阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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しばらくは霊夢出ずっぱりの予定。新しい主人公だからね、きっちり書いていきたいしね。


姉の悩み

「はっ!!」

「ありがたいな、武器をくれるのか」

 

 霊夢の双手が振るわれ、光を浴びて微かに煌めく退魔針が信綱目掛けて飛んで行く。

 本来なら霊力を纏わせて対妖怪に使うものだが、針が刺されば痛いのは人間も変わらない。

 急所に刺されば殺傷性もある。しかし霊夢にはそれを躊躇う余裕など一切なかった。

 

 このジジイを相手に出し惜しみなんてしたら、一瞬で殺される。

 

 事実、霊夢が投げた針は全て空中で掴まれて相手に武器を渡したも同然の結果になっている。

 

「返すぞ」

「っ!」

 

 軽く手首を返す。たったそれだけの動作で投げられる退魔針は、しかし霊夢が全力で投げたそれに匹敵する速度。

 だが、霊夢は空が飛べる。軽やかに宙を舞い、飛んでくる針を全て避けて信綱の方を見据え――

 

 ――眼前に迫る追撃の針を見る。

 

「――っ!?」

 

 咄嗟に首をひねってなんとか避ける。当たっても骨に弾かれるであろう額を狙っていたのだけがせめてもの優しさか。

 しかし、避けることに集中してしまった上、首をひねったことにより視界から相手を外してしまった。

 当然、信綱にそれを見逃す理由などなく。

 

「投げ物は相手の回避先に置くように使え。ただ投げるだけでは当たらん」

「きゃ――」

 

 空中にいる霊夢へ結界を足場に接近し、その頭を掴む。

 そしてそのまま地面に重力に従って急降下を始める。

 

「――終わりだ」

「きゃああああああああああああああ!!」

 

 無論、直撃する直前で勢いを緩める。彼女に傷を負わせるような失敗はしない。

 地上に着地した信綱は掴んでいた頭を離し、霊夢の顔を見る。

 ふてくされたような、悔しそうな。そんな顔で霊夢は信綱を見上げていた。

 

「……また負けた」

「そんなにすぐに勝てると思っていたのか」

「真面目に修行すればすぐだもん。母さんも術の成長がすごいって褒めてくれるし」

 

 口ではそう言いながらも、先は長いと霊夢は感じていた。

 この男に負けて以来ちゃんと言われた通りの修行をしているというのに、今なお武器を持たせることもできていない。完全に遊ばれている。

 

「そちらは俺も見てやれんからな。成長著しいのは良いことだ」

 

 そんな彼女の悔しさなど全く知らぬとばかりに信綱は霊夢の頭に手を伸ばし、軽くその頭を撫でてやる。

 撫でられた霊夢は驚いたように頭を押さえて、信綱から距離を取る。

 

「なぜ逃げる」

「いや、爺さんが褒めてくれるなんて思わなかった」

「お前は俺をなんだと思っているんだ」

「子供をいじめるのが趣味な鬼畜」

「課題追加な」

「ほら鬼畜!!」

 

 絶対に無理な課題は出していないのだ。こなす霊夢が悪い、と責任転嫁しつつ信綱は霊夢から背を向ける。

 

「今日の予定はわかっているな?」

「あ、うん。寺子屋に連れてってくれるの? 本当に? 騙して山で修行とかないわよね?」

「もう一度聞くがお前は俺をなんだと思っているんだ」

「優しくて強いお爺ちゃん」

「心にもないことを言うな気色悪い」

「こんな爺さんで母さんは良いのかしら……」

 

 達観したようなしみじみとした声音で、霊夢は信綱の妻という先代のことを案じるのであった。

 そうして寺子屋に行くことが決まった霊夢は部屋から勉強道具を持ち出していると、信綱も何か包を持って外で待っていた。

 

「お待たせ。……爺さん、それは?」

「弁当だ」

「母さんの!?」

 

