Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

4 / 35
第3話 去就

 空気ごと腹の底を揺さぶるような重低音が響き、溢れる音に麻痺しそうな耳の奥で一定のベース音を刻む。

 時折眼前を通り過ぎる、耳をつんざくような轟音は、その例えならば演者それぞれを象徴する独奏という所だろうか。

 空を見上げれば、曇天の合間にいくつも見える灰白の翼、翼、翼。出待ちの彼らが降り立つ地上へと目を向ければ、独奏を終えた演者たちが滑走路に、格納庫に、溢れんばかりに屯している。先日までの基地の閑散とした様子を想起すれば、今日は満を持したオーケストラの演奏会と表現すべきか。戦闘機、爆撃機、攻撃機と、その種類は枚挙に暇がない。

 

 勇壮なものである。そう、比喩でも皮肉でもなく、純粋に耳が痛くなるほどに。

 30分ほど前から続く『演奏』に耳鳴りを覚えながら、カルロスは半ば唖然とした面持ちで、絶え間ない彼らの独奏を眺めていた。

 

 1995年、4月2日。

 この日、電撃的なベルカの侵攻を辛うじて支えきったサピン王国は、同じく同国の侵攻を受け陥落寸前の隣国ウスティオ共和国、ならびに五大湖を挟んで隣接しているオーシア連邦と協力した連合軍の結成・参加を決定。開戦後一週間の混乱から軍を立て直し、前線基地への戦力結集を行うこととなった。今朝からのこの喧噪は、その旗振りを受けた第一軍という訳である。

 当面の目標はまだ知らされてはいないが、おそらくは山脈を挟んだ国土北西端部の勢力圏奪還が第一、オーシアとの連携を図るべく五大湖沿岸の制圧が第二ということになるのだろうか。連合の相手の一つ、ウスティオとの連絡も幹線道路の喪失により絶たれたままであり、そちらの奪還も先に入るのかもしれない。いずれにせよ、傭兵に選択権は無い。『行け』と言われれば、たとえ不利な状況でも、戦力を消耗していようとも、報酬の為に馳せ参じるのみである。

 また1機、航空機が滑走路へと舞い降りて砂煙を巻き上げる。角のある無骨な胴体に可動式の上翼配置、急角度をつけた大型の尾翼を持つその機体は、サピン空軍の主力機種の一つである『トーネード』シリーズと伺い知れた。

 

「はー…。なんともまた豪華なもんだ。この間までの懐寒さが嘘みたいだな」

「本当です。おとといまでなんて、今回の増援の半分くらいしかいなかったんですからね」

 

 作業着を纏い、ススで汚れたタオルを首に巻いたカークス軍曹が傍らで呟く。その言葉や表情には、驚きももちろんのことだが、どことなく呆れたような雰囲気も滲んでいるように見える。自分は、予想以上の増援の数にただただ驚き頼もしく感じたのだが、歴戦の軍曹にはまた違って感じるのだろうか。

 『トーネード』の甲高いブレーキ音が耳を突く。エンジンの回転を弱めたのだろう、しばし騒音が鳴りを潜めた所に、上空から響く遠雷のような音が、やっとのことで耳に届いた。目を上げれば、空中管制機を中央に、まだいくつもの機影が辺りを飛んでいる。

 

「それにしても、あれだけの数、どうするんでしょう。この基地じゃ到底収まり切りませんよ」

「んぁ?…あー、そうだな。おおかた近くの基地に分散させるんじゃねぇのか?…お、やっぱりそうだ。東と南西に分かれたぜ」

 

 ここヴェスパーテ空軍基地は、本来前線を補佐する山間の小基地であり、大部隊を駐屯させるには不便この上ない。ふ、と湧いたその疑問は、素人でも思いつく単純な問題であった。それに応じたカークス軍曹は、直後に動き出した編隊を見上げ、『ほれ、見てみろ』と言うように指を示す。その顔は、読みが当たった会心に思わず綻んでいる。

 確かに、上空では編隊がまさに二つに分かれる所であり、空中管制機を含めた一団が東へ、残る十数機程度が南西へ機首を向けるのが見て取れる。地理的にこの基地を中心と考えれば、これでベルカ勢力圏に対面する拠点は三カ所。これらの体制を以て、サピンは近いうちに北進を始めるのだろう。

