モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜   作:地沢臨

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11/9:報告にあった誤字を修正しました。


あるいは理不尽でいっぱいの地獄

 デス・ナイトが走っていく。荒々しい雄叫びを上げ、重い足音を轟かせながら駆け回る死の騎士はその巨体に反してかなり俊敏だ。

 手羽先(L)は置いてきぼりを食らったスクワイア・ゾンビ達にクィック・マーチ(早足)をプレゼントしてやりつつ、先を行くデス・ナイトがうっかり村人を殺さないかのチェックを行っていた。とは言え一応は上位アンデット作成の対象に入っているだけあり、デス・ナイトはすこぶる真面目にモモンガの命令を守っている。

 

「こ、このゾンビを操っているのは貴様か!」

 

 逃げ惑っていた騎士の1人が、手羽先(L)の存在に気付くなり捨て鉢な攻撃を繰り出して来た。エネミーネームはスレイン法国軍兵士、種族は人間、HPとMPは概ね剣士職のレベル5相当。ユグドラシルで言えばチュートリアル序盤のスライムと同程度だろうかと、彼女はスキルで得た情報から考察する。正直な話、モモンガと同程度の上位物理無効と前衛職としての防御力を備える手羽先(L)にとっては痛くも痒くもない存在ではあるが。デス・ナイト経由でモモンガから彼女を仲間と認識させられたスクワイア・ゾンビ達がそれを許すはずもない。かくして哀れな騎士は、忠義者なゾンビ達によってあっと言う間にボロ雑巾も同然の姿に変えられていた。

 

『なんという熱い手のひら返しからの自爆』

『まあまあ、神だ天使だと騒がれるよりはいいじゃないですか』

『それは……そうですけど』

 

 ボロ雑巾から立派なゾンビへと転生を果たす元・スレイン法国軍兵士を眺めながら、手羽先(L)は思い切り溜息を付いた。途端に兜の中を満たした生暖かい空気に眉を顰め、やや雑にそれを取り去る。磨き上げられた兜に映るのは、切り詰めた黒髪と白い瞳を除けばごく一般的な人間の顔だ。

 

「懺悔されたり詰られたり……両極端だよなぁ」

 

 天使系の基本特殊技能で人間の外観を得ている手羽先(L)は、久し振りに感じる両足の存在を確かめる様につま先で地面を抉った。パラメーターの劣化を免れない事もあり彼女はこの技能を嫌厭していたが。今から倒そうと言う時にその相手から身に覚えのない赦しを求められたり、求めてもいないのに悔い改められたりするやり辛さを天秤にかければ、まだ辛うじて許容の範囲内だ。

 

『あ、そう言えばさっきの女の子達はどうやって誤魔化そう……』

 

 騎士達の言動はあちらの宗教に絡むものだろうと一先ず結論付けた手羽先(L)は、そこで先程助けた少女達の事を思い出して青ざめた。今は眠らせた上で数種類の防御魔法をかけておいたので生死の問題はなくなったが。生きているなら生きているで、早い内にこの村から姿を晦まさないと何を暴露されるか分かったものではない。熱狂的なファン(狂信者)が面倒くさいのは人類普遍を通り越し遍く世界に共通した法則なのだと、彼女はナザリック生活1日目にして痛感していた。

 

『それについては一応健忘の香を嗅がせておきましたから、効かなかった時は……夢や勘違いと言う事で押し切りましょう』

『嗚呼、イベントリセット用のアレですか……効くといいなぁ』

『効くことを祈りましょう』

 

 ゾンビが取りこぼした騎士をおざなりに殴り飛ばしながら、手羽先(L)は濁った目で空を仰ぐ。嫌味な程に眩しい青空に白い雲がゆっくりと流れて行く様は、地上の惨劇とは無関係な平和そのものだ。この騒ぎを片付けたらひとっ飛び遊覧して来ようと心に誓った手羽先(L)は、気合も新たに前方の敵を見据える。

 

 この村の広場らしいそこには、デス・ナイト達に追い詰められた騎士と、その騎士に追い詰められたらしい村人が集まっていた。ざっくりと全体を見渡した彼女は、その内の1人に目を付けると僅かに目を細める。天眼のスキルは側で喚き散らす男が敵のリーダーだと告げているが。先程から飛ばしている指示の的確さから見て、隣はお飾り、実質的な隊長はこちらの男だろう。見たところのHPもこちらの方が上回っている。

