Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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《いよいよ、ベルカにチェックメイトを突きつける時が来た。北郡へ向け撤退を続けていたベルカ軍は交通の難所であるバルトライヒ山脈に行く手を阻まれ、その進行は著しく滞っている。これを好機とみて、連合軍上層部は当該部隊の殲滅を第一目標と決定。ベルカ軍の殿(しんがり)部隊が籠城しているスーデントール市に押さえの部隊を残し、残る全ての戦力をバルトライヒの敵部隊へ向け、目下激戦を繰り広げている。諸君には手薄となったスーデントール方面軍を航空攻撃により支援し、その包囲を盤石なものとしてほしい。 本作戦は長期化が予想される。辛い戦いとなるだろうが、ベルカを叩き平和を取り戻すために、一層奮闘してくれ。諸君の健闘を祈る。》


第16話 スーデントール制空戦(前) -The Gray Men-

《カクタス隊、離陸完了。続いてマルティーロ隊離陸せよ。発進後は管制機の指示に従え》

《第2滑走路クリア。アルポーン隊、着陸を許可する。》

《こちらアルポーン1、了解した。アルポーン4が被弾している。救護班を待機されたし》

 

 据え付けのスピーカーから漏れる雑音混じりの声が、霧がかかったようにぼんやりとした頭の上を飛び交ってゆく。

 機械の駆動音、整備員の声、そしてジェット燃料と機械油の匂い。いくつもの声によって綻びた眠気の隙間に、音と匂いの奔流が遠慮なく割り込んで、浅い眠りを打ち破らんと強引に訴えかけてくる。

 顔面に被せていたタオルをはねのけた先には、錆の浮いた格納庫の天井と、MiG-23MLD『フロッガーK』の黒い翼端。徐々に像を結び始める眼には、度重なる出撃に傷ついた機体と、その先にある『現実』の姿が、ありありと映っていた。

 1995年、6月6日。この日、後世に残る悲劇が起きると知るよしも無く、カルロスは深いため息を残しながら、疲労の残る体をパイプ椅子の背もたれから引きはがした。

 

「寝てた、のか…。…しまった、今何時だ?」

「お前さんが寝込んで28分と少し、だ。体も機体も酷使してるのは分かるが、油断しすぎだぞ?」

「…げっ、機付長!す、すんません…」

 

 時計を探して巡らせた視界の真ん前に、機付長の大きな体が入るや否や、酒焼けした響く声が被せられる。各機体の整備責任者として設けられる機付長のうち、カルロスの乗機整備に携わるのが彼であるが、しょっちゅう機体を壊して帰る手前、カルロスは頭が上がらない。冗談混じりに声をかけた機付長についつい謝罪で反応したのも、もはや反射的なものであった。

 く、く、と笑いを堪えながら、『冗談だって。休めるときに休んどけ』と繋げた機付長の背中の遙か向こうでは、同じように椅子に寝そべって仮眠をとるカークス軍曹の姿も見える。さらに一つ隣のブロックでは、フィオンが乗機のタイヤにもたれかかって眼を瞑っている様も窺えた。笑みを浮かべる機付長本人ですら、ススと汗に塗れた顔には疲労の影が浮かんでいる。そう、一様に皆疲れているのだ。こうして僅かながらも仮眠できる自分達は、まだ幸せな部類なのかもしれない。

 

 ベルカ絶対防空領域『円卓』の陥落、そして制空権の喪失とともに綻びてゆくベルカ軍防衛線。なし崩し的に撤退を繰り返す前線を立て直すため、ベルカ軍は5月の下旬より、ベルカ南郡からの一斉撤退を開始した。すなわち、南郡各都市防衛のために部隊を分散させる愚を犯さず、戦力を維持したままベルカ北郡へと前線を後退。ベルカを南北に貫くバルトライヒ山脈の天嶮に拠り、連合軍を防ぐ方針としたのだった。

