「サイタマさん!」
鈴仙がそう叫ぶ間にも刀がサイタマに振り下ろされている。
鈴仙は思わず目をつぶった。
視界に入った最後の光景はサイタマに向けて振り下ろされる刀が見えた。
ガキィィィィン
鋭い音が響いた。
鈴仙がそろそろと目を開けると
刀を手刀で受け止めているサイタマの姿がいた。
「やっぱサイタマさん人間じゃねぇ!」
鈴仙が叫ぶ。
「てか寒っ!パーカー持ってきてよかった・・・」
鈴仙はパーカーを着た。
鈴仙のパーカー:紫色に黄色い三日月形のワッペンが刺繍されている。
「おじさんすご~い!!」
「おにいさんすご~い!!」
フランとこいしはすごい嬉しそうに大きな声を出す。
「初めて見ましたよ。素手で私の刀を受け止めた人は」
「そうか」
妖夢はいったんバックステップで距離をとる。
「(動きが格段に良くなっている…、もしや…)・・・どうやらあなたは今、自分を制約していた鎖から解き放たれたのですね?」
「まあ、そうなるのかな?」
「(・・・やはりか)そうですか。あなたが今問題が一つ解消したように、私も今、一つ問題が解消しました」
「?」
「あなたへの手加減は不要だということが分かりました」
「そうか」
「つまり」
「つまり?」
妖夢は刀を地面と水平に構える。
「貴様へは全力で挑んでもいいということだ!」
そう言って妖夢は一気に距離を詰めて刀で斬りつけてくる。
サイタマはそれを手刀で受け止める。
キィィィン
明らかに場違いな音が響く。
「サイタマさんの腕は鋼鉄製か?!!」
鈴仙はもしかしたらサイタマさんは体の一部はサイボーグ化しているのではないかと思い始めた。
そう思うのも無理もない。
今、彼は、
素手で刀をはじいているのだから。
「おじさんがんばれ~~」
「おにいさんふぁいと~~」
フランとこいしはサイタマを応援していた。
「はぁああああああああ!!!!!!!!!!」
妖夢はひときわ大きな声で叫ぶと全身全霊を込めてサイタマに斬りかかった。
サイタマはそれを難なく受け止めた。
「かかった!」
妖夢は片方の手でもう一つの刀を引き抜くとサイタマに突き刺そうと力を込めた。
「ほい」
サイタマの気の抜けた声を聴いた瞬間、妖夢は力が抜けたように体がガクッとなった。
なぜなら、サイタマがいつの間にか懐に入り込んで妖夢の肩を少し力を入れて抑えつけたからだ。
「?!!」
「はい、終わりだ」
サイタマは妖夢の肩から手を放すとバックで距離をとった。
「・・・」
妖夢は呆然としてサイタマと自分の刀を交互に見ていた。
口をあんぐりと開けていた。
いまだに信じられないというような顔をしていた。
「ん?どうした?お前」
「あなたは・・・」
妖夢はキッとしてサイタマを見た。
「貴様は!」
「?」
「どこでその強大な力を手に入れた!!!」
「・・・知りたいのか?」
あれ、この展開どこかで見たぞ、と鈴仙は思った。
「あれはとても辛い道だった・・・。おれは今25だが、それを行い始めたのは22の時だった・・・。言うぞ」
その場の空気が張り詰める。
「毎日、腕立て100回、スクワット100回、腹筋100回、マラソン10㎞欠かさず行う!そして、精神を鍛えるためにどんな日でも暖房器具や冷房器具を使わない!そして飯の三食はきっちり食う!朝忙しかったらバナナだけでも構わない!これだけだ!」
妖夢は少し唖然とした表情をしていた。
「・・・それ、本気で言ってます?」
「ああ、これを三年間続けてたらこの力をいつの間にか手に入れていた。だが、代償として、俺の頭は、この通り禿げていた」
鈴仙はぷふっと噴きだした。サイタマはちらりと鈴仙を一瞥した。
「ふざけるなぁ!!」
妖夢は大声で叫んだ。
