阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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一周年記念ということで書いてみました。誰のエンドかはタイトルでもう予想が付く人は付くかもしれません。
タイトルにもありますが、今回のお話はそういったものです。苦手な人は苦手だと思いますので、一日限りで消すことも視野に入れています。


IFエンド ずっと、いっしょ(デッドエンド、エログロ注意)

 振り返ってみれば、至極当然の帰結なのだろう。

 道理に則っているとはとても言えない、しかし強くなるため手段を選ばなかった。

 

 それをする理由があった。危険も承知していた。だが、心の何処かで驕りがあった。自分ならばなんとかなると、根拠もなく思ってしまっていた。

 だからこれは道理に合わないことをしてしまった憐れな男の、当然の結末なのだ。

 

「あ――」

 

 受け損ねてしまった剣が自分の胸を深々と切り裂く。

 皮膚を裂き、肉を断ち、骨を砕き、内臓まで達するその刃は間違いなく致命。

 

 少年は膝から崩れ落ちながら、震える手で内臓が溢れぬよう手で押さえる。

 もはや思考は朧なものになり、定まらない焦点で自分を切った妖怪を見上げた。

 

「……えっ?」

 

 妖怪もまた今の一撃で全てが終わってしまうなど思いもしなかったようで、呆然とした顔で少年と自分の剣を交互に見ていた。

 これが治せる傷であったのなら、彼女が秘薬を使ってでも少年を生き永らえようとしただろう。

 だがこれはもうそんな段階を過ぎており、彼の命は数分と持たず消えていくことが決定していた。

 

 少年は妖怪への恨みなどすぐに忘れる。そんな贅沢なことを考える余裕などとうに残っていない。

 外気に触れようとする内蔵を必死に手で押さえ、浅い呼吸と朦朧とした意識の中でも立ち上がろうとする。

 

 まだ死ねない。あの方の許しがあるまで死ぬことは許されない。妖怪になろうと、あの人を悲しませる結末だけは許されない。

 だと言うのに、人間の身体はこんなにも軟弱で、儚い。一太刀斬られただけでもう動かなくなろうとしている。

 

 しかし少年はそんな人間の肉体に鞭打ち、己の意志力のみで身体を動かす。

 一歩、また一歩、と少年は覚束ない足取りではあるが、確かに自分の意思で歩く。

 

「…………」

 

 妖怪はその姿に何も言わず見続ける。この結末になったことに自分の責任がある以上、少年のあがきを最期まで見届けるのが自分の使命であると言うように。

 少年はそんな妖怪の思惑など知ったことではないと動き続け――限界はすぐに訪れる。

 

 元よりこの場所は妖怪の山。人間ならとうに死んでいなければおかしい斬撃をその身に受け、今の今まで生きていただけでも驚嘆すべき事実。

 そこにさらに少年は自分の意思で絶命せんとする肉体を現世に留め続け、あまつさえ動いてみせた。

 もはや奇跡と呼んでも過言ではない。その事実だけで少年は賞賛に値すべき意思を示した。

 だが、彼の求める結果には至らず――彼は少し歩いたところで倒れ込む。

 

「……?」

 

 最初は自分が倒れていることにすら気づけなかった。口内に入る不快な土の感触でようやくそれを理解しただけ。

 胸から溢れる血が土を赤黒く染めていく。もう、動く力は残されていなかった。

 

「あ……」

 

 それでも少年は動こうとする。身体から溢れる中身など気にする余裕もない。動いているというより、震えているといった方が正確な指先で、土をかいて進もうとする。

 しかし、もう誰の目にも悪あがきにしか見えないそれはすぐに終わり――少年の瞳から光が消えていく。

 最後の最期、少年は力になりたいと思い、全てを捧げたいと思い、そして自分の結末で彼女を悲しませてしまうことに対し、上手く動かない唇で謝罪する。

 

「阿七様。申し訳、ありませ――」

 

 

 

 少年は動かなくなった。その事実を妖怪――烏天狗の椿は彫像のごとき無表情でその目に刻みつける。

 手塩にかけて育てたと言っても過言ではなく、同時に一歩間違えば死ぬ鍛錬を課し続けたのも事実。

 彼はそれに耐えられなかった。自分の油断と彼の驕り、双方が重なって起こった不幸な事故。

 