 そして、その撤退を支援するために残されたのが、バルトライヒ山脈の麓に位置する工業都市スーデントールである。規模こそ普通の工業都市と大差ないものの、スーデントールは丁度ベルカ軍の撤退ルートを護る位置に当たる上、都市内に南ベルカ国営兵器産業廠を擁するため継戦能力は極めて高い。片や連合軍としては、いかにスーデントールが強固といっても、ここを攻略しない限り全戦力を撤退するベルカ軍へ向けることは叶わない。主力部隊をバルトライヒ山脈攻撃へと転進させてなお、連合軍が主力軍の一部を割いて包囲を継続し、まるで投げつけるように執拗に航空攻撃を行う理由も、戦略的に頷ける所はあった。

 

 もっとも投げつけられる本人としては、ここ数日のハードワークは堪ったものではないが。

 ホフヌング空爆支援の後の休暇は早々に切り上げられ、作戦へと復帰した昨日からの出撃は、実に5回。長距離侵攻作戦ではないものの、爆弾を抱えては激しい砲火を掻い潜り、時に空戦も行わなければならないことから、1回ごとの出撃でさえ精神と肉体の消耗はこれまでの比ではない。

 消耗と、痛み。これまでの戦闘でダメージを受けたにも関わらず、まさに『投げつける』ように部隊を展開させてゆく連合国の戦術。そこには、何としてもここで戦争を終わらせるという、確固たる決意が垣間見えるように思えた。

 

 …何だっていい。各国の思惑がどうであれ、そこに戦闘が起こり、そこに戦力が求められるからこそ、俺達傭兵の出番があるのだ。要請のままに戦っていれば、それで傭兵の本分は果たせる。つい先日、『ウィザード1』――ジョシュア大尉が言っていたような、『戦いにおける信念』を考えること自体、傭兵にはナンセンスなのかもしれない。どんな信念を据えていても、死ぬときは死んでしまう。心持ちだけで、機体は動いてはくれないのだ。

 普通に考えれば、確かにそうだ。…だが、それは本当に、正しいのだろうか?

 

《第6次攻撃隊、出撃時刻に変更なし。出撃準備を開始せよ》

 

 スピーカーから流れる音が、内奥に生じた思考を現実へと引き戻してゆく。

予定通りならば、あと1時間もない。身の回りの装備の点検、作戦の再確認と、準備しておくことは山ほどある。

 行くか。脱力していた両脚に力を入れて、カルロスはパイプ椅子から立ち上がる。ぎし、と椅子から鳴った音は、まるで疲労困憊した体そのものから響いた軋みのようだった。

 

******

《空中管制機デル・ヘミニスより、管制下の全機に告ぐ。スーデントール市内の各攻撃目標は依然健在。爆撃隊は所定の航路を取り、目標αを攻撃せよ。直掩隊、ならびに支援攻撃隊は空陸の脅威を排除し、爆撃隊を支援せよ。》

 

 『デル・タウロ』の聞きなれた声とは趣の異なる、耳が痒くなるような低い声が通信機から流れ込む。姿見えない『ふたご座』の、声という名の見えない手綱。それに操られるように、直掩に就いていたオーシアのF/A-18C『ホーネット』が巧みに機位を変え、爆撃隊の頭上を守る位置へとその翼を翻していった。

 

 疲労の抜けきらない頭と体に、容赦ない初夏の陽光がさんさんと降り注ぐ。ちらりと腕時計を見やれば、2本の針は14時と30分過ぎ、最も暑くなる時間帯を指していた。 もっとも、上空を飛ぶうえ、疲労の溜まりきったカルロスの頭に、『今日は暑くなりそうだ』などと余計な感慨は最早思い浮かぶ余裕も無い。頭上を過ぎた大きな影を束の間見上げたその目の色は、絶え間ない緊張と疲労の末に歩み至った、無心の境地と言えなくもないものだった。

 

《ニムロッド各機、高度を下げて先行する。増槽を投棄》

 

