ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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滅法遅くなり申し訳ない!

当分投稿ペースが落ち着かないですが、許して下さい!


第八話:夕日

 エジプトでの、鏖魔およびライゼクス撃退戦から一週間が過ぎた。楯無は無傷。一夏は軽いむち打ちと火傷。ドゥレムも打撲数ヶ所と、腹部に裂傷を残すのみとなり、強敵を撃退したにも関わらず被害は少なく済んでいた。

 三人はすでにIS学園へと帰還し、エジプトの亀裂周辺地区は、失われたエジプトの軍備支援を名目とし、国連が従軍することとなった。

 千冬には、その大義名分の裏の目的が嫌というほど分かっていた。氷像の内に封じられているであろう、鏖魔の遺体の解析、解剖、実験。とにかく、彼らはモンスターへの情報を手に入れようとしているのだろう。

 

「そのために、二人ものISパイロットが犠牲になったのか……。」

 

 報告書に走らせているペンを、握る手につい力がこもる。別に千冬にとって、彼女達が知り合いという訳ではないが、ただ消耗品のように扱われる二人の犠牲に、込み上げる怒りが千冬の胸を苛んだ。

 だが、メディアもこの事は大きく取り上げていた。IS関連のニュースで始めての死亡。それも実験による事故等ではなく、戦闘中での出来事でプロの軍人が二人だ。そのニュースは世界中に動揺を広げた。今まで、モンスターはISより強い『かもしれない』だったものが、モンスターはISより強い。と事実として広まってしまったのだから。

 

「失礼します。」

 

 思慮にふける千冬だが、そんな中に職員室に一人の少女が入室する。確か、2年生の生徒である彼女のその面持ちは、青白く思い詰めた表情で、並々ならぬものを抱いているとすぐに理解できた。

 

「織斑先生……相談したいことがあるんですが。」

 

「どうした?」

 

 予測は出来てきた。いや、むしろ今までこの手の話が出てこなかった事の方が不思議だった。

 

「両親が……転校しろって……。危ない場所に…いるなって。」

 

 転校。

 予測はしていても、その言葉がズシリと千冬に襲い来る。なんと声を掛けたものか、試行錯誤して何とかひねりだした彼女の言葉は、「そう…か」の一言のみであった。

 

「それに、私ももう…怖いんです……あんなのが出て来る度に……専用機持ちの皆や、あの青い子が頑張ってくれてるけど……怖いんです。」

 

 目を真っ赤にし、ポロポロと涙を流す彼女が言葉を絞り出す。千冬は、IS学園に入るために必要な苦労を、難関を知っている。本音を言えば引き留めたい。彼女が、これまで積み上げた努力を否定したくはなかった。だが、だがそれを千冬はできない。IS学園の現状を考えれば当然なのだが、なんと歯痒いことか。

 震える女生徒の肩に手を回し、抱き寄せる。

 

「大丈夫だ。……お前のこれまでの努力は無駄にならない。なっていいものではない。辛い決断だっただろうが、私はそれを……支援する。だから大丈夫だ。」

 

 紡ぐ言葉はありきたり。本当は私が守るから、この学校で頑張ってみよう。そう言いたかった。だが、言えるわけがない。涙を流し、足を震わせる彼女を見てしまえば、もう千冬には彼女の決意を、決死の決意を拒絶出来るわけがなかった。

 

 

 

 

 

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「とうとう、篠ノ之さん以外の子でも出てきちゃいましたね。」

 

 遠目で千冬と生徒を見守っていた麻耶が、淹れたてのコーヒーを2つ持って千冬の元にやって来る。

 

「……覚悟はしていたが……少し堪えるな。」

 

 机に肘をつき、額を押さえる千冬。

 麻耶は彼女の机に、片方のコーヒーを置き隣の自分の席に座る。

 

「…多分、これからも転校者や退学者は増えていくんでしょうね……。」

 

