阿礼狂いに生まれた少年のお話   作:右に倣え

10 / 117
ヤバイヤバイ詐欺? せやな(開き直った)


信綱と博麗の巫女

「やっほ」

 

 ある日のこと。信綱が鍛錬のために山に入ると、すぐに椿が目の前に降り立ってきた。

 普段は椛が見つけてから来るというのに、今回はやたらと早い。

 どこかで目星を付けられていたのかと考えながら、信綱は口を開く。

 

「……何の用だ。来てくれなんて頼んだ覚えはない」

「いや、私としてもそろそろ動くべきかなーって思ってね。今代の稗田も死んだんでしょう?」

「…………」

 

 無言で刀の柄に手を添える。椿の言っていることは全くもって事実だが、信綱にとって阿七の死は誰にも侵されてはならないものとなっている。

 それを土足で踏み入ろうとしている彼女に、かける情けも言葉も存在しなかった。

 

「おっと、失言。妖怪なんてやってると死生観が適当になっていけない。人間にとっては死ぬって重いことなんだよね」

「……妖怪にとっては重くないのか」

「重いやつもいるよ。でも私にとっては別。死ぬより怖いことがある。キミもそうでしょ?」

「……次からは気をつけろ。もう一度警告してやるほど俺は優しくない」

「一回許してくれるだけでも相当優しいと思うけどね。っとと、今日はこんな話をするためじゃなかった」

 

 椿は改めて信綱に向き直り、信綱にもかろうじて見える速度で近づいて顎に手を添える。

 身長差も逆転しているので椿が信綱を見上げる格好になるが、気圧されているのははたしてどちらか。

 

「――私のところに来ない? 天狗の里に案内してあげる」

「……どういう、意味だ」

 

 距離を取ろうと後ろに下がるが、その都度椿は信綱に近づく。

 すぐに木にぶつかってしまい、椿の手が木に当てられて逃げられなくなってしまう。

 

「言葉通りだよ。天狗が人間をさらうの。ああ、安心して。ちゃんと三食面倒見るし、他の天狗に手も出させない」

「断ると言っているだろう。俺の答えは変わらない」

「私が正式にあなたを弟子にすると言っても?」

「それでもだ」

 

 おおよそ椿の言いたいことは把握できた。要するに次代の御阿礼の子が生まれるまで、天狗の里で鍛錬に集中しろということだ。

 だがそれを言い出す椿の真意は相変わらず読めない上、彼女の提案には致命的な欠点があった。

 

「仮にそれで鍛えて人里に戻って――俺の居場所が在るわけないだろう。ぽっと出の男に阿弥様の側仕えなど任せられるはずがない」

「む……そこはほら、妖術とかも教えるから、適当に認識をいじってさ」

「そのぐらいでごまかされるような連中じゃない。阿礼狂いを舐めるな」

 

 一時は騙されるかもしれないが、すぐに気づかれる。彼らの御阿礼の子への執着は、自分の身をもってよく理解している。

 絶対に譲らないという強い意志を見せる信綱の瞳に、椿は魅入られたように顔を近づける。それこそ、唇と唇が触れ合いそうなほど近くに。

 

「この距離なら外さない。お前の言葉を実行に移すつもりなら、俺も抵抗する」

 

 信綱の手は刀に添えられており、いつでも抜刀が可能だった。唇と唇が触れ合う至近距離。相手が烏天狗であろうと当てる自信があった。

 

「……そっか、残念」

 

 首を縦に振ることはないと確信したのか、椿はあっさりと信綱から離れる。

 

 これがあるから彼女の心はよくわからない。何を犠牲にしても構わないとばかりに信綱に執着するが、信綱が拒むと惜しむ様子も見せずに身を引く。

 彼女との付き合いも相当に長くなってきている。しかし、信綱には今でも彼女がどのような妖怪なのか判断がつけられなかった。

 

「あーあ、私のところに来たら本気で術とか教えて、人外への道を歩ませてあげようと思ったのになあ」

「よく言う。それに乗っていたら殺していただろう」

「まあね」

 

