ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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お待たせしました。

ファッションセンスは汁ほどない手前でございますが、なにとぞご容赦のほどを。


第五話:呉服

 結果として、ラウラの望みは叶ったと言えた。ドゥレム本人が説得に参加した恩恵もあり、彼女は無事彼の戦闘データ収集を、公的には行えることになった。

 が、それはドゥレムの提示した条件を満たしてからのものだった。むしろ千冬は、その条件があったからこそ彼女の望みを聞き入れたのだろう。

 

「じゃ、じゃぁ行こうか。」

 

「……ふん。」

 

 1日一夏と共に過ごして、最終的に彼に謝罪する。

 それがドゥレムの提示した条件だった。そのために、日曜日に二人は、近くの街へと赴き1日を過ごすことになる。しかも千冬は、「私は貴様等が見えないところから観察している。もし失敗した場合には諦めるのだな。」と念押しされてしまった。千冬のスニーキングスキルを称賛すれば良いのか、厄介なことに千冬が何処にいるのか、ラウラには全く分からない。だが視線は感じるのだから、彼女にはたまったものではない。

 

「………………」

 

「………………」

 

 IS学園のある人口島と本土を繋ぐ道は、大きな橋とモノレールの二つがある。今二人はモノレールに乗って、席には座らず並んで立っている。しかし絶望的なまでに会話がない。互いに沈黙し、言葉のキャッチボールが行えていない。それもそうだ。二人はキャッチボールするためのボール(話題)がないのだ。

 そのまま二人は、モノレールの中で互いに沈黙したままで本土へと到着した。

 一夏からすれば、これは苦行にも等しかった。頼んでもいないのに、昨日突然千冬とドゥレムに「明日ラウラと一緒に出掛けてこい」などと言われ、更にはスケジュールプランも考えろ等と押し付けられる。当日に、本人に会ってみれば案の定不満を隠すことなく、仏頂面で押し黙り時々睨んでくる始末だった。

 

…俺、なんかしたかなぁ?

 

 内心の疑問に答える者は居るハズもない。それでも一夏からすれば、この不条理には溜め息を禁じ得なかった。

 

 

「で、何処に行くのだ?私は貴様がプランニングしていると聞いたのだが?」

 

「あ、あぁ……でもその前に、ラウラの服を買おう。」

 

「何故だ、このままでも構わないだろう。」

 

 明らかに、彼女の表情に睨みが効く。

 

「いや、その制服じゃ目立ってしょうがないだろ?それじゃぁちょっと歩きづらいしな。」

 

「………。」

 

 一夏の服装は、若干暑くなってきた気候に合わせ、涼しげな私服。それに対しラウラは、普段と同じ軍服風に改造されたIS学園の制服。正直なところかなり目立っていると言えた。

 周囲の視線に気が付き、一夏の言葉に納得した彼女は、「不服だが…仕方ない」と彼の提案に合意した。

 となれば、駅ビルの中のアパレルショップや、洒落たファッションショップに立ち寄る。

 が5分と経たず二人は駅ビルから出てくる

 

「……無理だ。あんなの私は着れない……。」

 

「そうだな……、俺も流石にあれは買えない……。」

 

 一夏は自分が提案した手前、彼女の服の代金を持つ腹積もりでいた。しかし服一着に7000円だとか12000円超えと、目が回るような金額を目の当たりにし寒気を覚えてしまう。

 ラウラもラウラで、余りにも派手かつ肩を丸出しにした服や、背中がぱっくりと開いた服。あんまりにも短いスカートだとかに眼を丸くし、それを着た自分を想像したら総毛立ってしまっていた。

 

「貴様は普段、どのような店で服を買うのだ?」

 

「あぁ、カミムラとかユニシロとかかな。」

 

 間違ってもファッションセンターシ○ムラでも、ユニ○ロでもない。同じようなものではあるのだが、ココではカミムラにユニシロなのだと了解して頂きたい。

 

「近いし行ってみるか?」

 

「…あぁ、そうだな。貴様の服を見る限り、そこまで難度の高い服屋ではないのだろう。」

 

 なかばグロッキーな彼女は、自分が身に付けることを想像できる服をせめてもと求めていた。あんな太腿を見せつけるような大胆なスカートなんて、彼女は絶対に願い下げだし、背中を露出するような服は着たくはないなと、そんな世の同年代の女子が聞いたら耳を疑いそうな本音を抱いていた。

