ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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ヤバイな……全然戦闘シーン入んないな


第八話:不安

 ラウラに言われた言葉から、千冬は終わることのない自問自答を繰り返していた。

 

「一夏も、望まれて産まれてきたのに、両親に愛されていたのに、それに気付けずにただ怨んで、憎しみを貯めているだけでは、余りにも報われたませんよ!」

 

 頭の中で、ラウラの叫びが木霊する。

 彼女が何を思いそれを口にしたのかなど、千冬には到底想像しえない。いや、今会議室で職位会議に参加している全員にも、ラウラの感情を真に理解できる者はいないだろう。それほど、ラウラの出生、試験管ベビーというのは特殊な事例なのだ。

 両親のいない彼女は、軍人になるために軍人により創られた命。その苦悩や、不安など一般家庭で平和に育った人々に分かるわけないのだ。それでも彼女は、一夏を報われないと言った。本当の親の愛を知らない彼女が、両親の愛に気付けないでいる一夏を不憫だとしたのだ。

 普通ならば、嫉妬抱くかもしれないし、羨望するするかもしれない。だがラウラは、一夏に同情したのだ。なんと気高い姿勢か。刷り込まれた誇り高いドイツ軍人魂が、彼女をそうさせたのか、それとも生来の優しさか。どちらにせよ、彼女の姿勢はとても立派なものだった。

 

『それに比べて私と来たら……。』

 

 自嘲が尽きない千冬。思い返せば、15年前の夏の日に、アレは起きたのだ。

 

 

 

 

 

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8月2日。

一夏、当時一才。

 

 両親は、毎年の結婚記念日に私達姉弟を、父の友人だった篠之乃宅に預け揃って旅行に出掛ける。

 仲睦まじい両親が、千冬にとっては恥ずかしくもあったが、同時に誇りでもあった。何時までも、新婚のような二人の関係は当時少女だった千冬には、憧れの対象でもあったのだ。

 その年は、一泊二日の箱根温泉旅行へと、両親は出掛けていった。

 両親が帰ってくる予定の日の夕方。束と一緒に篠之乃神社の境内で遊んでいた千冬だが、急に束の母親である篠之乃 遥が呼び寄せる。二人は、どうしたのかと互いに首を傾げて、遥の元へと走り寄る。遥は、町の病院で看護師をしていて、今日は休みのハズだったのだが、急ぎで病院に行かなければならなくなったのだという。

 神社にいる、束の父親の嶐陰にも話しておいたからとだけ二人に言い聞かせ、直ぐに車まで走って行ってしまう遥。

 千冬と束は、まだ支え立ちが出来るようになったばかりの一夏と箒を案じて、二人がいる居間に向かうため篠之乃宅へと戻る。居間を覗けば、二人は静かに眠っているようだった。丁度その時、嶐陰が帰宅して来た。神主服を脱がずに彼は、眠った赤ん坊二人を無視してテレビを着ける。その顔は、どこか青白かったように覚えている。当然、テレビが付けば寝ていた一夏と箒が目を覚ましてぐずり泣くが、千冬にはもう、その鳴き声は遠かった。嶐陰の点けたテレビから流れているニュースに、釘付けになっていたのだ。

 

『大規模列車事故発生。死傷者数不明。』

 

 それは、両親が乗っていた列車だった。

 

 

 

 

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 あの事故で、織斑家の両親。父の秋秀と、母の百果の遺体と思われる部分は見付かったらしいが、詳しい状態は教えて貰えなかった。最後の別れも、その顔を見ることすら、当時の千冬には叶わなかった。だからこそ、千冬は両親の死を認められなかった。きっと、棺の中身は間違った人なのだと、半分以下しかない遺骨は、違う誰かのものなのだと、彼女は繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせていた。やがて一夏が、物事が分かり、親というものを理解した時に、彼は千冬に訊ねた。母は何処に居るのか?父は何処に居るのか?

 千冬は、答えを知っていた。知っていたハズなのだ。その当時で事故から4年経っていたのだから、もう両親はこの世に居ないと、十分に理解していたハズなのに、それでも彼女は言ってしまった。現実を受け入れたくない余りに。

 

「私達の両親は、私達を捨てた。でもきっとすぐ戻ってくる」

 

 本当は捨てるわけがない、あんなにも子供と家族を愛していた両親が。

 戻ってくるわけがない、DNAも一致してて、通常の半分以下しかない骨を骨壺に入れ埋葬したのだから。

 いつまでも嘘で誤魔化す訳にはいかないと、彼女は十分分かっている。それでも、一夏に両親の事を切り出せないのは、彼女自身が両親の死を認めきれてないからだ。

 父も母も、列車の理不尽な事故で亡くなったという話しだけで、二人の遺体をその眼で見てはいない。遺骨まで成ってしまえば、誰が誰だかも分からない。ならばこそ、千冬の深層心理ではいまだに、両親はまだどこかで生きているのでは?と到底あり得ない可能性にすがっているだ。だが、千冬自身は自分のその心理を理解していない。彼女からすれば、頭では本当の話をしなければと考えているのに、何度も決意を固めたのに、一夏を前にすると言葉が出ないのだ。