 信綱の指摘に椿は悪びれる様子もなくあっさり頷く。

 

「人間は人間であること、それ自体に価値があると思っているから。人外の術に手を伸ばすキミは見たくない。いかにも惨めでしょう? 自分の力の限界を認めるなんて」

 

 だからそうなる前に私が摘み取ってあげる。そう語る椿の目は爛々と輝いており、信綱に人間と妖怪の違いを再確認させるには十分だった。

 が、表には出さない。誠に遺憾ながら、彼女とも長い付き合いになってしまったのだ。この程度で目くじらを立てていてはやっていられない。

 信綱は肩をすくめて口を開く。

 

「……さあな。それが手っ取り早く強くなって、阿弥様を守ることに繋がるなら考える」

「でもキミはやらないと思うよ。キミは多分、人間のままが一番強い」

「そうなのか」

「うん。妖怪って限界あるし。前に話した大天狗より強い烏天狗の話もあるけど、あいつも天魔様に勝てるほどじゃない。椛だってキミと一緒に鍛錬してるけど、白狼天狗以上にはなってないでしょう?」

「確かに、それはそうだ」

 

 ただ単に信綱の成長速度がおかしいだけだが、それを突っ込む役である椛はこの場にいなかった。

 が、その異常とも言える成長速度こそ人間の特権かもしれない。

 

「妖怪って種族には限界があるんだよ。天魔様は天狗の中では最も強いけど、鬼の首魁には多分勝てない。

 ――でも、人間に限界はない。策を練って道具を用意するだけで、鬼の群れだって打倒しちゃうんだ。妖怪よりよっぽど優れていると思うよ」

「それはそいつらが特殊なだけだと思うが……」

「キミも負けたもんじゃないさ。いつか鬼だってぶっ飛ばせるくらい、強くなるかもしれない。多分、その光景を私は見れないけど」

「? おい、それはどういう――」

「さ、今日の稽古を始めようか。全力で打ち込むから頑張って強くなってね」

 

 疑問を聞き返す前に椿は信綱から距離を取ると、刀を抜き風をまとい突進してくる。

 業風、旋風、乱風。彼女の周りに渦巻く縦横無尽の風の刃が土を巻き上げ、葉を散らし、木々に風の爪をこすりつける。

 直撃すれば挽肉になる。いや、肉も残さぬ血煙になって大地の養分になる未来が待っている。骨も丁寧に砕かれてさぞ吸収の良い肥料になることだろう。

 

「初手から全力か」

 

 応戦するために信綱も抜刀し、風の鎧を身にまとう椿に正面から太刀を浴びせる。

 彼女の風に対して信綱が持つ対抗策は刀で斬る以外にないのだ。遠距離からの攻撃手段など持ち合わせていない。

 汎用性がないとも言えるだろう。頑強で再生もできる妖怪と違い、人間は一撃受ければほぼ致命傷なのだ。

 

 

 

 しかし――それだけあれば十分であると言い換えることもできる。

 

 

 

「ウソッ!?」

「そら、その手品は見飽きたぞ。次はどんな種でくる!」

 

 風の鎧を斬り裂き、その中にいた椿に刃を走らせる。

 それ自体は椿の構えた剣によって防がれるも、距離を詰め続けて新たな飛翔の隙を与えない。

 下手に距離を取ると、速度で翻弄されて面倒な相手になるのだ。ならば超至近距離から戦った方がいくらかマシと言える。

 

 鋼と鋼。二つが弾かれ合う硬質な音が、葉擦れや虫の奏でる自然の音楽の中に不協和音として流れ込む。

 甲高く、鋭い。そして何より絶え間ない。一つの音が終わる前に更に三つの音が連続し、それらが消える前には十の音が響き渡る。

 

 信綱は天狗の速度に追従できる剣技を振るい、椿はそれに対して烏天狗としての速度と風を操り対抗していく。

 目に追えない速度での戦闘は必然、流れも通常より早く動き――

 

