Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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《ペリュート山脈北方に位置するオステア空軍基地は我が国最北端の軍事基地であり、ベルカ・ウスティオ両国国境を展開範囲に収める要衝である。現在オステアはベルカ軍によって制圧されており、ウスティオとの連携作戦である国道171号奪還に際し大きな障害になると予想される。そこで、当該作戦に先んじて、我が軍は空挺部隊によるオステア基地奪還を実施する。ニムロッド隊の諸君はエスクード隊と連携し、基地に至るまでに設けられた対空陣地を攻撃、空挺部隊への脅威を排除して貰いたい。また、可能ならばそのままオステア基地へ先行し、敵迎撃能力を漸減せよ。
 当作戦は連合作戦の前段階であり、速攻速戦を旨とする。必ずや任務を全うし、オステアを速やかにサピンの手に戻して貰いたい。以上だ。》


第4話 Red and Black

 黒々とした空が仄かに明るみを帯び、闇一色を纏ったままの山壁とわずかな境目を作り出す。

 

 震える肌、圧を覚える眼。

 ややもすれば見失いかねないその境界を視界の端に捉えながら、カルロスは何度目になるか分からない生唾を飲み下し、眼前に浮かぶ赤と緑の光をひたすらに凝視していた。谷の両側を流れる山壁は、まるで質量を持った闇のように無言の威圧を孕んで、光の標を見失った者を容赦なく押し潰さんと悠然と構えている。

 

 21世紀も目前のこの世にいながら、操縦桿を握る若人の心地は、あたかも星座を頼りに歩を進める古の旅人に似たものだった。

 時に、1995年4月3日、午前4時30分。サピン王国北方に聳えるぺリュート山脈が平野部へと移行する、扇状地の頂点付近に、いくつもの機影が浮かんでいた。

 

「………ふー…、やっと抜けたか。神経がすり減って無くなりそうだ…」

 

 先頭から四番目に位置するMiG-21bisのコクピットで、カルロスは凝りに凝った肩を鳴らして一人ごちる。地形を活かした敵基地への奇襲攻撃という関係上、無線で不安を紛らわすことすらできず、孤独な緊張を強いられ続けて30分。その飛行の負担は予想以上に大きく、これだけの時間で体がどっと重くなったように感じる。

 まして、夜間の山間飛行である。電子装備の点では些か旧式さが否めないこの『フィッシュベッド』では勘や技量を要求される部分が大きく、その点僚機であるエスクード隊のF-5E『タイガーⅡ』も大きくは変わらない。優秀な地形追従レーダーを持つアンドリュー隊長のMiG-27M『フロッガーJ』がいなければ、自分などおそらく早々に脱落していたことだろう。

 音を上げそうな神経が思わず呟かせた愚痴は、キャノピーの外へと呑まれて消えた。

 

 ちか、ちか、と、アンドリュー隊長の機体尾部に微かな光が明滅する。

 『エスクード隊先行せよ』。

 モールス信号で読み取られたその言葉に従うように、すぐ後方に付けていた4機のF-5Eが右側を抜けて、やがてニムロッド隊の前方に機位を占めた。

 今回エスクード隊は上空支援を行う手筈となっているが、作戦目的を踏まえて、可能ならば爆撃も行うよう指示されている。徐々に明るみを帯びつつある東方の薄雲を背に、小さなその翼の下には爆弾が4つ懸架されているのが辛うじて判別できるのが、その証左だろう。

 早い段階で爆弾を捨てさせ、彼らを本来の任務に集中せしめる。あらかじめ練られた方策に従い、8つの機影は薄闇の中で滑るように陣形を変え、その時を待った。

 

 遥か彼方に、微かに光が見える。瞬かず煌々と輝くそれは星でも虫でもなく、人工の光であることを物語っている。

 機体座標を確認する。当初のシミュレーション通り、数値は刻々と動きながらその先を導いている。

 エスクード隊が機首を上げ、徐々に高度と速度を上げていく。

 尾を曳く二筋の噴射炎が、星へと紛れてゆく。

 安全装置を解除する。

 翼が夜を切る。

 定刻。

 

《エスクード1より各機、攻撃を開始する》

 

 号令の数瞬後、暗闇に幾つもの爆炎が上がり、仄明けの空を、地を、目標を赤黒く染め上げる。

 闇に浮かぶ姿は、空を指す地対空ミサイル(SAM)、煙に追われた兵士がまろび出る兵舎、そして急造の短滑走路と露天駐機されたAV-8B『ハリアーⅡ』。すなわち、後続のヘリに脅威を及ぼす全てのもの。

