ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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第七話:父親(後編)

 が、ドゥレムは不意に思い出した。

 

「そうだ、今千冬は一夏とラウラの後を追っているんだ。」

 

 食堂から出て直ぐのドゥレムの言葉に、鈴も一夏がラウラと出掛けるとか言っていたのを聞いていた。その後を追うとはどういう事かとドゥレムに訊ねれば、事の経緯を簡潔に説明する。

 

「ラウラに謝罪させるためねぇ……。しかも一夏にはなにも説明せず…。ドゥレム、アンタも世俗に染まってきたわね。」

 

「ハッハッハ。二人が良好な関係を築ければ重畳だが、その上で面白おかしくアレば尚良しと。」

 

 呆れたような鈴言葉に、軽く笑いながらドゥレムは事も無げに答える。

 

「ホント、良い性格してるわアンタ。で、織斑先生がいないなら誰に相談する?」

 

「山田先生はどうでしょう?私達の副担任ですし、織斑先生にもスムーズに情報が共有できるかもしれません。」

 

 鈴の言葉に、いの一番で答えたセシリアの提案に全員が同意して、ひとまず麻揶がいるであろう職員室へと一路向かう。

 ちなみに、事の優先順位を鑑みて、セシリアと現のドラグノフ調整作業は、また後日と相成った。

 学生寮の食堂から、本校舎職員室までおおよそ五分くらいの道のりを踏破し、五人は職員室前までやって来た。

 まず、セシリアが職員室の中から麻揶を探しに入室。だが結果は振るわず、職員室内に彼女は居なかった。他の教師に訊ねたところ、会議室で明日行われる予定の職員会議の準備に当たっている事がわかり、五人は会議室に改めて向かう。

 

「山田先生、いらっしゃいますか?」

 

 会議室に到着すると、再びセシリアが会議室内を確認する。小柄な体躯に緑の髪。特徴的な麻揶の姿が、会議室で1人黙々と作業をしていた。セシリアの言葉に気が付き、顔をあげた彼女は、普段の調子通りに朗らかで、優しげな表情をたたえてセシリアの元にやって来る。

 

「オルコットさん、どうかしましたか?」

 

「実は、折り入ってご相談したいことが……。」

 

 セシリアのその言葉を皮切りに、残る四人が入室し、事の経緯を説明する。

 

 

 

 

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「そう、バレちゃったんですね。」

 

 だが麻揶の反応は、五人が予想していものと大きく異なっていた。驚きや、不信感ではなく。始めから知っていたというその対応に、五人は頭の上に?を浮かべる。

 

「シャルロット・デュノアさん。貴女宛にお手紙を預かっています。わざわざ来て貰って申し訳ないんだけど、少しここで待っててもらってもいい?」

 

 誰から?

 一同に疑問符を浮かべるが、その答えは分からない。麻揶は手紙を職員室へと取りに行ってしまった。

 シャルロットからすれば、気持ちの安らぐことはない。誰から当てられた手紙なのかよりも、これからどうなってしまうのかという不安が勝っているのだ。

 やがて、「お待たせしました」と麻揶が会議室に戻ってくる。その手には簡素だが、黄色い花の装飾が施された綺麗な便箋。シャルロットには、それに見覚えがあった。

 

「お母さんの……手紙?」

 

 まだシャルロットが幼い頃、母親に時折届いていた手紙が、同じような便箋に包まれていた記憶があった。

 差出人は書いておらず、住所も何も無い。あるのは、達筆なフランス語でシャルロット・デュノアへと書いてあるだけ。恐る恐る、彼女はその封を開け、中の手紙に目を通す。宛先と同じフランス語で書かれていたせいで、シャルロット以外はその内容を読めず、セシリアだけが辛うじて大まかな文章が読み解けた。手紙は二枚綴られている。シャルロットは、それをゆっくりと読み進める。

 不意に、シャルロットの瞳に大粒の涙が滲み出す。その様子に鈴が、シャルロットの肩に手を置き、「大丈夫?酷いことでも書いてあったの?」と心配するが、シャルロットは首を横に振り否定を表現する。

 

「ちが、違う……の。」

 

 顔を両手で隠してしまったシャルロットは、止まらない涙を拭き取るためだ。

 