「わっ!?」

「――取った」

 

 椿の刀が甲高い音を立てて空を舞うまで続けられた。

 弾かれた衝撃で尻もちをつく椿を見下ろし、油断なく刀を突きつける。

 

「いたた……これで私の三敗目かあ……」

「ようやく、というべきだがな。十年以上お前と戦って、ようやく背中に手が届いた」

「普通の人間なら五十年費やして、やっと影を踏めるってくらいだけどね烏天狗って! でも昔には鬼の群れですら四人で殺した人間がいるらしいし、これぐらいおかしくないのかなあ」

「さあな。これでようやく、妖怪連中相手なら中堅どころといったところか……」

 

 まだまだ先の長い話である。椿に勝てるようになっても、慢心する余裕すら生まれない。

 

「……まあ、キミがそう思うならそれでいいかな、うん。で、今の具体的な課題はどうするつもり?」

「……変わらん。今はまだ十回やって一回の勝ちがある程度だ。まずは百回やって百回勝つまで強くなる」

「ううん、清々しいまでの実戦主義。でも嫌いじゃないよ、そのバクチにしか見えない稽古法は!」

 

 少しでもしくじったら死にかねない修行法だが、今のところ死なずに強くなれている。つまり何の問題もない。

 信綱はそう自己完結して再び刃を構える。

 

「次だ。今日は徹底的にやるぞ」

「……やさしくしてね?」

 

 口元に手を当てて、うっすらと涙に潤んだ瞳で見上げられる。先ほどの戦闘で破けた服とそこからのぞく素肌がなんとも扇情的だ。

 こんな性格でも烏天狗。容姿は並の人間とは比べ物にならない。そんな存在にこのような姿をとられて――

 

「気色悪い」

「ちょっと自信なくすんですけど!?」

 

 信綱は全く動揺しなかった。火継の人間にそんなことを仕掛けること自体が不毛と言わざるをえない。

 

「俺の何を見てきたというんだお前は。まず御阿礼の子に生まれ変わって出直してこい」

「それやったら無条件で尽くすんでしょう?」

「うむ」

「じゃあやらない。御阿礼の子以外の存在がキミの心を奪うのって、面白そうでしょう?」

「そんな未来は来ないから安心しろ」

 

 何が楽しくて自分につきまとうのか。さっきの話でその一端は見えてきたが、未だに彼女の心はわからない。

 

「――そろそろ再開するぞ。いい加減、お前ぐらいは超えてみせねば」

「まだまだ簡単には負けないけどね!」

 

 再び響き渡る鋼の音。そしてそれは、日が暮れるまで止まることなく鳴り続けるのであった。

 

 

 

 

 

「……やあああああああぁぁっ!!」

 

 腰だめに棒を構え、踏み込みとともに突き出す。

 基本中の基本とも言える動作であり、それ故に少し習熟さえすれば誰にでも扱える利点がある。

 腰に固定しておけば狙いがブレることもない。後は数を揃えて多方向から放てば、達人であっても対処に苦心する槍囲いが完成する。いつの時代も数が力にならないことはないという良い手本だ。

 

 が、それは言い換えれば一人では劇的な効果が見込めないということでもあり――

 

「ほら」

「うわぁっ!?」

 

 相手が達人の域にあるならば、苦もなく対処できるということでしかなかった。

 軽々と避けられ、足を払われて思いっきり顔から地面に落ちる――一歩手前で襟首を掴まれて助けられる。

 

「今の踏み込みは良かったぞ。後は練習あるのみだ」

「お、おう……お前に言われても実感湧かないけどな」

 

 信綱は自分の稽古に付き合ってくれと言われ、勘助の練習に付き合っていた。

 妖怪の被害がない現在であっても――だからこそと言うべきか、人里での騒ぎが少々目立っている。

 大抵は酔っ払った男たちの喧嘩沙汰などで済むのだが、それでも大の大人同士がぶつかり合う場所に無手で行くのは危険である。

 そのため、勘助のように一時的な所属であっても何かしらの武芸を覚えて損はなかった。

 そして勘助には、年がら年中剣を振ってばかりいることが許された一族の人間と交友関係があったので、これ幸いと師匠役を頼んでいるという経緯だった。

 