「……終わっちゃった、か」

 

 椿は上手く動かない頭でその事実をどうにか受け入れようとする。

 彼女の顔に浮かぶのは諦観でも悲嘆でもなく、むしろどこか興奮すら覚えているもの。

 

「ああ、うん。私はいつかキミと殺し合いがしてみたかったけど……これもまた結末の一つ、だよね」

 

 以前に決めたことではないか。彼を強くするために自分はできることを全て尽くす。

 その上でいつか自分を追い越すほどに強くなったら、その時は対等な存在として人と妖怪、何の気負いもなく殺し合いたいと願っていた。

 妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。その構図に則ってこそ、人妖は古来の在り方を取り戻せるのだと信じていた。

 

 そしてそれが何らかの要因によって潰えてしまった時は――

 

「私が飼ってあげる、って言ってたのに……」

 

 物言わぬ躯となった少年の身体を仰向けに転がし、虚空を映す瞳を閉じてやる。

 そして土まみれとなっている唇を自身の唇で塞ぐ。

 半開きのままの口に自らの舌をねじ込み、まだ温かくぬめっている少年の口内を舐っていく。

 やがて口を離した椿は自らの舌で撹拌した唾液を飲み込み、上等な酒を飲んだように蕩けた目で彼の身体に覆いかぶさる。

 

「あは……っ!」

 

 不肖の師匠としての役目として埋めてやろうかとも考えたが――とんでもない。こんな上等な人間の肉、貪らねば嘘というものだ。

 大体、この少年は椿も憎からず思っていたのだ。狂気的に強さを求めるひたむきさも、水を吸うように日に日に上がっていく力量も、殺意と敵意の混ざった瞳で、しかし決して目をそらすことだけはしない強さも、この少年の全てが愛おしかった。

 

 もはや椿の頭に彼を殺した事実はすっぽり抜けていた。どのみち殺し合う予定だったのだ。たまたま自分が勝って、向こうは負けた。その程度の違いでしかない。

 正式に向かい合って人妖の在り方を確かめたわけではないが、これもまた一つの結末だろう。

 すなわち――負けた人間は妖怪に貪られるのである。

 

 椿が指を鳴らすと局所的な風が起こり、少年の身体に付着している土が飛んで行く。

 これからとっておきの食事をするのだ。些細な汚れもあってはならない。

 

 まずは血だ。椿は自らが切った胸に唇を当て、その舌で少年の血を舐め取る。

 

「ん、美味しい……」

 

 妖怪にとって人肉の摂取は生きる上で必要というわけではない。人間の畏れさえあれば食事など極論、必要ないとすら言える。

 つまり妖怪は精神の充足こそが食事に近いというわけだ。さて――では彼女が心底焦がれ続けた少年の肉体は彼女にとってどんな味がするのか、説明するまでもなく。

 

 椿にとって少年の血はもはや味覚で表現できるものではなかった。脳髄を蕩かせ、胎の奥が甘い火で焦がされる。

 目の奥がチカチカする。頭の中は深い悦楽で爆発寸前。椿は淫蕩な笑みを浮かべて少年の血を舐め取っていく。

 

「あ、はっ、なにこれ、たまんない……!」

 

 ここまで我慢していた相手もいなかったため、椿は焦がれに焦がれ続けた相手の味というものを知らなかった。

 血だけでこうなのだから、肉まで食べたらどうなるのか。椿は背筋に走る退廃的かつ破滅的な快楽にゾクゾクと身震いさせる。

 

 腰が悩ましげに動き、少年の下半身にこすりつけていることにも椿は気づかないまま、彼女は夢中で少年の上半身を舐る。

 邪魔な服は剥ぎ取り、鍛え抜かれた肉体を走る赤黒い血と黄ばんだ脂肪、その奥に見える内臓が彼女の心をこの上なく昂ぶらせる。

 

 すでに頭は快楽に侵されきっており、正常な判断などできはしない。何度絶頂を迎えたのかも曖昧だ。

 少年を貪る口と頭以外はすでに椿の意思を離れて動き、より大きな快楽を求めて少年の身体に自らの身体を擦り付ける。

 

