緋弾のアリア-Kana the Pain Ammo-   作:くりむぞー

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ようやく落ち着いた時間が取り戻せたのと、緋弾のアリアAAに伴う緋弾のアリア熱が再熱したのでリハビリ的に書いてみました。
なお、恐らく原作のようには長くは続きません。まあ、予定ではシャーロックとの戦闘までで区切る予定です。


序章
The beginning of the pain


 ――2008年12月某日。

 

 もはや防寒着なしでは外を出歩くことも叶わなくなった冬のある日、悠々と大海原を航海中であった豪華客船アンベリール号が突如として沈没したという報道が世間を駆け巡った。

 沈没の原因は不明であり、救出された一部の乗客によって爆発があったことがその後明らかとなったが、人為的に起こされたものかもしくは船体自体のトラブルによって引き起こされたかまでは、終ぞとして誰もわからなかった。

 なお結果的に、一人を除いてその他全ての乗員乗客が生存者となった、このアンベリール号沈没事件であるが、年をまたがない内に思わぬ展開を見せることとなる。

 

 ……きっかけは、唯一の犠牲となった行方不明者の当時の行動に関する乗客ら証言だった。

 沈没事件から早々に立ち直れた者曰く、行方不明者となった――長髪の美青年は、皆が慌てる中で自主的に避難誘導を行い、混乱から動けなくなった人間を危険を顧みずに次々と助けていたという。

 つまり、一人の勇敢な自己犠牲的な行動によって大勢が救われたという、ドキュメンタリー系のテレビ番組が再現しそうな出来事があったのだが、青年の立場が事態を全く逆の方向へと一変させた。

 

 

 青年は『武偵』―――俗にいう、武装探偵であり凶悪化し続ける犯罪に抗う者だったのである。

 

 

 国家資格として新設されてから早数年。未成年者までにも警察が持つような逮捕権を有させ、武装を許可する事に対し批判が相次いだが、そうでもしなくては国際的に増大する犯罪には対抗できないことが統計的に明らかになったりするなどして、批判の声は徐々に沈静化していった。

 しかし、この事とは別件で武偵の存在を認めていた政党が選挙で敗退すると、武偵の存在に批判的であった議員が多い野党が代わって与党となり、一部メディアと密かに結託してネガティブキャンペーンを開始。

 運が悪いことに、アンベリール号沈没事件はその余波を受けて、真実は捻じ曲げられてしまう事になる。

 メディアはスポンサーであったアンベリール号を管理しているクルージング会社の要請を受けて、本当の証言を揉み消し、あたかも救助活動を行った青年に非があったかのように報道を行い、武偵の存在自体を痛烈に批判したのだ。

 あまりにも内容が過激すぎたこともあってか後日報道を行ったテレビ局は処罰され社長自ら謝罪したが、一度やってしまったことは取り返しの付かないぐらいの大きな爪痕を残した。

 

 

 ……そして、その被害の影響を一番に受けた少年がいた。

 

 

 名は遠山キンジ。――実質死亡したとされる行方不明者、遠山金一の実弟であり、キンジもまた武偵であった。

 そんな彼は、金一が死亡したという知らせを受けただけでなく、先のバッシング報道のせいで心身ともに疲弊し、彼の遠縁の親戚が務める設備は申し分ないが建物の規模としては小さい病院へと昏睡状態で運び込まれていた。

 外傷と言える傷はない。されど、彼の体には幾重にも点滴が行われ、最後に顔を目撃された時は顔色は今にも死んでしまいそうな酷い面持ちだった。つまるところ、彼の知人を病室に入れることは叶わない状態であり、現に部屋の前には暗い顔をした二人の少女達が『面会謝絶』の掛札を血行の悪い青ざめた顔で見つめて待っていた。

 1人は口当てを用いて口元を覆い、時期的にもマフラーであると思われる赤布を首元から垂らして背後の壁に背中を預けていた。

 もう一人はというと、腰掛けに座り美しい黒髪をだらしなく前へ揺らし小刻みに体を震わせて、必死にキンジの回復を祈り続けていた。

 

 

「――倒れられてから、もう2週間でござるか……」

 

 

 キンジの戦姉妹(アミカ)と呼ばれる師弟ような関係である風魔は、同じく彼の身を案じて止まない彼女以上に古い付き合いだとされる少女、星伽白雪の姿を横目に経過してしまった時の流れを再確認するように呟く。同時に、あとどれほど時が過ぎてしまうのかという不安に駆られた。

