Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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《諸君らの奮闘によって、『円卓』制空権はついに我ら連合軍の手に渡り、『ジャッジメント』作戦は完遂された。これを受け、連合軍は前線をさらに北上。同時にベルカ東郡の大規模工業都市を空爆し、ベルカの工業生産能力を奪う『カニバル』作戦を発動することとなった。第一攻撃目標は、ベルカを代表する工業都市ホフヌングである。 
ホフヌング空爆はオーシア空軍が主体となって実施されるが、攻撃を察知したベルカ軍はホフヌングから西南西47kmの地点に急造の防空陣地を設置した。この地点は丁度爆撃隊の帰投ルートに重なるため、このままでは爆撃隊が大きな打撃を被る可能性がある。
そこで、諸君はホフヌング空爆と同時に、低空より侵入してこの防空陣地を急襲。これを徹底的に破壊し、爆撃隊の帰投ルートを確保して貰いたい。本作戦は隠密行動となることから高い練度を要求され、危険も大きい任務となる。そのため、報酬を契約の倍額とする他、機体や弾薬等は全て我が軍で用意させて貰う。歴戦の諸君の腕を見込んでの作戦だ。成功を期待している。》



第14話 策謀の焔環

 真っ暗な空間に一時声が止み、カタカタとキーボードを叩く音だけが無機質に響く。

 ミーティングルームの壁面へと朧な光で投影されたスクリーンには、作戦目標付近である工業都市ホフヌング周辺の詳細な地形図、戦力配置図、そして偵察写真。それを背にでっぷりとした体のシルエットを浮かび上がらせる作戦士官は、『質問は?』と一言区切り、舐めるように集った面々を俯瞰した。

 

 さして広くない部屋の中には、(くだん)の作戦士官を始めとしたオステア基地の人員が数名と、先の『ジャッジメント作戦』を生き残った傭兵『スコーピオン隊』の2人、軍人とは思しいものの服装がてんでばらばらな妙な集団が4人、そして我々ニムロッド隊が4名。普段の作戦前ミーティングのことを思えば、今日のそれは妙に少ない。

 

「質問。本作戦、管制機の誘導はないとのことですが、目的地までの誘導は?また、対地装備が主となると敵迎撃機が脅威となりますが、護衛機は?」

 

 前に座る、ユークトバニアの軍服に身を包んだ禿頭の男が手を上げ、どこか憮然とした様子で質問を投げかける。その出で立ちにそぐわず、言葉にユークトバニアの訛りは聞こえない。むしろ、聞き慣れたサピンのものに近い雰囲気がある。

 その口調ゆえか、それともこちらには伺い知れない何かがあるのか。作戦士官のこめかみが一瞬苛立ったようにぴくりと動いたのを、カルロスは見逃さなかった。

 

「誘導は我が軍の先導機が行うが、作戦空域に入る前に離脱する。したがって、作戦を担うのは諸君らのみだ。護衛機の件についてだが、あいにく我が軍の主力はホフヌング方面の側面支援とスーデントール方面への攻撃で余力がないため、随伴できない。諸君らの技量で乗り切って欲しい。」

「へー、夕方格納庫に山ほど駐機してた戦闘機はハリボテか何かですか。そりゃー大変だ、この基地が丸裸になっちまう。」

「…。エンリケ中尉、関係の無い発言は慎め。他に質問は無いな?」

 

 エンリケ、と呼ばれたその男は、作戦士官を詰るようにへらへらと笑い、本音ともつかない冗談を口にしている。その右隣に座るベルカ軍服を着た男も釣られたように笑い出し、その一角は下卑た笑い声に包まれた。階級で呼ばれた辺り軍人には違いないのだろうが、その服装とも相まって、妙な印象は否めない。

 今度は傍目にも分かるほどに青筋を浮かべながら、作戦士官は咳払いとともに一同を見渡す。妙な引っ掛かりは感じるものの、頭の中では質問というほどの具体的なものには形を成していない。他の面々も同様なのか、質問は上がらなかった。

 

「では解散とする。出撃は2250時、それまで待機せよ。作戦詳細は追って文書で知らせる。」

 

 アンドリュー隊長に続き、カルロスも席を立って、割り当てられた格納庫へと脚を向ける。

 後ろの方でどやどやと言葉を交わし、気だるそうに席を離れていくのは、先の妙な4人組。その言葉の端々に、その軍服の国の訛りは、ついぞ聞き取ることが出来なかった。

 時に、1995年6月1日、日が沈んで久しい夜。空気のこもった基地司令部を出ると、涼しい夜風が頬を撫でた。

 

******

「……はぁ。何これ、また鈍くさそうな機体ー。」

 

