Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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《諸君、ついにベルカ残党を根絶やしにする時が来た。
先月から実施されている連日の攻撃により、ベルカ残党の籠るシュヴィル・ロン島の戦力は大きく低下している。参謀本部の試算によれば、航空戦力および海上戦力はOperation fishing-pond開始時の半数程度にまで減少したとのことだ。
これを受けて、連合軍はOperation fishing-pondを最終段階へと移行することに決定した。すなわち、大規模攻撃による敵基地の殲滅である。
当該空域には強力な低気圧が発生しており、展開中の友軍艦艇による長距離ミサイル攻撃は極めて困難なことから、攻撃の主体はオーシア戦略爆撃大隊を主力とした戦爆連合となる。諸君はただちに出撃し、これの支援に当たれ。
戦争は終わり、ベルカは負けたのだ。この戦いを以て、連合国の勝利と平和を掴み取る。諸君の手で、奴らに現実を教えてやれ。以上だ》



第21話 夢の跡

 ごう、という音とともに、文字通り横殴りの風が座席を揺らす。

 秒速20m前後はあるだろうか、台風と見まごう凄まじい風圧は、ややもすれば軽戦闘機など木の葉のように吹き飛ばしかねない。左右上下に絶えず振れる小さな機体の中で、操縦桿を握るカルロスの手にも知らず知らずに力が入った。

 まっすぐに見据える視線の先には、頭上を覆う分厚い雲と稲妻。そして絶え間なくキャノピーを叩く雨滴の中に、辛うじて見て取れる先導機のか細い尾翼灯。その激しさは、この事態が始まった約2か月半前――6月21日の空と何一つ変わりない。人が住む世を離れた、荒れ狂う海の上に広がるそれらは、この世の終わりもかくやと思わせる光景だった。

 

 ――いや。事実、今日を以てこの世の終わりを迎える人々が、今鼻先を向ける遥か北方に存在するのだ。

 戦争終結の翌日から、連合国へ、そしてベルカへ反旗を翻したベルカ軍残党。2か月以上もの長きにわたって抵抗を続けた彼らも、連合軍の度重なる反復攻撃によってその戦力を徐々に減衰させつつあった。

 根を切られ立ち枯れつつある城塞に、もはや抵抗する術は無い。

 事ここに至り、連合軍は全てを決着すべく、大規模空爆部隊の派遣を決定。地中貫通爆弾を大量に抱えたB-52『ストラトスフォートレス』を実に12機も派遣し、全てを解決すべく乗り出したのだ。護衛を含めた随伴機19機も加わったその戦力は、中規模程度の都市なら苦も無く灰燼に変えてしまうほどの規模である。残党が籠る1基地に対してはあまりにも過剰と言って良い。

 戦いの芽を摘み取り、連合国の安寧を確たるものとする。ブリーフィングの際に、肥満した体から汗を拭き出しながら語っていたオーシアの作戦士官の言葉が、空覆う黒鉄の群れの姿に重なった。

 

《こちら空中管制機『サンダーヘッド』、作戦参加の各機へ。シュヴィル・ロン島上空に機影複数を確認。同時に艦影4も確認した。エスパーダ隊ならびにエスクード、ニムロッド各隊は先行、グリフォン、ドレイク各隊は現位置を維持せよ》

《エスパーダ1、了解した。エスクード隊、ニムロッド隊、しっかりついて来い。サピン空軍(ウチ)だけで上空を押さえるぞ》

《こちらエスクード2、了解!今日は敵さんが少ない分、獲物の取り合いになりそうっすね》

《油断するなよニコラス。うっかり落っこちようもんなら、少々ハードな海水浴が待ってるんだからな》

 

 編隊に随行するオーシア軍の空中管制機から、やや高めの落ち着いた声が編隊の各機へと指令を飛ばしてゆく。

 今回は、上空制圧はサピン軍、爆撃隊の護衛はウスティオ軍、そして爆撃機と管制機はオーシア軍と役割別に編制されており、心知ったる仲だけに幾分はやりやすい。おまけに、上空制圧隊の指揮を執るのはサピン軍きってのエース『エスパーダ1』ことアルベルト大尉である。これまでの戦いでもベルカ軍機を圧倒し、ベルカのエースである『銀色の狗鷲』をも退けた技量を目の当たりにしたこともあり、心強さは絶大なものだった。

 その思いは、同行するエスクード2――ニコラスも同じだったのだろう、勝利を前提とした楽観的な口調で冗談を飛ばしている。すぐさま上司のエスクード1がぴしゃりと遮ったが、帰って来たのは照れ隠しのような『へへっ』という声だけだった。

 

《ま、落ちない程度にやんな。サンダーヘッド、上空の機数および機種は分かるか?》

《こちらサンダーヘッド、ジャミングと低気圧の影響を受けているため、機種は判別できない。反応はやや不安定だが、機数は7機程度と推定される。他には周囲に機影は確認できない》

 

 アルベルト大尉の質問に答え、管制官が示した敵機数は、わずかに7。元々シュヴィル・ロンは小規模な基地でもあるが、実際にはベルカ残党や軽空母が集結していることを踏まえると明らかに少ない。