 

「キンちゃん……」

 

 幼なじみにである白雪はというと、早く回復して欲しい思いがある反面、キンジが目覚めた時に人が変わってしまわないか心配をしていた。……否、確実に今までの彼ではなくなってしまうだろうという確かな予感があった。

 ただでさえ、祖父母を除いて最後の『家族』である金一を失い、その存在を地の底まで貶められたのだ。これで何事も無く回復に向かうということはまずあり得まい。

 もし以前と変わりなく振る舞ったとしたならば、それは無理をしている証拠だ。いつかガタが来て今より深刻な状態となってしまうに違いない。

 だから、彼女としてはこのまま意識を取り戻さないまま現状を維持し、深く眠り続けたほうが酷ではなく楽ではないかとも思い始めていた。実際、その方が彼に死と隣り合わせの生活を送ることもなく安全であると言えよう。

 そう何度も自身の中で白雪は反芻させていると、今日の診察が終わったらしくキンジがいる病室のスライド式のドアが独特の音を立てて開かれる。中からは主治医の男性と女性スタッフが現れ、男性は二言三言スタッフに囁き、カルテと思わしきものを持たせて退散させた。

 少女らが記憶している流れでは、ここで主治医は頭を下げてそそくさと移動するはずである。そうして今日も門限までに帰ることになるのだが―――医師は頭を掻いて、一向に移動をしようとせずその場に留まっていた。

 その姿はまるで……何かを伝えるべきか否かを迷っている様子であった。こんなことは風魔と白雪が病院に通い始めてから初めてであった。これまでとは違う行動に首を傾げていると、主治医の方が意を決した様子で二人に対して歩み寄って言った。

 

 

「面会謝絶を一時的に解除しますが―――覚悟だけはしておいてください」

 

 

 願わくば想像を絶する最悪な事態にだけはなっていてほしくはないと、少女達は祈りながら医師の後ろに続いたが待ち受けていたモノは……二人の予想を遥かに超えたものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入室した最初に待ち受けていたものは、キンジが横たわっているであろうベットを包み隠すかのように天井から掛けられた分厚い布地のカーテンであった。それは一切の隙間を許すことなく室内にもう一つの空間を創り出しており、何人たりとも近寄らせんとする空気が漂っていた。

 その為、すぐに彼の状態を確認したいというのにも関わらず、少女達はカーテンで出来た一種の結界の外部で立ちすくむことを強いられるほかなかった。

 だがそれはある意味正解だった。すぐにわかることだが、医師の説明というワンクッションがなければ受け入れ難いものがカーテンで覆われた内部では存在していたのだから。

 

「ところで、お二人はキンジさんのお知り合いということですが……彼の『体質』のことはご存知で?」

 

「た、体質? ……すみません、それはどういう意味で何でしょうか?」

 

「すまないでござるが、特にこれといって何も把握していない。師匠が何か患っているなど初耳でござる」

 

「――でしょうね。まあ、そうでなくては困ります」

 

 主治医は意味ありげな質問を行い、予想通りの反応が得られたのを確認するとキャスター付きの丸椅子を二人のために用意し座るように促した。

 彼もまた室内の置かれたデスクの下から椅子を引っ張りだすと、カーテンを背に最後の門番として二人と視線を交錯させた。

 

「これからお話することは……遠山一族が代々受け継いできた秘密についてです。くれぐれも口外することは止めて頂きたい。……もし破られるようならば」

 

「わかっています。何なら後日、呪詛のかかった証文をこちらで用意してサイン致しましょうか。勿論、この子にもサインさせて、一切今回の件について話すことを禁じさせます」

 

「……構わないでござる」

 

 風魔が白雪が勝手に決めた事について反論することなく了承する。そうして、二人が現実を受け止める構えを整えたところで、医師は金一とキンジが共通して持っていた『呪い』とも言うべき特異な体質に関することを、重々しく静かに語り始めた。

 そうして、語られたのは『ヒステリア・サヴァン・シンドローム』という女性を最優先に守ろうとする、呪われた遠山家の特異体質についてだった。

 

