Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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《去る5月17日から開始されたベルカ本土侵攻作戦は順調に推移し、同日中に第一次防衛ライン『ハードリアン線』の突破、その2日後にはシェーン平原に設けられた第二次防衛ラインの殲滅に成功した。しかし、これらの戦闘においてベルカは本土防衛用超高層化学レーザー兵器『エクスキャリバー』を実戦投入、連合軍は大きな被害を受ける結果となった。この結果を受け、連合軍首脳部はエクスキャリバーを最優先攻略目標と決定。去る5月21日に、その所在を南ベルカ内陸タウブルグ丘陵と特定した。エクスキャリバーは極めて高い破壊力を持つ戦略兵器だが、極近距離の低空に対しては死角が存在することも判明している。そこで、本日――すなわち5月23日未明より、ウスティオ空軍を主力としたエクスキャリバー攻略作戦『ジャッジメント』を発動、少数の航空機による長距離拠点攻撃を実行することとなった。本作戦に際し、わが軍とオーシア空軍は連携して陽動を行う。前線で存分に暴れまわり、ベルカ軍の目を引き付けて貰いたい。》


第12話 光の差す先

 空が、光った。

 あの日、ウスティオ-ベルカ国境から奇跡的に生還したパイロットは、震えながらそう語ったという。

 瓦解するベルカ軍を追撃する最中、『突如天を割いて降り注いだ光の柱が、瞬く間に爆撃機5機を破壊した』。まるでおとぎ話やファンタジー小説のような、現実の感覚から著しく乖離したその話は、戦闘という名の現実に向かうこの身にはいまいち実感が持てない。まして、その光の主を破壊すべく飛び立った勇者たち…もとい少数部隊を支援するという今回の任務は、もはや別世界にでも紛れ込んだような感さえあった。

 朝からの曇天のせいか、コクピットの中は少々冷える。ぶるりと一つ身震いしてから、カルロスはまだ見慣れぬ乗機の計器に目を泳がせていた。

 5月23日、晩春の空は灰色の雲が低く立ち込め、重々しい幕で覆ったように頭上を押さえつけている。連合軍によるハードリアン線突破から、既に6日が経過していた。

 

《デル・タウロより各機、飛行行程は順調に消化中。現進路を維持せよ。間もなく敵の最後尾が視界に入るはずだ》

 

 耳に入る、久方ぶりの管制官の声。戦争開始から2か月近く、相当に場数も踏んだのだろう、若いその声は落ち着いている。彼らと最後に行動したのは5月初旬のフトゥーロ運河攻防戦の折なので、指折り数えて3週間近く離れていたことになる。

 戦闘能力は一切持たず、通常は部隊指揮と情報収集に専念する空中管制機。だが、今回は戦闘機隊以上に、彼らの働きこそが作戦成功のカギを握っていると言っても過言ではなかった。この作戦で第一攻撃目標に定められる『それ』の目を欺くには、この戦闘機のレーダーの目では到底力が足りない。

 

 超高層化学レーザー兵器『エクスキャリバー』。

 ベルカ国境から遥か遠く北、タウブルグ丘陵に設けられた、聖剣の名を冠するベルカの本土防衛用兵器。それこそが、今回連合軍が破壊を目指すものであった。

 ブリーフィングで見た偵察映像と情報によると、エクスキャリバーは1000mほどの高さのレーザー増幅器を本体とし、複数の照準装置と防衛施設、ジャミング施設などから構成されている。エクスキャリバー天頂部から放たれるレーザーは、直接照準は勿論のこと、機体下部に反射鏡を施した航空機や人工衛星にレーザーを反射させて、遥か離れた位置までも攻撃が可能とのことらしい。