 格納庫に納められた機体を目にして、開口一番に聞こえたのはフィオンの落胆の声だった。言葉こそ発しないものの、カルロスをはじめ他の3人も、思わず息を呑んだ。

 フィオンの言うとおり、その外見はこれまで搭乗してきたMiG-21やMiG-23といった機体と比べて、縦も横も一回り大きい。先端が切られ、機首にエアインテークが設けられた構成や、後退角のある大型の尾翼はMiG-21に似ている。その一方でフラットな胴体上部や急な後退角を設けられた可変翼はどこかMiG-19やMiG-23を思わせるという、全体を見れば総じてちぐはぐな印象だった。

 特筆すべきは、外見からも分かるその搭載量の多さだろう。判別できる限り、そのハードポイントは実に8カ所。今までの乗機とどこか似通った外見の中で、それが一線を画する大きな個性となっている。

 

 Su-22M3『フィッターJ』――それが、本作戦のためにサピン軍から与えられた機体だった。機体そのものはSu-17『フィッター』シリーズの輸出型に当たる旧式の戦闘爆撃機だが、導入した一部の国々では今なお使用されている比較的ポピュラーなものと言っていい。

 

 だが、フィオン以外の3人が息を呑んだのは、『フィッターJ』という機種に対してでは無かった。一言で言えば、その機体そのものが『異観』だったのだ。

 本来灰色系統や迷彩で塗装されることが多いSu-22だが、眼前のこの機体は、闇で塗りつぶしたような黒一色で塗装されていた。ご丁寧なことに、通常グレーで塗装される機体下部すら黒く塗られ、それは誇張なしに黒一色。唯一、機首エアインテーク内のノーズコーンだけが赤く塗装され、それが却って不気味な印象を醸し出している。おまけに、所属するレオナルド&ルーカス安全保障会社のエンブレムはもちろんのこと、あろうことかサピンの国籍マークすら描かれていない。

 そもそも、サピンでは過去にもSu-17/22シリーズの導入実績は無い筈である。ならば、『あるはずの無い』この機体は一体何なのか。

 この作戦は、何かおかしい。先のミーティングルームで抱いた違和感は、確信へと変わった。

 

「…隊長、今回の作戦、なんだか妙じゃないですか?いくら隠密作戦だからって、この機体は…。」

「分かっていた事だ。さっきの面々を見た時から、な。」

「…?」

「気づかなかったか?前に座ってたあの4人…あいつら、サピンの懲罰兵だ。俺達含めた他のパイロットも傭兵ばかりで、正規軍は一人もいやしねぇ。…こりゃ、相当にきな臭いな。」

 

 思わず口にした疑問に、アンドリュー隊長が言葉少なに答える。飲み込めない表情を返した矢先、それを引き継いだカークス軍曹の説明は、カルロスをして絶句させるに十分な内容だった。

 軍内で、何かしらの軍紀違反を犯しながら、軍務に就くという懲罰兵。当然その任務に懲罰としての側面がある以上、その内容は危険の伴うものであったり、正規軍が行ったと知られれば困るものが主であるのが常である。何しろ時代が時代なら、背中を友軍の銃に狙われながら地雷原を突破するような役を負わされる立場なのだ、今回とていい想像は浮かばない。あまつさえ先の姿を見る限り、彼らはユークトバニアやファト、ベルカ等他国の軍服を纏い国籍を偽るという、類の無い偽装まで施していた。

 この機体の姿に加えて、懲罰兵を始めとした部隊構成。こうなれば、カークス軍曹ならずとも疑念を抱かざるを得ない。

 

「どうします、こりゃ結構な泥船じゃありゃしませんか。沈んじまう前に、早めにエンジントラブルにでもなって引き返すってのはどうです?」

「そうもいくまい。4機同時にエンジントラブルにでもなれば、今後の仕事に支障を来す。何より仕事を途中で放り出す訳にもいかんだろう。…慣れない機体だ、早めに準備にかかる。出撃までに機体に体を合わせておけ」

「…りょ、了解しました。」

「はぁぁ…何も無いといいけどねぇ。」

 

 不安を拭えない重い気分を吐き出すように、カルロスとカークスが同時にため息をつく。特別仕様の無国籍機、正規軍とは切り離された隠密作戦、そして懲罰兵と傭兵だけの編成。気にし始めたらきりがない不安要素に頭を悩ませた所で、隊長の言う通り、仕事は仕事と割り切るしかないのだろう。たとえ、そこに残る割り切れない『余り』がどんなに大きかろうと。

 

「あーあー。こんなノロそうな機体じゃ活躍なんてできやしない。たいちょー、偉い人に掛け合って下さいよ。Su-27(フランカー)か、せめてMiG-29(ファルクラム)下さいって。」

 

 不承不承といった表情で、フィオンが悪気のない不満を口にする。

 重苦しい空気の中、今だけは彼の軽口が却って救いだった。

 

******

 格納庫におけるやりとりを経て数時間後、ベルカ東郡はホフヌング市付近の空域に、カルロスらの駆る機影を認めることができる。

 先頭に立つサピン軍の先導機を含め、その数は締めて11機。地を這うような低高度で、それらは両翼の警戒灯と絞ったエンジン音の尾を残しながら、闇に紛れるように北を指していた。

 

