Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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第24話 朝焼けの下で

 重い。

 体が、頭が、まるで蜘蛛の巣に絡めとられたように自由が利かない。

 知覚できるのは、瞼を射る冷たい白光、軋む梢の音、そして神経を苛む頭痛。まるで地を離れたかのように、脚は踏ん張りが利かない。

 俺は。ここは、一体。

 暗闇の縁を漂う意識の中で、依然幕を被ったように茫漠とした脳裏。夜明け前の空のような、真っ暗な視界。その中を飛び去ってゆく、一筋の紅い翼と二つの黒い残影。地に刻まれた炎の輪と、暗闇を切り裂く紅の稲妻。

 

 そうだ、俺は。俺たちは――。

 

「カルロス、生きているな。」

「………う…」

 

 頭上(・・)から届くアンドリュー隊長の声に、カルロスは眼を開いた。

遠景の稜線を照らす朝日、枯れ木と岩肌が広がる殺風景な光景、地面に散らばる灼けた金属片と、焦げ臭い匂い。地平線遥かに広がっていたのは、人の息遣いが感じられない、荒涼としたグラティサントの風景。

 それらの光景が天地逆さまになっているのを見た時、カルロスは初めて、自身が枯れ木に逆吊りになっていることに気づいた。

 

******

 

「お互い運が良かったな。降下地点が悪ければ枯れ木に串刺しになっていた所だ」

「ええ…。しかし、隊長が無事で安心しました。」

 

 枝に絡まったパラシュートを何とかナイフで切断し、その『蜘蛛の巣』から何とか脱出した数十分後。翼がへし折れたJ-7Ⅲを背に、焚き火を囲うアンドリューとカルロスの姿を認めることができる。

 旧ベルカ領の最南端に当たるとはいえ、ベルカを始めとするオーシア東側諸国はいわばオーシア大陸の北辺に当たる。10月の早朝とあっては空気も凍えるほどに冷たく、緑の無い荒れ果てた大地と白い朝日が、それを一層際立たせていた。

 冷えた体を芯から暖めるのに焚き火は欠かせない。場所が場所だけにこちらの捜索にはそう時間はかからないだろうが、目印にもなるだろう。

 

 そして――隊長が言うように、確かに運は良かったと言える。撃墜された地点がオーシアやサピンの国境に近かったことも然り、そして幹を研ぎ澄ました枯れ木に串刺しにならなかったことも然り。かつて国境を護る要塞を擁していたグラティサント近辺は、その攻防戦の影響で環境が著しく荒廃している。葉を落として久しい枯木も相応に多く、一歩間違っていればモズの速贄よろしく串刺しとなってしまうことも、あながち無いとは言い切れないのだ。まして、降下の段階でカルロスは気を失っていたのだから。

 

「……。追撃隊の連中とエスクード隊は無事ですかね。幸い延焼は起こっていないみたいですが」

「さてな。戦闘空域が広すぎて、先に落ちた連中までは探しきれなかった。下から見た限り、エスクード1と2は生き残っていた。今頃基地に戻っている頃だろう」

 

 隊長は無表情に口を開きながら、枯れ枝を焚き火に放りこんだ。こちらへ目線を向けることもなく、その相貌は一心に揺らめく紅い炎を見つめている。

 …いや、もしかすると、その炎すらも隊長は見ていないのかもしれない。一時間も経ていない、まさに先程空で起こった出来事。信頼していた仲間と、サピンを負って立つエースパイロット部隊の裏切り――その現実と、自らの内面に静かに向き合っているのではないか。

 翻って、カルロス自身は未だにその現実を直視できないでいた。カークス軍曹とフィオンが理由も分からぬまま隊を去り、憧れでもあったエスパーダ隊もまた、迫る友軍を返り討ちにして行ってしまったという現実――昨日までの姿を根底から覆すその現実は、飲み込むにはあまりにも重すぎた。夢であるならば覚めて欲しい。(うつつ)だとしたら…信じたくない。そんな逃避にも似た葛藤が、カルロスに『その話題』を避けさせていた。

 分からない。理由が。そして、どうすればいいのか。現実の入口で立ち止まった思考回路は、知らぬ間に自らの外へと答えを求めていた。

 

「………あの…」

「機体は失ったが、『フロッガー』の修理が終わっていたのも幸運だったな。当面の足を失わずに済んだ」

 

 意を決して開きかけた口に、常より早口な隊長の言葉が覆い被さる。

 確かに隊長の言うことは間違ってはいない。今回機体を失った以上、本来の乗機である『フロッガー』が修理を終えるというこのタイミングでなければ、しばらく傭兵稼業は休止せざるを得なくなっていただろう。