 

「織斑先生、大丈夫ですか?」

 

 不意に声を掛けられ、視線を向ければ麻耶が心配そうな顔で千冬を見ていた。あくまでも小声なのは、職員会議の途中だからだ。

 千冬は「大丈夫だ」と短く答え、改めて資料に目を通す。表紙には大きく、『IS学園休校の是非』と刻まれている。学生が減り続けている現状と、学園上空にある亀裂の対処のために、学園の学校機能を一時的に休止して日本国家代表を中心とした対モンスター対策組織を新たに設けて、学園に駐屯させる話が日本国家と国連から提案されたのだ。道理は通った話だが、生徒達はどうなるのか。日本出身の生徒ならばさして問題ではない。が、現在飛行モンスターに対する対策として、世界各国で一般航空旅客機の航行に大きな制限が敷かれている。そのせいで、少くない生徒が母国に帰れない状況となっているのだ(シャルロットとラウラは、専用機持ちであり国家代表候補ということもあり、それぞれの空軍が輸送し、学園に転入した)。更に、千冬が懸念する要素は他にもある。一夏とドゥレムの二名の存在だ。二人とも、ISとモンスター、それぞれの分析、発展、開発の側面からなる情報価値は並ではない。世界中の軍事、IS企業が欲し、国家事態がその恩恵を望んでいる存在だ。IS学園という隠れ蓑を失った瞬間、彼等がどうなるかは想像したくないのが、千冬の本音だった。

 故に、彼女は学園は学校としての機能を保ってほしいのが本音である。

 

「現実問題生徒数は日々減少しています。それに、モンスターの湧く亀裂の下に子供を置いておけないと叫ぶ民意を無視するわけにもいかないでしょう。」

 

 教師の一人が言う。

 何人かが、彼女の意見に賛同するように頷くがそれでもまだぜんたいの4分の1程度の人数だった。残りは千冬のように反対する者か、まだどうするべきか、判断しきれていない者だった。単純な総数で言えば、学校維持の意見がまだ多い。しかし会議では二つの意見が真っ向からぶつかり合い、平行線となっていた。それぞれの意見を要約すればこうなる。

 

『維持派』

・祖国に帰れなかったり、親元に戻るのが難しい生徒達はどうするのか。

・一度閉鎖して、再びの再開が可能なのか。

・一夏やドゥレム等の特殊な人物は、どうするのか。

 

『休校派』

・保護者を始めとした日本国民の民意は無視し続けるわけにはいかない。

・現状生徒の半分以上が、戦闘能力のない一般生徒であること。

・より強力な、装備を持つ自衛隊や国連軍に駐留して対モンスター戦力としての効力拠点とするべき。

 

 互いに互いの言い分の正しさが分かっているからこそ、話は平行線から先に進めない。教師達は皆、自身の教え子の身の安全を最優先に確保したいのが本音なのだ。だが、どちらか一つを選択しなければならない。IS学園が持つ自己統治による治外法権により、日本も国連も退去命令は下せないが、議論の早急な解決と意見統一を求めてきている。遅くとも、今月中には結論を纏めなければならないのだ。

 遅々として進まない議論。このままでは再び、今回の議案が持ち越しとなってしまう。だが、その状況にメスを入れる意見が出てくる。

 

「いっそ、生徒の意見も聞くべきではないでしょうか?学園に残りたいか否かを。」

 

 生徒達にとっては、残酷な問いだろう。血の滲むような努力の上で、やっと学園に転入できた者がいる。努力が実り、国家代表候補として指名された者もいる。モンスター被害を心配する親からの願いに眼を背け、それでも夢に向かってがむしゃらになっている者も。彼女達に、学園から出ていくか否かを、こちらから投げ掛けなければならないのだ。学園を再開できる見込みがあるならば、一時避難として説明できるが、その見込みすらないのだ。容易く、その意見に賛同など誰も出来なかった。だが、それ以外の解決策が浮かばないのも事実である。

 

「…それしかない…か。明日、生徒にプリントとして配ろう。提出は来週の月曜日として、生徒の自己判断に委ねよう。」

 

 一人の教師が口にした。誰もが悩んだ素振りを見せ、それでも既に、頷く以外になかった。散々に意見を交わした。議論をしてきた。それでも着地点も、解決案も浮かび上がらなかったのだ。ならば、この意見に従うしかなかった。