《こちら先導機『ノーザンライト』、攻撃目標付近に到着した。当機はこれより離脱し、以後無線を封鎖する。諸君の健闘を祈る》

 

 定型通りの締めを吐いて、先導していたF/A-18D『ホーネット』が翼を翻し帰路へと就いてゆく。念の入った事に、通信口ですら極力サピンの訛りを消すように努めており、コールサインも敢えてオーシア語の単語。逃げるように戦場を離れるその背中は、一毫もサピンの気配を残すまいとする意図が見え隠れしているようにも思えた。

 

《了解した。『ソリッド1』より各機、間もなく目標が射程に入る。攻撃用意》

 

 無線が、未だ耳慣れないコールサインとともにアンドリュー隊長の声を伝える。階級を考慮してのことか、攻撃部隊の指揮を任された隊長の声を受け、部隊を構成する各隊はそれぞれ左右へと広がっていった。

 このコールサインも、軍から指定された偽装である。ミーティングの後、追って配布された作戦の詳細を記した文書には、その他にも事細かな指定が加えられていた。曰く、出撃の際には重要書類や国籍を示す物品を携帯しないこと。曰く、作戦行動中の通信は最低限に留めること。曰く、本作戦の内容は他言無用であること。通信を制限されること自体はそう珍しくはないものの、コールサインから指定されるとは、やはり尋常ではない。

 ――いや、今更迷うな。迷った所で、一度飛び立った以上仕方は無い。今更の内省を抱きかけた自らに活を入れるべく、カルロスは頬を2、3度叩く。

静寂に包まれたコクピットに、ぱしぃん、と響いた音は、外の闇へと呑まれて消えた。…少し、痛かった。

 

 漆黒に沈むキャノピーの外ではいくつもの警戒灯が揺らめき、増槽を捨てた各隊が粛々と攻撃位置に就く様が辛うじて判別できる。

 部隊の中央は、アンドリュー隊長を中心としたニムロッド――もとい『ソリッド隊』のSu-22M3『フィッターJ』が4機。こちらから見て右翼には、F-5E『タイガーⅡ』2機で編成されたスコーピオン隊の生き残り『スポット隊』が、小柄な機体を闇に浮かべている。ここからはよく判別できないが、左翼方面には4機の『ミラージュ5A』からなるサピン懲罰兵の小隊『ストライプ隊』が翼を並べている筈である。

 いずれも開発国がばらばらな1~2世代前の旧式機を、先の先導機同様オーシア風のコールサインで揃えた構成。その念の入りようには、最早涙が出そうだった。

 

 遙か前方に、ちらちらと光が見え始める。

 位置、時刻から見て間違いない、目標とするベルカ軍の急造対空陣地だ。不用心なことに、明かりは転々と至る所に灯っており、その位置は遠目からでもよく分かる。空の機影はおろか地上からの砲火も一切無く、こちらを察知できていないことは明らかだった。

 …いや、よくよく見れば、その明かりのうちのいくつかはこちらへと近づいている。スピードを上げて激しい起伏の中を進んでいるのだろう、その灯は絶えず上下し、蛇行しつつ地の上を這っていた。

 

「!……。いや、迎撃…じゃないな。何だ?」

 

 こちらを察知し、急ぎ展開しつつある対空車輌。最初にカルロスの頭に過ぎったのはそんな予測だったが、それが瞬く間に近づき、やがて足下を取り過ぎるに至って、それが外れたことを悟った。

 入れ違いは一瞬、姿は明瞭には見えなかったが、ライトの間隔からするに大型のトレーラーと複数の小型車だっただろうか。よほど急いでいるのだろう、それらは砂煙を上げながら、あっという間に後方へと駆けていった。

 

 妙だ。

 カルロスの胸に、微かな疑問が引っかかる。

 規模を考えると小規模な輸送部隊か何かだろうが、他の敵が何一つ反応を示していないのだ、こちらの攻撃を察して急ぎ逃げ出したにしては反応が早すぎる。何より、もしそうだとしたら、逃げるべき方向はベルカ防衛線がある北の筈である。ところが、彼らが向かった先は連合軍――サピン陸軍が進撃しつつある南方であり、辻褄が合わない。

 何だったんだ、今のは。思わずライトの向かう先を目で追った矢先、それは通信から入った声にぴしゃりと遮られた。

 

《逃げる連中は放っておけ。……各隊、攻撃開始》

 

 短く的確な、それでいて叱りつけるような言葉に、慌ててカルロスは前に向き直る。そうだ、油断し余所見している場合ではない。依然対空砲火が上がらないとはいえ、ここは敵のど真ん中である。気を引き締めなければ。

 高度、1500フィート。初撃で広範囲にダメージを与えるため、上空を通過しつつ水平爆撃。出撃前に覚え込んだ攻撃予定を反芻し、機体を加速させてゆく。

 目前には、真夜中の暗黒に浮かぶいくつもの光。まだ、迎撃の火は上がらない。

 まだ陣地の端、まだ早い。

 