「最初に比べれば雲泥の差だ。今日はこのぐらいにしようか」

「はーい、先生っと。しっかしお前、本当に強いのな。初めて実感したぜ」

「まあ、小さな頃からの稽古は伊達じゃないということだ。俺の家は強くなることが仕事でもある」

 

 必要とされているかは未だにわからないが、それでも有事になった時に何もできないでは話にならない。

 

「そっか。っと、そろそろ帰ろうぜ。伽耶が心配する」

「……伽耶が?」

 

 勘助と信綱の練習は時折、顔を合わせた時ぐらいにしか行われない。勘助は人里から出ないのだが、信綱は結構頻繁に里の外に出ているため、行動範囲が広いのだ。

 で、その突発的に行われる練習であるため、誰かに伝えている余裕などないはず。

 

「ああ。なんか最近、よく家に来るんだよな。んで父ちゃんと母ちゃんと話してる」

「……どんな話を?」

「これからもよろしくーとかそんな感じのやつだよ。そんなもん当たり前だよな?」

「そ、そうか……」

 

 外堀が埋められているぞお前、と指摘する勇気はなかった。伽耶の恋路を邪魔する理由もなく、勘助の歩んでいる人生の墓場への道をそらす理由もない。

 総じて言ってしまえば、好きにしてくれ二人とも、という心境である。

 ……が、それで終わってしまうのも友達甲斐のない話だ。なので信綱は自分にできる範囲で手を貸すことにした。

 

「……そういえば近いうちに博麗神社で祭がなかったか? 毎年やってる例祭」

「ああ、あれか。よく覚えてんな。お前んところは毎回奉納金だけだったのに」

「ちょっとした私事だ。とはいえ、それさえ終われば自由に動けるし、見物に行かないか? 伽耶と三人で」

「お、本当か!? ……って言いたいところだけど、ちっと難しいわ。悪いな」

 

 珍しい。今でも仲の良い三人で一緒に行動するのが一番楽しいと言うような男だというのに。

 信綱の見立ては間違っておらず、断る勘助の顔は本当に申し訳なさそうで、提案したこちらが謝りたくなるものだった。魂胆が伽耶の背中を押すことだからこそ余計に罪悪感が刺激される。

 

「何かあるのか?」

「伽耶が店を出すんだと。親父さんの真似ってか、手伝いみたいな感じか? あいつ、頭が良いから頼まれたんだ。だけど商品の仕入やら何やらはやっぱ男作業だろ? 俺にも手伝ってくれーって」

「…………」

 

 外堀はすでに埋まっていて本丸に手がかかっている状態だった。

 そして順調に婿入りした後の手はずまで整えられている。大方、今回の仕事で商売の感覚と、他の商売人への顔合わせも同時にしてしまおうという筋書きだろう。

 もっと控えめな少女だと思っていた伽耶の行動力に信綱は内心で舌を巻くしかなかった。女って凄い。

 

「だから悪いな。一緒に見回ることはできないけど、店は出すからそっちに顔出してくれ」

「わかった。必ず顔を出すようにしよう」

 

 お前の人生墓場までバッチリ整備されているぞ、と言ってやるべきかと一瞬だけ悩んだが、伝えようと伝えまいと結果は変わらないだろうと思い直すことにした。

 

「頑張ってくれ勘助。上手くいくよう願っている」

 

 色々な意味で。

 

「おう、また後でな!」

 

 手を振りながら去っていく勘助の背中を見送り、内心で合掌するのであった。

 

 

 

 それから例祭の日。信綱は火継の家の当主として奉納金を持って、博麗神社への道を歩いていた。

 最近は妖怪の被害も少なく、博麗神社への道も比較的安全となっているのだが、今でも道の整備はされていない。

 当の博麗の巫女も気にしている様子はないので、放置されてしまっているのだ。

 

