Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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第20話 間隙の空

 青い。

 頭上に広がる雲一つない空を見上げ、脳裏に浮かんだ言葉といえば、シンプル極まりないたった一言だった。抜けるような空とはまさにこんなことを言うのだろう、遮るもの一つない青々としたその空は、成層圏まで見通せそうに思えるほど高い。

 思えば、これほど落ち着いた気持ちで空を見上げるのは、サピンに来てこのかた初めてかもしれない。空を飛ぶ時は警戒の眼を走らせるのが常であるし、地上にいる時でさえ空を見上げる時と言えば空襲の警戒か友軍機の出迎えと相場は決まっている。それを想うと、火薬と血の匂いの失せたこの空は、思った以上に広い。

 

 穏やかな空。場所も気候もまったく違うが、その空の色は、子供の頃に見上げた故郷の空に似ていた。

 

《こちらエスクード2、依然目標の姿なーし。カルロース、よそ見してないでしっかり海面を見てろよ》

「うるさいな、分かってるよ。ニムロッド4、こちらも姿を認めず。…本当に場所合ってるのか?」

 

 幼少の感慨をかき消すように、青年の慣れた声が無線から割り込んでくる。同じ空の上にこそおれど、今日ばかりは僚機――エスクード2ことニコラスの声音も、どこか緊張を欠いているのが伸びた語尾から感じ取れた。

 海面へと眼を戻すカルロスも、それは同様であった。連合国の制空権内深くにあり、もはやシュヴィル・ロン島以外にまとまったベルカ残党勢力が駆逐され尽くした今、空からの脅威は無いに等しい。その上今回命ぜられたある『特殊な任務』の内容を省みれば、緊張感を保とうにも土台無理というものだろう。

 

《やー悪いね軍人さん、なにぶん相手も動くもんだから、正確な場所が分からんのさ。もうちょっと東の方を探して貰えるかね》

「東、ね…。エスクード2、70°ほど変針しよう。オジサン、他の漁船からの情報があればすぐ繋いでくれよ」

 

 鼓膜を揺さぶるは、酒焼けした聞きなれない男の濁声。今回の『特殊な任務』を物語るその声は、目指す目標の方向を相当アバウトに伝えてくれている。

 まったく、まるで泥酔した水先案内人だよ。口内に零した愚痴を飲み込みながら、指示を受けた方向の海面へと瞳を走らせても、見えるのは青い海面と白い波のみ。沖合とは一転して透き通った水面にも、目指す『目標』は影も形も見ることはできない。

 

《…ったく、何で俺たちがこんな…。》

 

 傍らを飛ぶニコラスの口から、思わず漏れた愚痴。

 まったく同じ感想を胸に抱きながら、カルロスはつい数時間前に受けた奇妙な命令を反芻していた。

 

******

「………は?」

 

 白い壁に囲まれたミーティングルームに響いた、若者二人分の怪訝な声。口をぽかんと開け、話が飲み込めないとばかりに首を傾げたその姿は、誰がどう見ても困惑した人間の様である。

 事実、二人――カルロスとニコラスは困惑していた。目下全軍がベルカ残党の掃討作戦に奔走している中、緊急任務と称して名指しで招集を受け、何事やらと首を傾げながらここに集ったのがほんの数分前。その直後に開口一番言われたのが、そのなんとも解せない『任務』だったのだから。

 二人の眼の前に立つ、こちらに背を向けるサピンの作戦士官は、二人の反応に応えるように溜息をつきながら肩を落とした。

 

「だから、『鮫狩り』だ。諸君二人の乗機で、臨時に任務を遂行して欲しい」

「……………あっ、そうかアレですよね!『鮫狩り』って何かの隠語ですよね!こう、ベルカ残党の潜水艦とか…!」

「………ニコラス少尉。真に遺憾ながら、正真正銘のサメだ。残念ながら潜水艦でもシャークマウスのエースでもF-20(タイガーシャーク)でもない。魚類のアレだ」

 

