ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

39 / 41
第八話:熾紫

 睡蓮の襲撃から三日が過ぎた。ドゥレムが、学園から消息を断ったという事実は、学生には通達されていない。一夏から話しを聞いた千冬達も困惑し、果たして生徒達に伝えるべきか判断ができなかったのだ。しかし、彼と交流があったセシリア、鈴音、シャルロット、ラウラにはそうはいかない。真実を知り、彼が自分達を置いていったという事実に五人は、重苦しい空気を抱えていた。

 だが、唯一比較的冷静だったラウラは、ディスフィロアが動くという話の重大性に気が付いていた。モンスターハンターによる事前情報もなし、少なくとも永続的に雪吹を呼び寄せるか、発生させる能力を持つハズだ。似た能力を、クシャルダオラというモンスターが所有していたが、その程度の知識しか彼女にはない。だがそこから推測すれば、ディスフィロアは古龍の可能性が高いと考えられた。

 

「ディスフィロアは……そんなにも危険な奴なのか……。」

 

 ボソリとラウラは呟く。実際に、過去の古龍種戦、すなわちバルファルク討伐戦では規格外移行をした一夏とドゥレム以外はまともに戦闘に参加できなかった。圧倒的物量と、十分な威力を誇る兵器を用意してなお、人類はバルファルクに届かなかった。それでも、ドゥレムは一夏達と《共に》戦った。ディスフィロアでは、それが出来ないほどの激しい戦いになるということなのだろう。

 思い返してみれば、ドゥレムの戦い方は、どこか加減していたような気がするとセシリアも考えた。確証はないが、睡蓮戦で見せたような大規模な氷結を、一夏達が近い状態では絶対に行わなかった。ブレス系統の攻撃もそうだ。止めの瞬間に使用するくらいで、そうでなければ氷柱を連射するようなブレスで、殆どが格闘戦で戦っていた。

 

「全力で戦うという事なのでしょうか?」

 

 セシリアの疑問には誰も答えなかった。

 しかし、一夏には彼が残した拒絶の言葉が、深く深く刻み込まれている。それは彼の冷静な判断力を阻害し、一夏の思考を一点に固めてしまう。 それほど、ドゥレムからの言葉は、彼にとって重いものになってしまっている。

 ドゥレムが、一夏を人間と呼んだ。それは、自分とは全く違う存在だと、真の意味で同胞として共に歩む事はできないと言われたようで、一夏には悲しくて悔しかったのだ。一夏は、ドゥレムをドゥレムディラというモンスターではなく、ドゥレムという個人を友とした。彼も同じだと信じていた。それがどうしてと、彼は止むことのない疑問の嵐に捕らわれ、ただただ悔しさに歯を噛み締めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 ロシア領、モスクワから東に約1973km離れたクルガンの上空に、ドゥレムは高速飛行をしていた。

 いまだ距離は遠く離れているハズが、ビリビリと伝わる強大な殺気は、その持ち主の力を露骨に顕していた。ドゥレムをもってして、異常と言わざるを得ないその殺気に、彼はモンスターの身ながら冷や汗を流すような感覚を覚える。

 ディスフィロアも、こちらに気が付いているのだろう。放たれている殺気が、ドゥレムに集中していることから察しがつく。

 因にだが、ロシア空軍はドゥレムの領空侵犯は捉えている。当然スクランブルが掛かったのだが、彼はその障害を撃墜もせず、そして被弾もせずにジェット機を振りきるような速度で飛行し続けている。超長距離を最高速度で飛行し続けているため、隠しきれない疲れが見えているが、ドゥレムはけして止まらずにディスフィロアへ一直線に突き進む。

 

『ッ!?』

 

 地平線の向こうから、高温の熱戦がドゥレムを掠める。ディスフィロアのブレスだとは、直ぐに理解した。勘で撃ってきたのだ。

 飛んで来る。ディスフィロアもその翼を広げ、空を掴んでこちらに来るのだと、ドゥレムは直感した。まだ遠く、とても目でその姿を捉えることは出来ない。それでも、ドゥレムは分かってしまう。人には途方もない間合いのハズの二体の竜は、互いが近付いていることを知り、そして僅かな時を経て邂逅。錯覚だろう。空気が震え、地が戦き、世界が萎縮するようなそんな威圧感が互いの間に生まれる。出会ったと言っても、まだ互いが豆粒のようにしか視認出来ていない。

 

『グウオオオッラッ‼‼』

 

 ドゥレムが吼える。力を込めて、魂を奮わせ、闘争に身を任せる。

 