 事実、ハードリアン線攻略に向けてウスティオ国境から進軍していた部隊は上空からのレーザー掃射で壊滅し、その数日後に実施された第二次防衛ラインへの攻撃の際にも、間接攻撃で多くの被害を出している。推定される射程は、驚くことに約1200㎞。ベルカ本土へ侵攻するにはどうしてもその範囲内を通らざるを得ず、そして時をかければかける程に連合軍は戦力を消耗し、ベルカ軍は回復してゆく。戦術的な脅威、戦略的な懸念。いずれの観点からも、このエクスキャリバーの排除は急務だった。

 

 しかし、当然のことながら、事はそう簡単ではない。

 丘陵が多く国境からも遠いという地理的特性に加え、対空防御網と近傍基地からの航空支援、そして何よりエクスキャリバー本体の比類ない迎撃能力。そのあらゆる要素が、連合軍にとって不利に働いていた。巡航ミサイルによるピンポイント攻撃も、爆撃機による高高度爆撃も功を奏さぬまま徒に時間だけが費やされた数日の後。事ここに至って、連合軍はついに思い切った作戦を実行に移した。

 

 『ジャッジメント』。

 地に聳える聖剣を引き抜くその作戦は、オーシアの言葉で『裁き』と名付けられた。

 連合軍は多数の航空部隊を投入して撤退するベルカ陸軍を追撃、それと同時にエクスキャリバーによる攻撃を引き付ける。その陽動の影で、ウスティオ空軍の精鋭部隊と空中給油機で編制された小規模部隊が長距離侵攻を行いエクスキャリバー本体を叩く、というのがその概要である。大群による陽動と少数部隊の奇襲という、リスクもあり至って古典的な戦術が採用されたのも、連合軍の焦りの現れだったのかもしれない。

 なぜなら、いかに大軍を用いた戦略とはいえ、未知のレーザー兵器相手では多大な被害を避けられないであろうから。

 

《かー、訳の分からない兵器相手に、しかも囮役とはね。泣けてくらぁ》

《ニムロッド3、無駄口を叩くな。攻撃役じゃないだけマシだろう》

《ったく、上の連中は人の命を何だと…。例の警報、信用できるんですかね?》

《信用するしか無いな。どちらにせよこの機体じゃ捕捉できん。…各機、間もなく目標だ。安全装置解除》

 

 いかにも不承不承という様子のカークス軍曹が、文句ついでに不安を零す。攻撃の本隊ではないとはいえ、攻撃を加えてくるのは謎のレーザー兵器なのである。あまつさえこちらが囮ということは、『エクスキャリバー』の攻撃に否応なく晒されることを意味する。カルロスもまた、不安という面では同感だった。

 もちろん、連合軍とて無為無策で作戦に臨んだ訳では無く、一応の対策を講じた。その一つが、空中管制機と連携した『エクスキャリバー』照射範囲の早期特定である。

 先述の通り、エクスキャリバーが長距離攻撃を行う際には、航空機か人工衛星にレーザーを反射させることで行う。すなわち、その航空機や人工衛星の位置さえ特定できれば、ある程度照射範囲は限定できる、と言い変えることもできるのだ。そのため、連合軍は本作戦に多数の地上偵察部隊や偵察機・空中警戒機を派遣し、地上のレーダー網と併せてベルカ軍機や人工衛星の位置を逐次監視。エクスキャリバーが射撃の兆候を見せると同時にその位置を解析し、空中管制機へと予測照射位置を伝達するという、極めて大がかりな仕組みが採られることとなった。

 無論、これとて試験運用なしの実戦投入であり、その信頼性は定かではない。それでも、現時点取りうる方法としては、これが最良なのだろう。その点、カルロスは細かく考えず、一心にこのシステムを信じることを腹に決めた。

 『今あるもので、できる限りのことをする』。この戦争に赴いてから、その信条は確実に、カルロスの胸に固まりつつあった。

 

《敵最後尾捕捉。ベルカ軍は複数のルートに分散し進行している。各隊、事前の牽制順に従い攻撃を開始せよ》

《エスクード隊了解、先行する》

《ニムロッド隊、了解した。エスクード隊に続くぞ》

《スコーピオン1了解!旦那方の食い残しは残さず平らげてやるぜ!》

《はっは、頑張ってくれ諸君。こちらエスパーダ1、上空警戒に移行する。》

 