 息の合った機動を見せる、赤い塗装を施された2機の戦闘機を先頭に、東の一団は雲間へと入り消えていく。後には、空気を揺らすエンジン音と、幾ばくかの静寂を取り戻した鈍色の空が残っていた。

 

「ま、こんだけいりゃ当面こっちの戦力は大丈夫だろ。オッサンが抜けてどうなるかと思ったが、何とかなりそうじゃねえか」

「そう…、ですね。…ヴィクトール曹長、大事ないといいんですけど」

「心配すんなって。あのオッサン頑丈だから、高血圧以外じゃたぶん死なねぇだろうさ」

 

 耳に残る残響にいくらか心細さが混じったのは、エンジン音が遠のいていった為だけではないだろう。

2日前の、ベルカ機甲部隊への奇襲作戦。その戦闘の折に、ニムロッド3――ヴィクトール曹長の駆るMiG-21bisは対空砲により被弾し、曹長本人も左脚に傷を負ったのだった。幸い基地まで帰還はできたものの、太腿の外側を貫通したその銃創は軽いとは言いがたく、負傷者で溢れたこの基地の医療室では対応できないという判断が下された。曹長が基地の負傷者と共に後方へ送られたのは、つい昨日のことだ。

 

 『フン、ベルカの花火師もやりおるわ。…お前ら、直に戻ってくるから、俺の分の獲物もとっておけよ。いいな!』

 

 とは、輸送機に乗る直前、松葉杖を突きながらの曹長の弁である。

 後で見たのだが、曹長の機体はコクピット下方に弾痕が連なり、あと僅かにずれていれば左足の付け根から先が飛んでいたのだという。椅子の左下は、曹長の血が未だ生々しく残っていた。

これほどの傷を負っての戦闘続行、そして去り際の言葉。今更ながらに、曹長の肉体と精神の強靱さに驚かされた思いだった。

 おそらく、寂しさと心細さは皆一様に感じていることなのだろう。ことさらに明るい曹長の去り際やカークス軍曹の口調は、きっとその裏返しだ。先の戦闘のこともあり、自分とて不安は一入である。それでも、先輩達の姿を見れば、それを表に出す訳にはいかなかった。

 

「あっはは、きっと、きっとそうですよね。曹長がいない分、俺も頑張って埋めないと」

「ま、気負い過ぎんなって。今は戦果より、機体と命を持って帰るのが一番の馳走ってやつさ」

「わっぷ。何するんですかちょっと!折角髪整えたのに!」

 

 ぽすん。気合いで堅くなりかけた頭にカークス軍曹の大きな手が降り落ちるや、まるで犬でも撫でるかのようにわしゃわしゃと頭髪をかき回す。カルロスも負けじと抗議一つ、その手を掴んで頭から引きはがして向けた苦情の弁にも、カークス軍曹本人は悪戯げににやにやするだけだった。こちらの気を解す意味合いは分かるけれども、子供か何かかと不満を思えば、ついつい語尾も強くなる。

 ただ、同時に、どこか落ち着く気がすることも、心の片隅に自覚せざるを得なかった。それは故郷で暮らしに困窮する前、小さかった時の遠い記憶に似ている気もする。

 父親とは、こういう感じの人なのだろうか。

 

*********

 「――で、まず当面の軍の方針だが」

 

 低く通るアンドリュー隊長の声が、未だに耳鳴りが残る耳にもよく響く。

 基地の喧噪も収まった数時間後、ニムロッド隊にあてがわれた格納庫の一角。パイプ椅子に腰を下ろし思い思いの服装を纏った主要メンバー一同は、しかしそのなりの乱雑さにそぐわず、咳一つ聞こえない静謐な様子である。

 先刻まで隊長も参加していた司令部でのブリーフィング直後の招集ということからも想像される通り、その内容は当面の方針。すなわち、直近に参加するであろう作戦の内容と知れた。

 

「今朝伝えた通り、サピンはオーシア・ウスティオと連合を組むことになった。ところが、知っての通りこの基地より北と西はベルカに占領されており、両国との連携もままならん。…そこで、だ。まずは総力を以て、山脈を北に越えたオステア空軍基地を奪還。次いでウスティオとの回廊に当たる国道171号線を奪還し、ウスティオとの連携を図る。山脈以西の回復はその後だそうだ」

 

