IS ~Identity Seeker~   作:雲色の銀

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第25話 手にした自己は限界を超える槍となるか

「まさか本当に生きてるなんて」

 

 砂浜で独りごちる篠ノ之束。その目の前にいるのは、死んだと思っていた蒼騎凌斗だった。恐らく浜に流れ着くまでISの生態維持機能が生きており、ギリギリ生き延びることが出来たのだろう、と瞬時に推測した。

 だが束がそれ以上に驚いたのは、凌斗が倒れ込む寸前まで伸ばしていた手を無意識の内に掴んでしまったことである。

 相手が目の前まで歩いてきたとはいえ、何故自分が手を取ったのか。

 

「……運がよかったね。蒼騎凌斗(イレギュラー)

 

 どうでもいいか、と考えを斬り捨てた束はヒョイと凌斗の体を持ち上げるとそのまま旅館の前まで持っていった。

 華奢な細腕の何処に高校男児を持ち上げる程の力があるのか、と傍から見た一般人なら思うだろう。

 

「今度こそ、きっちりと君自身の手で終わらせてあげるから」

 

 ニコニコと微笑む様子からはあまりにもかけ離れた冷たい声で、束は凌斗に呟く。

 

 捜索から帰ってきたセシリア達が旅館の扉の前に放置された凌斗を見つける頃には、束はまたもや姿をくらませた。

 

 

◇◆◇

 

 

「うぅ……ここ、は……?」

 

 再び目を覚ますと、木の天井が視界に入る。身体は浜に投げ出されているのではなく、柔らかな布団に包まれていた。

 布団の感触よりも先に痛みが身体中を巡ったのだが。

 

「凌斗!」

「うおおっ!?」

 

 不意に横から名前を叫ばれ、変な悲鳴をあげてしまう。

 声の主は簪だった。表情を見るとかなり焦燥としている。……心配、してたのか。

 

「……よかった、無事で」

「……易々とくたばってたまるか」

 

 普段は感情の起伏が鈍い簪が、珍しく見て分かるように安心していた。

 それだけで戻ってきた価値があるのだが、よく見ると部屋には俺と簪以外誰もいない。

 

 落ち着いて状況を振り返れば、それも納得であった。今は銀の福音討伐のための極秘任務中だ。

 俺も一夏や箒、セシリアと同行した。しかし、途中で現れた黒いシアン・バロンに似たISの襲撃を受けたのだ。

 俺はソイツに負け、自分自身を否定され、海に堕とされた。

 

「簪、福音はどうなった? 状況を教えてくれ」

「福音は健在。織斑一夏は箒を庇って撃墜、セシリアが二人を連れ帰ってきた」

 

 予想通り、箒が足を引っ張ったか。福音を討ち取るはずの一夏がやられては、作戦遂行どころではない。

 

「なら、今は作戦会議中か?」

「……残った代表候補生達が福音の討伐に出て行ったところ」

「は?」

 

 簪から告げられた信じられない報告を受け、俺は呆気に取られる。

 いくら切羽詰まってるとはいえ、織斑先生も生徒の命を預かる教師だ。そんな頭数でゴリ押す無茶な出撃を許可する訳がない。

 

「先生達には?」

「内緒」

「無断出撃か……アイツ等──つぅぅっ……!」

 

 呆れて立ち上がろうとするが、まだ体が痛む。

 けど、戦えないレベルじゃあないな。

 

「まだ動かない方が……」

「お前は、俺を看ててくれって頼まれたのか?」

「わ、私は……」

 

 他の連中が出ているのに、簪が残っている理由を尋ねる。

 

「実戦が怖かった……この子で実際に戦うのが初めてで、でもあんなに強い相手と戦うなんて……」

 

 福音がどんなに強い奴かは見ていないから分からない。

 だが、これが簪と打鉄弐式の初陣だと思うと、恐怖の方が勝るのも無理はなかった。元々、簪は臆病な方だからな。姉へのコンプレックスを抱え、人を信じられず、自分の殻に籠り続けた。

 芯こそ強いが、外へ向かうためにはまだまだ力不足だ。

 