 伏兵、罠。かつて痛い目を見たカルロスの脳裏に反射的に浮かんだその言葉は、しかし続く管制官の言葉に打ち消される。この荒天では、たとえ安定性の高いV/STOL(垂直離着陸機)でもレーダーに反応しにくい海面すれすれに滞空するのは困難であろうし、他に身を隠す場所も無い。だとすれば、この不自然な程の敵の少なさは、純粋に連合軍の波状攻撃による損耗と見て間違いなかった。

 

《了解した。エスクード隊、敵編隊が射程に入り次第、XMAA(高機能中距離空対空ミサイル)で先制攻撃を行え。その後、エスパーダ隊(俺達)とニムロッド隊が突入して撃ち洩らしを仕留めるぞ》

《エスクード1、了解した》

《ニムロッド1、こちらも了解だ》

《へへっ、カルロス悪いな。7機ぽっちなら、俺達だけで獲物独占しちまうぜ?》

「ニコラス、頼むから静かにしててくれよ…。俺まで叱られるだろ」

 

 頼むから俺まで巻き込んでくれるな。不意にこちらへ向いたニコラスの声に、カルロスは心の奥底でそう呟きながら、うんざりしたように返した。案の定、小隊の先頭を飛ぶアンドリュー隊長が一瞬こちらをじろりと睨む。ニコラスに至っては、エスクード1から現在進行形で叱られているらしく、その様が通信を介して耳に伝わった。

 

 尤も、それもこれも、心の奥にある余裕がなせる業だろう。

 敵の数はこちらと比べて明らかに少なく、部隊を指揮するのは歴戦のエース。加えて、エスクード隊のF/A-18C『ホーネット』が4発ずつ搭載するXMAAは、敵の射程外からの一方的な攻撃を可能とする。うまく時期を捉えれば、エスクード隊だけで敵機を全滅させることも可能な筈だ。彼我の数の差とホーネットの性能を考えると、むしろその確率の方が高い。

 

 片や…、と自身のコクピットを眺めれば、カルロスの実情はお寒い次第である。擦れて地金の色を浮かべる塗装に、錆の浮いた計器盤、一応念入りに整備をしていても時折溜息をつくエンジン。現在の乗機MiG-19S『ファーマーC』は既に生産されてから40年近く経過しており、旧式の感は否めない。おまけに4つあるハードポイントのうち2か所には増槽を懸架しているため、武装は2基のAAM(空対空ミサイル)と30㎜機銃が3門のみ。ニコラスに憎まれ口を叩きこそすれ、実際に彼らが撃ち洩らし戦闘へと転がり込んだ場合、頼れるとは言い難い所であった。

 頼むことならば全部当ててくれ。…いやしかしそうなると獲物が、給料が。複雑な心持を抱えたまま、カルロスは風雨荒れ狂う眼前に目を向け直した。

 

《上空制圧隊へ、敵編隊が間もなく射程に入る。警戒せよ》

《了解だ。エスクード各機、安全装置解除》

 

 管制官の声に反射的に眼を走らせるが、ただでさえ暗い空の下、キャノピーに叩きつける雨と稲光に目が眩み、カルロスの眼をもってしても敵の姿は捉えられない。辛うじて、遥か先にシュヴィル・ロン島の島影がうっすらと見えるのみである。今更ながら、レーダーが無いというのは不便だった。

 

 その時、だった。ざ、ざ、という雑音とともに、聞き慣れぬベルカの言葉が、不意に通信に混ざったのは。

 

《抵抗を続ける各地のベルカ軍、ならびに全てのベルカ国民へ最期の通信を送る。私はシュヴィル・ロン島司令代行、モーリッツ・ランプレヒト少佐である。戦死されたグレゴール・アルニム大佐の御遺志を継ぎ、ここに我らの…》

《…なんだ?敵の通信が…混線か?》

《こちらサンダーヘッド。違う、混線ではない。意図的に複数の周波数帯で送信しているようだ。何の積りか知らないが…構うな、攻撃せよ。》

《ちっ、最期の死に花、ってか?》

《エスクード3、惑わされるな。各機、ロックオン。――FOX3(撃て)

 

 通信を揺らすベルカ軍将校の声は、存外に若い。凛として響きながら、胸の奥から紡ぎ出すようなゆっくりとした紡ぎ方は、まるでその無念と覚悟を象徴しているようにも聞こえた。エスクード3が言うように、最期の時を従容と迎えるべく、生きた証である言葉を遺そうとでもいうのだろうか。

 

 もっとも、現に敵編隊が向かっている以上、こちらは戦わねばならない。エスパーダ隊のすぐ後ろに位置していたエスクード隊の4機はやや機首を上げ、横一列に並んで攻撃体勢を取るのが最後尾のカルロスの眼にも見えた。射界の重複を避け、かつ友軍機を射線から外すには、やや上方の横一列編成が最も良い。

 

 灰色の翼から4つの炎が爆ぜて、風と、雷を、そして将校の声をも裂きながら、雷雲の彼方へと向かってゆく。

 結果は数マイルの彼方、後の結果を左右するのはベルカ軍機の技量、そして運のみ。悪天候の下で、その姿はまだ捉えられない。

 1秒、2秒、3秒。過ぎる程に遅い時の流れの中で、時計の秒針だけが正確に時を刻む。

 炎。

 煙の尾が飲み込まれた空の先、爆ぜた火球は2、…いや3つ。流石と言うべきか、半数以上は攻撃から逃れ得た勘定になる。

 

