荒い歓迎ぐらい受けるとカナは覚悟はしていた。……だが、結果はご覧の通りの有様だ。草花が植えられていたと思われる花壇は跡形もなく消えており、玄関は入り口としての役割を喪失。窓ガラスは全て叩き割られていて、一部の部屋は壁ごとなくなり外から見ても丸見えの状態となっていた。
そして、これまで見てきた建物と同じく焼けた跡が残留し、被害状況はダントツで此処が悪いことがわかった。臭気もハンカチで防がなければ無理なくらいだ。
「――とにかく、まずは落ち着きましょう。話はそれからよ」
居るだけで気分が悪くなってくるのを堪え、彼女は口周りをガードしながら目的を切り替える。
遅すぎる現場検証が開始されるが、何かを掴める確証はなく確率も1%に満たないであろうレベルであった。
(……けど、それがどうしたというの)
失われた生命があった。襲われた一族がいた。暮らしを奪われた住民がいた。その事実がカナの身体を『痛み』となって駆け巡る。今回の場合、『痛み』は無念であり悲しみであった。
彼女はそれだけで動くのには十分な理由だとして懐に入れていたメモ帳を広げると、少しでも気になったことを書き連ねていく。
その過程で、先程はスルーした複数の住宅にも赴く事も忘れず行い、共通点がないか細かく状況を分析しにかかった。……すると暫くして、頭の中で一本の線が出来上がり繋がった。
「一般的な住宅に住んでいたのもまた『間宮』で、それ以外は縁のある関係者の住居か何かというわけね……」
平たく言えば、間宮一族とそれに連なる者がまるごと狙われたということである。
目的は一族郎党皆殺しかあるいはであるが、どういうわけか被害に対して死体が想定数上がってきていなかった。
……ということは、辛くも逃げおおせて生きている人間がいる可能性があるということであるが、迂闊に喜んではいけない。犯人の目的が皆殺しか抱えている何らかの秘密の入手なのだとしたら、犯人は間宮一族を未だに追っていてもおかしくはなく、一族は一族で逃亡を繰り返しているはずである。
犯人が既に目的を達してしまっていることも十分考えられるが、そうでないのならば一刻も早い保護が必要だ。それと、守れるだけの組織力がいるだろう。
――閑話休題。
ゴーストタウンと化した町の被害状況から犯人のプロファイリングを試みようとしたカナは、散らばったコンクリート片と辛うじて役目を果たそうと直立しているコンクリートを眺め、そこから続けて鋭利な刃物によって切り落とされた街灯に視線を向けてあることに気づく。
「火災以外のことがあった跡がある……?」
2種類のコンクリートをじっと見つめてみると、その一部に何か硬いものに引っ掻かれたと思わしき跡が残っていた。サイズを図ってみると、人が爪で引っ掻いたのをそのまま拡大してみたかのような印象を受ける。
多分だが、コンクリートブロックが破損したのは謎の大きな引っ掻きによるダメージが原因だろう。近くにそれだけの痕を付けられるものが存在しないとなると、犯人が該当するものを所持している可能性が高い。
電灯についても、こちらはこちらでたった一撃のみで切断され、あえなく役目を終えてしまったことがわかる。距離的にコンクリートを破壊した存在による仕業かと一瞬思われたが、あちらは大胆さが窺えるのに対して、電灯の方は切り口の周りは大して傷ついておらず鮮やかであることから、何処か几帳面というか丁寧さが感じられた。
そこから導き出されるは、2つの考え方……思考を持った人間がその場に存在していたということだ。火災の規模のことも念頭に入れれば、それとは別にもう一人……予想が確かならば派手なことを好む放火の実行犯がいたとも推測できる。
流石に立場や関係までははっきりしないが、町に配慮せず戦闘行為かもしくは破壊活動を行ったと現場が物語っている。――したがって、全員が襲撃者であり犯人は複数犯であると暫定的に見当付けられた。
「組織的な犯行……交渉・取引の決裂に伴う意趣返しかしらね」
大方、ろくでもない条件を犯人グループが間宮一族に対して突きつけたのであろうが、それが叶わなかった為に強引な手に出たというのが事の顛末だと思われた。
