申し訳ないぃ……!
一夏は納得がいかなかった。何故、箒は学園を去ったのか。どうして束が現れたのか。
千冬曰く、束はIS学園にハッキングし、秘密裏に箒が自主退学するための用意を進めていたらしい。そして、モンスター対策の会議の間に箒を連れ出した。事務員の話では、本人の同意もあったとの事。
それが、余計に一夏を困惑させた。
箒は、束の事を忘れようとしているようだった。必死に避け、まるで自分の中から、彼女を消し去ろうとしているようだと、一夏は感じていた。それが何故箒が、束に着いて行き、学園を去ることになったのか。
「という訳で篠ノ乃さんは、家庭の事情で自主退学することになりました。」
朝のHLは、生徒達の囁き声が満ちていた。まだ、一学期も終わっていないというのに、クラスメイトの突然の退学。それも最も有名な女性の一人でもある束本人が直接迎えに来たなど、生徒達が騒ぐのも無理はない。
「静粛に。クラスメイトが減ってしまうことは悲しいことだが、それよりも自分のことを考えろ。IS学園の生徒である以上、感傷に浸る間はない。学ばなければならないこと、覚えなければならないことはまだまだ多いのだからな!」
千冬の一喝に、クラスは静まる。
ここは、世界最高峰レベルの高等学校。その上でISのことも学ばなければならない。一分一秒が惜しいのだ。其を理解しているからこそ、生徒達は皆口を止め、既に授業を受ける準備を終えている。
だが、一夏は。一夏だけは、大切な幼馴染の事を案じ、授業に集中しきれずにいた。
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久々の暗雲。ドゥレムは、初めての悪天候を眺めていた。ずっと、太陽の下で日向ぼっこを楽しんでいた身としては、あまり良い気分ではなかった。
時間はそろそろ昼。今日もきっと一夏達が、昼食の誘いに来るだろうと、一人呆けている。
「また会ったね。」
が、ドゥレムの予想に反し、姿を表したのは現。妙に縁があるなとは、彼も思ったがひとまず現れた彼女に会釈を返す。
「昼休みか?」
「そう。ドゥレム君はそっか、生徒って訳じゃないんだよね。」
「あぁ。日がな一日、だいたい此処にいる。」
「そうなんだ。もしかして、昼間は結構暇してるの?」
ドゥレムは、なんと答えたものかと悩んだ。暇と言えば暇だが、日向ぼっこも好きだ。しかし、今日みたいな太陽が隠れてしまった日は、平和であれば呆けてしまう。
「基本は日の光を浴びてるが、今日みたいな日はそうだな、まるでやることがない。」
「そうなんだ……じゃぁ、剣道やってみない?」
「剣道…この前のあれか。」
ドゥレムが思い返すのは、箒との勝負。自分がルールを知らないがために、彼女を怒らせてしまったあの時だ。
もし、また彼女に勝負を仕掛けられたらと考えると、剣道を学んでおいた方がいいかもしれない。
彼は、一人納得し頷いて
「そうだな、やってみるのも良いかもな。」
現は、「本当!?」と目を輝かせて言う。その余りの勢いに、少し押され気味になったが、ドゥレムも答える。
「あぁ。せめて、ルールというもの位は理解しておいた方が良いだろうし。」
彼女は、ドゥレムの言葉に嬉しそうな顔を見せる。
別段彼女は、剣道に対してそこまで熱意があるわけではない。元を辿れば、何てことのない理由。ちょっとした気分転換のために彼女は剣道を嗜んだ。
それでも、彼女のその性格から手を抜かず、全力で練習には打ち込んでいた。だからこそ、新たに剣道の仲間が増えることに、彼女は純粋に喜んでいたのだ。
「ドゥレム。」
が、不意に二人に近づく人影が、彼の名を呼ぶ。振り向けば鈴が一人こちらに歩いて来ていた。
「よぉ。ん?一夏達は一緒じゃないのか?」
「それが……」
鈴も、先ほど知った話なのだが、箒がIS学園を去ったことを伝える。それに現は目に見えて驚き、ドゥレムは今一意味を把握できていないようだった。