 だが、彼女の感性から見ていても、その服を一般的な魅力のある女性が着れば、それは見目麗しいものだろうと理解できる。しかし自身が身に付けるとなれば、軍服くらいしか袖を通した事のない自分には、些か無理難題と言えた。

 せめて普通のシャツだとか、そういう手頃で何の気苦労もなく着れる服をと彼女は祈りながら、駅から五分ほど歩きファッションセンターカミムラに到着した。ラウラは、先ほどのアパレルショップとカミムラの所有する敷地面積の差に、驚愕を隠しきれずにいる。これが服専門の店と考えると、彼女は戦慄すら覚える。

 おっかなビックリ店内に入り、観察していて気が付く。ここでの客は、親子連れが大半を占めている。駅ビルのアパレルショップは、若い女性ばかりだったのに対し、ここでは老若男女問わずに商品を物色しているようだった。

 

「っなんだ、この値段の差は⁉」

 

 試しに一着の白いシャツを手に取った彼女は、その値段を見てより驚愕した。アパレルショップでは、安くて6000円は越え、処分品として並んでいたものでさえ、2000円は下らなかった。だがこのシャツは950円。その値段設定の差は、普段服に興味を示さず、買いもしない彼女ですら驚いてしまう。

 

「大手だからなぁ、とりあえず店内を見て回ろう。」

 

 一夏が先導し、店内をグルリと回る。

 結果的にラウラは、麻色のチノパンと、白地に、デフォルメされたウサギが描かれたシャツを手に取っていた。シャツは950円で、チノパンが少し高く1400円。合計で2350円(税抜き)である。

 

「ベルトはどうする?」

 

「今使ってるので十分だ。ベルトなんて、そんなに何本も要らないだろう?」

 

「まぁそうだけどな。じゃぁこれで一回会計しちゃうけど、大丈夫か?」

 

「いや待て、そんなもの私が自分で買う。」

 

「俺が無理言って服を買うんだ、良いよこんぐらい。」

 

 と、ラウラを置いて一人先にレジへと向かう一夏。彼女は彼女で、何か負けたような、そんな釈然とした気分になってしまっていた。

 少しして、会計を済ませた一夏が戻ってくる。「タグを外して貰ったから、試着室を借りて着替えると良い」と、一夏は服の入ったビニール袋を彼女に手渡す。

 

「………感謝する。」

 

 顔はそっぽに向いているが、根が真面目な彼女は、態度以外は素直に礼を口にする。

 

「おう。」

 

 恥ずかしい、ラウラは内心叫ぶ。しかし、それは怒りが起因となる羞恥。決して穏やかな物ではない。

 ビニール袋を受け取ったラウラは、彼に背を向け試着室へ踵を返す。取り残された一夏は、彼女の表情から怒りだとかそういった物を感じていたため、どうすれば彼女も自分自身も今日一日を平和に過ごせるのかを考える。

 

 

「……待たせたな。」

 

 制服から、ラフな私服へと着替えたラウラが一夏の元に戻ってくる。

 簡潔言えば、良く似合っていた。麻色のチノパンは、彼女に大人びた印象を与えるが、シャツに小さく施された赤いウサギのワンポイントが年相応の可愛らしさを匂わせる。だが、何かがおかしいと、一夏は直感した。

 素材は良い。選んだ服も、致命的に合わないなどと言うことはない。それなのに、妙な物足りなさを一夏は感じている。その原因はなんだろうかと、まじまじと彼女を観察して考える一夏。凝視されているラウラは、かなり不愉快そうに顔をムスッとさせていた。

 

「あっ、そうか。」

 

 何かを閃いた一夏は、ラウラにココで待っててと伝え、店内の散策に戻る。突然のことに彼女はどうしたのかと疑問に思ったが、とりあえず言われた通りに待っている。

 だいたい二分ほどだろうか。小さな袋を手にした一夏が戻ってくる。

 

「ベルトこれに変えてみよう。」

 

