【完結】 気が付くと学園都市で銀行強盗していた   作:hige2902

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第二話 駆動 <Drive>

「あ? こっちにゃレベル3のパイロキネシストが居んだぞ。てか一般人がなんで銃を持ってんだコラ」 とロンゲ。短髪が後を継いだ。

「焼死は辛いぞ、炎は酸素を消費するようなもんだから息もできずに苦しんで死ぬ」

 

 おれは吐いた言葉に反して僅かに引いたロンゲの身に、追うように銃口を押し付けて答える。

 

「一般人じゃないから銃を持っている。焼死がどうした。その言いようだと能力者は黒髪一人だって白状してるようなもんだ。つまりロンゲ、どうやってゼロ距離から発射される亜音速の弾丸から逃れるんだ? おまえが何らかの能力者ならまだしも」

 

 固まっているドレッドヘアに視線をやって、続けて言った。

 

「まあ、このロンゲごとおれを焼き殺せば分け前は増える訳だから、おまえの期待している事もわからんではないが」

 

 後はこのロンゲを人質に女と脱出。

 いつの間にかおれは銀行に金を返還する案を忘却していた。前提として保険会社から損失が補填されるのなら選ぶべきだ。こいつらに奪われるか、相方の娘の命を救う可能性のどちらを取るかという話。なら、後者を選ぶ。おれは強盗。文句、あるか。

 女の娘が汚い金で生きながらえて嬉しいかどうかなんて、当人が決める事だ。そもそも逃げ切れる可能性は低いし、札の通し番号から割れるかもしれない。そうなったらなったで終わりだ。そこまで責任は持てない。学園都市なんだから闇医者の一人や二人くらいはいるだろう。だから金が要るのかも知らん。ともあれ、こんな状況になった以上はただ善処するだけだ。

 

 というおれの予想に反して、ドレッドヘアとパイロキネシストは互いに視線を合わせるとニヤリと笑った。いやちょっと待って。凄くヤな予感。

 

「確かにな」 パイロキネシストは掌に火球を発生させ、せせら笑う。 「おまえを殺せば取り分は増える。殺さなきゃおまえが手を着けている銀行の金を逃す事になる。んだったら当然、前者を選ぶよなあ。ええ? おい。金はそのダッフルバッグか? そうなんだな? 降ろしたての札束は。成金さんよお」

 

「それに、おまえも無能力者らしいしな。その立ち振る舞いからすると」 とドレッドヘア。

「お、おいちょっと待ってくれよ、おまえら!」 ロンゲが焦った口調で。 「冗談だろ!? なあおい、おれたち仲間だろ?」

 

 一拍の沈黙の後、ドレッドヘアが後頭部を掻きながら諦観したように言う。

 

「わーかってるよ、んなこと。ちょっと強請っただけだ。その男がびびって金を出せば良し、出さなきゃ諦める。むしろそこんところは乗ってほしかったぜ。どうする? おれと熱い仲になるか、それとも大人しく金を渡すか? くらいは言ってくれよ。なあ」

 とパイロキネシストに話を振ると、あ? ああ、と取り繕うような生返事。誤魔化すように乾いた笑い声をあげる。

 

「そう、か。そりゃそうだよな。おまえらがおれを裏切るなんて、ないよな。悪かった」

 

 いやこれパイロキネシストは絶対ヤる気だったろ。銀行強盗なんて緊迫した状況では色色と思考が追い付かないのはおれもそうだったから、他人の事は言えんが。

 という所でシャッターが外から叩かれる。

 

『あのー、どうかしまして? 営業時間内ですわよね、まだ』

 

 明らかに少女の声が隔たるシャッター越し故にくぐもって聞こえた。行内に緊張が走る。もう駄目だ。

 もしもここで助けられようものなら、行員の証言により逮捕は免れない。

 客は客で、緊急事態を伝えようものならどうなるか理解しているようで何も言わない。ひりつく空気の中、ドレッドヘアが見た目に似つかわぬ温和な声をあげた。

 

