モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜 作:地沢臨
「行きますよ手羽先(L)様! 」
「さあ、どこからでもかかっておいで」
アウラの放つ
「アウラ、手羽先(L)さんも、一先ずはそこまでにして貰おうか」
跳ね返された光の矢を全弾回避して息の上がっているアウラと、隣で固唾を呑んで見守っていたマーレに無限の水差しから水を注いでやると。2人は子供らしい照れ笑いを浮かべてそれを受け取った。
『手羽先(L)さんも飲みますか? いくら主天使の耐性が高いとは言え、プライマル・ファイヤーエレメンタルに近寄るのは熱かったでしょう』
『あー……頂きます』
伝言を介した手羽先(L)の反応は妙に歯切れが悪かったが、モモンガは特に気にするでもなく3つ目のグラスを彼女に差し出す。意を決したらしい手羽先(L)が兜に手をかけると、それはあっさりと脱ぎ去られ、内側から煌くような純白の顔が現れた。
『……そういえばその装備、
『脱いだ瞬間全部外れたらどうしようかと思いました』
ひっそりと安堵の息を吐いた手羽先(L)がグラスに口を付けると。二杯目を貰っていたアウラが、何故か目を丸くして傍らの弟と顔を見合わせる。
「ん、どうしたのかな? 」
「えっと。手羽先(L)様は天使で食べ物が要らないはずなのに、どうして水を飲まれたりするのかなって……思い、まして……」
煌く雪花石の如き相貌――とユグドラシルの公式設定には書かれていたが、どちらかと言えば未塗装のフィギュアに近い顔の手羽先(L)に見つめられて。弟のマーレがもじもじと視線を泳がせながら疑問を呈した。
「そ、それはだな……」
「命を維持する為に何かを食べる必要はないけれど、水の冷たさや果物の甘さを楽しめない訳じゃない……といった所かな? 」
『ナイスフォローです手羽先(L)さん』
『いえ、私も今の今まで飲食不要持ってたの忘れてましたから……』
手羽先(L)の素早いアドリブで命拾いをしたモモンガの歓声に、当の彼女は何故かナーバスな反応を返して来た。それが同じ様に飲食不要、かつ見た目からして食事を取れるとは思えないモモンガに対する後ろめたさである事に気付いた彼は内心でじたばたと暴れ回りながら、どうにか彼女のテンションを僅かでも回復させようと声をかける。モモンガより4段程落ちる精神作用耐性Ⅲしか持たない手羽先(L)は、平常心を保ちやすくなった一方で、感情の起伏が度を越すと中々立ち直れないという弊害を抱えているらしい。
『ゲ、ゲームでも天使系はポーション使えましたから仕方がないですよ! それよりもそろそろ1時間経ちますよほら! RP、RP! 』
「私と手羽先(L)さんでは種族が違うからな。そも同じ種、同じ性質を持つ者であっても考え方は千差万別なのだ。それを一纏めに考えている様では足元を掬われるぞ」
「も、申し訳ありません!! 」
「気にしないでおくれよ。アインズ・ウール・ゴウンで天使と言えば堕天使のるし★ふぁーさんとか、本当に数える程しか居なかったからね」
そんな状態でも振られたロールには全力で応える辺り、流石はウルベルトさんをして「
「――おや、私が一番でありんすか? 」
モモンガの懸念と後悔の念は、シャルティアを皮切りに続々と集まって来た階層守護者達によって一時保留となった。
その後、アルベド主導による忠誠の儀なる小恥ずかしいやり取りや、帰ってきたセバスによる衝撃のナザリック周辺緑化宣言といった多少のアクシデントは続いたものの。モモンガと手羽先(L)の立てたシナリオは概ね破綻する事なく進行していた。
「さて、現在我々が如何なる状態に置かれているかは分かってもらえただろう。次いで各階層での対応だが……そうだな。その前に2つ、皆に伝えなければならない事がある」
先程よりトーンを落としたモモンガの言葉に、階層守護者達が皆一斉に息を飲む。
「まず1つ。これより先、ナザリック地下大墳墓の外へ出て行くにあたり、私はこのギルドの――アインズ・ウール・ゴウンの名を背負おうと思う」
それは予めモモンガが決め、手羽先(L)が賛同した事だ。その他の理由はあるものの。「ここ」が「どこ」なのか、「誰が」居るのかも分からない現状。せめてゲーム内で有名だった名を名乗る事で、同じように巻き込まれてしまった人が見付けてくれるのではないかという淡い期待がそこにはあった。
「あくまで対外的に名乗るだけだ。ここに集まった皆にとって、私はあくまで【ギルドマスターのモモンガ】である事を忘れないでほしい」
