阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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卒 論 再 提 出 
\(^o^)/


それぞれの思惑

 たった一人となった信綱は二刀を持って走る。

 椿の言った通りこちらに妖怪はおらず、特に妨害を受けることなく進むことができていた。

 この調子で進めばすぐに目的地にたどり着けるだろう、そんな風に考えていると――

 

「――誰だ」

 

 ちりん、と微かに届いた鈴の音。それが信綱の足を止めさせ、上空に視線を向ける。

 視線の感じる先は上空。今の信綱でも鈴の音がなければ気づけなかったと確信できるほど、微かなもの。

 だが距離は不思議とそう離れておらず、この視線の主は相当の使い手であることが容易に想像できた。

 

 

 

「あやややや……まさかバレるとは思いませんでしたよ、ええ」

 

 

 

 信綱の眼前に旋風が起こる。巻き上げられる砂塵に目を細め、右の長刀で風を切り払う。

 やはり天狗、と信綱は修験装束に身を包み、頭巾を付けて錫杖を持つ少女の姿を見て理解する。

 

「どうもどうも。私、射命丸文、と申します」

「なんの用だ。邪魔するなら斬る」

 

 彼女が異変の黒幕に付いている、というのは考えなかった。

 それならさっさと不意打ちでも何でもすれば良かったのだし、彼女にはそれができるだけの技量がある。

 戦ったらだいぶ危うい橋を渡る必要が出てくるだろう。正面切って事を構えたいとは思わない相手だ。

 

「いえいえ、邪魔だなんてとんでもない! むしろ協力したいくらいなんですよ!」

「したいくらい、要するに自分以外の誰かの命令か。……風の噂だが、天魔は不自然なほどに静観を決め込んでいるとか」

「あやや、天狗事情にお詳しい」

 

 図星、というより隠す気配もない。

 目の前の少女――文は賞賛しているように手をパチパチ叩くが、どうにも仕草が胡散臭い。

 飄々としているのは見た目だけで、内面では極めて怜悧に信綱の価値を測っているように見えた。

 と、そこで信綱は椿の言っていた言葉を思い出す。

 烏天狗には大天狗以上と言われるほどの力量を持つバケモノがいると。それは確か――

 

「お前――椿の言っていた処女天狗か」

「何その風評被害!? というか何言ってたのあの子!?」

 

 処女だと言っていた。信綱は自信満々に答えると、文は悲鳴のようなツッコミを入れてくる。

 誰だって初対面の相手に処女だと言われたら驚きもするだろう。

 

「む、違ったか」

「いや、その情報で私だってわかったら私以外の天狗がみんな非処女みたいじゃないですか!?」

 

 それもそうだ。大天狗以上の烏天狗の証明が処女だけというのはいささか弱い。

 そんなことを考えていると、またも椿の言葉を克明に思い出していく。

 

「気まぐれだが根は真面目とも言っていた。――つまりお前だ」

「いや、その、ううん……? まあ、はい……」

 

 照れているのかわからないが、最後の方は縮こまっての肯定だった。

 

「大方、事の推移を見守れとでも受けているのだろう。なぜスキマ妖怪の方に行かなかったのかは疑問だが」

 

 この異変を無視するのは悪手。となれば取れる手は大きく分けて介入するか、見届けるかの二択。

 その中で天魔は後者を選んだ。今後の幻想郷に訪れる変化の、その先駆けを見抜くためだろう。

 

「彼女たち以上にあなたに興味を持った、ではいけませんか? あ、冗談です冗談! だから黙って背を向けないで!」

「俺は、今、とても急いでいる。長話がしたければ異変が終わった後にしろ」

 

 言外にこれ以上話すようなら敵とみなすと、あえてゆっくりした口調で語る。

 文もそれを察知したのか、顔に浮かべる笑顔を一瞬だけ消す。

 

「じゃあ――これ、受け取りなさい」

 

 投げられたものを手に取る。取ったと同時に聞こえるちり、という音が鈴の転がす音であり――椿の使っていたかんざしだった。

 

「…………」

「あの子、色々変でしたけど、それでも同僚なんですよ。あなたに相当入れ込んでいたみたいですし、それぐらいはしてあげようかなって」

 

 真意を問う目で見ていると、文は照れくさそうにそっぽを向いて話す。

 

