ISー天廊の番竜ー   作:晴れの日

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では後編です。
どうぞ


第三話:惨劇

 M4カービンが吠える乾いた音。

 放たれた弾丸は、鏖魔ディアブロスの体に直撃するが、その多くはその外殻に弾かれる。

 近づかなければ効果は薄いようだと、癒歌も理解しているが、しかしそれをするには余りに危険すぎた。鏖魔ディアブロスが放つ一撃一撃の殺傷能力が、あまりにも高くそれを行えないのだ。

 

「残り弾数も少ない……ここは先輩を回収して即座に撤退するべきかも」

 

 空き領域内の予備弾倉も残り僅か。というか、もう千発近く、鏖魔ディアブロスに当てているのに、怯みもしない。明らかに威力が足りてない証拠だ。

 しかし、理由は他にもある。鏖魔ディアブロスは、常に彼女に対して顔を向けている。そのため多くの弾丸が硬い角や襟巻きに当たり、弾き返されているのだ。比較的ダメージが入りやすい足元には余りダメージを与えられていない。

 だが、無理にダメージの入る部位を攻撃するために、高度を下げたり、近付いては危険が増すばかり。

 つまり、じり貧だ。

 ならば、弾丸のある内にニコルを回収し、戦線を離脱するべきだろう。戦闘を開始して十分近く経っている。まだ気が付かないニコルを見るに、脳挫傷を起こしている危険も高い。

 

「時間は無駄に出来ないわね。」

 

 幸い、見たところ鏖魔ディアブロスの足はそれ程速くはないようである。

 彼女は鏖魔ディアブロスを、なるべくニコルから遠ざけるように誘導する。やがて、目測でもその距離は300m以上離れた。

 彼女は瞬間加速の技能を利用し一気に鏖魔ディアブロスの頭上を飛び越え、ニコルの元へ向かう。

 砂埃を巻き上げ着地する。急いで、癒歌はニコルを背負おうとする。

 

 

 

 しかし、甘かった。

 

 油断した訳ではない。

 

 忘れていた訳ではない。

 

 単純に、癒歌は鏖魔ディアブロスの狙い通りの行動をしてしまったのだ。

 

 

 

 

 尋常ではない衝撃が、急に癒歌を襲う。

 シールドエネルギーはゴリゴリと音を経てて削り取られ、ニコルと共に宙に弾き飛ばされていた。

 何が起きたのかを理解する前に、絶対防御が砕け散ったのを、彼女はその視界に捉えた。纏っていたラファール・リヴァイブは力を失い、ただの重たい枷となってしまう。ニコルに至っては、ISの装甲がひび割れ、砕けた。

 

『ギャウォォオオオ‼‼』

 

 突進。瞬間加速の速度と、ほぼ同等の速度でぶつけられた、単純明快な突進を、彼女達は食らったのだ。

 単純だからこそ恐ろしい。巨躯の質量。音速にも近い速度。そして堅牢な襟巻きと、鋭く、殺意に満ちた捻れた双角。圧倒的な暴力が、二人を襲い、壊れた人形のように宙を舞わせていたのだ。

 やがて、砂上に叩きつけられる二人、エネルギーの切れたISは装着者を守るために、その衝撃で自動に外れる。しかし、余りの勢いに受け身すらまともに取れなかった癒歌は、全身を走る痛みに苛まされた。

 

「あっ、あぐ……あぁ……。」

 

 朦朧とした意識のなか、自分の体から離れたISの残骸に、腕を伸ばす癒歌。だが、その腕の装甲だったそれを、無惨に踏み砕き、鏖魔が迫ってきた。

 

「…っ‼」

 

 逃げなければ。

 しかし、体の自由が効かない。見れば、右足が可笑しな方向に折れていた。

 ニコルもISスーツのみの姿で、ピクリとも動かない。

 奥歯がガチガチと音を鳴らす。

 死のイメージが、彼女の視界を覆う。

 半狂乱になり、声を挙げる。叫ぶ。

 砂を掴み、届かないが鏖魔ディアブロスに向かい投げる。

 

