仕事なのだ。
そう、仕事……。
ミカエル様から仰せつかった大切な使命。
だから私は私情を挟まない。
「人間界というのは夜でも蒸し暑いな。型落ちのエアコンと扇風機を購入して正解だったぞ」
「す~ずすぃ~」
「かき氷ができましたよ~」
「…………」
コカビエルが人間界で悪さをしないように……みっちりと監視をする。
それが私の使命なのだ。
「おいどうしたガブリエル? お前もこっちに来て涼め。
人間の作った機械も存外馬鹿にできんぞ?」
「…………」
三大勢力会談での再会から暫く経つ。
コカビエルは相変わらず人間の子二人の面倒を見ながら自分の力を高めており、あくまで見てる限りだと兵藤一誠という子供に敗れた時よりも更に強くなっている。
そして私が監視すると言って押し掛けてからも、それは変わらず、寧ろ私を修行に付き合わせるくらいだった――こっちの気も知らずに楽しそうに。
「ふ、ふん……どうしてもと言うなら」
分かった事が一つ。
どうも私はコカビエル本人を前にしてしまうと、思っていることとは逆の事を声に出してしまう悪癖があるようです。
本当はコカビエルと一緒に扇風機の前で『あー』ってやってみたい。
けどその気持ちとは裏腹に私の身体や頭の中が炎で焼かれるが如く熱くなってしまい、結果この様な突き放してしまう言動をしてしまう。
「む……別に強要するつもりは無いし、嫌なら別に良いぞ」
そんな私をコカビエルは気付いてくれないようで、言ってしまったと内心反省する私に首を傾げながらルフェイさんが作ったかき氷をチビチビ食べ出す。
あぁ……やってしまった。
会談の時は勢いに任せて自分の想いを晒け出せたのに、一周回って冷静になれてしまったせいか、素直に言えない。
「ぅ……」
素直に好意を受け取っておけば、そこからもっと会話が広げられたのに……どうして私はこうなんだ。
コカビエル……あぁコカビエル……。
「あー……やべー、用事思い出したわー(棒)」
扇風機とエアコンの音だけが虚しくコカビエルが根城にしている廃ビルの一室に響き渡る中、突如としてわざとらしく声を出すフリード元神父に全員が注目し、コカビエルも眉を寄せていた。
「なんだフリード? 用事って何だ? 何かあったか?」
「あー……あるわー……ルフェイたんと一緒に外でてやんなきゃならない用事あるわー(棒)」
実に胡散臭い棒読み声でルフェイさんに視線を送るフリード元神父。
それを受けたルフェイさんは、最初何の事ですか? と顔に出ていたが、やがてハッとした表情を浮かべながら私と目を細めていたコカビエルを交互に一瞬だけ見ると……。
「あ、あー……そうでしたー(棒) フリード様とご一緒して成さねばならないご用事がありましたー(棒)」
「む???」
……。嘘だ。
コカビエルはちょっと鈍いから気付いてないようだけど、明らかに二人は嘘をついている。
しかし何の為に急にそんな……? とチラチラ私を揃って見てくる二人に考えてみるが、思い当たる節は無くその時は解らなかった。
「おい、用事とはなん――」
「やばよやばいよ~ ルフェイたん行こうぜー」
「はいフリードさまー」
グッと私にだけ見えるように二人揃って親指を立てながらさっさと出ていってしまったその時までは。
「……? 何なんだあの二人は? まあ、最初の頃と比べて良好な関係を築けているのは喜ばしい事だが……」
「…………………そ、そういう事ですか。こ、子供にまで心配されるとは」
「は?」
揃って悪戯に成功した幼子みたいな表情を見せられた瞬間にハッキリとわかった。
要するに私とコカビエルを一対一にする為、二人は使わなくても良い気を使って外出したのだ。
「ガブリエルは知ってるのか? 二人の用――
「コカビエル!」
「――お、おう?」
セラフの天使ともあろうものが、見守るべき人の子に心配されてしまうとは、まだまだ私は未熟だった。
しかしそんなお二人のご厚意を無駄にする訳にはいかない。
最近はバレてしまうかもしれないからと、コカビエルの私服を頂けてないのもありますし……
「お、お二人が帰って来るまで………す、少しだけ飲みません?」
私は……この素直になれない態度を改める修行をここに開始します!
ありがとうございます、フリード元神父とルフェイさん! これより私はお二人の義母――エフンエフン! 道筋を示せる偉大な大天使になって見せましょう!
