緋弾のアリア-Kana the Pain Ammo-   作:くりむぞー

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決起

 ……キンジの絶望から生まれた、代理人格の発現。

 『遠山カナ』と名乗った『それ』は、『キンジ』がまだ完全には精神的に死んでいないことを述べると、『彼』が己を取り戻すまでにはかなりの時間を要することになると告げ、改めて愕然として立ち竦んでいる白雪達へとベッド上から向き直った。

 

「まあ、そんな訳だから……キンジを返してだとか、彼を表に今すぐ出して話をさせろだとかは叶えられないの。ごめんなさいね」

 

「は、はあ……」

 

「……そ、それはわかったけれども、貴女は――カナさんはこれからどうするつもりなの?」

 

 困惑から抜け切れない白雪が、一先ず肉体的に回復してからはどうするのかをカナに対して確認する。

 流石に、武偵校にそのまま復学することは叶わない相談であることは明白だ。男性であった人間が急に女性のようになって、性格や言動すらも異なっているとなれば不用意に混乱を招く。

 

「別に、カナちゃんでも構わないわ。人格上は年上のように振舞っているけれど所詮は同い年―――ああ、学校についてはもう手を回してもらっていて対策済みだから。『キンジ』は暫く長期療養が必要なため休学……『私』は、少し間隔を開けて2月か3月に転入する予定だから」

 

「おや、すぐに通い始めるのではないのでござるな?」

 

「……だって、『キンジ』が入院してから時間が経っているとはいえ、このタイミングで武偵校へ戻ったら感の良い人間なら入れ替わるスパンが短いと判断して怪しんでくるはず。……だから、諸々の準備期間を考慮したとして最低でも――うん、あと1ヶ月は『私』の存在を隠すべき。ついでにやりたい事もあるから……」

 

 その間にやらなければならない事もあるからと、枕元に置いていたとされる書類を一枚ずつ彼女は少女達へと手渡した。

 A4サイズの用紙には、簡単な『遠山カナ』としてのこれまでの経歴が記されており、『キンジ』とは従姉の関係であると書かれている。武偵ではなく推理ドラマでみるような純粋な推理力を活かして匿名で事件を解決してきたともあり、今回の転入は『キンジ』の定期的な見舞いを行なう為だとした。

 

「貴女達にお願いしたいのは、それが真実であるかのように振る舞ってほしいの。……無論、私もほぼ設定通りに取り繕うつもりよ」

 

「それは構わぬでござるが……個人的には戦姉妹(アミカ)契約の件は如何ようになさるおつもりか気になるでござる」

 

「……そうね、『キンジ』からのお願いから警護を兼ねてという具合なら怪しまれないと思うわ」

 

 この設定であるならば普段接点を持っていたとしても、真っ当な込み入った事情があるとして判断されることだろう。

 なお、白雪とは超能力捜査研究科 (SSR)の都合で彼を見舞えない機会が多いとの理由から、交代で『キンジ』の様子を見守る関係となり、その事がきっかけで仲良くなったということに落ち着いた。

 呼び方についても、親しい女友達であると振る舞うために矯正していく方向で固まっていった。慣れた呼称を直すには苦労するだろうが、正体を隠すための基本中の基本であるため致し方ないことのであった。

 

 

 

 ――そして、話の焦点は『遠山カナ』がやりたい事と称した内容へと移行する。

 

 

 

「これか個人的な問題だけど、アンベリール号沈没事件……あの事件の再調査を行いたいの」

 

 社会的には既に終わったことになってしまっている、金一が犠牲となったあの事件。

 先の偏向報道で何もかもが有耶無耶の状態だが、知らない間に真相に繋がるような事実が浮かび上がってきているとの報告が僅かだが彼女の下には届けられていた。

 

「『キンジ』が『私』を生み出すきっかけとなった事件……完全に決着をつけることは難しいと思うけれど、『私達』が前に進む為にはこの件に関してきちんとけじめを付けておかなければならないの」

 