「そうだな……覚悟は…していたつもりなんだがな。」

 

 ギリッと、奥歯を噛み締める。己の無力さを呪い、悔やみ、怒りすら湧いていた。

 麻耶はそんな千冬の肩に、そっと手を置く。

 

「止まったらダメです。まだ、私達が見ていてあげなきゃ、守ってあげなきゃいけない子達が沢山いるんですから。」

 

「っ……そうだな。」

 

 言われて初めて自覚した。彼女の歩みは、確かに止まりかけてしまっていた。やらなければいけないことを放棄し、怒りに呑まれそうになっていた。それでは駄目なのだと麻耶は気付かせてくれた。

 やらなければならないことがある。それを自覚した彼女は、目の前の仕事から一つずつ片付けていく。

 

 

 

 

 

 

 

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「えっ⁉白式まだ直らないんですか。」

 

 今日の従業も終わり、自室への帰路に着いていた一夏に掛かってきた電話は、白式の製造元である倉持技研からであった。

 

『というよりも、白式自身に何らかのロックが入り、こちらからの整備に大幅な制限がかかった状態なんです。出来ることと言えば、エネルギーを与えて自己修復を促進させることくらいな状態で。なのでもう暫く時間がかかると思いますので、そのご連絡ですね。』

 

「はぁ……分かりました。」

 

 ため息混じりに答える一夏。

 その様子を黙ってみるドゥレム、セシリア、鈴のいつものメンバー。電話を切った一夏に、鈴が「まだ直らないんだ」と声を掛ける。

 

「みたいだ。どうも白式に変なロックが入ってるみたいで、自己修復待ちなんだと。」

 

 彼の言葉に、代表候補生でもあるセシリアと鈴の二人は小首を傾げる。

 ISが独自でロックを掛け、自己修復する話など聞いたことがないからだ。当然ISに自己修復、自己修繕機能があることは、IS乗りの常識として理解している。が、それは外部からの補助を受けながらが普通であり、IS単体の自己修復機能では限界があり、相当な時間が必要になってしまう。

 

「なら暫く休めば良いだろ。」

 

 事も無げにドゥレムが言うが、一夏は頭を少し掻き。

 

「いや、またいつモンスターが攻めてくるか分からないのに、のんびりしてるのもなんかなぁ……嫌じゃん?」

 

「気持ちは分かるけど、ドゥレムの言う通りよ。アンタ素人の癖に三回も実戦に出て、死にそうな目に合ってるのよ。少しは休まないと、張り詰めた神経は長くは持たないんだから。」

 

「そうです、有事の際は我々もいますし。今は生徒会長の楯無さんも学園に戻って参られたのですから、一夏さんは心配なさらなくとも大丈夫ですわ。」

 

 歯切れの悪い一夏だが、畳み掛けるように二人に詰め寄られ、少し不満げながらも休養を了承する。

 ドゥレムはそんな三人の様子を眺めながら、今日の夕食は何を食べようか等と考えていた。

 

「おっ、一番星か。」

 

 ドゥレムが呟くと、三人も空を見上げる。

 茜に染まる西の空に、煌めく星が1つ。亀裂の入る空でも、星はいつものように輝き、宇宙はそこに確かにある。どこか、一夏は不安に感じていたのだ。亀裂の入るような空は偽物で、本当は宇宙なんて存在しないんじゃないかと、それでも自分の存在を示すように輝く星を見れば、そんな妄想はあり得ないんだと主張していた。

 

「アンタ、以外とそういうの気が付くわよね。」

 

 鈴は「案外ロマンチストなの?」とドゥレムにニヤつきながら言う。

 

「どうだろうな……だがこうして空を眺めるなんて、昔はできなかったからな。飽きることはないな。」

 

 相変わらず、空を眺め続けるドゥレム。

 なんとなしに、三人はそれ以上の言及は出来なくなった。別にドゥレムが何かを抱えていると気付いたり、勘繰ったりした訳ではなく、ただ純粋に、美しい空をながめるその様に、邪魔をしてはいけないと感じたのだ。

