モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜   作:地沢臨

12 / 22
12/20:オリ主の設定一部公開と共に章立てを行いました、その都合で話数にズレが発生しております。
    次回投稿は閑話になります。


ニグン・グリッド・ルーインの死

 振り抜かれた刃は、剣というにはあまりにも大きすぎ、ぶ厚く重く、そして大雑把すぎる代物だった。その一刀が生み出した風圧は周囲の天使を容易く両断し、後方に控えた召喚者をも吹き飛ばさんと荒れ狂う。

 

「……そんな」

 

 辛うじて踏み止まったニグンの耳を、誰かの呆然とした呟きが掠める。奇妙にはっきりとしたその言葉が自分の口から零れたものだと、彼はついぞ気付かなかった。

 

「よっこいしょっ、と」

 

 巨大すぎる両手剣の一振りで殺到した天使を消滅させた存在は、その剣を振るうにはあまりにも相応しくない声を上げて立ち上がった。先程までそこに居たはずのガゼフ・ストロノーフの姿は既に影も形もなく、ただ踏み砕かれた地面が放射状にひび割れているだけである。非常識な胆力を発揮した存在は眩い全身鎧に身を包んで尚、担ぐ大剣のシルエットに大部分が隠されてしまう程華奢で。女とも少年とも付かないその声音も相まって、ニグンにかつて対峙した青薔薇の女の事を思い出させた。

 咄嗟に残った天使達を下がらせ、自らの前へ盾の様に配置させた彼はその背後から注意深くその大剣使いを観察した。先程の一刀から見てもその力は間違いなく英雄の域に達しているが、唯の剣士であれば消えてしまったガゼフ達の説明が付かない。未知の魔法を極めた騎士か、或いは強力なマジックアイテムを隠し持っているのか。見誤れば確実にこちらが殺される事を彼等は既に痛感している。彼の内心を見透かすかの様に、大剣使いは悠々とした動作で周囲に視線を巡らせた。

 

「こんにちは、『陽光聖典』の皆さん。そこの権天使を連れている貴方が隊長さんだね? 」

 

 一切の淀みなく、確信に満ちた声音で告げられた言葉に。祈祷による精神作用への耐性を持つはずの部下達に動揺が走った。大剣使いの視線は炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を透かす様に、迷うことなくニグンに注がれている。その視線に気圧されたニグンは、後退しそうになる己を叱咤して声を上げた。

 

「お前は、何者だ。ガゼフ・ストロノーフを何処へやった」

「おっとごめん、自己紹介は大事だよね。私は――そうだね、こちらでは『テバサキエル』を名乗っているからそれで覚えて貰おうか。しいて言うならまあ、パラディン兼ビショップかな? 」

 

 君達の同業者だよ。と軽い調子で付け加える相手にニグンはつい顔を顰めた。あからさまに偽名である事を仄めかし、その偽名には「神の如き」を意味する「ディーバ」を冠している。挙句に信仰に身を捧げた身分である神官を指して、それがさも数多ある生業の一つ、単なる稼ぎ口であるかの様に貶するという念の入れようである。明け透けな挑発の数々に気を散らさぬ様奥歯を噛み締めた彼は、顎をしゃくって先を促した。

 

「ガゼフ達なら村に戻してもらったよ。その辺に転がってると、天使と一緒に粉微塵になっちゃうからね」

 

 言外にお前達等敵ではないと、こちらには仲間が控えているのだと明かしたテバサキエルに、ついに部下の数名から短い悲鳴が上がる。無意識に懐の切り札へと手をやったニグンは、その確かな質量に僅かながら冷静さを取り戻す。

 

「それじゃあこっちも質問させて貰うよ。名前――は名乗らなくてもいいや、質問は2つ。この先の村にダミーの兵士を送り込んだのは君達だね? 目的は何だい? 」

「ふん、我々を陽光聖典と知ってそれを聞くか」

 

 全ては弱き人間を守る為、この大地に蔓延る魑魅魍魎から己等の生存圏を守る為に人類の結束は急務だ。なれば多少の犠牲には目を瞑り、汎ゆる手段をもって正しき神の元に統一を成す事が、神の僕たる我等の使命。ニグンは狼狽する部下達へ言い聞かせる様に、そうきっぱりと宣言した。

 

「嗚呼、そう。そういう事」

 

 呆れた様な声音でそう呟いたテバサキエルは、それまでの軽薄な態度を消すと身の丈に余る大剣を下段に構える。士気を取り戻した部下達に素早く指示を飛ばしたニグンは、懐の切り札をいつでも使える様に監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を自分の前へ移動させた。部下の操る炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)は彼の四方を囲み一糸乱れぬ連携を繰り出すが、テバサキエルはその剣戟ごと大剣の一振りで切り伏せる。袈裟懸けの一刀からの切り上げ、やや高い位置を狙った横薙ぎを引き戻し、踏み込みと共に片腕だけで突き出す。守りの意識すらないその動作は、一見すれば駆け出しの南方剣士の様な粗雑さだが。恐らくは絶対的な自信に裏打ちされた故の手抜きなのだろう。いとも簡単に光の粒となって霧散するアークエンジェルに舌打ちをしたニグンは、部下の1人に向かってハンドサインを出しながらテバサキエルに向かって声を上げた。

 その注意を、わざと自分へ向けさせる為に。

 

「その剣、唯のだんびらでは無い様だな」

「あ、やっぱり分かっちゃうか。まあこれは天使を倒す事だけに力を注いだ、他には取り柄がない唯の大剣なんだけどね」

 

 なかなか格好いいでしょう? と自慢げに正眼で構え直したテバサキエルの声音は、何処か宝飾品を見せびらかす女のそれに近い響きを持っている。彼の脳天気ぶりに薄ら寒い何かを感じたニグンは、一方でその強さが純粋な力量だけでは無かった事に僅かな安堵と嘲笑を浮かべた。