 現在彼女の腰には、黒く武骨なベルト。先ほど制服のズボンを止めていたのと同じベルトなのだが、女の子が外に出掛けるのに着けるには、些か質素な代物だった。

 対して、一夏が袋から取り出したのは、白と黒のツートンカラーで、銀色の少し洒落た金具を持つベルトだった。

 

「私は、ベルトは十分だと言ったは…「良いから良いから。」

 

 要らないと、ラウラはそのベルトを断るつもりだったのだが、一夏になかば無理矢理手渡され、そのまま試着室に押し込められる。

 ぶつくさと文句を言いながらも、自身のベルトを外して、一夏が用意したベルトに付け替える。溜め息を吐きつつ目線をあげれば、そこには姿見があった。そこに写る自分は、先ほど試着室から出た時と少し、しかし決定的に違って見えた。

 あれ?と思いつつも、彼女は試着室のカーテンを開ける。カーテンの向こうにいた一夏も、彼女を見て小さく頷く。

 

「良し、じゃあ最後にこれを羽織って。」

 

 ベルトを出したのと同じ袋から、青っぽい白いシャツを引っ張り出す。

 

 疑問を抱きなからも、彼女はシャツを受け取り、言われたままに袖を通す。長く綺麗な銀髪を、シャツから引き出し着替えを終える。

 

「うん、これで大丈夫だ。」

 

 大きく頷く一夏。

 何が大丈夫なのか気になったラウラは、振り替えって自分の姿を鏡に写す。と、彼女は驚き眼を丸くした。鏡には、職業軍人のラウラ・ボーデヴィッヒではなく、一人の女性としての、彼女自身でも知らないラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。

 

「ついでにユニシロも寄ってくか?」

 

 彼女の驚愕など知るよしもない一夏は、どこか呑気な口調で言葉を投げ掛ける。

 

「あ、あぁ…。」

 

 そうして、カミムラを後にした二人は歩いて直ぐのユニシロへやって来た。が、また彼女は困惑することになる。

 

「…こ、これは……全部同じではないのか?」

 

「いや、結構違うぜ?」

 

 細かい違い。例えば材質だとか機能性だとか、ちょっとしたデザインの差だとかを一夏はラウラに説明するが、彼女はより混乱するだけだった。何故なら、色以外の違いが彼女には分からなかったからだ。故に、何とか一夏の言葉を理解しようと頭を回転させたラウラは、少しすっとんきょうな言葉を口にする。

 

「て、ティーガーとMBTの違いのようなものか⁉」

 

「いやゴメン。それは俺が分からねぇや。」

 

 何とも言えない沈黙が、二人の間に流れた。

 しかし困ったのはラウラだ。どうにか一夏の言葉を理解しようと頑張り、その結果として出した自身の例えも。一夏は逆に分からないと一蹴されてしまった。

 彼女の顔は、みるみる赤に染まっていく。

 

「…ま、良いや。ラウラは好きな色とかあるか?」

 

「……黒だ。」

 

 ラウラの返答を聞いた一夏は、レディースのスペースへ足を向ける。

 棚には、夏向け製品!と書かれていて、何種類かの機能性衣服が置いてあった。その中の、黒い一着を一夏はラウラに差し出す。

 

「インナーシャツなんだけど、通気性、吸汗性が凄いんだ。日本の夏は湿気とか凄いから、これがあると助かるんだ。ラウラはサイズいくつだ?」

 

「……Mだ。」

 

 因みに、実際はSである。つまり彼女の虚勢である。

 

「じゃぁこれだな。」

 

 一夏は、同じ黒のシャツの中からSサイズの物を手に取ると、「他になんか必要なものは?」と彼女に言葉を掛けるが、ラウラからすれば、自発的な買い物ではないので当然といえばそうだが、特に買い物するものはない。

 そう伝えれば、彼は了解と短く答えてレジへと向かう。そうして気付けば、また彼女は一夏から贈り物を貰っていた。

 

 彼女の内心は、また敗北感に苛まれることになった。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 場所は代わり、沿岸部にある大型ショッピングモールに、二人は訪れていた。

 ひとまず、時間が時間なので昼食にしようとの一夏の提案に、彼女も同意しショッピングモール内のレストランエリアを散策している。

 

「ラウラは、好物とかあるか?」

 

「……いや、特にはない。強いて挙げるならば、確りと味のあるものだ。」

 