《敵機健在、機数4》

《ほー、案外やるもんだ。エスパーダ2、ニムロッド隊、残りを仕留めるぞ》

「了解!」

 

《歴史あるベルカ王朝から発展した我が国は、建国以来数多の災厄に襲われてきた。南ベルカ郡征服、東方戦役、そしてオーシア戦争…。その度に、ベルカ国民は不断の努力と果敢な決断によって、それらを跳ね返してきたのだ。ベルカの国民は、あらゆる脅威を退ける。それは、かくの如く歴史が証明してきたことだ》

 

 依然として紡がれる、男の声。その声と雨が降り注ぐ中を、アルベルト大尉のJ35J『ドラケン』を先頭とした6機が加速しながら飛んでゆく。

 吹き荒れる風がキャノピーを軋ませ、加速に従って叩きつける雨滴は激しさを増し、視界を著しく妨げる。朧に見えるシュヴィル・ロン島の位置を見る限り、もうそこまで遠くは無い筈である。どこだ、敵は。レーダーを併用できないMiG-19での索敵は何とももどかしく、カルロスは思わず舌を打った。

 

《エスパーダ2、敵機捕捉。1時と10時下方に2機ずつ。どの機体も『ビゲン』ね》

《ニムロッド1、こちらも捕捉した。1時方向の2機を受け持つが、宜しいか》

《おう、頼む。地上のSAM(地対空ミサイル)は大方潰してある筈だが、念のため注意しろ》

 

 最初に敵影を発見したのは、6機の中で最も優れたレーダーを搭載した『ラファールM』を駆るエスパーダ2――マルセラ中尉だった。

 敵機は、二手。方位のヒントを得て、カルロスもようやく、求める敵機の姿を捉えられた。以前もこの空域で交戦した、大型のカナードに2段階の角度を設けた特徴的なデルタ翼は、確かにJA37『ビゲン』のそれである。エスクード隊からのミサイルを急降下で回避したのだろう、その位置はやや低い。失った高度を急いで取り戻す為だろう、雲間から落ちる雷の間を切り裂くように、こちらに上部を向けながら急上昇に入っていた。その様は、まさに『ビゲン(稲妻)』の名にふさわしい。

 

 マルセラ中尉に続いてJ-7Ⅲを駆る隊長も敵機を確認したらしく、エスパーダ隊と分かれて右へと機体を傾けていく。2番機となるフィオンのMiG-21bis、3番機であるカークス軍曹のJ-7Ⅲに続くように、カルロスも操縦桿を倒して3機の後に追随した。

 だが、切り欠きデルタ翼を持ち、加速力に優れる3機は流石に速い。一般的な後退翼しか持たず、かつ双発とはいえエンジン出力も低いMiG-19では追いつくのも一苦労である。増槽を捨ててもなお余りある加速力の差を埋めるべく、カルロスはフットペダルを押し込む力を強めた。

 

《ニムロッド1、FOX2》

 

 隊長機、ミサイル発射。急上昇から強引に右ロールへと移った敵機が、辛うじてそれを回避する。強引な旋回でバランスを崩した『ビゲン』へ向け、隊長のすぐ後ろで肉薄していたフィオンはすぐさま発砲。23㎜の曳光弾がカナードを吹き飛ばしながら、その機体を炎へと包んでいった。

 一方、向かって左側の『ビゲン』は急上昇の進路を崩さず、そのまま宙返りへ移行してカークス軍曹が放ったミサイルを回避。やや遅れていたカルロスの『ファーマー』と、期せずして相対する位置取りとなった。

 

《ちっ、しまった!カルロス、そっち頼む!今度は喰らうなよ!》

「分かってます!…とは言ったものの…!」

 

 ヘッドオン。上下逆さまのままこちらと向かい合う『ビゲン』を前に、忌まわしい記憶がカルロスの脳裏を掠める。約1か月前、カルロスは今と同じシュヴィル・ロン島上空で、これまた同じくベルカの『ビゲン』とヘッドオンで相対して被弾するという失態を犯した。当時の乗機J-7Ⅲを失う遠因になった出来事でもあり、その時の屈辱と痛みは心身に刻まれている。

 

《今、連合軍はその数と力に任せて、不当にベルカの体制を改変したのみならず、領土と資源を搾取している。その上、ベルカの各都市を焼き払っておきながら、臆面も無く平和を語る始末である。かかる不義非道を、そして栄光のベルカを踏みにじる屈辱を見過ごすことは、我々にはできない。》

 

 絶えず通信の底で鳴る男の声が、一際語気を強める。それに背を押されたように、眼前の『ビゲン』は微動だにせず、こちらを正面から撃ち抜ける姿勢を崩さない。距離はおよそ1000、あと一歩で互いがAAMの射程内に収まる、短刀を突きつけ合うような生死の狭間の距離。

 どうする。一か八かの直進か、舵を転じて避けるか。それとも。

 

「…!やらせるかっ!!」

 