「いやぁっ!死にたくない‼いやぁっ誰かっ!来ないでぇ!あぁあぁああああ‼‼」

 

 ガムシャラに砂を掴み、投げ続ける。

 鏖魔。

 彼女は昔、何の気なしにその意味を調べたことがある。鏖魔の鏖とは、皆殺しを意味する。己以外の全ての存在を否定する魔王。

 鏖殺せし双角の魔王。

 鏖魔ディアブロスとは、すなわちそういう存在なのだ。二つ名を持つモンスターは、みなすべからず、通常の種から、常軌を逸した存在だ。その中でも鏖魔と仰々しい名を与えられたこのディアブロスは、余りにも危険で、余りにも残酷だった。

 

 

 

 

 魔王は天高く吼える。

 自らの勝利に酔いしれるように。

 やがて夜は明けるだろう。

 戦士達の無念を荒らすべく、

 この地は鉄風雷火降り注ぐ戦場と化す。

 せめてこの夜は、

 悲しき魂達の休息となれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコルと癒歌のラファール・リヴァイブの通信が途絶えて、約四時間と三十分が経過した。

 現在、エジプトの時間でAM06:50爆撃開始まで、残り十分を切っていた。残り二機のISとαチーム、βチーム、γチームの捜索も虚しく、ニコルと癒歌の二人は無惨な形での遺体として発見された。

 現場に満ちた感情は、この上無いほどの怒り。だが同時に、二機のISが破壊されたという事への恐れだった。二人と同じISチームは、援護要請を却下した現場指揮官に憤慨していた。だが、国連側も『致し方ない判断だった。指揮官の決断に間違いはない』として、現場指揮官であるワーヤ・リラーヤの責任は追求しないものとした。

 それが余計に、彼女達の怒りを強くさせた。

 救護隊特殊チームもそうだ。特にαチームは、この結果に酷く心を痛めていた。助ける力がないと分かっていても、二人もの戦友を失った辛さを、彼等は背負っていた。それも、自分達よりも若いような女性が、その命を散らしたのだ。その心の傷は、余りにも深かった。

 しかし、多くの兵士は、人類最強の兵器を操る二人が敗れ、ISが破壊された。それが恐れとして兵士達は広まり、士気は大きく下がっていた。

 やがて、作戦開始時刻になる。

 配置についていた兵士達は、ピタリと押し黙る。空から響くジェットの音は、爆撃輝の接近を知らせていた。

 すぐに響き渡る爆音。

 沙漠に広がる熱気。

 爆撃が始まった。それは開戦の狼煙であり、惨劇の幕開けを報せる、開演ブザーであるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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「いや、ダメみたいだな……。」

 

 剣道場で一人、竹刀を振り回すドゥレムは急に呟く。

 先日の放課後、現に教えてもらった基本の素振りを、昼の昼食を終えてから、ずっと続けていた。午前中もかなりの時間素振りをしていたせいで、肩に痛みを覚え始めていたが、その腕を止めることはなかった。

 が、今不意にその動きを止めた。

 自分の動きが、昨日を現と一夏に見せてもらったそれと、少し違う気がしたのだ。

 何が違うのかは分からないが、何となく二人の剣筋は、真っ直ぐにブレがなく、綺麗に感じた。しかし、彼が振った剣筋は力任せな、剣ではなく棍棒のそれのような軌道をとっていた。

 

「うぅん………何が違うんだ?」

 

 速く、鋭く、真っ直ぐな剣筋。それに倣い速く振れば、力に振り回され、剣筋がブレる。剣筋を意識すれば速さと鋭さを失う。

 首を傾げて、一人考える。人の体での力加減に慣れていないために、ただの素振りが難しい。しかし、それが彼にとって奥深く、興味深いものへとなっていた。

 不意に、壁に掛けられている時計に目をやる。時間はPM02:48の針を指していた。

 先日、千冬から聞いた別の場所で出現したモンスターの掃討作戦が開始されて、それなりに時間が経過した頃合いだ。

 