「あぁん……!」

 

 口から意図しない嬌声が溢れる。それで初めて、椿は自分の下半身が彼の下半身に擦り付けられていることに気づく。

 少年の着ていた袴は血以外の液体で濡れそぼっており、椿は自分の興奮がいかに大きなものなのか思い知り、つい笑ってしまう。

 だがここで止まる気は毛頭ない。余人が見て畜生の交わりであったとしても、椿にとってこの瞬間は唯一無二の何者にも代えがたい時間だ。

 

 椿は熱に浮かされた欲情のまま、少年の傷口から牙を突き立てる。

 血が、肉が、脂肪が、骨が、内臓が。彼を構成していた五体が自らの口を通して身体に入り込み、椿は前後不覚の快感に襲われる。

 

「――っ!!」

 

 ビクビクと全身が打ち上げられた魚のように震える。これで身動きが取れず、快楽が逃がせなかったら気が触れていた。そう確信できるほどの快感だった。

 喉元が微かに動き、咀嚼した少年の肉を慎重に飲み込む。

 

 嗚呼、これで名実ともに彼と一つになれた。その事実に椿は恋を叶えた少女のように微笑み、血に塗れた唇が弧を描く。

 この肉体を全て貪り尽くした時、自分は少年と一つになって生きることができるのだ。

 少年の肉体が椿を生かし、椿は少年を生涯忘れることなく自らの肉体に刻みつける。

 

 もう、止まらなかった――

 

 

 

 そうして椿は全てを貪り尽くし、彼を構成していたものはもはや衣服と刀、そして彼の血で濡れた地面だけになる。

 

「ああ……最高の時間だったよ」

 

 椿は陶然とした笑みを浮かべ、至福のひと時としか言いようのない時間を振り返っていた。

 

 肉を食らえば快楽で目眩がし、臓物をちぎれば腰が快楽に砕け、目玉と脳髄をすすった時など絶頂に次ぐ絶頂でどんな味かも覚えていない。

 おかげで食べ終わった後もしばらく、あまりの快楽で身動きが取れなかったほどだ。

 

 だが何事にも終わりは訪れるものであり、少年の肉体は有限だった。

 毛一筋に至るまで肉体全てを貪り尽くし、前後不覚の快楽もさざ波のように引いていく。

 椿はほぅ、と艶っぽい吐息をこぼし、自らの体内に収まった少年の肉体を慈しむように自身の身体を抱く。

 

「これで一つになれたね。欲を言えばキミの子も孕んでみたかったけど……」

 

 さすがに高望みというもの。こんなことで小さな後悔を生むぐらいならもっと前に襲っておけば良かった、と椿は独りごちる。

 これから先のことなど何も考えていない。彼女にとっては先の瞬間が自身の人生の絶頂であり、後のことは全て些事だった。

 ただ、自分が愛した少年と一つになれた事実だけを受け入れて、椿は愛おしい男の名を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 ――信綱。キミと私はずっと、いっしょだよ――

 

 

 

 

 

 




ということで椿エンドでした。彼女がエンディングを迎える=ノッブは死ぬという身も蓋もない結末。ただまあ、修行風景の事故としてはあり得たものなのでノッブは結構危険な橋を渡っていたということです。ライフ的にも貞操的にも。

当初は書く予定はなかったのですが、椛エンドの草案をいくつか考えていたらこれの原型が浮かび上がりました。
すなわち全てをやり遂げて死んだノッブを椛が食べてずっと一緒だよ、という妖怪と人間の価値観の違いが最後の最後で出てくるというエンディング。

しかし読者が求めているのってこういうオチじゃねえよな、とボツにしようとしたところ、これ椿エンドに流用できるんじゃね? と思いついて今の話になりました。コンセプトはグロ、エロ、退廃的。でも椿は幸せ。

この後の幻想郷がどうなるか? 阿七がどうなるか? 知らん、そんなことは私の管轄外だ。



阿礼狂い投稿一周年記念になんでこんなイロモノ書いたんだろうね、私。

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