 まず伝えられるは、作戦大綱ともいうべき戦略の全体像。おそらくは開戦から今に至る一週間の間に、各国首脳部で幾度も電波を介した会談が行われたのだろう。就中、ウスティオは真っ先にベルカの侵攻に遭ったこともあり、自国のみでの抵抗は困難な状況にある。ウスティオが併呑されれば地理的には当然次にサピンがその攻勢を受ける訳であり、その点からも各国との連合、ウスティオへの早期支援というのはカルロスにもよく納得できた。問題は、果たしてウスティオがどれだけもつか、という所だろうか。

 

「以上は大まかな状況だ。そこで具体的な所についてだが…我々は明日0400時に出撃し北進、爆撃隊に先行してオステア基地に至る対空陣地を攻撃する。ベルカ軍はウスティオ早期制圧に注力しており、こっちは比較的手薄だ。状況次第では、そのまま基地上空の制空に向かうことになるだろう」

「えらいまた急っすね…」

「それだけウスティオの戦況が切羽詰まっているということだろう。見ての通り、ウスティオの勢力圏はもはや山間部のみだ。控えめに評しても余命いくばくもない」

「ま、今日の様子からなんとなくそんな気はしてましたけど。で、攻撃はいいとして、肝心の基地の制圧はどうなるんです?」

「基地の制圧は、一通り航空攻撃が終わった後に海兵隊がヘリ降下する予定だそうだ」

「対地戦はつまんねーので嫌いです」

「…フィオン、仕事だ。好き嫌いを言うな」

 

 明日、しかも早朝という急な命令に呆れ顔のカークス軍曹。フィオンに至っては呆れ顔どころかモチベーションの上がらない対地戦への不満を垂れ流す始末である。元々刺激を求めて傭兵になった彼は、『働きやすいか』『稼げるか』ではなく『面白いか』という点を重視する傾向にある。特に好む所は高機動を伴う対戦闘機戦であり、速度を抑えがちで目標の機動も遅い対地戦闘はその対極ということなのだろう。ぴしゃり、と嗜めるように言葉を被せる隊長の声は、どこか冗談めかしながらも厳格だった。

 

「カルロス」

「あ、はいっ!」

「ヴィクトールが離脱した以上、お前にはこれから常時戦闘に出て貰うことになる。まずは3つを覚えろ。命令を厳守。己を過信せず無茶をしない。必ず生還を期せ。その他諸々この前言った通りだ。分かっているな」

「……が、がんばります…」

 

 隊長の威厳が入り交じった声に、思わず肩がびくんと震えるカルロス。先の戦闘の後、指導という名の説教をたっぷり食らったことは未だ記憶に新しい。隊長たちに助けてもらった直後の言葉通り、その威厳の先には、隊員の死を防がんとする思いがあるのも十分理解している。

 してはいるのだけれども、そこはやはり軍隊を経たつわもの。経験に裏打ちされた言葉と、諭すような脅すような緩急織り交ぜた語り口の説教は、ありがたいと思うと同時に、今思い出しても恐ろしい。

 『とりあえず、機体と命は持って帰れ。』

 隊長とカークス軍曹が異口同音に言ったその教訓が、隊長の最後の念押しに重なった。

 

「便宜上、以降はコールサインを繰り上げて、カークスはニムロッド3、カルロスはニムロッド4とする。明日からは本格的な戦闘だ、パイロットとメカニックは早いうちに体を休めておけ。いいな」

 

 質問は出ないようで、隊長の締めの言葉を最後に、隊の面々は思い思いの場所へと散っていく。隊長は後回しにしていた機体のチェック、カークス軍曹は基地の他の隊の所に向かうようだ。フィオンは、気づけば既に姿がない。

 それぞれの受け持ちへ戻っていく整備員たちに混ざり、カルロスは自らの乗機の隣に佇んだ。先日受けた損傷は応急的に修復され、外見上は戦闘後とは全く思えない。

 

 とうとう、俺が4番機。それも予備機パイロットでなく、純然とした小隊機である。

 蝙蝠を描いた尾翼のエンブレムを見つめ、カルロスは今更の実感を噛みしめる。ほんの数日前までは心から切望した、それでいて死線を経た今では興奮と不安の入り交じった複雑な心が向かうその立場。

 

 改めてよろしく頼む、『ニムロッド』。心の中で、カルロスは月夜を背にした蝙蝠に語りかけた。

 

 黒翼の蝙蝠が羽ばたく朝は、すぐそこまで迫っていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。