阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

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クリスマス? 卒論が恋人です(半ギレ)


椛の憂鬱

「そういえば、慧音先生」

 

 ある日のこと、信綱は会合の帰り道を慧音と一緒に歩いていた。

 霧雨家の婚儀も決まり、実にめでたい日であるということで、会合の名を借りた宴会みたいなものだったが。

 

「なんだ、信綱。お前も友人に当てられて結婚を考え始めたか?」

「いや、そちらではなく。慧音先生は阿七様の生まれた時を知っておられるのですよね」

「全く関係のない話を持ち出してきたな……。勘助と伽耶を祝おうとかはないのか」

「もうしました。山芋を一本丸々掘って贈りました」

 

 理由を察したのは伽耶だけで、引きつったような嬉しいような曖昧な顔だったのが印象深い。きっと有意義に使われたのだろう。

 ……だからしばらく顔を合わせづらいのだ。なぜあの時の自分は椿の口車に乗せられてしまったのか。昔の自分を殴り飛ばしたい。

 

 折を見て三人で飲もう。それで水に流してくださいお願いします。

 

「……お前がそんな直接的な贈り物をする性格だとは知らなかったな」

 

 ああ、慧音にまで開いた口が閉じないような顔をされた。それもこれも椿のせいだと決めつけ、信綱は憮然とした顔になる。

 

「気の迷いだったんです。次からは高価な酒でも贈りますよ」

 

 信綱はまだ知らない。これ以降、時々伽耶に山芋を持ってきてもらえないかと頼まれることなど。

 

「で、話を戻しますけど。代々の御阿礼の子は転生します。では――その母体はどうなるのでしょうか? 私は阿七様の血縁に会われたことがありません」

「…………」

 

 信綱の疑問に対し、慧音は暗い表情になる。痛ましい何かを思うように顔を俯けて、しばしの静寂が二人を包む。

 

「……お前なら無関係ではいられないか。わかった、教えよう。……確かに御阿礼の子は転生する。だが、それは木の股から生まれるわけじゃなく、きちんと母親の(はら)から生まれるのだ。そして御阿礼の子は生まれた頃より稗田の家で過ごすことが定められている。

 ――つまり、御阿礼の子を宿してしまった夫婦は腹を痛めて産んだ子と無関係になるのだ」

「それは……」

 

 実感がわかないが、ひどく残酷なことだと言うのは容易に想像ができた。

 

「そうして家族と引き離された御阿礼の子は、お前たち火継の人間を側に置いて幻想郷縁起を編纂し、転生の準備をして死んでいく。皆、転生をしているから大人びたところもあるが――親の愛情を求めたこともあっただろう」

「…………」

 

 信綱はかける言葉が見つからなかった。

 そんな仕組みで御阿礼の子が転生していたことなど気づかなかった――いや、少し考えを巡らせればわかることであったが、あえて考えないようにしていたのだ。

 

 この事実に信綱はどう対応すれば良い。過程はどうあれ、御阿礼の子が生まれてきたことを喜ぶべきか?

 

 

 

 ――違う。

 

 

 

「それは、誰も幸せにならない仕組みだ」

「信綱……」

「御阿礼の子が嘆くなら、そんな仕組みは廃さなければならない。違いますか」

「……そうだな。幻想郷縁起の編纂。人里を見守り続ける人間が必要――全部向こうの都合だ」

 

 そう言い切った慧音の瞳には確かな怒りが浮かんでおり、人里が歩み続けてきた歴史を象徴しているようだった。

 災害に怯え、妖怪に怯え、さりとて逃げることも叶わない。人里としての機能が止まらない程度には生きることができるが、それは個人の生存権を保証しない。

 

 

 

 ――この世界は強き者に美しく、弱き者に残酷だ。

 

 

 

 それが間違っているとは思わない。いつの時代でも弱肉強食は一定以上の説得力を持つ便利な摂理だ。

 だが、弱者の側にも言い分はある。不満もある。考える頭も持っている。

 

「……貴重なお話ありがとうございました。私はこちらの道ですので」

「っと、少し話に熱が入ってしまったな。……信綱、私が言うのもあれだが、不満や怒りなどどこにいても生まれるものだ。要はそれをどこで処理するかという話だ。

 あー……上手く伝わるかはわからんが、あまり先走ったり、妖怪全てに憎しみを募らせるようなことはするなよ。それは不毛でしかないし、間違っていることだ」

「わかっていますよ。それでは」

 

 慧音と別れた信綱は軽くため息をつく。寺子屋の教師として見るには、今日の彼女はいささか感情的だった。

 あるいは対等の人間として見てもらえているのかもしれない。それなら少しは嬉しい話である。

 