 

 

 

 

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 翌日、朝。生徒達に配られたプリントに、多くの生徒が眼を丸くした。

 今時珍しい紙媒体での配り物など、何なのかと目を通してみれば、ソコには事の簡単な経緯を綴った一枚と、学園に残るか否かを問う書類の合計二枚が、彼女達の机の上に広げられている。一夏も、その書類に驚きを隠せずにいる。だが何よりも、この書類の通りに、IS学園に自衛隊や国連が駐屯した場合、ドゥレムはどうなってしまうのか。それが一夏に引っ掛かった。

 

「それはあくまで自由意思だ。学園から出て行くも、残るも自分で判断し、自分で決めろ。」

 

 教壇に立つ千冬の表情は、普段と変わらない風を装っているが、右手を強く握り締めている。一夏には、それが彼女の癖であると分かっていた。辛い時、それを我慢している際の癖だ。

 生徒達の努力を無駄にさせたくないという、強い意思とそれに反する現在の自身の行為に、千冬は強いストレスを感じているのだ。一夏は、それを敏感に読み取っていた。

 

「提出は来週の月曜日までだ。それまでに、自らの進退を決めるように。」

 

 良い放った千冬は、教壇から降りて、麻揶に教壇を譲る。そして、まるで今までの会話はなんだったのかと疑問に浮かぶほど、麻揶は普段の通りに授業を始める。だが、生徒達の頭の中では、件のプリントが頭から離れなかったために、その授業の内容はほとんど彼女達には届かなかった。

 

「どうする?」「どうしよう?」「どうしたら良いの?」「学校からもこんな風に言われたら……」「私は離れたくない!」

 

 小休憩の時間。生徒達の会話は一つの議題に絞られていた。学園から離れるか否か。

 多くの生徒は、この学園に入学するためにかけた労力や、将来の目標のための観点から離れることに渋っていたが、彼女達も家族から帰ってくるように言われていた。その上で学園からもこのような話が浮上すれば、彼女達の意志が揺れ動くのは当然と言えた。だが、それでも最初から論外の人物がこのクラスには四人いた。一夏、セシリア、シャルロット、ラウラの四人だ。一夏は言わずもがな、自身の立場を正しく理解しているために、学園から離れた際の危険性を承知しているのだ。そしてセシリア達は、それぞれが祖国の国家代表候補ないし軍人である。学園から離れるか否かの結論は、その立場から独断で判断はできないのだ。

 

「にしても……困りましたわね。」

 

 だが、彼女達にも思うことがないわけではない。セシリアが口にしたように、その四人は今回の話は寝耳に水であり、祖国の意向次第では帰国もあり得る話であるからだ。だがそれだけではない。このクラスにいる全員が、四人にとっては共に学び、同じ時間を共有した仲間なのだ。そんな彼女達が重大な岐路に立たされている。しかし自分達に出来ることは何もない。故に、『困った』という一言に尽きるのだ。

 

「IS学園上空の裂け目だけでもどうにかできれば……でもそんな方法知らないし。」

 

 シャルロットも考え込む。ついこの間、学園に居座ると決意して、自身が女性であることも公表したのに、こんな話が直ぐ様飛び込んでくるとは思っても見なかった。

 

「だが、モスクワを除けばここが住宅密集地に最も近い亀裂だ。国連や日本国政府がナーバスになるのも仕方がない。いつエジプトのディアブロスやモスクワのディスフィロアのような強力なモンスターが現れるかも分からないのだから。」

 

 ラウラの言葉の正当性は、全員が承知している。今までは、奇跡的に住宅地での被害が発生していなかったが、これから先もそうだとは決して言い切れない。二つ名持ちや古龍、ディスフィロアやドゥレムディラのような見たことの無い新しいモンスターが現れるとも知れない。冷静に考えれば、この学園に防衛拠点を設け、近隣住民は避難を勧告するべきなのだ。それをしない、出来ないのは、結果として訪れる生活困窮者の発生だ。亀裂を閉じる方法を発見することが出来なければ、避難の期間は未定となる。その間の避難者の生活にどう対応するかを考えれば、おいそれと避難勧告は発令できないのも無理はない。

 

「……どうなるんだろうな。」

 

 呟いた一夏の言葉は、この学園にいる全員の人間が抱いている不安であった。先の見えない不安は、生徒達の心を蝕み、拡大していく。彼女達は今、暗中模索のスタート地点に投げ込まれたのだ。

 

 

 

「今日も、良い天気だなぁ~。」

 がドゥレムは、この男は呑気に日向ぼっこなんかを楽しんでいたのだった。




そろそろ、一回戦闘パート差します

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