 ……これは金一へのせめてもの手向けであった。

 彼は最後の時まで誰かを救おうとして果てたというのに、世の中はその行為を咎めるだけでなく存在自体を汚した。死人に口無しとはよく言うが、だからと云えど何を言っても許されるわけではない。現に死者への名誉毀損は摘示した事実が嘘であるならば生きている場合と同様に対処するとある。

 そもそも、武偵であるからという理不尽な罵倒の何処に正当性があるというのだろうか。武偵ならば事件を未然に防げて当たり前だという理屈がまかり通るならば、警察の出動は必要なく今頃テロすらも人知れず防がれている、そんな理想的な安全な社会が出来上がっていたことだろう。

 何はともあれ、まずは事故か事件であったのかを細かく分析するところから始めるべきだ。

 

「情報が隠蔽される前の、彼に助けられた乗客の一部から齎された情報によると……最初の爆発は客船の後方からだったって聞いたけれど………」

 

 混乱が起きたのは夕食のディナーが振る舞われていた頃合いだったようで、乗客の殆どは船内のランチルームにいるか、船首側のデッキ席に集まっていたらしい。

 

「衝突などの事故であるならば船首……バルバス・バウのある方から異常をきたして被害が連鎖的に起こっていくはず。でも、そうではなくて後ろ側からの爆発によって最終的に沈没に至った……」

 

 そこで考えられるのは爆発物が持ち込まれたのではないかという可能性であるが、荷物の検査は乗り込む前に厳重に行われたようであり、武偵であっても拳銃等の武器の持ち込みは不可能だったとされている。

 詳しく調べてみたところ、テレビ局に根回ししているあたり怪しかったが、クルージング会社は極度の武偵嫌いであるようだ。

 それらを踏まえると金一は当時、武装と呼べる武装をしていない状態でアンベリール号に乗り込んだということになる。

 

「事件当日の金一殿が何を目的として乗船したのかはわからぬでござるが……単に旅行であるならば家族にその事を告げぬはおかしいでござるな」

 

「……放浪癖のようなものはあったみたいだけれど、記憶が確かならプライベートの事となると必ず何処へ行くかはちゃんと告げててから出発していたはず。……でも、今回はそれがなかったから―――」

 

 確定的な証拠はないが、何かの事件もしくは組織について調査を行っていた可能性が高いと推測された。

 だとすれば、件の爆発はその調査の内容と深く関係していそうだが、犯人がいるとすると犯人もまた荷物の中に爆発物を仕込むことは難しかったと思われる。

 ――では、どうやって爆発を引き起こし豪華客船を沈没まで至らしめたというのだろうか?

 

「鍵となるのは船内の内部構造に詳しい人物ね……あの日、船の中で変わったところがなかったのかを教えてもらう必要があるわ」

 

 問題はアンチ武偵なご様子のクルージング会社が質問したところで素直に話してくれるかどうかだ。

 見込みは薄い上に、下手に嗅ぎ回ればまた根回しを行って妨害を行ってくるかもしれない。……どうやら、接触が可能そうな人物を探す時間が必要なようだ。

 

「――という訳で、風魔……貴女には当時の乗船者リストの入手を依頼するわ」

 

「あいわかった」

 

「それと白雪、貴女は相手が能力者である線で該当者を可能な限り調べて頂戴……爆破物が持ち込めないのだとするなら、犯人自体が爆発物である可能性が濃厚だから」

 

「う、うん……キン、じゃなかった。カナちゃん、私調べてみるよ」

 

「ありが、と……うっ――」

 

 二人の協力が正式に得られたところでカナは満足気に微笑むと、糸が切れたように起こしていた体を布団へ倒れこませ動かなくなった。

 急に目の前で彼女が気を失ったのを見て白雪達は思わず叫び動揺するが、そこに割りこむように主治医が状態を確認すべく前へと出た。すぐさま、脈拍や体温がくまなく調べられると無理が祟っただけだということが判明し、今日のところはもう起き上がってくることはないだろうと二人は医師から彼女の容体を告げられる。

