Ace Combat side story of ZERO - Skies of seamless -   作:びわ之樹

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《諸君の働きによりサピン国内からベルカ軍は一掃され、隣国オーシアも反攻作戦によりベルカ侵攻軍の排除に成功した。連合国内で残るは、隣国ウスティオの奪還である。この決め手とするため、ウスティオ・オーシア連合軍はウスティオ首都ディレクタス奪還作戦を実行し、昨日近郊へ空挺部隊を降下。本日夕刻にも首都奪還へ乗り出す予定だ。我が軍はこれを支援するため、ウスティオ北部とディレクタスを結ぶ幹線道路を空爆し、ベルカ陸軍の増援を断つ。戦闘機隊の諸君は爆撃隊を掩護し、作戦の実行を確実なものとして欲しい。 
 ディレクタス解放は、我らが侵略に屈しないことを示す最高の機会となるだろう。各員、一層奮闘せよ》


第10話 Terminator -断ち切るもの-

 頂点を過ぎた太陽が、やや光に赤みを帯びて大地を照らす。

 あと2、3時間もすれば日没の時刻、春らしく雲一つ無い今日ならば、山際を灼くように綺麗な夕日が拝めることだろう。

サピン王国東部、上空5000。春にだんだんと夏色が混ざり始める5月の空に、陽光を反射するいくつもの翼が煌めいていた。

 

「…帰る頃には、もう日が落ちるな」

 

 西の空に傾く太陽を仰ぎ見て、ガラスの棺桶のようなキャノピーの中で、青年――カルロスは誰言うことなく呟いた。

 

落日。今の戦況を――すなわち敵国ベルカの状況を評するに、これに勝る言葉は無いだろう。一昔前に精強を以て知られたベルカは経済的な危機によって徐々に窮乏し、領土を割譲しなければ国を維持できないほどに困窮した。その打開のために始められた今次戦争も、初戦こそ破竹の勢いで他国を制圧していったものの、戦域の拡大とともにその勢いは鈍化。体勢を整えた各国の反撃に遭い、開戦から一月後にはオーシア、サピンなどからは既に撤退、残るウスティオも今失陥の憂き目に遭っている。そして、この包囲と速戦を旨とするディレクタス解放戦に耐える体力は、ウスティオ方面軍には残っているとは言いがたい。

夕日の中の、首都奪還作戦。時刻といい場所といい、今の世相を観るには歌劇的なほどにぴったりな舞台だった。

 

《編隊長より各機、飛行行程は予定通り消化中。目標到達まで30分だ、警戒を厳にせよ》

 

 編隊中央に位置する爆撃機機長の濁声が無線から届く。でっぷりとした体躯に照りのある禿頭、酒焼けした濁った声が非常に特徴的な編隊長は、サピン軍でも古参の部類らしく、指揮も落ち着いている印象に聞こえる。尤も、顔合わせの時に面と向かって『傭兵は信用ならん』と堂々とのたまった人物でもあり、その『傭兵』に戦力の半数を頼る今作戦には乗り気ではないようだったが。

 

 正直印象のよろしくない濁声を振り払うように頭を振って、カルロスは索敵がてらに編隊を俯瞰する。

 編隊の中心、先の濁声ハゲ…もとい編隊長が率いる爆撃隊は中型爆撃機『キャンベラ』4機で構成され、こちらから見て下方に位置している。その両翼には対地攻撃機としてSu-25『フロッグフット』が2機並んでいるが、これらはサピン正規軍ではなく、我々とは別の民間軍事会社(PMC)から派遣されてきた傭兵だ。これら6機を攻撃の主力とし、上空には護衛機として『ニムロッド隊』が4機と、『トーネードIDS』4機で構成されたサピン空軍『ランザ隊』という布陣だった。なお、サピン空軍はディレクタス方面の側面支援も行っており、同時に行動することが多かった『エスクード隊』や空中管制機『デル・タウロ』はそちらへ赴いているため不在である。そのためであろうか、常と比べどこか新鮮な組み合わせであった。

 

《早速お出ましだな。レーダーに反応、9時方向に敵機4だ。傭兵ども、とっとと迎撃に向かえ!機銃一発でも俺の機体に当てさせたら承知せんぞ!》

《…。了解した。ニムロッド隊、続け》

《へい、了解。…あの野郎、帰ったらジェット燃料であのハゲ頭磨き上げてやろうか》

《聞こえてんぞそこ!!つべこべ言わずとっとと行けコウモリども!》

 

