Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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第27話 雪夜に燈る灯

 窓の外を、除雪車がひっきりなしに動き回っている。

 黄色い回転灯を閃かせながら、あるいは雪を押して前進し、あるいは後退し、大型の装輪は一時たりとも止まることはない。すっかり日が落ちた今となっては、雪からの照り返しで朧に姿が浮かぶのみで、その台数すら窺うことは知れなかった。

 

 空港において、滑走路に降り積もる雪は、航空機の天敵といっていい。離着陸の際にタイヤがスリップする要因にもなる上、場合によっては滑走路のラインを覆ってしまい、コースを外れてしまう危険がつきまとうようになる。おまけに飛行中はキャノピーへの着雪で視界が著しく悪化するため、何一ついいことはないと言って良かった。

 オーシア東部諸国一帯には、この時期低気圧が侵入し易くなる。一昨日から降り始めたこの雪も、ここサピン北部のみならず、ベルカ国境以北にも降り積もっているのだろう。久方ぶりに連合軍として活動している現状の事を考えれば、天がそっぽを向いたかと思えるほどに折が悪い。

 

 12月30日21時30分、サピン王国空軍オステア基地のブリーフィングルーム。緊急招集されたパイロットたちを掻き分けるように入って来た基地司令の姿を捉え、カルロスは視線を部屋の前へと戻した。

 

「傾注!今夜諸君を呼び出したのは他でもない。去る25日に勃発したベルカ軍内クーデターについての最新情報伝達と、鎮圧作戦に関してである!平和を脅かすテロリスト共を駆逐し、晴れやかな新年を迎えようではないか!ベニート君、説明を頼む」

 

 正面に投影されたスクリーンの脇で、長身の基地司令が声高らかに演説を打つ。ちらりと横目で周囲を見れば、背筋を伸ばす者、薄笑いを浮かべる者、その反応は様々である。隣のヴィクトール曹長は、新たに稼げる機会を見つけたためか嬉しそうに口角を釣り上げている。その向うのアンドリュー隊長は表情を崩すことなく、その意志を量ることはできなかった。

 ベニート君、と声をかけられた傍らの男が、代わってスクリーンの横に立つ。いつぞやにも作戦の解説をしていた、でっぷりと太ったサピンの作戦士官だ。席からスクリーンへのわずかな距離にもかかわらず、ふうふうと息を弾ませ額に汗を光らせている。

 

「では、私から現在の状況と最新情報を説明する。件のクーデター軍は『国境なき世界』を称し、25日にオーシアのルーメンを空爆。同時にベルカ国内、ならびにノースオーシア州各地の拠点を襲撃し、現在複数個所を占拠している。諜報の結果、その本拠はベルカ北部のアヴァロンに存在すると見られており、明日午前にもウスティオおよび周辺諸国空軍を主とした選抜航空部隊が攻撃に向かう予定である。ここまでは、各員把握の範囲内と思われる」

 

 紡がれる野太い言葉と共に、スクリーンに映し出されたのはベルカとサピン北部、ノースオーシア州が描かれた地図だった。かつてオーシアとベルカの国境にあった都市『ルーメン』の地点には大きくバツ印が描かれ、その他にも複数個所に赤い丸印が記されているのが見て取れる。おそらくは、『国境なき世界』によって占拠された地点を指すのだろう。

 ルーメンへの空爆による被害は甚大だった。都市自体がほぼ無防備だったこともあり、XB-0『フレスヴェルク』による爆撃で都市部の2割が焼失。さらに都市上空で迎撃を行ったオーシア空軍および州軍も、随伴していた『エスパーダ隊』らによって相当数が撃墜されたらしく、墜落したそれらによる被害も少なくなかったという。執拗なまでのその攻撃は、彼らが謳う『国境の無い世界』とは別の、ベルカ残党による報復の意志も見え隠れしているように感じられた。

 『屈辱的な終戦条約は認めない。』条約締結の都市ルーメンへの空爆は、戦後の体制を受け入れないという彼らの意思表示だったのだろう。

 

