翠色の炎色反応   作:水風浪漫

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書けてしまったので投稿します。
次に続くかは不明ですが、やる気が溢れてくるうちは続くかもしれません。


02/幸先悪い現状把握

 周囲の炎が放つ熱と光は、今でも記憶に焼き付いている。

 

 恐怖に呑まれ、何もできずに佇んでいた。

 せめて逃げなきゃいけないのは分かっていたんだ。

 でも、どうしてか動けなかった。

 

 あの時の自分をずっと恨んでいる。

 

 

 ―――安心しろ、もう大丈夫だ。

 

 

 もっと心が強ければ、あと少しでも勇気があれば。

 もし過去に戻れるのなら、あの時の自分をぶん殴ってやりたい。そして叶うならあの人を―――

 

 すべては想像で、過ぎ去った時間は戻らない。

 

 そのくらい分かっている。

 

 

 

 

 02/幸先悪い現状把握

 

 

 

 

 目が覚めて、真っ先に視界に飛び込んで来たのは立派なトサカのゴツい顔だった。

 眉間にシワを寄せて、一挙一動さえ見逃さないとこちらに睨みを効かせている男の顔に見覚えは無かった。

 

「ルー!」

 

 男―――まぁ白状してしまうとこの男はワッカだったのだが―――が大声で人を呼ぶと、テントの外から色気たっぷりの美女が入ってきた。

 

 まさに民族衣装っぽい格好のワッカとドレス姿のルールー。ビサイドの住人は皆民族衣装を着ているのに、何故ルールーだけ明らかに浮いた格好をしているのか、今になって思うと不思議である。

 

 当時はそんな事を考える余裕も無くて、ぼうっとした頭でルールーとワッカを眺めていた。

 

 

「目が覚めたのね。アンタが海で溺れていたのをコイツが助けたんだけど。……覚えてる?」

「あ……波に呑み込まれた所までは覚えてる。……あなたが救助しくれたんですか? ありがとうございます。助かりました」

「……ああ。気にすんな」

 

 ワッカは俺と視線を合わせようとはせず、そっぽを向いたまま答えた。

 予想外の不躾な態度に困惑していると、何か言おうとルール―が口を開きかけて、しかし何も言わずに一つため息を吐いてこちらに向き直る。

 

「ところでアンタ―――」

「ところで、ここは何処ですか?」

 

 言葉を遮って俺が問いかけると、ルールーは一瞬眉を顰めたが答えてくれた。

 

「ここはビサイド島。ブリッツのビサイド・オーラカは知っているでしょう。その本拠地よ」

「ビサイド島、ブリッツ……聞いたことないです」

「冗談でしょう? ……もしかして『シン』の毒気にやられた?」

「『シン』?」

 

 不意に目を細めたルールーに真剣な何かを感じて、釣られて俺も気を引き締めた。

 何を言っているかサッパリ分からなかったが、重要な事だということは雰囲気で察した。

 

 ……その『シン』とやらを知らないのはマズかったのか。

 

 根拠のない直感だが、もしかするとこれが一つの分岐点になるのかも知れない。

 重要な場面はいつ遭遇するか分からないのだ。嘘は()かないほうがいいだろう、その必要もないし。

 

 

「『シン』……とは?」

 

 

 そう問うとルールーは勿論、今までそっぽを向いていたワッカまでもが目を見開いた。

 

「おいおい嘘だろ! 『シン』のことまで忘れちまってんのか!? ……ルー、『シン』の毒気ってのはここまでは酷いもんなのか?」

「いいえ……これはかなり酷いわ。皆忘れたくても忘れられないのに……でも、この方が幸せなのかもね。『シン』を知らずに生きていられる、これ以上ない幸せだわ」

「でもよお……」

 

 2人の尋常じゃない様子に、答えを誤ったかと不安になった。そんな俺を他所にルールーとワッカは俺に詰め寄った。

 

「アンタ、どこまで覚えているの?」

「エボン寺院、召喚士、祈り子様、ザナルカンド、ルカ―――後はグアド・サラムくらいか。どれか一個くらい覚えてんだろ?」

「……悪いですけど、どれも初めて聞く言葉です。……あぁ、いや、召喚士は知ってます。召喚獣を喚び出す術士のことですよね?」

「そうよ……どうやら完全に何もかも忘れてしまったわけではないようね。少しでも覚えているなら、回復の見込みはあるわ」

 