「戦いの全部を見ていたわけじゃないし、あなたを恨むつもりもないです。それに無意味じゃありませんよ?」

「続けろ」

「これを受け取るなら、館までの案内と露払いをしてあげます。あなただって先の見えない道を走るのは嫌でしょう?」

「わかった。行くぞ」

 

 かんざしを受け取るだけで道中の危険が排除されるのなら考えるまでもない。

 彼女は敵だったが、異変が終わったら死んだ知り合いになる。その時には父の埋葬も含めて多少は遺品を探してやろうと思っていたが、その手間も省けて一石二鳥だ。

 

「決断早いですね……。あの時は拾わなかったのに」

「あの時に拾わなかったから、お前という協力が得られる。良い判断だろう?」

「その合理主義、相手によっては不興を買いますよ」

「当然だろう」

 

 そんなことはわかっているが、御阿礼の子の危機なのだ。阿弥の危険を排すること以上に優先すべきものなどない。

 故に他の些事は全て合理で考える。それで生まれる確執も、敵意も全て薙ぎ払えば良い。

 感情を見せるのは異変が終わってからで十分だ。

 

「行くぞ天狗。せいぜい上手く働け」

「はいはいっと。そちらこそ頑張って走ってくださいね?」

 

 業、と風を切る音が信綱の耳に届いた時、すでに文の姿は視界の遙か先に行っていた。

 羽をはためかせた、にしては動きが少々速過ぎる。いつか椛の言っていた風の扱いが異様に上手い、ということを思い出しながら、信綱は足を動かすのであった。

 

 

 

 射命丸文は後ろについてくる気配が確かに存在するのを確認し、密かに頬を引きつらせる。

 よもや烏天狗と本気の一騎打ちをして、勝って生き残る人間がまだ存在しているとは思っていなかった。

 最初は博麗の巫女の尾行が難しかったので、もう一組の方にこれ幸いとくっついていただけなのだ。

 

 蓋を開けて見ればこの結果である。個人的には博麗の巫女を追いかけるより大きな価値のある情報が得られたと思っていた。

 博麗の巫女が妖怪に勝つのは当然である。だが、人里の人間が妖怪、それも烏天狗に打ち勝つのは一大事である。

 ほぼあり得ないことだが、彼以外にも同等の使い手がいるのならそれは妖怪の立ち位置すら脅かしかねない。

 

 重ねるが、巫女は構わない。彼女は幻想郷の調停者であり、この天秤をよほど揺らさない限り動くことはない。

 だが、彼は違う。そういったしがらみがなく、彼は自身の意思によってその力を振るうことが許されている。

 

(特ダネね、これは)

 

 人里など取るに足らず、ただ妖怪への畏れを供給するだけの場所だと思っていたが――彼のような人間がいるのなら認識を改める必要がある。

 この青年に関しても興味などなかったが、椿を討ち倒したとあれば話は別だ。

 

(異変が終わったら、じっくり話してみたいわね)

 

 軽く話してみたが、どうにも極端な合理主義の持ち主らしい。言い換えれば、利益を提示し続けられるなら付き合いは持てるということだ。

 人妖の在り方に対して憎悪を持ち込み、話に持ち込むことすらできないより余程マシだ。

 

 異変に介入することもなく、ただ見届けるだけという退屈な仕事だと思っていたが、存外面白いことになりそうだ。

 文は今後の楽しくなるであろう幻想郷を考え、密かに笑いを零すのであった。

 

(あと処女の件は問いただしておこう)

 

 ついでに妙な決意もするのであった。

 

 

 

 

 

「あ、私はこの辺りで失礼します」

 

 それが館の輪郭が見える程度の距離になった時、文の口から放たれた言葉だった。

 

「館までではないのか」

「いやあ、博麗の巫女とかもいるようじゃさすがにごまかせないですから。色々と面倒な立場なんですよ私」

「……まあ、理解は示してやる」

 

 八雲紫に見つかったら面倒どころの話ではないだろう。それに信綱にも飛び火する可能性がある。

 

「ここで別れるのがお互いのためか」

「です。あ、この異変が終わったらどこかで会いません?」

「断る」

「長話は異変が終わってからって言ったじゃないですかあ。男に二言はありませんよね?」

「黙れ処女」

「その噂についても聞いておきたいですし!!」

 