「ん?」

 

 人の気配に気が付き、振り替える。すると、剣道場の扉が開く。

 姿を現したのは、スーツ姿の千冬だった。授業はどうしたのだろうと、ドゥレムは疑問に思うが、現れた彼女に歩み寄る。

 

「どうしたんだ?今は、授業中では?」

 

「一緒に来てくれ。」

 

 短く千冬は言うと、踵を返して剣道場を後にする。一体どうしたのかと、疑問に思うが彼は大人しく彼女の言葉に従い、竹刀を持ったまま早足で進む千冬を追いかける。

 

 

 

 

 

「これは……酷いな……。」

 

 千冬に連れられやって来た職員室で、ドゥレムはTVの映像を見せられていた。

 T映像は、隊列を組んだ多数の戦車と迫撃砲が、ディアブロスのいるエリアを爆撃する。絶え間なく爆発するその映像に、ドゥレムは思わず冷や汗を垂らす。やり過ぎだと思う程だった。内心、ディアブロスに同情すら抱くほどに。

 

「問題はこの次だ。」

 

 千冬がそう言うと、隊列の一部が爆発。数台の戦車が空を舞っていた。

 地中から、ドゥレムの知るディアブロスと細部が異なる存在が突き上げたのだ。

蒼黒い外殻に左の角が途中で枝分かれしたディアブロス。ドゥレムは驚きを隠せずにいた。あの爆撃の中生き残ったのもそうだし、この見たことのないディアブロスの風貌にもだ。

 

「なんだ……コイツは……。」

 

「今から二十分前の映像だ。この後、戦車隊は全滅。映像から察するに、ディアブロスは爆撃を地中に逃げることで避け、戦車隊を急襲。爆撃機の追撃を、戦車の破片や砂岩をぶつけることで撃墜したらしい。生存者は47名。前線を離れていた非戦闘員と、指揮所にいた管制官、指揮官達のみだ。ディアブロスは、前線を崩壊させた後、南西に向け逃亡。衛星でその後を監視している。」

 

「地面の中に潜ったと言っても、あの爆発の中じゃぁ地面が抉れて意味がないだろう、コイツは、どれだけ深くを潜っていたんだ。」

 

 千冬の見解を聞いたドゥレムは、一人呟く。だが、同時に自分が呼ばれた意味も理解した。

 

「コイツを討伐すれば良いのか?」

 

 千冬は頷く。つい先程、国連からの連絡で、ドゥレムへの命令という形で、ディアブロスへの討伐指令が下りた。これ以上の被害の拡大を恐れての判断なのだろう。

 だが、日本からエジプトまでとなると、成田からカイロへの飛行機ならば14時間も掛かってしまう。それでは、被害が増すばかりだろう。エジプト政府も、ISを導入し、IS用の対物ライフルによる狙撃作戦を展開するらしい。せめてもの時間稼ぎが目的だろう。だが、兵達の士気は恐怖により低下の一途を辿っている。いつまで持つか。

 

「……一夏を連れていきたい。アイツの一太刀は有効だ。」

 

 千冬は沈黙し、思案に没する。だが、ドゥレム一人だけの危険性も理解しているが、どうしても家族をそんな危険に巻き込みたくないという考えが浮かぶ。

 

「今後もモンスターは出現するだろう、一夏に経験を積ませるのは大事だと思う。それに、何があろうと一夏は俺が守る。」

 

 真っ直ぐに千冬の目を見て、ドゥレムは言う。筋は通っていた。しかし、一人の姉として、それに許可を下ろす踏ん切りが付かなかった。

 

「良いのではないですか?織斑先生。」

 

 水色の髪を持つ少女が、会話に加わる。

 少女は言葉を続ける。

 

「それに、私も同行しましょう。」

 

 手に持つ扇子を、バッと広げる少女。扇子には白地の黒の筆書きで『責務』と書かれていた。

 

「生徒会長として。」

 

 




本当は好きじゃないんです。キャラクターを死亡させるのって……

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