「申し訳ございません。消火器に……飲料が零れてしまいまして。その、拭いている途中で誤って作動させてしまい、現在とても営業できる状態ではありません。誠に勝手ながら、ただいま業務を一時停止させていただいております。ご迷惑をおかけします」

 

『そーなんですか。わかりました、いやあひょっとしたら銀行強盗の真っ最中だったりするのかなって』

 

 あはは、と冗談交じりに別の少女は言っているが笑い話ではない。

 拘束されている客の一人が額に二つ目の青筋を立てている。

 不謹慎でしたね、ごめんなさい。と付け加えると立ち去ったようだ。それ以上の追及はない。しかしやるなあドレッドヘア。

 

「よく、助けを求めなかったな」 褒めてやるぜと言った口調でロンゲ。

「そんな事したらパイロキネシストに焼かれる、おまえごと」

「するわけねえだろ!」 不安を打ち消すように語気を荒げてロンゲは否定する。

「どうだかな、さっきのだって怪しいもんだ。とにかくまあ、おまえらの邪魔はしない。おれの邪魔をしないのなら」

 

「じゃあ、そこで黙って見てりゃいいさ」 とドレッドヘア。 「しょうがねえからゴールドをいただくとするか、重いから嫌だったんだが札よか足は付きにくいと考えりゃあ……」

「いや、おれは今すぐここを出る」 だってもう受付が非常ボタンを押してるだろうから。 「いつパイロキネシストの気が変わるかわからん。支配人を貸せ、裏口を開けさせてそこから出る。ロンゲは人質だ、出口で解放する……そこの女も一緒にな」

「だからあいつがおれを見捨てるわけがねぇんだよ!」

「よせよ」 とたしなめるドレッドヘア 「女はあんたの連れか? まあ、いいさ」

 

「なあ! おまえも冗談で言ったんだよな!?」

 ロンゲがパイロキネシストに顔を向ける。当たり前だろと返されたが、一瞬だけ視線を逸らされたのはおれでもわかった。

「ほらな」

「てめえ……殺してやる」

「なんでおれを恨むんだよ」

 

 怨嗟のこもった視線をロンゲから向けられるが、おれは気にせず銃で小突いて女の拘束と目隠しを取り外させる。ダッフルバッグを背負い、しっかりとロンゲの後頭部に銃を意識させて。

 それが不味かった。女の目隠しが払われ、安堵の表情を見て油断したのもある。ロンゲはおれが背後に立っているのを良い事に、密かに取り出したナイフで振り向きざまに薙いだ。

 馬鹿な事をした。ロンゲを殺せば人質を失う訳だから、後頭部に銃を当てるべきではなかった。絶対に撃たれないという確信を持ってロンゲは反撃に出た。 ――もちろんモデルガンとバレると終わりだから撃ちたくても撃てないけど――

 

 前腕が鋭く熱を持った。切られた、と理解したのはナイフの遠心力で飛んだ血と銃を認識してからだ。ロンゲは、そのはずみで床に落ちた銃を空いている左腕で素早く拾い上げて狙いをおれに合わせて勝ち誇る。それに構わず鳩尾に前蹴りを入れると、嘔吐に似た苦悶の声をあげて腹を抱える。零れ落ちた銃とナイフを無視して下がった頭を掴む、鼻っ柱に膝を打ち上げた。骨の砕ける生生しい感触が伝わってくる。

 

 ロンゲの荒い呼吸と痛みに耐える喘ぎ声、床に滴る鼻血に涙。それでもおれを睨みつけるのを止めようとしない。

 

「はぁあ、ふぅ、っぐ……ころ、殺す」

「もうよせ。降ろした金額も、銃を持ってるのもそうだが……そもそも構えられた銃を無視して反撃するなんて常人じゃねえ、相手が悪い、堅気じゃねえ。おまえも銃を構えられていたが、撃たれずに不意打ち出来たのは人質だからだ」