「ったく、近くで見せられる身にもなれっつーの。じれってーぜ」
「ふふ、でも凄いですよ。だって本来は敵対している堕天使様と天使様が仲良しさんなんて」
「まーなー……ボスをって所に見る目はあるぜあのガブリエルさんも」
ルフェイ・ペンドラゴンです。
ひょんな事から、子供の頃からの憧れだった白騎士様を目にし、そしてその白騎士様の正体であるフリード様と御近づきになれてとっても幸せです。
怖いと思っていたコカビエル様は、見た目とは裏腹に優しくしてくれますし、フリード様も私を認めてくれました。
「にしてもどーっすかなー。
用事なんて当然無いし、今日の修行のノルマも終わっちまったし……暇っすわー」
「ガブリエル様が見ていられなかったらつい……でしたもんね」
「おう。あの天使サマったら本人を目の前にすると完全にテンパって逆の態度しか見せないからなー……見てると歯痒くて仕方ねーわ」
昔読んだ絵本のシーンに、『白き騎士は屈強で見るものを魅了させた純白の白馬に乗って闇の軍勢を切り裂いた』というものがありました。
白夜騎士という称号の白い鎧を身に纏うフリード様に、何としても認めて貰いたかった。
だから私は子供の頃から思い描いていたイメージと、学んだ魔術を駆使し、コカビエル様とフリード様の助力もあって魔導馬・疾風を完成させ、その力をフリード様に使っていただけた。
夢の中だけだったものが現実になった喜びは今でも忘れられない。
純白の装甲を纏った疾風を、白夜の鎧を身に纏ったフリード様が乗りこなし、眼前の敵をバッタバッタと薙ぎ倒す。
一緒に乗せて貰った時はまさに天にも昇る様だったなぁ。
「しゃーない、頃合いまで適当にフラフラするか? 正直飯屋って程腹も減ってないし」
「ふふふ……はい!」
それにガブリエル様の為にもなったけど、私の為にもなった。
だって、フリード様と並んでお散歩出来なんて……えへへ。
「そういやあのラブカップル共は今頃何をしてることやら……」
「ラブカップル? って、確かフリード様が戦ったデュランダルの使い手の方と、フリード様と同じ鎧を持つ銀牙騎士という悪魔の……」
「そうそう、いくらぶちのめしても向かってくるわ。俺より先に鎧に到達して殺されかけるわ、戦闘中にイチャイチャしだすわと……あらゆる意味で腹の立つ奴等だったぜ」
辺りは暗くなり、大きなお月様の明かりに照らされながら私とフリード様は人の居ない公園まで行き、そこで並んでブランコに乗りながらフリード様が以前戦ったもう一人の鎧を纏う剣士についてを聞く。
フリード様と出会う前なのと、あの三大勢力会談の時には見れなかったので私にはどんな方なのかまだわからないけど、どうやら白色の狼さんであるフリード様とは色違いの銀色の狼さんとの事で、その銀牙騎士という方はデュランダルの使い手の女性と肩を並べてフリード様と死闘を繰り広げた……みたいです。
「最初――互いに鎧を持ってない頃の話なんだけど。聖剣を探してうろうろしてる所を襲撃したら、そいつ等何してたと思う?」
「え、何か変わったことでも?」
「ビックリだぜ。何と転生悪魔が協会付のシスター押し倒しておっぱじめようとしてたんだぜ? ありゃ『マジですか』だったぜ」
「おっぱじめようと……? 押し倒してって……え!? そ、そんな、何かの間違いじゃ……」
「間違いじゃねーんだなこれが。あの転生悪魔くんってばテメーの魔剣をぶちこもうとしてたぜ……間違いない」
そして聞くところによるとかなり……そ、その……お、大人なご関係というか。
何でしょう……フリード様が初めてお二人を見た時からそんな大人な事をしていたのかと思うと……聞いてるだけなのに恥ずかしくなってしまいました。
「まあ、んな訳で当時は慢心癖全開で油断してたらボロ負けしちゃってさー? そこからあのラブカップルとは切っても切れない因縁ちゃまが出来ちゃったんだわ」
あの時点で殺れてれば今頃楽だったのにーと、言っているわりには、そのお二人が今も生きてフリード様との因縁が続いてる今の状況を楽しんでいる様に私には見えます。
どうやらそのお二人をフリード様は好敵手として見ている様です。
「今頃しっぽりヤッちゃってるんかねー? まあ、どこぞのクソ性欲赤龍帝に比べたらマシなんだろうが」
「赤龍帝……?