 そして、その本拠たる『アヴァロン』へ討伐部隊が直接向かうという情報も、昨日聞いた内容と大きくは変わっていない。

 平時はダムとして秘匿されながら、多数の対空火器やミサイルサイロを有するベルカ北部の要害『アヴァロンダム』。その地に、『国境なき世界』は多数の兵器、そしてベルカ残党から引き継いだ核兵器を擁して立て籠もったのである。

 アヴァロンは山地に建設された立地の関係上、機甲部隊による進軍は困難であり、制圧にはどうしてもヘリ部隊や空挺部隊を必要とする。そしてそのためには多数の戦闘機による制空権確保が必要となる訳だが、そうした正式な順を追うには、事態はもはや逼迫していた。結果、アヴァロン攻撃に際しては周辺諸国から選抜した戦闘機部隊を編成し、これらの部隊が中枢破壊を担う…すなわち一種の奇襲作戦が取られることとなった訳である。試算の結果、予測しうる損害は部隊の約50%。まさに、捨て身の作戦だった。

 もっとも、サピンからアヴァロンへは地理的に距離がありすぎる。本作戦に関しては、比較的距離が近いウスティオ、ゲベート、レクタならびにファトから部隊が選抜される予定となっていた。また、オーシア海軍もベルカ北方の北海上に展開し、別途作戦を支援する手筈だが、いずれにせよ今回はサピンが関わる部分は無い。

 筈、であった。

 

「そして、ここからが諸君に関わる追加情報である。アヴァロン占拠と時を同じくして、『国境なき世界』はノースオーシア州五大湖沿岸のフィルルテーゲン海軍基地を占領。ここに空海の戦力を集結させ、オーシア軍や我が軍を牽制する動きを見せている。信じがたいことに、オーシアや我がサピン軍の一部部隊が脱走してフィルルテーゲンに合流したとの情報もあり、その戦力は予想を遥かに上回っている。未確認情報だが、オーシアの強襲揚陸や駆逐艦も合流したとの情報もある」

 

 スクリーンの地図がノースオーシア州一帯を拡大し、さらに五大湖の最も東側に位置する湖岸がスクリーン一杯に広げられる。縦横に走るワイヤーフレームで構成された地形は、湖岸らしく起伏に乏しい平坦地のように見て取れた。

 基地の所在は、湖の最東端。西側に突き出た部分に港湾施設を有するらしく、その部分に艦艇を示すらしい幾つかの光点が描かれている。その周囲や基地施設周辺にぽつぽつと光るマーカーは、それぞれ対空砲や地対空ミサイル等の地上兵器を指し示すものと見ていいだろう。さらに基地の北部にはやや小型の滑走路が二本設けられており、小規模ながらも航空戦力さえ擁している様子だった。

 しかも、その編成はベルカ残党のみならず、オーシアやサピンの戦力も混じっているという。各航空部隊といった小さな集団での脱走はエスパーダ隊の例を見ても不思議はないが、艦艇クラスが脱走・合流しているとなると厄介な問題だった。ただでさえ駆逐艦などの艦艇が搭載する長距離ミサイルは脅威となるのだ、IFF(敵味方識別装置)が頼りにならないこの状況では、その危険性は計り知れない。

 

「もっとも、アヴァロンと比べれば戦略的価値は低いことから、連合軍統合本部は本拠点を牽制するに留め、アヴァロン制圧後に鎮圧作戦を発動する方針となっていた。…しかしつい先程、状況が変わった。本日2000時、『国境なき世界』はこのフィルルテーゲンに大量破壊兵器を保有していることを明らかにし、連合国の都市のいずれかへ攻撃を行うと宣言したのだ。」

 

 僅かに、周囲が息を呑む気配が伝わる。

 大量破壊兵器――その言葉でとっさに連想されたのは、かつてベルカ軍の手で使用された核兵器の存在、そして荒廃した爆心地の光景だった。空に突如出現した7つの太陽、天へ向けて成長してゆくきのこ雲、そして一切の生物の気配が消えた灰色の地面。それは、戦争の出来事として割り切るには、あまりにも生々しい光景だった。

 

 それが、再びこの地で使用されるという。バルトライヒ山脈の僻地でさえ1万人超の死者を出したのだから、もしそれが主要都市のいずれかで使用されれば、その被害は想像もつかない。都市と兵器の規模にもよるが、死者だけでも十万を上回ることすら覚悟しなければならないだろう。