『……ォォォッ!』

 

 応えた。いまだ互いに遠いハズだが、その咆哮は互いの殺意を刺激する。

 ドゥレムは護るために戦う。一夏に強い物言いをしたのは、巻き込まないためだ。あの化け物に、彼等を立ち入れさせないため。もし、一夏がディスフィロアと戦うならば、規格外移行しなければならない。それはダメだ。彼が人間でなくなってしまうのは、ドゥレムにとって耐え難いことだった。故に、ディスフィロアはドゥレムが己の意思と力によって討伐しなければならない。

 ディスフィロアは何のために戦うのだろう?『極み闘争う』と呼ばれた彼は、誰よりも強者であった。闘うことが彼の全てであり、生きる意味であり糧なのだ。強者、猛者と呼ばれる存在を何千、何万と退けた。狩人とも幾度も戦い退けた。そんな彼もハンターとの至高とも、至玉とも云える最後の闘争の果てに討伐された。間違いなく彼は充足感に満たされ、満足し最後を安らかに迎えたハズだ。だが、その先に現れた景色はなんだ?弱者が地を満たし、脆弱な存在ばかりだ。ディスフィロアの失意、絶望、虚脱は想像を絶するものだった。戦い、戦い、戦い抜いた先がこの退屈な世界。絶望はやがて、憤りに変わった。僅かに点在する強者と殺し合いながら、この退屈な世界を壊そうと思い立った。そこに、ドゥレムディラがやって来た。歓喜と感謝が彼を震わせた。

 戦いの目的はまるで違う。ディスフィロアは、笑い吼える。ドゥレムディラは怒り吼える。

 

『ガッァッアアア‼‼』

『グゥルルォォォオッ‼‼』

 

 そして二体がぶつかり合う。白紅と紺碧が、バチバチと音速を超えた速度同士で頭突きをぶちかましたのだ。その衝撃はおして図るべし。離れたハズの地表に吹き荒れる突風が、悠然と物語っている。

 

『グウガァッ!』

『ウォッ!』

 

 互いの右前足が、それぞれの頬を撃ち抜く。縺れ合い、地表に落ちていく中でも互いに殴り合うのだ。一心不乱に連打、乱打。鮮血が舞い、一撃一撃で意識が飛びかける。が、彼等はお互いを睨み、その意識を手放さずに歯を食い縛る。

 地表に叩き付けられる直前、ドゥレムが後ろ足でディスフィロアを弾き飛ばし、間合いを取る。降り積もっていた雪を吹き飛び、人気のない雪原で互いに見合う。がそれも一拍。互いに必殺のブレスを撃ち合う。

 ドゥレムディラは黒い冷気の暴力。巻き上がった雪が瞬時に氷つき。振り続けている雪までもが雹となり、ぼとぼとと雪原に打ち付ける。

 逆にディスフィロアは白紅の熱戦。辺りの雪が瞬時に蒸発し、露出した草原が燃え上がる。

 奔流が交差し、互いのブレスを相殺する。意味をなさないと察し、ブレスを切り止め、互いに駆け出す。黒い冷気を纏い、ドゥレムは走る。ディスフィロアもそれに答えるように、角を突き刺すように駆け出す。再び、ぶちかましの正面衝突をするかと思われたが、瞬間、ドゥレムの視界からディスフィロアが消える。跳躍したのだ。目で追えば、ディスフィロアが空中でブレスを貯めている。避けられる間合いでは、

 

『ガアッッアアッ‼』

 

 ドゥレムの背中を、ディスフィロアのブレスが焼く。燃え盛るのではない。まるで溶かされるような痛みが、彼を襲う。

 ディスフィロアはくるりと回り、雪原に再び着地しようとする。が、その直前、ディスフィロアの体を貫くように、氷柱が出現しその硬い甲殻すら傷付ける。更に、比較的柔らかい腹部に深く刺さる。

 

『グロルゥアッ!』

 

 身動きが取れないでいるディスフィロアに、ドゥレムが振り向き返しのブレスをぶつけようとするが、その前にディスフィロアを貫き縫い止めていたハズの氷柱が一瞬にして蒸発し、蒸気がドゥレムの視界を被う。一拍、ドゥレムの行動が遅れた。それでも、ブレスを撃つ。蒸気を吹き飛ばし、ディスフィロアがいたバスの場所を撃ち抜く。だが、そこにディスフィロアの影はなく、遠くにある森の木々に直撃する。樹木はへし折れ、森が吹き飛ぶがその木々は二度と地面に戻ることはない。吹き飛んだ森が凍てつき、巨大な氷塊と化している。