 一先ず安心ね、と告げたルールーはしかし、再び表情を先程よりも更に真剣なものに変えた。

 切羽詰まったような焦燥感を覗かせる瞳を真っ向から見据える。

 

 これは窮地に陥ったとき、良からぬ事態が発生したときの顔だ。

 ……『シン』とやらはそれほど恐ろしい存在なのか? その正体はさっぱり想像できないが、酷く恐ろしいものということだけは察した。

 

 『シン』――― sin ―――宗教用語での罪を表す名を冠するのだ。碌でもない存在に決まっているが、彼女これほどの緊張をもたらす存在が何かは想像できなかった。

 

 一目見た時からルールーからは強い魔力を感じていた。稀に見る素晴らしく力強い魔力だ。魔法の腕も相当なものだろう。だからと言って勝負して勝ないとは思わないが……兎に角、彼女の怯え様に大きな違和感を感じた。

 

「何時『シン』に襲われたか覚えてる?」

「いや……それどころか『シン』という言葉自体、生まれてこの方聞いたことがありません……それとですけど、記憶喪失ではありませんよ。今朝の朝食から昔のことまですべてしっかり覚えています」

 

 そう言うとルールーは鋭く細められていた目をまあるく見開いた。

 

 コイツ毒気にやられすぎて、本当に頭がおかしくなっているんじゃないか?

 

 微妙な哀れみを含み始めた視線に対して「何か勘違いしてますよ」と反論する。

 

 

「私は『シン』を忘れたのではなく、もともと知らないんです」

 

「……どういうこと? 『シン』の毒気にやられていないのなら、アンタは一体何なの? スピラで生きていて『シン』を知らないなんてあり得ない―――アンタ、一体何処から来たって言うの?」

「北部の古長町出身で、現在は首都警察の"対悪性魔物対策課"に勤務する天宮(あまみや)徹千(てっせん)巡査です。……って言って分かります?」

「まったく」

 

 今まで幾度となく繰り返してきた言葉だ。淀みなく流暢に述べるとルールーは更に困惑し、首を左右に振った。その反応に内心盛大にため息を吐く。

 

 やっぱりか……。嫌な、信じたくない、常識外れの最悪の状況の可能性として、ここは俺の知っている世界とは全く別の世界という想定もしていたが、見事に予想が的中してしまったらしい。あの世界で生きていて"対悪性魔物対策課"を知らない人間はいないと断言できる。魔物の討伐、駆除、被害調査まで魔物関連の出来事を一手に引き受けていたのが俺たちなのだ。彼女が知らないということは、つまりここが別の世界ということの証明で――――本当、最悪だ。

 

 あの訳の分からない『割れ目』に落ちたのだ。常識外れに巻き込まれても不思議ではない、のだろうか。

 昔「別世界に行ってきました」なんて眉唾な自叙伝も読んだことがある。読み物としてはおもしろいものだったが、自分の身に降り掛かってくると災厄以外の何ものでもないようだ。非日常的な想像は夢のままのほうが楽しめる。

 

 

「……俺はその首都警察って言う職場で、魔物を倒す仕事をしていました。そして何時ものように仕事を終えて自宅への帰路を歩いていたら、見たことのない魔物に襲われたんです……町の中でですよ? 偶然現場に居合わせた先輩と協力して仕留めはしたんですけど、仕留める間際にそいつが創った『穴』に落ちたら、何故か空の上……ま、落ちた所が海だったせいで溺れたんですけど」

 

 改めてありがとうございます、と頭を下げるとワッカは微妙に狼狽えながらもそれを受け取った。

 今の話に頭を傾げているワッカはよく分かっていないようだが、話を聞いてルールーは俺への警戒心を高めたようだった。それから難しい顔をして思案していたが、数十秒ほどすると口を開いた。

 

「……正直、私にはアンタの話の内容が殆ど理解できてないわ。けれど、アンタがとてつもなく怪しいって事だけは分かる。……ワッカ、あの道具はどこ?」

「……んあ? あ、あぁここだ。これこれ」

 

 ワッカがおもむろに布袋から取り出したのは、見覚えのある黒光りする2丁の銃。俺が常に携帯している愛用の武器によく似ていた。

 慌てて懐のホルスターをまさぐるも、いつもならずっしりと重量のある筈のそこに、今は何も収められていない。ワッカの持っている銃は間違いなく俺のものだった。

 

「おいそれ―――」

「悪いけど、"機械"の武器だったから没収させてもらったわ」

「"機械"の……?」

 