 聞けば意識は約一週間前には取り戻していたようであり、それからずっと自らを取り巻く環境に順応しようと動きっぱなしであったようだ。特に、『カナ』としての戦い方を構築していかなければならないことを重々わかっていたようで、装備の新調から必要となるであろう備品の調達に彼女は全力を注いでいた。

 

「……そっか、キンちゃんのモノをそのまま使う訳にはいかないもんね」

 

 入院している人間の私物を親戚ということになっている人間が己の装備として携帯するのは、当然ながら不自然と言えよう。託されただとか言い訳ができないわけではないが、監視の目が行くリスクは下げれるところで極力下げていかねばならないのである。

 

「これまで作り上げてきた技術を捨てて、一から別に作り上げようとするとは……人が変わっても師匠はやはり凄いでござるな」

 

「……けれど、それは金一さんを失ったことを忘れない為かもしれない。決して癒やされることがないだろう痛みとしてキンちゃんは……いえ、カナちゃんは忘れないよう背負おうとしている」

 

「………」

 

 風魔は白雪の言葉を受けて、『彼ら』はある種の幻肢痛……通常は失ってしまった四肢が今もそこにあるように痛む症状であるそれと、共に生きて行こうとしているのだと悟った。

 だが、痛みはいずれは誰かの手によって癒やさなければなるまい。でなければ、痛みはいつ何時全く別なものへと変貌してしまうかもわからないのである。万が一、憎悪へと変わり果てることがあれば一気に存在は地の底へ着くだろう。

 

「我々に出来るのは、師匠を……憎しみへと駆り立てないことでござるな」

 

「……そうだね」

 

 静かに寝息を立てて体を休めるカナを、キンジを決して復讐の鬼にはさせまいとして二人は決意の思いを胸に秘める。

 そして彼女達は、カナが寝る直前に託した願いをまずは叶えるべくそれぞれの行動を開始する。

 指示内容は違えど、同じ目的という道に向かって進んでいく様子は、さながら運命共同体であることを如実に表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――では、貴方と娘さんは……金一さんに最後に助けられたというわけですね」

 

「ああ、間違いない」

 

 一週間が経過した頃。

 松葉杖を突いてではあるが歩ける程度までに回復したカナは、依頼通りにアンベリール号に乗船していたとされる人物の名前が記されたリストを入手してきた風魔を伴って、変装をしつつ横須賀に存在しているとある大病院の一室を訪れていた。

 そこには1人の……ハーフと思わしき男性が入院をしており、右脚を分厚く巻いた包帯で固定し腕や顔には無数の湿布がこれでもかと貼り付けて待っていた。

 男性の素性について詳しく調べたところ、なんと船内から最後に救出された2人のうちの1人であるようで、その素性はアンベリール号の設計者であるらしい。ちなみに助かったもう一人はというと男性の実娘であるらしく、そもそも乗船は特別に招待してもらったことと彼女の誕生日を祝うのを兼ねてであるようだった。

 ……もっとも、事件のせいで最悪の誕生日になってしまったようだが、当の本人は無傷なのも幸いしてかそれほど気にしていない様子であるという。……が、その事とは別の話で大変ご立腹なようで、男性は入院中愚痴を聞かされっぱなしだそうだ。

 カナ達は金一とは仲の良い先輩後輩であったとして振る舞い、事件当時の状況を聞き出しにかかった。

 

 「……私はあの時、娘と共に一度部屋に荷物を置きに戻っていたんだ。だが、そこから再度デッキに向かおうという時、背後から強烈な爆発が起こった。咄嗟に私は娘を庇ったが、その際に吹き飛んできた瓦礫が大量に脚へ伸し掛かってきたんだ」

 

 男性は我が子だけでも脱出させようとしたが、肝心の娘は離れようとせず父親を必死に助けようと留まった。だが、大の大人を助け出すだけの筋力を持たない幼い子供には、体格差のある父親を助けるなど無理な話だった。

 