無関係な人間への被害を鑑みないあたり、組織内の秩序は一般的な常識とは逸脱したものになっているに違いない。例えば、貴重な技術や能力は全て自分たちの下へ集められるべきだとか、そういった歪んだ考えが根底に渦巻いているのだろう。
「馬鹿馬鹿しい……反吐が出るわ」
カナはその傲慢さが、犠牲を必要とする社会を作り上げているのだと正直な気持ちを吐露し、悲劇の舞台となった町を静かに睨むと、このような光景を二度と繰り返してはならないと固く胸に誓う。
それを成すためにはやはり力が必要であり、いかなる状況をも覆す圧倒的さ……カリスマとも言えるものが不可欠となってくるだろう。ただ正体を隠すためだけの戦い方の変更はもう止めである。これからはあらゆる分野に手を伸ばし、オールマイティにこなせるように努めなければならない。
それが責任を背負うということであった。
「優秀な人材の囲い込み、組織力の確保。それに運営費―――何もかも山積みかぁ」
すぐにでも間宮一族の行方を調査したい彼女であったが切り替えを行い、とりあえずは別の人材の確保と活動資金の調達を優先するよう目標を設定する。
基本的に動くのは自身でいいとして、求められるのはその動きをサポートするバックアップチームの存在だろう。幾人かに心当たりがあるカナは武偵として復帰してからのスケジュールを組み立てることにし、転ばないよう注意をしながら間宮の里を後にして、一時的な拠点としている祖父母が暮らす巣鴨の実家へと舞い戻っていった。
※
――その夜、持ち込んだ荷物以外が置かれていないかつての自室を宿とした彼女は、姿が変わり果てても受け入れてくれた祖父母と共に夕食をとった後、一人縁側に座り込んで星空を見上げつつ、これからの事を深く考え込んでいた。
「専属オペレーターの存在は必須。それと足も必要ね……ちょうど通信学部(コネクト)と兵站学部(ロジ)には腕の良い知人がいることだし、悪いけれど巻き込ませてもらおうかしら」
彼らがいつ何時敵側に囲い込まれるとも限らない。知らずに被害を受けるとも限らない。これは保護を兼ねた勧誘である。
自らの正体を晒すかどうかは相手との交渉の進捗次第であるが、恐らくある程度は腹を割って話さねばならないこともあるだろう。
特に、『キンジ』であった時代に付き合いのあった人物には慎重にならざるを得ない。後々感づかれて秘密をばらまかれるよりは、今のうちに共犯者に仕立て上げておくのが賢明だ。そのうち一対一で対談する場を作り、動きやすい学内環境の構築について協力を仰ぐべきである。
「問題は活動資金、か。蓄えがないわけじゃないけれど、組織を大きくしていくのにはまだ足りなすぎるわね……」
ランクの高い仕事を請け負えば解決するかもしれないが、そこまで行き着くには知名度と実績を積み重ねなければならない。要する時間は余裕でスケジュールを超過しこれではまともに行動することは叶わない。
賭け事が関わる依頼に関われればまだ何とかなるかもしれないが、リスクが高すぎてお話にはならないだろう。イカサマをしようにもバレない技術力を持ったパートナーを確保する面倒さがある。
こうなれば、地道に株や藁しべ長者式の方法で稼いでいくほかないだろうが、それで間に合うかどうかも保証はできない。一か八かにかけてみるしかないのだろうか。
「――何やら、悩んでいるようじゃな」
「お爺ちゃん……」
頭をだらりと下げて悩み抜いていると、そこへ風呂あがりの直後とされる彼女の祖父……遠山鐵が現れる。帝国海軍に所属していた際の古傷が勲章のように目立っており、今でも実は現役で戦っているのではないかと思わせるオーラが彼の身体からはにじみ出ていた。
鐵(まがね)はカナの隣に腰掛け、グラスに注いだ牛乳を一杯あおり喉を鳴らす。そうして、彼女を横目に見ると、神妙な顔つきとなってからくっくっくっと笑みを浮かべて笑った。
「……久しぶりに孫が帰ってきたと思えば女のなりになって、しかも厄介事に首を突っ込もうとしとるとはの」
「だって、何もせずにはいられないじゃない。お爺ちゃんだって可愛い孫まで全て失ったら衝動的に動いちゃうでしょ?」
「ははっ、その通りかもしれんの。その時は第三次大戦でも一人でおっ始めそうな勢いじゃわい」