 目を輝かせる霊夢。一応彼女はここで一人暮らしをしているが、まだ子供であることもあり先代はほとんど毎日ここで食事を作っていた。

 彼女の料理も自炊をずっと続けてきたからか、十二分に美味しい部類に入る。まして愛娘に食べさせるもの、手を抜くなどあり得るはずもない。

 だが、今回はそうではなかったので信綱は首を横に振って否定する。

 

「俺が作った」

「なんだ、爺さんが……爺さんが!?」

「なぜ二回も俺を見る」

「爺さんって料理できたの!?」

「できないと言った覚えはないな。そら、行くぞ」

「あ、待ってよ!」

 

 霊夢が小さい足で追いかけてくるのを待ち、彼女の速度に合わせて人里に向かっていく。

 そうして着いた寺子屋の前には慧音がニコニコと笑いながら霊夢のことを待っていた。

 

「よく来てくれたな、二人とも。霊夢もおはよう」

「おはようございます。えっと……今日はお願いします」

「ああ、任された。良い教育を受けているな」

 

 ちゃんと初対面の人と、尊敬できる人には敬語を使うように教えこんだ甲斐があるというものである。

 特に霊夢は天衣無縫な気質があるのか、誰が相手でもへりくだることやおもねるということをしない。

 それ自体は別に信綱とは関係がないので、好きに振る舞って好きに恨みでも買えば良いんじゃないだろうか、と言いたいところなのだが、自分が教えるとなれば話は別だ。

 

 博麗の巫女という役目を担う以上、どうあがいても余計な恨みや妬みを買うのは必至なのだ。

 この上さらに自分の言動で恨みを増やすなど愚の骨頂以外の何ものでもない。自分から進んで負の感情を買いに行くなど馬鹿のすることである。

 なので信綱は霊夢に最低限の礼法と相手への接し方も教えるようにしていた。

 

「では信綱。後で彼女を迎えに来るのか?」

「そちらは先代に任せてあります。元より彼女の面倒は一部だけしか見ない取り決めですから」

 

 というより阿求も生まれている今、信綱が優先すべきなど一つしかないのだ。霊夢の教育に関してはそれをしている間にできた時間で、という約束になっている。

 霊夢のことを嫌っているわけではない。天稟の持ち主であり、若年ながら負けん気も相応に強いのだ。誰かに稽古を付けていて、相手の強くなる速度に楽しさを覚えるなど初めてのことだった。

 しかし、それでも自分は阿礼狂いである。自分の楽しみなど御阿礼の子のために生きること以外にあり得ない。

 そう考え、信綱は自分をやや険しい目で見てくる慧音に頭を下げる。

 

「申し訳ありません。私は彼女の親にはなれません」

「……そうか。お前ほど長く生きたのならひょっとして、と思ったんだがな」

「私は変わりませんよ。そのつもりなどないのですから」

 

 そう言って、信綱はその場を下がる。去り際に寺子屋に入った霊夢を一瞬だけ見て、何かを言うことなく立ち去っていく。

 彼女には自分と先代以外のつながりが必要なのだ。どちらも老齢であることもさることながら、自分は完全に常人とは違う価値観に生きている。

 子供時代に知り合うのが先代と自分の二人だけでは、彼女の情操教育に多大な歪みをもたらすことは想像に難くなかった。

 

 彼女が博麗の巫女であっても友人を作ってはいけない道理などない。物好きな人間は探せば一人や二人、いるものである。

 自分と友人でいてくれた勘助や伽耶のような存在を得てもらいたい。そんなことを願って、信綱はその場を後にするのであった。

 

「爺さん、あの人の授業メッチャ眠くなるんだけど……」

「……寝なかったか?」

「ゴメン、意識飛んだ」

「……感想は」

「冗談抜きに天国が見えた」

「そうか……」

 