「誰もが逃げるのに必死で、見ず知らずの他人を助けるなんて考えていられない状況だった。しかしそれでも、1人だけ助けに来てくれた人が居た……それが彼だったんだ」

 

 助けを求める声を聞いた金一はすぐに駆け寄って男性を引き摺り出すと、応急処置を施しつつ親子を救命ボートまで抱え気味で運び込んだのだ。

 

「そこで彼を引き止めてさえいえば、彼の命も助かっていたかもしれない。死んだ人間が反論しないのをいいことに、誹謗中傷に曝されることもなかったのかもしれないと今でも後悔しているよ……」

 

 彼の娘は結局はそのことで怒り心頭なのだという。

 助けてくれた恩人のことをニュースでやっているかと思いテレビを付けてみれば、そこに映っていたのは一人の若者に全ての責任を被せて好き放題言う醜い大人の姿であったのだ。

 元々は武偵を快く思っていない1人であったという男性もこれには言葉を失い、そのように事が運ぶよう仕組んだであろう人間を呪わずにはいられなかった。

 

「……まあ、彼らが金一さんにした仕打ちは私も許せません。ですが、それ以上に重要なのは彼が何故死なねばならなかったかです。不幸の事故によるものなのか、誰かによって仕組まれた殺人であるのか……それを解き明かさなければなりません。改めてですが、ご協力願えますか?」

 

「ああ、構わない」

 

「ありがとうございます」

 

 了解が得られたところで、まず最初に振り返るべきは出航前の乗員クルー達の動きについてである。

 聞いた話では乗客に対しては荷物検査を徹底していたということだが、同じようにクルーも念入りなチェックを果たして受けていたのであろうか?

 

「いや……簡単な手荷物の検査程度だったと思う。原則として煙草が厳禁でね、目的としてはそれの有無を調べる感じだったはずだ」

 

「成る程……心理的にクルーが危険物を持ち込むはずがないと思ってしまいますから、その辺が緩くなってしまうのも仕方がありませんか。……ふむ」

 

 危険物を持ち込むための抜け穴は全く無かった訳ではなさそうである。だが、そこを付け込まれたかどうかはまだこの時点ではわからない。

 

「……クルーとの会話の機会はありましたか?」

 

「一応あったが、船内の調子はどうだとかそんな話程度だったよ……特に、騒ぎらしい騒ぎは……いや、あったなそういえば」

 

 友人との会話の終わりがけに客室の備品が壊れていることが判明したらしいが、予備のものがあったために乗客には気づかれず事なきを得たという。また、後々わかったことだそうだがその部屋の予約はキャンセルされており、たとえ交換していなくとも気付かれずに済んでいたということであった。

 ちなみにその備品とやらは、このご時世ではあまり見かけない大きい筒状の懐中電灯だった。爆弾を仕込むことは容易い大きさではある。

 

「それで、その後は爆発が起きるまで一切何もなかったわけですか……」

 

 ……ここまで話を聞く限りでは、別にあってもおかしくはない出来事だらけの積み重ねだ。

 しかし、偶然にしてはあまりにも出来過ぎているような気がしなくもない。確証へ至るための証拠が不足している。

 

「件の爆発があった後方デッキには何か置いてはありましたか?」

 

「イベントに使用する道具が置かれていたようだが何が入っているかまでは聞いていない。とっておきのサプライズだとは友人が言っていたが――」

 

 するとそのサプライズに使う何かが、実は爆発するような代物だったかもしれない。花火だったという可能性もある。

 ……となれば、クルージング会社が爆発がサプライズ用に持ち込んだ物によって引き起こされたと思わせないよう工作するのも頷ける。

 ――そうして、以上の設計者の男性の証言によって明らかになったことをまとめ上げると、事件に対してこれだけは言えた。

 

 

 ……『どう転んだところで、クルージング会社に非がある』、と。

 

 