 一人になった信綱は様々な思考が渦巻いていたが、すぐにそれらを捨て去ってしまう。

 

「まあ――御阿礼の子以外はどうでも良いか」

 

 御阿礼の子が望むなら幻想郷を壊そう。短命を厭うなら延命手段を探そう。縁起の編纂がしたくないのなら妖怪を滅ぼそう。

 別に難しいことではなく、自分たちに真っ当な感情など必要ない。阿礼狂いは、ただ御阿礼の子に狂っていればそれで良いのだ。

 

 転生の仕組みについても、御阿礼の子が嘆いているのならどうにかする。幻想郷そのものに喧嘩を売ることになるかもしれないが、何も問題はない。

 全ては御阿礼の子のために。利益にならないものを排除しようとするのは当然の考えである。

 

「……うむ」

 

 よし、方針が決まった。というより、再確認のようなものだが。

 不利益にならないなら放置。なるなら対処。実に簡単だ。

 信綱は一人満足そうに頷くと、家路を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 親しい友人らの婚儀も無事執り行われ、めでたく夫婦となった。実に良いことである。

 勘助は正式に霧雨家に婿入りし、商人の勉強を始めている。以前の祭りの手伝いが効いているのか、飲み込みは早いらしい。

 そして伽耶はそんな勘助を公私に渡って支え、助けていた。

 お互いを尊敬し合う、実に良い夫婦だとは二人の働く姿を直に見ている慧音の言葉。

 

 一方、信綱はと言えば、相変わらず山で魚を釣り、獣を狩り、ついでに人の領域に踏み込みすぎた妖怪を追っ払い、といった普段通りの生活をしていた。

 後継問題に関してはもうしばらく逃げることにしていた。自分は今が盛りだ。その時期に余計なことを考えたくない、という言い訳で今は見逃してもらっている。三十ぐらいになったら本格的に考えよう。

 

 で――

 

「お前、暇なんだな。暇なんだろう」

「ええ、ぶっちゃけ暇です」

「帰れ。俺は忙しい」

「釣りしてるだけなんだし、良いじゃありませんか」

 

 山に踏み入ると、毎度の如く妖怪に引っかかるのは宿命か何かなのだろうか。

 冬山での釣りの最中、信綱は後ろに感じる椛の気配にため息を隠さない。

 無警戒に隣に座ってくる椛に信綱は低い声で脅しをかける。

 

「……俺の気が向いたらお前の首は簡単に落ちるぞ」

「今の君には逆立ちしても勝てる気がしません。なので懐だろうと遠間だろうと大差ないです」

「開き直っただけだろうが」

「そうですけど何か?」

 

 これ見よがしにため息を吐く。椛は笑うばかりで特に効果はなかった。なんてふてぶてしいやつだ。

 追い払おうとしたものの、離れる気配がない椛に信綱はうんざりしながらも拒絶はしない。

 拒絶せず、邪魔しなければ自分の裁量次第で便宜も図る。口では色々と言ってくるが、なんだかんだ子供の頃から面倒を見てきたこの青年が優しさを持っていることを、椛も椿も知っていた。

 

 ……だからこそ椿は致命的な間違いを犯したのだが、それが白日に晒されるのはもう少し未来の話である。

 

「こんな冬でも元気ですよね。今年は特に雪も酷いというのに」

「だからこそ魚も獣も栄養を溜め込んで大人しい。格好の狙い目だ」

「この時期は冬眠の場所を探す熊とかも出る……君には無用の心配ですね」

「不要だな」

 

 出たら出たで狩れば良い。妖怪に化生した熊相手だったら多少の苦戦はするかもしれないが、そうでもなければ一撃で終わらせられる。

 

「元は阿七様のお身体に効く薬草や、栄養を付けてもらうべく始めたことだがな。これが飯の種になるとは思ってなかった」

「ここまで妖怪の山にほど近い領域まで入るのは君ぐらいですからね。結構重宝されているのでは?」

「これがそうでもない」

「んん?」

「妖怪が力を喪って困る連中もいるということだ」

 

 端的に言ってしまえば妖怪退治屋や、自分たちのような武力を人里に提供することによって、居場所を借りている者たちだ。

 昨今、妖怪による被害もめっきり減り始めた。妖怪の姿を見たことがない勘助やそういった世代が大人になりつつある。

 妖怪退治屋は仕事が減ってしまい、廃業にしたところもあると聞いている。

 そういった人々は危険性の高い無縁塚や、魔法の森などに赴いて人里では入手できないものを入手して、それを店に卸すことをしているらしい。要するに火継の人間が御阿礼の子のいない時代にしていることと同じである。