 後日、期待していたものとは違う――しかしある意味で予想通りな報告を霊夢から受けて、ほんの少しだけ肩を落とすことになった。

 

「だからあれほど念を押しただろう」

「だって知らなかったんだもん! あの人の授業があんなに詰まらないなんて! どうなってるのあれ!?」

 

 慈愛あふれる微笑みと明朗快活な口調から紡がれる、ある種手品とすら思える要領を得ない上無駄に長い教訓話。

 公私に渡って付き合い続けてきた信綱でもあれを何度も聞きたいとは思えないものだ。

 それをよく遊び、よく眠ることが仕事の子供が聞いたらどうなるのか。結果など目に見えている。

 

「……人里の人間が誰しも一度は通る門だ」

「…………爺さんも?」

 

 無言でうなずく。寝たのは一度だけだが、眠気に襲われたのは一度や二度では聞かない。

 

「だったらなんとかしてよ!」

「バカを言うな。俺が子供の頃どころか、俺の父親すら子供の頃から寺子屋をやっているんだぞ」

「その時からあれなの!?」

 

 目をそらす。下手の横好きというべきか、そもそも才能がないのか。

 向き不向きは何にでも存在するが、あの人はそれが少し極端に出てしまっているのだろう。人間、欲しい才能ばかりが手に入らないとはよく言ったものである。

 

「爺さんの方がよっぽど上手じゃない。先生に教えてあげたら?」

「途方もなく落ち込むのが目に見えているからやめておく」

「爺さんにも頭の上がらない人はいるのね」

「あれ以外は本当に素晴らしい人だからな……」

 

 霊夢の頭にできた特大のたんこぶを氷を包んだ布で冷やしながら、話題を変えることにした。慧音の教え下手についての愚痴を語り合ったところで誰も幸せにならない。

 

「で、どうだった?」

「……まあ、悪くはないわ。みんなお子様だけど」

「お前もその一人だ。良いか、お前は俺が鍛えているから身体も頭も同年代に比べれば優秀だろう。――だが、人というのはそれだけではない」

 

 頭が良くても解けない問題などいくらでもある。力が強くても解決できない事態などいくらでもある。

 信綱にだってどうにもならない問題というのは存在する。ましてや子供の霊夢など、できないことの方が多い。

 

「お前は博麗の巫女だ。今は先代が代わりにやっているが、いずれは一人でここで生きることになる。……そうなる前に友人でも作れ」

「……爺さんは友達っているの?」

「寺子屋からの付き合いがな。俺には過ぎた友人だ」

 

 彼が見せた輝きを知っているからこそ、信綱は霊夢にも友人を作ることを願うのだ。

 今はまだ価値がわからずとも、それは決して無為になることはない。

 

「……それに、お前の母親は友人がいないことを悔いていたぞ」

「母さんが?」

「ああ。境内の砂利を数えて暇をつぶしていたくらいだ」

「うわぁ……」

 

 霊夢の顔が青ざめる。未来の自分を想像したか、母親の見たくない醜態を思い浮かべてしまったか。

 母親の威厳が失墜したことに許せ、と内心で彼女に謝罪しつつ、信綱は言葉を続ける。

 

「そうなりたくなければ人里に行く理由ぐらい作れ。友人はそのためでも構わん」

「それでいいの?」

「ああ」

「だったら楽でいいわ。好きな時に一人になれるってことだし」

 

 お前にそんな器用な真似はできない、と思っているが口には出さない。

 この霊夢という少女、口では色々と達観したようなことを言うが、その実お人好しで困っている人も放ってはおけない性質だ。

 博麗の巫女が守らなければならない掟――平等であれ、ということを教えるにはまだ早いのだ。今ぐらいは好きにさせてやって構わないだろう。

 信綱は十分に冷えたであろう霊夢の頭に手を乗せ、その目を見る。

 