 

《ニムロッド各機、続いて攻撃する。無駄弾を撃つなよ》

《了解でーす》

《ニムロッド3了解。稼ぎますか》

「ニムロッド4了解しました。撃ちます!」

 

 アンドリュー隊長の声と『フロッガーJ』による銃撃を合図に、機首を軽く上げて引き金を引く。同時に、足元から空気が抜けるような噴射音が響くや、光の尾を曳いた小弾頭が放物線を描いて降り注いでゆく。まるで夜空を裂く流星群のようなそれらは地上の至る所に爆発を刻み、長く暗闇に慣れた目をしばし幻惑した。

 無誘導対地攻撃兵装、ロケットランチャー。多数の小弾頭を発射するこの兵装は1発辺りの破壊力こそ小さいものの、広範囲に飽和攻撃できる特性上、このような短時間の制圧には極めて有効な兵装である。この時もその例外ではなく、数十の弾頭が目標を破砕していく。対空砲は基部から爆ぜ、駐機していた『ハリアーⅡ』は主翼と機首を失い燃えている。あと、少し。方向を変え、残敵を掃討しようと向けた視界の先に、ゆっくりと3つ首をもたげて空を仰ぐ黒い塊がちらりと見えた。

 SAM。反射的に判断を下したカルロスは、ガンレティクルの中心にその基部を収め、23㎜機関砲を掃射した。

 暗い地に曳光弾が映える。

 車体部を削り取られSAMが横転する。

 そして。

 

「あっ…!?」

 

 思わず、声が漏れた。

 間近で生じた機関砲の発射炎に幻惑されたためであろう、彼はSAMの影にいたその存在に気付かなかった。

 人。おそらくは、迎撃態勢を整えるためにSAMに向かったベルカ兵。

 SAMと比べれば遥かに小さいその体へ、曳光弾が向かっていく。

 航空機にさえ致命傷を負わせうる23㎜弾の前では、人体が耐えられる訳もない。夜の黒に血と肉の赤を千切れ飛ばして、一瞬のうちに男はその命を止めた。まるで人形が壊れるのを見るように、それは身震いするほどにあっけない。

 

「………はぁぁっ!くそ……!」

 

 陣地上空を通過して、黒翼の機体を闇の中で反転させる。ため込んだ息を吐き出して、同時に噴き出た感情は、自分でも何なのか判断できなかった。

 自分は傭兵であり、今は戦争である。結果的に人の命を奪うのも悪いこととは思わない。事実、つい先日だって自分は死にそうになったのだ。殺されるくらいなら殺す方がマシ、というのは、おそらく自分だけの感覚ではないだろう。

 だが。それでも、人が血肉をまき散らすような悲惨な最期を進んで見たい訳ではない。生身の人間が見えず、ただ『機体』という単位で認識される空の戦いと違い、対地戦ではそれを否応なく目にしてしまう破目になる。それだけ、地上の戦いは、命との距離が近すぎる。

 

 対地戦は、嫌いだ。出撃前にフィオンが言ったことと同じ、それでいてベクトルは全く異なる感慨を、カルロスは心に刻んでいた。

 

《こちらエスクード1、対空陣地の沈黙を確認》

《空中管制機『デル・タウロ』よりエスクード1、了解した。これより爆撃隊とヘリ部隊を進行させる。エスクード隊、ニムロッド隊はオステア空軍基地へ先行し、対空火器および迎撃機を可能な限り叩け》

《了解した。ニムロッド隊、追従されたし》

《了解だ。全員聞いたな、厄介なことになる前に叩くぞ》

 

 遥か後方に位置する空中管制機、E-3『セントリー』から通信が入り、それに応えるように8機の機影が加速する。この対空陣地攻撃にそこまで時間は要さなかったが、オステアでは既に察知し、スクランブルをかけていることだろう。本来基地制圧戦の主力は他の友軍基地に所属する『トーネードIDS』であるが、侵攻ルートが異なる為、到着まで若干のタイムラグがある。つまりはトーネード隊到着までに、どれだけ抵抗力を削れるか。ここからの作戦の成否は、偏に速度にかかっていると言っても過言ではなかった。

 