 アンドリュー隊長の指揮を受け、スロットルを倒しながら頭上の大きな影――オーシア空軍のB-52H『ストラトスフォートレス』の下方へと抜けてゆく。下がってゆく高度計の目盛りとともに、頭上を徐々に離れてゆく6機のB-52Hと8機のF/A-18C/D。それを尻目に、ニムロッド隊の4機と、同様の任務を帯びた一連の編隊が速度を上げていった。

 

 同様の任務――すなわち、管制機の通信にもあった『支援攻撃』。それが、本作戦でニムロッド隊らサピン軍機に課せられた任務だった。

 籠城の場に選ばれただけのことはあり、縦横に走る水路や背後に聳える山という地形を活かしたスーデントール市の対空防衛網は相当に強固である。これを崩すのは本来対地攻撃機の役割だが、現在はその多くがバルトライヒ山脈のベルカ主力軍攻撃に回され、十分な量が確保できていない状況にあった。殊に、最大の対地攻撃機保有国であるオーシア軍はバルトライヒ攻囲軍の主力を担っており、その殆どを自軍主力の支援に使っている。いくら要請を受けても、虎の子とでも言うべき貴重な戦力を殿(しんがり)相手に投入するのはオーシアとしては無理な相談だった。

 そこで建てられた策が『爆装した戦闘機による対地攻撃』であり、比較的マルチロール機の保有数が多いサピン空軍に白羽の矢が立ったのだった。その証左に、『エスクード隊』を始めとした後続するサピンの8機は、いずれもAAM搭載数を減らしてUGB(無誘導爆弾)を多く積んでおり、一目でその役割を帯びていることが判別できる。

 当然、真っ先に蜂の巣に飛び込む役割上、危険は極めて高い役割でもある。出撃前に見た、友人のエスクード2――ニコラスのいかにも嫌そうな顔は、戦闘機乗りたる彼にとっては当然の反応だったのだろう。戦闘機同士でやりあうならいざ知らず、戦闘機が対空砲火に喰われるのは溜まったものではない。

 唯一の救いは、現在も連合軍の第5次攻撃隊が制空戦を継続しており、戦場が乱戦の最中にある点だろうか。ベルカ軍が上空に気を取られている隙を突けば、多少は脅威も減るかもしれない。

 

《スーデントール市上空の友軍へ、こちら第6次攻撃隊、サピン空軍機だ。これより空域に進入する》

《了解した。空域に多数のベルカ軍機展開中。全部灰色をしてやがる、識別に注意しろ》

《了解だ。各機、高度を下げろ。攻撃後は加速して一気に上昇する。遅れるな》

 

 連なる山脈が途切れた先の開けた平地に現れた、幾筋もの煙を上げる大都市の姿。事前情報通り、街中を水路が走る複雑な地形の都市部からは砲煙があちこちから絶え間なく上がり、街を包囲する連合軍を牽制している。その上空では数えきれないほどの戦闘機がいくつも舞っており、飛行機雲と炎が、蒼穹のキャンパスに複雑な幾何学模様を刻んでいた。

 

《上も下もなんつー数だ…。どこ狙います?》

《予定通りだ、水路沿いのミサイル陣地を狙う。エスクード、アルマドゥラ各隊は所定位置へ》

《了解した。…これで、戦争を終わらせる。エスクード各機、続け!》

 

 左右両翼に位置していた両隊のF/A-18Cが機体を傾け、それぞれの目標へと鼻先を向けてゆく。残るニムロッド隊は市外を包囲する友軍の頭上を越え、対空砲の網を潜り抜けながら、砲火の最中へと黒い翼を突入させた。