「一夏は今、その関係で千冬さんと話してるわ。セシリアはセシリアで、昨日の話にあった実弾系武装を調べるみたいだし……。それで、そっちの人は?」
鈴は、訝しげにドゥレムの隣で素知らぬ顔をしている現が、いったい誰なのか訊ねる。彼は、二人がそういえば初対面だったということを思い出す。
「えぇと、」
「初めまして、私は佐山 現。ヨロシクね、中国代表候補生の鳳 鈴音さん。」
ドゥレムが紹介する前に、現は自分で名乗り握手を求める。が、鈴がここで顔をしかめる。
「佐山……現…………あっ!!」
が、ハッとした表情の後に差し出された現の手を両手で包むように握り、嬉しそうな顔で握手に応じる。
「佐山現って、もしかして第六回IS設計コンテストで最年少入賞したあの!?」
「あっうん。一応その佐山現だよ。」
また、ドゥレムは置いていかれる。二人の会話が分からないのだ。何を話しているのかと、ドゥレムは問うと、何故か鈴が誇らしげに説明を始めた。
佐山 現は、第六回IS設計コンテストという世界規模のコンテストで記録上最年少。当時16歳で入賞し、その大会で五位という記録を残している。
IS設計コンテストとは、言ってしまえば世界規模のIS技術者が、自分のオリジナルISのペーパープランを出し合って、量産性、製造における価格、機動力、攻撃力と様々な面での性能を点数付けし、一位から十位までを入賞として称える技術披露会である。
さらに、上記のような総合点による算出だけでなく、各項目による上位三機も賞が送られ、中にはそのまま製造、実用化された機体も数多く存在する。
そもそもの大会の始まりは、行きすぎた女尊男非の時世に煽られ、ISの製造整備を行える職人が大量に職を失い、技術不足が深刻化、そのために技術師の育成、技術向上を目的に開催されたのが、この大会だ。
結果的にはそれは成功し、新たな技術者の卵達はその大会に釘付けになり。職人達は男女問わずに、その技術を公平に評価される場を獲得し、技術競争は激化。技術者総数も上昇。すでに大会は、IS関係者以外も注目し、IS競技会『モンドグロッソ』に次ぐ一大ムーブメントとして、世界に広く認知されている。
「へぇ、凄い奴だったんだな。」
「凄いなんてレベルじゃないわよ!天才よ、彼女!」
「そ、そんな大した者じゃないよ。ただ、剣道の技術をもっとトレースできたら面白そうだなって思ったから。」
少し顔を紅潮させて現は、話題を反らす。
「それよりも、篠ノ乃が退学ってどういうこと?」
「俺も気になる。そもそも退学の意味が分からんのだが…教えてくれないか?」
現の発言に続け、ドゥレムが鈴に問い掛ける。すると、再び彼女の表情に影が差す。
退学とは、この学園から出ていくこと。その理由は分からないけど、篠ノ乃 束博士が関係しているという話。
鈴は、ドゥレムにも分かるよう配慮しながら語っていた。
「篠ノ乃 束博士!?」
驚愕の声をあげたのは現。急な大声にドゥレムは驚く。それだけ、その名前が出てくることが、彼女にとって予想外なのだ。いや、束の行動を、予想できる者などいないだろう。それだけ彼女は常人離れしているのだ。
「…つまり、理由は分からないが、箒はその束という人物に連れられて、この学園を去ったと。……その束という人物は何者なんだ?」
「簡潔に言えば、ISの産みの親。そして現地球上で、最も優れた頭脳を持ち、おそらく個人で世界最高峰の戦力を有しているであろう人物。箒の実の実の姉よ。」
ドゥレムは、鈴の語った束の人となりを整理する。
以前、千冬に取り調べ兼日本語の授業を受けていた時に、ISを建造する上で、最も重要な部品である『コア』を製造できるのは、この世でただ一人。ISを作った者だけだと説明を受けていた。それが、件の束の事だろうと察した。となれば、優れた頭脳という下りもわかる。だが、個人で世界最高峰の戦力となると、これが彼の中で繋がらない。
「その束が持つという戦力ってのは、なんなんだ?」