 

 しかし、である。カルロスが訊こうとした『本題』はそれではなく、隊長の眼が向かう炎の先――空で起こった現実にある。常ならば単刀直入に本題を突く隊長が、その話柄を頑なに拒む様。それは、隊長自身の迷いを物語っているようにも思えた。

 

「戦争は終わったが、サピンとの契約はまだ残っている。機体が無いことにはどうしようも…」

「アンドリュー隊長!」

 

 カルロスは、思わず言葉を遮った。

 隊長の言葉を遮るという、初めての経験。何がカルロスに口を開かしめたのか、それはカルロス本人にも分からなかった。悄然とし悩む、いつもの確かな様とは異なる隊長の姿を、これ以上見たくないというのも一つ。そしておそらく、隊長と同じように現実を直視できない自らを、いつものように引っ張って欲しいという、縋りたいような気持ちもまた一つ。渦巻く感情は混然となり、整理できぬままに渦巻いていた。

 

 肌をひりつかせるような、痛い程に張り詰めた沈黙。静寂の中に、ぱちぱちと枯れ木が爆ぜる音。そして隊長の瞳に揺れる、紅い炎。

 どれほど経っただろう。跳ねていた心拍を抑え、先に口を開いたのはカルロスの方だった。

 

「…すみません。隊長だって悩んでいるのに、それを…」

「……分かっている。お前の言いたい事は。…確かに起こってしまった現実は、どうしようもない」

 

 隊長の眼が、初めてカルロスと合った。

 頬の削げた峻厳な顔付きと、日に焼けた浅黒い肌。まだ迷いを漂わせた、しかし意志の籠った力強い目の色。呑み込めない悲惨な現実を前に、眼を逸らさずに立ち向かう男の姿がそこにあった。

 いつもの、隊長の姿。安堵の思いとともに、カルロスは現実の前で思考停止し隊長に縋っていた自らを恥じた。そう、カークス軍曹やフィオンとの付き合いが最も長かった隊長こそが、本来なら一番辛い筈である。それにも関わらず、隊長は強いて自分を現実に向かわせ一歩を歩み出したのだ。ニムロッド隊で唯一残った自分が、この有様でどうする。

 

「…しかし、分かりません…。フィオンはともかく、カークス軍曹も、アルベルト大尉も、何で…」

 

 現実への直面と同時に口に上るのは、情けなくも失意に満ちた愚痴と、堪えに堪えて来た感情の奔流だった。あの優しかったカークス軍曹も、独特の言動で場を乱し時に和ませてきたフィオンも、強く頼れるエースだったアルベルト大尉も、皆もういない。

 喪失感とともに鼻の奥がつんと痛み、視界が徐々に潤んでゆく。感情とともに込み上げそうになる涙と嗚咽を、カルロスは懸命に抑えた。

 

「……。カークスに関しては、心当たりがないでもない。引き金はおそらく、カニバル作戦だ」

「カニバル作戦…?民間人を空爆したことを恥じて、ってことですか?…しかし…」

「それも要因には違いないだろう。だが、原因はおそらくもっと奥にある」

「…?」

 

 しばしの沈黙の後、口を開いたのは隊長だった。

 カニバル作戦――この戦争の終盤に連合軍によって実施された、ベルカの工業都市ホフヌングへの大規模無差別爆撃作戦。その折に、カルロスらニムロッド隊は別動隊として参加したのだった。その最中に、命令を下すサピン側に図られ、意図せずして民間人が避難していたキャンプを空爆せざるを得なくなったのは確かに否定できない事実である。あの折はカルロス自身も嫌悪感を覚えたのも確かであるし、カークス軍曹がそのことで悪態を突いていたのも記憶に残っている。

 だが、傭兵ならば意に沿わない作戦に動員されることも珍しくはない筈である。それを以て脱走の理由とするのは、些か無理があると思わざるを得ない。

 その理由の根本にある、より『奥』の要因。隊長が語る言葉に、カルロスは静かに耳を傾けた。

 

「カルロス、カークスの来歴は知っているか?」

「来歴…確か、カルガ共和国の出身ということは以前聞きましたけど…それ以外には、詳しくは。」

「そうか…。………1986年、そのカルガとユークトバニアの間で紛争が起こったことは知っているな」

「はい。チュメニ紛争ですよね。現代史に載る大空戦があったっていう…」

「その大空戦の下に、カークスの故郷があった」

「…え…!?」

 