「軍用レーションの話じゃないんだけどなぁ。」

 

 そんなどこかずれた会話を交わしながら、並び立つレストランを見て回る。ラウラは何でも良いと言っているので、決定権は一夏にあるのだが、外食するとなると、彼の眼は厳しいものになる。

 というのも、彼は大抵の料理は自分で作れる上に、自他ともに認める倹約家だ。彼が家事をするようになってから、長年したためられた家計簿は、キャンパスノート何冊文に上ることか。故に、一夏はこと外食になるとその品質、値段を確り吟味した上で料金に対する精算が取れているかを注視する。しかしその結果、多くの場合が自分で作れば良いやと帰結してしまうため、あまり外食の経験は多くはない。

 だが、今回はそうは問屋が卸さない。ラウラが一緒だし、普段のように食材を買って自宅、もしくは自室で料理して彼女に振る舞うなど、普通に考えればあり得ない。そこまで親しいと言えない女子を、自分の領域に連れ込む事になるのだ。客観的に見て、それはアウトだろうと彼は自覚している。だからこそ、彼はレストランをそれぞれを注視するのだ。

 と、そんな彼の目に、海鮮屋が眼に止まる。それなり賑わってもいるようで、そのテナントの中には客も多いい。そして出ていく人の多くが、満足気である。漂ってくる香りは、アサリの味噌汁の匂いだろう。一夏は、確かな旨味をその香りの中から拾い上げていた。インスタント等では決してない。しっかりと下拵えをし、懇切丁寧に仕上げた味噌汁の香りだった。

 テナントに近付き、出入口の横に添えられたメニュー表を開く。少々値段は高めだったが、イチオシの特製海鮮丼が目につく。ちらりと横目で確認すると、店内を見る限りは多くの客が海鮮丼を頼んでいるようで、大きなどんぶりがテーブルの上に鎮座している。そのサイズを見る限りは、量も十分だろう。

 

「ラウラは、魚介系大丈夫?」

 

「問題ない。食品のアレルギーも、好き嫌いも私は無いからな。」

 

 どことなく自慢気に言い切る彼女に、「それは重畳」と一夏が呟き、この海鮮屋で良いかを問う。ラウラが頷くことで答えたので、ならば問題なしと、二人は店内へ入る。賑わいを見せる店内は親子連れが多く、一夏達のような若い男女の二人組は、相対的にかなり少なかいようだった。

 

「いらっしゃいませぇ!二名様でよろしいですか?」

 

 店の制服だろう。店名が背中に大きく書かれたシャツに、白い腰掛けのエプロンと黒いズボンに三角巾を頭に巻いた、高校生くらいの男の人が二人の元へ直ぐ様やって来る。

 

「はい。二名です。」

 

「ありがとうございます!二名様ご来店でぇす!」

 

『いらっしゃいませぇ!』

 

 店の従業員全員が唱和し、二人の来店を出迎える。ラウラは、今日何度目か分からないが、再び眼を丸くしている。

 

「現在、一席空きがございますが申し訳ありません、只今清掃中ですのでもう少々お待ち下さい。」

 

 と、従業員の兄さんが深々と頭を下げて二人に告げる。「全然大丈夫ですよ」と一夏が言葉を返せば、彼はお礼を告げ直ぐに片付けると二人の前を立ち去った。

 

「……おい。」

 

「ん?」

 

 待ってる間、ラウラから一夏に言葉を掛ける。その顔は驚きと、困惑に満ちていた。

 

「彼等は兵隊上がりなのか?あの統率の取れた行動、高い士気意欲、とても一般人とは思えない。」

 

「いやぁ、違うと思うぞ。さっきの人は名札にアルバイトって書いてあったし。」

 

「嘘だ。バイトであそこまでの統率行動に礼儀。とてもバイトのそれとは思えない。」

 

 彼女は言い切ってしまった。流石の一夏も、これには苦笑いを浮かべる他なかった。

 

「二名様大変お待たせいたしました!テーブルのご用意が整いましたので、ご案内させて頂きます。」

 

 彼が帰ってくることで、会話は止まる。二人は従業員のお兄さんに追従し、奥の席へと案内された。

 が、ここでまたラウラは驚く。テーブルの上が、まるで新品のように輝いていたのだ。さっきまで人が座っていたなど信じられないほどに、清潔感に溢れている。

 