 操縦桿を倒した瞬間、目の前の空が回転し、血液が脚の方へと押し付けられる。空も、海も、眼前の『ビゲン』もが上下逆さまになった、錯覚に呑まれる平衡感覚。だが、これしきで逃す訳にはいかない。横方向へのロールが360度を迎える直前で懸命に操縦桿を引き戻すと、カルロスの視界のすぐ右上には『ビゲン』の三角形のシルエットが映っていた。

 カルロスが咄嗟に取ったのは、これまでも幾度となく用いて来たバレルロールだった。操縦桿を左後方へと倒して左方向へロールし、同時に機首をやや上向きに保つことで、射線を逸らしつつ前進する技術である。旋回の終点で急上昇し下方から攻撃を行う方法も、先日のOperation Ground-baitで編み出し確立した手法だった。唯一の誤算は、MiG-19の小回りの良さを失念し、予想より早く機首が上がってしまったことだっただろう。音速に近い速度で飛び回るジェット機である、当然今更立て直しは効かない。

 ままよ。

 逡巡する間すらない、一瞬の交錯。『ビゲン』の下方から上後方へと抜ける最中に引いた引き金は、僅かに数発の穴を穿ったのみに終わった。

 

「くっそ、外した!」

《こちらニムロッド1、新たにYaK-38が3機上がって来ている。俺とニムロッド2は奴らの相手をする。ニムロッド3、4はその『ビゲン』を仕留めろ。爆撃隊の到達まで時間が無い、迅速にな》

《あ、あの程度なら僕一人で十分ですから。隊長は上の二人助けてあげたらどーです?》

《抜かせ!こっちは二人で十分だっての!カルロス、とっとと落としてあんにゃろうの鼻を明かすぞ!》

「了解です!サポートは任せて下さい!」

 

 上昇から機首を返し、宙返りの頂点でのロール――俗にいうインメルマンターンの要領で機体を水平に戻す。カルロスはそのまま機体を右に傾け、互いの位置を俯瞰した。

 先程の『ビゲン』は、こちらとすれ違った後に右旋回に入り、こちらのほぼ真下にいるカークス軍曹のJ-7Ⅲと横方向の巴戦に入っている。

 2機が描く輪の遥か下方には、Fの字のようなシュヴィル・ロン島の特徴的なシルエットと湾内に動く4つの艦影、そしてそこから上昇してくるYaK-38の小柄な機影が3つ。アンドリュー隊長とフィオンは螺旋を描くように下降していき、側方からその3機を攻撃する様子と知れた。遥か右方では瞬く間に2機を撃墜したエスパーダ隊が上空警戒に入っており、南方にはぽつぽつと爆撃機の姿が見えている。あの速度と位置では、島の上空に到達するまで2分とないだろう。それまでに、この4機を撃墜しなければならない。

 

 さて、問題はカークス軍曹と横合いの格闘戦に入っている『ビゲン』である。J-7Ⅲ――MiG-21は先代MiG-19譲りの機動性に加え速度性能を兼ね備えているが、一方で『ビゲン』もデルタ翼に大型カナードを有し、格闘戦では甲乙つけがたい。そしてあまり時間をかけては万一爆撃隊へ脅威が及ばないとも限らず、速やかに落とす必要がある。

 と、なれば。この機体の小回りと機銃数の利点、そして数という強みを活かす他に無い。

 カルロスは操縦桿を横へと倒して背面飛行へと移り、そのまま垂直降下を仕掛けた。

狙いは、『ビゲン』の予測進路上。そしてカークス軍曹との格闘戦で上下への注意が疎かになった、敵パイロットの心の隙。

 重力加速度も加わった強烈な加速と強風で、小刻みにぶれるガンレティクル。その命を捉える小さな丸の中に『ビゲン』の機首が入った時、カルロスは3門の機銃の引き金を同時に引いた。

 

「そこっ!!」

 

 3筋の曳光弾、迫る灰色の翼、空を奔る稲妻。目まぐるしい光の奔流の中で、カルロスは間髪入れず操縦桿を引き上げる。不意に頭上から襲い掛かった銃弾の雨に、敵機はたまらず旋回方向を左へと変えながら、こちらの下方を横倒しで抜けていった。

 そして、その隙が致命傷となった。右に大きく傾いた機体を水平に直し、左旋回へと入るには当然機動が鈍ることになる。こちらと入れ違って後方から追いついたカークス軍曹はその一瞬を逃さず、もう1発のAAMを発射。距離800を切る至近距離で放たれたそれを避ける術はなく、『ビゲン』は粉々となった体を荒れ狂う海へと落としていった。

 

《よっしゃ、ナイスフォロー、カルロス。腕上げたな》

「あっ…ありがとうございます!軍曹が敵の動きを制してくれていたお蔭ですよ」

《えっ、今のくらいで褒められるとかプークスクス》

《……あんのガキめ…》

 

 機体を隣り合わせた時、カークス軍曹から入って来る通信。それに応えるように横へと顔を向ければ、カークス軍曹は親指を立ててこちらに向けてくれていた。わざわざ割り込んでまでからかうフィオンにぐぬ、と呻くも一瞬、下方を見やれば海へと堕ち行く機影が3つ。どうやら隊長とフィオンも敵の迎撃機を返り討ちにしたらしい。性能差もあるが、その手腕はやはり流石だった。いくぶん向上したとはいえ、自分の技量では到底真似できない。

