モモと手羽先の異世界道中〜神様ロールプレイ始めました〜   作:地沢臨

10 / 22
大慌てで備蓄に走っていたら投稿が遅くなってしまいました。
イベント終了まではまた投稿が遅くなるかもしれません。


一寸先の地獄

 村長宅にてやり口だけは詐欺まがいの交渉を済ませたモモンガは、生まれて初めて自分の能力に自信を抱いていた。高校とは名ばかりの職業訓練校に無理をして通い、その時のツケは今だに奨学金の返済として双肩にかかってはいるが。ゲームに課金できる程度の稼ぎを得られるようになったのは、間違いなく鈴木悟という人間の培ってきた知識と能力の賜物なのだ。

 ユグドラシルでは周囲に上位中流階級とすぐ判る様な人物がごまんと居た事でよくコンプレックスを抱いたが、実際その内の半分程はしがない平社員だった事を、彼は今になって思い出していた。

 

「――それではまず、この辺りの地理について教えて頂けますか? 」

 

 モモンガは自分達を『謎の力により本来の場所から転移させられた魔法使いとその仲間』だと説明し、常識レベルの質問をしている事への予防線を張った上でそう切り出した。これでミズガルズにあった街の名前でも出てきてくれれば、少なくともある程度ゲームの知識で対応出来る世界という事になる。

 地理が知りたい。というモモンガの求めに対し、村長は断りを入れて席を立つと部屋の片隅に置かれたチェストから古ぼけた羊皮紙を取り出してきた。

 

「こちらがこの辺りの地図です。何分古い物で小さな村は殆ど書かれていませんが、戦や魔物の出没で無くなる村も多いですので……」

 

 広げられた地図に目を落としたモモンガは、そこに書かれた文字が全く読めない事に無い心臓を跳ね上げた。ユグドラシルの背景オブジェクト等に使われていた通称「ユグドラシル文字」はルーン文字に似せただけのアルファベットだったので、余程の新規プレイヤーを除けばある程度は読める様な代物だったのだが。この地図に書かれた文字は明らかにそれとは雰囲気が異なる。

 

『て、手羽先さん……』

『モモンガさんここで光ると色々台無しです、KOOLになりましょう、はい深呼吸! 』

『呼吸する肺がありません! 』

 

 伝言を無駄遣いしてのコントにオチが付いた所で。手羽先(L)はこっそり開いたアイテムボックスから目当てのアイテムを取り出した。スチームパンク風の装飾が付いた虫眼鏡は、モモンガの記憶が正しければデータクリスタルが組み込めないアーティファクトの中でも殊更使い道のない、いわゆる「産廃」の一種。「シャンポリオンのルーペ」という、オブジェクトに書かれたユグドラシル文字を日本語に翻訳するアイテムのはずである。

 

「嗚呼、気が回らずに申し訳ありません」

「いえいえ、お構いなく」

 

 ルーペに気付いた村長が慌ててチェストへ引き返そうとするのに待ったをかけて、手羽先(L)が地図を覗き込む。幸い地図には街や砦を見分ける為の簡単な絵も書かれているので、モモンガはそちらを頼りに話を進める事にした。

 

「先程の話からすると頻繁に戦がある様ですが、やはり領土の問題ですか? 」

「はい。特にこの村から南へ行った辺りは王国と帝国、法国の領土が接していますから。帝国などは毎年の様に大きな戦を仕掛けてくるので、辺りの村々は開墾も進まず皆弱っています」

 

 地図の中央辺りを示した村長は、心底疲れ果てたと言った表情でそう零した。

 

「ここがカルネ村で……一番近い街がエ・ランテルで……王都まで結構離れてるね」

「ええ、街道沿いに馬を走らせても2週間はかかります」

「帝国の首都までもそのくらいかな? 」

「私では何とも……この時期は本来停戦中ですから、手続きを踏めば入国は許されると聞いていますが……」

 

 幸いな事にルーペはゲーム外に活躍の場を見出したらしい。手羽先(L)はモモンガにも判るよう、地図を辿りながらさり気なく街の名前を読み上げどんな土地なのかを尋ねていった。尤も村長はあまり村を離れた事がないらしく、エ・ランテルと王都リ・エスティーゼ以外の都市については伝聞の域を出ないあやふやな情報が得られたのみに終わるのだが。

 

「なるほど、大まかな地理については分かりました、そうなるとこの村を襲った騎士達ですが……」

 

 少なくともここがユグドラシルの何処かではない事、そしてこのカルネ村が置かれている状況を理解したモモンガは、事態の複雑さに仮面で覆われたこめかみを無意識に押さえる。

 

「あの鎧は帝国の騎士が身に付けている物かと……」

「え、あれ法国の兵士じゃないんですか?」

「え? 」

「え? 」

 

 顔を曇らせる村長の反応に顔を覆ったモモンガ目掛け、さらなる超位魔法を叩き込んだのは手羽先(L)だった。咄嗟にタイム・ストップ(時間停止)をかけたモモンガは、静止した時間の中で盛大に叫び声を上げる。

 

「手羽先ィィィィィ!!!! 」

「ごめんなさいごめんなさいあとで毟って唐揚げでも煮込みにでもしていいですから!!!! 」

「アンデットは天使食べませんよ大体飲食不要なんですから。まずはこの状況をどう自然に纏めるかを考えましょう、はい魔除け香」

「ふー……そこにマジレスされても困りますって」

 

 アイテムで手羽先(L)を無理矢理沈静化させたモモンガは、さてこの状況から一体何をどうすれば怪しまれずに済むのだろうかと知恵を絞る。

 

「……そう言えばさっき、法国の話をするのにわざわざ生と死の神が云々って説明してたよな……」

「あ、じゃあその路線でなんとか誤魔化しましょう」

 

