モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜   作:地沢臨

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今更な注意書きではりますが、この小説はギャグとシリアスのミルフィーユ構造でお送りしております。


天使囀って曰く

 モモンガがナザリックに帰還したのは、夜もすっかり更けた頃だった。即座に集まってくる僕達に独断で動いた事を詫び、デミウルゴスから上がってきた報告書を精査すると言って部屋に引き上げる。情報源にされた陽光聖典がまだ生きていると聞き内心嬉しい驚きを覚えるも、手羽先(L)の指示と聞いて彼は何とも言えない虚無感に陥った。

 僕達のカルマ値と直結した思考回路もそうだが、ちゃっかり独断で事を進める手羽先(L)も同じ位、モモンガの頭痛と胃痛の種となりそうだ。

 

 そしてその頭痛の種、もとい手羽先(L)だが。モモンガの私室に呼び出された彼女は、プリンター並に分厚い報告書を前にして、白い顔をより一層青白くして固まっている。赤に青にと忙しない両目は先程から同じ場所を小刻みに往復するばかりで、先に進んでいないのは誰の目にも明らかだ。

 

「……モモンガさん、なんかこう、難しい文章が読める魔法とかありませんか」

「そんなものはありません」

 

 製作者の学力がNPCに影響するのかはさておき、確かにデミウルゴスの用意した報告書はかなり形式張った文章で書かれている。仕事柄この手の書類に慣れているモモンガですらそう感じるのだから、書類仕事とは縁遠かったはずの手羽先(L)が根を上げるのは至極当然の事だった。

 仕方がない、とクラフト魔法でホワイトボードを出現させたモモンガは。ローブの両袖を捲り上げてペンを掴む。

 

「わかりました。今から出来る範囲で説明しますから、出来るだけ一発で理解して下さい」

「ぜ、善処します」

 

 全身からビジネスマンのオーラを放つモモンガに気圧されたのか、相対する手羽先(L)も、まるで新人社員の様に慌てて居住まいを正す。

 

「それではまず報告書5ページ目、スレイン法国の六大神について――」

 

 こうして突如始まった講義ともプレゼンテーションとも付かないモモンガの解説は夜を徹し、痺れを切らしたアルベドの乱入で打ち切られる頃には朝日が昇り始めていた。

 アルベドの私欲むき出しの懇願に屈した2人は、仕方なく表向きは休憩の為に一時解散する。モモンガは入浴を理由にアルベドを引き下がらせると、私室備え付けのジャグジーバスに身を委ねたまま、こっそり伝言で手羽先(L)と相談を再開した。

 

『えーっと、じゃあ取り敢えず陽光聖典は国に帰すって事でいいんですか? 』

『あの報告書を読む限り、一番敵に回したくないのは評議会や竜王国ですから。スレイン法国がそこを抑えているのなら、今は利用するのが得策ですよ』

 

 陽光聖典から得られた六大神の情報は殆どお伽話の様な物だったが。少なくとも、竜王なる存在がユグドラシルとは全く別種の魔法を使う事は真実と見て良さそうである。

 

『問題は、こちらの情報をどう秘密にさせるかですが……』

『私達のゲッシュじゃ細かい指定は無理だし、無形の洗礼も命令の光(レイ・オブ・オーダー)も時間制限ありますからねー』

 

 スレイン法国が陽光聖典にどの様な呪いを使ったのかは解明し損ねたが。モモンガ達の使える一番近い魔法は簡単な単語やアクションに対して一律にペナルティを与えるか、あるいはモンスターを一定時間コントロール下に置くかの2択で、あれ程複雑な誓約を化す事は不可能だと言うのが2人の一致した見解だ。

 

『その辺は上手く脅かすしかないですね。大人しくこちらに降ってくれると楽なんですが』

 

 親父臭い呻き声を上げて湯船に沈み込み、何か使えそうなアイディアはないかと思案する。ふと思い立ってアイテムボックスを漁れば、意味もなく溜め込んだ種族転向用のアイテムがモモンガの手に触れた。

 

『――ヴァルファズルの印章……って確か蘇生も付いてくるタイプでしたよね』

『そりゃレイス系の転向アイテムですから。って言うかそんなものまだ持ってたんですかモモンガさん! あれがばら撒かれたの、失墜アップデートの時ですよ!? 』

『恐らく全部で40個程』

 