 手紙の内容を軽く説明するならば、まず差出人はジョルジュ・デュノア。シャルロットの父親だ。手紙には、以下の事がフランス語で書かれていた。

 

『親愛なら私の娘よ。この手紙を君が受け取ったということは、自分の秘密を打ち明ける勇気を得たか、または良き友人に恵まれたのだろう。どちらにせよ、私はこの手紙を君が読むという結果をとても喜ばしく思う。

 君にとって、私と妻は最悪な大人になってしまっていたのだろう。許し欲しいなどとは、とても口には出来ない。言い訳がましい事だが聞いて欲しい、妻は先天的に子を成せなかった為に、君とカーラ(シャルロットの実母の名前)に嫉妬心を抱いてしまった。それが、君への強い当たりになってしまったが、決して君の事を心の底から憎くんでいた訳ではない。

 妻のその態度も、元を辿れば仕事ばかりで、家を蔑ろにしてしまった私の責任だ。カーラにしても、養育費や生活費だけを渡し、父親の責務からデュノア社社長としての責任を盾にして逃げてしまった。本当に最低な父親であると、自らを恥じるばかりである。それでも、これだけは知って欲しい。私は、君とカーラの事を一度でも忘れたことはない。幾年月を経ても、君達の事を愛している。

 だが、今の君にとって私や妻の言い訳はどうでも良いことだろう。それよりも、偽装していた性別が露見してしまった恐怖が、その心を苛んでいると思う。しかし安心して欲しい。今回の事に関しては、君に責任はない。故に、改めて女性として学園に通うも良し。君に課した命令もその効力を失ったので、祖国フランスに帰ってくるも良し。自由に学び、自由に選択して欲しい。

 もしほんの僅かでも、君が我々の事を気にかけているなら大丈夫だ。私達夫婦も問題はないし、会社も存続する。だから我々の事を省みず、自らの意思と信条に従い強く強く、世界に羽ばたいて欲しい。君はもう、デュノアとは縁も所縁もない一人の女の子なのだから。

 

 追伸、日本国の銀行に口座を作り、カードと通帳を同封し送らせてもらった。少ないが、君がIS学園で青春を過ごし、その後も進学しても十分な金額を用意した。生活の足しになってくれれば嬉しい。最後の最後まで、金銭を渡すことでしか、君に報いることが出来なかったことを強く後悔する。せめて、君のこれからの人生に幸が多からんことを。君の生涯に、平穏のあらこんことを。

 

 

親愛なる我が娘

シャルロット・デュノアへ』

 

  不器用な、しかし誠実な男の言葉だった。綴られた文はジョルジュの真意として、シャルロットの胸に確かに届いた。

 ジョルジュは父親としての責務から逃げたと書いたが、逆に彼は、自分の会社に勤める多くの人間の人生と家族を守ったのだ。シャルロットは知らないことだが、彼とカーラは高校時代からの恋仲だった。しかし、デュノアという家柄と、両親が決めた許嫁。いっそ、全部を捨ててカーラと駆け落ちすれば、彼の人生はどれほど健やかだったのだろうか。だが、それをしてしまえば、デュノア社に尽くしてきてくれた社員を裏切ることになる。当時のジョルジュは大変な苦悩を背負った。その結果、精神が壊れかけ優しく抱き止めてくれたカーラに甘えた。一時の過ち、無責任な男。罵倒する言葉は尽きないだろう。だが、その全てを彼は自らに投げ掛け、それを背負ってカーラとシャルロット、そして自身の妻にデュノア社の社員。全員の人生を守るために努力したのだ。寝る間も惜しみ働き、国中を駆けずり回って仕事を探し、全員が満足に生活できるだけの仕事と金を産み出し続けた男。ジョルジュ・デュノア。