「……なによ」

「知り合いを増やせ。輪を広げろ。一人を好むのは、多くの人を知ってからでも遅くはない」

「……?」

「子供は難しいことを考えずに遊べということだ。さて、稽古でもするか」

「あ、ちょっと友達との用事思い出した!! 魔理沙ってうるさいやつなんだけど、無視するのも悪いわよね!!」

 

 さっきまで言っていたことを一瞬で翻して逃げようとする彼女の首根っこを掴む。

 恐る恐るといった様子でこちらを振り向く彼女に、信綱は笑みを浮かべてやる。

 

「――さ、やるぞ」

「鬼――!!」

 

 この日を境に、霊夢は信綱の鍛錬から逃げるために友達を増やすようになったのはまた別の話である。

 

「解せぬ」

「……まあ、良いけどね。友達が増えるのは悪いことじゃないし」

 

 ちなみに先代からは結果良ければ全て良しということで許してもらえた。

 

 

 

 

 

 レミリアはよく人里にやってくる。

 美鈴を伴ってやってくることもあれば、一人で日傘を片手に人里をふらふらと歩いていることもある。

 総じて言えることとして、概ね人里にいる彼女は暇をつぶすためにやってきているため、目一杯楽しもうと気力はつらつとした姿を見せていることが多い。

 そんな彼女が今日も人里に来て、真っ先にある家を訪ねる。

 

「はぁぁぁぁ……」

「…………」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「…………」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「…………」

 

 レミリアが顔を上げた先にいるのは、五十年前に自身を打ち負かした存在が机に向かって黙々と書き物をしている姿だ。

 筆がなめらかに動き、文字が綴られていく様を眺めながらレミリアは自分の方に向くように手を伸ばし、顔をこちらに向けさせる。

 

「ねえ、そろそろ反応してくれると私は嬉しいかなって」

 

 強引に顔を動かされた側である信綱は迷惑そうな顔を隠さず、冷淡な口調で告げてくる。

 

「忙しいから帰れ」

「傷心の私を慰めようとかないの!?」

「傷心だったのか。てっきり集中したい俺に対する嫌がらせだとばかり」

「さすがにそこまで陰険じゃないわよ!?」

 

 もう十二分に邪魔はされているので、信綱は眉間に手を当ててシワを揉みほぐすようにしながら改めてレミリアと相対する。

 

「で、なんの用だ。何もない? じゃあ帰れ」

「勝手に自己完結しないで!? 用はある! すっごいあるから!」

「面倒な」

「言い切った! 隠す気も見せずに面倒だと言われた!」

 

 実際面倒なものは面倒なのだから仕方がない。

 彼女がここまで凹んでいるように見せる内容など、信綱には一つしか思い当たらない。

 そしてその思い当たった内容は信綱が力になれるかわからない――否、ほぼ確実に力にはなれないものだ。

 通常の関係ならある程度定石というものがある。しかし彼女の関係は常人のそれとは一線を画する。

 

「大方妹のことだろう。力になれんと思うから他所をあたってくれ」

「そこまでわかってるのに面倒だって言い切られたことがショックだわ……」

 

 うなだれるレミリアだが、立ち去ろうとする様子はない。諦める気はないようだ。

 じっと懇願されるように見上げられ、信綱は渋面を作りながら大きなため息をつく。

 

「……話だけは聞いてやる。その上で俺が無理だと判断したら諦めろ」

「やった! おじさま大好き! 愛してる!」

「お前は一度決めたら曲げないからな。遺憾ながら、誠に遺憾ながらそれぐらいはわかる」

 

 パッと顔を輝かせるレミリアと向かい合い、彼女の話を聞いていく。

 

「フラン……妹の話は覚えてるかしら? だいぶ前の話だと思うけど」

「覚えている。全てが破壊できる能力を持っていて、地下に幽閉されているお前の妹のことだろう」

「なんで覚えてくれていたのか理由を聞きたいような……あ、ゴメン、やっぱ言わないで。それ聞いたら今度こそ泣きそう」

 