 空を監視する空中管制機の眼が無いこともあり、常と比べて敵の捕捉は後手後手となる。すなわち発見時点で彼我の位置は常より近く、もたつけばそれだけ爆撃隊への危険も増すという訳だ。編隊長の怒鳴り声を横目に、機体を左方へ傾けたニムロッド隊4機は急ぎ敵の方位へと向かい始める。

 先の戦闘で無理を強いたためか、エンジンが一度大きく咳き込んだ。

 

《ランザ1より編隊長へ、2時方向にも新たに2機を捕捉。迎撃に向かう》

 

 まだ慣れぬ協働部隊、ランザ1の声が通信に響く。同じく護衛を担当するランザ隊は、こちらとほぼ真逆の方向に迎撃に向かうらしい。しかし、これでも迎撃機は合わせて6機。こちらの編制とベルカ軍の規模を考えると、あまりにも少ない。

 

「攻撃が散発的ですね。ベルカもディレクタス方面で手一杯なんでしょうか」

《…いや、おそらく古典的な囮戦術だろう。護衛が囮に引っかかった所を、本命が襲いかかるという寸法の筈だ》

「え…!?それじゃあ!」

《慌てるな、爆撃隊が捕捉してないならまだ猶予はある。2分以内に落とすぞ》

 

 浮足立ちかけた心を、隊長がたしなめる。当然のように敵の罠だと言い放ち、なおそれを破るという確固たる言葉。いわゆる親分学の心理とも言うべきか、確たるその様子に心は自然と落ち着いた。

 確かに、まだ爆撃隊のレーダーに敵が捉えられていないのなら、急行してもギリギリ間に合う余裕はある。いずれにせよ、どれだけ早く敵を退けられるかがカギだろう。

 

 見つけた。こちらの真正面、けし粒のように小さな黒点が合わせて4。まっすぐこちらに向かってきている。『交戦(エンゲージ)』。誰かの声に合わせるように、カルロスは増槽を投棄した。

 

《MiG-21が4機か。全機、落ち着いて狙え。焦って回避を怠るなよ》

 

 照準の中の敵機が、見る間に大きくなる。葉巻型の胴体に薄く小さい主翼、胴体に比べ大きめの尾翼は、確かによく見慣れたMiG-21のものだった。すなわち、こちらとは性能も攻撃可能範囲も全て同じ。一瞬の判断ミスが生死を分けると言って良い。

 毎度のことながら、戦闘機相手のヘッドオンは心臓に悪い。一瞬後には、相対速度そのままにミサイルが飛来して、頭から跡形も無く砕け散るかもしれないのだ。徐々に近づくその距離は、まさに生と死の境界にも思えた。

 レーダー波に捉えられた機体が警告を告げる。

 肌がびりびりと粟立つ。

 迷彩の機影が近づく。

喉が渇く。

ロックオン。

よし。

そう思った時には、既にカルロスはAAM発射ボタンを押していた。

 

「く、お、おっ!」

 

 間髪入れずカルロスは操縦桿を引き、次いで斜め後方に力を加えた。

 視界の端に飛来するAAMの軌跡を捉えながら、機体の進路はそのまま前進。リスクを抑えるため、ヘッドオン攻撃後は左右への旋回しか頭に無かったカルロスにとって、少し前までは意識すらしなかった機動である。

 操縦に従い、機体は機首をやや上へ向け、次いでやや半径の大きい横転(ロール)の機動を描き始める。機体の方向を変えないまま、側方へ大きく円を描く機動に幻惑されたのか、敵の放ったミサイルは機体スレスレを擦過し、遥か後方へと飛び去っていった。機首上げ(ピッチアップ)と横転を同時に行う航空機動、通称バレルロール。隊長らによるこの所の指導で、真っ先に叩き込まれた戦闘機動の一つだった。

 

 MiG-21特有の安定性の悪さゆえか、横転の慣性がなかなか収まらない。敵編隊を抜けて反転しなんとか機体を立て直すと、早くも1機が墜落し、もう1機も薄く煙を吐いている様が映った。

 

「はぁっ…!な、なんとか躱せたか…」

《ははっ、やるじゃねぇかカルロス!》

《カルロス、機動はもっと早く行え。もう一撃仕掛けたら、俺とカルロスは爆撃隊の直掩に戻る》

「え…、あ、了解です!」

 

 隊長のMiG-19S『ファーマー』と3機のMiG-21bisが密集し、散会した敵機を見定めながら今後の展開を下命する。煙を吐いている敵機は脅威ではないと判断したのだろう、右上方に展開した1機を見定め、編隊は速度を上げてそちらを指向する。