 妖怪と人間の共存する幻想郷において、両者の天秤が片方に振れ過ぎないよう調整する存在が博麗の巫女だ。

 実態としては人間が苦境に立たされる場面の方が多いので、人間の守護者に近いとも見ることができるが、慧音のように明確に味方してくれるわけではない。

 

 おまけに妖怪と正面から戦える実力者が博麗の巫女である。

 明確に人間の味方をするわけでもない。でも隔絶して強い。

 だったら距離を置こうとなるのも、当然の帰結と言えた。

 

 感謝は受けれど、労いはされず。畏敬は集めるが、人間扱いはされない。それが博麗の巫女。

 自分たちと似通っている部分が多い存在だと思うが故に、信綱は彼女に興味があった。

 

「どんな心持ちでやっているんだろうな、博麗の巫女は」

 

 生まれた時より阿礼狂いであり、御阿礼の子以外全てがどうでも良い自分たちとは違うのか。対象が幻想郷に変わっただけの気狂いなのか。

 それとも彼女自身の意志で選んだことなのか。類まれなる使命感を持って責務をこなしているのか。

 

「……会ってみなければわからないか」

 

 境内への長い階段の前には、すでに集まっている人里の住人たちが思い思いに出店を用意していた。数を揃えている途中の砂糖菓子の甘い香りが鼻をくすぐる。

 

(阿七様の体調がよろしければ、一度くらいは見に来ていたかもしれないな。……あの方は本当に悔いなく生き抜いたのだろうか)

 

 準備をしている人たちの活き活きとした姿を見ていると、こういった光景が好きだった阿七のことが思い起こされた。

 一切の悔いなく生きられる人などいないというのに、それでもこのような思いに囚われてしまう。

 信綱は首をゆるゆると振り、その思考を振り払う。今は自分の役目を果たすことを考えよう。

 

 階段を登り切ると、そちらでは神楽舞用の舞台が準備されていた。人里からの有志を募って行われる雅楽の用意も着々と進んでおり、本当に人里総出で行われる祭りなのだと実感する。

 

 よくこんな大規模な祭りを毎年奉納金だけで済ませてきたものだ、と信綱は自分の家のことながら驚愕する。

 ここまで協調性がなければ皆から遠ざけられるのも当然だった。これで何の力もなかったら村八分待ったなしだろう。

 

 信綱は着々と祭の準備が進んでいる境内を抜けると、拝殿の方へ足を向ける。

 これだけの規模の祭だ。博麗の巫女も雑務や出店の配置などで相談を受けている可能性が高い。

 

「あら、え……っと、どちらさまですか?」

 

 案の定、拝殿の奥で目当ての人物は忙しなく動いていた。

 見た目から読み取れる年齢は自分とそう変わらない。肩口が切り取られ、袖だけ別に付けている珍妙な巫女服をまとっている。

 変な格好だな、と思いながらも表情に出さないように信綱は口を開いた。

 

「火継の人間を代表してきた。こちら、奉納金になります」

「ああ、いつもありがとうございます」

 

 まずはここに来た本命でもある奉納金を渡してしまう。

 博麗の巫女が受け取ったのを確認してから、信綱は祭の喧騒に耳を澄ませながら私人として語りかける。

 

「凄まじい熱気だな。毎年奉納金は収めているが、こんなに規模の大きい祭だとは知らなかった」

「今年は特に大きいわよ。妖怪の被害も少ないから、神社に来る人も増えてるし」

「……博麗の巫女は大丈夫なのか? 人里でも妖怪退治屋が廃業しているところがある」

「大丈夫よ。誰が博麗大結界を維持していると思ってんの」

 

 それもそうかと納得する。彼女は人間のみならず、妖怪にとっても是が非でも生きてもらわねばならない人材なのだ。

 

