IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

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第8話 他人の修羅場は犬の餌にすらならないのか

 今朝の教室は何やらいつも以上に賑わっていた。女子というのは噂好きなので、騒がしいことは普段通りなのだが。

 そういえば、食堂でもなにか噂が出ていたな。なんでも、隣の組に転入生がやってきたらしい。何故、この時期になって今更入って来たのかは知らんが。

 なんにせよ、遅れて来るような奴なら大して強くないのだろう。興味を持たない俺はさっさと席に付く。

 

「知ってる? 噂の転校生、中国の代表候補生なんだって」

「詳しく聞かせろ」

 

 だが、相手が代表候補生なら話は別だ。俺は思わず、近くで話していた女子の会話に割って入る。

 女子の会話に男子が割って入る、なんて数週間前は出来なかったが……慣れと言うものは怖いな。ここには女子しかいないからなんとも思わないのだ。

 

「この時期に、代表候補生が?」

「あら、ご存じなくて? IS学園への転入は、試験の他に組織や国からの推薦がないとできませんの。ですから、こんな時期に来る転入生と言えば代表候補生を置いて他にいないのですわ」

 

 セシリアの解説に、俺は考え直す。そうか、超倍率のIS学園に転入なんて真似、普通なら無理に決まっている。それが出来るのは、そもそも入学出来るであろう実力の持ち主に限る。

 しかし、代表候補生が増えるのは喜ばしい。戦う相手が増えるのだから。

 

「けれど、それを差し引いてもこの時期の転入は珍しいですわ。もしや、このわたくしを危ぶんでの転入かしら?」

「それはないだろ」

「りょ、凌斗さん!」

 

 突っ込まれて激怒するセシリアを放置して、俺は隣の二組へ乗り込もうとする。目的は勿論、転入生に模擬戦を挑む為だ。行動は早いに限る。

 すると、少し遅れて一夏と箒がやってきた。気の抜けた一夏と、気を張り詰めすぎな箒。よく見なくとも正反対のコンビと言える。

 

「おお、凌斗。なんか騒がしいけど、なんかあったか?」

「隣に転入生だそうだ。それも、中国の代表候補生」

「へぇ、今の時期に?」

 

 俺とは違い、少し驚いてから一夏は慌ても騒ぎもせずに席に着いた。

 ここまで気が抜けていると、クラス代表戦で勝ち残れるのか不安になってくる。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのこともあるまい」

 

 箒も別に気にも留めてないようだ。こういう噂話、好きな性格でもなさそうだしな。

 

「どんな奴なんだろうな」

「気になるのか?」

「ああ、少しは」

「……ふん」

 

 だが、一夏が気にするようなことを口にすれば、敏感に反応する。一夏が少しでも他の女子のことを気にすれば、こうして不機嫌になるのだ。

 分かりやすいが、もう少し余裕を持ってもいいだろうに。

 

「それより、お前は代表戦の準備は大丈夫なのか?」

 

 俺は各企業から送られてくる"後付装備(イコライザ)"のパンフレットを眺めながら一夏に尋ねる。

 専用機持ちだと発覚した以上、少しでも自分の商品を売ろうと躍起になって来るのだ。俺としては力が増えるのは歓迎だが、自分に合わない装備をもらっても仕方がない。"拡張領域(バススロット)"のことも考えながら取捨選択していかねば。

 

「ああ。まぁ、やれるだけやってみるさ」

 

 当人からは、このような気の抜けた返事しか返ってこない。しかも、コイツも後付装備のパンフレットは貰っているはずだが、手を付けようともしない様子だ。

 確かに、白式の雪片弐型は強力だが、それだけでは勝ち残れない。

 

「織斑君、頑張ってね!」

「今のところ、専用機持ちのクラス代表は一組と四組だけだから余裕だよ!」

 

 四組の代表……昨日、セシリアの言っていた日本代表候補生、更識簪のことか。

 代表戦の前に、俺が戦いたいものだ。

 

 

「その情報、古いよ」

 

 

 教室の入り口から聞き覚えのない声がする。全員が声の主の方を向くと、そこにはクラスの人間ではない、ツインテールの女子がいた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったから、そう簡単に勝てないよ」

 

 小柄な少女は挑発的な態度で俺達に話してくる。大胆な改造が施された制服は、今まで学内でも見かけたことがない。

 コイツが噂の転入生で中国の代表候補生か。

 

「鈴……? お前、凰鈴音か?」

「そ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 ほう、面白い奴だな。胸は小さいが気に入った。

 勝気な少女、凰鈴音は小さく笑みを零して一夏を指差す。

 

「何格好付けてるんだ? すげぇ似合わないぞ」

「んなっ! なんてこと言うのよ、アンタ! 台無しでしょーが!」

 

 が、一夏の台詞によって余裕ぶった態度は一瞬にして瓦解した。セシリアの金メッキよりもずっと脆いな。ベニヤか?