 

「成る程、では――総員、かかれ! 」

 

 ニグンの鋭い一声に呼応して、残っていた天使がテバサキエルに殺到する。それと同時に天使を失った部下達が一斉に詠唱を行い、第一波を薙ぎ払った彼目掛けて雨霰と魔法を叩き付けた。一瞬にして色とりどりの光と土煙に覆い尽くされ、更に再召喚されたアークエンジェルの攻撃を浴びせられたテバサキエルは。それでもまだしっかりと、2本の足だけでその場に立っている。薄ら寒さの正体をその光景に転嫁したニグンは、迷うこと無く切り札の――最強の天使を召喚する魔法を封じたクリスタルを掲げ。祈りを込めて声を張り上げた。

 

「最高位天使よ! 我等に力を!! 」

 

 陽光の様に眩い光の奔流に飲み込まれながら、ニグンは己の信仰に誤りがなかった事を心の底で噛み締めていた。それは伝説の招来を前にした歓喜の様で、ある一方では拭い切れぬ不安に対する自己暗示の様でもあった。

 

 

 

 

 一帯を覆い尽くした光が収束し、ローズマリーに似た清涼な香りが肺に流れ込む。その中に潜む僅かな甘苦さを察知するより先に、視界を取り戻したニグンは現れた威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を仰ぎ。そして、そのドミニオンと対峙する「なにか」の存在を認識した。

 

「あー、ゴメン。質問追加してもいいかな――このドミニオンが一体何だって? 」

 

「なにか」から発せられた声は、間違いようもなく先程から対峙しているテバサキエルの声だ。しかしそれはニグンの遥かな頭上から、絶対の断罪者の如き響きをもって降り注ぐ。呆然と空を見上げていた部下達は、声にならない嗚咽を上げながら次々と跪いていた。

 

「ド、ドミニオン・オーソリティ……かつて魔神の一体を、たった一騎で討ち滅ぼした、最高位の天使……」

 

 うわ言の様にそう答えたニグンの眼が宙を彷徨い「なにか」の全貌を捉えた時、彼は己の信ずる世界が崩れ去る音を耳にした。

 

 テバサキエルと同じ鎧を纏うそれは、3対の翼に複雑な文様を描く光輪を携えた紛れも無い天使。その手には眩い光の刃を持った、竜をも一薙ぎで屠るだろう巨大な両手剣が握られている。何よりその身から発する気配は、恐怖すら感じる程の清らかさで周囲を圧倒していた。

 

サモン・エンジェル・8th(第8位階天使召喚)――スローンズ・イージス(神盾の座天使)ザバーニーヤ・ネメシス(天罰の死天使)

 

 天使が光の刃を掲げ、はっきりとした声量で召喚の言葉を唱えると。天からは呼応する様に光が降り注ぎ、やがて2体の天使が召喚された。濃厚になった香りに、ニグンはそれがミルラの芳香に似たものだと気付く。次いで天使は何処からか取り出した小瓶を開けると、その中身を威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に振りかけた。

 ぷつり、とニグンの意識から何かが切り離される。

 

「――よし、じゃあ”付き従え” 」

 

 命令はたった一言。その一言に吸い寄せられる様に、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が宙を滑る。目の前で傅く様な動きを見せたドミニオンに満足した天使は、ほうと満足げな声を上げた後ニグン達に視線を落とした。

 

「さて、それじゃあ順を追って突っ込ませて――あれ? 」

 

 刀身の消えた大剣を教鞭の様に構えた天使は、しかしニグン達の頭上から視線をずらして小首を傾げる。呆然とその視線を追い掛けた陽光聖典の傍らには、何時の間に現れたのか、黒尽くめの魔法詠唱者らしき存在が立っていた。

 

「アインズさん何ですか? このドミニオンならあげませんよ、折角『洗礼(ゲット)』出来たんですから」

「『ひとのものをとったらどろぼう! 』って言うテイミングゲームの台詞があってですね……まあそれは置いといて。そこの人間が最高位天使がなんとか言い出したから約束通り加勢に来ただけですよ。まあ、結果は何というか……」

「骨折り損のくたびれ儲けって奴ですね、アンデットなだけに」

 

 アインズ、と呼び掛けられた存在は大げさなリアクションで溜息を吐くと、ニグン達の存在を気にする素振りもなく天使の元へと歩いて行く。地表近くまで降りてきた天使と暫く言葉を交わした彼は、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を見上げ、次いで陽光聖典へ視線を移し、再度大げさな溜息を吐く。ざり、と音を立てて振り返ったその姿に、彼等は一斉に息を飲んだ。

 

「はじめまして、スレイン法国は陽光聖典の皆さん。私の名前は――」

 

 振り返ったアインズの胸元は薄い皮膚の張り付いた胸骨が曝け出され、臓腑のあるべき場所には禍々しい光を放つ赤黒い宝玉が収められている。

 

「――スルシャーナ! 」

 

 悲鳴の様に紡がれたその名は、かつてこの地を統べ、そして大いなる罪人により永遠にこの地を去った神の名。

 死と闇を、恐怖と疫病を支配する慈悲深き黒の神は。その権能を示す、骨と僅かばかりの皮膚を備えた死者の姿で伝えられていた。

 

 

「ニグン・グリッド・ルーイン」の人生は、この日、神の再臨と共に幕を下ろした。




(死んだとは言っていない)


天使を召喚した時の香りがローズマリーなのは某痴女がスタイリッシュなゲームのネタです。
ミルラはお香とか男性向けの香水に使われている奴です、これは一応聖書ネタ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。