 信綱は露骨に嫌そうな顔をするが、文はニコニコと微笑むばかり。妖怪というのは図々しいのが多くて困る。

 ここで押し問答をして時間を食うのは賢明ではない。

 かといって殺すのも彼女の強さが読めないため危険が大きい。敵とも味方とも言わない存在は対応が面倒で仕方がない。

 そのため問題の先送りにしかならないが、とりあえず異変が解決するまで待ってもらうのが得策だった。

 

「……わかったよ。終わったらな」

「素晴らしい! 話のわかる人間は好きですよ。じゃ、私はこれで! 清く正しい射命丸文でした!」

 

 そう言って文は上空へ昇り、みるみるうちに見えなくなる。

 その速度たるや、信綱の先導をしていた時のそれが児戯に感じられるほど。正しく次元の違う速度だ。

 

「……敵にはなってほしくないものだ」

 

 戦って負けるとは思わない。今の信綱なら勝ち目も存在する。

 が、無傷で勝てると楽観視はできなかった。戦うなら腕の一本や二本、犠牲にする覚悟が必要になる。

 

 とはいえ今、戦う相手ではない。軽く頭を振って思考を切り替え、信綱は霧の向こうに浮かぶ館へ足を速めて館の手前にいた博麗の巫女らに合流する。

 合流した二人も妨害を受けていたのか、軽く息が上がって服にもほつれが見受けられた。

 傷そのものは見えないので、消耗の度合いでは手傷も負っている信綱の方が大きいだろう。

 

「さすがに空からは早いな」

「いや、ほとんど同着のあんたが恐ろしいわ……。で、連れがいないのは聞かない方が良い?」

「別に隠すことじゃない。父上は異変に与した妖怪の手にかかって死んだ」

 

 サラッと言う信綱に巫女は微かに表情を曇らせる。

 始めから覚悟があると言っていても、異変に関わって人が死ぬのは堪えるのだろう。

 ……実は双方合意の上で信綱が父親を盾にした、などといったらこじれる未来しか見えないので、黙っておくことにした。

 

「…………」

「ご愁傷様、とかそういう言葉はいらんぞ。あの人は自分の意志で戦い、その果てに命を落とした。俺はあの人を尊敬こそすれ、悲しむつもりはない」

 

 文字通り。ぶっちゃけ父親でも阿弥と比べたら月とすっぽんである。

 だが、彼が阿礼狂いとしての使命に殉じたことに対する敬意は忘れていない。

 命を使って奉仕するなど、一生に一度しか使えない奉公なのだ。それを成した父に対して小さな嫉妬すら抱いていた。

 

「彼らは死ぬことも視野に入れて異変に同行してきた。あなたが悔やむとしたら、始めから彼らの同行を認めた自分自身ということになりますわね」

「……っ、うるさい! 人が死んで良い気分なわけないでしょ!」

 

 紫が揶揄するように指摘すると、巫女は苛立ちも露わに人道を叫ぶ。

 彼女は紛れもなく優しい人間であり、それはこの場にいる誰よりも尊ばれる美点である。

 しかし、今この場において求められているのは、残念なことに優しさではなかった。

 

「過ぎたことを言っても仕方がない。博麗の巫女。あなたの言葉は尊いものだが、今は異変の解決に集中を」

「……大丈夫よ。あんたに心配されるようなことじゃないわ」

 

 とはいえさすがは博麗の巫女と言うべきか、信綱が話を戻そうとすると深呼吸一つで意識を切り替えてみせる。

 そうして場にいる三人は目と鼻の先にまで来た館を見据えた。

 

「紅い館なんて悪趣味だと思いません? 他の色を引き立てるならともかく、本当に赤一色よ?」

「俺は地上。お前は空。同時に仕掛ければ館の中の妨害も分散されるだろう。それで後は異変の黒幕をとっちめる方向で良いか?」

「良いわ。あとは霧も止めさせないと。黒幕がやっているのか、共犯者が居るのか、それはわからないけど……ま、早い者勝ちってことで」

「異論はない。行くぞ」

「……しくしくしくしく」

 

 完全に無視を決め込まれた紫がさめざめと嘘泣きをしていたが、二人とも取り合わない。

 この二人、からかっても面白くない。無視するフリなら可愛らしいものだが、この二人は本当に聞いていない。

 

「ああ、私が見たところ門番がおりますわ。私たちとあなた、同時に行けば片方は突破できるかと」

「門番とやらがどっちに対処してくるかは運試しか。良いだろう」

 