あ、確かフリード様とコカビエル様が倒されたという……」
「そそっ、ボスと出会う前にこの左目を潰してくれたクソ悪魔の典型的クソ野郎さ。
取り敢えずひっきりなしに女と寝てないと気が済まねぇ中毒者」
好敵手のお二人とは違って、忌々しそうな表情で義眼となっている左目に触れるフリード様。
赤龍帝を倒すなんて流石はフリード様とコカビエル様だと私は素直に凄いと思うけど、どうも語られた話から出来上がってしまったイメージのせいで、会いたくは無い気がしてなりません。
「あーそうだな、ルフェイたんはかわゆいし、もしあのクソ野郎がのうのうと生きてたら多分、洗脳して無理矢理頂かれちゃうと思うぜ?」
「え!? そ、それは……い、嫌です」
気がしてじゃないです。やっぱり会うのは嫌です。
確かに直接見もせず勝手なイメージで判断するのは良くないと思いますけど、その赤龍帝と赤龍帝に堕ちた方々の末路を会談に顔を出したコカビエル様に聞いたことがありますし……フリード様をお慕い申している身としては、やっぱり身の危険を感じます。
「だって私のこの身はもうフリード様の……」
「あ? 今何か言った?」
「ふぇ!? い、いえべちゅに!?」
と、遠回しにフリード様が私の事を褒めてくれたのが嬉しくて、チャームだと思われる魔術を跳ね退けられる自信がありますけどね……えへ。
「?? ま、そういう訳で俺はもっと強くなんなきゃならねぇ。ボスに拾われた恩を返す……ラブカップルとの決着を着ける為にもな」
ブランコをゆっくり小さく漕ぎながら、フリード様は意思のお強い目でおっしゃった。
かつてはその狂気で追放されたけど、コカビエル様に拾われた事でお強く、そして白夜騎士へとなられた。
私はそんなフリード様の昔の姿を聞いているから知っている。
けど……これは私のエゴで身勝手な気持ちですが、私はそんな過去を持っていたとしても、フリード様が大好きなんです。
言葉遣いは乱暴で、下品な事も笑いながら言ったりも確かにします。
けど……けど――
『乗りな、アンタのお陰で俺は強くなった。
だから、その強さを一番近い場所から見せてやる』
『行くぞ疾風! ルフェイたんにその力を見せてやろうぜ、ヒャハハハァ!!』
私はその全てをひっくるめて、フリード様をヒーローだと思っている。
狂人と言われていようとも、異端者だと蔑まれても……私にとってのフリード様は白夜の騎士である前にヒーローなんです。
これは誰が否定しても変わらない……私の気持ち。
「私もお手伝いさせてください……フリード様のお役に立ちたいです」
「おう、ルフェイたんの魔術はすっげーからな。
頼りになんぜ、にゃはははは」
そして願わくば、ずっとあなたのお側に……。
あのお二人からの応援もありますからと張り切ってみたけど、コカビエルってやっぱり……
「お、おお……? ガブリエルめ分身が使えるのか? どっちが本物かわかりゃん」
「…………」
ミカエル様以上にお酒に弱い。
ちょっと飲んだだけなのに、コカビエルの顔色は真っ赤で目が泳いでいて、私が二重に見えるくらい泥酔してしまってる。
いや、そんな事はどうでも良い……
「本物は……こっちだ!!」
「っ……んっ!?」
…………。酔うと愉快というか……倍増しで変な行動をするコカビエルは勝手に私を分身したと勘違いし、本物を見抜いてやると豪語したと思ったら、隣で酌をしていた私の……その……胸を……。
「お、おお……? 本物……この感触は女の乳房で間違いない……ぬはははは――うーん」
「んっ……はぁ……ん……!」
鷲掴みにしてきた。
誰にも触れさせた事なんて無い……コカビエルの為だけに守ってきたこの身を、こんな簡単に取ってくれた。
コカビエルの手の感触が胸から全身……脳へと伝わった瞬間、電気が走った様な……されど心地好い感覚に襲われた私は、ケタケタと笑ってからそのままひっくり返ったコカビエルを支えながら……その体温を感じながら究極の選択に迫られた。
「むにゃ……」
「ね、寝ている。ということはあんなことやこんなことが……し、しかしそんな事をしたら天使として生きていけない……で、でも……!」
こ、こ、ここここここ! 子供を作る行為を済ませるべきなのか。
それとも健全にこのまま寝かせるべきか。
天使としての誇りがあるけど、コカビエルに抱く想いも平行して大きいが故に私は迷った。
でもコカビエルはそんな私を嘲笑うかの様に……。
「Zzz……」
「あぅ、こ、コカビエル!?」
私を思い切り抱き寄せ、気持ち良さそうにスヤスヤと眠りだしたのだ。
「そ、そんな急に!」
まるで抱き締めあってるような格好になっていると自覚すればするほど頭がおかしくなりそうだけど、コカビエルの腕と脚が私の手足を其々拘束しているせいで逃げられない。
「そ、そんな事をあなたにされたら私……も、もっと好きになっちゃうじゃない……。
何時だって狡いわ……アナタって男は」
「むにゃ」
野蛮な男で、鈍い男で、闘うことしか頭に無い変態で――けれど、それでもやっぱり好き。
鍛えられた胸板に顔を埋めながら、コカビエルの心臓の鼓動を耳にしながら、私は訪れた眠気に逆らえず、静かに目を閉じた。
「んが……? っ……お……なんだ、いつの間にか寝ていたのか? フリードとルフェイが用事と言って外に出るのを見送ってからの記憶が曖昧……ん?」
「すー……すー……」
「………………………………。む、何だこの状況は? 何故俺はガブリエルを抱いてる? え、流石にまさかだろ?」
「ん……ぅ……コカビエル……ふふ」
「…………………。セラフ共と戦争か!? そうなのか!?」
次の日の朝……大騒ぎになるまでずっと。
補足
まともヒロインリスト
ルフェイ
カテレア
ゼノヴィア
ギャスパー
ガブリエル
セラフォルー
レイヴェル
黒歌
白音
グレイフィア
…………。ま、ぜ、全員まともだね。