 左右から曳光弾が軌跡を交差させ、時折振動とともに金属の弾ける音が機体に響く。

 閃光の網に絡めとられ、上空を旋回していたオーシアのF-16Cが炎に包まれ墜ちてゆく。

 まるで生きた心地がしない。まだか、目標は。

 ロックオン警報。後方…いや、前方。上空。

 敵迎撃機の一部がこちらに気づき、こちらを指して急降下してくるのが視界の端に映る。こちらは地を這うような低空、到底回避する余裕はない。

 白煙、ミサイルアラート。

 くそったれ。

 激突警報に悪態をつきながら、スロットルを倒して地面スレスレまで高度を下げる。頭上を掠めた矢が後方に刻んだ爆発炎を振り切って、4つの翼は川上をひた奔った。

 見えた。目標、4基並んだ自走式SAM(地対空ミサイル)。上空を狙っていたのか、空を指す3連の矢はあらぬ方向を向いている。

 

《投下。…目一杯飛ばせ!》

 

 先頭を飛ぶ隊長のMiG-27M『フロッガーJ』から曳光弾が放たれ、かの『アヴェンジャー』と並び称される30㎜ガトリング砲が瞬く間にSAM1基を鉄屑に変えてゆく。一拍遅れての爆発、炎、飛び散る破片。それらを隠れ蓑に、4機は一斉に機首を上げ、同時に全てのUGBを投下した。

 戦果を確認する暇は、無論ない。後背に迫る弾雨から逃れるべく、カルロスは計器盤を操作してMiG-23の特徴である可変翼を最大まで畳んだ。

 主翼展張時の安定性と、最大角時の高加速力。相反する特性を併せ持つ強みを生かし、4機のフロッガーは瞬く間に高度を稼いで、上空で弧を描き反転。その下方には、黒煙に包まれて燃えるSAMと、先程上空から襲い掛かって来た迎撃機の姿が見えた。

 

《目標撃破を確認。…なるほど、確かに敵機の塗装が妙だな》

「あれは…。『灰色』って、そういう事か。」

 

 爆撃の戦果へ眼を走らせるも一瞬、機首を上げて上昇してゆく迎撃機――MiG-21『フィッシュベッド』の姿を見て、カルロスは納得とともに口にした。

 そう、攻撃に入る前、友軍の通信では確か『全部灰色をしてやがる』と言っていた。聞いた時点では意味が分からなかったのだが、攻撃直前のタイミングでは余計なことを考える余裕がなかったのだ。それが、敵機の姿を見て合点が入った。

 その敵機は、ベルカの国籍マークを描いた他は誇張無しに灰色一色だった。それも1機や2機ではなく、空域を飛ぶほとんどのベルカ軍機が同様の姿である。機種はともかく、その塗装パターンはオーシア軍のものと酷似しており、先に『識別に注意しろ』と言われたのも納得だった。

 

《なるほどな…塗装する暇すらないってか。よく見りゃ飛んでるのは旧式ばっかだ。》

《ちぇ。強いのがいるかと期待したのに、これじゃ期待外れだ。帰りたーいー。》

 

 カークス軍曹の通信に、カルロスも釣られて周囲を見回す。言われてみれば、空域を舞っているベルカ軍機はMiG-21『フィッシュベッド』やSu-15『フラゴン』が多数を占めており、主力とも言うべきMiG-29『ファルクラム』やSu-27『フランカー』の姿は殆ど見られない。多様な機種を有するベルカ軍の特徴を踏まえると、異様な光景だった。

 

******

 

 以下、余談とはなるが――。

 19世紀から20世紀にかけて全世界的に起こった産業革命の中でも、ベルカ公国はオーシア、ユークトバニア両大国と並んで技術発展が著しい国だった。特に航空機技術の発展に従い空軍中心へと戦略の転換が起こると、後発の諸外国においても空軍が設立され始め、国際的に航空機の需要が増加。この潮流を受けて、ベルカは各国の需要に応じた多彩な機種を生産・輸入する方針を取り、各航空メーカーの工廠を積極的に誘致することとなる。 必然的に、国内における稼働試験やコスト低減の必要性から、ベルカ軍の装備機もこれら各メーカーの機体や余剰パーツを利用することとなった。