 タイム・ストップの有効時間が切れる前に改めて深呼吸をした2人は、最初と同じ顔を見合わせたポーズで時の流れが回復するのを待った。こういう時に臆面も無く間抜け顔を作れるあたり、やはり彼女はモデルなのだとモモンガは仮面の下で感心する。

 

「……何故、その様に思われたのですか?」

 

 幸い何も気付かなかったらしい村長の問いかけに、手羽先(L)がこほんと咳払いを一つ。

 

「私がデス・ナイトの側に居る所を見た時の反応が、村の皆さんと少し違ったからね……さっきの話からすると法国には死に纏わる神への信仰があるけれど、帝国や王国にはそれが無いみたいだから。それが理由かなって」

『で、いいんですよね? 』

 

 なんでもない顔を必至で取り繕う彼女の懇願を受けて、モモンガは態とらしく顎に手を当てた後口を開く。

 

「……考えてみれば、この状況で王国と帝国の対立が激化した時に得をするのは第三者の法国ですからね。如何にもありそうな話です」

 

 陽動や漁夫の利を狙う作戦はぷにっと萌えさんも使った手口だ。ユグドラシルでは手羽先(L)の持つ死神の眼の様なスキル、補助魔法はありふれていたのでかなり入念な準備が必要だったが。こちらの世界では恐らくもっと簡単に事が運ぶだろう。

 

「面倒な話になって来ましたね」

「全くです」

 

 あの絶体絶命としか言いようのない局面で笛を鳴らした辺り、恐らくどこかに後詰めが待機しているのだろう。帝国と法国が手を組んでいる可能性はまだ捨てきれないし、迂闊に攻勢へ転じれば王国内からカルネ村ごと危険分子と見なされる可能性すらある。いくらたった41人で1500人を退けた前歴のあるアインズ・ウール・ゴウンとて、複数の国を相手取って戦うのは無理というものだ。

 降って湧いた四面楚歌の危機を前に村長は青ざめた顔で天を仰ぎ、2人の異邦人は異形狩りに追い回された日々を思い出して重い溜息を付いた。

 

「どうします? 」

「取り敢えず捕虜は一度森に隠して……死んだ騎士は主にモンスターのせいにしましょう。村長、トブの大森林はどんな魔物が多いんですか? 」

「村の近くは森の賢王の縄張りですが――森の北東には巨大な虫の魔物やトロルの様に大きな熊が居るらしいと聞いています」

 

 訝しげに答える村長に礼を言うのもそこそこに、モモンガは近くの森――こちらでは「トブの大森林」と呼ぶそこへ偵察に出していたアウラへ伝言を繋ぐ。

 

『――わっ、も、モモンガ様!! 何かご命令でしょうか? 』

『嗚呼そうだアウラ、今私と手羽先(L)さんはナザリック地下大墳墓から南へ行った所の村にいる。状況は追って話すが、お前にはまず次の条件に合った配下を連れて来て貰おう。条件はデス・ナイト以下のレベル.、森林地帯に潜ませても違和感のない獣か蟲系の中型種だ。何か良い配下は居るか? 』

『えっと……はい!ルーンクロー・ベアであれば、モモンガ様のお望みに叶うかと思います! 』

 

 ルーンクロー・ベア(ルーン爪の熊)と言えば、グリズリーのバリエーションながら同レベル帯では魔法防御が高く、駆け出しの魔法職に立ちはだかる関門の様なモンスターだ。レベルや全体的なパラメーターはデス・ナイトに若干劣るが、むしろその位の方が丁度良いだろうとモモンガは判断した。

 

『あれならば問題は無いな。よし、ルーンクロー・ベアを伴い見つからない様に村外れまで来るのだ。到着次第伝言を遅れ、次の指示はその時に示す』

『はい、モモンガ様の御心のままに! 』

 

 アウラとの伝言を切ったモモンガは、村長に仲間の猛獣使いが来る事を伝えると一つの提案をする。

 

「騎士が何処の差し金かはまだわかりませんが、彼らに他の仲間がいる事は確かです。最低でも今夜一晩は集まって過ごした方が良いかと」

「元よりそのつもりです」

「不寝番は我々も手伝いましょう、捕虜についてもこちらに任せて頂けますね? 」

「お願いします」

 

 窓の外に視線を移せば、村人達は既に埋葬の準備へ取り掛かっていた。それを見て騎士の死体をどうしたものかと思考を巡らせたモモンガは。意識の隅にまだ、デス・ナイトとの繋がりの様なものが残っている事に気付き不死の祝福で周囲を伺った。探ってみればゾンビ達はまだ消えておらず、デス・ナイト共々広場の片隅に大人しく集合している。時計を確認できないので正確な事は言えないが、モモンガの体感に狂いがなければ、とうにスキルの有効時間は過ぎているはずだ。

 

「手羽先(L)さん、ゾンビの片付けをお願いします」

「態々ですか? あれ、そんなに長く効くスキルじゃないでしょう」

「そういう訳には行かないかもしれませんよ」

 

 この世界は、自分達の及び知らない事があまりにも多い。それを肝に銘じたモモンガはアルベドに今後の指示を出すべく、村長に続いて外へ向かう。

 

「黒いおねえさん。あの白いひと、ほんもののてんしさま? 」

「人間の分際にしてはよく出来た眼を持っている様ね。ええ、あの方こそ第四の序列に並ぶもの、中位三隊を統べる主天使そのもの――」

 

 敷居を跨いだ直後、モモンガの視界に飛び込んだのは。ナザリック自慢の守護者統括が、今まさに超位魔法を炸裂させた瞬間だった。




大卒の自分は工業高校卒の弟に年収を追い抜かれました
世界って残酷

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。