 特に理由などなく、信綱は大体の話の内容は忘れない。阿礼狂いである彼にとって御阿礼の子以外は全て等しくどうでも良い存在だが、そうであるがゆえに誰の話だろうと覚えておくようにしていた。

 どうでも良い存在であることと、彼らを軽視しないことは矛盾しない。彼らが自分にとって重要な情報を持っていないとも限らないのだ。

 なのでレミリアの話も覚えていた。それを当人に伝えると今度こそ崩れ落ちそうなので黙っておくが。

 

「話を戻して。その妹と対話を試みたのよ」

「有言実行は好ましいな」

「勇気が出たのは最近だけどね」

 

 ちなみに話題に出たのは阿弥が亡くなってすぐの頃である。今は阿求が生まれているので、大体十年以上は二の足を踏んでいる計算になる。

 そのことを指摘すると話が長くなると第六感で察し、信綱は何も言わないことにした。妖怪の尺度で考えれば十年の足踏み程度、短いものなのだろう。多分。

 

「で、話に行ったのよ。スペルカードルールのこととかもあるし、その辺を伝えに行こうとね?」

「結果はどうなった?」

「全然ダメ。蛇蝎の如く嫌われて……ってほどではないけど、やっぱり良い感情は持たれてない。メッチャ冷淡な対応された」

 

 そのことを思い出したのか、レミリアは再び机に突っ伏す。

 結果が予想できていなかったわけでもないはずだ。それでもこれだけ落ち込んでいる辺り、彼女は彼女なりに妹を愛しているのだろう。善意が物事をこじれさせた例などいくらでもある。

 しかし信綱は予想できた反応があったこと自体に感心の声を上げた。

 

「なんだ、意外と健全じゃないか」

「え?」

「自分を幽閉した相手に良い感情など持つはずがないだろう。そこで慕情を向けてくる相手の方が恐ろしい」

「…………言われてみれば、確かに。喜んで飛び込んでこられたらそっちの方が困惑するかも」

 

 信綱の観点はなかったようで、レミリアは口元に手を当てて驚愕する。

 どんな理由があっても自分を地下に幽閉したレミリアを妹が嫌うのは当然の話であり、レミリアにも予想できていたことだ。

 そう、予想通りの反応(・・・・・・・)をしてきたのだ。気が触れていると言われていた妹が。

 

「参考までに聞くけど、おじさまが阿弥に幽閉されたら気を悪くする?」

「別に。それがあの方の幸福に繋がるならそれ以上の喜びはない」

 

 それでもう一度会いに来たなら喜んで相手をするだろう。レミリアの妹のような真っ当な感情は持たない。

 

「あ、私の妹ってだいぶマシな気がしてきたわ」

 

 その考え方は五十歩百歩の可能性が極めて高いが、あえて指摘はしなかった。どのみち苦労をするのはレミリアである。

 

「でも悪感情通り越して無関心に近いのよ……どうしたら良いと思う?」

「それも予想通りだろう。ずっと顔を合わせていないならそれはもう他人と変わらん」

「まあ、その通りだけど……おじさまは両親とかはどうしていたの?」

「母の顔は知らん。父はいたが、別に家族とは思わなかった」

 

 ついでに言えば吸血鬼異変の際に戦った烏天狗とのそれで、彼を肉壁として使うことで勝利をもぎ取っている。

 父のことをちょっと便利な道具程度にしか思っていなかったのだ。ある意味レミリアのところ以上に不健全な家族関係だと自分でも思う。

 

「家族じゃないならどうしていたの?」

「普通に顔を合わせれば話もするし、総会の時には剣も交えていた。まあ、仕事上の相手程度か」

「無視とかしないの?」

「それをすることによる利益が何かあるのか?」

 