冗談に聞こえないことをさらりと述べる彼にカナは苦笑するほかなかった。ということは、自身が死ぬようなことがあれば戦争が一つ起きるかもしれないということである。
今更だが一歩間違えば金一が死んだとわかった時点で勃発していたかもしれないわけであり、自身はかなりの瀬戸際を彷徨っていたのだと彼女は気付かされる。
「それで、『キンジ』……今は『カナ』じゃったか。……間宮はどうだった」
「蛻の殻だったわ。何者かによって襲撃を受けて今は散り散りになってるようね」
「……そうか」
薄々だが悟っていたようであり、リアクションは動かしていたグラスを止めた程度でさほど大きくはなかった。
「間宮は公儀隠密に長けた一族故、多少の圧力を受けたところでその活動を止めたりはしないはずじゃ。……身を潜めるにしても、受け継いできたことを何時迄も無下にすることは恐らくせんよ」
「では、接触する機会はまだ失われてはいないと?」
「ああそうじゃ。彼らもまた遠山のように正義の為に尽くしてきた一族とも言える……お前さんの年頃の子供がいるとすれば、活動に適した場所を隠れ蓑代わりにしていたとしても不思議ではないだろう」
遠回しにではあるが要するに鐵は灯台下暗しの可能性を指摘し、武偵校に所属する者を探れと述べてきたのだ。
確かに武偵校は襲われた身であるならば再起にはある意味適した場所とも言えるだろう。あそこはまさに人材の宝庫。
もしかすると、間宮側もまた協力者を求めている可能性がある。
「じゃが、見つけたからといって油断はせんようにな。妙な“爆弾”を抱えてしまっていることも十分にある」
「そう。爆弾付きなら“丁寧に扱え”ということね……」
その辺の有無の確認は風魔と共に行なうべきだろう。策としては直接交渉はカナが行い、風魔は事前の身辺調査を行なうというのが最善である。
「――それとこれは戦いに赴く孫への餞別じゃ」
「……?」
話の途中で彼が懐からカナに手渡したのは中身の入ったしわのある茶封筒であった。
重さを確かめて見ると、大して重くはないが何も入っていないわけではなかった。感触的に薄いメモ帳か何かであろうか。
開け口をひっくり返して手で受け止めるように構えると、飛び出してきたのは何と通帳であった。よく見てみればそこには『キンジ』としての名前がある。だが、自分で作った記憶はない代物だった。
「――これは?」
「金叉の奴が子供の為に残した蓄えじゃ。……まあ、正確にはそれを元手に儂がギャンブルで増やしたんじゃがの」
そういえば祖父は現在、整体師兼ギャンブラーとして生計を立てているのだとカナは再確認する。
それで、どれだけ増やしたのか気になったので通帳の中を開いてみると、預金されている金額は……まだ学生である身分の人間が保有していては不釣り合いな、文字通りケタ違いの額であった。後ろからゼロを数えるのが面倒くさくなるほどだ。
「もしや、それでは足りなかったか? じゃったら、言ってくれれば同じ金額だけ振り込んでおくからの」
「いえ……そういう問題ではなくて。えっ、真面目に何なのこれは……」
「元儂の金で、現お前さんの金じゃ」
だから、そういう問題ではない。
先程まで資金のやりくりに悩みかけていたのは何だったのであろうか。一気に解決したのはいいとして、こういう流れに至るためにカナは実家に戻ってきたのではなかったのだ。とんだ誤算である。
「言いたいことがあるのはわかる」
「……本当に?」
「まあ、嘘じゃがな」
舌を出してお茶目に笑う彼の姿に心底溜息を付いたカナは、通帳を突き返そうかと迷ったがどうせ別の方法で提供してくるに違いないと思い、大人しくポケットにそれを仕舞い込んだ。
「これからそれをどう使おうが儂は口出しはせん……だが、遠山家の一人として『正義』の為に使うことは守れ」
「わかっているわ――いつ如何なる時もそれだけは絶対に守る」
かくして少女はここに、老兵から遺産を受け継いだ。
あとは、己が信じる『正義』に共に忠義を尽くす仲間を集めるのみである。
「ののかー!じゃあ行ってくるからねー!」
「気をつけてね、お姉ちゃん!」
――そして、逃れられない宿命は出会いの時を加速させるのであった。
爺ちゃんにギャンブラー設定がなければ即死でした。
次回からカナの武偵校への編入編になると思われます。