 遥か先、曲がりくねった道と林の中に、黒鉄色の車両がいくつも見え始める。地形に阻まれ思うように進軍できていないのだろう、その移動速度は極めて遅く、地にへばりついてのろのろと動くその様は、まるで蟻の行列を思わせる。相対距離が縮まったのを見て取ったデル・タウロの指示に合わせ、サピン空軍機は一斉に行動を開始し、『蟻の行列』へ向けて高度を下げ始めた。

 

 事前に決定した牽制順では、空対地ミサイル(ASM)を搭載したエスクード隊が一番手として敵隊列の中間を攻撃して足止め。ニムロッド隊は二番手として上空に侵入し、無誘導爆弾(UGB)で混乱した後方を爆撃する。攻撃の三番手は、ニムロッド隊とは異なる民間軍事会社(PMC)から派遣された傭兵部隊『スコーピオン隊』が担い、対地ミサイルと機銃掃射で残る脅威を掃討し、以降は各自反復攻撃を行うという戦術である。

 頼もしいことに、本作戦ではサピン空軍が誇るエース、エスパーダ隊も参加している。各隊が対地攻撃に専念する間、上空はエスパーダ隊の2機が護衛に就き、鉄壁の支援で守ってくれるという手筈となっていた。ここからは微かにしか見えないが、西方ではオーシア空軍が別個に行動し、別ルートを撤退してゆくベルカ軍へ攻撃を行っていることだろう。

 無論、エクスキャリバーからの攻撃が開始されれば、各個攻撃を中断して回避に専念するのは言うまでもない。

 

《エスクード隊、攻撃を開始する》

 

 落ち着いたエスクード1の声が通信に響くや、4機のF/A-18C『ホーネット』の翼下からASMが投下され、一拍遅れて白煙とともに直進してゆく。道は狭い上に樹木にも阻まれ、回避は勿論のこと迎撃すらも困難なのだろう、上がる迎撃の砲火は思った以上に少ない。

 鉄の鏃は最後尾の頭上を抜け、少ない迎撃の筋をかいくぐり、隊列の中ほどに着弾。地を揺るがす轟音とともにいくつもの爆炎が上がり、両脇の木々もろとも鉄の車両を粉砕してゆく。弾薬が誘爆でもしたのだろう、一両の戦車が爆炎の上にまで砲塔を吹き飛ばし、鮮血のような赤い炎に包まれた。

 

《よし、ニムロッド各機、続いてかかる。目標、ベルカ地上部隊最後尾。慣れない機体で地面と接触するなよ》

「了解!」

《はーい。あーあ、対地戦キラーイ》

《ニムロッド3了解、レーザーが降って来る前にとっとと捨てちまいましょう》

 

 増槽を捨てた後、地上の道に合わせ一列となり、4機が速度を落として高度を下げてゆく。

 

 安定している。配備してからの猛特訓で機体特性を叩き込まれた後であるものの、新たな乗機となったMiG-23MLDの安定性に、改めてカルロスは舌を巻く思いだった。

 前の乗機だったMiG-21bisは低速域で安定性に欠けるという欠点があり、速度を落とさざるを得ない状況下では扱い辛い一面も持っていた。必然的に、今のような対地戦闘では速度をある程度保ったまま攻撃せざるを得ず、どうしても地上目標への対応はとりづらい機体だったと言える。それに対し、このMiG-23シリーズは翼面積が大きい上、揚力を得やすい可変翼を持つこともあり、低速域での安定性や加速性能に優れる特徴がある。開発の順番でMiG-21シリーズに次ぎながら、安定性と装甲を活かした対地攻撃機への独自の発展を見せる本機は、長所も扱い方も大きく異なるものだった。

 