 やっとのことで頭に浮かんだ解釈にすがるように、声を張るニコラスを容赦なく否定する作戦士官。曰く、目標は敵兵器でもなんでもなく、正真正銘のサメ。方やこちらは戦闘機のパイロット。どう考えても繋がらない両者の接点に、思わず傾けた首の角度がさらに深くなった。

 

「……ええと。サメっていうのは…」

「…ああ、順を追って説明しよう。今朝、北ベルカ漁協から、沿岸近くの漁場にサメが出没し漁に支障が出ているとの情報が入った。同時に、昨日から沿岸の海水浴場でも数頭が目撃されており、当面レジャーが禁止されている状況にある。沖合の防鮫網に破れが確認されているため、おそらくここから侵入して来たのだろう」

「……いやそれは分かるんですけど、何で俺たちが!?」

「確かに…。サメ退治って普通漁協の自前でやるか、ベルカの沿岸警備隊の仕事でしょう。百歩譲って連合軍が肩代わりするにしても、戦闘機って…。」

 

 滔々とサメ退治の理由を語る作戦士官の言は、確かに分かる。寒海域とはいえ、確か過去のニュースでは人が襲われた事故も発生しており、特に今は真夏のレジャー時。おまけに戦争でしばらく規制されていた漁もようやく再開されたとくれば、北ベルカ漁協が心配するのも納得がいくというものである。

 が、それとこれとは話が別である。サメ退治が必要なのは確かに分かるが、それなら本来はベルカの沿岸警備隊が保有する哨戒艇や哨戒機の仕事である。仮に統治中の連合軍が行うにしたって、哨戒機やCOIN(対ゲリラ軽攻撃)機など、低速下で安定性のある機体を用いるのが常の筈だ。間違っても超音速ジェット戦闘機が行う仕事ではない。

 異口同音に口を尖らせ、不承不承の言を上げる若人二人。もちろんその点は作戦士官も認識していたのだろう、容赦なく外堀を埋めにかかる。

 

「あいにくベルカの沿岸警備隊は、ベルカ軍による動員と友軍のアンファング空爆で概ね壊滅している。哨戒機にした所で、現在ベルカ機の飛行は停止中だ。到底出せる状況ではない。」

「はぁ…。」

「そこで我が軍がもろもろの任務を肩代わりする訳だが、哨戒機はあいにく『本物の』ベルカ残党警戒で出払っている。COIN機もベルカ本土に潜伏する残党対策で各地に散らばっていて、海の方にまで駆り出す余裕は無い。」

「…で、残るはウチの戦闘飛行隊と…。でも、この基地にだって攻撃機部隊とか、他に向いてそうな部隊がいるじゃないですか。」

「答えは簡単。単に諸君が手空きだったからだ。あいにくシュヴィル・ロン攻撃で他の部隊は出払っている。確かニコラス少尉は機体のエンジン不調、カルロス伍長は予備機の調整とリハビリで攻撃には不参加だったな?」

「う……まぁ、確かにそうですけども。」

 

 ベルカ沿岸警備隊の壊滅と軍用機の飛行停止、代替役の不在、そして暇を持て余す二人の現状。じわじわと逃げ場を塞がれ、二人はもはやぐうの音も出ない。それでもどこか釈然としないものを抱きつつも、気づけば首を縦に振らざるを得ない状況になっていた。

 それにしても、嗚呼、なんでこんな破目に。げっそりとした表情で恨めしげに見やる二人へ、作戦士官は最後に引きの一言を付け加える。

 

「裏を返せば、本来不向きの機体を出す以上、成果が上がらなくても言い訳は立つ。要は、『ウチは一生懸命やってますよ』という言い訳が立てばそれでいいんだ。ダメで元々、身体慣らし程度に気楽にやってくれ。」

「まぁ…そういうことでしたら。」

「特殊な事情ということもあり特別手当は出せないが、燃料弾薬分はこちらで補填する。…なお、増槽は捨てずに持ち帰るように。後で漁協がうるさいんでな。」

 