「凌斗は怖くないの?」

「……怖くない、というのは嘘になる」

 

 痛みに軋む身体を立ち上がらせ、置いてあったシアン・バロンを右耳に付ける。

 確かに怖いさ。ここで俺が出たとして、またあの黒いISが俺を襲ってくるだろう。ソイツに負ければ、今度こそ俺は自分自身(おれ)に完全に否定される。

 

「何も出来ずにこの世界から消えていく。そんな終わり、考えるだけで恐ろしい。けど、それは()()()()()()()()にはならない」

 

 ここで指を咥えて見ているだけなら、それこそ"蒼騎凌斗"の人生を否定することになる。

 世界を変えるほど、唯一無二の存在として刻み付けるほど鮮烈に生き続けるには、こんなところで足を止めてなんていられない。

 

「凌斗……」

「今は怖いのならそれでいい。ここで俺の戦いを見ていれば、お前の進む道も見えてくるはずだ」

 

 簪が挑む相手は別にいる。学園最強という高い高い場所に。

 俺達は挑戦者という点で似た者同士だ。ならば、強者の戦いが簪に進む勇気を与えると信じよう。

 

「……気を付けて」

 

 簪のか細い声援を背に受け、俺はそっと部屋を後にした。

 

 

 

 教師の目を盗み、外へと出る。シアン・バロンは自己修復のおかげで無事に動けそうだ。

 福音の場所は衛星からの情報で分かる。今はセシリア達が交戦中だから大きくは動かないだろう。

 

「お互い、こっ酷くやられたな。一夏」

 

 黄昏色の海を臨み、俺は話しかける。

 相手はいつの間にか隣へと並んでいた一夏だった。夕陽が煌めく水平線を眺める男二人。ドラマのようなシチュエーションだが、どちらも包帯グルグル巻きで痛々しい。

 

「俺さ、夢を見たんだ。女の子と騎士が出てくる夢」

「夢?」

 

 いきなり何を、とは思ったが俺も似たようなものなので大人しく聞く。

 

「騎士に聞かれたんだよ、何のために力を欲するかって。自分のことなんだけど、不思議とハッキリ答えられたんだ」

「ほう、なんと言ったんだ?」

「仲間を守るため、だ」

 

 そういえば、初めて一夏と戦った時にこんなことを言っていたな。

 

『この力は、守られるだけの俺から誰かを守る俺になるためのものだ』

 

 まだこの考えが一夏にあるのなら、箒を庇った程度で終わるはずもないな。

 

「凌斗はどうだ? 何のために強くなろうとしてるんだ?」

「俺は世界最強になり、俺の名をこの世に刻み付ける。そのためだ」

 

 今までの俺は他者に縛られない何者かになるための力を追い続けていた。世界最強というのもアイデンティティを得るのに最も分かりやすい指標に過ぎなかった。

 だがこれから先は、蒼騎凌斗の人生の目的を成し遂げるために強くなると決めたのだ。理由はどうあれ、俺が蒼騎凌斗として自分で決めた初めての指標なのだからな。

 

「……そうか」

「俺達が目指すものは違う。だが、行かなければならないことだけは同じだ」

 

 一夏は仲間を救うこと。俺は立ちはだかる壁を砕くこと。

 傷付いた体を奮い立たせ、命を賭けるに値する戦いだ。

 

「行くぞ、一夏」

「ああ!」

 

 俺達は同時にシアン・バロンと白式を身に纏い、海の彼方へと飛び立った。

 

 

◇◆◇

 

 

 途中で一夏と別れた俺は、想定通りに現れた黒いシアン・バロンと相対する。

 この偽物の先にはあの女もいるのだろう。

 

「自らに敗けた弱者が、何をしに戻ってきた」

 

 最初の時と同じく、エフェクトの掛かったボイスで俺に呼びかける。

 この声も俺のものとそっくりに出来ている辺り凝っているな。まるで自分自身に問いかけられているような錯覚を感じる。

 

「今度は勝ちに来た」

 

 今の俺には確かな実感がある。帰るべき居場所も、目指すべき高みも俺個人のものとして落とし込むことが出来た。

 