「ISだよ。コアを作れるのは彼女だけ。逆に言えば、資源さえあれば、彼女はISコアを無尽蔵に作れる。更に、私達が到達していない、IS完全無人機さえ製造しているのではと言われている。それが、篠ノ乃束博士が、世界最強の戦力を所有していると言われる由縁。」
「あぁ……なるほど。」
現の説明に納得がいけば、もう彼は呆れるしかなかった。人の持つ現行兵器の内、最強と言われるIS。それを相当数所有しているであろう個人ともなれば、確かにそう比喩されるのも頷ける。
「で、その束ってのは箒の家族なのだろう?何か問題があるのか?」
「あるでしょうね……正直、その束博士って人は、頭は良いけど、人格、性格に難ありって言われてるから。」
「そうだね……姉妹と言えども心配だね。」
鈴と現は、箒の身を心から心配していた。が、ドゥレムは少しそういうわけではなかった。
「それでも家族ならば、平気ではないのか?俺の認識に誤りがなければ、人は家族を大切に扱うのだと思うのだが。」
率直な疑問。
しかし二人は、その質問の返答に困ってしまった。本当なら即答したい。しかし、実際はどうだろう。束の人柄云々の前に、一般社会においても、今だ後を断たない幼児虐待。家族間の殺害事件。家族同士の確執は、暗い方向に影を落とし続けている。つい最近、女尊男非の悪影響の一つとして、産まれた子が男だからという理由で、その子供を殺害した母親の事件も世間を騒がせた。家族よりも、自分自身を優先する者は、近年増加し続けているのだろう。
果たして、人類は真の意味で家族を愛せているのだろうか。彼女達は、悔しくもドゥレムの言葉に答えられなかった。が、
「全部が全部そうじゃない。」
現れた一夏が、会話に混ざり、二人の代わりにドゥレムの質問に答える。
「一夏。千冬と話をしてるんじゃなかったのか?」
ドゥレムの言葉に、彼は「もう大丈夫」と答え、話を続けた。
一夏が語るのは、自分自身の幼少期。鈴も知る、暗い過去の話だった。
物心ついた頃には、既に家族は、姉の千冬しかいなかった。両親がどうなったのかは分からない。彼が聞いた話では、一夏と千冬を残して蒸発したらしい。
「どうして、俺達姉弟を残して、姿を消したのか分からない。一度、千冬姉に聞こうとしたこともあったけど、辛そうなあの顔を見て、それ以上聞けなかった。分かるか、ドゥレム。家族は絶対じゃない。個人差はあっても、どうしようもない奴もいるんだ。」
一夏の瞳には、隠しきれない怒りが宿っていた。鈴は、離婚した自分の両親を思い、顔をうつ向かせ。現は、優しい自分の両親を思い、反論しようとするが、一夏の怒りに隠れた寂しさに気が付き、口を開けずにいた。
「なるほど、故に箒が、その束という人物と共に居るのは、必ずしも良い意味になる訳ではないわけか。」
一人勝手に納得してしまうドゥレム。
鈴と現は、違うと言えない自分に歯痒さを覚える。当然だ。彼女達には、家族との思い出があるのだから。楽しかった記憶も、喧嘩した記憶も、二人には掛替えのないものだからこそ、だからこそ違うと言えない自らが、悔しかった。
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淡い光に照らされたのは、黒を基調とし、紅の角のような装飾品を身に纏った鉄の鎧。
「これが、……これが私のIS……っ!」
「そう。これは箒ちゃんのための力。誰よりも強く、何者よりも速く、空からやってくるどんな化け物、もちろんあのドゥレムディラとかいう化け物なんかより、箒ちゃんの方がずぅと、ずぅぅっと強いんだ。」
無意識に、手を伸ばす。
ISの奥にある紅い眼。真っ赤な真っ赤な鮮血のように輝く瞳に誘われ、箒は幸悦な表情を見せ、そのISに手を伸ばす。
ISは黒椿。災禍をばら蒔き、彼の者の力を振るう、人には過ぎたる力。
一夏達の願いは空しく、届くことなく、箒の手は黒椿に触れた。
闇は微笑む。
出来が悪い気がする