 

《…各機。無駄話している暇があるなら集結しろ。ニムロッド1よりサンダーヘッド、空域に空中の脅威なし。》

《こちらエスパーダ1、同じくだ。雲の上にも機影は見られず》

《了解した。以降の上空警戒はグリフォンならびにドレイク各隊が引き継ぐ。サピンの各隊は爆撃隊の後方に就かれたし》

《ニムロッド隊了解。各機、行くぞ》

《うぃーす。……ベルカ軍も、これで終わりだな》

 

 隊長の指揮に従い、ひと塊に集った4機が上空を指して旋回。エスクード隊、エスパーダ隊とともに、悠々と飛行するB-52の後方へと就いた。

 10分にも満たない、僅かな間の戦闘。その間に、空を舞うベルカの機体は1機もいなくなっていた。士気と技量だけでは、数と時の流れという圧倒的な力には抗するべくもない――皮肉なことに、連合一色の空模様は、この戦争の結末を象徴しているようだった。

 最早残るのは基地施設と、湾内に残る艦艇が数隻。ミサイルすら欠乏しているのか、SAMが撃ち上がる素振りすら無く、依然通信を続けるベルカ将校の他は全て静まりかえっている。まるで、滅びの時を覚悟して待つかのように。

 

《我らは最期の一兵まで戦い抜く。ベルカ国民よ、そして誇り高きベルカの将兵達よ。歴史を省みよ、そして今を憂い、未来を勝ち取れ。栄光のベルカを取り戻すために奮起し、立ち上がるのだ。驕った大国を討ち果たし、伝統のベルカ国旗を再び挙げることで、我らは初めて新たな一歩を踏み出せる。》

《ボーガン1よりサンダーヘッド、目標上空到達。爆撃を開始する》

《サンダーヘッド了解。いい加減独演会は聞き飽きた。奴を黙らせてやれ》

 

 やや間隔を開けたB-52が一斉に爆弾庫を開け、目標となる島の上空へと差し掛かる。空を覆う超空の要塞(ストラトスフォートレス)の威容と比べると、眼下に横たわる島はいかにも頼りなく、小さい。迎撃機どころかSAM一つ上げることもなく、抵抗といえば辛うじて湾内の駆逐艦が主砲を撃ちあげているのみ。獅子に立ち向かう蟷螂のようなその様は、悲壮とも滑稽とも言いようが無かった。

 

 爆撃、開始。

 管制官のその声で枷が外れたかのように、B-52の腹から地中貫通爆弾が一斉に投下される。12機もの大編隊から放たれるそれは、まさに空を覆うよう。雨に打たれ、風に吹かれながら、それらの黒い塊は徐々に小さくなっていき…先端から地に突き刺さると同時に数多の爆炎を噴き上げて、瞬く間に島を覆い尽くしていった。

 滑走路、港湾施設、そして司令部施設を抱える山。曲がりなりにも形を保っていたそれらが、黒煙と炎の中で徐々に残骸へと形を変えてゆく。

 爆撃は施設だけに留まらず、湾内の艦船にも襲い掛かる。炎に巻かれる内火艇、蛇行して爆弾を避ける巡洋艦、被弾して急激に速度を落とした軽空母。見るも無残な一方的な攻撃の中で、直撃を受けた駆逐艦が、真っ二つに割れ沈んでいった。

 

《諸君、聞いての通り最期の攻撃が始まった。我らの命は、もはやここで尽きるだろう。だが、我らの魂は、信念は、ここで尽きることはない。》

《チッ、こんだけ落としたのにまだ喋り続けるか!》

《だが、風前の灯火には変わりない。サンダーヘッドより爆撃隊全機、司令部施設を中心に反復爆撃に入れ。…うん?》

《どうした?》

《サンダーヘッドより戦闘機各機へ、お客さんだ。方位140、170ならびに220よりベルカ機接近中。本土に潜伏していた残党だろう。エスクード、二ムロッドならびにエスパーダ各隊は迎撃に…》

《こちらエスパーダ1、ちょっと待った。エスパーダ隊(俺達)はともかく、エスクードとニムロッドは弾薬を消耗している。一手は俺達が受け持つから、残りにグリフォンとドレイクを当てて貰えないだろうか》

《何?しかし……いや、そうだな。了解した、エスパーダ隊は方位140、グリフォン隊は170、ドレイク隊は220の迎撃に向かえ。これでいいな、大尉?》

《柔軟で助かるぜ。エスクード、ニムロッド、お()りは頼むぜ》

「了解です!…ありがとうございます、大尉。」

 

 本土からの、ベルカ残党の追撃機。管制官の声に思わず操縦桿を動かしかけた刹那、割り込んで入ったアルベルト大尉の声にすんでの所で押し戻す。

 確かにこちらは先ほどの交戦でミサイルや燃料を消耗しているが、それはアルベルト大尉だって同じ筈である。それを、一方は自分で引き付けてでも、こちらを護衛に留めておいてくれた。翼を翻して南へと向かっていく紅い翼を見送りながら、カルロスは大尉の配慮を噛みしめていた。

 

 異変が起きたのは、それからわずかに数分後のことだった。

 

