モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜 作:地沢臨
その日、エ・ランテルの冒険者ギルドは奇妙な喧騒に包まれていた。依頼の吟味をそっちのけにして頭を突き合わせる冒険者達は、興奮や焦り、不安の滲む声を出来るだけ顰めコソコソと議論を続けている。
「何だこりゃ? 」
朝一番にそんな光景を目撃してしまった冒険者チーム、漆黒の剣は。リーダー、ペテル・モークの呟きに思い思いの表情を浮かべながら、努めていつも通りに歩を進めた。カウンターの周囲を避ける様に形成された人垣を縦列に並んで突破した先、開けた空間に取り残されているのが異様な風体の2人組と薬師のンフィーレア・バレアレその人だと気付いたペテルは。知らず詰めていた息を軽く吐き出して3人に声をかける。
「おはようございます、ンフィーレアさん」
「お知り合いですか? 」
黒い鎧の男に問われたンフィーレアが口籠るのを悟るが早いか、ペテルは彼の言葉を遮る様に自己紹介を始めた。
「チーム『漆黒の剣』です。ほら、以前リィジ―さんの依頼を受けさせて頂いた。今回の依頼――は先約がいるみたいですね」
「嗚呼、いえ、依頼は確かにあるんですけど。こちらの2人はまだ登録が……」
バレアレ薬品店の依頼は中々に競争率が高い、トブの大森林での薬草採集などは危険が伴うのである程度の実力も必要とされる。ひと目で上等と分かる漆黒の全身鎧や、見慣れない模様が織り込まれた白地の外套を見るに外部の冒険者だろうと踏んだペテルの発言に、当のンフィーレアは困った様に頬を掻く。そう言われて改めて見てみれば、確かに2人の首には何のプレートも下げられていない。
「自己紹介が遅れました。私はモモン、こちらは仲間のサキです」
「こちらこそ、私がリーダーのペテル・モークです。手前からレンジャーのルクルット・ボルブ、魔法使いのニニャ『ザ・スペルキャスター』、ドルイドのダイン・ウッドワンダー」
「ニニャ・ザ・スペル――? 」
各々が軽く声を上げた所で、「サキ」と呼ばれていた白い外套の人物が僅かに首を傾げる。女とも男とも付かない背格好と顔立ちのその人は、見れば目元を厚い黒布で隠していながら、まるで意に介さない様子でモモンと顔を見合わせている。
「ほら、やっぱり二つ名とか恥ずかしいだけじゃないですか」
そら見た事かとペテルに食って掛かるニニャに、合点がいったらしい2人は慌てて訂正の声を上げた。
「嗚呼すみません。ダインさんがドルイドで『ウッドワンダー』だから、ニニャさんも魔法使いの家系でそういったファミリーネームなのかなー、と」
「そういうものであろうか? 」
「そういう事もたまにありましたから」
いやあお恥ずかしい、と兜の後頭部を掻くモモンの言動は、身なりの割に随分と謙虚なものだ。これまで何処の街でも冒険者登録をしていない事と言い、どうにも不思議な人達だと分析していたペテルの脇腹を。唐突にルクルットの肘が小突いた。
「どうした? 」
「そろそろ場所を変えようぜ」
促されて周囲を見回せば、遠巻きに屯する冒険者達が先程より騒がしくなっている。大方モモン達の素性が割れた所で、カウンターを占領される苛立ちが警戒心を上回り始めたのだろう。
「お待たせしました、こちらがお2人のプレートになります」
「ありがとうございます。――さて、これ以上の立ち話は皆さんの迷惑でしょうし。我々も依頼探しがありますのでこれで」
それはモモン達も自覚していたのだろう、軽く会釈をして2人はその場を立ち去ろうとしていた。ンフィーレアは途端に不明瞭な声を上げ、再度動いたルクルットの肘を、今度はペテルの片腕が妨害する。
「その事で一つ提案なんですが。我々と共同で依頼を受けては貰えませんか? 」
「共同で、ですか? 」
「ええ、そうすればお2人も銀級までの依頼に参加できますし。こちらは前衛が増えて大助かりって話です」
一瞬訝しんだモモンが納得の声を上げた所で、話の展開に気付いたンフィーレアが今度こそ声を上げる。
「だったら! モモンさんとサキさん、それに漆黒の剣の6人で僕の依頼を受けて下さい。日数はかかりますが、この編成なら十分問題がないはずです! 」
見事バレアレ商店に恩を売る事が出来た喜びに、ペテルとルクルットは後ろ手で硬い握手を交わした。