 光の群れが、やがて眼下に差しかかる。

 もう少し。

 

 その最中へ、『フィッター』の大柄な機体が飛び込む。

 今。

 

《投下》

 

 心の中で呟いたタイミングに、隊長の声が重なる。

 がちり。指が重い感触のボタンを押下すると同時に、フィッターJの胴体下から4発のUGB(無誘導爆弾)が放たれ、重力の虜となりながら落下していった。

 振動、轟音。時間にして数秒後、赤く染まった背後の空が、夜の闇を侵してゆく。地を灼く炎を振り切るように、4機のフィッターJは陣地の端を抜け、暗闇の中で反転した。

 赤い鼻先が、再び焔に巻かれた叫喚の最中へと向かう。ベルカ軍が迎撃体勢を整える前に、機銃掃射で少しでも戦力を奪うという対地攻撃の常道。それを果たすべく黒塗りの4機が高度を下げ、眩みそうな目を堪えて地を払おうとした、その刹那――見るべからざるものを、彼らは見てしまった。

 

 対空砲火は、依然一発たりとも上がっていない。

 上がる筈も、無かった。

 

 UGBの直撃を受け、木っ端微塵になり炎を上げるテント群。

 泡を食って、テントや車輌から這い出る人間。

 破片を受けて、血みどろになった子供。

 それに駆け寄り、抱きかかえて懸命に声をかける母親。

 炎に照らされて闇に浮かび上がる、白地に赤い十字の旗。

 

 これは、ベルカの対空陣地なんかではない。これは、まさか。

 

「……何、ですか、これ。………一体何なんですか、これは!!」

《お、おい嘘だろ…!?情報と違うぞ、どうなっている!?》

《…!ソリッド1より各機、攻撃中止!…馬鹿な、地点を誤ったか!?》

 

 焔の中を目にした4機が、弾かれたように翼を返して闇の中へと向かってゆく。一次攻撃を終えた各隊も気づいたのだろう、それぞれに上げた狼狽の声が通信に満ち、回線は一気にパンクした。

 最早、当初の取り決めである通信制限など、あって無いようなものであった。翻せば、それは各々の衝撃がそれだけ大きかったことを示す証左とも言えるだろう。

 

 いつになく動揺した隊長の声が、不安と疑念を否応なしに募らせる。

 誤爆。可能性はそれだが、座標は確かに事前情報通りの位置を指している。何より、目標の近辺まではサピンの空軍機が先導して来たのだ。中途のルートも規定通りのものであり、間違いは無かった筈である。つまり、サピン軍は最初からこの地を――すなわち『民間のテント群』を爆撃する積もりだったとしか考えられない。正規軍を含まない部隊編成、国籍マークの無い機体、そして口止め料とも取れる莫大な報酬。腑に落ちなかったいくつもの要素(ピース)が、その仮説の枠を矛盾無く埋めていく。

 だが、何故。国際法違反まがいの空爆を敢行して、連合国に――サピンに何の利益がある。

 

 沸騰しそうな意識の中、呆然と炎に包まれるテント群を眺めるカルロスの視界に、不意にジェットエンジンの噴射炎が映えた。惑うように炎から離れていた編隊をよそに、テント群へ向け高度を下げたその機体は機銃を乱射し始める。

炎に浮かぶ黒い三角形の機影は、ストライプ隊に属するミラージュ5の1機だった。

 

《おい、ストライプ隊何をしている!攻撃中止だ!》

《こちらストライプ2。お言葉ッスが、俺達の任務は『陣地』の『徹底的な』破壊です。陣地の形が予想とちょっと違ったからって、独断で攻撃を中断するのは命令違反じゃないんですかい?》

《お、おい、グレッセ少…》

《あんたらもだぜ、ストライプの旦那がた。しっかり頑張らねえと、また本物のストライプ(鉄格子)戻りですぜ?》

 

 慌てて制止する隊長の通信に、人を食ったような声が被せられる。おそらくは機銃掃射をしている機体のパイロットだろう、声の中に混じる発砲音が鼓膜に刺すように響いた。

 銃声の中の声は、そのまま他のストライプ隊へも向かう。詰るような、嘲笑するような声音が絶えた矢先、小さく弾くような音が通信に入り交じった。

 惑う人の心は脆い。それが誰かの舌打ちだと気づいた時には、さらに1機が『戦場』へと突入していき、残る2機も引きずられるようにその背を追いかけてゆく。

 曳光弾が闇を裂き、弾痕と炎を地に刻む。少数ながら護衛部隊が付いていたのだろう、遅ればせながら銃身を天に向け始めた自走対空砲は、10秒と経たずに30mm弾の掃射に晒され、爆発。残骸とともに吹き上がる爆炎には一瞬人の形が映え、微塵となって消えていった。

 

 最早、統制もルールも無い。今この空と地にあるのは、赤と黒を広げんとする叫喚と狂気だけだった。

 これが、『余り』だというのか。戦争だからと割りきることのできない、あまりにも大きすぎる『余り』。それとも、これすらも割り切れというのか。

 