 じゃあ、そもそも戦闘機で出させないで下さいよ。

 喉元まで出かけた根本的な抗議の声は、最後に溜息をついた士官の姿に飲み込まれた。多分、事前に漁協からも念を押されたのだろう、その背中には中間管理職の悲哀と苦労が垣間見えた気がした。

 

******

 かくして、空へと立って30分。方々を探せどサメの姿など影も形も無く、無為に時間ばかりが過ぎていた。戦闘の気配の濃かったこれまでの空とは打って変わった、ゆっくりと流れる時間、そして制空域深く脅威の無い空。この状況で集中力が途切れがちになること止むを得ないのは、先述の通りである。――もっとも、レーダーの無い今の機体では、空を警戒しようにも限界があるのも確かであるが。

 

(間に合わせとはいえ、隊長の乗ってた機体か…なんだか感慨深いな)

 

 しばし海面から眼を離し、握った操縦桿へと視界と意識を運ぶカルロス。このコクピットも操縦桿も、わずか数日とはいえアンドリュー隊長が使っていたもの。そう思うと、心がくすぐったいような、ほの暖かいような感覚を感じずにはいられなかった。

 

 先日の空戦で、当面の乗機としていたJ-7Ⅲは大破してしまい、カルロスは乗るべき機体を失うことになってしまった。本来の乗機であるMiG-23MLDは未だ修理中であり、連合軍が鹵獲した他のJ-7Ⅲもあらかた処分が決まってしまった中で、代わりに配備されたのがこの機体である。

 

 灰色のボディに黒く染めた翼端。切り立った機首と後退角を設けた尾翼はMiG-21やJ-7と類似しているが、短い機首と強い後退角を設けた主翼が、そのシルエットをMiG-21系統と異なるものとしている。胴体下にパイロンを持たず、代わりに主翼下部に2本の増槽を下げている点もMiG-21との差異となっていた。

 

 MiG-19S『ファーマーC』。それが、当面の乗機としてカルロスに回された機体だった。

 もっとも、これは新規に獲得した機体ではない。そもそも今回の派遣で人的資源・機体ともに多く喪失し、経営が火の車になりつつあるレオナルド&ルーカス安全保障において、旧式機でさえおいそれと調達する余裕はもはや無いのだ。

 このMiG-19Sは、1度目のヴァイス隊との戦闘で乗機(フロッガーJ)を損傷したアンドリュー隊長が、一時的に乗り変えた機体と同一のものである。ウスティオ首都ディレクタス解放作戦の際にベルカのエース部隊『ゲルプ隊』と交戦し損傷、修理を終えた後に放置されていたものを、今回臨時的に再利用したというのがその実態であった。

 

《にしても、お前もそんな旧式機で難儀だなぁ。しかも最初の仕事がサメ退治なんてよ。農夫(ファーマー)対サメってなんだよ、ってな。》

「うるさいな、静かに下見てろって。というかスズメバチ(ホーネット)対サメもどうかと思うぞ」

 

 任務が任務のためか、ニコラスは常より通信が多い。程々にいなしながら、カルロスは機位を微調整しつつやや減速させ、修理を終えたばかりのF/A-18C『ホーネット』の右隣に機体を並ばせた。この前の戦闘で傷を負った左足は少々突っ張るが、多少の細かい操作なら難なくこなせるまでにはなったようだ。

 

 相変わらず空は高く海は青く、そして退屈であることおびただしい。時折水面に見る黒い影も岩礁であったり浅瀬に沈んだ漁礁であったりと、肩透かしを食らうこと幾たび。いい加減に集中力が切れそうな頭を振り絞り何度目かの旋回を行った刹那、久方ぶりにニコラスとは別の声が通信を揺らした。

 