《よし、反復爆撃に入る。各機反転》

《了解。作戦予定をやや超過している。この航過で全て投下を……。…待て。何だ、直下に反応が……?ボーガン8、下だ!急速回避!!》

《何だと!?…ッ!しまった、被弾!こちらボーガン8、落ちる!》

《…散開!》

 

 爆撃隊が反転し、鼻先を南へと向けたその瞬間。動揺した管制官の声を割くようにB-52の1機が爆炎に包まれる。一体、何が。反射的に機体を翻して散開した矢先、カルロスはB-52の脇を抜けて急上昇する4つの機影を捉えた。

 角ばった胴体と、機体とは不釣合いに大きな垂直尾翼。速度帯によって角度を変える、MiG-23と同様の上翼配置になった可変翼。友軍機としても何度か見たその姿は間違えようがない。

 トーネード――機首がやや長いことから見て、おそらく制空仕様のADV型。しかも先頭の1機は濃紺地の胴体や翼に白い帯を描いた、独特の塗装が施されている。

 

《――見よ。今こうして、敢えて不利をも顧みず、馳せ参じた勇士たちがいる。彼らのような者がいる限り、我らがベルカは不滅だ。国土を踏みにじられようと、街を焼かれようと、何度でも蘇る。》

《くそっ!まさか低空飛行で侵入してきたってのか!?》

《爆撃隊、そのまま行け!散開されると却ってフォローしきれん!ニムロッド隊、迎撃するぞ!》

《了解!》

「了解です!」

《りょーかーい。先頭のは僕に下さいね》

《余裕があればな。全機、SAAM発射。目標最後尾!カルロス、フォロー頼むぞ!》

 

 操縦桿を手前に引き、同時にフットペダルを踏みこんで急上昇。上空へ抜け2機ずつに分かれたトーネードを追撃しながら、隊長はMiG-21が搭載する特殊兵装――セミアクティブ空対空ミサイルの使用を下命した。主翼を畳んだ高速形態で敵機は距離を離しつつあるが、当然反復攻撃のためにはいずれ速度を落として旋回しなければならない。その隙を、射程距離に優れるSAAMで追撃する積りなのだと知れた。

 

 以前カルロスも使用したことがあるが、SAAMは母機が敵機を捕捉し、それに従ってミサイルを誘導するシステムである。すなわち、母機のレーダー範囲や精度をそのまま用いられるため射程距離や命中率に優れるが、反面敵機を機体正面に捉えざるを得ず、その間は機動が制限されるという弱点も併せ持つのだ。

 

 従って、SAAMを部隊単位で運用するためには、必然的にフォローする役割が必要になる。すなわち今この場においては、編隊最後尾のカルロスがその役割となる訳である。どの道レーダーを装備しないMiG-19ではSAAMを運用できないため、この点はやむを得ないことでもあろう。

 

「…!やっぱり来たか!」

 

 背を護るべく、機体を傾けて後方を伺うカルロス。彼の鳶色の瞳は、旋回した2機のトーネードがこちら目がけて迫りつつあるのが見えた。おそらく、爆撃隊はいつでも落とせると判断し、先に脅威を落とす選択をしたのだろう。敵の機動を読んでいた為か、エスクード隊によるフォローは間に合いそうにない。

 ならば。

 

「隊長達に、手は出させない…!こっちを見ろ!!」

 

 瞬間、カルロスは渾身の力で操縦桿を引き、左斜上旋回(シャンデル)機動。追撃してくる2機の上前方に背面飛行で陣取り、逆さまになった『頭上』――すなわち下方に2機を捉えた。

 MiG-19の格闘戦能力を最大限に活かせばヘッドオンも可能だったが、そうすると同時に相手できるのはどうしても1機に限られる。しかも耐久性に優れるトーネード相手ならば、致命傷を与えられるかどうかも疑わしく、最悪の場合すり抜けられて隊長達が攻撃を受ける危険がある。上方からの攻撃で、まずは敵の機動を乱す。要諦は、先程『ビゲン』に対して行った攻撃と同じであった。MiG-19の旋回半径を先の失敗で掴んだこともあり、今回は位置もぴったりと合っている。

 

 思い通りの位置に占位した以上、あとは旋回性能を出し惜しみする必要はない。今にも入れ違う敵機の上で操縦桿を引き、最少半径で旋回したカルロスの眼の前には、トーネードの大きな尾翼があった。距離、800。逃しようのない、命に届く距離。

 眼前で、慌てたトーネードが右に傾き旋回を始める。

 角度を広げ始めた主翼。

 こちらを振り返る敵パイロット。

 それらを目に収めながら、カルロスは引き金を引き、AAM2発と機銃弾を続けざまに叩き込んだ。

 

 爆炎、飛び散る破片。だが、この状況では撃墜確認をする暇も惜しい。もう1機、どこだ。

爆炎に紛れてしまった特殊な塗装のトーネード――『ライン付き』を、カルロスは懸命に追いかける。

 こんな時、レーダーがあれば。ただでさえ悪天候で視界が悪い中に紡いだ弱音は、煙の端にちらりと映った白帯の発見をほんの僅かに遅らせた。右前方に認められた筈のそれは、カルロスが気づかぬ間に翼を広げて減速。ふ、とカルロスが気づいた時には、既に自機のすぐ右隣にその白帯を翻していた。