 

『ふうん、畜生のくせに星の観賞なんて……ずいぶんと生意気な生物だね。』

 

 不意に言葉を投げ掛けられる。一夏達三人は、慌てて振り返り、ドゥレムはゆっくりと振り返る。

 そこには、まるでブラウン管のTVにプロペラを付けたような、そんな異物が滞空していた。

 その画面を見た瞬間、一夏は全てを察した。桃色の髪に、機械で出来た兎の耳のような装飾品を付け、不思議の国のアリスよろしく、青いゴスロリに身を包んだ一見美しい女性。篠ノ之束がそこに映っていた。

 

『やぁ、いっくん!おっひさー!』

 

「束さん……。」

 

 一夏の口から漏れた名前に、セシリアと鈴は驚き、ドゥレムは、彼女が箒の姉だと理解した。

 

『今日はね、いっくんを迎えに来たんだ!』

 

 笑顔をその表情にたたえ、彼女は告げる。

 

「なんの迎えですか……。」

 

『地球の有象無象を慈善事業で救っちゃう、そんな英雄事業のお迎えだよ。いっくんと、箒ちゃん。そしてちーちゃんと私の最強無敵チームで、コッチ側にやって来ちゃう化け物達を殲滅するんだよ!』

 

 事も無げに彼女は告げる。先のエジプトでの鏖魔は、それ一体でエジプト陸軍と国連の合同軍を全滅させた化け物。それらをたった四人で殲滅すると、彼女は言った。普通なら悪ふざけ、悪質な妄想妄言の類いである。しかし、これを言葉にしたのは天災と謳われる篠ノ之束本人。それは現実感を帯びていた。

 

『私は、空の亀裂を閉ざす方法と、二度と開かないように封印する方法を心得ているからね。アフターケアもバッチリなのですよ!』

 

「……四人じゃなくても、……皆で協力すれば良いじゃないですか。」

 

 それでも、底の知れぬ彼女に着いていくのは、一夏の本能が警鐘を鳴らした。何とか食い下がろうと、言葉を探る。

 

『ダメダメ。全部終わった後に、奴等は功労者が誰だとか、損害の賠償だとかでグチャグチャになる。それじゃぁ意味がないだなぁ~。必要なのは、圧倒的英雄像。他に比肩のする者のない、唯一無二の英雄だからね。小判鮫みたいに、卑しく、浅ましく、私達がこれから行う功績に肖ろうとする奴等が近付けないほどに、私達が圧倒的じゃないといけないんだよ。』

 

 違う。

 一夏は悟った。この人は世界を救うだとかそんな事は、最初から考えていない。過程でそうなるだけなのだ。

 

「良いじゃないか。」

 

 不意にドゥレムが割って入る。それは一夏に話しかけていた。

 

「確実な方法があるなら、それに従うべきだ。より速く、確実に世界が救えるなら、それに越したことはないだろう?」

 

「ドゥレム……。終わった後、ドゥレムはどうする気ですか。束さんは殲滅すると言った。じゃぁドゥレムは……俺達の味方のドゥレムはどうする気ですか?」

 

 一夏の問に、彼女は一瞬キョトンとした表情を見せる。

 

『いっくん、お姉さんの話ちゃんと聞いてなかったでしょ?他に比肩する奴がいたらダメなんだよ。実験材料にするに決まってるじゃん。』

 

 カラカラと、事も無げに笑って言う彼女に、ドゥレムを除いた三人がゾクリと、背筋に冷たいものを覚えた。

 

「ふ、ふざけないで下さい!ドゥレムは俺の仲間だ!友人だ!そんな話は願い下げです!」

 

