ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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第九話:強豪

 一夏が、白式を装備して飛び出したのには、幾つかの偶然が重なったためだ。まず、偶然にもロシア臨時政府との通話をしている楯無の会話を、ランニングしていた中で耳にした事。

 楯無であるために、十分に周囲を警戒しかつロシア語での会話。人目も遠く、まず誰も来ないハズの旧倉庫後。ティガレックスの砂岩に潰された校舎からも遠いこんな場所に来る人間など常時ならばいるはずもない。それでも、一夏はなんとなしに普段のコースから外れて、その近くを走った。ドゥレムとの一件を引き摺っていた彼は、気分転換を必要としたのだ。

 ロシア語の会話が分かる程の教養は、当然だが一夏にはない。しかし、ディスフィロアとドゥレムディラの言葉を拾い上げたのは、普段からセシリアに英語の勉強をリスニング込みで見てもらったからかもしれない。しかし、まだ彼が短絡的な行動を移す要因にはなり得ない。ドゥレムがディスフィロアと戦いに行ったのは、彼も十分に把握していたからだ。意固地になりながらも、彼の本心はドゥレムの身を案じ不安に駆られていた。

 そしてランニングを終えて、自室に戻った一夏は、シャルロットに軽い挨拶を終えると冷蔵庫に入れてあったスポーツドリンクを手に取り、椅子にドカリと座る。その内心は、先程の楯無の通話がぐるぐると回っていた。いったい何を話していたのか、ドゥレムは大丈夫なのかと不安がどんどん大きくなっていた。そこにだめ押しが入る。

 

「一夏。さっき鈴音が探してたみたいだよ?」

 

「なんで?」

 

「えっと、箒?って人がロシアで目撃されたって。」

 

 篠之乃 箒。随分と長い間聞いてないように錯覚する幼馴染の名前に、一夏は眼を見開き呆然としてしまった。何故という疑問は尽きないが、それよりもドゥレムとディスフィロアが衝突するその場に彼女がいるという事実は、焦燥となり彼を駆り立てた。

 シャルロットに何かを言う前に、彼は駆け出して部屋を後にする。千冬にISの無断使用は禁じられていたが、そんなものは頭の片隅に追いやられ、学生寮の屋上から飛び降りるように白式を起動すると、そのままロシアへと飛び立った。

 

 

 

 

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 千冬は憤りと同時に光明を得た。一夏が白式を起動して飛び出したと、シャルロットは直ぐに携帯を使い彼女に報せてくれたお陰で、一夏がロシアに向かっていることが、直ぐにISネットワークを応用することで判ったからだ。

 彼女は直ぐ様シャルロットと楯無、鈴音にロシアへと向かう事を指示する。セシリアとラウラには、直ぐに職員室に来るように伝えると、ロシア外事館へと連絡を入れる。彼女の頭の中には、今回のシナリオが出来上がっていたのだ。

 

『つまり、そちらの保護下にあるはずのドゥレムディラが、我々ロシアの領空を侵犯したことは、アレの暴走ではなくディスフィロア討伐のための戦略であると?……馬鹿馬鹿しい。ただの苦し紛れな言い訳ではないか。』

 

 通話越しの役人の言葉には、明らかな呆れが入っていた。それもそうだ。実際に今回のドゥレムの行動は、学園側のコントロールから逸脱したものなのだから、間違いではない。千冬もこの反応は想定の範囲内だ。

 

「そもそも、ドゥレムディラ達モンスターは、互いの存在を認識する能力があることは、既に承知しているハズだ。彼曰く、ディスフィロアの存在は既存のモンスターと比較して圧倒的脅威であると提言していた。それ故に、我々は彼に有事の際は自己の判断で迎撃する許可を与えている。」

 

『それは役目の放棄ではないかね?君らIS学園は、アレの的確な運用と安全な制御下に置くことが前提として管理を任されていたハズだ。その判断は人類生存の上で問題視されるべきものだと考えるが?』

 

「それは机上の空論だ。ドゥレムが我々人類に危害を加えるかもしれないという、仮定をもとにした判断でしかない。現実には我々のために心血を注ぎ、身を削って戦っているのがドゥレムディラである。」

 

『それこそ、希望的観測ではないかね?今まではそうだとしても今後は?アレの制御に失敗し、人類を脅かす脅威存在にならないという確証がない限り、IS学園が行った判断は先に云ったように責任の放棄と追求せざるを得ない。』

 