《にーちゃんたちよ、ウチのセスナがサメの群れを見つけたとさ。》

「やっとか…。位置は?」

《んーとな、ちょっと待ってろ……おし、レヴァンス灯台から北北西に3㎞ちょっとの所だ。頼んだぜ》

《了解だ。ちゃちゃっと済ませて帰ろうぜ》

 

 ようやくの『目標発見』の報に漏れるのは、もはや喜びどころかうんざりしたような感想の声。おおよその位置を反芻して操縦桿を傾け、指定された位置へ向けて農夫とスズメバチは踵を返して脚を早めてゆく。

 それにしても、灯台の目と鼻の先となれば相当沿岸近くである。当初の情報に従って沖合の方を探しても影も形も無かった辺り、案の定、二人は的外れな所を探していたらしい。

 

 いた。

 ベルカ本土を遠景として、海面に見える流線型の影。数は大小含めて5、青みを帯びた灰色の背びれが波を切り、ゆらゆら揺れるように泳いでいる。全長はおおよそ2~3mはあるだろうか、少なくとも人間の姿ではなく、誤認の可能性はない。

 …それにしても、こんなに気分の奮わない目標発見は初めてである。抵抗しようがないサメに向けて銃を撃つことの引け目か、それとも単に集中力の切れた頭が専一に帰ることを考えているだけなのか。カルロスには、いずれにも判断がつかなかった。

 

《たぶんアレだな。なんだよ、群れってたった5匹じゃねーか》

「ま、見つかった以上やるしかないって。俺が先に行くから、後頼む」

 

 とはいえ、今回は北ベルカ漁協という『外部』も絡んでいる以上、ことさらに手抜きをする訳にもいかない。捕捉した『目標』へと眼を向けたまま、カルロスは操縦桿を傾け、『ファーマーC』を右後方から緩やかに旋回させた。高度は600フィート、旧式とはいえ曲がりなりにもジェット戦闘機でもあり、低空における安定性は恐ろしく悪い。後年戦闘爆撃機に転用された来歴を持つ機体ではあるが、いろいろな意味で本来の運用ではない今回の任務で使うには些か厳しいものがあった。

 

 目下、ゆっくり泳いでいるサメの速度は遅く、ほぼ静止目標と言って良い。目標が小さい上にあっという間に相対速度が大きい以上、攻撃可能な時間は数秒も無いだろう。

 目標、ほぼ0°。尾翼を操作し、右ヨーで軌道修正を行う。MiG-19の鼻先の延長線上に捉えられた5匹は、未だ気づく素振りもない。

 …悪いな。

 ガンレティクルに灰色の背びれが入った瞬間、カルロスはその呟きとともに引き金を引いた。

 重い咆哮を上げて唸る30㎜機関砲が、数多の弾頭を水面に刻み込んでゆく。激しい水しぶきの中に、一瞬だけ『赤』が混じったような気がした。

 

 相手は小さい上に低空でもあり、咄嗟の確認は覚束ない。サメの上方を通過し、後続との衝突を避けるべく左旋回しながら高度を上げたのち、カルロスは初めて機体下方に広がる海を見やった。

 同じ進路を通って一斉射を浴びせたのだろう、すぐ後方にはニコラスのホーネットが就いている。その眼下で、『目標』のいた辺りは赤い血に染まり、風穴の空いた大きな腹が波間に浮かんでいた。その傍らでは、波に赤い飛沫を混ぜながら、別のサメが死にもの狂いで荒れ狂っている。他の3匹は空からの奇襲に驚いたのだろう、波間に見える背びれが向かう先は、彼らが来たであろう沖の方向――すなわち北。血の尾を微かに引いているものの、その姿はあっという間に青に飲み込まれていき、それ以上の追走を困難にさせていた。

 

《あーあー、大丈夫かよコレ…。環境保護団体が黙ってないぞ》

「そうなったらなったで、叱られるのは上のお偉いさんだけだろ。…おーい、漁協の人、聞こえるか?サメを2匹仕留めたが、3匹には逃げられた。一応沖の方には向かっていったが、気を付けてくれ」

