Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

9 / 35
《171号線奪還により、我がサピン、オーシア、ならびにウスティオの兵站線が確保された。これに伴い3国は『連合軍』を正式に結成し、本日4月24日より連携して対ベルカ戦に当たることが決定された。第一目標は、オーシア連邦のオーレッド湾と五大湖を結ぶフトゥーロ運河の奪還である。
これに向け、我がサピン軍は第一次方面作戦である『ゲルニコス作戦』の主力を担い、フトゥーロ運河両岸の陸上施設並びに港湾施設への攻撃を行う。ニムロッド隊は空軍とともに先発して地上施設を叩いたのち、制圧を担う友軍機甲部隊の護衛を行え。作戦遂行後は後続のオーシア・ウスティオ空軍到着までの間、作戦空域の制空権を維持せよ。
本作戦は大反抗の足がかりでもあり、極めて重要な作戦である。報酬も弾むぞ。各員、いっそう奮起せよ》


第8話 熱砂の海

 濛々と立ち上る砂煙が、乾燥した土色の大地を幕のように覆う。

大きな運河に面する立地と気候の影響であろう、乾燥し砂質土に覆われた大地は、緑に溢れた内陸の景色とは全く以て似つかない。翻って目を水平線の先に向ければ、砂丘を南北に割く広大な水路と、その対岸に当たるオーシアの大地。遠霞の中に微かに見えるその景色は、さながら海運で利を上げる砂漠国家の一角のような光景を呈していた。まるで大地の忘れ物のように、所々に生い茂る低木地が無ければ、そこが豊穣で知られるサピン王国の西の端であることを忘れてしまいそうになる。

国境という名の柵で囲われた中でありながら、その極端なほど多様な環境に、カルロスは舌を巻く思いだった。

時に1995年、4月24日。強烈な太陽の下、陽炎の上に8つの機影が揺らめく頃。

 

「…本当に、地の果て、って感じだな…」

 

小さなコクピットの中から外を見やり、青年――カルロスはぽつりと独り言をこぼす。舞い上がる砂塵、4月にも関わらずじんじんと地を灼く太陽、そして広がる土色の中にわずかに混じる緑色。本物の砂漠は見たことはないが、キャノピーを貫通してこの身に感じる熱は、想像の中の砂漠に匹敵する。空の上だからこそまだいいものの、今ああして地を這う人々にすれば、戦争なぞ今すぐほっぽり出して帰りたい気分にさせることだろう。

 

高度にして3000ほど下、砂埃舞う大地の上に、装輪の跡を砂に刻んで疾駆する鉄色の塊。数にして15、6ほどもいるだろうか、熱砂の上を行かざるを得ないサピン王国陸軍の面々に、カルロスは同情する思いだった。空調設備も備えている戦車はまだいい方で、緊急に追加したらしい兵員輸送用のトラックに至っては、露天の荷台の上で歩兵がぐったりしているようにも見える。本来の配置場所はサピン中央辺りだったのだろう、森林迷彩のままのトラックや人員に、高熱・砂埃・震動の三重苦はたいそう堪えているようだった。

裏返せば、それは取りも直さず、サピンがこの地――海上交通の要衝であるフトゥーロ運河奪還に、どれだけ注力しているかを示す光景とも言えた。

 

オーシアとサピンの間を北流するフトゥーロ運河は、オーシア北部の五大湖と、外洋への出口となるオーレッド湾を接続する道の役割を果たしており、戦時にはオーシアが誇る艦隊を速やかに送り込む機能も併せ持っていた。この重要性は当事者たる国々のいずれも理解しており、ベルカは開戦と同時に速やかに運河を制圧し、五大湖方面に機動部隊を、運河の両岸に対空設備やジャミング施設を配置した。結果、戦力的に孤立したオーシア北部は初戦の攻勢を凌げず、ベルカの西進を許す大きな要因となったのだった。

逆に言えば、このフトゥーロ運河を奪還し、オーシアやサピンの機動部隊を五大湖方面へと展開できれば、連合国内へと侵入しているベルカ軍の退路を断つことにもなる。膠着しつつある戦況の中で、軍の再編に手間取っているウスティオやサピンにとっては、反撃の大きな契機として躍起になるのも無理は無かった。

 