 かつてベルカで見たその光景が、今目前に迫っている。一堂に動揺が走ったのも、カルロスと同様に思いを巡らせたために違いない。

 

 ざわつきと熱を帯び始める、ブリーフィングルームの中。落ち着きなく隣近所と言葉を交わす一同を割るように質問へと口を挟んだのはアンドリュー隊長だった。

 

「アヴァロンから眼を逸らさせる陽動…ブラフの可能性は?それにもし存在するにしても、発射に必要な装備がなければ意味が無い」

「いや、諜報部の情報によると、少なくとも先月…例の国籍不明機が領空侵犯を行ったのと同日に、オーシア北限のオータム岬近辺からフィルルテーゲンへと何らかの積荷が運ばれた形跡はある。また、オータム岬付近では終戦の際に脱走した輸送艦が放棄されているのも発見されたが、脱走時に持ち出したと思われる積荷は依然不明のままだ。状況を考えると、積荷はフィルルテーゲンへ移された可能性が高い」

「…『積荷』?」

「積荷のコードネームは『アロンダイト』。その他詳細は一切不明だ。現在、ベルカ情報部に問い合わせて調査を実施中である。いずれにせよ、フィルルテーゲンを現状通り座視する訳にはいかなくなった」

 

 やはり、その大量破壊兵器――曰く『アロンダイト』とやらは存在する。それを実感した時、熟練のアンドリュー隊長やヴィクトール曹長にはとても言えないが、カルロスは胸がどきりと跳ねるのを禁じ得なかった。溜息を吐き出し、脚を組み直して、平静を装いながらアームレストを指でとんとんと叩く。それでも動揺を露わにするように、額には一筋汗が浮かび、つうと流れて頬を伝った。

 

 同時に、隊長の質問と作戦士官の言葉によって、カルロスの中でも事態の推移がようやく繋がった。戦争終結後のベルカ残党脱走、シュヴィル・ロン島での籠城、そして11月の国籍不明機による領空侵犯。ばらばらに見えたそれらの出来事が、裏では『国境なき世界』という線で繋がっていたのだ。

 

 発端は、6月下旬に発生したベルカ艦隊脱走事件である。

 ベルカと連合国との間で締結された、ベルカ敗北の象徴とも言える終戦協定。それに反発したベルカ軍の一部将校が艦隊を率いて、北海上の拠点であるシュヴィル・ロン島へと脱走したというのが、事件の概要である。3か月近くもの抵抗を続けた彼らだったが、連合軍の物量の前に徐々に戦力を失っていき、9月下旬の攻略作戦によってその勢力は壊滅する結果となった。この経緯については、実際に幾つもの作戦に参加していたカルロスも十分に把握していたことである。

 だが事態が収束を迎えたことで、シュヴィル・ロン島への脱走の過程で行方を晦ました輸送艦の存在は、いつしかカルロスのみならず多くの連合軍将兵の頭からも忘れ去られていった。

 

 その輸送船が、オーシア領内のオータム岬で発見されたという。当然ながら積荷は既になく、おそらくは人員も行方を晦ましたに違いない。そして、その近辺からこそこそとヘリが飛び立ったという日と、まるで姿を誇示するように国籍不明機が国境を侵犯した日は奇しくも同日だったという。

 

 以上を省みれば、その積荷――『アロンダイト』が、オークシュミットのベルカ軍からオータム岬を経て、フィルルテーゲンを掌握している国境なき世界に渡ったというのも突飛な想像ではないだろう。何せ、先日オーシアやウスティオを襲ったXB-0『フレスヴェルク』のような超大型航空機まで秘匿しおおせたのだ。ヘリで搬送できる程度の大きさのものを、フィルルテーゲン制圧まで隠し通すのは容易だったに違いない。

 これほどまでに長期間、かつ周到な準備をしていたことを思うと、シュヴィル・ロン島のベルカ残党でさえ『アロンダイト』搬出のための囮であったという解釈すらもできる。

もし、そうだとしたら――半年前の終戦以降から、既に国境なき世界との暗闘は始まっていたのだ。

 