 

 ……そんな時代において、突出した武力がある人間の集団など腫れ物以外の何ものでもない。

 しかもそれは阿礼狂いと呼ばれるほど、特定個人に入れ込んでいる。

 

 昔は良かった。妖怪という明確な脅威が存在し、歴代の御阿礼の子も人里を守るために火継という剣を振るった。

 今はどうだろうか。阿弥が来る頃もこの平和が続くようなら――自分たちは御阿礼の子に悪影響の出ない内に消えるべきかもしれない。

 

「難儀なものですね。社会の縮図というのはどこも似たようなものなのかしら」

 

 うんざりした様子でため息をつく椛。その横顔には疲労、あるいは諦観とも呼ぶべきものがにじみ出ていた。

 信綱の前では崩していなかった敬語も崩れている。相当なものだろう。

 

「天狗もそうなのか?」

「いつだったか、天狗の里の進退を会議していると言ったでしょう。あれ、覚えてるかしら?」

 

 頷いて釣り竿を引く。丸々と肥えた魚が一尾、食いついていた。

 魚籠に収めず石の上に放る。ビチビチと暴れているが、すぐにおとなしくなるだろう。

 

「覚えている。まだ続いていたのか?」

「妖怪の時間を人間の尺度で考えない方が良いわよ」

「年単位で会議が続くとは……」

 

 付き合わされる方もたまったものではない。信綱だったら途中で逃げている。椛も逃げることを選んだのか。

 

「今回は内容が内容だから、会議が紛糾するのもわかるんだけど……正直、示された道に着いて行くだけの下っ端には辛いわね」

「そうか。ところで口調が崩れてるぞ。それが地なんだな」

「あ……」

 

 椛の頬が寒さ以外のもので朱に染まる。何を恥ずかしがっているのかよくわからないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだろうと結論付けて、信綱は黙っておくことにする。藪蛇は突かないのが鉄則だ。

 

「……はぁ、なんかどうでも良いわ。君は人間だけど、私の友達みたいなものだし」

「さよか。俺はもっと前から友人だと思っていたが、会議はどうなったんだ?」

「まだまだ長引くわね。ただ、もういい加減私たちも進退窮まって来てるから、何か切っ掛け次第で一気に動くかも。……んん?」

「前兆は見逃さずにいろということか。気の抜けない話だ」

「あの、今なにか言わなかった? サラッと流しちゃったけど」

 

 無視して魚をもう一尾釣る。人間一人が魚を釣る程度なら、この場所はよく釣れる穴場である。

 すでに魚籠にもそこそこ魚がいる。これ以上釣っても持って帰るのが面倒になってしまう。

 

「さて……おい、適当な枝を二本拾って来い」

「いいのかしら?」

「早く行け。俺は火を用意する」

「……君、結構優しい人よね」

「黙――」

 

 信綱が否定する前に椛は茂みに消えていってしまった。

 一人残された信綱は後頭部をかきながら、少々隙を見せすぎてしまったかと自己嫌悪する。

 しかし出会い方以外、椛を嫌う理由が特にないのだ。対応も常識的だし、椿を止めてくれるし、色々と天狗の里の情報もくれるし、椿を止めてくれるし。

 

「はい、取ってきたわよ」

「わかった」

 

 雪に濡れていない落ち葉を集めて火打ち石で火をつける。そこに手早く枝を刺した魚を二尾並べて座り込む。

 

「阿七様が生きておられた頃は考えもしなかったな。このように一足先に食べることなど」

「良いんじゃない? 危険な仕事に対する正当な報酬よ」

 

 目を輝かせ、尻尾を振りながら椛が対面に座る。

 

「……危険で思い出した。椿はどうした」

「わかんない」

「…………」

 

 目を鋭くして睨む。千里眼を持つ椛であれば、容易く椿の動向ぐらい把握できるだろう。

 そう思っていたのだが、椛は首を横に振る。

 

「千里を見渡せても、その情報を全部網羅できるわけじゃないのよ。頭が破裂しちゃうわそんなこと」

「……動き回っているということか? 見つけたければあいつの家を見続けていれば良い」

「そこまでする義理もないからさすがに知らないわよ?」

 

 それもそうである。椛にしてみれば特定個人にそこまで入れ込む理由はないだろう。

 信綱も椿の最後の言葉が気になっていたが、考えてどうにかなるものでもない。

 

「……どこまでも迷惑なやつだ。俺だけで済ませるなら良いが」

「さあ? あの人も結構付き合い長いけど、本心が見えた時なんて数えるくらいよ」

「なんとなくわかる気がするな」

 

