ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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遅くなって申し訳ない!

季節のせいで、体調が優れませぬ……


第五話:雷翔

「っく‼」

 

 一夏は、ライゼクスとの接近戦を演じていた。

 ギリギリの距離での攻防は、薄皮一枚の距離で、ライゼクスの攻撃をかわし、一夏の攻撃もまたかわされていた。

 

 ゲームよりも速い。

 

 冷や汗が頬を伝う。互いの攻撃は当たらずも、手を緩めることはしない。距離を取れば、それはライゼクスの間合い。ならばと懐に飛び込み、インファイトの距離で戦っていた。

 エジプトISチームは、物資の補給が完了次第向かうと、ついさっき通信があった。

 最悪としか言いようがない。

 一対一での格闘戦。相手は一撃の重たいライゼクス。一夏の内心の舌打ちは、仕方のない事だ。一瞬でも集中を切らせれば、こちらが殺られる。

 集中力を研ぎ澄まし続け、早二分。ずっと動き続け、雪片弐型を振り続け、ライゼクスの攻撃を避け続けて、いい加減神経が擦り減っていた。脂汗が額に浮かび、向けられる攻撃は、自身のギリギリを掠め取っていく。繰り出される一撃一撃が、必殺の威力を持つのだと考えれば余計に精神的に来る。

 

「どおぉぉ!!」

 

 横一閃の一太刀。

 確かな手応えを覚える。鮮血も舞っている。

 だが、ライゼクスは攻撃の手を緩める気配がない。いや、むしろ苛烈を増している。いわゆる怒り状態でもないのに、攻撃のテンポは上昇している。

 それに合わせようと、一夏も必死に自身の回転数を上げていく。今や一般人には、空を回る独楽のように見えるだろう。その回転の中で目まぐるしく、攻防の奪い合いを、彼らは演じていた。

 

「っっぐぅ!!」

 

 が、一夏が弾かれる。ライゼクスの蹴りを雪片弐型で受け止めたために、その位置を大きく吹き飛ばされたのだ。

 間合いを取るのは不味い。

 一夏が慌てて正面に向き直れば、先が鋏のように裂けた尾を、此方に向けるライゼクスの姿。次の瞬間、一夏の視界は緑色の雷光に塞がれる。絶対防御も発動し、シールドエネルギーが持っていかれる。

 追撃を恐れた一夏は、緑色の雷の奔流から、横に飛び退くことで逃れる。間髪入れずに、ライゼクスは緑色の雷による二本の柱を発生させた。それはゲームで見た同じ技よりも、大規模で目映い光を放っていた。

 

「っくそ!」

 

 遠くに逃げる選択肢もあった。しかし、一夏はそれを放棄。遠中距離は奴の間合いと知っているから、むしろ二つの柱を掻い潜り、ライゼクスの懐に飛び込むために空を翔る。膨大な電気エネルギーが辺りに充満しているために、ハイパーセンサーでも奴の影をとられられない。むしろ、視界にノイズが走り、邪魔でしょうがなかった。それならばとハイパーセンサーを解除し、自分の持ち前の眼で戦うのみだと一夏は覚悟する。広かった視界は狭まり、ISの速度に振り回されそうになるも、恐れずに飛ぶ。

 ライゼクスは、向かってくる殺気を意識し、距離を保つために羽ばたく。柱を潜り抜けた一夏も、高度を上げて飛ぶライゼクスを知覚した。

 

「逃がすかよ!」

 

 白式のスラスターの吹かし、一夏はライゼクスを追いかける。瞬間加速の技術を用いて、彼は最高速度で奴に肉薄しようとする。が、ライゼクスもただ逃げるのではない。

 尾からの雷光。

 猪突猛進に突っ込んでくる一夏を迎撃するように、軸が合えば、ライゼクスは容赦なく雷の奔流を放つ。

 一夏が回避できているのは、放つ前の一瞬に、尾の鋏のような器官がバリッと帯電するからだ。それでもギリギリ。攻撃の予備動作を覚えても、それは一瞬。目を離せば、また直撃することになる。

 既に瞬きすら惜しまれるような、超高速による空中戦。一夏の集中力は、限界に近かった。

 

 ダメだ、何か状況を瓦解させる手を考えなきゃ!