 確かに、彼の一時の過ちはシャルロット・デュノアという悲劇のヒロインを産み出した。だが、彼女は本当に悲劇的な人生だったのだろうか?自身を深い愛情の元に育ててくれた母。何不自由なく、中学までの教育を彼女は受けてきた。父の居ない幼少期。母の突然の死。突然現れた父親と、その妻にあたる義母。なるほど、確かにその人生は波瀾万丈である。だが箒のように家族と離れ離れで、友人も作れないまま、理不尽に地域を転々と幼少期を過ごしたわけではない。セシリアのように両親を唐突に失い、家の権力財力を狙う意地汚い大人達と渡り歩いた訳ではない。シャルロットの人生には確かに悲しみがあったが、それでも箒とセシリアと違い、彼女は護られていたのだ。不器用で愚直な男に。シャルロットはそれに気が付き、涙が溢れていたのだ。

 父は、母のことも自分のことも愛していた。それが、その真実が、どうしようもなくシャルロットには嬉しかったのだ。

 

「デュノアさん、私達はその手紙を読んではいません。その上で深くは尋ねずに、これだけを伺います。……貴女は、これからどうしますか?」

 

 シャルロットを真っ直ぐに見やり、摩耶は聞く。一同が黙して、シャルロットの言葉を待つ。

 頬を拭い、涙を払った彼女は面を上げて、摩耶の視線を正面から受け止め笑顔で答えた。

 

「私は、シャルロット・デュノアは、IS学園に残って勉強します。そしてデュノア社に就職します!」

 

 デュノアとは、縁が切れたと書かれた。しかし、彼女はそれで納得などするわけがない。ジョルジュに言いたい事、カーラに言いたい事は山ほどあるのだ。だから、彼女はこれからの進路にデュノア社への就職を決意した。

 あの父親は、与えるだけ与えて親孝行は受け取らないつもりか?こっちは親孝行をする前に母親を亡くしてるんだと、シャルロットは先程までの不安が嘘のような、前向きな思いがその胸中を駆け巡っている。だから彼女は、面と向かって今一度父親に会えるように、「ふざけんなクソ親父」と言えるように、この地で、IS学園で仲間達と頑張っていくのだ。

 

 彼女の胸中は、晴れやかだった。

 

 

 

 

 

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「騙しててゴメンね一夏。」

 

 一通り話終えて、シャルロットは改めて一夏に謝罪する。彼は、何も言わず、その話をただ聴いていた。

 

「そう、か。……でも、良かったなじゃないか。父親と分かり合えて、学園には居れるんだろ?なら良かった。」

 

 笑顔を浮かべて、一夏はシャルロットに答える。だが、その笑みには若干の違和感を、シャルロットとラウラは抱いた。

 

「んじゃ、俺ちょっと自販機行ってくるわ。」

 

 立ち上がった一夏は、自室を一人後にする。残されたシャルロットがボソリと口にする。気を悪くさせたのかと、心配する。

 

「……いや、止めておこう。」

 

「え?」

 

「この問題は、教官と一夏の『家庭の事情』というやつなのだ。不用意に私から口にはしない。」

 

 ラウラは、シャルロットの事情と同じく、織斑家に関する何かしらを知っている様だった。口にしないと言ったからには、軍人の彼女は決して言わないだろう。事実。シャルロットの件も言いふらしたりはしなかったのだから、配慮なく人の事情を口にはしないだろう。良い意味で、彼女は真面目で誠実なのだと、シャルロットは理解するが、気になってしまうのが人の性というもの。だが、詮索はしないように努めようと彼女も考えていた。

 

 

 

 とうの一夏はと言えば、黒い感情と戦っていた。彼からすれば、ジョルジュ・デュノアが何を語ろうと、実の娘を騙し、利用した最低の男としか思えなかった。だが、その根底にいるものは、結局両親から愛されていた、シャルロットへの僻み、嫉妬である。

 自分と千冬の姉弟は両親に棄てられたが、シャルロットはそうではない。愛され、想われ、支えられていたのだ。対して自分は両親の顔すら知らない、怨んで、憎んで、考えれば怒りしか抱けないのに、シャルロットは父親の愛に感動し、涙を流すことができる。

 

『俺には、そんな機会は絶対にやって来ないのに……っ!』

 

 検討違いの感情だとは、一夏自身も気が付いていた。

 自分の両親とシャルロットは無関係だ。その彼女に怒りを向けても、どうしようもない。虚しくなるだけだと 、一夏も一番理解しているのだが、この感情を操作することは、彼にとっては難しかったのだ。