「通称『HSS』、かつては『返對(へんたい)』と呼ばれていたこの体質ですが、特徴的なのは女性を最優先に考えて行動し、尚且つ虜にするような言動をとってしまうことです。発動条件には……主に異性に対する性的興奮があります」

 

「つまり……え、エッチなことを考えると発動しちゃうんですか!?」

 

「まあ、一般的にはそうなりますが自制することで発動を抑えたりすることは可能です。もっと細かく言うならば、発動にはβエンドルフィンが一定以上分泌されてれば良いので、趣味や思考、性癖などによっては異性以外でも発動は可能です」

 

「では、例えば……興奮を抱く対象が異性でなく、そもそも人間でなくともその分泌が行われれば良いということでござるか。骨董品といった無機物であったとしても――」

 

「ええ、そういう事になります。―――ちなみに、『HSS』になりますと思考・判断・反射が通常時の30倍にも膨れ上がります。即ち、一時的な超人と化すわけですね」

 

 一時的な超人、という言葉に二人は心当たりがあった。

 白雪は幼い頃にその兆候と受け取れるものを目撃したことがあり、風魔は戦姉妹として契約する前に決闘を挑んだことでその変わり様を体感していた。

 

「これまでのところ、キンジ君は一般的な性的興奮以外に『HSS』を発動させたことはないようです。一方で、お兄さんである金一君は……今だからこそ話せますが、一般的な方法以外でも『HSS』を発動させていました。単刀直入に言いますがその方法とは――『女装』です」

 

 それも単なる女装ではない。金一という生まれた頃から存在する人格以外を新たに創りだし、見かけも中身も女性と化す、女体化といったほうが適切である代物で金一は『HSS』を発動させることが出来ていた。

 本人曰く恥ずかしいらしいが、有用性があることは認めているようであったという。

 

「女装による金一君の『HSS』…私は『カナ・モード』と呼んでいるものの特徴は、通常のモノと比べて持続時間が遥かに長いことです。しかし、代償として約10日間の睡眠が必要となり、その間は無防備となってしまいます」

 

「『カナ・モード』……成程、遠山金一殿はその間カナ殿になるわけでござるか」

 

「はい。他にも『HSS』には派生系が多く、金一君の協力の下で『アゴニザンテ』、『ベルセ』、『レガルメンテ』などが少なくとも存在することがわかっています」

 

 通常の『HSS』は『ノルマーレ』と呼ばれ、金一のカナ状態も細かく言えば違うものだが、広義で言えば一応はここに分類される。

 なお、『アゴニザンテ』は瀕死状態を利用して発動させるものであり、『ベルセ』は女性を奪還するために特化している『HSS』である。『レガルメンテ』については、『ベルセ』の経験回数と異性の負傷が密接に関わって発動するとされ、これについては発動に至った者は少ない。

 

「……さて、お気付きかもしれませんが今回のキンジ君の昏睡には『HSS』が深く関わっています。脳波などのパターンからして『ベルセ』に近いですが、該当するデータのない全くの別物という結果が出ました」

 

 昏睡状態に陥っている状況から察するにまともな状況では事は否応なしに理解できる。

 恐らくキンジは、制御のしようがない暴走状態の『HSS』になってしまっているのだと無理矢理にだが考えられた。

 

「発動のトリガーは、やはり金一殿の死……しかし、師匠と金一殿は実の兄弟……如何なる理由であろうと興奮するのは難しいのでは?」

 

 キンジが、金一の死を喜んでいて興奮しているか、同性であるのに劣情を抱いていたのだとしたら発動はあり得るかもしれない。

 しかし、二人はキンジがそんな歪んだ思考や性癖を持つ人間ではないことを理解していた。彼は兄に似て傷ついた人間に手を差し伸ばすような優しい人間であった。

 医師もまた一般的な『HSS』しか彼は経験したことがないと証言している。

 だとすれば、発動の理由は何か? ……それを解き明かすにはキンジの生い立ち、金一との関係、過去を知ることが求められた。

 

「その事なのですが、確かに単なる兄弟という関係に落ち着くのであれば、どんなことがあろうとも『HSS』を発動することはない。……が、兄弟とは別の関係であったすれば話は変わります」

 

「まさか、キンちゃんは金一さんと一緒にカナさんも失ったから……」

 