 それはさておき、一夏はかなり親しそうに凰鈴音と話している。さっきも"鈴"と略称で呼んでいたし、どうやら知り合いのようだ。

 

「おい」

「なによ──っ!?」

 

 カッとなっていた凰鈴音は、背後に迫る鬼教師こと織斑先生に気付かず、そのまま出席簿を頭に食らってしまう。

 おお、今日もいい音出しているな。

 

「SHRの時間だ。さっさと自分の教室に帰れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと退け、邪魔だ」

「す、すみません……」

 

 織斑先生とも知り合いの様子だが、さっきまでとは真逆の態度で入口を譲る。頭を押さえながら震える凰鈴音はまるで小動物のようだ。

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

「さっさと戻れ」

「は、はい!」

 

 妙に小物染みた捨て台詞を吐いて、織斑先生に睨まれながら凰鈴音は二組に戻って行った。

 あれが中国の代表候補生……面白かったが、国には同情する。

 

「い、一夏。今のは誰だ? 知り合いか? やけに親しそうだったがっ!?」

「席につけ、馬鹿共」

 

 すぐに箒が一夏に噛み付く。そのせいで、織斑先生の出席簿の次なる餌食にされてしまった。

 そして、一夏の周囲に群がっていた女子は蜘蛛の子を散らすように席に座った。まぁ、誰も食らいたくはないな。箒が一夏を睨んでいるが……逆恨みでしかない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「待ってたわよ! 一夏!」

 

 昼休み、食堂へ向かっていると例の代表候補生がどーん、というエフェクトでも付きそうなくらいの仁王立ちで待ち構えていた。

 俺達には関係のない話だ。アレは一夏に片付けてもらおう。

 

「とりあえず、そこどいてくれ。食券が出せない」

「わ、分かってるわよ!」

 

 分かってるならそもそも立つな。凰鈴音が食券期の前から退くと、一夏を前にして並びだした。

 その間、凰鈴音はラーメンを持って待っている。一体いつ頼んで、いつから待っていたんだ?

 

「のびるぞ?」

「うるさいわね! 大体、アンタを待っていたんでしょ! なんでもっと早く来ないのよ!」

 

 待ち合わせしてたわけじゃないのに、随分勝手なことを言うな。

 こうしたやりとりをやっている間も、箒はただただ不機嫌そうに一夏と凰鈴音を睨んでいた。

 

「痴話喧嘩は犬も食わない、ですわね」

「よく知ってるじゃないか」

 

 セシリアの言う通りだな。とりあえず、俺達は自分の分の食券を手に入れてから一夏達のやりとりを眺めていた。

 

 

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明して欲しいのだが」

 

 テーブル席に移り、一夏と凰鈴音、箒、俺とセシリアが座る。更にその周囲をクラスの女子達が囲んだ。

 全員、目当ては転入生……というよりも、一夏の女性経歴だった。

 

「凌斗さんは、幼馴染とかはいませんの?」

「俺? 別に親しい女子はいなかったが」

「そうですか。安心しましたわ」

 

 ふと聞いてきたことに答えると、セシリアを含めた周囲の女子達は安心の笑みを浮かべる。

 ……お前等はいいだろうが、俺はこんなことで安心されて複雑な心境だぞ。

 

「ま、まさか、付き合ってるのか……!?」

「べべべ、別に付き合ってるわけじゃ──」

「そうだぞ。ただの幼馴染だ」

 

 一夏のあっけらかんとした発言に、これまた安心する女子達。

 一方、凰鈴音は付き合っていると誤解された時は顔を赤くしていたが、否定されると鬼のような形相で一夏を睨んでいた。

 

「幼馴染……?」

「ああ、そうか。お前等入れ替わりだったな。箒が引っ越したのが小四で、鈴が転校してきたのが小五の頭。それから、中二の時に国へ帰ったから丸一年ぶりってところか」

 

 一夏の説明に傍聴していた女子全員が納得する。一夏の幼馴染というポジションだが、二人に面識がなかったのはこういうことだったのか。

 共通の友人を持つ者同士だが、箒と凰鈴音はお互いにお互いを警戒し合っていた。こういうドロドロした状態、確か前世のテレビドラマで見たことあったっけか。

 険悪なムードに、一夏も少し冷や汗をかいている。しかし、その原因が自分自身にあるということには一切気付いていない様子だった。

 

「初めまして、これからよろしくね」

「ああ、こちらこそ」

 

 火花を散らす箒と凰鈴音を、女子達は面白そうに見ていたり、出遅れていることに悔しがっていたり、特に関心がなかったりと様々な反応を見せていた。

 俺? 他人の痴話喧嘩には興味ない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 放課後の第三アリーナでは、セシリアによる一夏の訓練が行われていた。

 行われていたのだが、何故か"打鉄"を装着した箒も訓練に交じっていた。理由は、凰鈴音が一夏にISの操縦を見てあげると言ったからだ。

 そこは別のクラスだし、俺がセシリアに頼んだので断ったが、対抗心を燃やした箒が──

 

「近接格闘戦の訓練なら私の出番だな!」

 

 ──と名乗りを上げたのだ。

 中距離射撃型のセシリアとしても、近接格闘は専門外なので了承はした。ただ、今までの経験から箒は教える側には向いてないのでは……?