 それほどまで、彼にとって『親』という存在は、逆鱗とかしていたのかも知れない。

 

 

 

 

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「織斑教官。」

 

 未だ、生徒が学舎に向かうには早い時間、既に制服に身を包んだラウラが、千冬と共に学生寮と校舎の間にある雑木林で向かい合っていた。

 

「学校内では先生と呼べ。で、わざわざ私を呼び出したということは、昨日の結果の報告だな?」

 

「……そうですね。ではまずそちらから。」

 

 ピクリと、千冬の表情が動いた。ラウラの言った文言に不可解な点があったからだ。

 「まずそちらから」

 確かに彼女はそう口にした。つまり、ラウラが千冬に伝えたいことは、他にもあるのだと察することは容易だった。

 

「昨日の私のミッションは、残念なことに失念し、失敗に終わりました。それもこれも……もう二度とジャパニーズホラーなんぞ見ませんとも。」

 

 その様は、千冬も遠目で同行していたため知っている。そして、彼女も神隠しの恐怖を味わったので、あれは仕方がないと半分妥協していた節もある。というか、帰り際のくっついたまま離れない二人を見れば、今更謝ったか否かなど、野暮な話というものだ。

 

「ふむ。で、本題は別にあるのだろう?言ってみろ。」

 

「………では失礼して、織斑教官殿は、まだご両親の事を一夏に話してはいないのですか。」

 

 ビクリと、千冬の体が震える。触れられたくはない核心的な部分を、まさかラウラが突いてくるとは考えていなかったのだ。確かに、ドイツ軍の諜報機関であれば、織斑姉弟の両親など朝飯前で調べあげることが出来るだろう。だが、ラウラの口からというのが、千冬を酷く動揺させた。

 

「今朝私と一夏は、デュノアの秘密が露見したこと、そして彼女の父親から寄せられた手紙の話になりました。その中で、一夏の示した態度は『親』というものに対しての、強い嫌悪感です。件の事故が15年前ですので、年代から考え、一夏がご両親の真相を知らないのではないかと気が付きました。何故、教官殿は何故一夏に本当の事をお教えにならないのですか⁉」

 

 ラウラの眼は真摯だった。ただ正面から千冬を射ぬき、問い詰める。千冬はその瞳に耐えきれなかった。僅かに視線をずらし、投げやり気味に答える。

 

「貴様には関係のない話だ。ドゥレムの件は、私からも許可を出す。日時はお前達で決めろ。……では、私は職員会議があるので先に失礼する。貴様も遅刻しないようにな。」

 

 踵を返し、そのまま校舎の方へ歩いていこうとする千冬を、ラウラは慌てて呼び止める。

 

「私には、本当の意味で両親がいません!」

 

 千冬の足が一瞬止まる。

 そう、ラウラはドイツ軍の生体科学研究部と言われる裏部隊が、生来的に戦闘に優れた人類を開発するために産まれた、プロトタイプ。いわゆる試験管ベビーだ。彼女には、構成遺伝子の元となった男性と女性、自分を試験管の中で受精させた研究者、この年になるまで、勉学や戦闘のいろはを教えた教官。沢山の大人が彼女を今の年齢まで導いてきた。しかし、本当の意味での父と母は彼女にはいないのだ。

 

「一夏も、望まれて産まれてきたのに、両親に愛されていたのに、それに気付けずにただ怨んで、憎しみを貯めているだけでは、余りにも報われたませんよ!」

 

 ラウラの、心からの叫びだった。彼女が憧れた普通の家族。両親から愛され、両親を愛し。兄弟姉妹から愛され、兄弟姉妹を愛する環境を、辛い訓練の日々に何度夢見たことか。だから、似たような境遇でも、無意味に自分を苦しめてしまっている一夏を、彼女は放っておけなくなったのだ。

 

「……これは……、貴様には関係のない、私達姉弟の話だ。……二度と、口を挟むな。」

 

 振り返らずにそれだけ告げて、千冬は再び歩き出す。ラウラは、ただその背中を、哀しみを背負った憧れた人の背中を、ただただ見送ることしかできなかった。





モンハンワールドps4かぁ……。

買うかどうか悩んでます。

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