 結果、ベルカはオーシア・ユークトバニア両国に比肩する兵器輸出大国となり、同時に国内においても多彩な機種を有するという、他国と一線を画する『少数多機種』とでも表現すべき特徴を持つに至ったのであった。事実、ベルカの友好国であるエストバキア連邦やカルガ共和国、レサス共和国などで使われる兵器の大半はベルカ製とも言われており、ベルカの航空産業は大いに発展した。

 

 だが、各メーカーの部品規格が異なる以上、多様な機種を採用することは整備性・生産性の悪化に直結する。ベルカにおいては航空産業勃興の初期から生産工程の簡略化や部品数削減が研究されており、また国内向け・輸出向けに各機種で多くのパーツを生産していたため、平時では整備性の悪化にそこまで頭を悩ませることは無かった。

 ところが、パーツ需要が増し、整備頻度も急増する戦時では話が違ってくる。特に国内に侵攻され補給が滞るようになると、劣悪な整備性による稼働率の低下は致命的な問題となっていった。

 ここスーデントールでも直面したその問題に対し、市の兵器生産を一手に担う南ベルカ国営兵器産業廠は、生産する機種を大幅に限定することで対応を図った。しかも生産ラインの殆どを部品数が少ないMiG-21や、エンジンが共通であるSu-15といった機種の簡易量産型に限定した上で、塗装すら省略して次々とロールアウトさせていくという、生産性を徹底したものだった。

 これまでが嘘のように少数に統一された機種、そして灰色一色の姿。カルロス達が直面した事態には、このような背景があったのだ。――無論、ベルカの歴史や軍制に知悉していないカルロスには、到底思い至るものでは無かったが。

 

******

 

《こちらエスクード隊、爆撃完了。目標の沈黙を確認した》

《アルマドゥラ隊、同じくだ。》

《デル・ヘミニスより各機、了解した。引き続き制空戦闘に移行し、爆撃隊到達まで制空権の確保に努めよ》

 

 支援攻撃を行っていた各隊から続けざまに通信が入り、地上から立ち上るいくつもの黒煙がその成功を無言の内に伝える。至る所に散る鉄屑に、崩れた建物と川岸から上がる火の手。高度2000フィートから見下ろしたベルカ最大の工業都市の姿は、ベルカという国そのものの断末魔にも見えた。

 

《了解した。ニムロッド各機、自由戦闘を許可。低空は対空砲が健在だ、無理はするな》

《あーい》

《了解しました。ニムロッド3散開》

「ニムロッド4、こちらも散開します。」

 

 明朝からの波状攻撃で乱戦となって長いためか、上空から見下ろす限り、ひと塊となって編隊行動を取っている敵機は少ない。機数と性能の利を活かせる自由戦闘を下命した隊長がいち早く機体を降下させ、フィオンやカークス軍曹もそれぞれ見定めた敵機向けて翼を翻らせてゆく。

 さて、自分はどうするか。増槽とUGBを装備していた関係上、現在残っているのは2連装ミサイルレールに装備したAAM(空対空ミサイル)が両翼1組、計4発。空域に展開する敵機の数を考えると無駄撃ちは許されず、慎重に目標を決めなければならない。

 僚機の3人が早くもそれぞれの目標に襲い掛かる様を見下ろしながら、カルロスは焦りの滲んだ瞳を懸命に地場へと向ける。だが、敵味方が入り乱れる戦場は一瞬ごとに様相を変え続け、はぐれた蝙蝠(ニムロッド)1羽が潜り込む隙など容易に与えてはくれない。

 そんな時、だった。煙と弾幕の間を縫って、見知った姿と声が眼下から飛び込んで来たのは。

 

《こちらエスクード2、誰か後ろの奴を追い払ってくれ。振り切れない!》

 

 通信越しに焦りを伝える、エスクード2――ニコラスの声。声の主を探して走った目は、先程爆撃したSAM陣地の上空を逃げ惑う1機のF/A-18Cと、その背に追いすがる2機のSu-15の姿を捉えた。本来機動性では『ホーネット』に分がある筈だが、その機体特性上低空における加速力は悪く、機動も制限される。速度性能に勝る2機相手では、一刻の猶予も無かった。