 対空砲火を縫い、眼下に敵の姿を捉える。キャノピーガラス上に各数値を射影して照準を補助するヘッドアップディスプレイ(HUD)は搭載されていないが、この高度、この速度ならば外しようがない。

 がごん。翼下からUGBが外れる音を聞いてから、4機は一斉に左右へと分かれて加速する。

 地を揺るがす衝撃と、黒煙。反転し右下方へと目を向ければ、阿鼻叫喚の地上の様が具に見て取れた。ひしゃげた装甲車、吹き飛んだ機銃の下敷きになった兵員輸送車、腕の千切れた敵兵。高度と速度の低さが、それらの光景を否応なく網膜に焼き付けてゆく。

 

「………ふううぅ、ぅ…」

 

 腹の底から息を吐き出し、網膜に焼き付いた赤と黒を融かすように、カルロスは光差す前を向く。

 対地戦を行う度に、理性は幾度も『割り切れ』と呟く。実際、対空戦のように割り切れればどんなに楽なことだろう。だが、カルロスにとって、その割り切れない『余り』は――すなわち生々しい死を近くで目の当たりにせざるを得ない対地戦への苦手意識は、どうしても拭えないものだった。

 故郷レサスの内戦の日々、その中で目の当たりにする多くの死。意識の底にこびりつくその記憶が、目の前の光景で蘇るためなのだろうか。

 

《上出来だ。スコーピオン隊が攻撃を終えたら第二波にかかるぞ。MiG-23は機銃が下部にある、照準を見誤るな》

 

 アンドリュー隊長の声とともに、下方を抜けて攻撃に移るスコーピオン隊を目で追う。今どき珍しい直線翼に、胴体を両側から挟むように密着した特殊なエンジン配置のその機体は、先のディレクタス解放作戦支援の時に目にしたのと同じ、Su-25『フロッグフット』と知れた。多くのハードポイントを有する主翼からいくつもの空対地ロケットが放たれ、必死に脚を早める隊列前方を容赦なく攻撃してゆく様は、流石にA-10『サンダーボルトⅡ』とタメを張る対地攻撃機と思わせるに十分なものだった。

 

 彼らが敵部隊上空を抜けてゆくと同時に、機体を翻したニムロッド隊が再び隊列後方へと向かってゆく。度重なる対地攻撃を受け、算を乱した敵を機銃で掃討し尽くすための、4機の降下。すなわち、先程よりさらに命の距離が近い低高度。

 割り切れない『余り』は、飲み込むしかないか。ぽつりと一人ごちたカルロスは、最後尾のトラックに機銃の照準を合わせた。

 

 その時、だった。

 何の前触れも無く、『空が光った』。

 

《……ッ!?何だ!?》

《…!デル・タウロよりサピン空軍全機へ、全機攻撃中止!エクスキャリバーから攻撃開始だ!こちらではなく、西方に展開中のオーシア空軍が攻撃されたらしい》

「…エクスキャリバーが…!?」

《ちッ、とうとう来たか。各機攻撃中止、上昇しろ》

 

 敵兵にとって、――ある意味ではカルロスにとっても――幸運なタイミングでの、狙いすましたかのようなエクスキャリバーの照射。

 驚愕の声一つ、カルロスは反射的に照準器から眼を離し、スロットルを引いて機体を急上昇させる。優れた低速域からの加速力を活かし、4機のフロッガーは高度を取って戦況を俯瞰した。ここからやや西方の空に、ぽつぽつと見える黒い点。その下方からは、先の攻撃による撃墜されたらしい、いくつもの黒煙が上がっていた。

 

 光芒。

 網膜を焼くような、鮮烈な光。残る機数を数えていた所に、再び空から光が注ぐ。

 目が眩みそうな光の帯はオーシア空軍機の真上に降り注ぎ、先頭を飛んでいた2機を跡形も無く消し去った。まるで映画でも見ているような、現実感の無いその光景。

 信じられない。心に紡げるのは、その一言だけだった。

 