サイタマの表情はそのままで鈴仙はいきなりの怒号でビクッとなり、フランとこいしは不思議そうな顔をした。
「たったそれだけでそのくらい強くなれるはずがないだろう?!!ふざけるな!私は真剣に訊いているのだぞ?!!真面目に答えてくれないか?!!」
「これ、割と真剣だけど?」
「そんなわけない!!」
妖夢は大声でサイタマの言葉を拒否し続ける。サイタマは少し面倒くさそうな顔をした。
鈴仙にはわかった。
ああ、サイタマさんはたぶん、今いらついているのだ。そうでなかったら、面倒だと思ってるんだ。と。
「「・・・」」
フランは心配そうな顔で、こいしは口が半笑いのままで固まっていた。
「・・・私は」
妖夢はつぶやき始めた。
「私は!幽々子様にお仕えする身として、強くなるために長年苦労してきた!その苦労はお前らにはわからないだろう!」
(当たり前だろ。お前じゃないんだし)
妖夢の叫びを聞いてサイタマは思った。
妖夢の熱弁は続く。
「祖父の背中を追って苦労し続けた私の気持ちなんか誰にも理解されなかった!皆!あの妖忌の孫だからそれくらい強いのは当然だろうと言った!違うのだ!違うんだ!私は祖父以上に強くなりたいのだ!幽々子様を守りきるために!私は!頑張らないといけないのだ!今のままではだめなのだ!そう思い続けて血反吐が出ても、熱が出ても、鍛錬し続けた!!その結果がこれだ!!!このざまだ!!なぜおまえはそこまで強いんだ?!!何がお前をそこまで強くした?!!!何か信念があったんだろう?!!さぁ、答えろ!!!お前は何のためにそこまで強くなった?!!!そして何のためにその力を使う?!!!」
妖夢は肩をぜぇぜぇと上下に揺らしていた。
それに対してサイタマは少し表情に影が見えたような気がした。そして少し鼻をほじくった後言った。
「趣味」
その場に静寂が訪れる。フランとこいしはきょとんとした顔をし、鈴仙はあんぐりと口を開け、妖夢は信じられないような表情をしていた。
「・・・は?何を言っているのだ貴様は・・・?それがお前の信念なのか?それはないだろう?冗談だろ?冗談を言うな・・・。今の話、聞いてたんだろう・・・?」
「うん」
妖夢は驚愕したような表情をした。
「何かがおかしいと感じていた・・・。今わかったぞ。お前、勝負に対して何も感情を持っていないのか?!嘘だろう?!もしかしたら死ぬかもしれないんだぞ?!!それなのにそれは何だ?!私なんか「もう言わなくていいよ、お前。めんどくさい。回りくどいし、それに無駄に長いんだよ」なぁ・・・?!」
妖夢はふらふらとサイタマに近づいた。そして胸倉をつかんでくる。どちらかというとしがみついているという感じだった。
「そこまで強くなれたのなら何かそこまでに答えを見つけているのではないのか?!答えろよ!そこまでたどり着くまでに何か答えを出したんだろう?!!言えよぉ!!頼むからさぁああ!!!!」
「・・・」
サイタマは妖夢に依姫の姿を写していた。
ああ、こいつら似ているな。
サイタマはそう思った。
そして突き放すように言った。
「趣味だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「・・・っ」
妖夢はそれに対して何か言おうとしたが力尽きたようにその場にへたりと座り込んでしまう。
「・・・」
そしてうつむいて黙り込んだ。
いや、黙りこくったのではない。
泣いているのを感づかれたくなかったのだ。
サイタマは黙って妖夢を見下ろしていた。
彼の頭の中にガロウの言葉が響く。
『その薄っぺらいマントで世界を平等に救えるか』
『目の届かぬ悲劇を止める手立てはあるか』
「・・・」
サイタマは少し眉間にしわを寄せた。
続く
サイタマ、考える。