 隊長の命令にくっついた、指導の言葉。それを聞いて初めて、カルロスは自分の機体に機銃痕が空いていることに気づいた。

 

 被弾していたのか。

 

 左主翼に2つ、ぽっかりと空いた黒い穴。先の機動に夢中で、敵機の発砲はおろか被弾にも気づかなかったのだろう。致命傷ではないが、機動が早ければおそらくは回避できた攻撃だった筈である。

 未熟。その二つの傷は、無言のうちにそう語っていた。

 

 4機に一斉に向かわれ、狙われた敵機は泡を喰ったように急降下して回避行動に入る。低空に追い込めば確実に撃墜はできる。が、ここで時間をかけるのは得策ではない。先頭を飛ぶアンドリュー隊長は、その目標を敢えて追わず、その上空を駆け抜けた。

 

《ニムロッド2、3、ここは任せる。敵を追い払ったら合流しろ。カルロス、行くぞ》

「…了解!」

《ニムロッド2りょうかーい。たぶんすぐ戻りまーす》

《ニムロッド3了解、あのハゲの狼狽した声きちっと録音しといてくださいよ!》

 

 編隊左右のフィオン機とカークス機がそれぞれ翼を翻し、こちらの背を追わんと機首を向けた敵機の前に立ち塞がる。残る敵機は3機だが、1機は手負いということを踏まえると戦力的には同等と言っていいだろう。見る見るうちに遠ざかる2機の機影が、傾いた日の光を反射して輝くのが見えた。

 

《こちら編隊長、編隊後方に不明機2、高速で接近中!おい傭兵ども、何をもたついている!早く戻れ!》

《おいでなすったか。こちらニムロッド1、現在迎撃に向かっている。安心してくれ》

 

 隊長の予想通り、敵の本命は囮部隊に隠れて接近してきていたらしい。その報をもたらした例の編隊長は、自身に護衛機が1機も就いていないにも関わらず、口調と裏腹に存外に落ち着いた声音をしていた。カークス軍曹は『狼狽する』と言っていたが、そこはやはり歴戦の兵ということなのだろうか。意外に肝が据わっているな、と正直見直す思いだった。

 敵との差位を見越し、隊長がやや右に舵を切る。敵編隊の後方に回る時間を惜しみ、敵前方に回り込んでヘッドオンで仕留める積りらしい。迎撃機ならば、余分にミサイルは使えない筈。敵の射程圏内到達までに回り込めれば、撃墜の確率はぐんと上がるという判断と思えた。

 だが。

 

「…!?速い…!?」

《チッ、思った以上に高速の敵だ。俺はこのまま側方からかかる。お前は無理に狙わず、高度を取れ》

 

 レーダーサイトの中の光点が、予想以上のスピードで爆撃隊に迫っていた。まるで敵の鼓動を刻むように明滅する2つの光は、よほど飛ばしているのだろう、到底前方に回り込む余裕を与えてくれそうにない。

逡巡は一瞬、隊長の指示は明瞭だった。側面からの銃撃で敵の鼻先を押さえる、と。その間自分は高度を稼ぎ、降下で加速しながら追撃をかける算段という訳だ。

 ちらり。視界の端、向かって遥か右手側に何かが光り、それが瞬く間に大きく映り始める。高度はほぼ同程度、接触予想時間はおそらく10秒もない。

 敵もこちらに気づいた筈だが、進路を変える様子はない。持ち前のその高速で、軽戦闘機ごとき振り切れると計算しているのだろう。低翼配置の小さな三角翼、後退した1枚の尾翼、寸胴の胴体に、レーダーを積載して太く大きな機首。高速を売りとする邀撃戦闘機、Su-15『フラゴン』タイプと見て間違いなかった。最高速度こそほぼ互角だが、強力な双発エンジンを持つ分、加速力はSu-15が圧倒的に優れている。攻撃を仕損じれば、爆撃隊が射程に収まるのに時間はかからないだろう。

 操縦桿を引き、機体を傾けつつ高度を取る。轟轟と鳴るエンジン音の中、眼下ではまさに隊長のMiG-19Sと敵機が直角にすれ違う所だった。

 短い発射音、重なる轟音、切り裂ける風音。あらゆる音がコクピットの外に満ちる中を、カルロスは急旋回して眼下の敵を求めた。

 速い、だがまだ遠くない。隊長の機銃を受けたためか、1機はややふらついているようにも見える。カルロスは残る1機に狙いを絞り、機首を落とすと同時にエンジンを一気に噴かした。