「なんの冗談だよ、あれ…!」

《……!次弾位置特定、ポイントR-77-12!急げ!》

《次はこちらか。全機ついてこい、目一杯飛ばせ!》

 

 管制官の緊迫した声が、光の柱が落ちる位置を予言する。指定された座標位置は、このままの進路で飛べば間違いなく触れてしまう地点。時間の猶予は無い。

 左へ急旋回をかけるアンドリュー隊長に従い、思い切りスロットルを倒して機体を翻す。

 

 次の一瞬後には、あの光に焼き尽くされるかもしれない。

言い知れない恐怖の中で、カルロスは振り返り、そして見た。先ほどの位置に細い光の筋が降り注ぐや、それが瞬く間に広がって、ごう、と空気を圧する音とともに空間を焼き尽くす様を。

 なんだ、あれは。これが、こんな理不尽なことが、本当に現実なのか。

 管制機の警報から照射まで、時間にしてわずか数秒。コンマ一秒のラグが生死を分ける、冥府との境がここにあった。

 

《な…なんとか避け切ったか…》

《ちぇー、逃げてばっかりつまんないー》

《…次弾、ポイントO-12-12!スコーピオン隊、狙われている!回避急げ!》

《なにぃ!?んなこと急に…》

 

 じゃっ。

 管制官の必死の誘導空しく、焦りを帯びたスコーピオン1の声は雑音と光の奔流の中に掻き消え、目の前で爆発して果てる。機体も、魂さえも焼き尽くすような、光の柱。耳に残った通信途絶の雑音は、ぞっとするほどにカルロスの心を逆立てた。

 

《す、スコーピオン1、2、撃墜!》

《くそっ!いつまで待てばいいんだ!?》

《…取り込み中済まない。こちらオーシア国防空軍第32飛行隊、ウィザード1。先の攻撃でこちらの前線航空管制機が撃墜された。サピン空軍管制機、悪いがこちらへも照射位置の伝達を頼む。これより合流する》

《こちらサピン空軍航空管制機デル・タウロ、了解した。ジャッジメント作戦発動まであと20分だ、それまで各機持ちこたえてくれ。スコーピオン隊は退避せよ》

 

 指揮官機を失い、低速ゆえに回避も難しいスコーピオン隊へ後方退避を命じる管制官の声。極度の緊張と責任感の中で不安と恐怖を押し殺しているのだろう、いつも以上に張り詰めたその声が、彼の心境を物語っている。

 入って来た通信に応えるように遥か西方に目を向ければ、オーシア空軍機が合わせて10機、こちらへと向かっている様が目に入る。大半は同一の部隊らしく、編隊のうち8機のF/A-18Cには同一のエンブレムが刻まれているのが、こちらへ合流した時に判別できた。青を基調とした、トンガリ帽子を被った魔法使いの姿――確か先程、『ウィザード隊』と言っていただろうか。

 

《20分か…キツイな》

《各機へ、悪い知らせだ。方位040よりベルカ軍機の機影確認、F-14Dが8機と推定。警戒を…いや、訂正する!敵機ミサイル発射!…チッ、同時に次弾!ポイントP-11-76!ブレイク!ブレイク!!》

「同時攻撃だって!?」

《やってくれる…!こっちだ!》

 

 敵戦闘機の襲来、遠距離からのミサイル攻撃、そして逃げ場を塞ぐエクスキャリバーの掃射。数多の感情と通信で飽和しそうな中で、カルロスはすがるようにアンドリュー隊長の機体に必死に追従した。鳴り響く警報、軋む機体、回る視界。激しいGが体を苛み、耳障りなアラートが心をささくれ立たせる。

光の奔流、そして爆炎。ファンタジーと現実が入り混じったようなキャノピーの外、視界の端でオーシア軍のF-16Cが光に呑まれ、ミサイルがエスクード隊の1機を捉えているのが見えた。