 

 しかし、一夏の得物は手に握る雪片弐型のみ。剣の届く間合いではない。相対速度も、ややライゼクスが上。手が浮かばない。

 

 いや、待てよ。

 

 一夏の脳裏に、1つの案が浮かぶ。しかしそれは分の悪い賭けに思えた。もし、ライゼクスが乗ってこなければ、一夏を無視して町に向かったら。

 ゾクリと、背筋に冷や汗が浮かぶ。だが、このまま追いかけっこを続けても、進路上には人々の集落がある。

 覚悟を決めねばならない。このまま進み続けても、結果は変わらない。ならば分が悪くとも、可能性があるならばやってみる価値はある。

 

「おぉら!」

 

 一夏は、雪片弐型を全力で放る。縦にグルグルと回転した雪片弐型は、少しづつ量子変換されながらも、ライゼクスにぶつかる。奴は驚いたように、一夏に顔を向ける。と、そこには、背中を向け逃げていく一夏の姿が。

 ライゼクスは一瞬迷う。ほんの一瞬だが、迷ったのだ。一夏を追いかけるべきか否か。が、人種は狩っておくべきだと、奴は経験で知っていた。散々辛酸を嘗めさせられた、ハンター達の記憶が、ライゼクスに一夏を追いかけるように命令するのだ。

 

「ギュヤァォ!!」

 

 吼え、羽ばたく。

 ライゼクスは、その口腔から緑色の雷による、矢尻を打ち出す。

 ハイパーセンサーを切っている一夏にとって、その攻撃は知覚できるものではないはずだった。しかし、聴覚が捉えた電気の弾ける音。モンスターハンターでの経験。そして本能が、自身に迫る危険を感知し、その一撃をギリギリで回避することが出来たのだ。しかし、距離はまだ遠いい。

 白式のメインスラスターが火を吹き、一夏は更に加速する。ライゼクスも当然それを追いかける。先程までと逆の形となった。ライゼクスが一夏を追う。しかしそれは、一夏にとっては僥倖。願ったり叶ったりの状況だった。

 やがて、両者は音速を越え、最高速度での追いかけっことなる。ここまでくれば、投げたハズの雪片弐型も、既に白式のデータ領域に戻ってきていた。左手に逆手持ちの状態で雪片弐型を呼び出す。と同時に零落白夜も起動。更にこれも同時だが、音速からの急停止。IS特有の慣性制御からくる出鱈目な、物理法則を完全に無視した軌道だった。

 当然、モンスターと言えども、ライゼクスにそのような軌道は出来ない。右手を添え、腰だめに構え、突っ込んでくるライゼクスに向けて青白く輝く刃を向ける。奴は、一夏に激突する形となった。

 とてつもない衝撃。音速で飛来する大質量が直撃したのだ。視界が暗転しそうになる。が歯を食い縛り、一夏は意識を手放さずに耐える。

 ライゼクスは自分の腹を貫き、背にまで貫通した零落白夜の刃に、痛み吠えていた。が、それは奴の怒りも呼び起こしていた。頭の鶏冠は開き、体のいたる所にある爪が緑白色の光を強く放っていた。

 

「どぉぉりゃぁっ‼」

 

 しかしその怒りが、一撃として振るわれる前に、一夏は零落白夜の刃を回し、横一文字に引き裂いた。噴水のように溢れる鮮血が、白式の白い装甲を赤黒く塗り潰していく。致死量の出血だと、一目に分かる。勝負は決した。

 普通の生き物ならば、これで終わりのはずだ。

 しかし彼は、知っている。後ろから向けられる殺気が弱まっていないことに。いや、むしろその濃度は増し、怒気を向けられているのだ。一夏は急ぎ振り向き、シールドエネルギー節約のために、零落白夜を解除して更に一太刀加えようとする。

 が、その刃は輝く緑白色の剣に妨げされた。

 

「なっ⁉」

 

 雪片弐型の刃を受け止めたのは、ライゼクスの鶏冠。そしてそれから伸びる、雷光の剣。一夏の知らない術が、彼の一太刀を受け止めていたのだ。

 

『シャァァ!!』

 

「っく!」

 

 光の剣と、雪片弐型の刃が交差し合う。その剣筋は速く、一夏は防戦一方となってしまっていた。

 襲い来るのはそれだけではない、蹴りや尾、時折翼による一撃を織り交ぜ、ライゼクスは一夏を翻弄し続ける。速く鋭く重い一撃が一夏を掠めていく。

 

「好きなように!」

 