《『デル・タウロ』より各機、オステア上空に機影確認。迎撃機が上がり始めている。速やかに制空権を確保せよ》

 

 『セントリー』の持つ優れた電子の眼が、彼方から目標の空を俯瞰する。探知範囲の短いMiG-21シリーズにとって、空中管制機の存在はありがたい。殊にこのような侵攻戦に当たっては、事前に敵の状況を知るほど心強いものは無いのである。

 明るみを増した空の下に、街と田園を擁して横たわる灰色の敷地が遠く朧に見える。機上レーダーもようやく働き始め、いち早く空を舞う敵の姿をレーダーサイトに捉えた。機影は5、おそらくまだ滑走路にも複数機。あれを空に上げる訳にはいかない。

 

《ニムロッド隊、上は俺たちに任せろ!先に滑走路を叩いてくれ》

《ニムロッド1了解。全機攻撃を開始、1機も撃ち漏らすな》

 

 瞬く間に近づく基地へ向けて隊長のMiG-27Mが機首を下げ、3機のMiG-21bisがスピードを緩めず追いすがる。エスクード隊の4機はその間に高度を上げ始め、上空からこちらを狙う迎撃機に相対するらしい。

 瞬間、どっと堰を切るように、基地の敷地から幾筋もの曳光弾が放たれ始めた。その数を数えるに、こちらを狙う対空砲の数は3、4…いや、もっと多いだろうか。耳障りな低いブザーもコクピット内を満たし始め、SAMが地上から狙い始めたことを告げる。そのプレッシャーは、先程とは比べものにもならない。

 

 光弾がコクピットを掠める。脳裏にヴィクトール曹長の負傷が蘇る。引きずられた脚、血に濡れたコクピット、機体を穿つ風穴。

 

《ビビんなよカルロス!全速で抜けりゃ対空砲なんざそうそう当たらねぇ!》

「…!はいっ!!」

 

 あらゆる音が圧迫する中に、すぐ前を行くカークス軍曹の声が耳朶を打つ。僅かに速度を緩めたこちらを気にしたのであろうことは、そのタイミングから明らかだった。

 多分、軍曹だって怖くない訳ではないのだろう。だけれども、それを抑えて自分を叱咤激励してくれている。

 応えなければ。期待に、思いに。

 再び機体を加速させたカルロスは、先を行く3機ともども対空砲の弾幕を突き抜ける。

 目の前に広がるは滑走路、駐機された攻撃機、そして離陸を始めるJA37『ヤークト・ビゲン』。

 

「行けっ!!」

 

 他の3機とほぼ同時にロケットランチャーが火を噴き、滑走路の表面を粉々に破砕する。眼前で宙に浮きつつあったJA37はアンドリュー隊長機の放ったロケット砲の直撃を受け、10mも浮かばぬ内に爆散。白い滑走路に炎と鉄屑をまき散らし、鏃を模した鋼鉄の残滓を薄明かりの地上へと転がり散った。先ほど攻撃した滑走路と併せて、これで当面迎撃機の発進は防げる筈である。

 

《エスクード2、1キル!今週はツイてるぜ!》

《くそっ、エスクード4被弾!ペイルアウトする!》

 

 航過攻撃を終え、追いすがる対空砲を回避する最中に、制空戦を行っているエスクード隊の通信が耳に届く。上を見上げれば、明るみを増した空を背に2つの機体が炎を纏い、まるで彗星のように落ちてゆく姿が見て取れた。複数の機影が大きく円を描き、急降下し、機銃の筋を刻む。弧円の両端で鎬を削るその様は、文字通り犬の喧嘩(ドッグファイト)。彼我の数は3対4、性能や練度を踏まえると、幾分不利は否めない。

 

《上空の戦況が危うい。ニムロッド3、ニムロッド2と4を率いて上空に加勢しろ。下は俺が叩く》

《ちぇー、また地上の敵は一人占めですかぃ?…了解です!2人とも行くぞ!》

《うぃーです》

「了解!」

 

 命令を受け、カークス軍曹に付いて機体を急上昇に転じさせる。視界をちらりと下方に向ければ、隊長の『フロッガーJ』が機首を返し、先程の対空砲の最中に突入していく所が見えた。元来『フロッガーJ』は、MiG-23シリーズをベースに純粋な攻撃機として改良を施したタイプであり、殊に対地攻撃に関しては優秀な機体である。代名詞とも言うべき胴体下部に装備した30㎜6連装機関砲の破壊力は凄まじく、一斉射の間に対空砲は見る間に砕け、スクラップと化していった。