 とドレッドヘア。

 

 おれは余裕を持ってゆっくりと銃とナイフを拾う。

 

「おまえが気に入らないからつい頭を狙ってたのは、おれの落ち度だな。殺せば人質を失う事になるのに気が付かなかったから反撃を許した。それにしても軽くし過ぎるのも考え物だな、あの程度で落とすとは」

 

 これでなんとかフォローできたか? ロンゲに銃を持たれた時は流石にバレたかと肝を冷やしたが、先のセリフと痛みやら鼻血による呼吸の乱れと興奮で気付かない事を祈る。

 

「そいつを、返せ」

 とロンゲ。

 おれが左手に握るナイフに視線をやって命令してきたのでカウンターの向こうに放り投げる。

 

「後で取りに行け。噛ませ犬らしく、犬のように」

 

 女にロンゲの両手を後ろ手に拘束させ、先頭から支配人、ロンゲ、おれ、女の順で裏口を目指す。途中でふと従業員トイレに目が行った。

 そういえば三人組は銀行の有り金すべてを奪う為か几帳面に行員と客を拘束していたが、どうしてトイレは確認しなかったのだろうか? 休憩室は?

 いくら下準備をしていたとしても、万に一つという事もある。何故? 確信していたのか? 従業員用トイレに人がいないという。そんなことが可能だとしたら恐らく。

 

「おまえこいつらとグルだろ」

 

 カマをかけると支配人がビクリと震えた。どうもシャッターを降ろしたり金庫を開けたりの流れがスムーズ過ぎると思った。ひょっとしたら三人組とは面識がなく、おれを仲間だと勘違いしたのかもしれない。

 受付が共犯者なら非常ボタンを押そうとはしないはずだし、金庫から金を出す手伝いをさせるのに最も都合の良い役職だ。

 おれは思わせぶりな口調で言う。

 

「本店とは話が付いてんだよ、この支店で資金洗浄するってのは。支配人がこんな強欲張りだったのは想定外だが」

「ば、ばばかな。が、学園都市でそんなことをすればただでは」

「ただじゃ済まないなら、おれはどうしてピンピンしてんだよ。おまえらとは住む世界が違う」 ロンゲの背を蹴りつけて続ける。 「あと事が済んでもこの女を探して手ぇ出したら苦しんで死なす」

 

 おれですら触ってない女の胸を揉みやがって。

 裏口の扉が見えた。ようやくここからおさらば出来る。おれの歓喜と同時にニュルリと、扉の隙間から小さな黒いチューブのような物が頭をもたげた。瞬間的に女と共に引き返す。映画で見たことがある。恐らく特殊部隊が室内の状況を確認する為のカメラだ。

 時間を掛けすぎた、アンチスキルに踏み込まれる!

 

 どうする、どうすればいい。何をすればこの場から安全に離脱できる? ホールに戻ってはみたものの、このまま銀行が制圧されれば、おれは犯罪者としてお縄を頂戴する。女は辛うじて被害者として振る舞えるかもしれないが、娘さんを救う事はできない。金と共に女と脱出しなければ、女を助ける事は出来ないのだ。

 

『あなたたちは完全に包囲されています』

 

 戻って来たおれと女に怪訝な顔を見せる強盗たちをよそに、拡声器か何かでアンチスキルの明瞭な宣言が響いた。終わる。同時に客や行員の助かったというさざめき。

 終わりだ、どうやっても、この場から安全に逃げ出すことなど……安全には?