 ルールーの発言の妙な違和感が耳に止まった。

 どうしてわざわざ機械の、なんて付けるんだ。銃なんて珍しくも無いだろう。と言うか、機械じゃない武器なんて刃物類や剣くらいしか無い。

 

 現代でも剣を愛用している"対悪性魔物対策課"―――略して対魔課―――はいるが、遠距離から安全に戦えて且つ威力も十分な銃を捨てて剣を使うメリットがない。

 記憶が正しければ最強と呼ばれる対魔課職員は剣の使い手だったが、全体で見れば銃以外の武器を使っている奴は極少数派だろう。

 

 

「……本当に知らないようだから説明するけど、エボンの教えで機械の使用は禁じられているわ」

「"エボンの教え"で機械が禁止……? ええと、何らかの宗教上の理由で機械類の使用が禁じられてるってことですか?」

 

「そうよ。アンタの反応を見ていると機械を使うのは当たり前……って感じだけど、少なくとも私が知る限りでは大半の人々は"エボンの教え"に従っているわ。唯一の例外は"アルベド族"くらいね」

「俺たちは"教え"を守って暮らしてる。毒気にやられる前はお前もそうだった筈だ」

「いや、だから俺……私はその"エボン"とやらの教徒でもなくてですね……」

「エボン教徒じゃない? お前、まさかアルベド族!?」

「だからアルベド族とかでもなくて……!」

 

 まるで話についてこれていないワッカに辟易しながら対応していると、隣から鋭い声が飛んだ。

 

「ワッカ! 話が進まないからしばらく黙ってて頂戴!」

「お、おう……」

 

 これぞまさに鶴の一声。暴走しかけていたワッカが一気に静まった。

 

「……話を戻すわよ? それで、エボンの教えに反して機械を使っているのはアルベド族くらいなの。私もアンタがアルベドじゃないかって疑ってたけど、どうやらそれ以上に厄介な事情を抱えていそうね」

「おそらくはその通りです」

「そういう事だから今のところ、コレは返せないわ。武器を与えるにはアンタは怪しすぎる……それとだけど、無理してまで敬語を使う必要はないわ。慣れていないのでしょう? はっきり言ってぎこちない」

「ぎこちなかった、ですかね―――それじゃあ、お言葉に甘えて。そいつは二人が預かるってことか? 正直手元に置いておきたいんだが」

「悪いけど、今は頷いてもらうしかない。これは私だけの問題じゃなく、ビサイド島全体にも関係してくる話なの。ここでは"教え"を破ることは非常に重い意味を持つわ」

 

 だから、良いわね? と念を押すルールーにまだ言いたいことはあったけれど、彼女の態度を見ていると到底返してもらえそうにないのは明らかだったので、仕方なく頷いた。

 常備していた愛銃がないのは無性に不安になるが、郷に入っては郷に従えの言葉通り今はおとなしくしているべきだろう。

 強い潮風を理由に手入れの許可だけはもらえたのは重畳(ちょうじょう)だった。誰かの監視が条件だったが、これで錆びて使い物にならなくなることはないだろう。

 

 

 この後しばらくしてルールーとワッカの尋問は終わり、翌日まではゆっくりと休息を取ることが出来た。

 

 どこかの宗教に入信しているわけではないが、俺だって神の存在くらいは信じている。いや、神に限らず様々な伝承の妖魔の類だって実は信じているのだ。そのほうが夢がある気がしたからなのだけど……俺を襲ったあの『魔物』―――尋常な敵じゃなかった『奴』と交戦して大きな怪我を負わなかったのは、彼らの言うところの「エボンの教えの賜物」だったのかもしれない。まぁ、"エボン"を信じてはいないけど。

 

 

 

 ――――結局、銃を返してもらったのはこれから1ヶ月近く経ってのことだった。

 

 

 




最後まで読んでくださりありがとうございました。
気になった点・良かったor悪かった所・誤字・感想など戴けると嬉しいです。

ワッカは主人公が別世界人だとか言う法螺話は信じていません。常識人代表のワッカですから、当たり前の反応ですよ。普通信じる奴の方がおかしいですからね。

……一話から文字数が1000字ほど少ないのですが、皆さんどうやって一定の文字数で書いているんでしょうね?


重要追記:キャラクター間のギスギス関係を軟化させるために、物語を改訂しています。本文中でも所々で改変を行いました。本筋は変わっていませんが、かなりがっつり変わってる部分もあります。

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