 

『モモンガさん、多分指揮官……と、後一番レベルの高そうな人間見つけました』

『分かりました、デス・ナイト達に捕縛の指示を出すのでサポートをお願いします。私もそちらへ向かいますね』

 

 モモンガの宣言通り騎士達を取り囲む様に動き出したゾンビ達を確認した手羽先(L)は、デス・ナイトの前へ歩み出ると渾身の撮影用スマイルを浮かべて彼等と対峙した。うっかり死にかけでもされれば回復するのは自分なので、穏便に済む事は済ませたいという打算故の行動だった。

 

「やあ皆さん、ちょっとお話しをしませんか? 」

 

 妙な杖と兜を小脇に抱えた人物の登場に、その場に居た誰もが一斉に息を飲む。手羽先(L)が実質的な隊長だろうと睨んだ男だけが、直ぐさま顔を歪めると唸るような声を上げた。

 

「化け物達を操っているのはお前か」

「いや、彼等の主人は後から来るよ。私はちょっと補助を掛けてあげただけのお手伝いさ」

「……つまり、こいつらの強さはお前が原因という事か」

 

 原因という表現に多少の不快感を感じつつ、彼女はその言葉に曖昧な笑みを浮かべる事で揺さぶりをかけた。実際スクワイア・ゾンビの移動速度を上げたのは彼女だが、デス・ナイトの強さはモモンガのスキルに拠る物なので半分正解と言った所か。

 

「お、お前! と、とりひきだ!! かね、かねならいくらでもやるぞっ! 」

 

 遅れて事態を把握したらしいお飾りの方が手羽先(L)に駆け寄ろうとしたが、それはゾンビ達の威圧であっさりと頓挫する。財力のある小物のテンプレートを見せられた手羽先(L)は多少のがっかり感を覚えつつ。じゃあこの位、と空いた右手を開いて見せる。

 

「ご、500金貨だな!! 」

「え? 嫌だなぁ、取引の単位は100万(1M)からって決まってるだろう? 」

「ごひゃ、ごひゃくま――」

 

 単位を訂正されたお飾り隊長が泡を吹いて失神するのを、手羽先(L)は心底不思議そうな顔で眺めてしまった。通貨価値が極端に低いユグドラシルであれば、彼女の出した金額は個人の財布に与えるダメージとして妥当な範囲だったのだが。どうやらここはそう言ったハイパーインフレとは無縁の世界らしい。図らずも有益そうな情報を得た手羽先(L)は、その事を報告してやろうとモモンガとの伝言に意識を向け。結果として、目の前の敵から意識を逸らす事になった。

 そしてそれを見逃す程、彼等も愚かではない。

 

「――今だ! やれ!! 」

 

 鋭い号令と共に笛の音が響き渡り、隊長格の男を含めた数人の騎士が無防備な手羽先(L)目掛けて駆け出した。先行する2人の騎士が追い縋るゾンビ達を蹴散らし、デス・ナイトの気を逸らして道を作った。動かなかった騎士達は円形に集まって防御を固め、その内側から別の騎士が火炎瓶らしきものを投擲する。手羽先(L)の背後に立つデス・ナイトが盾を構えそれを弾くが、その下にはあの男が既に迫っていた。フランベルジェの間合いに仲間の人間が立っている以上、知性のあるデス・ナイトに男を止める術は無い。剣を振るえば、守るべき仲間は間違いなく死ぬのだから。

 文字通り命を投げ打っての見事な連携が、手羽先(L)の喉元に迫っていた。

 

 耳障りな金属音と火花の後に、刃が肉を断つ湿った音が響く。

 

「いやぁ、みんなお見事。流石に本職は違うね」

 

 頬を撫でたフランベルジェを気にする様子もなく。彼女は切り落とされた騎士の首を片腕で抱え、残った胴をその半身で器用に支えていた。

 騎士の剣は完全に砕け散り、陽射しを受けてキラキラと場違いな輝きを発している。

 

「さて、良い物も見せてもらったし。大人しく投降するのなら命の保証はしてあげるよ? 」

 

 刃を突き立てられて尚、朗らかに笑う異様な存在を前に。司令塔を失った騎士達が膝を折るのは当然の事だった。




ロンデスさんが好きなのでこれからも積極的に贔屓していく予定です。

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