 おれはハッとして先ほど投げ捨てたナイフを探し、拾い上げる。どこにでも売っているような安っぽい刃に賭けるしかない。この状況では。

 

 

 

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 裏口の方ではロンゲが放せ触るなだのと喚いている。拘束されたのだ。

「ちくしょう、こうなったら……」

 

 パイロキネシストが、ドレッドヘアの制止を無視して出入り口に向けて火球を投げ飛ばした。対応して催涙ガス弾が撃ち込まれ、警備員が雪崩れ込んだ。

 視界の利かない乱戦ではアンチスキルの装備が優位に働き、あっという間に鎮圧された。

 ガスが晴れ、涙目に苦しみながらも歓喜する被害者の中を、女の切実な声が裂いた。

 

「男の人が刺されたの! 病院に、救急車に乗せて!」

 

 おれは女に肩を貸されて銀行を出るとすぐに、万全を期して用意されていた救急車に運ばれた。腹部からは寄せては返す波のような痛み。出血している。なし崩し的に女と一緒になって乗車する。ダッフルバッグも勿論。

 

「かかり、つけの病院が、ある、そこに向かってくれ」 と息も絶え絶えでおれ。

「とにかく傷を見る、衣類を裂くぞ」

「ああ」

「思ったより傷は……刺し傷じゃない、浅いな」

 

「まあ、死なない程度にしとかないとな」

「なに?」

「この車は貰う、悪いな」

 

 腰裏に挿していた銃を向ける。受付が落ち着いた状態になれば、おれの事をアンチスキルに話しているはずだが、三人組とごっちゃになって事実確認に手間取るだろう。まだ時間はある。

 車を人気のない裏路地に停車させてから女に銃を向け、人質のていで救急隊員をベルトなどで拘束させた。ざっくりとナイフで裂いた腹部と、ロンゲに切り付けられた前腕を消毒して包帯を巻く。後は救急隊員の服を着て車を運転。ジャケットはマンホールを開けて下水に捨てた。

 

 脱出した。案外なんとかなるもんだ。おれの指名手配は免れないだろうが、とにかく金はいただいた。

 

 閑散とした場所で車を停め、女と共に降車する。夕日は沈みかけ、心地よい風が吹いている。街灯が点灯した。

 ダッフルバッグを女に渡してやる。

 

「重いが持てるか?」

「ええ、なんとか。それよりも大丈夫? お腹」

「見た目ほどひどくはない」

 

 微妙な沈黙が降りた。改めて見ると熱っぽい瞳と艶やかな唇をしている。おっぱいの一つや二つ揉んでもいいくらいの働きはしたと思うが、疲れと空腹でそれどころではない。

 

「百万ほど貰っていくが、いいよな」 健康保険証は当然、財布なんて持っていない。銀行強盗する時に財布持ってくる奴なんていないよな?

「それは……どういう? ……一緒にって――」

「あんたは共犯者になりたがっていたようだが、どうかな。気づかれていない、可能性はある。おれは駄目だろう、受付と支配人に実行犯として顔を見られている。あんたに付いて行っては迷惑になる」

「そんな、わたし!」

 

「走行記録のあるタクシーは使わず、バスなんかの方がいいかもな。バッグは途中で変えて。()()()()()さんによろしく」

 

 詰め寄る女を引き離し、背を向けて歩き出す。ちょっと惜しかったかもしれない。下心を隠さずに言えば、ヤれたかもしれない。

 しかし、それで女が逮捕される可能性が少しでも上がるのは、娘さんを助けるという当初の目的、銀行強盗の動機から逸脱する。つまりおれの頑張りが水泡に帰す。軽くとはいえ腹を裂いたのにそれはあんまりだ。

 

 救急隊員のインナーTシャツで公園に行き、両替もかねて自販機で飲料を買おうとするも商品が出てこない。高い科学力水準の割には自販機がエラー吐くってどういうことだよと諦めて公園を出る。

 ゲーセンを探して両替機で万札を数枚崩す。学園都市なのだから、銀行の札の通し番号の管理は機械化されていて当然だ。大きな店で事故札は使えないだろう。

 適当な店で服を新調し、古いのはジャケット同様に人気のない場所でマンホールに捨てた。銃は迷ったが持っておくことにする。今のところ唯一の私物なのだから。

 