《ニムロッド各機、作戦前の最終チェックを行う。機体に異常は無いか》

《『ニムロッド2』、異常なーし。爆弾が重いでーす》

《『ニムロッド3』、こっちも異常なしです。本社の連中、キッチリ働いてくれたみたいですぜ》

「『ニムロッド4』、こちらも異常なし。エンジンも良好です」

 

 先頭を飛ぶアンドリュー隊長から、確認の通信が入る。離陸後3度目の確認作業でもあり、カルロスは手慣れた様子で各計器に目を走らせ、その機体の体調を確かめた。今回は新規の補充機が部隊の半分ということもあり、いつにも増してチェックの頻度は多い。

 機体の損耗を本社に報告したのち、やっとのことで補充された機体は、中古のMiG-21bis『フィッシュベッド』と、より旧式のMiG-19S『ファーマー』が1機ずつ。元々の機体の修理が終わるまでの繋ぎとはいえ、1機でもMiG-21が調達できたのはもっけの幸いだった。

結果、これまでの戦歴を鑑みて、MiG-19Sはアンドリュー隊長が、補充のMiG-21bisにはカークス軍曹が搭乗することになった。無事だった2番機のMiG-21bisは引き続きフィオンが、以前ヴィクトール曹長が乗っていた予備のMiG-21bisはカルロスが割り当てられ、曲がりなりにも小隊としての体裁は整ったと言える。

 

機体確認を終え、視線を右前方に向けると、もはや腐れ縁となった『エスクード隊』の4機が小隊を組む姿が目に入る。もっとも、その乗機は目に馴染んだF-5E『タイガーⅡ』ではなく、角張った主翼と外側に傾斜した垂直尾翼が特徴的な、『トーネード』とも『タイガーⅡ』とも異なるシルエットの灰色の機体に変わっている。

その機体――F/A-18C『ホーネット』の尾翼に描かれた、サピン国旗と盾をモチーフとするエスクード隊のエンブレムが無ければ、一目に同じ部隊とは判別できなかっただろう。

 

《空中管制機『デル・タウロ』より、エスクードならびにニムロッド各機へ。予定時刻通りに攻撃を開始せよ。偵察情報通り、西岸には複数のジャミング設備が、東岸には港湾施設が確認されている。後続部隊のため、これらの破壊を優先せよ》

《了解した、『エスクード1』よりエスクード各機、続け。新型だからって浮かれ過ぎるなよ》

《『ニムロッド1』、了解。『デル・タウロ』、こっちは中古のボロばかりだ。きっちり支援してくれ》

 

 反復の声とともに、エスクード隊の『ホーネット』が加速し、運河西岸のベルカ軍施設攻撃へと向かってゆく。事前のブリーフィング通り、速度、航続性能ともに劣るこちらは、より近場の東岸が担当になる。エスクード隊を見送りながら、機体を右へ傾けて方向を変えるアンドリュー隊長に倣い、カルロスも乗機を傾けて攻撃目標へと舵を切った。

翼下に装備した爆弾の影響か、今日は機体がやや重い。今回は対空、対地戦両方を担う必要があるため、装備は短距離空対空ミサイル(AAM)2基に無誘導爆弾(UGB)2発という折衷案的なものだが、増槽の重量も加えると機体への負担が馬鹿にならない。搭載量が少なく、AAMと増槽しか懸架していないMiG-19Sには、この機体で追いつくのも一苦労である。

いつもより大きく唸りを上げるエンジンの音に、カルロスはフィッシュベッドの不機嫌な声を聞いた気がした。

 

******

 

機首を返して数分後、砂地の茶色が、運河の青と入り交じる光景が眼下に広がり始める。やや密集して地上に見える構造物は、ベルカが配置した対空砲や戦闘車両、兵舎だろう。陸と運河が交わる所には大型のクレーンや艦船の姿も認められる。付近には対空火器も集中配備されており、接近は少々骨が折れそうだ。

また、対地攻撃か。オステア基地攻撃以来の対地任務に、カルロスは口内で不満を噛み潰す。

対地攻撃は苦手でもあれば嫌いでもあり、このMiG-21bisに合っているとも言いがたい。だが、今更そんなことを、それも多分に個人の好悪に関することを、口に出す訳にもいかなかった。

 