 

《カルロス、下は隊長に任せとけ!…よし、フィオンは自由戦闘。カルロスは俺に続け!》

「うっ…はい!近接支援に就きます!」

 

 下を気にしていたこちらを、例によってしっかり読んでいたのだろう。カークス軍曹の声に驚きながらも、カルロスは自機をカークス機の斜め後方につける。その機首が向かう先には、友軍の後方を狙う敵機の姿。主翼と機首の形状から、先程地上で見たのと同じJA37『ヤークト・ビゲン』と判断された。

 

《くそ、振り切れない!誰か、後ろの奴を落としてくれ!》

《よし、あいつだ。焦るなよ、よく近づいてからだ。見てろよ…》

 

 戦闘自体には不慣れなこちらを見越してだろう、あたかも教導するかのようにカークス軍曹の戦術解説は懇切丁寧である。言われるままに、カルロスは敵に悟られないよう機体を加速させた。敵機は眼前の『タイガーⅡ』に気を取られ、こちらの接近に気づいていない。

 徐々に機体を苛む機銃に業を煮やしたのか、『タイガーⅡ』が一気に加速して突き放しにかかる。JA37はそれに釣られるように、追尾のための蛇行を止め、一気に直線加速を始めた。

 

 敵が攻撃に専心し、回避運動が鈍った一瞬の隙。

 瞬間、カークス機の翼下に炎が迸るや、ミサイルが一直線に目標へと殺到する。

 左急速回頭からの急降下、空中戦闘機動に言ういわゆる『スライスバック』。油断していたとはいえ、咄嗟に適切な回避行動をとったベルカ機の練度は流石に高い。だが、機体性能をフルに生かしたJA37の機動は、遅きに失していた。彼にとって幸いに直撃にこそならなかったものの、エンジン部の熱を追ったミサイルは慣性そのままに直進。爆発とともに右翼端をへし折られたJA37は、大きく軌道を損ないながら高度を下げていった。

 

《チッ、浅かった!カルロス、止めを頼む!》

「分かりました、追撃します!」

 

 カークス軍曹の舌打ちを耳に、カルロスは機体を左旋回させ敵機の後を追う。JA37は右翼から炎を上げ、ふらつきながらも回避機動を止めてはいない。それは戦闘機乗りの意地にも、もがれた翼の断末魔にも見えた。

 ロックオン。照準が重なると同時に、ボタンを押下する。無慈悲に加速するミサイルは過たずその尾部を捉え、爆散。爆炎の中から千切れ飛んだ三角翼が、煙の尾を曳きながら、そのかつての巣へと堕ちていった。

 

《うまいじゃないか、カルロス。よくやったな》

「いえ、軍曹の一撃があったからこそで…ありがとうございます」

《何、いいってことよ。…お、他も終わったみたいだな》

 

 カークス軍曹のMiG-21bisが機体を寄せ、賞賛の声をかける。初撃墜を褒められはしたものの、その実ほぼ軍曹にお膳立てして貰ったこともあり、気恥ずかしさが勝ってしまうのはどうしようもなかった。恥ずかし紛れに頬をかきつつ周囲を見やれば、他の敵機もフィオンを始めとした友軍機がめいめいに駆逐し終えた所らしい。

 相変わらず『詰まらなかった』と零すフィオン、声高に2機撃墜を自慢する『エスクード2』。『エスクード4』が撃墜されたことを除けば、一連の戦闘は完勝と言って良かった。ベルカ侵攻以来負け続けの中で、ようやくもぎ取った一勝である。

 

《友軍のトーネードだ》

 

 エスクード1の声に南を向けば、見慣れた上翼の機体が8機、徐々に近づいてくる。その後方にはヘリの姿もあり、作戦の主演が彼らへと移ったことを告げていた。

 それを認めたのだろう、アンドリュー隊長のMiG-27Mが翼を広げ、ゆっくりと高度を上げて編隊の前方に就く。弾痕が幾つも認められるも、致命的なものは無いように見受けられた。

 

 東から太陽が顔を見せ、白く澄んだ光で地を照らす。

 夜を満たした赤と黒を、洗い流すような清い白。

 蝙蝠は朝日の中を、しばし弧を描いて舞っていた。


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