 

「なっ…しまった、いつの間に!?」

 

 まずい、このままでは後方に占位される。勝ってしまった速度を殺すべく、カルロスは咄嗟に操縦桿を引き機首を上げた。上昇と同時に減速し、重力も利用して効率的に減速する方法――空中戦闘機動に言う『ハイGヨーヨー』だが、爆炎に乗じた急減速でこちらの隙をついた『ライン付き』は動じない。可変翼の優れた低速時の安定性を活かした急減速と上昇で、その位置はカルロスの横から斜め後方へ、そして徐々に後方へと移りつつあった。

 捕まる。

 もっと速度を落として、何とか敵の後方に就かなければ。

 焦りと恐怖がカルロスの体を動かし、さらにエンジン出力を落とさせる。減速、機首上げ、そして旋回からの捻り。――動揺は、正常な判断を妨げる。カルロスはこの時、攻撃を恐れる余り失念していたのだった。今の機体は低速安定性に優れるMiG-23でも、まして減速域を把握できているMiG-21でもないことを。

 

「――!?う、あっ!?しまっ…!」

 

 瞬間、突然の縦揺れがカルロスを襲い、灰色の空を映していた視界が一気に深青色へと染まる。

 急減速、上昇…しまった、失速。トーネード同様の機動を行ったことで、デルタ翼同様低速域での安定性に劣り、かつ縦安定性も低下する後退翼の弱点が顕れた形であったが、無論そこまで思いを馳せる余裕はない。

 海面が瞬く間に近づき、高度計の数値が目まぐるしく減少してゆく。

 出力増加、加速、揚力確保。

 まるで暴れ馬のように振動する機体を必死に抑え、カルロスは慌てて揚力回復の操作を図る。ちらりと後方を省みれば、紺地に白帯、『ライン付き』の姿。乗ずべき隙を晒したこちらを、とことん追い詰める積りらしい。

 

《カルロス!…ちっ、失速か、あのバカ!》

《ニムロッド4、こちらは(じき)片が付く!エスクード隊、間に合うか!?》

《こちらエスクード1、…ダメだ、降下が速すぎる!》

 

 沸騰する通信の声と目の前に広がる海面が、否応なしにカルロスの肌を粟立たせる。

 エスクード隊や隊長は間に合わない。このまま降下を続ければ海面に衝突か空中分解だが、今引き起こすと確実に機銃で撃ち抜かれる。

 どうする。

 高度4000。

 

《ニムロッド1、1機撃墜!カークス、すぐに下に行ってやれ!》

《…ダメだ、間に合わねえ!》

 

 隊長達の声が遠く響く。

 

 高度3500。

 

「…くそっ!こんな所で死ねるか!………一か、八か…!」

 

 まだ、死ねない。レサスに家族もいる。ジョシュア大尉の言っていた、拠って立つ意志も見つけちゃいない。

 それなら、賭けに出てでも――。

 

 高度3000。

 

《ボウズ、あと500降りて引き起こせ!》

 

 アルベルト大尉の声。

 

 高度、2500――。

 

「う、お、お、おおおお!!」

《エスパーダ2、FOX2》

 

 眼前に広がる黒色の中に聞こえた、一筋の光明。カルロスは、その声に引かれるように脚を踏ん張り、操縦桿をぐんと引いて機体を引き上げた。

 急激なGに血液が足元に集まり、視界が一瞬黒に染まる。

 爆発音、凄まじいエンジンの音、遠くで何やら聞こえる声。まるで幕に包まれたように、全ては朧にしか聞こえない。

 

 ゆっくりと色を映し、徐々に戻り始める視界。真っ先にカルロスの眼に映ったのは、曇り空を裂くような、眼前を飛ぶ鮮烈な『紅』だった。

 

《やっぱり加速はラファールのもんだな。俺も乗り換えようかね》

《ふふ、そんな気なんてないくせに。ニムロッド4、大丈夫?》

「え、あ……。…!マルセラ中尉!?はい、俺はなんとか大丈夫で…って、お二人の方の敵は、それにさっきのトーネードは!?」

《俺達の方のはちゃちゃっと仕留めたさ。ゆっくり戻ろうかと思ったら、何やら取り込み中みたいだったんでな。マルセラを先行させて急行したのさ》

《上空のトーネードは貴方の仲間が駆逐したみたいね。最後のトーネードは…ごめんなさい、ミサイルを回避して逃げていったわ。相当な腕前みたいね》

「…すみません、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。お二人は、命の恩人です」

《はは、お礼は出世払いで返してくれ。グリペンで頼むぜ》

 

 今更に噴き出た汗が頬を伝い、滴となって床に落ちる。命の際、一歩後ろの死から逃げ延びた感覚に、思わず虚脱感が全身を襲った。

 マルセラ中尉の言葉に従い頭上や周囲を見渡せば、B-52は1機を失ったのみ。ニムロッド隊を始めとした護衛機も皆無事なようだ。遥か南へと眼を向けると、小さな機影が一つ、雷雨に紛れて消えてゆく様が映った。エスパーダ2――マルセラ中尉をして手練れと言わしめるその技量。そんな敵を前にして生き延びられたのは、幸運と、何よりアルベルト大尉ら二人のお蔭に他ならない。感謝してもしきれない思いだった。