 

「逃、が、す、か…っ!」

 

 体を苛むGに冷や汗を流して耐えながら、カルロスは必死にMiG-21で追いすがる。だが、一度ついた加速の差は如何ともしがたく、距離は僅かずつながら開きつつあった。当然、短距離での運用が主なAAMの射程には到底収まらない。

 ――だが。この状況でもなお、カルロスは絶望しなかった。そもそもなぜ最初に、隊長は自分だけに高度を取らせたのか。早期に進路を変えて2人で同時に追撃すれば、万が一のチャンスは増えた可能性もあったというのに。

 その答えこそが、今回カルロスの機体だけに装備していた特殊兵装にあった。多用途戦闘機として無誘導爆弾、ロケットランチャー、QAAM(高機動空対空ミサイル)など多彩な兵装を搭載できるMiG-21bisにおける、対空戦の切り札とも言うべきその兵装。

カルロスは、そして乗機MiG-21は、レーダーという電子の眼に敵の姿を余さず捉え、そのボタンを押した。

 

ごん、という音とともにミサイルが翼から離れ、一瞬遅れて尾を曳きながら飛んでゆく。母機から放たれたレーダー波の反射を目印に、航空機が及ばない速度で、その『矢』は過たず目標を指向した。

SAAM(セミアクティブ空対空ミサイル)――その飛来に気づいたのだろう、目標となったSu-15は直進を断念し、レフトターンで回避機動に入る。余計な反転を行わずただただこちらのレーダー範囲から逃れようとするシンプルな動きは、高誘導のSAAM相手にシザーズ機動は愚策と判断したゆえと思われた。

 

機首を敵機に向けるべく減速旋回した時、不意に機首方向がぶれ、機体が安定を失って蛇行する。旋回時の安定性の低下――すなわち、『フィッシュベッド』における弱点。ち、と舌打ちをする間に、レーダー範囲から逃れた『フラゴン』は、速度を落としながらもSAAMを振り切っていた。

 

「しまった…!外した!」

《…いや、よくやったカルロス。お蔭で追い付けた》

 

 不意にかけられた声に、え、と口を開くカルロス。呆気にとられたその間に、速度の落ちたSu-15目がけ後方からMiG-19Sが追いすがり、追い抜きざまにAAMを発射。機動の鈍ったSu-15に回避の余裕は無く、吸い込まれるように機体に突き刺さったミサイルが、銀色の機体を焔に包んでいった。

 

《あとの1機は…逃げたか。運よくエンジンかコクピットにでも当たったんだろう。SAAM発射後は無理に加速する必要はない。機体特性を理解して追え》

「う…す、すみません。今後、気を付けます」

《まぁいい、まだ嫌と言うほど機会はある。…あいつらも戻って来たみたいだな、爆撃隊に合流するぞ》

 

 静寂が戻った空に、早速の指導が入る。毎度手厳しいが、その言葉はまことに正論、ぐぅの音も出なかった。空戦の戦略、バレルロールの機動、SAAM運用時の立ち回り。傭兵として…否、一人の戦闘機乗りとして、学ぶべきことはまだまだ多い。

 変わらぬ姿で飛行する6つの機影が、遥か前方に見える。頭を巡らせると、西からはカークス軍曹とフィオンがこちらへ向かい、東にはランザ隊4機の姿も認められることができた。ベルカ迎撃部隊の撃退は、成功したのだ。

 

《目標まで残り5分。爆撃隊各機、投弾準備》

 

 編隊長の落ち着いた声が通信回線を巡る。爆撃準備のためだろう、4機の『キャンベラ』は密集隊形を解き、左右に広がった陣形に移行した。

 作戦成功を予期させる、一瞬の安堵。

しかし危機とは、決まってこのような時に現れるものである。この空の全て人間が、数瞬後にはそれを痛感した。

 

《…!チ、方位0に機影2!まだ残ってやがったか。護衛隊、迎撃急げ!》

《こちらランザ1、こちらもレーダーに捉えた。………なんだ、速いぞ!?》

《…っ!ニムロッド各機、前衛!急げ!!》

 

 夕暮れに近づき赤みを帯びた空の下に、いくつもの怒号が響く。真正面からこちらを指向する2機は、その声すらも切り裂くように直進し、瞬く間に全員の眼前へと姿を現した。

 流線型に象られた、機首から胴体へと至る美しいシルエット。切り欠いた翼端に、機首に設けられたカナード翼。主翼端と垂直尾翼の中ほどを貫く黄色い帯の塗装。そして、生き物のように息の合った螺旋機動を描く、(つがい)のような挙動。