 おそらく敵のF-14D『スーパー・トムキャット』は、長射程を誇る高機能長距離空対空ミサイル(XLAA)を装備していたのだろう。エクスキャリバーの照射範囲外からの射撃ならば誤射のリスクは一切なく、照射の撃ち洩らしをピンポイントに狙うことができる、敵ながら巧妙な戦術だった。

 隙の無い、まさに死地というべきこの状況に、逃れる術はあるのか。

 

《エスクード3、被弾!ペイルアウトする!》

《エスパーダ隊、敵航空部隊を迎撃せよ。ウィザード隊、支援を要請する。他の機体は回避に専念せよ。ウスティオ空軍の攻撃開始まであと少しだ、持ちこたえてくれ!》

《エスパーダ1了解だ、任せろ。ウィザード隊、だったな。よろしく頼む》

《こちらウィザード1、了解した。第1小隊続け。『灼熱の荒牛』の腕前、堪能させて貰うとしよう》

 

 管制官も危ういと判断したのだろう、虎の子とも言うべきエース部隊、エスパーダ隊へ迎撃の指示が下る。支援にオーシア空軍の機体を割き、少数で迅速に敵戦闘機を排除する方策だと知れた。

 敵の方向へと鼻先を向け、赤い2機を先頭にした6つの機影が、放たれた矢のようにぐんぐんと加速して消えてゆく。水をも漏らさぬ、完璧な敵の戦術。それを崩すのは、最早エースの力量を除いて他に無かった。

 

《さて、後はこっちでどれだけもつか…か!》

《ミサイル第2射接近!同時に次弾、ポイントR-9-11!》

「くそ、早速か!」

 

 舌打ち一つ、ニムロッド隊の4機は翼を翻し、光の柱と鉄の鏃の中を懸命に泳いでゆく。

 すぐ近くでまた一つ爆炎が上がり、F-16Cが黒煙とともに墜ちていった。

 

******

《敵編隊、方位変わらず。進路を維持せよ》

《了解。いいエスコートだ、デル・タウロ。こっちは何とかなる、アンタんとこの仲間を助けてやりな》

 

 情熱を纏ったような深紅の塗装に、それを切り裂く稲妻のような黄色の帯。遠目にも目立つ、エースのみに許された専用塗装に彩られたJ35J『ドラケン』に率いられた6機は、ぐんと速度を上げながら、目指す敵編隊へと疾駆していた。相当に遠い距離から放ったのだろう、敵の位置はまだ見えない。

 

《それにしても、あんな兵器が本当にあるなんて…。ベルカ制圧には骨が折れそうね》

《まったくだ。空は空だけで戦いたいもんだな》

 

 左後方に就く2番機、『エスパーダ2』マルセラの声。呆れ交じりの素直な感想に、『エスパーダ1』――アルベルトもまた、苦笑交じりの声を返した。科学技術が進んでいるベルカとはいえ、まさかのレーザー兵器とは、流石に予測の範疇を越えている。ごく少数でそのレーザー兵器を潰しに行ったというウスティオ部隊だって、成功する確率は極めて低いのだろう。もしこれをしくじれば、確実に戦争は停滞し長期化する。マルセラの危惧も、当然のものだった。

 

《くだらん戦争だ…》

《…?なんだって?何か言ったか、ウィザード1》

 

 ざ、ざ。通信を割って、思わぬ方向から男の呟きが聞こえた。

 右後方に就いた、オーシア軍機先頭のホーネット…確か、『ウィザード1』。まるで、冷たい泉の底から突然湧いたような思いがけない声に、アルベルトは反射的に声を返していた。

 

《全ての原因は欲得に塗れた権力者の強欲だ。資源を求め開戦したベルカも、反撃と称してパイの取り合いを始めた連合国も大差無い。…ならば、我々が今空にいる理由は何なのだろうな》

《空が好きだから、だ。他に何がある?そんなことよりウィザード1、敵編隊だ。手早く仕留めるぞ》

 