 別に嫌っているわけではないのだ。ただどうでも良いだけで。

 信綱はレミリアの質問から彼女が妹にされたことのおおよそを理解し、指摘する。

 

「お前、無視されたんだな?」

「うっ……その通りです、ハイ」

「だったらまだマシだということもわかったな?」

 

 無視をするというのは、本当に無関心ならできることではない。

 相手がそこにいるとわかっていて、そこから自分の意志で見なかったことにする。

 要するに見えているのだ。きちんと意識されているのだ。ずっと幽閉して顔も合わせていない妹と、なまじ普通の姉妹のような会話ができる方が恐ろしい。

 

「ハイ。そして私の妹はだいぶ健全だということもわかりました」

「わかってくれて何よりだ。お前がすべきことはわかるな?」

「根気良く話していこうと思います」

「それが無難だ。大体、幽閉してからどのくらいの年数が経つ?」

「……四百年以上、かな?」

 

 信綱はその時間の長さに腕を組むしかなかった。さすがに妖怪の尺度は人間のそれとは全く違う。

 自分がレミリアの妹なら、レミリアのことなどさっさと忘れて地下での生活を楽しくすることを考える。

 意識してもらえるだけまだ情は失われていないのだろう。これもまた妖怪の特徴と考えるべきか。

 

「本来ならその年数の分、ちゃんと向き合い続けて信頼を稼げと言うのが定石なんだぞ。無碍にした時間は長く、しかしよりを戻す時間は短くしたい、というのがどれだけ自分に都合の良い理屈か、わからないお前ではあるまい」

「はい……」

 

 いつの間にかレミリアは正座して信綱の言葉を聞いていた。

 そのようにかしこまられると逆に困ってしまう信綱。偉そうなことを言っているが、自分の言葉は基本的に狂人が人里でやっていくために身に付けた条件反射のようなものである。

 理屈の上ではこうだ、という誰でも少し考えればわかることを述べているだけなのだ。

 

 とはいえレミリアは紅魔館の主であり、相談できる相手は紅魔館の面々を除いたらロクにいない。

 かなり自由に生きているように見えるが、あれで彼女も部下に対して見せてはいけない一線ぐらいは決めてあるはず。

 そう考えると信綱の元に来るのは、彼女なりに甘えているのかもしれなかった。自分より明確に強く、自分を打ち負かした相手にこそ、自分の全てがさらけ出せるのだと。

 

「なになに、じっと見てきて。……ハッ!? まさか恋!?」

「ちょっと真面目に考えてやろうと思ったがやめた」

「ウソウソ冗談ですレミリアジョーク! ホントすんませんっした! 自分空気読めてませんでした!」

 

 ……無論、今のはただ単に信綱の考え過ぎであり、彼女は全てが素の自分という可能性も捨て切れないのだが。

 ペコペコ頭を下げるレミリアに特大のため息をついて、信綱は自分の時と照らし合わせて方法を考えていく。

 

「……お前、どこまで覚悟できる」

「へ、覚悟?」

「そうだ。その妹と仲良くするために、どこまで犠牲にできる?」

「どういう意味か聞いてもいいかしら」

 

 信綱の言葉が決して冗談や虚言の類ではなく、本気で言っていることを読み取ったのだろう。

 レミリアは自然と佇まいを正して彼の言葉に耳を傾けていた。

 

「言葉通りの意味だ。お前も四百年以上幽閉してきた妹とよりを戻すのが、いかに虫の良い考えかぐらい理解できているだろう」

「まあ、そうね」

「殺されても文句は言えない。それだけのことだな?」

「……そうね」

 

 それを聞いてうなずく。実は妖怪の世界にとって四百年幽閉されることはちょっと頭にくる程度で済む話、とかだったら打つ手がなかった。

 彼女の事例であれば、ある程度は自分の体験が流用できるだろう。

 