「何者でもないお前が勝てるわけが」

「俺は蒼騎凌斗だ。お前を叩き潰して、それを証明してやる」

 

 スーパーノヴァを展開し、切っ先を黒いISに向ける。

 すると、相手も同じ動きで挑発して見せた。俺と一寸違わぬ正確すぎる動きは、やはり学園を襲撃してきた無人機を思い出させる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 蒼と黒の騎士が曲線の軌道を描きながら、何度も刃を交えていく。

 細身の剣同士がかき鳴らす金属音は、まるで激しいオーケストラの一部のようだ。

 

「何度やっても無駄だ」

 

 俺と全く同じ動きをしながら、黒いISは心を乱そうと呼びかけて来る。

 確かに、このまま戦い続けても埒が明かないだろう。いや、人間の体力と機械とでは比べ物にならない。

 1()()()1()0()()()()()()()なら、の話だがな。

 

「だぁぁっ!!」

 

 響いていた音に変化が出たのはそれからすぐのことだった。

 俺と敵の動作にも差が表れ始める。俺が剣を完全に振り抜いているのに対し、相手は若干の傾きがある。

 これは、俺の剣を振るスピードが敵よりも速くなっていることの証拠だった。刃を撃ち当てる箇所がズレてきているので、奴は勢いを殺しきることが出来ないでいたのだ。

 

「俺は常に強くなっている! 1分、1秒前の俺よりも!」

 

 奴はいわば少し前までの俺自身。なら、今の俺はそれより一歩でも先を行けるはずだ。

 

「負ける道理はないっ!!」

 

 俺の攻撃は遂に敵のレイピアの根元を捕え、刀身を砕く。

 そのまま奴の胴を突くが、散々打ち合わせた俺のレイピアの方も限界が来ており、シールドに衝撃を与えた瞬間に折れてしまった。

 すかさず、俺達は刀身の無くなった剣を捨て、今度はスペリオルランサーを展開する。

 

「まぐれだ、デタラメだ」

「いいや、真理だ!」

 

 至近距離でのランスのぶつかり合いも互角。しかし、交わす言葉からは奴の方が押され始めているように感じ取れた。

 どうやら、コイツの背後にいる奴も計算外で驚いているようだな。

 

「俺は、俺を超えて行く!」

 

 槍の穂先はさっきのレイピアよりも鈍い音を奏でさせる。

 無我夢中で得物を振り回す俺は、段々と体の内側から何かを放つような感覚に襲われつつあった。

 

 そう、もっとだ。もっと、俺の力を示せ!

 

「なっ──!?」

 

 敵の喉の奥から小さな悲鳴が聞こえた気がした。この光景を見ている側なら当然だろう。

 何せ、俺の腕が4本に増えたのだから。

 

 突如現れた腕はシアン・バロンの3つ目の武装であるヒュドラを持ち、黒いISの槍をしっかりと受け止めていた。

 勿論、俺の身体から直接生えたものではない。シアン・バロンのカラーリングのように蒼く光り輝き、付け根の部分で薄く途切れている。

 まるで、ISのエネルギーが3、4本目の腕として具現化したようだった。

 

「もらったァッ!」

 

 これが何なのかは出した俺にも分からない。けど、そんなことを気にしている余裕もない。

 俺は攻撃を受け止めていた腕を振り払い、本物の手で握っていたスペリオルランサーで敵の槍を弾き落とした。

 獲物を再び失った黒いISへ、間髪入れずに刺突を繰り返していく。正体が何だろうと、ISはIS。攻撃を喰らえばシールドエネルギーは減っていく。

 

「予測不能。計測不能。戦闘続行」

 

 急に機械染みた言葉を喋り出した敵は俺から距離を取り、最後に残った武装であるヒュドラを出してグリップを強く引く。

 敵の動きを先読みした俺がスペリオルランサーを収納すると、増えた腕は出てきた時と同様にいきなり消滅し、ヒュドラだけが落ちて来る。

 瞬時に弓を引き、構えたまま俺達は向き合う。

 

「はぁっ!!」

 