 ここまでは、千冬の目論見通りに話が進んでいた。問題はこの先だ。建てた案山子に引っ掛かってくれることを祈るしかない。

 

「もちろんだが、そうなった時の対応策は用意してある。彼の体内には、外部作動の装置を設置してある。中身は麻痺毒だが、モンスターの姿をした彼を二十時間拘束することが出来る代物だ。」

 

『……国連議会で、そのような報告がされた記録はないが?』

 

「ハッキングを恐れてのことだ。もし、第三者が装置を不必要なタイミングで起動させ、その間に他のモンスターにより人類が脅かされたら……もし、必要なタイミングで作動させられなかったら。考えうる危険性を排除するために、報告は避けた。逆にこれを貴国に伝えたというのは、今回の謝罪の意思を込めての事だとご理解頂きたい。」

 

 僅かな沈黙が流れる。話の真偽を試案しているのだろう。実際に、当代に置いて遠隔起動の毒物を体内に埋め込んだ囚人を、立て籠り犯との交渉のために利用したという事件がアメリカで起きた。その時は、人道的側面からあらゆるメディア、団体からバッシングを受けたが、技術的には可能だと云うことは証明されている訳だ。問題は、ドゥレムを拘束しうる麻痺毒が生成可能か否かの点。これを受け手側がどう判断するかだが、千冬はここでもう一言を付け加える。

 

「もし信用されないというのであれば仕方がない。ドゥレムディラは国連の管理下に移ることになるが、そのためには、一度学園に戻ってきてもらう必要がある。ディスフィロアは、ロシア国内でどうにか対処してもらうしか…『それは困る。』

 

 被せ気味に、役人が慌てて口を挟む。おそらく無意識に出た本音だったのだろう。電話の向こうの彼の空気が変わったのを千冬は鋭敏に読み取り、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「しかし、我々には貴国の信用を得られるだけの手札がないようだ……。となれば、ドゥレムディラは領空侵犯をし、人類には制御不可能な危険存在ということになる。まことに痛恨なことだが、麻痺毒を作動させて我々のIS部隊による回収を急がせよう。では装置の作動を『待ってくれ!……判った。……信じよう。我々ロシアは、IS学園によるアレの管理は、問題なく今回の領空侵犯も地球人類、そして我々ロシア国民の人命を守るための必要な行動であったと認識しよう。』

 

 内心、ガッツポーズを決めた。

 一夏達五人がロシアへと向かっている事実は、毒を作動させた後に速やかな回収活動を目的としているためと、役人に錯覚させられたのだ。レーダーではいまだ日本領空内を飛行中のようだが、ロシアでもおそらく一夏達の動きは捉えているハズだ。そのために国家代表の楯無も動かしたのだから。

 

「ご理解痛み入る。代わりに、必ずや貴国の絶対的脅威であるディスフィロアを討滅してみせると約束しよう。」

 

 そう伝えて、通話を切る千冬は深い溜め息と同時に、深々と座席に座り直す。

 

「教官、見事な手腕でした。」

 

 と彼女を労うラウラに、いつもの「教官ではなく、先生と呼べ」という突っ込みすら行えない千冬が、片手を挙げるだけで答える。しかし、そんな彼女に不服そうな表情を浮かべたセシリアが質問を投げ掛ける。

 

「何故、私とラウラさんだけが学園待機なのですか?明らかにディスフィロアの危険性は常軌を逸しています。バルファルクの時のように総力戦で挑むべきでは?」

 

 ラウラも言葉にはしていないが、同じ疑問は抱いていたのだろう。特にこの二人は、狙撃に電磁砲という援護向きの装備をしていることから、仮にドゥレムが本気で戦うのだとしたら特に相性がいいハズにも関わらずだ。

 当然、千冬もそれは十分に理解しているハズだ。故に、この采配に何かしらの真意があるはずだとラウラは読み取っていた。

 

「そうだな。だが、二人にはそれぞれ別の任務に当たってもらう必要がある。これは、他の誰でもなく、お前達二人でなければならない重大な仕事だ。」

 

 千冬は、前置きをほどほどに二人に指令を伝える。だが、ラウラはその指示に困惑し、セシリアは驚愕した。

 

 

 

 