《おー、流石戦闘機。やるじゃねーか。始末したサメはウチの漁船が回収するから、そのままうっちゃっといてくれ。食えそうだったら後で送ってやるよ》

《いや…サメはちょっと…。…お、早速東に漁船が見えた。アレ待ってればいいんだな?》

 

 30㎜弾の直撃ともなれば陸上兵器すら蜂の巣である、まして生身のサメなどひとたまりもない。青い海に内臓を零しながら、じわりと紅いシミを広げていくその姿を、カルロスは複雑な気持ちで眺めていた。

 かといって、動物愛護といった殊勝な気持ちがあったかといえば、そうとは言えまい。漁協職員とニコラスの会話に対し『あのサメ、食べられるのか…?』などと思わず考えていた辺り、その証左とも言えるだろう。確か、サメの肉はアンモニア臭いと聞いたことがあるが。

 

 さて、ニコラスの言う通り、遥か東には水面の反射に影を落とす小さな船影が一つ。規模を考えると漁船と思われるが、早速こちらに対応したのか、あるいは偶然近くにいたのだろうか。

 戦いから離れた空らしい穏やかなその判断は、直後に入った二つの通信に掻き消された。

 

《へ?おかしいな、今日はサメその方向に漁船は出しちゃいない筈だが…》

《…エスクード2、ニムロッド4!聞こえるか!レヴァンス灯台沖でベルカ残党の工作船を発見、現在哨戒艇が追跡中との情報が入った!そちらから確認できるか!?》

《工作船…?》

「……!ニコラス、あの漁船だ!オジサン、ちょっと外すよ!」

《何!?…ちょ、待…!》

 

 光の反射を遮るように、眼を細めて凝視した先。先の漁船と見えたその船影の後ろには、確かに一回り大きい別の船影が猛スピードで追跡している姿が見えた。よく見れば時折照り返しとは別の光がちかちかと輝き、いくつかの水しぶきが上がっているようにも見える。

 

 場所、そしてあの状況。基地からの通信にあったベルカ残党の工作船に間違いない。

 突然の報に呆気にとられたニコラスをよそに、カルロスは一気にフットペダルを踏み、MiG-19の機体を加速させた。ぐんぐん上昇するエンジンの回転数、そして速度を増して後方に流れてゆく周囲の景色。俄かに空気に漂った戦闘の気配に、カルロスの意識も急速に戦場におけるそれへと変わってゆく。

 

 漁船に偽装したベルカ残党の工作船といえば、カルロスにも思い当る節はあった。

 先日のベルカ残党掃討作戦の一環である、Operation Ground-Bait。こちらの出方を全て読まれ大損害を被った戦闘だったが、作戦空域へ向かう際には、何隻かの漁船の傍を通過した記憶がある。そして思い返せば、それ以前の連合軍の作戦の際にも、早い段階からこちらの出方を読まれ、迎撃に遭った事例は数多い。

 おそらくは、ベルカ残党はこうした工作船を多数保有し、常時展開させていたのだろう。今日も本隊が出撃中であり、その観測の為に展開していたうちの1隻に違いない。

 

 海面との抵抗が大きく速度が限られる船と航空機では、もとより速度に決定的な差がある。凄まじい速さで追撃戦を行う2隻と、その間に飛び交う曳光弾を、二人は瞬く間に眼下に捉えた。よほど優速なのか、漁船――否、工作船の方は回避の為蛇行しつつも、哨戒艇から距離を開きつつある。

 

《なんだ…!?こちらオーシア沿岸警備隊所属、哨戒艇『サーキット』!どこの機体だ!?》

《やっぱりコレか。こちらサピン王国空軍第7航空師団、エスクード2およびニムロッド4!丁度近くにいたんだ、手を貸すぜ。沈めていいのか?》

《サピン軍機か…すまん、頼む。できれば拿捕したかったが、最早困難だ…きっちり沈めてくれ。…奴ら、スティンガーミサイルで武装している。注意しろ》

《げ。なんてこった…ミサイル装備して来るべきだったかな》

「工作船相手にもったいないだろ。よし、こっちが先行してミサイルを引き付けるから、その間に攻撃してくれ。できれば一発で頼む」

《おうよ、任せとけ。大きい分、さっきのサメより格段に狙いやすいしな》

 