 襟を緩め、椅子に深く腰掛け直した拍子に、椅子の背もたれがぎしりと軋んだ。ただでさえ椅子には錆が浮きガタがきつつある上に、体を捻ってはそこここで話し込んでいるためだろう、その軋みは至る所から響いている。

 平穏を取り戻す世界の裏で、知らない間に進んでいた悪魔の計画。部屋のそこかしこで響く軋みは、まるで平穏が壊れゆく音にも聞こえた。

 

「それでこの年末に急いで攻略って訳か…。攻略作戦はいいが、もしその『アロンダイト』とやらが発射されたらどうするんだ?」

「『アロンダイト』の形態が不明なため断言はできないが、少なくともフィルルテーゲン周辺にミサイルサイロ等の発射施設は存在しないため、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の類ではない。そこで考えられるのは航空機搭載型ASM(空対地ミサイル)等の機載兵装か艦艇発射型巡航ミサイルだが、いずれの場合でも迎撃できるよう、オーシア・サピン両空軍に警戒態勢を発令中である。また、万一に備えフトゥーロ運河は我がサピン軍の艦隊で封鎖をしている他、ベルカ空軍も穏健派に限り一時的に飛行禁止措置を解除、待機させている。諸君は後を省みず、存分に戦って欲しい」

 

 エスクード1の質問に答える傍らで、スクリーンの画像がフトゥーロ運河周辺へと切り替わる。オーシアとサピンを隔てるフトゥーロ運河は、オーシア首都オーレッドやサピン首都グラン・ルギドへの道を成す生命線であり、艦艇でここを突破されると二つの首都が巡航ミサイルの射程に入ってしまう。それを警戒してのことだろう、オーレッド湾へと繋がるフトゥーロ運河の出口には艦艇を示す楔形のマーカーが合わせて6つ、その道を扼するように横たわっていた。

 大海軍国であるオーシアやユークトバニアとは比べるべくもないが、サピンも小規模ながら海軍を保有している。限られた戦力の中で6隻もの艦を動員できたのも、サピン側がこの事態を重く受け止めていることの証左と言えるだろう。

 

「では、順番が前後したが作戦内容を通達する。攻撃開始は明朝0530時。制空部隊が先行して制空権を確保し、攻撃隊は南方から侵入して港湾の艦船ならびに空港施設、基地中枢を叩く。同時刻にオーシア、ならびにベルカ空軍も攻撃を開始するため、各員誤射には十分に注意せよ。」

 

 ディスプレイの投影画像が再び五大湖沿岸に戻り、フィルルテーゲン周辺をクローズアップしてゆく。航空写真と既存の地形図を基に作成したのだろう、ワイヤーフレームで構成された図ながら、それは先に投影された模式図より極めて精緻なものだった。

 基地の敷地は、概して見れば南北に長い長方形。北端にはそれぞれ滑走路を東と北北東へ伸ばした空港施設があり、西側には艦艇を収容する設備や施設が集中しているように見える。それらを護るべく配置された陸上兵器は、空港のある北部と無防備な東部に集中しており、南部は密度がやや薄いようだった。基地内にぽつぽつと見える光点は、おそらく移動式の対空砲やSAM(地対空ミサイル)だろう。急場に揃えた割には、その数は予想より多い。

 

「また、本作戦開始と同時に、フィルルテーゲン東方からオーシア陸軍の機甲部隊が侵入、当該方向の戦力排除と基地施設制圧を担う。諸君は陸上部隊との連携を密にし、適宜支援を実施せよ。なお、航空支援の要請はオーシアの前線航空管制機を介して行われる。通信には注意するように」

 

 補佐官の操作とともに、フィルルテーゲンの東方に幾つもの青い光点が現れ、そこからオレンジ色の矢印がまっすぐ西へと向けて伸びてゆく。その数は、戦車や兵員輸送車を含めれば20は下らないだろう。これに前線航空管制機やヘリを含めれば、基地攻略には十分な数に上る。戦争が終わってまだ半年だというのに、本命たるアヴァロン方面の支援に加え、フィルルテーゲンにもこれだけの戦力を投入できる辺り、やはりオーシアの底力はサピンや周辺諸国とは比べものにならない。

 