 信綱は話を切り上げて二刀を構え直し、館に向けて疾走を開始する。

 その上を博麗の巫女らは飛び、二人は密かに言葉を交わし合う。

 

「……あいつ、どう思う?」

「正直なところを言えば、見くびっていましたわ。あの一族は昔から強い人間を輩出する傾向がありましたけど」

「なによ、知ってるの?」

「ええ、昔から。今の彼についてはあなたと同じ程度ですけど」

 

 火継の原点に関わっていると言っても良い。が、そこは今の話に関係ないため紫はサラッと流す。

 この場で重要なのは彼の強さだ。その理由や原因を探ったところで大した意味はない。

 

「さて……あなたはどう見ます?」

 

 巫女に話を振る。まずはお手並み拝見だ。

 

「……妖怪退治の素人。霊力の扱い方も知らないみたいだし、あれじゃ妖怪を倒すのも手間がかかって仕方がない」

 

 本来なら妖怪の相手というのは霊力を込めた札や拳で叩くことにより、相手の魂とも言うべき部分に傷をつけて倒すのが基本なのだ。

 その過程を無視して再生力の限界まで斬って倒す、というのは非効率極まりない。

 巫女なら一発殴れば終わる相手に、信綱は四肢を落として首を落とすことまでする必要がある。どれだけ効率に差があるかはよくわかるだろう。

 しかしそれで妖怪を殺して生き残っている以上、非効率ながらもそれで戦えるだけの実力は備えていると言うこともできる。

 

「でも強いと思う。……あんたはどう見てるの?」

「それをこれから見極めましょうか。少し速度を落として」

 

 紫はほんの少しだけ速度を落とし、地上を走る信綱から僅かに距離を取る。

 追従するように巫女も速度を落とすが、顔はしかめっ面になっていた。

 

「なに、門番にぶつけようって魂胆? 趣味悪……」

「必要なことですわ。彼の剣が私たちに向かないとも限らないのですから」

 

 目的が一致しているから同行を許しているだけであって、理由は全く別物だ。

 幻想郷のために戦う巫女たちと、御阿礼の子のために戦う信綱。特に後者は御阿礼の子が望むなら全てを敵に回すことも厭わない男だ。

 ならばその器は見極めなければならない。ここで終わる程度ならそれで良し。そうでなければ――改めて付き合いを考える必要がある。

 

 紫の言葉に巫女は不満気な様子であったが、信綱の力を見定めたいということには同意なのか、不満を口に出すことはなかった。

 

 

 

「そこで止まってください」

「……上を通ろうとしている奴がいるぞ」

「え、ああっ!?」

 

 間の抜けた声を上げて二人を見送ってしまう門番。その隙に通してもらおうとするが、さすがに阻まれる。

 

「あ、あなたまで通したら怒られます!」

「わかった、邪魔するなら殺す」

 

 視界の先にいる赤髪を翻す少女を睨み、二刀を構えて攻撃の姿勢を取る。

 

 腰を落とし、足を大きく広げて平手をこちらに向ける独特な構え。信綱の知識にはないものだ。

 とはいえ、その動作が熟練されていることはわかる。できれば素肌を晒してくれる方が筋肉の動きも読みやすいのだが、手足は服で覆われていた。

 熟達した体術の使い手。こんな場所に人間がいるとも思えないため、妖怪だとすれば肉体の頑健さも人の比ではないだろう。

 総じて、妖怪として有り余る時間を武術に費やした妖怪と信綱は判断する。

 

 ――やりやすい相手だ。

 

「下がりませんか。残念ですが、主から誰も通すなって言われているんですよ」

「――」

「あ、これはダメだ。話が通じない。しかもなんか勝てる気がしない! 人間の才能って本当恐ろしいですよ、ねっ!」

 

 踏み込みからの突き。言葉にすればそれだけだが、込められた技巧は達人のそれ。

 震脚と呼ばれる踏み込みは地面にヒビを入れ、突き出される拳は足、腿、腰、肩、肘、手首、拳へと一つの流れを形成して練り上げられた功夫によって淡く輝きを宿して――

 

 

 

 ――信綱の構えた刃の前に、手首までその刃をめり込ませた。

 

 

 

「んな……っ!?」

 