 そんな不安を余所に、俺は整備室で後付装備の確認を行っていた。

 

「まずは、簡単な射撃装備でも増やすか」

 

 ディスプレイに表示されたサンプルデータを眺めながら、使えそうな装備を選ぶ。

 こうしている内に、俺は前世の母親のことを思い出していた。確か、こうやってパンフレットを見ながら家具やダイエット器具を選んでいたっけか。結局買ってないけど。

 現在の母親は、カタログなんて見ない。仲のいい父親と一緒にウィンドウショッピングを楽しむからだ。今までならそれが普通に思えていたが、こうして両方の記憶を持つと、違和感というか……混乱する。

 

「……今は、自分のことに集中しよう。俺は俺……のはずだ」

 

 未だにはっきりとしたアイデンティティを持てずにいた俺は、がむしゃらに装備を流し見した。

 そして、適当に選んだ装備をシアン・バロンに付けてみる。

 

「ぬおっ!?」

 

 だが、よりにもよって出て来たのは大型のミサイルランチャー。しかも、右肩に出て来たことによりバランスが悪くなり、俺は思わず倒れそうになってしまう。

 こ、このぐらい……俺は耐え……れるか!

 

「く、クソが!」

 

 キーを押し、サンプル装備を消す。そもそも、シアン・バロンは機動性が売りの機体。その機動性を殺す装備を付けてどうするのだ。

 そうだな、セシリアの持っているスターライトmkⅢぐらいが丁度いい。

 

「ったく、こっちの機体のことも考えて勧めて来いよ……」

 

 シアン・バロンから降りた俺は、スポーツドリンクを飲みながら愚痴を呟く。

 しかし、整備室には多くのISが並んでいる。その殆どが打鉄か、デュノア社の量産型"ラファール・リヴァイヴ"だ。

 

「……ん?」

 

 無意識の内に歩き出し、ISが整備されている様子を眺めていると、ある区画で足が止まった。

 そこでは打鉄に近いデザインのISを、一人の女子が整備しているところだった。髪の色は機体のカラーリングと同じ淡い水色で、癖毛が内側を向いている。内向的な雰囲気の少女は、今の時代では珍しいメカニカル・キーボードでコードの打ち込みをしていた。

 見たことのない機体は、恐らく専用機だろう。つまり──強い。

 

「少し、話してもいいか?」

 

 即座に、俺はその女子に話しかけていた。知らない女子に話しかける、というのはあまり経験がないが、疚しい目的ではないので気にしないことにする。

 ところが、その女子生徒は俺を一瞥もせずに黙々と作業を続けていた。この距離なら、聞こえなかったということもないはずだが……。

 

「俺は蒼騎凌斗。この専用機に興味がある」

 

 ピタッと作業の手が止まり、こちらを見る。長方形の眼鏡の奥に見える、細い目は俺を睨んでいる風だった。が、覇気がないので全然怖くない。

 そしてすぐ、女子はディスプレイに視線を戻して作業を再開した。

 

「アンタ、名前は?」

「……更識簪」

 

 ボソッ、と呟いた言葉に俺の方が目を見開き驚いてしまった。

 コイツが日本の代表候補生。この根暗女が。胸もどちらかと言えば膨らみがある程度の小娘が。

 

「そうか。よかったら、俺と戦わないか?」

「イヤ……」

 

 俺の誘いを、またしてもか細い呟きで断る。しかも、即答だ。

 

「理由を聞いてもいいか?」

「……疲れるから」

 

 代表候補生が模擬戦をやらない理由。それは、疲れるから。

 そんな怠惰な奴が国の代表候補生だったとは……しかも、こんな専用機を持っておきながら!

 

「お前はこの力(専用機)を思い切り使いたいとは思わないのか?」

「……使えない」

「使えないとかじゃ……ん?」

「……打鉄弐式(うちがねにしき)は、未完成。だから、無理」

「お、おう。悪かった」

 

 未完成なら、仕方ないな……。ただ、やる気がないだけではなかったらしい。

 当てが外れてしまい、腑に落ちないまま俺は自分の区画に戻ろうとする。だが、一人黙々と作業をする更識簪の姿に、新たな違和感を抱かずにはいられなかった。

 

 

「アイツ……なんでたった一人で未完成のISを整備しているんだ……?」

 

 

 通常ならば、代表候補生のISともなると国からの支援が出るはずだ。未完成ならば、余計に力を入れるべきだろう。

 それに、IS学園で組み立てるにしてももっとピットクルーがいるべきだ。なのに、更識簪は一人で作業をしている。一年生なら、余計に上級生が手伝うべきだろう。

 

「更識簪……打鉄弐式……なにかあるのか?」

 

 アイツのいる区画を見ながら、俺は消えない違和感に頭を悩ませていた。

 日本の代表候補生と戦えるのは、まだまだ先になりそうだ。


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