《クソッタレ、何もかも狂ってやがる…!》

「………。」

 

 腹の底から吐き出すようなカークス軍曹の呟きが、ぞっとするほどの冷気を胸の奥底へ沈めてゆく。

 そう、狂っていた。頽勢の挽回に命を投げ捨てるように賭けたベルカも、反攻の大義につけ込みベルカ国内へなだれ込む連合国も、逃げ惑う人々を焼き尽くすこの戦場も。 無軌道に動き始めたこの事態、事ここまで至ってしまえば、アンドリュー隊長とてもう止める術はない。この狂乱が終わる時があるとすれば、それは焔が全てを燃やし尽くした後か、あるいは――。

 喉の奥に飲み込んだ、不吉な『あるいは』のその末尾。それは果たせるかな、数瞬後のことだった。

 

《はぁー、やだやだ。ねー隊長、爆弾も捨てたんだしあいつら置いてとっとと帰りましょうよ。僕、アリ潰しなんて趣味じゃないですよ。》

《…そうしたい所だが、そうもいかんだろう。ともかく奴らを……。――散開(ブレイク)!》

 

 きらり。猛火で赤く染まった夜空に、不意に帚星が奔った。

 散開。隊長の声に、カルロスはスロットルを引いて機体を右へと旋回させる。

機動に伴い、視界の右半分を覆うまでにせり上がる炎に包まれた大地。コクピットまで熱気を伝えそうなその赤とは裏腹な、寒々とした冷気を漂わせる左半分の『黒』の中を、その帚星は地面指して飛んでゆく。

 引き寄せられるように、炎を抜けて反転するミラージュ5へと向かってゆく光の尾。それが過たず機体を捉えた時、それは空をつかの間照らす、一際大きな炎の塊となって地に堕ちた。

 

《ストライプ1が落ちた!》

《何だ、ベルカのSAM(地対空ミサイル)!?》

《違う、ミサイルは空から飛んできたぞ、戦闘機だ!》

 

 前兆の無い突然の攻撃に、焦燥した声が通信回線に満ちる。動揺のままに機体を動かしているのだろう、残った3機のミラージュ5はあるいは出鱈目に旋回し、あるいは炎の上を抜けて暗闇に身を隠し、あるいは加速してスポット隊に合流したりと、各個ばらばらに動いている。元来が同じ部隊出身では無かったらしく、その動きには統制も何もあったものではなかった。

 そして、統制の欠如は死に直結する。小隊内の指揮系統を失い闇の中へと逃げ込んだミラージュ5目がけ、再び中空を奔る炎の尾。振り切ろうと旋回しているのだろう、闇の中に微かに見える警告灯の乱舞は、やがて炎に包まれて消えた。

 

《今度はストライプ4だ!くそ、ベルカ戦闘機め…!》

《戦闘機だと…?こちらスポット1、レーダーに反応は無いぞ!?》

《チッ、ソリッド1より全機、とにかく炎の上を飛べ。低空の炎の上なら赤外線誘導は無効化できる。ストライプ隊、先に離脱しろ》

 

 いったい、どこから。

 戦闘攻撃機として発展したSu-22M3に空中の敵を捉えるためのレーダーは搭載されておらず、もとより電子の目は頼りにできない。いつ降りかかるか分からない攻撃、そして依然姿すら見えない敵。慌てて炎に眩む目を空に走らせるカルロスを鎮めたのは、いち早く冷静に判断を下し先導する隊長の姿だった。

 確かに、熱源を探知して追尾する一般的なAAM――赤外線誘導ミサイルならば、付近により高熱となる熱源が存在すれば欺瞞できる。折良くと言うべきか、爆撃の炎は風を呼び、風は延焼を誘発して、地上の焔は広がるばかり。その上を低空で飛べば、少なくとも上空からのAAMによる攻撃は防げる筈であった。

 

 対空用のレーダーを持たず、今回は自衛用のAAMを装備していなかったミラージュ5では、敵戦闘機に対抗はできない。逃げるように空域を離れ始めるストライプ隊の2機を横目に、4機のフィッターJは炎の元へと機体を向かわせた。本作戦参加機では唯一レーダーを装備するスポット隊のタイガーⅡも合流し、まるで炎に吸い寄せられる夏の蛾のように、翼を広げた6機は燃え盛る炎を下に旋回する。

 ――いや、それは事実、敵によって吸い寄せ『させられた』のかもしれない。直後の敵の行動を省みると、そうとしか考えられなかった。

 

《グラオガイスト1より地上部隊、敵を低空に追い込んだ。対空砲で迎撃しろ》

「…!混線…?……うわっ!?」

《散開、散開!く、これでは却って危険か…!》

 