「最後に部隊編成だが、エスクード隊、バリスタ隊を混成して制空部隊とし、ニムロッド隊、ホズ隊は攻撃部隊に充てる。出撃前の点検は万全とするよう」

ニムロッド隊(ウチ)は対地攻撃か。ガハハ、最後の機会かもしれん。しっかり稼がんとな、アンドリュー、カルロス!」

「全くだ。せめて黒字で年を越したいもんだな。懐まで寒いと凍えてしまう」

「そうですね。MiG-23(フロッガー)なら対地攻撃にも対応できますし、しっかり戦果を稼いでおかないと。社が潰れちゃいます」

 

 部隊編成の話題が上がるや、方々から上がるは期待と不安の声。そんな空気の中にヴィクトール曹長の大声が響き、期待を表すように左右のカルロスとアンドリュー隊長をばしばしと叩く。実際、今回の戦争で多くの人員や機材を失ったレオナルド&ルーカス安全保障は火の車であり、肝心の稼ぎ手も我らがニムロッド隊以外は壊滅してしまっている。せめて戦闘があるうちに幾らかでも稼がないと、もはや給与も補給も覚束ない。低速下でも安定性があり、対空・対地の両方に対応できるMiG-23『フロッガー』シリーズを運用しているのが、せめてもの救いだった。

 

「…いいよなー、そっちはいつもの機体で出られて。俺なんか…俺なんかなぁ…」

 

 そんなカルロスの背に、恨めし気に降りかかる声。もはや振り向かずとも、声の主はその声音だけで分かる。エスクード2――ニコラスが、こちらの背もたれを掴んで項垂れているのであった。その響きは、外の曇天のごとくどんよりと重い。

 事はつい先日のXB-0追撃戦に遡る。ルーメン空爆の報を受けて、カルロスはニコラスらとともに出撃したのだが、その最中に『国境なき世界』へと鞍替えしたフィオンらと戦闘に入り、サピン追撃部隊は大きな損害を被ったのであった。主軸となったバリスタ隊は半壊し、ニコラスの乗機であるF/A-18C『ホーネット』も中破。ここオステア基地の正規部隊は、その戦力の殆どを喪失したと言っていい状況にまで追い込まれていた。

 

 そこで、今回は苦肉の策として、正規の部隊編成や機体性能を二の次とした緊急の部隊補充が行われた。すなわち、バリスタ隊の残存機であるバリスタ1と3、エスクード1とニコラスを合わせて一つの隊とし、同時にバトルアクス作戦で壊滅したホズ隊にも人員の補充を行って急造の一部隊としたのである。乗機が無事だったバリスタ隊を除き、エスクード隊やホズ隊に割り当てられた機体がF-5E『タイガーⅡ』やA-4C『スカイホーク』といった二線級の機体ばかりという点からも、オステア基地の窮状を窺い知ることができるだろう。

 当然ながら、制空を担うエスクード隊への配備機は軽戦闘機『タイガーⅡ』となる。元々エスクード隊の配備機だっただけに操縦自体は難なくこなせるだろうが、この戦争以来の大規模作戦に、8か月ぶりの旧式機で出撃する破目になったのである。ニコラスならずとも、気落ちして当然だろう。

 

 片や、同じく乗機に被弾したカルロスではあったが、今回は修復を終えた予備のMiG-23MLDを使用することになる。ニコラスの前ではまぁまぁ、と宥めつつ、心の中では予備機の存在に感謝した。

 

「静粛に。作戦内容は以上である。質問は?」

「質問。サピンの将兵も『国境なき世界』に参戦しているとのことですが、それらと交戦した場合降伏勧告を行うべきでしょうか」

 

 ざわつきを鎮めるように一喝した作戦士官へ、質問を投げかけたのは最前列に座るバリスタ1だった。

 今まで作戦内容の方に思考が集中していたが、今回の敵――『国境なき世界』には連合国の将兵も少なからず参加しているのである。生真面目なバリスタ1としては、彼らを従来通りの脱走兵と見なして扱うべきかどうか、という一点を聞きたかったのだろう。

 

 だが同時に、カルロスは別の事を思い出していた。

 先の戦闘で、サピンの識別信号を出したまま襲い掛かって来たフィオン。そして、XB-0に随伴してウスティオのヴァレー空軍基地を襲撃し、追撃のウスティオ機によって撃墜されたというエスパーダ隊。10月にこのオステア基地を脱走したエスパーダ1――アルベルト大尉達は、『国境なき世界』に合流していたのだ。