 憮然としたモモンガの発言に、流石の手羽先(L)も伝言越しに絶句している。モモンガとて好きで大量収集していた訳ではなく、どうにも処分が付かないままずっと溜め込んで今に至ったのだが。

 

『で、さっきまでの話とソレがどう関係するんですか? 』

『いえ、「バラしたら死ぬ」よりは「死ぬに死ねない」の方が怖いかなーと』

『なーるほど、いやぁモモンガさんも中々のワルですねぇ』

 

 明らかにニヤついているだろう手羽先(L)の声音に、モモンガの返答が嫌味混じりとなったのはごく自然な事だった。

 

『いやいや貴女程では。私なんか、腐っても干からびても所詮はただの人間ですよ』

『あ、ヒドイ。こんなに素敵で人気者な天使をとっ捕まえて、事もあろうにバケモノ扱いですか』

 

 別に手羽先(L)の事を本気で化け物だとは思っていないモモンガだが、昔から「ゲームだから」笑って許される様な行動が多かったのが彼女である。今までは当然それで良かったが、生憎モモンガ達はユグドラシルではない何かに放り出されてしまった身だ。いつまでも遊び半分でいては足元を掬われて窮地に陥るであろうし、そうなった時に生き残れる保証は何処にもない。

 この際なのでその点をしっかり諌めておこう、と考えるモモンガは、結局のところ未だに仕事人間の感覚から脱していなかった。

 

『普段の言動が色々とぶっ飛びすぎなんですよ。さっきもデミウルゴスが散々褒めてましたよ? ただの悪魔じゃなくてカルマ値極悪設定の悪魔に。天使以前に社会人として由々しき問題だと思わないんですか? 』

『知りませんよそんな事。大体アレでしょ、どーせウルベルトさんの受け売りとか刷り込みとかそーいうのなんでしょ気付いてますからね! だってヴィクティムちゃん私の事男だと思ってたもん!! 』

「何次から次へと勝手な事やってんだアンタは!!! 」

 

 思わず湯船で仁王立ちになったモモンガの元へ、両の眼を血走らせたアルベドが強襲を仕掛けたのは当然の反応であり。その収拾に苦慮する事になったのは、やはり自業自得と言って差し支えがなかった。

 

 

 閑話休題。

 

 

「いいですか手羽先(L)さん。そもそも第八階層は大規模なトラップルームであって、ヴィクティム含めた守護者達はその中でも重要なギミックの一部なんです。万が一トラップが作動してフレンドリー・ファイア、即死なんて事になったら俺は自分と手羽先さんを一生呪いますよ。大体――」

「ハイ、ハイ――あ、そこは私も呪われるんdハイ反省してます、ハイ――」

 

 貴重な同種族との戯れの真っ最中にモモンガの急襲を受けた手羽先(L)は、第八階層のど真ん中で彼の説教を受ける羽目に陥っていた。足代わりの翼を器用に折り畳んで正座の姿勢を取ってはいるが、その腕の中には相変わらず階層守護者のヴィクティムが抱えられ、時折そのこぢんまりとした両手をモチモチと揉みしだかれている。

 

「本当に反省してるんですか」

「ホントウニハンセイシテイマス」

 

 逸らした顔をモモンガに両手で鷲掴みにされ、手羽先(L)は渋々と視線を正面に戻す。ステータス上ではどうという事もないモモンガの腕力だが。年上の凄みが載せられたそれに抵抗出来ない辺り、彼女はまだ大人に成りきれていない様だ。

 

「天使もアンデットも、死ぬ時は死ぬんですよ。それで帰れる保証があるのならまだしも、帰れなかったらどうするつもりなんですか? 」

「いや、まあ――その時はその時で仕方がないかなー……と」

 

 頬を掻きながらおずおずと切り出した手羽先(L)に、モモンガは愕然として両の手を離す。家族が在り、モデルと言う輝かしい職業があり、病という苦難を乗り越えてきた彼女の事。当然の様に現実への帰還を考えているのだとばかり思い込んでいた彼にとって、それは俄には理解し難い告白だった。

 

「――帰りたく、ないんですか? 」

 

 呆然と呟かれたモモンガの問いに、彼女は何故か苦笑を零す。

 