 変わった奴だ。最初に抱いたのは、多分言葉にすればそんな所だっただろう。戦争の真っただ中、それも前線で戦闘機を駆る1パイロットが、わざわざ戦場で戦争の意義を問うとは。熱意と諦念と冷たさが入り混じったようなその声は、男の側面を表しているようだった。

 ミサイルアラート。

 思考を割って響いたそれは、しかしこちらを指向したものではなかった。先と同じ、長距離ミサイルの斉射。おそらくはこちらが接近する前に、1発でも多く撃ち込んでやろうというのだろう。手早く仕留めなければ、エスクードやニムロッド、後ろの連中が危ない。

 悪いが、雑談にこれ以上付き合う暇はない。無言で語るように、アルベルトは機体を加速させ、敵編隊の真正面へとドラケンを滑り込ませる。敵は、散開しない。こちらを旧式と舐めきって、ヘッドオンで仕留める積りと知れた。

 

 警報、発砲、白煙。敵編隊のうち左翼に位置する4機が一斉に空対空ミサイル(AAM)を発射し、4本のミサイルがこちらへと直進する。初撃で先頭の1機を狙う、先読み通りの挙動。それゆえに、対応もしやすい道理だ。

 ドラケン特有の問題として、ダブルデルタ翼の高揚力ゆえに、高速時に機首を上げると過剰に反応しやすく安定性に欠けるという欠点がある。それを逆手に取り、アルベルトは敢えて機体を加速し、機首を上げつつ左旋回。直進しつつ側面方向へ大きな弧を描くバレルロールで全てのAAMを回避し、返す刀でAAMを発射した。

 右主翼に1発、機首にもう1発。2発目はマルセラが撃ったのだろう、同時に2発のAAMを浴びたトムキャットは、すれ違うと同時に黒煙を纏い、爆ぜた。

 

《まず1機。エスパーダ2、いつも通り行くぞ》

《エスパーダ2了解。後ろは任せて》

 

 左旋回、同時に散開。やや上方へ高度を取るマルセラに対し、こちらは反転した3機の目前を掠めるように、トムキャットに腹を向けて横切る。

 誘いに、乗った。

 案の定、隙を見た3機はこちらを追随。織り交ぜる旋回に追いつかんと、翼を広げて爪を伸ばしてきた。敵のうち1機がやや後方にいるのは、マルセラを警戒してのことだろう。

 無段階可変翼を有するF-14D『スーパー・トムキャット』は機動性に優れる機体だが、大型機ゆえに小回りが悪い。一方、ドラケンの総合性能は比べるべくもないが、機体形状を活かした低速域での機動性は劣ってはいない。急旋回、回避。機銃やAAMを躱し続ける度に、敵が焦れる気配が伝わってくる。AAMは当たらない、距離が離れれば機銃も意味を成さない。ならば、うんと近寄って予測位置へ機銃を叩き込むしかない。手に取るように敵の思惟を予測しながら、アルベルトはその動きを凝視した。

 来た。敵が加速し、距離を詰め、予測位置を狙うべく機首を上げる。すなわち、この機体の姿だけが意識にある、絶好の機。背後への警戒を忘れた、一瞬の機。

 

 今。

 こちらが思うと同時に、マルセラのラファールMが後方上空からAAMを発射する。背に見えた爆炎は、最後尾のトムキャットに当たったのだろう。絶好のタイミングで放たれた攻撃に、敵の目が一瞬こちらから外れる。

 それと同時の急減速、そしてピッチアップ。意図的にスーパーストールを起こし、一瞬のうちにオーバーシュートを誘発して、アルベルトは敵機の後方に位置取った。

発射。吸い込まれるようにエンジン部を穿ったAAMが、爆炎とともにトムキャットを粉々に破砕する。こちらの残りは1機、出鱈目に旋回するトムキャットが、その恐慌を物語っている。

 

《空が好き、立派な理由だ。我々とてそうだ。だが、その翼は結局の所、強欲者に縛られた家禽の翼でしかない。彼らの鎖に繋がれて飛ぶ限り、空は彼らの欲望の元に切り分けられ、同じことは繰り返される。それは、本当に我々が好きな空なのか?》