 飄々として気安いが、どこかで明確な一線が引かれている。彼女に目をつけられている自分ですら、彼女の全てを知っているとは言いがたい。

 

「あの人は溜め込む方ね。溜めて溜めて溜めて――爆発する。ご愁傷様とだけ言っておくわ」

「やめろ縁起でもない」

「ふふふっ。あ、そろそろ焼けてるんじゃない?」

 

 焼けた魚を手にとってかぶりつく椛を見て、信綱も魚に食らいつく。

 冬に備えて蓄えていたであろう脂が滴り、引き締まった身と混ざって濃い旨味をもたらす。

 釣りたての魚は特に味付けを必要としないくらい、味が濃い。内臓の苦味もエグみ一歩手前の実に良いほろ苦さだ。

 

「んぐ、美味い! いやあ、子供の頃からの知り合いに食事をもらえるなんて、なんだか親になった気分ね。……いや、私まだまだ若いけど!」

「誰が誰の親だ。妖怪に若いも年寄りもないだろう」

「一応、歳食った妖怪の方が強い傾向ってのはあるらしいけどね。まあでも妖怪は割と生まれが全てだと思うわよ」

「ふむ……」

「強い妖怪は最初っから強い。弱い妖怪は弱いまま。多少の上下や例外はあっても、大体この理屈からは逃れられない」

 

 例外と言われて思い浮かべるのは橙だ。彼女やそれに類する妖怪は、長く生きて研鑽を積めば強くなれる側の妖怪なのだろう。

 

「人間だって同じじゃない? 生まれが大きな要素を占める。あなたがあの家に生まれたように」

「俺の家は特殊だと思うが……。まあ、そうだな」

 

 誰しも生まれは選べない。御阿礼の子然り、阿礼狂い然り。

 家の宿命を否定するも良し、受け入れるも良し、自分みたいに喜んで殉じるも良し。要はそこからどう生きるのかが大事なのだ。

 

「……問題は、ここで意思を通すには力が必須ということか」

「そう。だからしがない下っ端の私はありがたい千里眼を活用しつつ、こうしてサボっているのよ」

「サボりとこれは結びつかないだろう……」

「まあまあ。見回りはしているからいいのよ。それにしても君のことが羨ましいわ」

「俺が?」

 

 どこに羨ましがる要素があるのか。人間より長命で、空を飛べて、多少の怪我なんてすぐ治る頑丈さがあって、さらに頭の出来も良いと来た。

 信綱の方が、妖怪の頑健さを何度羨んだか。

 

「君みたいに強くなれない。私がいくら頑張っても、せいぜい白狼天狗に毛が生えた程度。身体能力も、妖力も、生まれついた時からそう変わらない」

「…………」

 

 白狼天狗に毛が生えた程度ってどのくらいだ、と思ったが口には出さない。口調から察するに十の力が十二になる程度なのだろう。

 

「……烏天狗には大天狗を上回る力量の者がいると聞くが」

「風の使い方が異常に巧いの。何かしらの能力を持っていると考えなきゃ説明がつかないくらい」

「ふむ……」

「私があれぐらい強かったら、もう少し自由に振る舞えたかしら……」

 

 眩しいものを見上げるように空を眺める椛。そんな彼女を横目で見ながら、信綱は魚をかじる。冷めてすっかり味が落ちている。

 

 能力というのは椛の言う千里眼のようなものを指すのか。

 まあそこはどうでも良かった。天狗の里と関わることになるとは思ってないし、そんなバケモノと関わる可能性など皆無と言っても良いだろう。

 

 そんなことよりも、信綱は今気に食わないものがあった。

 

「……腹が立つな」

「やっぱ君はそう言うわよね。御阿礼の子以外どうでも良い君ならこんな話に興味なんて……え?」

 

 椛の話を聞いている内に冷めてしまった魚を骨ごと胃に収め、立ち上がる。

 

「お前のその負け犬根性に腹が立つ。――立て。鍛錬するぞ」

「は、え、ちょ……私の話聞いてた!?」

「当然だろう。その上でこう言ってやる――バカか。俺が今の強さに満足しているとでも思ったのか。誰だって上には上がいることくらい理解しているわバカ」

「そんなバカバカって……」

 

 頭頂部の犬耳が垂れるが、信綱は手を緩めない。

 

「上には上がいるから鍛錬をするんだ。負けたくないと思うから鍛錬をするんだ。お前のその生まれで強さが決まるという理屈は嫌いだ。

 ――だからやるぞ。昔とは逆に、俺がお前を鍛えて強くしてやる。烏天狗以上に強い白狼天狗がいない? だったらお前を最初のそれにしてやる」

 

