モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜 作:地沢臨
半年ぶりの再開
「そういえばモモンガさん、公式サイトは見ました? 」
次々と襲い来る《
「見ましたよ……はぁ、ついにユグドラシルも終わりなんですね……」
悲しみを示すアイコンを貼り付けた骸骨が、それ以上の哀しみを込めた声で嘆きながら《
「オワコンと言われ続けて早数年、サービス開始から……12年でしたっけ? 」
話題は今まさに彼等のいる空間。DMMORPG『ユグドラシル』のサービス停止についてだ。
「12歳となると、もうすぐ小学校も卒業って位でしょうか……」
「下手したらゲームも卒業の歳ですね……」
ですねぇ、と嘆きのアイコンを出す隣の天使は、その片手間に左腕の盾で迫る巨人を弾き飛ばし、その背後の巨人諸共フレイルの一撃で亡き者にしていた。
2人がぐだぐだと世間話や思い出話を続ける間にも、周囲を埋め尽くしていた巨人は瞬く間に数を減らし、既に軍勢は壊滅状態となっている。
「この辺でちょっと休憩にしましょうか。《
ルーチンワークにすっかり飽きたらしい天使がそう宣言するなり、分厚い暗雲を切り裂いて膨大な光がその頭上に降り注ぐ。轟音と共に周囲一帯を覆い尽くしたそれが消えた後には、骸骨と天使と、地表を埋め尽くさんばかりのドロップだけが残されていた。
「……手羽先(L)さん……」
「スイマセン……ま、まあ今はパーティー組んでるんだから食らわないし、ちょっと位いじゃないですか」
「それにしたって心臓と目に悪いんですよそれ! 身構える余裕くらい下さいよ!! 」
「ハイ……反省してます……」
骸骨による怒りアイコンの連打に、冷や汗と謝罪のアイコンで受け答える天使。廃人向け高レベルエリアで愉快なやりとりを繰り広げる者達こそ、ユグドラシルにその名を轟かせたプレイヤーの、今では数少ない生き残り。
1人は悪名高き異形ギルド、嘗てはユグドラシル最凶とも言われた『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長。オーバーロードの「モモンガ」
そしてもう1人は、ソロプレイヤー界の綺羅星にして辻PKKの奇行士。
死の主天使「手羽先(L)」その人だった。
ギルド外部の数少ないフレンドすらログインしなくなって早半年。最後のギルドメンバーがログアウトした後の空席を見つめていたモモンガは、やり切れない悲しみに振り上げた拳を、結局振り下ろせずにいた。
【"手羽先(L)"が侵入しました】
『お久しぶりですモモンガさん、行ける所まで突っ込んでもいいですか? 』
「ふ……ふざけてんですかアンタは!! 」
突如目の前にポップしたメッセージウィンドウと、唐突にかかってきたフレンド通話に。先程吐き出そうとした言葉に近いものが、随分と意味合いを変えて口から飛び出す。
いくら最終日とは言え、事前連絡も無しに知り合いのギルドホームへ単身襲撃をかけるのはどうなのか。しかもこの人物、過去に1度同じ事をしているはずだ。あの時はギルドメンバーの中でもその手の
『今行きますから! 絶対にそこを動かないで下さいよ! 』
『はーい、じゃあ聖域出して待ってますね』
振り上げっぱなしの拳を下す勢いでショートカットを呼び出し、予めセットしてある転移先の一つをクリックする。大急ぎで地下1層の入り口に向かえば、アンデットの群れの中で6翼の天使が緊張感もなく佇んでいるのが見えた。香炉を吊り下げた司祭杖と鏡の様に磨き上げられた大盾を両手に携えた天使が着込んでいるのは、美しくもどこか禍々しい青白さを湛えた鎧だ。
「いやー、半年ぶりですね。来ちゃいました」
「なんで手前で連絡くれないんですか手羽先(L)さん!? ここアクティブモンスターだらけですよ! 防衛ギミックだって置いてるんですよ!? 」
「いやぁ、折角だから魔王の城に単身攻め込む天使ごっこ、兼ナザリックタイムアタックでもしようかなーと。ほら最終日ですし、装備だって叩き売りのゴッズアイテムでそれらしくしましたし」
最終日に何を始めるつもりかと言外に詰ってはみるが、相手は悪びれる様子もなくその場でぐるりと回って見せる。更にドヤ声で装備を切り替え始めた「手羽先(L)」に慌ててパーティー申請をしたモモンガは、それが受理されたのを確認してどっと息を吐いた。こうしておけば、いくら暴れても拠点の防衛システムは反応しないので一応は安心だろう。
流石はお一人様の綺羅星、糸の切れた凧のごとき自由人。るし★ふぁーとは別のベクトルで疲れる年下である。今だけでも精神作用無効のスキルが実在の物になればいいのにと、モモンガはこの時間も職場で働いているだろう
「そういえば他の皆さんは? 」
専用エフェクト付きの両手剣を構えた手羽先(L)は、いかにもそれらしいポーズを決めてからふと首を傾げる。
「さっきヘロヘロさんがログアウトしたところですよ」
「あー……。やっぱり皆さん忙しいんですね」
「仕方がありませんよ。手羽先(L)さんは大丈夫なんですか? 」
気まずそうな声に苦笑いのアイコンを出したモモンガは、努めて明るく尋ねた。つもりだった。
「いや、大丈夫と言うか……実は今ちょっと仕事してなくてですね」
「えっ? 」
「半年くらい前にまあ、ちょっと持病がぶり返しまして。暫く入院してたんですよ」
今は自宅療養中で暇なんです、と殊更気まずそうな声で答える手羽先(L)は。無意識なのだろうが、アバターには存在しない膝の辺りをしきりにさすっている。昨今珍しくもない話とは言え、実際にそれを受け入れるのは辛いものがあるのだろうと。モモンガ――鈴木悟はそっと目を伏せた。
「そう、でしたか……」
「まあ折角の最終日ですから、リアルの事は置いといて。今日はサーバーダウンまでパーッと遊び倒しましょう!」
笑顔のアイコンと共にばっと手を広げたその頭上から、高らかなハレルヤのコーラスが響いたのを耳にして。鈴木悟はアバターの向こうでひっそりと苦笑を浮かべた。
「そうですね、じゃあ折角ですし玉座の間に行きましょうか」
「いいんですか? 部外者ですよ? 」
「”魔王の城に攻め込む天使” やりましょうよ。それにやっぱり、最後はあそこで迎えないと締まらないじゃないですか」
地下9層の大廊下にゲートを開いて、モモンガは手羽先(L)に手を差し出す。
「攻め込むはずが歓迎されてません? 」
「じゃあ……魔王と天使が手を組んだとか? 」
「あー、ウルベルトさんとかるし★ふぁーさんとかが好きそうな設定ですね」
お互いに照れくさそうな声で笑い合いながら、お人好しの骸骨と楽観的な天使は大墳墓の奥底へと消えて行く。
世界の終焉と、輝かしい思い出の全てを、その記憶に焼き付ける為に。