 流石に工作船と言うべきか、改めて見るとその船足は相当に早く、既に機銃の射程外へと哨戒艇を引き離しつつある。おまけに携帯型SAM(地対空ミサイル)『スティンガー』さえ装備しているとくれば、たかが工作船と侮る訳にはいかなかった。

 上空から敵の進路と構造を見、咄嗟に立てたのは典型的な囮戦術だった。北を指して遁走する工作船に対し左斜め後方から接近し、先行した1機がミサイル攻撃を誘発させ、生じた隙を後続の1機が突くというのがその大綱である。必然的に先行する方に回避能力が求められるが、ニコラスの駆るF/A-18Cは低空域での加速性能に難がある。万が一のことを考えると、旋回性能では現行機にも引けを取らないMiG-19Sが先行するのが妥当だろう。

 

 こちらの姿は当の昔に捉えていたのだろう、後方から迫るこちらに対し、船の後方で慌ただしく動く人影が見える。人数は二人、いずれも軽装。一人が筒状の黒い物体を持ち、もう一人がこちらを指さして何事かを叫んでいる。

 距離、1600。到底届く距離ではないが、引き金を引いて機銃弾をばらまき牽制を仕掛ける。

 今。

 筒を携えた男と目が合ったように錯覚したその刹那、その背に噴射の炎が上がる。一瞬の勘が脳裏を駆け、咄嗟に操縦桿を左に倒したのは、目が合うのとほぼ同時だった。

 

「っく、病み上がりには、効く…!!」

 

 放たれた弾頭から逃れるべく急角度で旋回する機体の中で、強烈なGが見えない力で体を(ひし)ぐ。体中に受けた傷が突っ張るような嫌な感覚を堪えながら、カルロスは横旋回から機体を立て直し、間髪入れず右旋回へと切り替えた。

 元々、MiG-19は極めて格闘戦能力に秀でた機体であり、至近距離での小回りは後発のMiG-21やMiG-23でも及ばない。海面近い低空域でもその能力はフルに発揮され、逆S字を描く急旋回の連続は追いすがるスティンガーミサイルを翻弄。2度目の旋回の入りで慣性に引きずられたそれは、目標を失って海面へと飲み込まれていった。

 

《ナイス回避!さすがに旋回性能はいいな》

「中身にはあんまり優しくなかったけどな…。こちらニムロッド4、件の工作船は撃破した。後はオーシアの哨戒艇に移管する」

《了解、よくやった。先ほど北ベルカ漁協からもサメの件で連絡があった。ご苦労、帰還せよ》

 

 こちらの機動を眺めていたらしいニコラスの通信に、ふぅ、と息をつくカルロス。省みた後方の水面には、船首の辺りから炎を上げて傾く工作船の姿と、煙から逃れて海へと飛び込むいくつかの人影が見える。ニコラスも首尾よく工作船を仕留めたらしく、その機体には機銃弾の痕一つない。

 やや高くなった波を切るように、後方から漸く追いついたオーシアの哨戒艇が、速度を落として工作船に近づいていく。どうやら海に飛び込んだ工作員を救助するらしく、艦尾にはいくつかの人影も認めることができた。

 

《こちら『サーキット』。サピンの2機、助かった。礼を言うよ。》

《なに、いいってことさ。お礼なら今度オーシアのビールでもくれ》

「お前な…。何はともあれ終わったな、とりあえず帰ろう。」

《おう。…にしても工作船見つけた時といい、お前目がいいな。よくあんな小さなのが…》

「ほら、コウモリ(ニムロッド)は超音波で獲物を探知するって言うだろ?」

《ははっ、レーダーの無いその機体でよく言うぜ》

 