 闇の底から染み出たかのような、ベルカ訛りの低い男の声。それが絶えると同時に、目の前をいくつもの光の筋が切り裂いた。

 曳光弾。

 隊長の命令を待つまでもなく、カルロスは反射的にスロットルを左へ倒す。急激な横合いのGに体を座席へと押さえつけられながら、視界の端には光に刻まれて爆発するタイガーⅡの姿が映っていた。

 

《スポット1!》

《っ!左翼に喰らった!?…くそっ、こんな!こんなノロマな機体だから!!》

 

 舌打ちとともに、フィオンの苛立たしげな声が耳朶に届く。

 隊長の言う通り、このままではまずい。比較的堅牢な機体構造のフィッターとはいえ、この近距離で対空砲の直撃を受ければひとたまりも無い。まして炎に照らされ無防備な腹面を晒した、狙ってくれと言わんばかりのこの状況なら尚のこと。高熱やフレアで欺瞞する手も、地上の砲火には使えない。

 左旋回の最中に右旋回を織り交ぜ、砲火から逃れるべく再び機体を闇の中へと向かわせる。横向きの慣性に引かれて水の玉が額から横に流れるのを感じた時、カルロスは冷や汗をかいていることに初めて気がついた。

 

 延焼しているエリアの外を飛べば敵からのミサイル、それを避けるために延焼の中へ入れば地上からの砲火。反撃しようにも敵の姿は捉えられず、おまけに残る装備といえば自衛用のAAM2発のみ。

 どうすれば、いい。

 

《敵機2機、離脱します》

《グラオガイスト2、追撃しろ。3、4は我に続け。無辜の市民を虐殺した卑劣な連合機を許すな。全機叩き落とし、市民たちへのせめてもの手向けとする》

 

《ちっ、やっぱり逃がしちゃくれねえか…!》

 

 それは混線か、はたまた意図的な宣告だったのか。

 殺気を孕んだ敵パイロットの声が鼓膜を震わせるや、カルロスは思わず頭上へと目を向けた。

 見えない。機影はおろか噴射炎すらも、人間の目には感知できない。右上方、左、斜め後方。焦燥の瞳は視界の及ぶあらゆる箇所へと走るが、朧に赤く染まった空には何ひとつ見定められない。

 だが、いる。確かにいる。

 背中をささくれ立たせるようなこの感覚。見られているような気配。

 くそ、蝙蝠(ニムロッド)が夜に狩られるなんて冗談にもならない。

 スロットルを引き、フィッターの大きな翼が延焼する炎の外縁を掠める。

 ――?

 

 何か、見えた。左旋回の終わりに差し掛かった瞬間の左後方。炎に薄く照らされた黒いシルエットが一瞬視界に映り、直後にその印象をかき消すような光がその下から放たれる。

 あれは何だ。

 闇に光る小さな炎。

 噴射炎。

 ミサイル――!

 

「………後方っ!!」

《カルロス避けろ、飛ばせ!!》

 

 殺気が、一点に集った。

 その瞬間、カルロスは反射的にスロットルを倒し、同時にフットペダルを深く踏み込んで、エンジン出力を一気に引き上げていた。視界が目まぐるしく回転し、速度の急激な変化に従って可変翼が急角度を取って、闇と炎を駆け抜ける。エンジンの噴射口には白い炎が一際輝き、まるで彗星のように尾を曳いた。

 A/B(アフターバーナー)。カルロスが咄嗟に用いたのは、そう呼称される推力向上機能だった。エンジンからの排気に燃料を噴射し燃焼させることで、多量の燃料消費と引き換えに一時的な推力向上をもたらすその機能は、一般的なジェットエンジンには広く設けられており、さして珍しいものではない。敵もそれを承知の上で攻撃を行ったのは、この近距離ではたとえA/Bを用いても回避は不可能と判断したゆえだったのだろう。

 だが、その読みを外して、カルロスのフィッターJは急角度を描いて旋回。激しい横方向のGと振動に苛まれながらもミサイルを振り切り、再び炎の上を離れて闇の中へと入っていった。攻撃を行うと同時に上空を通過していったのか、敵の第二射は無い。

 可変翼を装備したフィッターの後期型は、大柄な機体らしく機動は鈍重であるものの、低空におけるA/B使用時に限ってはMiG-21系列に匹敵する格闘性能を発揮するとされる。殊に、増槽も爆弾も捨て身軽になった今ならば尚のこと。始めは鈍重そうな見た目に抵抗があったものだが、事実こうして危機を脱したカルロスは、心からこの機体に感謝した。

 

《あーもー!だからこんなノロい上にレーダーもない機体なんか嫌だったのに!》

《ダメだ、やはり見えん。打つ手なしか…》

 

 機体に当たり散らすフィオンの声に、隊長の呟きが被さる。常にないその様子に、カルロスは思わずぞくりと背筋を震わせた。『打つ手なし』…それは、撃墜を、死を意味する言葉に他ならない。

 

 ――いや。だが、本当に『見えない』のだろうか?先の通信では、タイガーⅡのレーダーには映っておらず、空を見上げたところで肉眼でも判別はできなかった。だが、実際に自分はついさっき、攻撃を受ける直前にそのシルエットを見たのだ。電子の目には見えずとも、暗闇に溶け込んでいようとも、『それ』は確かにいる。