《まだ言ってるのかよ。細かいことは後で……》

 

 依然紡がれる、ウィザード1の一人語り。学者のように細かく外堀を埋めていく話し方は面白い限りだが、殊戦闘の最中に話されてはたまらない。いい加減に遮ってやろうかと、当の本人の方へと目を向けた矢先、アルベルトは息を呑んだ。

 ウィザード隊の方へ向かった筈のトムキャットが、空にいない。ちらりと地を見やれば、先程こちらが落としたものを加えて、締めて7つの黒煙が上がっている。

 機数の差こそあれ、性能で上回る敵を相手に、こちらよりさらに早く敵を落としたというのか。

 アルベルトの中で、彼――ウィザード1に対するイメージが音を立てて変わってゆく。小難しいことを言う頭でっかちから、類まれな技量と変わった視点を持つ、面白い指揮官だ、と。

 

《君の言う通りだ。今、細部まで話すのは相応しくない。…だが、これだけは言わせてくれ。私は空を愛するがゆえに、私はこの空を欲望で塗れさせたくがないために、理想の軍隊を想っている。何者にも縛られず、空から新たな秩序を守る、我々の好きな空を飛ぶための『自由な翼』だ。――さて、戻ろう、エスパーダ1。彼らも待っている》

《………。ハハッ、面白い奴だな、アンタ》

 

 短い機銃音が、トムキャットの縛られた翼を引きちぎってゆく。焔と黒煙に染まったそれは地へ墜ちて、8つ目の墓標を大地に突き立てた。

 自由な翼。その言葉が、アルベルトには何故か新鮮なものに感じられた。非常に興味深い。その言葉も、そんな理想を堂々と口にする、ウィザード1という男も。

 陸に降りたら、今度話でもしてみようか。呟き一つ空に残し、6つの機影は南を指して飛んでいった。

 

******

《エスクード1損傷!…くそ、もう保たんぞ!》

《なんとか耐えろ、エスクード1!…次弾、T-36-91!》

《クソがぁぁぁ!ウスティオの連中まだかよぉ!!》

「うっ…!く、そおぉ!」

 

 度重なる急旋回に苛まれた体が悲鳴を上げる。軋む機体に鞭打って、カルロスはスロットルを倒しながら、歯を食いしばって吐き気と恐怖に耐えていた。

 絶えることのない、上空からの光の柱。いつになれば終わるのか、いやそもそも、本当に破壊なんてできるのか。後ろ向きな思いを嘲笑うかのように、光はカルロスのすぐ後方に落ちて、轟音と衝撃を広げた。

 

《く…!なかなかハードだな、これは…!デル・タウロ!次はどこだ!……おい!》

《………?座標指定が絶えた…?…!デル・タウロより各機、たった今通信が入った。ウスティオ軍機がエクスキャリバーへの攻撃を開始した。陽動作戦は成功だ!エスパーダ、ウィザード両隊も帰投した、全機速やかに離脱せよ》

《本当か!?………マジか、やっとか…》

「はあっ、はぁ、はぁ…。………つ、疲れ、た………」

 

 エクスキャリバーへの攻撃開始、すなわちこちらへの攻撃の中止。唐突に湧いたその通信に喜ぶ気力も既になく、カルロスは疲労しきった体を固いシートに埋もらせた。アルベルト大尉たちが敵戦闘機を全滅させたことは通信で聞いたが、その後も降り注ぐエクスキャリバーの攻撃から逃れきれたとは、夢でも見ているような気分だ。思えば作戦開始から今まで、今回は夢か何かのような、現実感に欠けたような気さえしてくる。

 

 北の空に、アルベルト大尉たちの機影が見え始める。

 6つの翼を認め、基地へと反転してゆくフロッガーK。そのコクピットの中で、固まりきった体と吐き気だけが、カルロスに現実感を告げていた。


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