『えぇ~。でも結果はどっちにしても変わらないよ。君が協力しないで、ドンドンモンスターがコッチ側に来たら、研究材料の得られない国連は、その化け物に手を掛ける。そうじゃなくても、いずれ大量のモンスターの前に敗れて死んじゃう位なら、この天才束さんの研究材料になったほうが、より効率的じゃない?』

 

 一夏は、言葉を失う。慕っていた訳ではないが、友達の姉、姉の友達という彼女が、その冷酷性を言葉に表している様を見て、何も言えなくなってしまったのだ。それは深い絶望を招き、同時に怒りを抱かせる。

 

「冗談は休み休みにして下さるかしら?」

 

 が、その怒りは一夏だけのものではなかった。セシリアは、自分に向けられた冷たい眼差しなど気にもせず、堂々と言葉を紡ぐ。

 

「私達がコイツを死なせるわけ無いでしょ。私達も一緒に戦ってるし、強くなる。だからドゥレムは死なないし、死なせない。当然国連にも、アンタにもモルモットみたいに扱わせてたまるもんですか!」

 

 鈴も続けて言い放つ。無い胸を張り、束に真っ向からガンを飛ばす。

 

『有象無象の言葉なんてどうでもいいの。私は、いっくんと話しているんだから。で、いっくんは当然私に協力してくれるんだよね?』

 

「……俺は、ドゥレムに助けられた。だからドゥレムを実験動物としか見ていない貴女に、着いていくことは出来ない。友達だから。」

 

 笑顔だった彼女の表情が、少しづつ無表情の物へと変貌していく。酷くつまらなそうな、感情の欠損した表情へ。

 

『……ふぅん。じゃぁもういいや。』

 

 それだけ言い残すと、カチリと音がした。

 鈴とセシリアの行動は速かった。コンマ数秒の間にISを展開。一夏とドゥレムの前に立ち、完全防御にシールドエネルギーをフルに回す。それを二人が理解する前に、その視界を白に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

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「え。」

 

 目が覚めると、布団の中で眠っていた。

 

「目が覚めたか。」

 

 声を掛けられ、千冬が傍らにいることに一夏は、気が付く。鈴もいた。自分の眠る布団に突っ伏して眠っている。

 

「なんで……ッ⁉」

 

 体を起こそうとすると、激痛が襲ってきた。見れば、体中包帯だらけだった。

 

「無理するな、火傷は軽微でも吹っ飛ばされた衝撃で骨折が三ヶ所、右足と肋二本逝ったのだから。」

 

「俺は、束さんと話してて……。」

 

「事のあらましは鳳とオルコットから聞いた。アイツめ、何をしているのかと思えば………。」

 

 一目で分かる。千冬は怒りに震えているのだ。その眼には炎が宿っていた。

 

「ドゥレムは。」

 

 だが、一夏は気になることがあった。鈴はここにいる。セシリアは先程千冬の口から語られた。しかしドゥレムは?人間態だったドゥレムは平気だったのだろうかと。

 彼の名前を出した瞬間。千冬の目に宿っていた怒りが薄れ、泳ぐように伏せられた。

 

「意識不明の重体だ。オルコットがカバーに入ろうとしたが、後一歩で間に合わず……。」

 

 今日、何度目だろう。言葉が出なかった。深い絶望と虚無感。そして、束に対する抑えようのない怒りが沸き立つ。

 

「とにかく今は休め。私は、事後処理に戻らなければならないのでな。」

 

 言い残し、千冬は病室を後にする。

 残された一夏は、悔しさに奥歯を噛み締め、握り拳に力が入る。自分が返答に間違えなければ、こんな事にはと、自分を責め立てる。

 そこでふと、鈴に視線が移った。目頭を赤く張らせた鈴。きっとまた泣かせてしまったのだ。一夏は、そっと彼女の頭を撫でる。サラリとした、柔らかい感触が指を撫でる。

 

「ゴメン。ごめんな………鈴……ごめんな、ドゥレム……っ!」

 

 茜色だった空は、既に深淵に染まっていた。


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