 これからどうしようか。のんびりとコンビニおにぎりを貪りながら公園のベンチで夜空を見上げる。

 ()()()()()()なのは、女はおれと既知の仲であることから推察するに、女にはおれとの過去がある事ようだ。主観的には唐突に銀行で覚醒したわけで、おれはその過去を覚えていないが。

 つまり銀行で覚醒する前に女とロマンスの一つや二つはあったかもしれない。そう考えると少しは慰めになる。

 

 もしもおれならばと思考を辿る。そもそもだが強盗の翌日から出社できるはずがないので退職している。自宅は電話帳やネットで苗字を検索すれば出てくるサイトがあるだろうが、とっくに見張られているはずだ。行く当てがない。やはり当面はホテルで過ごすしかない。いつまでも公園に居ては怪しまれるので、いそいそと後にする。

 

 やっぱり女の所に転がり込んで少しくらいヒモやっとけばよかっただろうか。しなやかそうな肢体を思い出し、おれは不意にやましい気持ちになる。何でもいいから風俗に行くか。幸いに金はある。

 いかがわしいビル街へと消える。上空の気球船のモニタには、夕方の事件が大大的に放送されていた。やはり人混みは避けるべきだろうか? ネオンに背けるようにその場を離れて暗い方へと足を向ける。

 

 それにしても()()()はハードだった。

 

 気が付くといつの間にか廃ビル群に迷い込んだ。なんか学園都市って栄えていると場所と廃れている場所の格差が激しすぎやしないだろうか。

 そして突発的に断続する銃声が響く。ぎょっとして身を竦ませた。アンチスキルの追撃? なら警告のない発砲はおかしい。物陰に隠れていると、制服姿の少女が現れた。腕を負傷しているのか片手でサブマシンガンを射撃しながら、足を引きずり後退している。千鳥足の所為か尻もちをついた。

 

「おま、お、おい何やってんの。サバゲーだと言ってくれよ、な」

 

 思わず歩み寄ると、頭部にはスリットの入ったような大きなゴーグルを装着していることがわかる。

 少女の射線上から、どこに隠れてンだという挑発的な声が響く。日も完全に落ち、姿は確認できない。やばいよ学園都市、怖い。白昼の銀行強盗の次は夜間の変質者かよ。

 

 少女はおれを無視して都合の利かなそうな、出血している左腕でマガジンを交換している。途中で銃を落とした。マガジンからは実包らしき物が覗いている。ゴーグルが額の出血からかずれ落ちる。

 マジかよとげんなりしてサブマシンガンを拾いあげると思っていた以上に軽い。え? こんな物なの? 実銃ってもっと重いものだと……

 おれは羽織っているおニューのマウンテンパーカーの上から、内ポケットのスコーピオンに手をやる。まさか、な。

 

 とりあえず逃げるか。

 

 どうして少女が実包を撃っていたのか、追っているやつが何者かは知らんが見捨てるというのも薄情で後ろ髪を引かれる話。こちとら乗りかかった舟で流され七つの海を制覇して来た気分なのだ。ヤバい橋をブッ叩きながら渡る事くらいどうって事ない。

 マガジンをポケットに突っ込み、サブマシンガンを片手に少女をひょいと担ぎ上げて廃ビルに侵入する。足音を忍ばせ、最悪飛び降りて逃走する可能性を考慮して二階に身をひそめる。十分高いが。

 一息つけそうなので、少女に理由を尋ねるが期待する答えは返ってこなかった。ただ、今は戦術的撤退行動中で、現在も継続の意思があるらしい、

 

 もう危険が多すぎるよ学園都市。

 おれは少女から携帯端末を借り受ける。軍用らしく無骨だ、きっと高いんだろうな、こういうの。カスタムで開発費を回収するとなると単価百万円くらいはしそう。

 