「目標視認。港湾施設と停泊中の艦船も確認できます」

《ほとんどの船は五大湖に出張ってお留守みたいだな。獲物が少ないと張り合いが無いぜ》

《各機、UGB使用を許可する。目標、停泊中のフリゲート艦。高度を下げすぎて蜂の巣になるなよ。俺は空の連中の相手をする》

 

 空域上空に控える、空中警戒と思しきベルカのJ35J『ドラケン』が、特徴的なダブルデルタ翼を翻して迎撃の構えを見せる。前言通り対空戦に向かうのだろう、機首を上げて相対の機位へ向かうMiG-19Sの下方を抜けて、カルロス達は増槽を捨てて目標上空へと機体を向けた。

 対空砲火が上がり、SAM(地対空ミサイル)のロックオン警報が鳴る中を抜けて、目標の直前で機首を下げて緩降下に入る。キャノピーガラスに目標サークルや情報を投影する、HUD(ヘッドアップディスプレイ)のような気の利いた装備もない中、頼みの綱は乏しい経験と自分の勘のみ。目標サークル代わりの照準器を覗き込みながら、視界に広がる曳光弾の雨に、カルロスは思わず唾を飲み込んだ。

 

 先頭のフィオンがUGB2発を投弾し、すぐさま加速して退避していく。まだだ、まだ遠い。

 続くカークス軍曹は、投弾の直前に降下角を深く取り、加速を加えてから投弾。加わったスピードを活かし、フィオンより低高度を抜けながら、砲火をかいくぐって右上方に上昇していく。

 高度1600フィート、もう少し。

 オステア制圧戦とは比べものにならない砲火が、前左右に溢れる。

無意識にブレーキに伸びかけた脚を、すんでの所で踏みとどまる。

恐れるな、行け。『そうそう当たるもんじゃない』。

がん。

被弾音。

高度1300フィート。フリゲート艦が照準器からはみ出る。

今。

 

「………っ!!」

 

 指に力を入れた直後、がろん、という音と同時に軽くなった機体が跳ね上がる。投下成功を確認する暇も無く、カルロスはエンジンを噴かして、砲火の中を抜けていった。

 どうだ。追いすがる曳光弾の中で、カルロスは後方を振り返る。

 港から昇る黒煙は、確かに6つ。その中に、真っ二つになって空を仰ぐフリゲート艦と、対空砲1台がスクラップとなっているのが、辛うじて判別できる。炎は、すぐそばの兵舎をも舐め始めているようだ。炎に巻かれて逃げ惑うベルカ兵の姿を、カルロスは無意識に視界から逸らした。

 残りの脅威は、敵戦車。ミサイルアラートが止み、機体を反転させるころになってようやく、カルロスは自身の額が汗に濡れていることに気づいた。

 

「ふー……。残りは、どこだ…?」

 

 対空砲が届かない高度にまで上昇し、機体を右に傾けて旋回しながら地上を探る。大型車両の部類に入る戦車といえども、上空から探すのは一苦労である。事前情報によると、東岸に配置されているのは確か6両。4両しか戦車を含まないサピン機甲部隊には大きな脅威となるといっていい。せめて半減はさせたい所だが、どこだ。

 

 ――いた。

 港湾からさほど離れていない位置、砂丘が緩やかな谷間を作り陰になる位置に4両、さらに装甲車も複数。対空砲こそ配置されていないが、ご丁寧にSAM3基が周囲を固めている。残る2両はさらに北か、それともどこか施設の陰か、ここからでは確認できない。

問題はここからだ。UGBを使い切り、比較的安全に攻撃を行うことが不可能になった今、対地攻撃に不向きなこの機体で、あの防備をどう崩す。

 

「厄介な配置ですね…どうします?」

《迂闊に近づくとSAMでフライドチキンか…。よし、フィオン、カルロス、囮になって上空を通過してくれ。引っかかった所を俺が低空からかかる》

《りょーかーい》

「了解です」

 

 迷えば迷うだけこちらが不利になる。カークス軍曹の案に賛意を示し、フィオンとカルロスはエンジン出力を高めて鼻先を向けた。目標の手前で機首を下げ、あたかも投弾姿勢に入るような挙動で敵の目を引く。その後ろで、カークス機は丘陵の陰を迂回し、高度を下げて攻撃位置へと占位する。