「…………」

「……どうかしたの? 奉納金はちゃんと受け取ったけど、まだ何かあるの?」

「いや……どうして博麗の巫女になったのか、と思って」

 

 巫女の顔が呆気に取られたものになる。そんなに変なことを言ったかと言動を振り返るが、特におかしなことは言ってないはず。

 

「そんなこと聞いてどうするつもり?」

「どうもしない。ただの興味だ。俺の家みたいなものなのか、それとも自分で選んで巫女になったのか」

「……誰かにさせられた、って言ったら?」

「こんな貧乏くじ、誰かに強制されてやるんなら長続きはしないだろう」

 

 信綱の答えに博麗の巫女は笑いが堪え切れない様子で、口元に手を当てて笑う。

 くつくつと小さく、しかし心の底からおかしいと言った笑い方だった。

 

「ふふふ……まさか人里の人がそんな風に言うとは思わなかったわ。みんな、私が博麗の巫女であることに疑問なんて持たないもの。巫女は巫女だから巫女。過程も経緯もどうでもいい。人里を守るならなんでも、ね」

「ふむ……」

「そういうそっちこそどうなの? 俺の家みたいに、って言ってたけど」

「……自分で望んで、だな。あんたみたいに幻想郷を守るなんて大それたもんじゃないが、皆誇りを持っている」

「そう。私も似たようなものよ。はい、これで満足?」

「ああ。手間を取らせて悪かった」

 

 博麗の巫女の態度に違和感はあったが、信綱は追及することなく退く。

 自分と似た境遇であるのなら、どのような経緯で博麗の巫女を続けているのかという理由にいくらか思い当たる答えがあるからだ。

 知ってどうするというものでもないので、それなりに近い答えが得られただけで満足である。

 

「俺は友人の屋台を冷やかしに行く。そちらも神楽を頑張ってくれ」

「ありがと。それじゃ、また」

 

 博麗の巫女と会釈をしあって、その場を別れる。

 互いに自己紹介すらしていない、口だけの再会の約束。

 ただ、信綱はいくらか情報があった。今が平和でも、これから先の平和は誰にも約束されていないことを知っていた。

 

 

 

 多分、また会うことになるのだろう。確信にも似た予感がある。

 

 

 

 信綱はいつか訪れるであろうその未来が、なるべく平穏なものであってほしいと願いながら、境内への道を戻るのであった。

 

 

 

 

 

「お、本当に来たのか! へいらっしゃい!」

「あ、ノブくん。仕事の方は終わったの?」

「ああ。あとは適当に祭りを見て回るさ。で、調子はどうだ?」

「勘ちゃんのおかげで上々ってところ。ほら、元気が良くて声も大きいし」

「結構不安だったんだけどな。やってみたら意外と楽しいぜ! ノブも一個どうだ?」

「もらおうか。二人はこの後どうするんだ?」

「売って売って売りまくる! 目指せ完売! ってところかな。伽耶も色々頑張ってくれたみたいだし、おれも頑張らねえと」

「ふむ……わかった。なるべく暗くなる前に切り上げろよ。なんなら一緒に――んんっ! 無理はしないようにな」

「? おう。ノブも無理すんなよ!」

「また明日、ノブくん。――ありがとうね」

「……俺は応援する。それが友人としてあるべき姿だろう」

 

 伽耶の感謝に軽く頷きながらも、できれば早く決着を付けて欲しいと思う信綱だった。この二人と話している時くらい、煩わしいことからは解放されたい。




 ※普通の人間はそもそも烏天狗に挑みません。fateで言うところの並のサーヴァントみたいなもんです。

 ついに出てきた博麗の巫女。霊夢が原作開始頃の年齢を大雑把に逆算(十代前半ぐらい)すると先代とは大体同年代ぐらいになる不思議。今後の展開的に長い付き合いになります。

 人生の墓場街道爆走中の勘助青年。幼馴染は友達であると考えて付き合いを変えない彼の特徴は美点でもあり、欠点でもあり。結婚とかまだ頭の端にも浮かんでません。それが当然でもありますが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。