 もはや現代史の範疇になる事件の上に存在していた、カークス軍曹の故郷。初めて聞いたその話にカルロスは思わず息を呑んだ。

 今から9年前の1986年、ユークトバニア南部国境で勃発したチュメニ紛争。その最大の戦いは、国境都市ジミトルの上空で繰り広げられた大制空戦だった。大規模な戦爆連合部隊を擁して数で押すユークトバニア空軍と、数は少ないながらも質の高さを誇るカルガ空軍。両軍の戦闘は凄惨な消耗戦となり、ユークトバニア空軍は作戦参加機の実に8割を喪失したものの、それと引き換えにカルガ空軍をほぼ壊滅状態に追い込んだ。結果、戦力の多くを損耗したカルガ空軍は数で勝るユークトバニア軍に押され、紛争に敗北したのだった。

 当時の報道資料によると、確か空戦域となったジミトル周辺は、ユークトバニア軍の爆撃と多数の墜落機によって焦土と化したという。つまり、そのジミトルがカークス軍曹の故郷だったということは。

 

「高高度を行くユークトバニアの爆撃機に対し、カルガ空軍は高高度迎撃が可能な戦闘機を全て出し、全力で迎撃態勢を敷いた。…この時点でカルガ側は、重大なミスを犯した。高高度迎撃に意識を向け過ぎ、低空への警戒が疎かになっていた事だ。………結果、低空侵入してきたユーク攻撃機によって、奴の故郷は炎に包まれた。家族も職も、その時全て失ったんだそうだ」

「……そんな事が…。」

「そうだ。家族を失った奴にとって、民間への無差別爆撃は到底許容できないものだったんだろう。……おそらく奴は絶望したんだ。忌み嫌っていた無差別爆撃をせざるを得ない傭兵という立場にも、それを強いたサピンや連合国にも…そして多分、民間人を殺してしまった自分自身にもな。アルベルト大尉に何を吹き込まれたか知らんが、その絶望につけ込まれたんだろう。大尉の言う、『戦争をなくすため』とかいう理想とやらに引きずられた原因は、おそらくそれだ」

 

 今までも、大小様々な紛争は世界各地であった。しかし、今回の戦争は多くの国が参戦した大規模な戦争となった分だけ、各国のエゴや暗闘が露骨に飛び交っていたとも言える。意図せずにそのエゴの先鋒として戦う破目になり、おまけにトラウマとなったであろう民間人への爆撃を自ら果たすことになったとすれば、全てに絶望したとしても無理はないのかもしれない。

 そしてもしそこに、『戦争をなくす』という、自らの行いを払拭する理想が提示されたとすれば。もし同じ境遇だったとしたら、カークス軍曹ならずとも、自分だって揺れていたかもしれない。

 

「……。本気、なんでしょうか。アルベルト大尉もカークス軍曹も。『戦争をなくすための戦い』なんて…。それに同志もいるように言っていましたが、一体どういうことなんでしょう」

「皆目見当がつかんが、せいぜい生き残ったベルカ残党崩れが戦闘の名目として掲げた理想だろう。結局の所、理想も信念もただの言葉だ。気にする必要はない」

「……戦争をなくす、なんて夢物語みたいな話なのに、そんなことで…。………もう、元には戻れないんでしょうかね」

「帰って来た所で、脱走は銃殺刑だ。どっちみち元には戻れん。……あの、馬鹿どもが…」

「…………。」

 

 吐き出すような、嘆くような隊長の声は、薪の爆ぜる音に消えてゆく。遠くを見据えるように炎を見つめるその目には、やがて来るであろうその様が映っているのか、それとも自分より遥かに長い間共に過ごしたこれまでの情景が浮かんでいるのか。憂いと悲哀、苦みを帯びたその相貌から探ることはできなかった。

 古い諺に言う、『零れたミルクはコップに戻せない』と。…そう。いくら自分が甘い希望を口にした所で、事ここに至った時点で、最早元に戻ることは――ヴィクトール曹長も含めた、5人のチームに戻ることはできないのだ。もう、黒い翼の蝙蝠(ニムロッド)が揃うことは、二度と。

 くそっ。呟きととともに、カルロスは手近に転がる石を拾って、思い切り遠くへと投げ飛ばした。寂しさと現実の前に、そうでもしないと叫び出しそうだった。

 

 投げ飛ばした石は別の石ころにぶつかり、それぞれに弾けて転がった。

 2つ、3つ。再び場を覆う沈黙の中に、石ころだけが飛んでは音を立ててゆく。

 