 ヴー、と赤く灯るロックオン警報が、耳障りな音を耳に響かせる。まるで、敵の視線が音となってこちらを射たかのような錯覚。一瞬の虚を挟んで、警報は一転して不快なソプラノへと転調し、殺意がまっすぐにこちらを向いた。まるでスローモーションのような景色の中で、向いた殺意が噴煙となって爆ぜるのを、カルロスは確かに捉えた。

 瞬間。

 

「ぐうっ…!!」

 

 緩降下から機首を上げる急激なGの変化に、思わず肺の奥から息が漏れる。

 機体のすぐ後方を、煙の尾を曳いた鏃が飛び抜けてゆく。その幾筋もの尾を縫うように、低空を這い迫ったカークス機は30mm機関砲を一斉射。装甲の薄い上面を貫かれ黒煙を上げる戦車を尻目に、MiG-21bisは一気に加速上昇に転じ、誇らしげに三角の翼を翻していた。

 戦果確認のため高度をとり右後方を見やると、戦車が合わせて2両、無残に砲塔部を失っているのが見える。残りの内1両もキャタピラに被弾したらしく、動かない右後輪を砂にめりこませ、もがくように装輪を回していた。

 

「戦車2両撃破確認、1両も頓挫しています。…凄い、一航過で…!」

《ハッハッハー、ざっとこんなもんよ!うーし、反転してもう一回…》

 

 30mm機関砲搭載機にとって地上目標の攻撃は割合に容易であり、なおかつ本作戦では主目標でもあるため報酬への影響も大きい。会心の声を上げ、戦果を誇るカークス軍曹の声は、当然の反応だっただろう。

ともかく、この様子なら、SAMにさえ気をつければ目標の殲滅は難しくはない。ちらりと視線を西方へと向ければ、空中を舞うエスクード隊の4機がひらりと舞い降り、地上へと黒煙を刻んでゆく様子も見える。この調子なら、任務は特に支障なく達成できるだろう。

 

――だが、戦場で『予想外のこと』は起こる。それをカルロスが思い知るのは、間もなくのことだった。

 

《『デル・タウロ』より各機へ。運河上流より複数の艦艇が接近中、ミサイル駆逐艦と推定。同時に、北方より機影8。機甲部隊へと向かっている。至急迎撃せよ》

「増援…!?くそ、このタイミングで!」

《ニムロッド各機、聞いたな。全機対地攻撃を中断し、敵機の迎撃に向かう。目一杯飛ばせ、時間が無い》

 

 海空両面からの増援の報に舌打つカルロスをよそに、上空から降下した隊長が矢継ぎ早に命令を下す。

 隊長、そうだ、上空の敵機は。今更の不安に駆られて見上げた空には、『ドラケン』が1機、煙を吐いて北へと飛び去るのが見えた。見当たらないもう1機は撃墜したのだろうか、隊長の『ファーマー』に被弾した様子は見られない。

機を編隊の正面に位置させ、間髪入れずに速度を上げる隊長機に、カルロスはエンジン出力を上げ懸命に追いすがった。加速度で体が座席に押し付けられ、胃の中身が後ろへ引っ張られる感覚はあまり心地いいものではない。

 

 眼下に流れる地面を視界の端に、頭の中で状況を整理する。

 ベルカにとって押され気味のこの状況を考えるに、増援の航空機はもちろん、駆逐艦の狙いもおそらくサピンの機甲部隊と見ていいだろう。こちらの規模を考えれば艦対地ミサイルでの殲滅は容易であろうし、そうなればこの一帯の制圧が不可能になり、この後の作戦にも支障を生じる。数では圧倒的に不利な状況ではあるが、機甲部隊に被害を出させる訳にはいかない。

 

 ――見えた。高度4000付近に4機、さらに1500下方にも4機。おそらく上の4機は戦闘機、下の4機が攻撃機なのだろう。まだ遠く、機種の判別はできない。

 

《このまま俺とフィオンはヘッドオンで通過して反転する。カークスはカルロスを連れて左から回り込め》

 

 隊長の通信に、了解、の声が連なる。左へバンクし編隊から離れるカークス軍曹のMiG-21bisにカルロスも追随し、敵の4機とアンドリュー隊長たちが馳せ違う脇をすり抜けにかかった。爆弾を捨てたフィッシュベッドの機動は、先程と見違えるほどに鋭い。

 

 右上空で、空気を裂く発砲音がいくつも響き、耳をつんざくエンジン音が合わさりあって馳せ違う。腹の底と心臓に堪える轟音の中を、カルロスは機体を大きく右に傾けて急旋回させ、敵編隊の後方へと陣取った。