 拳に走る痛み以上に驚きが大きい。少女――紅美鈴の気を操る程度の能力によって気を纏わせた拳は、それこそ鋼に匹敵するものになる。

 剣と打ち合えば剣が折れるほど。そも、人体の柔軟性に鋼の強度が加われば鉄の刃程度恐るるに足らず。

 そんな理屈を、信綱は当たり前の顔で踏破する。

 

 鋼に匹敵する強度? 人体の柔軟性? 自身の手足であることの操作性? どれもくだらない。

 刃筋を立て、ものの斬れる箇所にあらかじめ刃を置いておく。そうすれば向かってくる物体は勝手に切れてくれるのだ。

 

 理論として言う分には簡単だが、行うには物体の斬れる点を見極め、それに対して完璧な角度で刃を合わせる必要がある。

 絶技であるが故に寸暇の狂いすら許されないそれを、信綱は苦もなく成功させる。

 それもそのはず。なにせ同じ技を幼少の頃に行っているのだ。今になってできないなんて道理はない。

 

「――ふん」

 

 幼少の頃、誰に対してこの技を行ったか。過去の追憶をするのは異変が終わってからだ。

 信綱は軽く息を吐いて、一息に双刃を振るう。

 腕、足、胴、心の臓。五体を扱う武闘家にとっての武器を一瞬で奪うと、重力に従い地に落ちる胴体を踏みつけて刀を突きつける。

 

 一瞬の出来事だった。置くように構えられた刀に手首がめり込み、驚愕したと思ったらすでに地面に寝転がって踏まれている。

 美鈴は半ば呆然としながら、自分を見下ろす男を見る。

 

「え、あ、うそ……!?」

「――」

 

 その目にはいかなる感情も宿っておらず、あらゆる言葉を無に流すと確信できるもの。啖呵を切っても、命乞いをしても、敵のあらゆる行動に意味を見ない。そんな瞳。

 はるか昔の英雄にもここまでの目をした者がいたかどうか。力量はともかくとして、ここまで他の全てを塵芥だと目で語って憚らないものは初めてだ。

 

 あ、これなに言っても駄目だ。結構長く生きてたけど終わる時ってあっさりだなー、などと美鈴が半分ぐらいヤケになった走馬灯を見ていると、制止の声が上から届く。

 

 

 

「そのくらいにしてくださる、おじさま?」

 

 

 

 少女らしい甲高さと、信綱が会合で顔を合わせる家長らを連想させる、落ち着いた雰囲気の同居した声。それが信綱の頭上に響く。

 ちら、と視線を上に上げると一匹のコウモリが翼をはためかせていた。

 ……コウモリ一匹程度にこの場を変えられるとも思えない。とりあえず敵は殺してこいつも殺す。

 その後でゆっくり館を探れば良い。そう考えて信綱は美鈴の首を落とそうとして――

 

「彼女を殺したら、私の全勢力を以ってあなたを殺すわ。逆に、彼女を生かしたら私の元まで道案内も付けてあげる」

「――」

 

 コウモリから聞こえる言葉に剣を止めざるを得なかった。

 敵の言葉だ。信じるに値しない。それはわかっている。

 わかっているが、彼女の言葉を境に周囲からの視線が増したのも事実。

 足で踏んでいる少女の首を落とせば、これらは一斉に信綱へ群がってくるのだろう。

 有象無象なら問題はない。だが、優先すべきは黒幕を討つことであり、ここで足元の少女を殺すことではない。

 

 敵を殺すことは後顧の憂いを断つことだ。後顧の憂いを断って余計な憂いを増やし、無為な時間を費やすなど本末転倒である。

 

「――人質」

「あら?」

「こいつが大事なんだろう。案内役をこいつにしろ。妙な真似をすれば殺す。騙す素振りを見せても殺す」

「剣呑ねえ。もう少し優雅に、っとこれ以上は危ないかしら」

 

 無言で少女の首を落とそうとする信綱をコウモリが止める。

 

「一つ確認させろ」

「何か?」

「お前が異変の黒幕で相違ないか」

「ええ。このツェペシュの幼き末裔――レミリア・スカーレットがこの霧を生み出した張本人よ」

「――」

 

 空気が変わる。霧に覆われて陰鬱なそれが払拭され、代わりに空気に粘度すら与えるような濃密な殺意が場を満たしていく。

 それを発しているのは信綱その人だった。何ものにも揺らがないと感じられた瞳に浮かぶのは、炎のように揺らめく怒りと殺意。

 信綱は決して無感情でいたわけではない。溜め込んでいただけなのだ。

 黒幕への殺意を胸中で煮詰め続け、阿弥を害する者を殺すという願いの純度をひたすらに高め続けていた。

 