 考えろ。なぜ、さっきに限って機影が見えたのか。位置関係。ミサイルの発射炎。互いの進行方向。燃え盛る地面………――。

 

「……!隊長!」

 

 閃き。そう呼ぶにはあまりにも形が朧な何かを、カルロスは矢継ぎ早に口にしていた。

 時間は無い。敵が反転し攻撃位置に就くまでに手を決めねばならない。口から迸った歪な骨格に、隊長が細かに2、3付け加え、具体性を深めてゆく。

 やってみるか。隊長の声を合図に、生き残った5機は一斉に翼を翻した。

 遠くに、炎が一筋浮かぶ。ストライプ隊が捕捉されたに違いなかった。

 

******

《グラオガイスト2、1キル》

《2、あと1機を逃がすな。各機、第二波を仕掛ける》

 

 闇の中に逼塞した5機を駆り立てるように、2筋のミサイルが後方上空から飛来する。

ミサイルの放つ赤外線の眼に捉えられたのは、カークスとフィオンの2機。フィオンは先ほどのカルロス機同様にA/Bを駆使して急旋回し、カークスはフレアを散布しつつ蛇行して、それぞれが火薬の鏃から逃れんと身を捩った。空への逃げ場を失った、駆り立てられた獲物のもがき。少なくとも、地を見下ろす狩人にはそう見えたことだろう。

 隙を捉えたアンドリューのフィッターJが、速度を上げながら急上昇してゆく。鼻先を向けるは、燃え盛る炎の上空。ある程度の高度があれば、対空砲に被弾する率は格段に下がる。

 翼を畳み蛇行を織り交ぜつつ加速するその機影は、しかし低空の恩恵が無いゆえに動きがやや鈍い。

 

 2機が先にかかり、残る1機が仕留める。そのような戦術だったのだろう、機動が鈍ったアンドリュー機の背中は瞬く間に捕捉され、黒いシルエットの機体が徐々に距離を詰めてゆく。

 射程範囲。そのパイロットがボタンに指をかけるのと同時に、後下方から急上昇する1機の機影が、その後方警戒ミラーに映っていた。

 

《…カルロスっ!!》

 

 ミサイルが放たれると同時に、アンドリューから発せられた合図。その瞬間、急上昇したその機体――カルロスのフィッターJは機首を倒して宙返りし、逆さまになった空から地を『見上げる』。

 燃える大地の赤に映える、影絵のように浮かんだ黒い『敵』。闇空を舞う蝙蝠(ニムロッド)の眼は、それを確かに捉えていた。

 

******

「…見つけた!」

 

 血液が脚へと下がる感覚に耐えながら、カルロスは背面飛行のまままっすぐに機体を降下させる。赤鼻のその機体がまっすぐに向かうその先には、赤く燃えた地を背にした機影がはっきりと浮かんでいた。

 機体全体が主翼を形成する、まるで鏃のような全翼型の構成。凹凸の少ない、まるでヒラメのような平らな胴体。尾部に僅かに見える、やや外側へ開いた小さな2枚の尾翼。写真でしか見たことのない、どこか近未来的なそのフォルムは間違いなく、ステルス戦闘攻撃機F-117『ナイトホーク』の姿だった。部隊カラーだろうか、主翼の中ほどに灰色のラインが入った他は、全体が闇そのものの黒一色。おまけにステルス機能は折り紙付きの機種とくれば、見つからないのも道理である。

 

 だが、ナイトホークはそのステルス機能を存分に生かすため、結果的に空戦能力を大きく犠牲にしているとされる。空力的に洗練されているとは言い難いその形状は当然機動性に劣り、同じ戦闘攻撃機でもフィッターJのそれとは比べものにもならない。

 すなわち、その姿を射程に捉えさえすれば、十分に勝機はある。

 確信。間違いない、この手なら、この機体なら落とせる。…もし、落とせなければ――。

 身を苛むGに奥歯を噛んで耐えながら、ガンレティクルの真ん中に収めた機体目がけてフィッターJが加速してゆく。

目測でその距離が600を切った時、カルロスは2基のAAMと機銃を一斉に放った。

 

《後方…!小癪な真似を!》

 

 機動性に劣る機体、避けられる筈のない距離。ならば偏にそれは、そのパイロットの技量によるものだったのだろう。

 カルロスが命中を確信した刹那、眼前のナイトホークは咄嗟に機体を左へとロールさせ、左下方へと降下しながら加速。平らな機体が幸いして曳光弾は虚しく空を切り、ミサイルはその背を見失って地面の炎へと吸い込まれていった。

 外した。

 カルロスがその機動に舌を巻く頃には、そのナイトホークは降下で稼いだ速度を活かして上昇。こちらを振り切るためだろう、速度を上げながら延焼の外に広がる闇へと舵を切っていた。

 