上空ではすれ違った隊長たちがインメルマンターンの機動に入り、前方では上の4機が二手に分かれて左右上方へ旋回してゆく。小さな主翼と長く伸びた機首からするに、おそらくF-5E『タイガーⅡ』。流石にベルカ軍といった所か、大きく損傷した様子はないようだ。残る4機は、依然翼を広げて直進を続けている。角張った胴体に大型のキャノピー、翼下に満載した爆弾の影。見覚えのあるその機影は、以前ヴェスパーテ基地への襲撃を図ったのと同じ、F-111A『アードヴァーク』に相違ない。

 

《『タイガーⅡ』なら格闘戦に持ち込めば勝ち目がある。まずは右の2機だ、とっとと片付けるぞ!》

「了解!」

 

 カークス軍曹も敵の機種を見定めたのだろう、右旋回を維持したまま斜め上へと上昇し、右に分かれた2機の背中を追い始める。カルロスもカークス機の左斜め後方につき、攻撃補助の位置について追従した。案の定、狙う2機は右上空で反転し、こちらを眼下に見て馳せ違う機動を始めた。すなわち、狙い通り、横機動を軸としたドッグファイト。機体が軽く機動性のよいMiG-21ならば、旋回を繰り返せばF-5Eの背後は容易に取れる。

 はず、だった。

 

「……!?こ、こいつら、動きが…!」

《只のタイガーⅡじゃないな。…くそっ、一旦離れて仕切り直すぞ!》

 

 旋回のGで血が下り、頭痛を催す視界の中で、天地が幾度も回転する。機動性に優れるMiG-21bisを駆る上では不可欠の機動であり、一昔前の機体ならば、格闘戦で逃れられる筈の無い動き。その渦の中で、機動性で勝るはずのこちらの背後を、敵機は徐々に捉え始めていた。

 不利と悟った後の判断の遅速は生死に直結する。ち、と舌打ちの音が無線を揺らすや、下方向きの旋回の頂点で、カークスとカルロスは加速を活かして旋回から離脱、距離を開け始める。直に追いつかれるだろうが、そこから再び格闘戦に入るもよし、急減速でオーバーシュートを誘うもよし。不利をチャンスに変える瞬間を待ち、二人は背後に意識を集中する。

 その眼前を、『左方』からの曳光弾が、まるでひっかき傷のように引き裂いていった。

 

「うわっ!?…左!?」

《ニムロッド3、4、ブレイク!敵は『タイガーⅡ』じゃない、F-20だ!迂闊に格闘戦に入るな!》

 

 眼前をF-5――否、F-20『タイガーシャーク』が飛び去り、その後を追う隊長のMiG-19Sから怒鳴り声が入る。反射的にスロットルを右へ押し倒した一拍後に、後方から飛んだミサイルが先程の位置を貫いていった。

 F-20。確か、F-5Eをベースに、エンジンを単発の高出力なものに換装した改修型。加速性能はもちろん、機動性でもMiG-21bisを上回る有力な軽戦闘機と聞いている。よりにもよって、時間が無いこのタイミングで出会うとは。

 

《敵攻撃機編隊、機甲部隊へ接近中。ニムロッド隊、迎撃急げ》

《分かっている!ニムロッド2、4、敵攻撃機へ迎え。ここは何とかする》

《戦闘機相手じゃないと詰まんないけどなぁー…。りょうかーい》

「わ、分かりました!」

 

 焦り交じりの空中管制機からの通信に、苛立ちを帯びた隊長の声が被せられる。

 『二人で大丈夫ですか?』喉に引っ掛かった心配の言葉を出す間も惜しく、カルロスは機銃の合間を縫って、南へ向けて加速を始めた。同様に命令を受けたフィオンも追撃を開始したらしく、斜め上空にその姿が見える。同時に加速を始めた筈だが、フィオンのMiG-21bisはぐんぐんと速度を上げてゆく。

 

《こちらサピン機甲部隊。おい、敵機がもう見えるぞ!迎撃はどうなってる!?》

「今追ってる!早く進んでくれ!!」

 