「こちらメニューになります。ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを押して下さいませ。」

 

「あっ、すいません。オススメとかあったら伺っても良いですかね?」

 

 しかし、そんなラウラを他所に一夏は従業員の兄さんと話をする。

 それによると、やはりオススメは表のメニュー表と同じ特製海鮮丼(1150《税抜き》)が、オススメの商品とのこと。

 

「ラウラは、何食べる?」

 

「な、何でも大丈夫だ。」

 

 一夏の問いに答えた彼女の口調には、普段の力が圧倒的に少なかった。

 

「了解、じゃぁすいません。注文もお願いします。」

 

「畏まりました!ご注文承ります。」

 

「じゃぁ、特製海鮮丼のアサリの味噌汁セットを2つで。」

 

「特製海鮮丼のアサリの味噌汁セット2つ、畏まりました!」

 

 注文を得た彼は、にこやかにお辞儀をして二人から離れていく。

 ラウラは、その様子をまじまじと眺めていた。

 15分ほどだろうか。二人の元に、料理が運ばれて来た。大盛で頼んだわけではないのに、かなり大きな丼に、色鮮やかな刺身、海老、ホタテ、赤貝、イクラが乗せられとても美味しそうである。アサリの味噌汁も、独特の香りが二人の鼻腔を擽り、その食欲を刺激する。

 

「…これが海鮮丼か。」

 

「そう、これを掛けて食べるんだ。」

 

 テーブルに置かれていた醤油を手に取る一夏。ラウラは「なるほど」と頷き一夏から醤油を受け取り、そのまま掛けようとする

 

「あっ、ちょっと待った。」

 

「なんだ?」

 

 怪訝な表情で、一夏に眼をやるラウラ。

 

「一応確認するけど、わさびって知ってるか?」

 

「……いや、知らないな。」

 

「それ、紫蘇の葉の上に乗ってる緑の奴。辛味だから先にこの小皿に移すんだ。」

 

「葉っぱの上のこれか?……そんなに辛そうには見えないが。」

 

「じゃぁ、試しにちょっと舐めてみる?」

 

 一夏の言葉を聞き「うむ」と、呟いたラウラは、ごっそりとワサビを不格好な箸で掴み、口に運ぶ。それはもう一夏が制止する間もなく、迷いも躊躇も関与する暇がない素早さだった。

 

「ーーーーーーーーー⁉⁉⁉」

 

「ば、バカ!取り過ぎだ!水飲め水!」

 

 ツゥーンとした辛味が、彼女の頭を突き抜ける。涙目で悶え、両手で頭を押さえる彼女は、経験したことの無い辛みに苛まれていた。

 

「………ふ、風味は良いな。」

 

 自分のコップの水を飲み切り、更に一夏の分まで空にしたラウラは、呟くように口にした。精一杯の強がりなのだろう。一夏は何か、申し訳ないような気分になってしまった。

 

「わさびはな、こうやって味わうんだよ。」

 

 一夏は、小皿に移したわさびを少し箸で挟み、海鮮丼のマグロに乗せ、醤油を掛けてご飯と一緒に口に含む。まだ少し涙目な彼女は、その様子を頷きながら見ていた。

 

「後はこんな感じでも良い。つか、俺は大体こうする。」

 

 と、今度は小皿に醤油を直接注ぎわさびを溶いていく。混ざり合ったわさび醤油を、直接海鮮丼に掛けて味わう。

 

「まぁ、このやり方だとわさび全部使う事になるから結構辛いけどな。」

 

「……私も混ぜよう、箸で摘まむのは難しい。」

 

「あぁ、箸の握り方が違うからな。」

 

「ん、そうなのか?」

 

「あぁ、箸はこうやってだな……。」

 

 険悪なムードは流れず、どこか兄妹のような雰囲気さえ見せる二人。しかし、まだ長い1日は始まったばかりなのだ。

 

 

 

 後半に続くんじゃよ。




ご報告。

私、期間未定の入院をすることになりました。
お待ちしてくださっている皆様には、大変申し訳ございませんが、次話の投稿が少々遅れることと思われます。ご迷惑お掛け致しますが、どうかご容赦の程、お願い申し上げます。

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