『いやあ、こういう悪友っぽい関係。何か懐かしいなぁ』
『……それ、具体的にはペロさんとかるし★ふぁー辺りの事思い出してますよね』
一方の新米冒険者モモンとサキ――に身を窶したモモンガと手羽先(L)は、青年達の隠しきれない燥ぎようを微笑ましく眺めつつ今後の予定について話し合っていた。当初は適当な討伐依頼をこなしつつ、ナザリック産の多少強いモンスターを倒して功績を高め早期のランクアップを図るマッチポンプ作戦を計画していたのだが。事は想像以上に上手く運ぶものである。
ンフィーレアが指名依頼を発注する手続きを待つ間、通された個室で改めて自己紹介をする事になった漆黒の剣の面々は。手羽先(L)と同世代の割に妙な所で純朴な、冒険者と言う言葉の実によく似合う青年達だった。
「目が見えなくても困らないなんて、凄いタレントじゃないですか」
「ニニャ君のタレントも十分凄いと思うよ? 私も魔法を覚えるまで結構大変だったんだから」
「――所で、モモン殿は先程から兜を被ったままだが。サキ殿と同様に何が事情があるのであろうか?」
スキルの発動がバレない様に隠した手羽先(L)の目を『タレント』というこの世界の概念で上手く誤魔化した所で、この場の誰もが気にかけていた部分にダインが初めて言及する。固唾を呑むサキとモモンの視線が一瞬交錯し、彼はゆっくりと、言葉を選ぶように話し始めた。
「……この事は、出来るだけ内密にして欲しいんですが――実は昔、厄介な呪いをかけられてしまいまして」
そう言って押し上げられたフェイスガードの下にあったのは。見たこともない文字を刻んだ包帯で覆い尽くされ、その僅かな隙間に醜く変色した唇や、色合いの反転した眼球を覗かせる男の顔。
「これは――」
「嗚呼安心して下さい、本当に見た目を損なうだけの呪いです。――尤もそれだけに誤解されがちで、滅多な事では人前で鎧を脱げないんですけどね」
素早くフェイスガードを戻したモモンガが苦笑する傍らで、手羽先(L)はこの偽装が暴かれはしないものかと何時になく警戒心を尖らせていた。何せハロウィンガチャ産のこのマスクは表面のポリゴンを上書きして表示する仕様だから、幻術でごく普通の容姿を取り繕うよりトータルのリスクが少ない。とモモンガに主張したのは他ならない彼女である。
「成程、そうでしたか……」
「分かりました、この事は誰にも話しません」
「俺達に手伝える事なら相談に乗りますよ」
「配慮が足らなかったのである、申し訳ない」
旅人だという事前の説明とモモンの容姿から大まかな事情を想像したらしい面々に、手羽先(L)もやっと胸なでおろす事ができた。容姿を変える呪いについてはニグン達が知っていたおかげで存在だけは確定していたが、ここまで人間要素が薄くても案外納得されるものらしい。この調子ならルプスレギナ辺りは誤魔化しが効きそうだと思案を始めるモモンガを他所に、話題は再びサキの事へと戻っていく。
「失礼ついでにもう一つ、サキさんとモモンさんってどういう関係なんですか? 」
「同郷の友人って所かな。元々私は辻で傷付いた人を癒やして回る様な事をしてたんだけど、その時色々あって助けてもらって。で、話を聞いたら昔個人的に教わってた人の仲間で――」
PKを擦り付けに来た相手が、やまいこが以前バイトしていたオンライン塾の担当生徒だった――という思い出話を手羽先(L)がそれらしく言い換えていると。手続きを済ませたンフィーレアが、受付嬢に案内されて部屋に現れた。
「皆さんお待たせしました、これが今回の正式な依頼書です」
受付嬢が差し出した2枚の依頼書、その一方にざっと目を通した漆黒の剣の面々は互いに顔を見合わせ、少しにんまりと表情を崩す。一方のモモンとサキは表情を変える事もなく、淡々とその内容を吟味している様だ。
「薬草採集と道中の警護――目的地はトブの大森林ですか」
「出立は明日の朝になります。皆さん、よろしくお願いします」
「私達漆黒の剣にお任せを、モモンさん達も頼りにしてますよ」
すっと頭を垂れたンフィーレアに。ペテルは揚々と胸を張り、モモンも声音を崩して応える。
「こちらこそよろしくお願いします。この依頼、必ず成功させましょう! 」
――こうしてモモンガ達の、小さな波乱に満ちた初依頼の幕は開けたのだった。
地元の有名人がバックに居るだけで話がスムーズになる事、現実でも結構ある話ですよね。