 まさか。

 

「なっ…!?」

 

 擦過、衝撃、爆炎。

 2機がすれ違った、それは一瞬の間だった。10秒にも満たない短時間の中で、『キャンベラ』1機がコクピットを粉々に砕かれ、『トーネード』1機も焔に包まれたのだ。

 

《サンシオン4、被弾!落ちます!》

《ランザ2が喰らった!》

《黄色い帯のSu-37!?…嘘だろ、『番のカワウ』じゃないか…!!何でこんな所に!》

 

 『番のカワウ』――正式名ベルカ空軍第5航空師団第23戦闘飛行隊『ゲルプ隊』。Su-37『ターミネーター』を駆りベルカ南部を舞うそのエース部隊の名は、カルロスも報道で目にしたことがあった。…そう、目にしたことがあっただけだ。こうしてそのエースパイロットが目の前に現れるなど、想像だにしていなかったと言って良い。おそらく、恐慌に陥っているサピン空軍の連中だって同感だっただろう。

 

《お前ら!分かってるな、死ぬ気で守れ!あと少しなんだぞ!!》

《チッ、あのハゲ無茶言いやがって…!》

《これ以上被害を出させる訳にはいかん。各機反転、フィオンはカークスに、カルロスは俺に付け》

「了解!…くそっ、エースだか何だか知らないけど、ここまで来て邪魔させるか…っ!」

 

 後方へ抜けたSu-37は早くも反転し、後方から追撃を企図している。迎撃の為先に反転したランザ隊に続く形で、ニムロッド隊4機も左右上方へ旋回、迫る2機の姿を捉えた。

 真正面から近づいたランザ隊のトーネード3機がAAMを放つ。各機2発ずつ、計6発のミサイルが殺到し、圧倒的な弾幕で2機を撃破する。

 はず、だった。

 2機のSu-37はまるで鏡写しのように、左右対称のバレルロールを展開。教科書のお手本のように綺麗な機動で全てを躱し、かすり傷一つなくランザ隊の迎撃を突破したのだ。いつの間に発砲したのか、『トーネード』1機は胴体から煙を噴いている。

通過する2機は、やや上空のこちらに構わず直進する。狙いはやはり爆撃隊だと知れた。

 

《よし、狙い通りだ。全機反転降下。射程に入り次第撃て!》

 

 右上方に位置するアンドリュー機とカルロス機、左上方に位置するカークス機とフィオン機が、それぞれ斜め下方に旋回し、X字状に入れ違いながら敵編隊の後方に襲い掛かる。速度に差があるとはいえ、降下による加速を行えばこの距離なら十分に追いつける。隊長の計算は的中し、旋回の下端に至ると同時に敵の尻が捉えられた。1機はそのまま直進し、もう1機はこちらを迎撃する為か機首を上げて上昇しようとしている。

 

 いや、違う。機首は確かに上げているが、高度は全く上がっていない。

 信じがたいことに、その敵機は空中に静止していた。エンジンを最大限に吹かし、Su-37特有の推力偏向機構を活用して、まるで上体をもたげて威嚇する毒蛇のように。

 『コブラ機動』。一流のパイロットと一級の機体が揃って初めて可能となる技。雑誌か何かで読んだその単語を思い出した時には、ニムロッド隊の4機はその機体を追い越していた。敵の目の前に、無防備な機体を晒しながら。

 

《嘘っ!?何あの機動ズルい!》

《…散開(ブレイク)!!》

《うおおっ!!…クソっ、ニムロッド3イジェクト!》

「カークス軍曹ッ!」

 

 敵が体勢を整えるとともに放たれた機銃弾が、カークス軍曹の機体をいくつもの弾痕を空けて貫いてゆく。小さなコクピットから座席が射出された一瞬後、その機体は爆散し、地上へ無数の小片となって散らばった。

 散会し空隙となった進路を、敵機は悠々と爆撃隊へ迫ってゆく。既に先行した1機は攻撃を開始し、もう1機の『キャンベラ』が炎に包まれる所だった。

 だが、まだ追いつける。この位置、そしてミサイルを温存しているらしい敵の立ち回りを考えれば、まだ手はあるように思えた。

先日の戦闘で実践した通り、銃撃での攻撃を狙う戦闘機はどうしても攻撃中は速度が落ちる。そこを狙って追い抜きざまの一撃を放てば、いくら高性能機といっても撃墜できる筈だ。狙うはその隙をおいて他に無い。