「出来るならまあ、いつかは帰りたいと思いますよ? でもほら、そもそも私、向こうに帰っても寿命とかたかが知れてるじゃないですか。その点こっちならそういう理由で死ぬ事は無さそうだし。だったら思う存分今を楽しんでから、飽きたら帰る位でもいいかなー……って」

 

 ダメですか? と困った様に聞き返す手羽先(L)の表情はどこか達観している様で。それが天使という種族の影響なのか、彼女の本質がそうさせているのか。ユグドラシルプレイヤーの手羽先(L)しか知らないモモンガでは、両者の違いを見分ける事は不可能の様に思われた。

 時間にしてほんの数秒、しかしモモンガにとってはとても長い沈黙の後。彼は先程の手羽先(L)と同じ様に、頼りない苦笑いを零した。

 

「……正直俺も、帰れなくても別に困らない、なんて事を思ってはいたんです」

 

 絶望の深さを相対化する事は出来ないが、彼女には彼女なりの逃げ出したい現実があったのだろう。そう己を納得させたモモンガは正座だった姿勢を胡座に崩すと、どっと肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

 

「あー、もう。それならそうと先に言って下さいよ」

「聞かなかったじゃないですかー。ほらヴィクティムちゃんもなんか言ってやって」

〈おふたりのわだかまりがとけたようでなによりです〉

 

 もちゃもちゃと奇妙な言語で全うな事を言うヴィクティムに暫し頬や顎関節を緩ませたモモンガと手羽先(L)は。改めて第八階層とその守護者に対する取り決めを確認し、それから漸く本来の予定に向けて行動を開始した。

 

「えーっと、じゃあ取り敢えず陽光聖典にはギルド名でゲッシュをかけて、ヴァルファズルの印章を持たせて――」

「確か種族転向アイテムにも装備解除不可の呪いは乗るはずですから、それもついでに乗せておきましょう」

「後はもう演出次第ですねー」

 

 こういう事は僕達の邪魔が入らない場所で決めてしまうのが良いだろう、と改めて陽光聖典の処遇についての話し合いを再開したモモンガ達だったが。結局の所話はやはり「如何にハッタリを効かせるか」の部分に終始する事となる。

 

「下手に仲間に率いれるとか言うと、今度は僕の反発を招きかねませんし……」

「なんかもうこう、どうせ印章渡しちゃうんだし頑張って徳を積んだらレイス枠で採用とかでいいんじゃないですかね? ほらこれならアルベドちゃん達には異形種だからオッケーで押し通せますよ」

「……速攻で自殺された場合は」

「それはもう、無慈悲な10位階退散魔法で破ァー! ですよ」

 

 如何とも形容し難いポーズを決める手羽先(L)に、モモンガは骸骨の顔で精一杯微妙な顔をした。このナザリックで彼女の10位階退散魔法《灰は灰に(アッシュ・トゥ・アッシュ)》に耐えられるアンデットはフル装備のモモンガ位のものであり、唯のレイスを相手取って使うにはいくらなんでも過剰攻撃が過ぎると言うものである。意気込みだけを評価するべきか、むしろ超位魔法《土は土に(アース・トゥ・アース)》を持ちださなかった事を褒めるべきかと年長者のスルースキルを発揮したモモンガに対し。当の手羽先(L)はボケが滑った居た堪れなさに、じわじわと精神を蝕まれていた。

 

「……なんか反応下さいよ」

「実際にやる時は塵は塵に(ダスト・トゥ・ダスト)で手を打って下さいよ? 10位階は流石にやり過ぎです」

「ヴィクティムちゃ〜ん、モモンガさんがマジレスでいぢめるよ〜」

〈おしずまりくださいてばさきえるさま、モモンガさまにかぎってそのようないとはございませんよ〉

 

 小さな手足を精一杯広げて慰めようとする健気な階層守護者と、その好意を完全な私欲で利用するどうしようもない天使のやり取りを眺めるモモンガは。改めてヴィクティムの私的な連れ出しは厳重に禁止しておこうと強く決意を固めていた。




はあ……ヴィクティムちゃんかわゆ……

グダグダとした前振りも終わり、次回から漸く本格的な活動スタートとなります。
やっぱりグダグダなプレイヤー2人の珍道中と、知らぬ間にフラグを背負わされる陽光聖典にご期待下さい。

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