 と、いうことは、つまり。

 想像したくない、しかし必然的に行き着いてしまう、その先。思考が躊躇いがちにそこへと手を伸ばしかけた所で、『不要だ』と被さって来た声がカルロスの思考に蓋をした。

 

「戦闘中となるため、そこまでの余裕はない。相手からの降伏申請の場合を除き、あくまで『敵』として対処せよ。他には?」

 

 どくん。

 目の前の現実が、心臓を跳ね上げる。

 サピンの将兵であろうが、かつての友軍であろうが、『敵』。それは、見知った人ですらも対象外ではない。

 思わず詰まった息に、赤みが昇る顔。その様を察したのか、アンドリュー隊長がちらりとこちらへ視線を向けたのを、カルロスは感じた。『分かっているな。』そう、目で伝えるように。

 逸らした目線、俯く顔、強く握った拳。できるのか。その時が来た場合、俺は――。

 カルロスが躊躇いがちに顔を上げるのと、作戦士官が『解散』と会議を締めたのは同時だった。

 

「さぁぁて…明日は久方ぶりの大規模戦闘じゃ。早めに休んでおこうかね」

「そうだな。…?カルロス、どこに行く気だ」

「…いえ、気が昂って体が火照っちゃったので、少し夜風を浴びて来ようと思います」

「………そうか。物好きな奴め、好きにしろ。明日の起床には遅れるな」

 

 人の流れから抜け出るように踵を返しかけた所に、隊長の声がかかる。『気が昂った』など真っ赤な嘘であることは、先程の眼のやりとりを踏まえれば隊長にはすぐに分かっただろう。それでもその心を問うことなく、あっさりと開放してくれた隊長に、カルロスは心から感謝した。このもつれたままの心では、到底寝には向かえない。

 

 隊長たちと別れ、カルロスは独りブリーフィングルームを後にする。廊下を抜け、管制棟の扉を開け、踏み出した第一歩は雪の中。相変わらず空気は刺すように冷たいが、雪は止んで雲間から星が覗いている。白い息を吐き出しながら、カルロスは顔を上げて、その星々へと眼を向けた。

 子供の頃、母が教えてくれたことがある。冬の空に三つ並んだ明るい星はオリオン座。そして、そこから右手側、オレンジ色の大きな星から角を伸ばすのはおうし座だと。この国の言葉で『デル・タウロ』と呼ばれる、星占いでもお馴染の星座である。

 

 デル・タウロ。それは開戦の頃から隊を支えてくれた空中管制機のコールサインであり、そして敬愛していたエスパーダ隊がエンブレムとしていた象徴でもある。だが、今やあの管制官も、アルベルト大尉やマルセラ中尉も、ここにはいない。

 カルロスは思わず、その星座の前景に、サピンに来てからの出来事を思い返していた。死を覚悟した初陣。数多のエースとの対峙。民間人空爆の苦い思い。空を焼く核の炎。ベルカ残党の壮絶な最期。そして、戦争と語らいを通じて心に宿った、己の信念。その後ろには、多くの人々との出会いがあった。

 アルベルト大尉、マルセラ中尉、ジョシュア大尉。サピンの爆撃隊隊長。敵たるヴァイス1。名も知らぬYaK-141のパイロット。そして、共に空を駆けたアンドリュー隊長、ヴィクトール曹長、フィオン、――。

 目の前のおうし座の下、蓋をしていた思考が、記憶からその人の名前を引っ張り出す。最も多くの空を共に飛び、そして今もどこかにいるであろう、親しい先輩の名前を。

 

「カークス軍曹………。」

 

 エスパーダ隊、そしてフィオン。彼らと同時に脱走した軍曹も、おそらく『国境なき世界』にいる。もし――戦闘の最中、軍曹に出会ってしまったら。『敵』として遭遇してしまったのなら。俺は、引き金を引けるのだろうか。

 

 風に流された厚い雲が、冬空に輝くおうし座を再び覆い隠してゆく。

 カルロスにとって、長い一日が始まろうとしていた。

 


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