「……隊長」

「今度は何だ」

「隊長の、『信念』…って、何ですか?」

「何?」

「この前…『グラウンド・ベイト』作戦の時に言ってましたよね。『俺の信念を妨げるな』って。――知りたくなったんです。いろんな信念や理想が飛び交って、いろんなエースがそれを持っていることを、この戦争で知って。身近な人が、どんな信念の下戦っているんだろう、って」

「………。」

 

 不意に沈黙を裂いて言葉を発したのは、カルロスの方だった。

 アルベルト大尉やジョシュア大尉、ヴァイス1が語っていた戦いの信念。そしてカークス軍曹が脱走する原因ともなった戦争根絶のための戦いという理想。それらに思いを馳せる内に脳裏に蘇ったのは、かつて隊長がふと零した『信念』の事だった。

 

 戦争が終わった後も継続されたベルカ残党討伐戦。その中でも、残党の迎撃能力を奪うべく発動された『Operation Ground-Bait』は最大の激戦となった。ベルカ側の防空レーダー網を破壊すべく戦闘爆撃機を中心に編成された連合軍は、戦術を読んだベルカ残党の待ち伏せに遭い、この折にカルロスも乗機に被弾した。損傷した機体でなお戦場に留まろうとするカルロスに対して隊長が放った言葉こそ、先述の『俺の信念を妨げるな』というものだったのである。

 数多のエースが信念を語り、時に自らを鼓舞し、そして時に自らを追い詰める様を見て来た。そんな中で、信念は言葉に過ぎないと断じながらも、急場に敢えてその言葉を使ったアンドリュー隊長の真意と、その中身。未だ自らの信念を確立できず、立ち止まったままの自らを省みて、隊長を支えている信念のことを知りたくなったのだった。

 

 眼を合わせて、しばし沈黙が漂う。太陽が徐々に上り、朝風が音を立てて吹き抜ける中で、長い長い数秒が刻まれる。

 ふ、と不意に崩れた隊長の表情。苦笑いとともに紡がれるその言葉は、思わぬ方向の切り口から語られた。

 

「…俺のは信念なんて大したものじゃあない。………カルロス。さっきの話だが、チュメニ紛争のジミトル上空戦…彼我の被害は知っているな?」

「…?はい。確かユークトバニア側が作戦参加の8割を失って、カルガ側が壊滅でしたよね」

「俺はその時、カルガ側の中隊長だった」

「…!?それじゃあ…!!」

「……。共に高高度迎撃に上がったのは、部下の7人とカルガ北部方面軍の防空部隊。司令部が耳元で本土防衛のために死んでも守れ、とがなり立て、俺もその通りに命令した。…だが目論見は外れ、低空から侵入してきた攻撃機によって町は火の海。浮足立ったこちらは、敵の護衛機に成す術なく、退く暇すらないまま壊滅させられた。……黒と赤に塗装されたSu-15部隊に次々と落とされる部下の姿は、今も忘れられん」

「………。」

「中隊で生き残ったのは、皮肉にも『死んでも守れ』と命令した俺一人だった。指揮官失格の烙印を押された俺は軍に居られず、カルガにも戻ることができず…結果、傭兵になったという訳だ」

 

 気づけば、息をすることも忘れていた。それほどに、隊長の過去は衝撃的だった。

 カークス軍曹と時を同じくして変わってしまった運命。そして今や部隊の要である隊長が、かつて部下を全滅させ、指揮官失格の烙印を押されていた事実。その全てが、強烈な矢のように心に刻まれてゆく。

 凝視するこちらをよそに、隊長は炎を見つめながら、一人語りを続けた。まるでその炎の中に、灰燼となったジミトルの街や、死んでいった部下を見るかのように。

 

「俺の信念は、つまりは自分への反省に過ぎない。たとえ危険な任務であろうと、たとえ臆病者と謗られようと、部下を死なせない――それだけだ。身の丈を越えたそれ以上の信念や理想は、自分の逃げ道を塞いで殺すだけに過ぎん。先に言った、信念や理想は言葉に過ぎないというのはそういう意味だ」

「誰も、死なせない…」

「平凡過ぎて参考にはならんかもしれんがな」

「いえ、そんなことはありません。…むしろ、何て言うんでしょう。嬉しいというか」

 

 誰も、死なせない。それは経験に裏打ちされた一方で、シンプルで、(よろず)に経験に乏しいカルロスにも呑み込みやすい『信念』だった。

 国の為、あるいは誇りの為…これまで出会ったベルカのエースや友軍たちの語る信念は、拠って立つ国を持たない自分のような傭兵には、どうしてもしっくりこないものだった。だが、こんなにもある意味単純で、人として当然とさえ言って良い命題でさえ、この空では信念――戦う意味になりうる。それはカルロスにとって、新たな発見だった。隊長の怪訝な表情をよそに、『嬉しい』と表現したのも、その意志の現れだったのであろう。