 こちらの状況を見ていたのだろう、戦車隊の連中から悲鳴のような声が上がる。事実、『アードヴァーク』と機甲部隊の距離はもう幾らも無く、対してこちらはまだAAMの射程に捉えられていない。目に見えているのに攻撃できない、焦りが募る時間が過ぎてゆく。あと1800、1600、1400。遅い、まだか、まだか。

 

《ニムロッド2、FOX2》

 

 先に距離を詰めていたフィオン機からAAMが2発放たれ、それぞれ別の目標を追っていく。

 爆発、黒煙、脱落する破片。速度を落としてもなお飛行を続けるそれらへ向け、加速を続けるフィオン機は後背から機関砲を短く連射。1秒にも満たない短い射撃の内に、2機の『アードヴァーク』は翼やコクピットを砕かれ、砂丘の中に爆炎の花を咲かせた。その速やかな手並みは、悔しくも鮮やかと表現せざるを得なかった。

 残るは、2機。だが、まだ遠い。

『アードヴァーク』が緩やかに高度を下げ始める。フィオンと同じ戦術を取れば、理論上は2機同時撃破は可能だろう。だが、自分の機銃の腕では下手をすれば両方撃破できず逃してしまう公算の方が大きい。

どうする。

レーダーが、彼我の距離を伝える。距離1200、1100。敵が、まさに投弾姿勢に入る。だめだ、間に合わない。

距離、950。

決断をするにはあまりにも短い時間の中で、カルロスはレバーに指をかけた。

 

「……くそっ!!」

 

 ギリギリの中で採った判断の下、ロックオン領域外にも構わず放たれたAAMが、1機の『アードヴァーク』を指して尾を曳き飛んでゆく。予想外のミサイル警報に慌てたのか、はたまた回避か続行か迷ったのか、その敵機は緩やかに右旋回。実質無誘導となったAAMが擦過していった下でUGBを投下したが、それは目標を大きく外れ、無数の砂煙を巻き上げた。

 ――だが、それは1機のみの話。カルロスの追撃を免れたもう1機は、機甲部隊の後方へ向けて多数のUGBを投下。比類ない搭載力を誇るF-111Aの爆撃は爆装した並の戦闘機の比ではなく、一航過で装甲車2両、自走式ミサイルランチャーと対空車輛各1台を鉄の残骸へと変えた。

 

《くそっ、後方がやられた!2号車、生存者を救出しろ!》

「……ッ!……すまない、防ぎきれなかった…!」

《なに、まだ行ける、戦車は無事だ。残りは敵陣地制圧にかかれ!》

 

 地面に数多咲いた鉄と血の色の花に、カルロスは唇を噛む。戦車こそ無事だったものの、地上の被害はけして少なくない。あの車両一台だけで、果たして何人が死んだのだろう。

 せめて、俺にせめてフィオンの半分でも技量があれば。天才にはなれないまでも、近づく努力をしなければ。今までのように、ただその時その時でがむしゃらに飛ぶだけでは、いずれ自分も、周りも殺してしまう。

 成長しなければ。それを、今この時ほど強く感じたことは無かった。

 

《『デル・タウロ』より各機、敵攻撃部隊は撤退を開始。艦艇も排除を確認した。エスクード隊、ニムロッド隊、よくやった。被害は少なからず出たが、『ゲルニコス作戦』の完遂は確実だろう。作戦計画は『ラウンドハンマー作戦』および『コスナー作戦』に移行する。各機は空域をウスティオ、オーシア軍に引き継ぎ、帰還せよ。》

《ニムロッド1、了解した。各機、生きてるな。帰還するぞ》

 

 戦況を知らせる管制官の声に目を上げれば、翼を畳んだF-111Aが空域を離れていくのが遥かに見える。西を振り返れば、運河の中には煙が二筋上がり、増援の駆逐艦の末路を物語っていた。

 勝利。

 それを、心から喜べないのは初めてだった。吹き飛んだ装甲車の中から内臓のようにこぼれた、人だった肉片を炎が舐め、鉄塊もろとも黒煙で覆ってゆく。

 

「………すまない…」

 

 魂が昇ってゆくようなその様を、カルロスは目に焼き付ける。

 俺は忘れない。自分のために、消えてしまった名も知らぬ人のことを。

 

 東から飛来したウスティオ軍機の編隊が、運河の方へと向かっていく。

 いくつもの鉄と血と黒煙の上に、F-15C(イーグル)の青い翼が映えていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。