 自分には力がないから仕方がない。信綱が最も嫌う理屈だ。

 誰しも強いわけじゃない。それはわかっている。だが、できることをやらないでそれを言うのは気に食わない。

 それにもし生まれで全てが決まるのなら、人間はとうに妖怪に屈しているのだ。

 

「い、いや私は――」

「さあ立て。避けないと殺すぞ」

「ちょっと厳しすぎない!?」

 

 厳しいというが、信綱が椿とやっていた鍛錬はこんな感じだ。これで強くなったのだから間違いはない。

 抜刀して振るった刃を椛は慌ててしゃがみ、避ける。そしてしゃがんだ反動を利用して立ち上がり、飛び上がろうとして――

 

「なんだ、動けるじゃないか。さあ行くぞ次だ次!」

 

 耳を削ぐように、要するに飛び上がるのを防ぐための斬撃で先回りされ、地上に戻らざるを得なくなる。

 

「ちょ、まっ、君、鬼ィー! 妖怪! 首切りお化け! 私に選択肢はないの!?」

「うん? 強くなりたくないのか?」

 

 信綱は不思議そうな顔で手を止め、首を傾げた。

 そんな本心から疑問を感じているような行動を取られては、椛も嘘はつけない。

 とっさに構えた大太刀を片手にもじもじと指をいじりながら白状する。

 

「い、いや、そりゃあ、強くなれるならなりたいなーって思うことは……」

「じゃあやるぞ」

「もう少し! もう少し穏便な方法で強くなれない!?」

 

 だが今の鍛錬は不味い。強くなる前に死ぬ未来しか見えない。

 

「楽に強くなる方法などない。普通の鍛錬ではお前の言う通り、毛の生えた程度の強さにしかならん。じゃあ常軌を逸した鍛錬で強くなれば、お前の言う壁を越えられる。――簡単な理屈だろ?」

「なんでそんなデタラメな理屈を自信満々に言うの!?」

「俺はこれで強くなった。大丈夫大丈夫、なんとかなる」

 

 椛の顔から血の気が引く。この青年、妖怪に鍛えられたからか、強くなる過程の安全性を全く考慮していない。

 途中で死んだら運がなかったね、で済ませるつもりだこれは。

 

「安心しろ。首が落ちても治るんならなんとかなる。さすがに四肢を落とした後に追い打ちをかけるつもりはない。

 俺は人間だから手足が落ちても死ぬというのになんという理不尽。言ってて腹が立ってきた。よし再開するぞ」

 

 駄目だこれ。半分は日頃の鬱憤を晴らす意味も兼ねている。

 だが――不思議と諦める気にはならなかった。

 

 確かに、何を弱気になっていたのか自分は。上を見て諦める前に、やるべきことがあるのではないか。

 目の前の青年とて子供の頃は自分と同程度であり、そこから強くなるためにどれほどの血反吐を吐いたのか、間近で見ていたではないか。

 確かに生まれで全てが決まるというのは、この男に対する否定に他ならない。いい顔をしないのも当然だ。

 

「……そうですね」

「お、いつもの雰囲気が戻ってきたな」

「ええ、まあ。たまにはあなたのように、バカみたいに何かを目指すのも悪くありません。それで強くなれるならなおのこと」

 

 椛の啖呵を聞いて、信綱の口元に淡い笑みが浮かぶ。

 妖怪と接する時はほとんどが眉を寄せたしかめっ面に近い仏頂面のため、非常に珍しい顔と言えた。

 

「じゃあ行くぞ! 目標は椿をあしらえるぐらいだ!」

「それ、君が楽したいだけですよね!!」

 

 こうして、突発的に始まった人間が妖怪を鍛えようとする奇妙な鍛錬が終わるのは、日も沈み始める夕暮れ時だった。

 

 

 

 

 

 この時はどちらも想像すらしなかっただろう。

 

 

 

 ほんの少し先の未来において、互いに背中を預けて戦いに身を投じる羽目になることなど――




地味に椛が主人公の相棒ポジを取りつつある現状。プロットの外です(白状)

スペルカードルールが出来上がる以前の力関係やら考えると、人里って相当弱いだろうという妄想。

そしてツンデレムーブが捗る信綱青年。人里の人間の常として妖怪に対して厳しい態度を取るべきだというのと、狂人の仮面として周りの恨みや妬みは買うべきではないという二つの態度が合わさるとこうなります。

本心? 御阿礼の子の敵になるなら即殺。


さて、そろそろ阿弥の時代が始まります。前話でも見た? つ、次こそはぼちぼち阿弥の生まれが示唆され始めますから(震え声)

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