 エネルギーで構成された矢が放たれる。

 が、先に弦を離したのは相手の方だった。強力な光の奔流は途中でいくつもの矢に分散し、俺を追撃する。

 

 俺ならここで撃つだろうな、と思った通りだ。

 ヒュドラの矢を拡散して撃つ場合、着弾するまでタイムラグが発生する。その間まではエネルギーを溜めることが出来る。

 俺は後退しながら目一杯絞った弦を解放した。鏃型の発射口から放たれた光の矢は拡散することなく、速度を維持したまま黒いISの胴を捕えた。

 

「ぐぅぅっ!? お前の動きはもう予想出来る!」

 

 何せ俺の動きなのだから。こういう状況の時、俺なら拡散する矢を放つことで相手の行動を狭め、状況を立て直すことを考えたはずだ。だからこそ、隙を突いて威力の高い直線型の矢を放った。

 拡散された矢は防ぎきることは出来なかったが、数本はリム部分の刃で落とすことが出来る。

 そして、ダメージ自体は向こうの方が大きい。

 

「ここでっ!」

 

 俺達はお互いに距離を詰め、ヒュドラの刃で斬り結ぶ。

 バチバチとエネルギーが衝突し、蒼い閃光が火花と共にが散る。離れてはまたリムをぶつけ、互角の力で斬り合ったかと思えば空いた左手でグリップを引いて矢を放ち合った。

 一歩も譲らない攻防に対し、ISのエネルギーはどちらも徐々に減っていく。特に俺もシアン・バロンも完全に回復した訳じゃなく、限界が近い。

 

 その時、ヒュドラにヒビが入る音が鳴った。昼からの連戦で酷使し続けたからな。気付けば、相手のヒュドラも砕けかけていた。

 これで奴の武装はなくなった。

 

「俺にはまだこれがある!」

 

 割れて使い物にならなくなったヒュドラを捨て、最後に残ったスペリオルランサーを再び取り出す。

 敵もまた、俺と同じように構えて槍を取り出そうとするが、奴が持っていた槍は既に海の中だ。

 

「今こそ叫んでやる」

 

 スラスターを一気に加速させ、俺は敵の懐目掛けて突っ込んでいく。

 構えたランスは一切ぶれることなく、俺の生き様を貫き通す。今までも、これからも。

 

「俺こそが蒼騎凌斗だ! 紛い物は砕け散れぇぇぇーーーーーっ!!」

 

 速度の乗ったランスの一撃は黒いISのシールドエネルギーを瞬く間に0にし、身体の装甲をぶち破った。

 突き出た槍の先に突き刺さっていたものは人間の臓器ではなく、機械のケーブル。そして、コイツのISコアと思われる物体。

 

「ア、オキ……リョウト──」

 

 コアを穿たれた無人機はギギギ、とぎこちない動きで俺に腕を伸ばしてくる。が、すぐに活動を停止した。

 スペリオルランサーを抜き取ると、黒い残骸は重力に従って海へと墜ちていく。

 突き刺さっていたISコアも完全に砕け、破片は跡形もなく消えた。

 俺は自分自身に打ち勝ったのだ。

 

「奪い返したぞ、俺の……」

 

 勝ちを確信したその時、握っていたはずのスペリオルランサーが粒子になって消える。

 完全に修復も終わっていないシアン・バロンにも限界が訪れていた。

 俺の方も集中が切れ、全身から力が抜けていく。元々、治り切っていない重症の身だ。今の一戦が出来るほどの体力は残っていなかった。

 あぁ、今度は死ぬかもな。

 

 

「……全く、仕方のない」

 

 

 そのまま海に没しようとした瞬間、呆れかえった声と共に俺の身体は何かに支えられていた。

 水色の装甲は下半身に集中し、周囲を巨大なスラスターが2つ宙に浮いている。

 操縦者は相変わらず無表情だが、眼鏡を通してみる瞳は何処か安心したように俺を見下ろす。

 

「なんだ、来たのか」

 

 本部で待っていたはずの簪が、完成した打鉄弐式を駆って来ていたのだ。

 俺と簪、本音達で完成させた専用機はいつぞやのように墜落したりしない。……まさか、コイツに助けられるなんて思わなかったが。

 