 事故である場合、予期せぬ事故だったとしても危険物の管理を見誤ったクルージング会社に責任があるのは言わずもがなである。

 逆に事件であったとしてもだ、明らかに事件を未然に防ぐ準備は万全であると思い込み、気を抜いてしまっている部分が多々あり、騒動に対して柔軟に対応できていないと判断できた。

 ……どちらにせよ総合的に考えて、金一へ罪を着せるのは完全にお門違いであり、よくもまあ平然と人を陥れる汚い筋書きが書けたものであると、カナは呆れてかえってしまった。

 

「師匠……貴女的には今の話を聞いて、どちらの可能性が濃厚だと思われるでござるか?」

 

「――五分五分、と言いたいところだけれどまあ……サプライズに使うといったものが、こちらの予想通り花火であったとするならば―――――これは事故などではなくてやはり殺人事件かもしれないわ」

 

「その根拠は?」

 

「……複数の打ち上げ花火用の玉が暴発したのならば、爆発に乗じて無数の火花が一定時間飛び散り続けているはず。でも、乗客達が見た爆発は映画やドラマで見るような、破壊に特化した爆発だったって話よ」

 

「ということは、全ては置かれていた荷物の中身の正体次第で、振り出しか前進するかが決まるでござるな……」

 

 恐らく、もしかしなくとも中身が花火だったということが発覚し、殺人事件の可能性が一気に強まることになるだろう。

 だが、あくまで事故にしたがり金一をスケープ・ゴートにしたい勢力が存在し実際に動いていることを考慮すると、幾らカナ達が真相に繋がるような手がかりを手にしたところで握り潰されてしまうのが見え見えである。

 ましては、相手は組織で動いていると思われるため、個人の力だけではどう戦い抜いたところでどうにもならないと言えるであろう。

 

「……大変参考になるお話、ありがとうございました。これで彼もきっと少しは浮かばれると思います」

 

「いや、私は……娘と一緒に彼から受けた恩を返そうと思ったまでだ。だから、どれだけ時間がかかってもいい……彼の名誉が、最後の行いが正しく伝えられるよう君達も頑張ってくれ。応援をしている」

 

「約束いたしましょう……では、失礼致します。娘さんにもよろしく言っておいてください」

 

 深々と頭を下げた二人は踵を返し、もう病院には用はないとして速やかに退散をした。そして、近くのバス停まで歩くと、バスを乗り継いで元いた自身の入院する場所へと外がまだ明るい内に帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラフラと自室へ到着した彼女は、部屋に入るなり大きくカナは欠伸をして、引き寄せられるようにベッドへ向かった。そして、ベッドを椅子代わりにして休む姿勢を作ると、杖を手離した後に暫し瞳を閉じて顔を隠してしまった。

 

「師匠――今日はもうお休みなられるでござるか」

 

「………」

 

 そのまま眠りにつくかと思った風魔が声をかけるが、返答はまるでない。

 もしやと思って顔を彼女は覗きこむが、顔の筋肉がまだ細かく動いている様子からから眠ってしまっているわけではないことが窺えた。

 ならば、再度事件のことを振り返っているのかと思い、彼女はカナが気が済むまで待つことを決意する。また、その間に白雪と連絡をとっておき、捜査の進捗を伝えると今日は合流できないことを伝えられ、互いの今後のスケジュールを把握し合った。

 

「……ん」

 

 粗方雑談し終えたところでようやくカナが顔を上げる。

 心なしかぼんやりしているようだが、すぐに切り替えを行ったようで数分と経たない間に再び杖を手にして立ち上がり、風魔がいる窓の近くまで歩み寄った。

 

「――おっと、師匠が目を覚ましたでござる。では白雪殿、拙者はこれで」

 

「いや、待って頂戴……風魔」

 

 反射的に通話を切ろうとした風魔の手首をゆらりと掴み、その流れのままカナは携帯を手中へと収め耳に当てる。

 

「……白雪、聞こえるかしら」

 

『えっ、カナちゃん……? 寝てたんじゃ―――』

 

「いえ、起きていたわ。ただ、『キンジ』と話をしていただけ……」

 