「だったら簡単だ。それを教えてやればいい」

「どういうこと?」

「お前に殺されても構わない。それだけの覚悟を持って会いに来たと伝えろ」

「……意図はあるのよね?」

「俺が昔、友人に同じことを言われた。俺に友情など示したところで返してやれる保証などないというのに、それでも友誼を示した男がいる」

 

 あれを見た時思ったのだ。自分は狂人であり、それは終生変わらずとも――目の前の男の決意を自分の手で踏みにじりたくはない、と。

 

「俺と同じである保証などない。ひょっとしたらお前が殺されて終わるだけかもしれない。――だが、お前が妹にそれだけのことをしたと自覚があるのなら、捨てて初めて見えるものもあるはずだ」

「……私に勇気がなくて、それを示すことができなかったら?」

「さて、時間が解決するなんて陳腐な言葉もある。幾星霜の年月が必要かは知らんが、いつかお前が大人になった時に解決するかもしれないし、あるいは永遠に仲違いしたままかもしれん」

 

 別に珍しいことではない。兄弟だから、姉妹だから仲良くしなければならないなんて道理はない。近しいからこそ許せないなんてものも世の中にはありふれている。

 火継の家にも兄弟は存在する。どちらも阿礼狂いなので、御阿礼の子の側仕えになる唯一人になるために互いに互いを敵視していることだろう。

 

「確認するぞ。お前は妹と仲を取り戻したいんだな?」

「……ええ。思えば私が逃げて、私が蓋をしたようなものよ。虫の良い話だっていうのは自分が一番よく理解している。――だから、命を懸けるわ」

 

 瞳を閉じて自らの胸に手を当てる彼女の姿に、信綱は何も言わず瞑目する。

 彼女にとって譲れない一線なのだろう。誰であれ真摯な願いを笑うほどの畜生になるつもりはなかった。

 

「……そうか」

「ええ、そうなの。わらにもすがる思いでおじさまのところに来たのだけれど、無駄ではなかったわね。覚悟を決められたわ」

「……俺は当事者ではない。何を言っても第三者の戯れ言以上にはならないし、一番辛いのはお前だ。だが――良い結果になることを願っている」

「――」

 

 レミリアは目を見開いて信綱を見る。大体辛辣なことを言ってきた信綱が優しいことを言うのに驚いてしまったのだ。

 そんな顔をされたことに、信綱はやや心外そうな顔になる。

 

「……俺は人の真摯な願いは笑わん。それは俺にとっての御阿礼の子と同じくらいに重いのだろう」

「そ、それと一緒にされるとちょっと自信ないけど……でも、そうね。おじさまにそう言ってもらえると嬉しいわ」

「帰るか?」

「そうさせてもらうわ。おじさまと話す時間も惜しいくらい、あの子の顔が見たいの。……今になって気づくなんて遅すぎるかしら」

「お前の努力次第だ。なに、心配するな。お前が失敗してその妹が暴れたとしても、人里に被害が来る前に俺が殺してやる」

 

 後先考えるような性格だとも思っていないがそれでも後のことを考えないで済むよう、信綱も軽口を叩く。

 

「それを聞いたら、頑張らないわけにはいかないわね」

 

 困ったような、嬉しいような。レミリアが信綱に見せる表情としては珍しい部類のそれを浮かべて、彼女は信綱の元を去っていくのであった。




次回は閑話になるかもしれません(フランとレミリアのお話)
霊夢が出ずっぱり? 何の話ですか?

ノッブはフランのことはなんかおっかない能力があって幽閉されている、ぐらいしか知らないので、割りと言っていることは適当です。狂気を持っていると言われてもどんなものか知りませんし。

でも狂人としての観点は持っているので、レミリアの力にはなれます。自分を閉じ込めた相手が会いに来たら怒る? 当たり前じゃね? といった風に。ノッブの場合は本文にある通り。

閑話を書かなかったら次回は椛が出る予定。あとはいい加減あっきゅん出さんとな……!

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