「……幼くして母親を失ったキンジ君にとって、カナ状態の金一君は姉でもあり母親でもあったのです。金一君もカナ状態である時は彼のために役割を演じた。だから彼は、今回計5人もの家族を失ったことになるのです」

 

「そんな――」

 

 何という過酷な人生だろう。これではもはや生き地獄ではないだろうか。

 白雪は姉妹を多く持つが故に、それら全てを失ったのだとしたらどういう状態となるのか安易に予想ができた。

 もしキンジの身に起きたことが似たような形で己に降りかかったとしたら、最終的に生きているのも嫌になるだろう。

 

「……意図的に記憶を操作し、遠山キンジという名を捨てさせて別の人生を歩ませる事も不可能ではないですが、生まれ持った体質からは逃げられません。きっと何処かで思い出してしまい彼は死を決意してしまうでしょう」

 

「じゃあ、どうすればいいんですか!?」

 

 堪らず白雪は掴みかかからんとする勢いで叫ぶが、主治医の顔は一ミリたりとも表情を崩すことはなかった。

 

「彼に、自分の意志で家族の死を乗り越えてもらうほかありません。私たちに出来るのはそれを支えていくことだけなんです。……今日に至るまで面会謝絶でいたのは、その為の準備を整えるためでした」

 

 立ち上がった医師は背後を向いて、守り通していたカーテンにやっと手をかけた。

 そして、大きな音を立てぬように慎重に引くと、白雪達へ運び込まれてから2週間が経った姿のキンジを初めて公開した。

 ――そこには、各種ケーブルに繋がれた人間が上半身のみ起き上がっていたが、二人が想像した通りの人物の面影は何処にも存在してはいなかった。

 

「……えっ?」

 

 その人物は、キンジだと思われるが2週間経過したにしては伸び過ぎている長さの髪を持っていた。

 その人物は、男性にしては美しすぎていて……とてもではないが女性でないと思えない風貌を持っていた。

 その人物は、病院規定の病衣ではなく何故か着れるはずもない武偵校の制服を平然と着こなしていた。

 

「――金一さんとカナさんを失った彼は、精神だけではなく肉体的にも実は重症でした。『HSS』では本来分泌されるはずがないモノが複数分泌され、それが身体のバランスを崩壊させていたのです」

 

 キンジの崩壊した精神は、失ったとわかってもなお、兄(カナ)を取り戻そうとしていたようだったという。

 だが、奪った相手は明確に定まっておらず、個人の力で直接手を下せるような相手ではない。

 ……よって、キンジはやるせない怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情を自身へと向けてしまった。

 

「暴走は更なる暴走を生み出し、正直なところ余命は多く見積もって一年以内でした」

 

「……でした、ということは今は違うのでござるか?」

 

「一応は、ですけれどもね。処置は……半分成功で半分失敗でした」

 

 その言葉の意味は、まもなく判明する。

 半身を起き上がらせた状態で瞳を閉じていた『彼』は、徐々に目を開いていった後に高い声色で唄うように喋った。

 

 

 

 

「暴走状態にある『HSS』を、血縁的に発動可能として擬似的に起こした高負荷のカナ・モードの『HSS』で強制停止させる、そこまでは成功でした。……しかし、我々は遅かった。キンジ君の精神は既に塞ぎ込んでいて、代理人格を形成してしまっていたのです」

 

「――で、その代理人格が……『私』」

 

 

 

 

 そこで『キンジ』であるはずの肉体で話す人物は、ようやく白雪達に顔を向けた。

 昏睡状態であった人間の姿はもうそこにはない。

 

「大丈夫よ、『キンジ』は眠っているだけ。……『私』は、あくまで彼が立ち直るまでの繋ぎだから」

 

「……なら、あなたは何て呼べばいいの?」

 

 恐る恐る白雪は、『彼』ではない『彼女』と思われる存在に問うた。

 これは儀式であり、今後の先行きを左右するものであった。

 

 

「――そうね、『私』は『キンジ』が取り戻そうとして、思い出から逆に創り上げてしました『彼女』の虚像(ニセモノ)………『遠山カナ』、そう呼ぶといいわ」

 

 

 虚像という名の痛みが今、目覚めた。

 ……これから始まるは、虚像(ニセモノ)による何処までも歪みきった弾丸の物語。

 




作品のテーマとしては、痛みと喪失と虚像。
MGSV的な緋弾のアリアを書きたかった、それだけです。

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