 

《こちらサンダーヘッド。無事に退けられたようだな。各機、よくやった。エスパーダ隊、低空侵入したついでにもう一つだけ頼む。島内の施設と港湾は全て潰したが、巡洋艦が1隻中破擱座している。依然敵からの通信は途絶えておらず、件のベルカ将校は巡洋艦から通信を送っているものと思われる。これを完全に沈め、戦争にケリをつけて貰いたい》

「巡洋艦?」

《やれやれ、最後は処刑人かい。了解。ニムロッド4、同行してくれ》

「え?…あ、了解しました。」

 

 管制官が伝える命令に、アルベルト大尉は気乗りしない様子で機体を翻す。マルセラ中尉、そして大尉に誘われたカルロスもまた、機体を旋回させてシュヴィル・ロン島の湾内へと向かった。

 作戦開始から、1時間にも満たない短時間。その間に、カルロスの眼に映る島影は一変していた。施設は残らず崩れ落ち、度重なる爆撃にもびくともしなかった山肌ももはや原型を留めていない。目指す湾内はといえば、幾筋もの黒煙が立ち上り、軽空母は大きく傾いて半身を海へと沈めている。その中で、ただ1隻残った巡洋艦は後部を海に呑まれながらも依然前部を浮かべ、単装の主砲を天に向けて屹立させていた。

 

《ベルカは屈しない。オーシアを、ユークトバニアを、強欲な周辺諸国を余さず呑み込むまで、何度焼かれようと蘇る。誇り高きベルカの魂がある限り、我らは不滅だ》

《哀れなザマだ…。『あいつ』の言う通り、これじゃ戦争が終わる筈も無い。…案外、一理あるのかもな》

「え?」

《あー…いや、こっちの話だ。エスパーダ2、ニムロッド4、すぱっと終わらせよう。もう、戦争は終わりだ》

「――はいっ!」

 

 空気の中に、一瞬紛れ込んだ違和感。

 まるでそれをかき消すように、アルベルト大尉は先頭を切って巡洋艦へと鼻先を向けた。続くはマルセラ中尉の『ラファールM』、殿(しんがり)はカルロスのMiG-19S。もはや死にかけたセンサーを頼りに主砲を撃ち続ける巡洋艦の様は、悲壮にして痛々しい。

 栄光あるベルカの復活。見果てぬ、妄執ともいうべきその信念で、彼らは戦い、死へと向かっているのか。

 信念は、確かに人を強くする。逆境に曲がらない強さを与えてくれる。だが、同時にこうして人の退路を奪って、滅亡へも向かわせる。脳裏に去来するは、友軍を逃がすため奮戦したのち海へ突入し自裁した、YaK-141の悲惨な最期――。

 

《我らここに死そうとも、我らの信念は魂魄となり諸君を護り続ける。ベルカ将兵よ、国民よ、ベルカを取り戻す為に戦い続けよ。護国の霊となり、未来を掴め。》

 

 かつての戦艦全盛期の時代と比べ、現代の艦船は巡洋艦といえども装甲は厚くない。先頭を切ったアルベルト大尉がAAMと機銃を発射し、それに続くマルセラ中尉が追撃を叩き込むと、爆発に包まれた艦影は明らかに傾いた。すでに艦前部にも爆炎が上がり始め、誘爆を始めていることは明らかである。

 カルロスは、ガンレティクルの中に敵の姿を収めた。信念と言う名の妄執に囚われ、黒煙に沈む黒鉄の城を。

 

《ベルカ公国に、栄光あれ》

 

 唸りを上げて吐き出された30㎜口径弾が、甲板を、主砲を、艦橋を直撃して破壊してゆく。

 最期のベルカ将校の声が、銃声に呑まれて消えた直後。通過したカルロスの後方で巡洋艦は紅の炎を上げ、爆発とともに破片を散らした。

 

「信念、か……。」

 

 ぽつり、と呟いたその言葉は、果たしてカルロス本人も意識したものだっただろうか。機体を旋回させたカルロスは、炎に舐められ、沈みゆく黒鉄を見下ろした。信念と理想の名のもとに多くの命を飲み込んだその艦を、そして終焉を迎えつつあるベルカ公国を。

 

「確かに、信念は人を強くする。あの『ライン付き』も、ホフヌングの時のF-117も、俺より遥かに強かった。…でも、信念が、『そういうもの』だとしたら。――俺は、御免だな。」

 

 船上に翻るベルカ国旗が、炎に包まれ焼け落ちてゆく。

 カルロスの最後の呟きは、その旗とともに、波に飲み込まれた。

 




《諸君、ご苦労だった。シュヴィル・ロン島のベルカ残党殲滅を以て、Operation Fishing-Pondはここに終了した。
作戦中に出現した紺地に白いラインのトーネードADVは、コールサイン『Twice dead』と名乗るベルカのエースらしい。また、空爆後の島内調査の結果、脱走した艦数と沈没した艦数が合致しないことも判明している。いずれもその行方を現在調査中である。各員はこれに油断せず、一層奮闘してほしい。以上だ》

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