 

「俺は、今まで自分の戦う意味…信念っていうものを見つけられませんでした。金の為というのももちろんありますけれど、それだけかと言われると少し違いますし。社の為でももちろん無いですし、腕を磨きたいというほどでもない。…でも。生き残ること、死なないこと。人として当然なそのことを戦う意味にしてもいいんだ、と知れて、嬉しかったんです。」

「…そうか」

「隊長」

「……今日はやたら呼びかけるな。今度は何だ」

「隊長の信念…俺も、継いでもいいですか?俺も死なないし、隊長も死なせない。それと…信念や、理想に呑まれない。」

 

 死なないし、死なせない。卑怯者と謗られようと、恥を晒そうと、生き残る。

 その生き方は、いつぞやジョシュア大尉が言っていたエースの区分で言えば、誇りに生きる騎士(ナイト)とは当然異なり、他の二つとも微妙に異なる。強いて分類するならば、生き残ることを第一に置いた、兵士(ソルジャー)寄りの傭兵(マーセナリー)という所だろうか。

 かつて戦場で(まみ)えた、命を賭して作戦を全うしたサピンの爆撃隊長や、奮戦したのち友軍を護るため自裁したベルカのYaK-141『フリースタイル』のパイロットは、立派な誇りを持ったパイロットだった。それを省みると、先に上げた信念は見方によっては恥知らずな、世間一般から見れば外れた信念かもしれない。それでも自分にとっては、本能的で当たり前といっていいほど単純なそれが、一番しっくりと飲み込めるものだったのだ。

 

「輸入物の信念があるか、バカ。――好きにしろ」

「――はい。」

 

 目が合うとともに交差した、苦笑いの入り混じった微笑。

 隊長の頬に上ったその表情は、かつてOperation Ground-Baitで辛くも生き残った時、海上から見上げた隊長のそれに似ていた。

 太陽が昇って来たためか、頬を撫でる風に温かさが混じる。不意に、どこからか機械的な雑音が響き始めたのはその時だった。

 

《…るか、………隊、ニム……ド隊、…答せ……》

「…無線?救援か?」

「あ…!隊長見て下さい、あれ!」

 

 すぐ後ろ、残骸と化したJ-7Ⅲの無線から響く、雑音交じりの通信の声。そして耳を澄ませば、空から聞こえるプロペラとジェットエンジンの二重奏。音を頼りに目を凝らした先に3つの黒い点が見えた時、カルロスは大声とともにその方向を指さしていた。

 

 機体の前後上方にプロペラを設けた大型のヘリコプターが2機。そしてその上を旋回しながら飛ぶ、細身の主翼と黒く染めた翼端を持つ、見覚えのあるあの機影。あれは、もしや。

 

《おおおい!!アンドリュー、皆の衆、どこじゃぁぁぁぁ!!》

「ヴィクトール曹長!」

「驚いたな、予定より相当に早いぞ…。タフなじいさまだ」

 

 無線の雑音すら吹き飛ばすほどの声量に、カルロスは隊長と眼を合わせ、思わず苦笑した。

 翼端を黒く染めた、ニムロッド隊のMiG-23MLD『フロッガーK』。その機体とともに、療養していたヴィクトール曹長が帰って来たのだ。おそらくニムロッド隊の未帰還を聞いて、居ても立ってもいられず復帰と同時に同行したのだろう。日の光を反射して舞うその姿は、懐かしくも頼もしい。

 

 カークス軍曹たちがいなくなってしまった悲しみはまだ深いが、全てがなくなった訳ではない。こうして、周りにはまだ皆がいて、新たに得た大きなものもある。これまでの自らの思いに隊長の信念を重ね合わせた、自分自身の信念。それはきっと、これからの自分を支えてくれる。

 

 大きな声を張り上げて空から喚く『フロッガーK』に向けて、カルロスは両腕を大きく振った。

 




《諸君、よく帰還してくれた。しかし、あろうことか当基地からアルベルト大尉をはじめとした脱走者を出してしまったことは痛恨の極みである。現在、彼らの行く先を全力で調査している。逃走先が判明し次第、諸君らにも追撃に参加して貰う可能性がある。留意しておくように。なお、アンドリュー大尉およびカルロス伍長はミーティング終了後、事情聴取を行うのでこの場に残るように。以上、解散》

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