「……っ!」

 

 見失う。

 慌てたように左旋回し、カルロスのフィッターJはその姿を追うものの、その姿は既に半ば闇の中に隠れて朧にしか見えない。方や先の2機は反転し、上空から炎に浮かぶこちらの機影を鮮明に捉えている筈だった。アンドリュー隊長の機体は対空砲に追われ、それらを捕捉するどころではない。

 先とは逆の追われる立ち位置に、カルロスは闇へ逃げんと、追撃を諦めて翼を翻した。時折上がる対空砲を警戒し、軌跡は自ずと蛇行を描いている。

 

 来た。

 後方上空に2機。炎の照り返しが2機の腹を赤く染めている。

 蛇行を交えた回避運動が仇となったか、速度は容易に乗らず、その姿は徐々に近づいてくる。対空砲の餌食になるため、降下して速度を稼ぐこともできない。

 眼下に燃え盛る炎と闇の境界が見え始める。もう少しで、機体は闇の中へと到達する。

 もう少し。

 

「うっ!?」

 

 瞬間、目の前を曳光弾が裂き、束の間視界を幻惑する。

 対空砲。

 機体を苛む被弾音に耐えかね、カルロスは咄嗟に機体を引き上げる。

 速度計の針が下がる。

 後方の影が近づく。

 殺気が背を粟立たせる。

 『射程距離』内。

 

《グラオガイスト3、FOX…》

「今ですッ!!」

《おうよ!!》

《この、ザコめぇぇぇっ!!》

 

 突如、先の対空砲とは異なる方向――眼前に広がる闇の下方から、幾筋もの光が奔った。殺到した30㎜口径の曳光弾はナイトホーク1機の主翼を捉え、その薄い装甲をズタズタに引き裂いてゆく。。

 夜空を照らす爆炎を裂いて、カルロスのフィッターJとすれ違いながら上昇したのは、同じ塗装を施された2機のフィッターJと1機のタイガーⅡ。カルロスと隊長を除いた、他の3人の機体だった。

 

 カルロスの思い付きを基に隊長が立てた作戦とは、すなわちこの通り――機数の利と炎を利用した、二重の囮作戦であった。

 時間差で攻撃して来る敵の挙動を読み、攻撃目標から外れた1機が囮となって、それを追う敵の第二波を他の1機が追撃する。その時点で仕留められればよし、外せばそれぞれは囮となって、他の3機が待ち伏せる空域へと敵を誘導。待ち伏せの3機は低空から見上げる形で飛行し、炎の照り返しに露わとなった敵を極近距離からの機銃で仕留める。

 『下からなら、照り返しで位置が分からないか』。発端は、そんなカルロスの思い付きだった。

 

《グラオガイスト3、撃墜!!》

《こちらグラオガイスト2、敵機撃墜。残弾なし》

《……!………無念だ。…全機、帰還する。》

《しかし…!》

《借りを返す機会はまだある。奴らへ報いを下すまで、終わりは無い》

 

 混線から伝わる男の声は、目の前に広がる闇よりもまだ暗く、深い。

 高度を上げ、瞬く間に闇に融け込んでゆく3機のF-117。最後の際に残した男の怨嗟の声は、カルロスの耳にぞっとする程深くこびりついていた。

 

 終わった。多くの犠牲は出たものの、絶体絶命を覆して、空戦には確かに勝った。地に墜ちて燃える夜鷹(ナイトホーク)の翼は、それを如実に物語っている。

 だが。

 

「……報い、か…。」

《………。これが勝利、ってか?…胸糞悪ィ。》

 

 勝利。そう呼ぶには、胸に残る大きすぎる苦み。カークス軍曹の呟きは、この作戦に参加した全ての人間の代弁だった。

 眼下の炎の中から、爆炎が一つ上がる。対空砲の火薬に引火したのだろう、生じた紅蓮の炎の中で、鉄と人間の残骸がばらばらに砕けて散るのが微かに見えた。生きている人間は既に避難したのだろう、焔に包まれた地の上には、もはや動くものは何一つ見えない。

 無数のテントと鉄屑と命が、紅蓮の中で混然となり燃え尽きてゆく。その光景を、カルロスはずっと、目に焼き付けるように眺めていた。

 

《もし本当に勝利だってんなら……今後は、二度と御免だぜ。》

 

 他に、何一つ言葉を紡がぬまま、5つの翼は南を指す。不信、屈辱、絶望、迷い。燃え尽きてゆく空に残ったのは、それらの思いだけだった。

 

 遥か東の空が、赤く燃えている。ホフヌングが燃えるその遠景が目の中でじわりと滲んだ時、カルロスは初めて、自分が涙を流していることに気づいた。

 




本編登場のグラオガイスト隊ですが、オリジナルのエースパイロット部隊として設定しております。通信を多用する、編隊で行動する、対空ミサイル装備などナイトホークらしからぬ行動を多々しておりますが、エースコンバットの世界観ということでどうかご容赦下さいませ。

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