 横に避けていたのだと、ドゥレムが気が付くより前に、顎したから腹部を通り、尾の先までの体の下半分が燃え盛っているディスフィロアが飛び掛かってくる。首を押さえつけられ、組伏せられた。ブレスが来ると察したドゥレムは、それよりも先にディスフィロアを後ろ足で蹴りあげ、無理矢理拘束から逃れる。

 

『グゥゥゥ……‼』

『ガァルルル……』

 

 今の交差で、互いに生半可でないダメージを負ってしまった。だがそれでも、まだ余裕はある。間合いが離れ、弧を描くように歩き、隙を伺う。

 

『…………。』

 

 余裕はあると言っても、ダメージには代わりない。この時間に僅かでもダメージを抜くため、互いに安易に飛び込みはしない。

 が、事態は急に変化する。ドゥレム達に向かって、多数のミサイルが飛び込んで来た。領域を抜け出したディスフィロアと、領空を侵したドゥレムを追いかけていた無人戦闘機が発射した物だった。ドゥレムは、あれが人類の武器だと知っている。だからその攻撃に癇癪を起こし、戦闘機を撃墜したりはしない。だがディスフィロアは違う。折角楽しめるような獲物が現れた。ようやく、己の爪牙をぶつけるべき相手に巡り会えたのだ。その戦いに、魂すら持たない上に規則的かつ、業務的に命を殺めるだけの無粋な輩が乱入するなど、彼の逆鱗に触れて当然の行いである。

 ドゥレムは、驚くべき現象を目にした。ディスフィロアの体の上半分、新雪が如く純白に染まった体から、ぶわりと冷気が吹き出す。まるでディスフィロアの体表にのみ吹き荒れる吹雪と言えよう。先程まで、熱を用いて戦っていたディスフィロアから、真逆の冷気が吹き出た事実は、ドゥレムに大きな混乱を与えるには十分だった。そしてそのままディスフィロアが吠えれば、彼の足元から二本の氷でできた大きな柱が出現する。だがそれだけだ。空中を飛ぶ無人機の迎撃などできる技ではない。そうドゥレムが考えた次の瞬間。翼を広げたディスフィロアの翼膜に灼熱した光が収束する。するとその光は拡散し、氷の中を乱反射しながら戦闘機へと殺到する。広い範囲を一息で焼き付くし、また戦闘機も全て細い熱戦で切り裂いた。作り出された氷は蒸気を発しながらみるみる溶けていく。

 熱と氷。否。プラスとマイナスの熱量を操れるのだと、ドゥレムは理解した。それもかなり高次元なレベルでそれを行っている。ドゥレムは再度、ディスフィロアという難敵を前に、覚悟を改めざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 ドゥレムディラとディスフィロアがロシアの雪原で衝突した報せは、直ぐにIS学園学園にまで届いた。ロシア臨時政府は、何故ドゥレムディラがロシア領内に出現したのか、説明を学園側に求めたが千冬はそれよりもと、早急に付近の住民の避難を急かした。

 

「マズイ……マズイ、マズイマズイ!」

 

 千冬が目に見えて動揺し、歯を噛み締めている。このままではドゥレムの処分は免れない。仮に、あのディスフィロアが本当に規格外の力を有し、ISでは相手にならないものだったとしても、今回の事から学園にドゥレムのコントロールには不適格と判断されれば、国連所属へとなってしまうだろう。そうなれば、モンスター解明の為の実験体になることは明らかだ。

 それは、千冬個人としても看過できるものでは断じてない。何としてでも策を弄じなければならない。

 つまり正当化が必要だ。今回の領空侵犯にロシア臨時政府が納得する十分な説明が必要になる。理由をでっち上げるのだ。だが、度重なる緊急事態に、千冬の頭脳は普段の幾分も力を発揮できずに堂々巡りを繰り返すのみだった。

 何とかしてドゥレムを守らなければという危機感が、余計に彼女を急かし、それが焦りに繋がる。

 ディスフィロア討伐は、明確な理由だ。これ以上ない程に分かりやすく、現在まさに行っている。だが、それだけでは足りない。言いくるめる為の手札が足りない。

 

「織斑先生!」

 

 が、そんな彼女の状況を知ってか知らずか、職員室の扉を勢いよく開けて、シャルロットが姿を見せる。どうしたのかと問い掛ければ、青い顔をした彼女が叫ぶ。

 

「一夏が飛び出しました!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。