 その相手が、もう目前にいる。例えこのコウモリが本体ではないとしても、殺意が漏れ出してしまうのは致し方ないことだった。

 

「――さっさと案内しろ」

 

 その熱情を、信綱は無理やり胸に押し込める。

 今この場でそれに身を任せるのは簡単だ。獣の咆哮を上げ、激情のままに刃を振るうのはさぞ快感だろう。想像しただけで絶頂してしまいそうだ。

 ――そんな自分の快楽を追求し始めた時点で、信綱は阿礼狂いを名乗る資格を失う。

 いついかなる時も優先すべきは御阿礼の子。苦しみの根源であるこの霧を一秒でも早く消せるのなら、この怒気だろうと捨ててみせよう。

 

「ふふ……心地良い殺意ねおじさま。今まで私が殺してきたヴァンパイアハンターなんかより余程素敵」

「――」

 

 信綱はコウモリから聞こえる少女――レミリアの声を無視して、一瞬だけ視線を上に向ける。

 想像していた流れでは並み居る敵を全部打倒して進む予定だったのだが、こうして案内が付いた。それが良いことか悪いことか、まだ結論は出せない。

 しかし、自分とは別に進んでいる博麗の巫女らもいる。彼女らが異変を解決してくれるのなら、自分はここで適当に時間を稼いでおけば良いという見方もできた。

 

「ああ、それと招かれざる客は丁重にもてなしをさせてもらうわ。門から入ってこない輩に払う礼儀はないもの」

「――」

 

 どうやら時間稼ぎはできそうにない。視線の先の上空がにわかに騒がしくなる。

 空を飛べない信綱に援護は無理。それに彼女らもわざわざ地上に降りて戦うくらいなら、この館を突っ切って黒幕に当たる可能性に賭ける方が妥当だ。

 

 信綱の思考は当たっており、騒がしくなった上空では硝子を割る音が連続して響き渡る。

 それが迎撃の妖怪か、博麗の巫女たちが屋敷に入った音か、追求はしなかった。どちらにせよこの程度の妨害で撤退するようでは、異変の解決など到底不可能だ。

 

 ようやく肉体の再生が終わった少女の肉体から足をどけ、信綱は二刀を警戒して携えたまま立つよう促す。

 

「話は聞いていたな。門を開け」

「ちょっと貧乏くじ過ぎませんかねこれ……!?」

「余計なこと言わないの美鈴。ほら、主人に助けてもらった命なんだからキリキリ歩きなさい」

「――」

 

 上空の声が鬱陶しかったので、一刀でコウモリを斬り落とす。口うるさい小娘、しかも片方が黒幕の少女と言葉を交わして冷静でいられる自信はない。

 

「早くしろ。お前の生きる価値は今、俺を主とやらの元に連れて行くことだけだ」

「うう、それが済んだら用済みで殺したりしないですよね?」

「――」

「あ、はい、黙ります。黙って門開けます」

 

 なんだ、死にたいのか。そんな気持ちを込めた目で見ていたら色々察したのか、顔面を蒼白にした少女が門を開けていく。

 

「ええっと、こちらになります。お嬢様の部屋までは少々遠いですが……」

「走れ」

「ハイ、そうします。ううぅ、この人怖い……」

 

 一撃で戦闘不能まで追い込んだことが影響しているのか、それとも生来のんきな性格なのか。

 今ひとつ真剣味の感じられない少女の嘆きを右から左に流し、信綱は全てが真紅に染まった屋敷の中へ足を踏み入れるのであった。




 これといって実績もなかった人間が烏天狗を殺し、五体満足でいる。目をつけられない理由がありませんよね?
 というわけで諸々の勢力から目をつけられつつあります。信綱もそれに気づいていますが、そんなことより御阿礼の子が重要だ(真顔)

 各勢力は大体信綱の器を見極めようと言う感じですが、信綱視点での印象はこんな感じ。
ゆかりん:うさんくさい
巫女:里を守るなら無問題
あややや:処女
れみりゃ:絶許


 さて、前書きにも書きました事情によって結構キツイ状況です。遅れるかもしれませんが、その時は気長にお待ち下さると幸いです。

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