『――ッ!?』

 

 『キンジ』の名前が出た途端、白雪が息を呑む音が聞こえる。

 カナは言っていた。『キンジ』はまだ消滅してはいないと……その以前の言葉が真実だとすれば、先程までカナは塞ぎ込んでいるという『キンジ』と何を話していたというのだろうか。

 

「『キンジ』からの言葉を伝えるわ……『もし兄さんが殺されたのなら、殺した犯人はまだ生きていてもおかしくはない』」

 

『それって、つまり……!!』

 

「彼と無理心中をしたがるような人間でないのなら、可能性として十分あり得るわ。それと、犯人の心理を考えるなら……これからも事件を起こし続けるかもしれない」

 

 殺人であると前提付け、金一を撃破するだけの力を持った人間がいると暫定すると、この先再び優秀な武偵が命を落とすこととなるだろう。次に狙われるのが誰かまではまだわからないが、彼を悪く言った人間の言葉通りに未然に事件を防がなければなるまい。

 加えて、思い通りにさせないよう邪魔をすることによって起きる連続した襲撃と、被害の拡大に備えていく必要がある。個人の力ではどうにもならない時の対策は前もって打っておくが安全策だ。

 

「そこで私から提案なのだけれど、犯人は1人であるとも限らない。だから、今のうちに個人単位で動くのではなく、複数で相手に立ち向かえるよう準備をしましょう」

 

「グループを……いや、≪組織≫を作るのでござるな?」

 

「ええ。それも只の自衛のための組織ではないわ……全体としての目的というか、信条は

 

 

―――『奪われたものを取り返す』、こと」

 

 既に家族を奪われた『キンジ』には、己の中にある『カナ』を人格として創り出して荒療治を自身へ施した。

 ……が、同様なことが他人にも出来るはずがない。大抵は絶望から前に進むことを諦めるか、自分の命も顧みない無茶を続けてやがては破滅していく。

 つまり、奪われたらそこで終わってしまう人間が多いのである。

 

「これから創る組織は、奪われたらそこで終わらせない。奪われたら必ず奪還し元あった在るべきところへ戻す……」

 

 それまでは奪われた痛みが付き纏うだろうが、言い方を変えれば痛みは目的を忘れないための原動力のようなものだ。

 組織に属する者は痛みを糧として前に進める者を選抜し、略奪を続ける人間に限定して『奪還』を実行させていく方針である。

 

「報復と受け取られても仕方がないことは理解しているわ。――でも、誰かが立ち上がらなければ奪われる痛みは、今もどこかで広がり続ける。感染し続ける」

 

『――』

 

「……貴女はどうする? 今なら私がやろうとしていることから降りて、日常に戻ることも可能よ。けれど、これ以上踏み込んだら周りに見えるものはすべて非日常と化する」

 

 最終通告であった。

 白雪はここで見えない何かに恐れて退いてしまえば、『キンジ』の存在が一生自分の近くから遠のいてしまう感覚を味わう。さらには、目的と逸脱した行為に手を染めてしまう……そんな予感を強烈に覚えた。

 だから、気がつけば答えを口にしていた。

 

『――カナちゃん、私は降りないよ。私もキンちゃんから大切なモノ奪った人間にキンちゃんを奪われているから』

 

「そう……ならわかったわ」

 

 そう言って今度こそ通話をやめると、風魔に携帯を差し出してカナは戻ってきた時と同じように大きく口を開けて欠伸を行い、暗くなりつつ空を睨んで静かに呟いた。

 

 

 

 

「『キンジ』……始まるわよ、痛みを抱えた者による奪還が―――【ファントム・ペイン】の鼓動が」

 

 

 

 

 ――決起せよ、痛みよ。




ぶっちゃけると、この話はイ・ウーの奴ら絶対ゆるさねえルートです。
ですが、特定の誰かを殺すとかそういうことはありません。
あくまで武偵を貫きつつ、怒りをぶつけるルート……そんな感じです。

次回もよろしくお願いします。

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