「私も、もう逃げたくないから」

 

 強い意志を固める簪に、俺はフッと笑う。

 コイツも、立派な専用機持ちだしな。

 

「福音は?」

「あぁ、もう俺達の出番ないかもな」

「……どういうこと?」

 

 本来の標的である銀の福音。今頃は一夏が戦っている頃だろうが……心配の必要などなかった。

 

「アイツ、第二形態移行(セカンド・シフト)しやがったんだ」

 

 

◇◆◇

 

 

 銀の福音事件は思っていたよりもあっけなく幕を下ろした。

 専用機持ち達が相手をしていた福音は、白式の第二形態"雪羅(せつら)"によって討ち取られた。

 正直なところ、瀕死の重傷を受けた一夏が何故第二形態移行出来たのかはよく分かっていない。恐らくは、一夏の言っていた夢が関係してくるのだろうが。

 福音の暴走を止め、操縦者"ナターシャ・ファイルズ"も救出。これにて一件落着──。

 

「作戦完了と言いたいところだが、独自行動による命令違反の数々。貴様等、懲罰を受ける覚悟は出来ているんだろうな?」

 

 ──とはいかなかった。

 帰還した俺達を待っていたのは泣きそうになっていた山田先生と、額に青筋を立てて猛獣のようなオーラを醸し出す織斑先生だった。

 確かに勝ちはしたが、待機命令を無視した無断出撃をこの鬼教師が許すはずもなく。

 ボロボロのまま俺達は正座をさせられていたのだ。

 

「織斑先生、もうその辺で……怪我人もいることですし」

「ふん、全く……」

 

 正座の状態から約30分後、やっと山田先生から助け船が出された。

 この姿勢に慣れていないセシリアなんかもう顔が真っ青だぞ。これは暫く起ち上がれなさそうだ。

 

「じゃ、じゃあ少し休憩してから診断します。ちゃんと全身を見せて……あっ、もちろん男女別ですよ!」

 

 重い雰囲気だったからか、山田先生はいつも以上にあたふたしている。給水パックを人数分持って来たり、救急箱を持って来たり。転んでぶちまけないかと内心冷や汗ものだ。

 それより男女別、というところで周囲からキツい視線を浴びせられるが……見たいと思うほどの体力も戻ってない。

 

「……な、なんですか? 織斑先生」

 

 スポーツドリンクを飲んでいると、ふと織斑先生が一夏をジッと睨んでいることに気付く。

 一夏も居心地の悪い視線に気付いて、戦々恐々と先生に尋ねた。

 

「……まぁ、よく全員無事に戻ってきたな。ご苦労だった」

「え……」

 

 今、織斑先生が俺達を褒めた?

 すぐに背を向けたので表情は分からないが、あの視線はどう言葉をかけるべきか悩んでいたものなのだろう。

 そう思うと、なんだかこちらもムズ痒くなってしまう。

 

「やったな、凌斗」

「……ああ」

 

 俺は己を取り戻し、一夏は仲間を守ることが出来た。

 今回の戦いにおけるそれぞれの目標は達成したんだ。俺達は勝利を祝うよう、どちらからともなく軽く拳を打ち合わせた。

 

 

 

 今回の詳細をクラスの誰にも打ち明けることもなく、平和な臨海学校の一時に戻ってきた。

 その夜、俺は一人で海岸沿いを歩いていた。静かな波の音が、あの神とのやり取りを思い出させる。

 

「"異端者(イレギュラー)"、か」

 

 俺の存在はこの世界にとっての異端者。だからこそ、男の身でISを操ることが出来る。

 そして、もう一人の異端者が俺を狙う理由にもなりうる訳で。

 

「俺に用があるんだろう? 篠ノ之束」

 

 音もなく、俺の背後に立つ女に呼びかける。

 

「いい夜だね、蒼騎凌斗(イレギュラー)君」

 

 もっと怒りの感情をぶつけるかと思っていたが、振り返った先にいた篠ノ之束は妖艶に微笑んでこちらを見ていた。

 


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