 空を切る2つの翼が、南へと機首を向けていく。

 その間に交わされる、他愛のない会話。何気ないそのやりとりは、戦闘機舞うその空が再び静謐に戻ったことを告げていた。

 空は広く、高く、そして青い。幼少の頃見上げた穏やかな空の中に、カルロスはいた。

 

******

「……………で、何だコレは。」

「あ、お帰りなさいアンドリュー隊長。軍曹とフィオンも。どうでした?」

 

 夕刻。ベルカ残党の掃討戦から帰還したアンドリュー以下3人は、その状況に困惑していた。

 格納庫の横、空いた軒下の場所から漂う油の匂い。

 アルミ製のトレイに山盛りになった、きつね色に彩られたフライ。

 そして、エプロン姿のカルロス。それもあろうことかコウモリのエンブレム入りである。

 

「いやまぁ、敵が引っ込んで現れないんだ。戦果も何も…っていやいやそれよりコレ。っていうかお前。」

「何これ、フィッシュフライ?いっただき…あ、おいしー。料理できるとか意外。」

「………カルロス。」

「あ、えーっとですね。どこから説明していいものやら…。」

 

 早速にフライに手を伸ばし、さくさくとおいしそうな音を立てて舌鼓を打つフィオンをよそに、名状しがたい困惑した表情でカルロスを見下ろす隊長とカークス軍曹。菜箸でからからと音を立てるフライ鍋の中を探りながら、カルロスはここに至った背景をかいつまんで説明し始めた。

 サメ狩りに急遽駆り出されたこと。その途上でベルカ工作船と遭遇したこと。帰還後しばらくすると、北ベルカ漁協からお礼として仕留めたサメが送られてきたこと。そしてそれは到底食べきれる量ではなく、その大部分を基地の厨房におすそ分け(押し付け)したこと。

 

「…で、そのサメっていうのが食用になる『ネズミザメ』っていう種類だったとかで、厨房から油やらパン粉やらを貰って、ちょっとフライにしてみました。案外おいしいですよ?」

「ぶ、げっほ、けほ。サメ!?これサメ!!?」

「おま………なんつー愉快な一日を送ってるんだよ。とりあえずこれは没収、今日のビールのつまみに接収だコラー。」

「…………今度からそんなアホな任務は断れ、せめて社に1回相談してからにしろ。予備機とはいえ機体は高いんだからな。…今回だけは、このフライに免じて許すが。」

 

 仕留めたサメは、偶然にも食用に用いられる種類だった。聞いた所では、サメの中では比較的アンモニアが少なく、フライや煮物などに用いられるのだという。正直本当に送って来るとは思わなかったが、予想外の臨時収入は儲けものだったと言えるだろう。なお、同じフライの山はニコラスの方にもしっかり渡してある。

 

 サメと聞いて思わずむせるフィオンと、あっけにとられながら笑い飛ばすカークス軍曹、そして呆れ顔に一抹の苦笑を刻んだアンドリュー隊長。最後に出た溜息にも、呆れた微笑が滲んでいる。

 

「よし、総員、手が空き次第掃討作戦だ。このバカの獲物を、全員で平らげてやれ。」

 

 アンドリュー隊長に応えるように、方々から上がる笑い声。飛び交う機械と工具の音に、それは明朗に共鳴した。カルロスも笑顔で答え、こんがりと揚がったフライをトレイの上へとまた一つ上げてゆく。

 

 終わりの見えぬ戦いの最中に生まれた、ほんのひと時の暖かな時間。

 後にして思えば、それは皆で過ごした得難い、そして最後の団欒だったのかもしれない。

 

 




【とある日のメニュー】
《主菜》
A:ガーリックチキンソテー
B:サーモンチーズフライ
C(期間限定!):北海の恵みのフィッシュフライ(数量限定!!)

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