『はいこちらアンチスキル相談課――』

 ポケットから万札を一枚取り出す。

 まず現在地を告げる。次いで、 『いそべ銀行、消えた最初の強盗、事故札』 最後に通し番号を言って通信を切った。学園都市の誇る優秀なアンチスキルの事だ、飛んでくるだろう。ひょっとしたらジャッジメントも、そのどさくさに紛れて逃げるとする。

 

 

 

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 間違い電話 <Wrong Number>

 

 

 xxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 その後、アンチスキルの接近により少女を追っていた変質者は廃ビル群を一時離れたようだ。何とか状況を脱す。少女の事は知らない、安全圏ですぐに別れた。逃げるかと誘ったが、クローンなので問題ありませんと断られた。おれのした事はただの延命に過ぎないかもしれないが、どうでもいい。当面の死を退けたのは確かだろうから。おれに対する赤の他人の評価など、どうでも。

 

 夜の更け具合を見るに深夜だ。幸か不幸か流石の学園都市、24時間チェックインを受け付けているビジネスホテルに泊まる。帽子を目深に被っていたが、鮮明な顔写真が出回ればと考えてゾッとする。

 

 

 

 ビジネスホテルの一室でようやく一息ついた。シャワーを浴びて時計を確認する。ざっと三時間の残業だ。最後に自宅へ帰ったのはいつだったか。

 明日はゆっくり休める事を祈って ――希望に似て儚い―― 冷蔵庫からビールを引き抜く。小さなパネルに課金額が表示された。

 一杯やって酔いと疲れからかうつらうつら。不意の電子音で漕いでいた船から落とされる。少女に返し忘れた携帯の着信を認めてスピーカーから内容をぼうっと聞くに、仕事に関してだった。雑に聞き流す。

 

『おまえたちがおまえたちの自己保存の為に暴走能力の法則解析用誘爆実験結果を隠匿し、わたしの樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の使用申請を蹴っているのはわかっている。統括理事会が権能を濫用し、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の予測演算機能を独占する姿勢を取り続けるのであれば、わたしはわたしの技能を濫用する。これが最後の申請だ。許可を()()

 

 うんざりする。割に合わない。嫌になってベッドに倒れ込む。何度この()()を辞めようと思った事か。同情心でやっているようなものだ。いっそのことラノベかアニメの世界にでも逃げてしまいたい。

 それがおれの、覚えている直近の記憶だ。

 

 

 

 気が付くとおれは――

 

 

 

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『もしもし、アンチスキル相談課ですか? その、あの、信じてもらえないかも、しれませんが。実は……母が、銀行を、強盗しようとしているんです。わたしの為に、どうか止めてください。いたずらじゃないんです……厚かましいかもしれませんが、出来る事なら助け、助けてあげてください!』

 

 

 

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 相対的な弱者の身に、刹那的な窮地が訪れてしまった時のみ、干渉の機会がある。とある一人の逃し屋に。

 依頼は直接会うか電話回線を通じた連絡だが、不可思議な事に後者は間違い電話(ウロングナンバー)でしか繋がらない。報酬は内容を問わず一律で最低下限度額百万円。その後の事は関知しない事が条件。

 如何なる危機的状況からも、その対象を選ぶことなく()()()()させる手際から後に付いた仮称が死線駆動(デッドドライヴ)。その手腕は能力によるものと考えられているが、本人も含めて真相はわからない。

 小さな短機関銃を携帯して仕事に当たる例もあるが発砲の事実は確認されていない。銃の真贋は死線駆動(デッドドライヴ)の死後であっても不明。

 




次回  たぶん一週間以内
たぶん転生ものじゃないのかよと落胆した人いるかもだけど、そういう構造の文を書きたーい勘違いをさせたーいって書くだけじゃダメっていろいろ自分で気付けたSSでした、
そういう人がいたらごめんね

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