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 穏やかだった森の中の雪原は、正に地獄絵図と化していた。氷柱が立ち並び、木々は吹き飛び薙ぎ倒され、雪原が燃え盛る。そのただ中で、二体の竜が睨み合う。爪牙は勿論、尾に翼。ブレスと己の持ちうる武器を駆使して一進一退の攻防を続けていた。漸く前哨戦を終えたところと云った様子か、ドゥレムはいまだに自身のからだに氷の鎧を纏わせてはいなかった。ディスフィロアも同様の様子で、その眼差しにはまだ余裕が伺える。先に動いたのはドゥレムだった。牽制として、ボクシングでいうジャブのように素早く間合いに潜り、左前足による引っ掻きを繰り出す。

 ディスフィロアの優れた動体視力は、ドゥレムの初動を確りと掴み取りカウンター気味な体当たりで迎撃をする。それはドゥレムの鼻先を捉えて彼を怯ませる。その隙に右前足を軸に身体を捻り尾による一閃を横っ面に叩き込む。

 直撃したドゥレムの体は、真横に転がり降り積もった雪を吹き飛ばしていく。口腔を大きく広げたディスフィロアの喉奥が燃え盛り、灼熱のブレスを撃ち放つ。奔流は真っ直ぐにドゥレムに向かうが、彼の眼前に三角推の型をした大きな氷柱が出現し、ブレスを二つに切り裂いた。その裏からムーンサルトでもするかのように飛び上がったドゥレムが、氷の矢じりの弾幕をブレスとして射つ。ディスフィロアの顔面、背中、翼に直撃するが装甲を貫通するには至らないが、僅かによろけた。

 ドゥレムは、その状態のディスフィロアを踏みつけて、後ろに回り込むようにそのまま踏み台として活用して二度目の跳躍。灼熱のブレスは維持できずに消失した。ドゥレムの猛攻はまだ終わらず、そのまま長いディスフィロアの尾に噛みつくと、引き摺り投げた。

 同等の体格。むしろディスフィロアの方が僅かに大きいにも関わらず、宙を舞う自らに驚いたのだろう。なんとか姿勢を直すが、着地に精一杯だった。だが、着地の瞬間にドゥレムは黒いオーラを纏った咆哮を挙げる。燃え移っていた炎が掻き消え、積もっていただけの雪が完全に凍り付く。それは、深々と雪の中に刺さったディスフィロアの足元を拘束してみせた。ほんの一瞬だが、彼の動きを完全に止めた。その隙を逃すまいとドゥレムは再び黒いオーラを纏って駆け出す。十分な助走を着けた体当たりだ。当たればただで済むまい。が、その衝突の直前にディスフィロアの足元から爆発的な蒸気が沸き上がりドゥレムの視界を奪った。彼は自身の体の熱量をコントロールしているのだ。その二面性は、体表を覆う鱗と甲殻が指し示すように。上側の白い部分は冷気を纏い。下側の赤い部分は熱気を司る。

 ドゥレムの突進は迎撃され、蒸気の煙から弾き跳ばされる。尾による鞭打の迎撃が、彼の横っ面を弾いたのだ。その一閃は白煙を払いのけ、隠していたディスフィロアの肢体を露にする。

 凍てつく冷気が身体を包むが、同時に燃え盛る烈火が迸る姿。もはやディスフィロアの本体は、冷気と炎の奥底にあり、明確な殺意を宿した眼光だけが、吹き荒れる冷気の奥からドゥレムを射抜く。その眼差しが前戯は終わりだと明瞭に語る。

 

「グゥルルルラァァァァッ!!!!」

 

 吼える。ディスフィロアの天さえ震わすような咆哮に答えるように、その身体を駆けずり回る冷気と炎が、暴力的に辺りに飛ぶ。360度、冷気と灼炎の衝撃波が、ドゥレムに襲い来る。

 だが彼もまた、その咆哮に咆哮を持って応える。

 

「ガゥルァァアァァァッ!!!!」

 

 黒いオーラ、漆黒の冷気が灼炎と白い冷気を阻む。境界線では凍てつき燃えて、再び凍るという通常ならざる現象が次々と起きている。

 ディスフィロアが、戦闘態勢を取った。それは明白だろう。であるならば、ドゥレムは相応の覚悟がいると理解していた。全身の表面に氷が張る。これは甲冑である。翼が広がり、ステンドグラスのような美しい模様が浮かび上がるのに反して、全身からは紫紺の液体が、粘性を持って溢れ出す。体の端々が橙色に染まる。

 戦いはこれからこそが本番なのだ。本気のぶつかり合いを、これから演じるであろう二体の竜を前に、世界はただただ沈黙するしかなかった。


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