 やらせるものかと、零落白夜をほんの一瞬。尾からの一撃を弾く際に展開する。刃は、尾を包む甲殻を割り、肉を裂き、骨を断った。

 悲鳴を挙げたライゼクスは、バランスを崩し地に堕ちていく。明確なダメージの一手だ。このまま追い込もうと、一夏は追撃に迫る。が、ライゼクスもただやられる訳ではない。空中で体勢を建て直すと。鶏冠に纏わせていた雷光の剣の出力を上げる。するとその刃は長く天を裂くような巨大な物へと変わる。奴はそれを、縦一文字に降り下ろした。上空にいた一夏は、慌てて雪片弐型で受け止めるが、勢いは止められず、そのまま砂漠の大地に叩き付けられる形となる。砂塵が爆発するように舞い上がり、同時にその砂塵の一粒ずつが帯電。大規模な爆発が巻き起こる。

 

『グシャァァッッ!!!!』

 

 勝利を確信したライゼクスは吠える。勝鬨の咆哮。

 いや、慢心からくるそれだった。しかし、油断はするべきではなかった。スラスターが半壊、白式の装甲のいたる所に黒い焦げ付き。しかし、一夏は無事だった。白式が護りきったのだ。残りのシールドエネルギーは雀の涙程度。しかし、だがしかし、一太刀を加えるには十分だった。

 

「おおおぉぉぉぉぉぉお!!!!」

 

 ライゼクスの胸元に突き立てる雪片弐型の刃。

 舞い上がる鮮血。

 鬼の形相を浮かべ、刃を押し込める一夏。

 吼える一夏は、その勢いのまま、ライゼクスに刃を突き立てたまま、再び砂上に堕ちる。

 

『グッギャッ…!ガジャァァッ!!』

 

 翼を足で抑えるも、一夏の肩に、ライゼクスの牙が突き立てられる。シールドエネルギーはギリギリでのみ展開され、残り五秒と持つまい。

 

「あぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 刃を捩じ込み、肉を掻き分け、中身をかき混ぜるように回す。

 ライゼクスの口からは大量の血が溢れだし、一夏を濡らす。残り四秒。

 バチバチと、白式の装甲のいたる所がスパークを起こす。限界はもう近い。しかし、ライゼクスもそれは同じで、纏う雷光は確かに弱まっていた。しかし、その牙の力は弱まらず、シールドエネルギーをゴリゴリと削る。その目には、確かな生への執着があった。残り三秒。

 しかし、それは一夏も同じだった。あの爆発の中、確かに自分の生の喪失の危機感を覚えた。その中で思い浮かべるのは、沢山の思い出、辛いことも楽しかったことも、16年の短くも長い思い出の波。まだ、死ぬわけにはいかない。生きていたい。やりたいことも沢山ある。セシリアやドゥレム達、初めて出会った仲間達とのこれからの未来、久し振りに再開できた箒と鈴。二人には、まだ話したいことも沢山ある。死にたくない。残り二秒。

 それに、今ここで彼が死んだら、鈴はまた泣くだろう。普段はあんなに無邪気なのに、またあんな大粒の涙を流すんだろう。一夏が思い浮かべるのは、ティガレックス撃破の後、気絶していた自身が目を覚ましたときに見た、ポロポロと涙を流す鈴の顔。彼女をまた、泣かせたくはなかった。だから一夏は、生にしがみつき、目の前の命を奪おうとしているのだ。残り一秒。

 自分勝手だとは、彼自身気がついている。自分の欲望のために、理不尽に目の前の命を奪う。ライゼクスがいることで、これから起こるかもしれない人的被害を防ぐためという大義名分はあるが、既に一夏の中でそれはさして重要ではない。そもそも『かもしれない』でしかないのだ。まだなんの罪もない、ただこの世界に来てしまっただけの存在であるライゼクスを、今彼は、自分が生きたいと願う為に殺そうとする。

 

「それでも!俺は生きてぇんだよぉ!!!!」

 

 雪片弐型の刃が展開され、残りカスのシールドエネルギーを出し尽くし、零落白夜の刃が展開される。それは一瞬の煌めきのように、弾けるように青白く輝く刃が広がる。ほんの一瞬の刃だったが、それはライゼクスの体の中で確かに弾け、ライゼクスを壊した。

 シールドエネルギーを失った白式が、青白い粒子となって一夏の周りに舞っていた。

 力無く、一夏の肩に身を預けるようにだらりと垂れるライゼクスのアギト。その体もまた、白式と混ざるように、だんだんと粒子になり空に昇っていく。

 

『………………』

 

 一夏は、何か聞こえた気がした。彼はその声に答えるように、右手を空高く掲げ、

 

「おぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!!!」

 

 勝鬨の咆哮を、空に向かい挙げた。




次話また、遅くなってしまうかもしれません。

気長にお待ちしていただければ幸いです。

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