ざわつく守護者達に素早く牽制を返したモモンガは、一度深呼吸をして精神作用無効のスキルが発動したのを確かめる。彼にとっての本番は、ここから先と言っても過言ではないのだ。
「2つ目に。私はこの未曾有の事態に立ち向かう為、新たな友をこのナザリック地下大墳墓に迎え入れようと思う」
モモンガとしては随分と芝居がかった動作で自分の背後に手を差し伸べれば、先程まで微動だにしていなかった手羽先(L)が音もなくモモンガの隣に移動する。アルベドと双子を除いた守護者達の突き刺す様な視線を受けても余裕を失わないその姿は、芸能に疎いモモンガの目から見ても、彼女は間違いなくモデルなのだと直感する程に堂々としている。
「既に知っている者もいるだろうが、改めて紹介しよう。我が友――否、我々の友。手羽先(L)さんだ。彼女はその信念からギルドに属す事は無かったが、これまで私を含めた多くのギルドメンバーと懇意にしてきた長年の友であり。この異常事態に晒された今、共に手を取り合うべき頼もしい同盟者でもある」
じわじわと猜疑心らしきものを滲ませ始める守護者達にモモンガは背中に無い汗をかく心持ちになるが。すかさず手羽先(L)が「浄化のオーラⅠ」を発生させて助け舟を出す。この段階では低位のアンデットを跳ね除ける程度の効果しかない浄化のオーラだが、レベルを上げれば耐性の低い悪魔やアンデットを塵にする程度造作も無いのだ。それをモモンガの目の前で平然と使い、モモンガも意に介さない所を見せてしまえば、この妙に聡い守護者達はこちらの関係性や力量を勝手に納得してくれるだろう。というのが手羽先(L)の計画だった。
打ち合わせ通り、片手の一振りで浄化のオーラをやめさせたモモンガはローブの袖に片手を差し込むと、そこに開いたアイテムボックスから1つの指輪を取り出す。
「手羽先(L)さん。アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓の全てを代表する者として、貴方を歓迎しよう。お互いの為、これからも力を貸して頂けるだろうか? 」
「モモンガさん。多くの友らによって作られ、貴方が守り続けたこのアインズ・ウール・ゴウンは私の友も同然の存在です。その申し出、喜んでお受け致しましょう」
受け取った指輪を迷うことなく右手の人差し指につけた手羽先(L)が、ショートカットから出したフレイルの様な司祭杖を守護者達の前に掲げて高らかに宣言する。
「私は手羽先(L)、
杖の先に吊り下げられた香炉がどす黒い靄を吐き出し、スポットライトの様な光が闘技場を照らすと共に何処からともなくハレルヤの大コーラスが響き渡る。途端眩いオーラに包まれた守護者達は、それが信仰系の魔法であるにも関わらず全員に付与された事に驚きの声を上げた。
『……ちょっと派手すぎませんか? 』
『初見のインパクトは大事ですし、信用してもらうにはこれが手っ取り早いじゃないですか』
何の事はない、彼女が愛用するフレイル「背信者の振り香炉」の特性で《
「手羽先(L)様の素晴らしいお力、感服致しました」
守護者統括のアルベドが感極まった様子で頭を垂れたのを見届けて、モモンガは話を再開する。この様子なら、殆どギルドメンバーと同じ様に扱わせても文句は出ないだろう。
「これより先、手羽先(L)さんは客将としてギルドメンバーと同等の権限を持つ事になる。よって扱いについても私と同等に、礼を欠く事がないように頼むぞ」
「とは言え君たちの主はあくまでもモモンガさんだからね、基本的にはそちらを優先で頼むよ」
ギルドマスターに比類する実力を持ち、信頼を受けながらもあくまで客人として一歩引いた所に立つ。各階層の防衛について指示を飛ばすモモンガの傍らで静かに笑みを浮かべている手羽先(L)は。最初に2人で打ち合わせた通りの立ち位置を、既に着々と築き始めていた。
「――では、私と手羽先(L)さんは今後のナザリックについて話し合う事がある。何かあれば私の私室に来い」
『手羽先(L)さん、
『嗚呼、じゃあ先に部屋で待ってて下さい。あと1つだけ、この場でやりたい事がありますから』
達成感で今にも精神作用無効が発動しそうなモモンガに、手羽先(L)は悪戯っぽい声を返して軽くウィンクをした。
『危ない事はやめて下さいよ……あと、守護統括者を刺激する様な事も』
『はーい』
分かったのか分かっていないのか怪しい反応に肩を落としたモモンガは。色々な感情の微妙なせめぎ合いに対して精神作用無効は基本無力だという新事実を噛み締めながら、1人自室へと転移して行った。