 迷っている暇すら惜しい。瞳を2機の『フラゴン』に据えたまま、カルロスはスロットルを左に倒し、同時に翼を畳んで一挙に加速をかけた。

 

「こちらニムロッド4、エスクード2の支援に入る!もう少し待ってろ!」

《…ニムロッド4、悪いな!…チッ、いい腕してやがるっ…!》

 

 距離1500、至近から放たれたAAMをすんでの所で躱したホーネットに、いくつもの機銃弾が吸い込まれる。通信回線に混じった舌打ちに、金属が穿たれる嫌な音が響いた。

 接敵は敵機の斜め後方、照準器の真ん中に切り欠き三角翼の機影を収めながら、主翼の角度を中間位置へと操作する。同じ可変翼機でも、主翼角を自動で補正してくれるF-14『トムキャット』とは異なり、MiG-23シリーズは手動で制御しなければならない。

 距離を詰める中で、主翼操作に意識を向けた一瞬の隙。その間に眼前の敵機は攻撃を中断し、ニコラスのホーネットが加速するにも関わらず、左右それぞれに機体を傾けた。

 

(気づいたな)

 

 AAMの射程から一歩外の間合い。捕捉寸前で察知された不覚に(ほぞ)を噛むも一瞬、カルロスは咄嗟にエンジンを吹かし、衝突の危険も顧みず敵機へ向けて加速をかけた。Su-15の加速には到底追いつけないが、今ならばまだ敵機に速度が乗りきっていない上、低空における機動性は可変翼を持つMiG-23MLDに分がある。

 左旋回に入り、大柄の機体を晒す『フラゴン』、ガンレティクルに捉えられた胴体。距離が1000を割り、『フロッガーK』のセンサーがロックオンを告げた時、カルロスはAAMの、次いで機銃の引き金を押した。

 

「ニムロッド4、FOX2!」

 

 主翼下から放たれたAAMが、『フラゴン』の左後部エンジンに吸い込まれて尾翼と構造物を吹き飛ばす。衝撃でバランスを崩し揺らいだ機体へ、続けざまに放たれた23㎜機銃弾はその背を容赦なく抉り抜いた。

 灰色に穿たれた、いくつもの『黒』。ガンレティクルの中で、それは炎に包まれながら、四散五裂して墜ちていった。

 

《なんだ、『フラゴン』にしては妙に機首が長い奴だったな。…なんにせよ、ありがとよ。借りができたな》

「いいっていいって。お代は上等のホットワイン1杯分って所で」

 

 残る1機の『フラゴン』が、高度を上げて逃げてゆく。追撃が無いことを確認したのだろう、速度を緩めたニコラスのホーネットが横に並び、手振りのジェスチャーをこちらへと向けた。曰く、笑いながらこちらを指さし、次いで中指を立てて『バカヤロウ』、と。ホットワインの冗談に対する回答らしい。…もっとも、農業国として名を馳せるサピンのワインは、高品質で世界に知られている。軒並み食事が美味いサピンのものでも特にカルロスは気に入っており、先にそう言ったのもあながち冗談ばかりではなかったのだが。

 

 一時的に制空戦に参入した連合軍機が増えたためか、上空を舞うベルカ軍機の数は一気に少なくなった。これならば、爆撃隊の到着まであと一押しで済む。こことバルトライヒの戦いさえケリが付けば、ベルカの半分は連合軍の勢力下に入る訳である。様々な苦難ややるせない思いもあったこの戦争も、先が見えるのだ。煙を噴いて駆逐されゆく灰色の機体は、まるでそれを象徴しているようにも思えた。

 

 ――カルロスの頭に浮かんだ楽観的なその予断は、戦況を見えても戦略が見えない者ゆえの『油断』であったのかもしれない。

 


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