 

 後の方のSu-37が、編隊長の『キャンベラ』へ銃撃を浴びせ始める。案の定ミサイルは温存する積りなのか、ミサイルを使う素振りさえない。隊長とフィオンの位置を確かめる余裕も無く、カルロスは一心に機体を加速させた。その間にも、機動が遅く対抗手段も無い『キャンベラ』は瞬く間に蜂の巣になってゆく。あれが落ちる前に、間に合うのか。

 

《ぐおあぁぁぁぁ!!クソ、クソックソッ!!この役立たず共め!!…おいお前ら、今すぐ降りろ!モタモタするな!!》

 

 編隊長の濁声が荒れ狂い、通信の先で何かのやりとりが微かに聞こえる。それが何を意味しているのか、カルロスには明確に聞き取れなかった。

 まだだ、まだ諦めるな。

 もう少しで、この『黄色』が射程に入る。

 あと500、400。

 300。

 

「諦めるな!今俺が…」

《…カルロス!前だ!!》

 

 前。隊長の声。急にはその意味が掴みとれず、一瞬の虚がカルロスを浸す。その意味がやっと掴めたのは、眼前のSu-37が不意に左にロールをした瞬間だった。

 視界が開けたその先。そこにいたのは、こちらへまっすぐと向かうSu-37――そう、先行して2機目の『キャンベラ』を落としたもう1機の方だった。

 機体を傾けて2機のSu-37がすれ違う中、機首の辺りがちかちかと輝く。それが機銃の発砲と気づいた時には、衝撃と激しい振動がカルロスを襲った。

 

「うあぁぁっ!!…しまった…!!」

《バカ傭兵が、不用意に近づきやがって…。てめぇらなんざいなくても、俺らサピンの男は任務くらい全うできんだよ。護るモンの無いてめぇら傭兵とは違うんだ》

 

 煙に包まれよろめく機体の中で、カルロスは無線に響き続ける濁声を聞いていた。なんだ、何を言っている。その声の響きに、カルロスはどくりと胸が鳴るのを禁じ得なかった。

 煙の尾を曳く『キャンベラ』が、不意に機首を下げ始める。爆撃高度に降りるには不自然な程深い角度で、大きな翼は地を指し始めた。

 胴体横から、人影が落ちる。ば、と開いた落下傘は、全部で二つ。乗員3人のキャンベラには、1人分足りない。

 まさか。

 

《カルロス、早く脱出しろ!急げ!!》

「…おい、あんた、何を…!」

《こうして…脚がなくなったってなぁ。護るものがある男ってのは、やる時はやるもんだ。…俺を見習って、少しは勉強するんだな、傭兵の小僧》

「……おい!!」

《カルロスッ!!》

 

 耳が痒くなりそうな濁声に、不意に哀調が混ざった気がした。

 目前には爆撃目標の幹線道路、キャンベラは明らかにそこへ向かって堕ちてゆく。

 轟音。

 瞬間に、炎と土色の花が地を染め上げ、幹線道路を粉々に打ち砕く。雑音を最後に無線が沈黙した瞬間に、カルロスは無意識に座席を射出させ、落下傘とともに空を舞った。

 

 乗機だったMiG-21bisが、炎に包まれて落ちてゆく。

 続けざまに起こる轟音と爆発音に空を見上げれば、ランザ隊のトーネードが主翼を千切り飛ばされ、きりもみ状に墜落してゆく所だった。隊長のMiG-19Sも煙を噴き、相当の損傷を負っている。

 道路の破壊、護衛機の戦力喪失。全てを確かめたのだろう、2機のSu-37は翼を翻し、東へと飛んでゆく。その翼は、今まさに激戦が行われているであろう、ウスティオ首都ディレクタスの方向を指していた。

 

 黄禍が去った空を、残った機体が寂しげに飛んでいる。

 残存機数、7。14機もいた空の上に、今やもう半分しか残っていない。片や『番のカワウ』はといえば、ミサイルすらほぼ消費しない、ガンキル主体の一方的な勝利だった。唯一の戦果は、目標だった増援ルート破壊の達成のみと言っていい。それも、一人の男の命と引き換えの。

 男の、最期の言葉。他の誰でもない、自分に向けられた命の言葉が、不意に脳裏に蘇った。

 

「…………ッ!うあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 傾く夕日に向けて、カルロスは叫んだ。

 その溢れる感情の意味を、自らも図れぬまま――。


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